OVER PRINCE   作:神埼 黒音

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森の賢王

冒険者組合の上層部は今、時ならぬ大騒動の中にあった。

「例の貴人」があろう事か、バレアレ家から「名指し」で仕事を受けたというのだ。

バレアレ家といえば、エ・ランテルが誇る薬剤店であり、近隣どころか時には他国からもポーションの買い付けに来る程の店である。都市を代表する名物店と言って良いだろう。

無下に却下する事など難しい、対応に苦慮する相手であった。

 

組合の二階では組合長であるアインザックと、今日は会議で組合へと来ていた都市長であるパナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアが苦渋に満ちた顔で話し合っていた。

 

 

「………都市長は、どうお考えで?」

 

「よもや、金に困っている、などという事はありえぬだろうしね………」

 

「ティア殿から、少なくない金貨を渡されていたとの情報もありましたな」

 

 

そんな情報がなくとも、アダマンタイト級冒険者にあそこまで手厚く保護されている相手が、金に困っているなどと二人が考える筈もない。彼らの中ではモモンガは最高峰冒険者の庇護下にある遠国の貴人であり、まさか“真面目”に仕事を探しているなど思考の片隅にも浮かばない。

 

 

「貴人は貴人であっても、亡命者である……という線も高いと私は考えているのだよ」

 

「なるほど……最近では政変やら粛清やらで落ち延びてきた帝国貴族も多かったですな」

 

「南方では冒険者組合などは存在しないとも噂では聞いている。異国人特有の、物珍しさから組合に来ているとも考えていたが……」

 

 

組合への登録、これは分かる。

いかに祖国で身分があっても、他国では屁のツッパリにもならない。手っ取り早くこの国での身分を手に入れるには、冒険者として登録しておけば良いのだから。

亡命者というのであれば、目立たぬように身を隠すという意味においても組合への登録は中々に良い方法でもある。木を隠すなら森というように、多種雑多な人間で溢れている冒険者の中に混じれば、個人など砂粒のようなものである。

 

しかし……本気で“仕事”をするとは、どういう事なのか。

二人は頭を抱えたくなった。

アダマンタイト級冒険者からあれ程手厚く保護され、十分な金を持ち、“森”の中へと身も潜めた。

後はのんびりと、安全な異国で羽を伸ばせば良いではないか。

現に落ち延びてきた帝国の元貴族らは、それなりに悠々自適の生活を送っている。

 

二人にはわからない。わからない。

モモンガが遠国の貴人でも何でもなく、単に借りた金を返そうと張り切って仕事を探しているなど、夢にも思わない。神ならぬ人の身である。

 

 

「いずれにせよ、バレアレ家が名指しで指名してきた話を拒否するのは難しいですぞ。あそこは古くからの付き合いもありますし、多くの依頼を出してくれる大切な店です」

 

「うむ……ここらで腹を括るべきなのかも知れんね」

 

 

パナソレイが太った体を揺らし、胸の前で組んでいた腕を下ろす。

そこには見た目とは裏腹の、立場ある男の気迫が満ちていた。

聡明な彼は、この話に潜む奥の奥の事まで予測を立て、決断したのだ。

 

 

―――――貴族派の何らかの工作であると考え、対応を練っておくべきだ、と。

 

 

遠国の貴人を使っているのか、それともうまく利用しているのか、どちらにせよ自分に何らかの失態を演じさせようとしているのであろう。それに対し、待ってましたと非を鳴らす。

連中の打ってくる手はいつも陰険であり、手が込んでいる。その無駄な策謀能力を国政に費やせばどれだけ有意義な事か。

 

連中の狙いは自分を蹴落とす事により、帝国との“最前線”とも言える都市を手中にする事にある。

国王陛下の影響力は更に落ち、戦争の継続すら危ぶまれる事となるであろう。

貴族派は飽きもせず、四六時中あの手この手で国王に忠誠を誓う人間に対し攻撃を加えていたが、近年は更にそれが激化している状態であった。

内乱一歩手前である、と言っても過言ではない。

 

