OVER PRINCE   作:神埼 黒音

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騒動後

「あ、はは………な、何かえらいもんを見ちまったな………」

 

 

ルクルットが軽い口調で言ったが、その声は震えていた。

それを聞いたペテルとダインも黙り込んでいる。ニニャに至っては馬車と大魔獣が去った方向をじっと見つめたままであり、ロクに言葉が耳に入っていないようだった。

 

 

「せ、戦傷なんざ無かったじゃねぇか!こ、こうキレーなお顔っつーか、なぁ?」

 

 

何とか空気を変えようとするルクルットであったが、他のメンバーの顔色は変わらない。

自分も、彼らも、大魔獣に騎乗していた男と以前に一度会っているのだ。

その分、衝撃は他の観衆らより遥かに大きいだろう。

 

 

(まぁ、無理もねぇか……)

 

 

ルクルットは頭をガシガシと掻きながら深く息を吐いた。

あれほどの《大魔獣》を屈服させ、使役する事に成功したと言うだけで英雄扱いだろう。

ここ数年、この国には暗い話題ばかりが満ちていたのだから。

住人からすれば、「自分達の街から新たな英雄が誕生した!」と諸手を挙げて熱狂したくなるのも当然だろう。ここ数年でも、一番大きいニュースかも知れない。

 

かくいう自分も、あの大魔獣に堂々と騎乗している姿を見て興奮した。

いや、気取った言い方をするのは止めよう……本当は、叫び出したかった。

周りに仲間が居なければ、みっともなく大声を上げて叫んでいただろう。大観衆のど真ん中を、颯爽と大魔獣に乗って歩き、それを人々が賞賛と万雷の拍手で包む……あの姿を見て久しぶりに昔、憧れて憧れてどうしようもなかった英雄達の物語を思い出したのだ。

 

恐らく、自分以外の連中もそうだ。

御伽噺に過ぎなかった物語を、サーガを、目の前で見せられたのだから。大昔から、英雄と呼ばれる存在に男は快哉を叫び、女は熱い視線を送る。今も、昔も変わらない。

ここ数年、いや、数百年ぶりに誕生した英雄。その熱狂を目の当たりにして、自分は遠からず、あの男がアダマンタイト級冒険者として自分達の頂点に立つだろう、と確信した程だ。

 

 

(それだけでも十分すぎるってのに………)

 

 

更にフードの下にある顔を見た時、強烈に惹き付けられたのだ。

男の自分でも、だ。女達なら尚更だろう。

自分は女が大好きだし、そっちの気など全くない。これからもないだろうが……何か、こう、尊くて、眩くて……途方も無く、魅力的に見えてしょうがなかったのだ。うまく言葉に出来ない。

あれが「カリスマ」というなら、間違いなくそうなのだろう。

 

 

(昔、何かの記念祭で見た国王や王子より、よっぽど………)

 

 

自分は元々、根無し草の冒険者であり、王族や貴族なんてモンに尊敬など抱いてはいない。

むしろ、身勝手なあの連中をはっきり嫌いだと言える。

冒険者を支持し、様々なシステムを作り上げてくれた黄金姫には敬意はあるが、彼女の為に死ねと言われれば即座に断るだろう。自分にとっての王族ってのはそんな扱いだ。

 

だが、彼が自分達の頂点である“王”であったなら………?

もしくは、あの光り輝く英雄が戦場に立ったなら……?

自分も、いま熱狂していた連中も、勇気百倍となって敵に突撃するんじゃないか?

 

思わず首を左右に激しく振る。自分は今、何を考えたのか………。

それに、そろそろ固まってる仲間達を起こしてやらなければ。

 

 

「ほれ、ペテルも。そろそろ戻ろうぜ」

 

「ぁ、あぁ……そうだな」

 

 

店にはまだ酒を残したままだし、このまま消えたらマスターからブン殴られるだろう。

ダインも一つ頷き、ペテルと共に自分達のいた宿屋へ足を向けた。

ニニャにも声をかけようとしたが、今は放っておいた方が良いのかもしれない。ニニャほど力を、英雄の存在を待ち望んでいた女は居ないのだから。

 

 

「先に戻ってんぞ、ニニャ」

 

「えぇ」

 

 

ニニャは視線こそ変わらず固定されていたが、声は至って平淡であった。

少しは落ち着いてきたんだろうか?

そんな事を考えながら、自分も宿屋へと足を向ける。

 

ようやく人も疎らになってきていたが、まるで地面が熱を持っているような気がして、ルクルットには長年住み慣れた街が、何か別の街になったような気がした。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

場所は変わって―――――竜王国。

 

 

ビーストマンの脅威に晒されている地で、陽光聖典40名が死闘を繰り広げていた。

一つの村を中心とした散発的な遭遇戦から始まり、今では熾烈な撤退戦へと戦況が変わりつつある。陽光聖典を手ごわいと見た敵が次々と新手を繰り出してきたのだ。

 

ビーストマン。

 

人間を食らい、完全に食料として見ている凶悪極まりないモンスターである。

幼い子供を食し、子を宿した母を食い、快哉を叫ぶ化け物達。

その凶悪な力は到底、人間が抗えるようなものではなく、それとの遭遇は死であった。いや、死ならば良い……彼らは生きながら人を食らう事を好み、その悲鳴を調味料としているのだ。

 

 

「やめてぇぇぇぇ!その子を食べないでぇぇぇ!!」

 

「ゲッゲッゲゲゲゲ!」

 

 

今もまた、母親から子供を取り上げ目の前でそれを食らおうとするビーストマンが居る。

竜王国では決して珍しくない光景だ。

 

 

「お願いします……その子だけはぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!」

 

 

ビーストマンがその絶叫に酔いしれるような笑みを浮かべた時、その頭が爆散した。

その周囲にいた三体のビーストマンが何が起こったのかわからず、呆然としていると、更なる攻撃が次々と飛んできた。その一撃一撃が、痛い。痛い。

何故、人間ごときの攻撃が……痛い?痛い痛い痛い痛い!

 

 

 

「総員、信仰を神に捧げよ」

 

 

 

周囲の粉塵すら静めてしまうような声が響く。

それと同時に、ビーストマンへ向けて次々と魔法が放