無論、彼は「蒼の薔薇」が貴族派に与した、とは考えていない。

冒険者とは権力や政争とは関わらず、関わらせず、が原則なのだから。

あるとすれば、本人達がまるで気付かぬ内に、貴族派にとって都合の良い行動を取らされている可能性だ。貴族は裏側から人を動かす事が巧みであり、それのみが仕事と言っても良い。

 

 

(陛下へ、前もってこの話を知らせておくしかあるまい)

 

 

自分が蹴落とされるのはまだ良い。

しかし、最前線が戦う前から陥落するような事になれば……。

いや、もっと最悪なパターンは戦場から帰還した時、城門を閉ざして兵達が帰る場所を無くす事だ。そうなれば逃げ場のない挟撃となり、徴用された民はなすすべなく屍を晒す事になるだろう。

自分の去就如何で、10万、20万という民が死ぬ……。

 

パナソレイは額に浮かんだ汗を拭い、静かにペンを手に取った。

 

 

 

 

 

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(良い天気だな……ンフィーレア君も良い子だし……)

 

 

出発の時こそ、何故か組合が大慌てになり奥で偉い人達が話してきたのか、「名指しで、バレアレ家の仕事であるなら……」と苦渋に満ちた顔でようやく許可を出してくれたのだ。

そんなに信用がないのかと軽くモモンガが凹む一面もあったが、ともあれ初仕事である。

 

そんな騒動を抜きにすれば、二人はのんびりとした旅路を楽しんでいた。

既に途中で一泊を挟んでいる。

最初こそ互いに堅い口調で話していたものの、今ではそれなりに近い距離で接していた。

営業職に就いていたモモンガにとって「お客」との「会話」は日常であり、また慣れてもいた。

客相手にだんまりを決め込んでいるようでは仕事にならない。

 

 

(お陰で、この世界の事を更に深く聞く事が出来たな)

 

 

モモンガは自らを「遠国から来た」と説明し、大小様々な事を少年に質問した。

それは普段の天気の事であったり、街の名物や慣習やルール、冒険者の事であったり、薬草の種類やポーションの事、流行の服や、ぼったくりの店、まずい料理屋。

客を程々に楽しませながら、トークを展開していくのは営業職にとって最低限のスキルであるとも言えるだろう。その点、モモンガはその能力を過不足無く備えていた。

 

 

「モモンガさんって、何だか凄く話しやすい方ですよね」

 

「そうですか?単なる聞きたがりの田舎者ですよ」

 

 

そう言って、モモンガはのんびりと馬をうたせるンフィーレア少年に笑う。

フードを深く被っているので顔の全ては見えないだろうが、雰囲気は伝わっているだろう。

ンフィーレアはかなり大き目の馬車を用意しており、モモンガはその横で周辺の敵の気配を探りながら徒歩で付き従っている。

道中、一度だけゴブリンが襲撃してきたが、問題なく撃退した。

 

 

「その杖、凄かったですね……」

 

「いえいえ、古いだけが取り得の骨董品ですよ」

 

 

ンフィーレアがそれを聞いて「また冗談を」と笑っているが、事実骨董品なのである。

ユグドラシルでは《遺産級/レガシー》に分類される武器であり、12年物の熟成廃人プレイヤーであるモモンガには全く使い道のない武器であった。それでも持っていたのは、どんな物であれ一種類は置いておきたいというコレクター魂に他ならない。

 

 

《黒蛇の杖》

効果は僅かにMPを消費し、物理攻撃力をUPさせるというもの。

駆け出しの頃、魔法防御力が高い敵などに何度か使った事があるだけで、その後はアイテムBOXに封印されていた骨董品である。物理UPと言っても、精々が30lv~35lv程度の戦士の攻撃力になるだけであったが、この世界ではかなり強い武器と認識されるようだ。

 

 

「杖でゴブリンの半身が吹き飛ぶなんて初めて見ましたよ!」

 

 

ンフィーレアが興奮したように話し、モモンガがそれに苦笑いで応える。

モモンガは、妙な違和感を生じさせていた。

 

 

 

 

 

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(この世界におけるモンスターの認識。人が弱いから強く見えているのか?)

 

 

ゴブリンが弱いのはユグドラシルでも同じであったが、改めて聞くと他のモンスターも基準というか、自分の認識とンフィーレア少年で大きな隔たりがあったのだ。

オーガのような雑魚モンスターもそれなりのモンスターと認識されているようだし、トブの大森林で出てくるという、《跳躍する蛭》や《巨大昆虫》などは明らかに危険な敵であるという。

《絞首刑蜘蛛》や《森林長虫》などに至っては、撤退を前提にした戦いで挑むらしい。

 

 

(やはり、下手に力を見せるのはマズイ……)

 

 

そう思うのだが、あのふざけたスキルの所為で自分の考えを無視されるのだ。

前回もフルブーストに近い強化を勝手にしてくれたばかりである。

一体、何処の《レイドボス》と戦うつもりだと言いたい。

 

 

「モモンガさん、一つだけ聞いても良いでしょうか?」

 

「どうしました?」

 

「あの時の、“アレ”は………て、て、転移の魔法なのですか?」

 

 

どう答えるべきか。一瞬、迷う。

《転移/テレポーテーション》とは第六位階に位置する魔法であり、第三位階が一流であり、限界とも言われているこの世界では、とても公言出来る類のものではなかった。

しかも、自分が使ったのは更に上位の《上位転送/グレーターテレポーテーション》である。

使用者本人だけでなく、複数人を纏めて転送させるタイプの魔法だ。

少し考えた後、無難なものを口に出す。

 

 

「あれは故郷の知人から譲り受けたマジックアイテムでして。一日に使用回数が決まっているんですよ。補充にも莫大な魔力を使うので、使い勝手としては正直、余り良くはありません」

 

「なるほど!そうでしたか……やはり、あれだけの効果ともなると様々な制限があるのですね。いえ、むしろ制限があって当然ですよね……」

 

 

ンフィーレア少年を見ると、納得したのか何度も頷いている。

その表情にはむしろ、ホッとしたものすら浮かんでいた。

徒歩や馬車などで移動するのが当たり前のこの世界で、この魔法がもし一般的となったとしたら……流通から何から何までが滅茶苦茶になる事だろう。

下手をしたら、戦争の形態すら変わるかも知れない。

 

 

「こんなぶしつけな事を聞いて申し訳ありませんでした。ですが、絶対に口外はしませんので」

 

「えぇ、ここだけの話という事で。それに、こちらも色々と聞かせて貰ったお礼でもありますので。特に、ンフィーレア君が教えてくれた不味い料理屋の話などは助かりましたよ」

 

 

そう言ってモモンガが笑う。それを見てンフィーレア少年も、はにかんだような笑みを浮かべた。

実に良い雰囲気の二人である。一部の女子が見たら悶々としそうであった。

 

 

「そろそろ、トブの大森林の入り口ですね」

 

「えぇ、行きましょうか」

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

馬車を森の入り口に繋ぎ、ンフィーレア少年が盗難防止の為か様々な仕掛けを馬車の周囲に設置する。糸に鈴が付いたような物を張り巡らせたり、何か魔法も唱えている。

ニニャさんが使っていた《警報/アラーム》のようなものだろうか。

その様子は妙に手馴れており、少年は幾度か一人で来ているのではないか……?と思わせるものであった。

 

 

「モモンガさん、お待たせしました。行きましょう」

 

「はい、周辺の警戒は任せて下さい」

 

 

《敵感知/センスエネミー》《感知増幅/センサーブースト》

 

 

魔法を唱え、モンスターに備える。……ポーズは出なかった。

まぁ、どうせ出てきても自分には傷一つ付けられない雑魚モンスターだが、今回は護衛である。

周囲の警戒には万全の態勢であたらなければ。

出来る事なら、その《森の賢王》とやらを一度見てみたくはあるが……

お客……いや、依頼者を危険に晒す訳にはいかないだろう。

 

勝手知ったる何とやら、と言った感じでンフィーレア少年が危なげなく歩を進め、その道中でも様々な物を背負った籠へと放り込んでいく。

自分には何を摘んでいるのか分からないが、何か使える物なのだろう。少年は鼻歌でも歌い出しそうな程に上機嫌な様子で森のあちこちに視線を向け、歩を進める。

生産職が森や鉱山に入り、生き生きとしている様子によく似ていた。

 

 

(何処の世界も、こういうところは同じか)

 

 

微笑ましいような、放って置けば何時間でも採取してそうな、生産職特有のノリである。

モモンガは、こういう職人気質な人間が決して嫌いではない。

熱中する余り、周囲への気配りが疎かになったり、特定の分野では相手の意向など気にせず夢中で話し込んでしまったり、要するに不器用なタイプの人間である。

かつての仲間にも、そういったタイプの人間が結構いた。

 

 

「ンフィーレア君は、随分とここが好きなんですね」

 

「そうですね……僕からすれば、ここは宝の山です。近くに住みたいくらいですよ」

 

 

あんな大都市に立派な店まで構えているというのに、純朴というか………。

職人気質な人間や、研究肌の人間には、都会よりも熱中している分野に関わる場所にこそ住みたい、と思うのかも知れない。

 

 

「あの、モモンガさん……もう少しだけ奥へ行っても良いでしょうか?」

 

「問題ありませんよ。何かあれば例のマジックアイテムを使いますので」

 

「ありがとうございますっ!」

 

 

奥へ歩みを進めると、巨大昆虫や絞首刑蜘蛛が二度ほど出てきたが、魔法を使うまでも無く杖で撲殺した。こんな弱いモンスターと戦うなんて10年以上前だろう……。

ユグドラシルの初期で見た敵の姿に、何だかレトロな図書館にでも迷い込んだ気分になってくる。

ンフィーレア少年がその度に「凄いですっ!」とか褒めてくれるんで、何だかいたたまれない気分になってくる程だ……カンストしたプレイヤーが初心者エリアで暴れてるような気恥ずかしさに包まれてしまう。

 

 

「この辺りになると……森の賢王の縄張りの近くですね……」

 

「森の賢王、ですか……一体、どのようなモンスターなんです?」

 

「深い叡智を持ち、白銀の毛に包まれた魔獣であると言われています」

 

 

そう言われて頭に浮かんだのは。ギルド武器に仕込まれた様々な召喚獣や精霊であった。

《根源の火の精霊》などの80lv後半の精霊から、20lv程度ではあるが、高い素早さと群としての統率力を持つ《月光の狼》などだ。白銀の毛と言うなら、狼に近いような魔獣かも知れない。

 

 

(欲しいな……魔獣を使役する能力はないけれど………)

 

 

コレクターとしてはユグドラシルに居なかったモンスターなら、是非見たいと思うし、使役出来るなら連れて帰りたいとすら思う。

もしくは、それを倒して名を挙げるというのも良いかも知れない。

このまま街に戻っても、仕事がない状態ではいい加減、生活に支障が出てくるだろう。

 

 

(ん?もしかして、これは………)

 

 

濃厚な気配。

暫くすると、地面が揺れるような大きな振動を感じた。

これは、もしかせずとも相手の方から出向いて来てくれたのかも知れない。

 

 

 

―――――人間、ここを某の縄張りと知って足を踏み入れたでござるか?

 

 

 

ござる??

 

 

 

 




いよいよ賢王()との出会いです。
そして、都市上層部との温度差よ……あれ、前回もこんな事を言ってたような。
単に薬草取りの簡単なお仕事を受けたら、あら大変。
何故か周囲が勘違いし、知らぬ間にどんどん事が大きくなっていくオバロ世界。


デミえもん
「流石は至高の御方。薬草取りと見せかけて、その実、都市長の首を取るおつもりであったとは……その皮肉と深き叡智に(以下略」

モモンガ
「え”っ?」


デミえもんが居たらこうなったんだろうなぁ(笑)
ではでは、二人のまったり旅路でした。




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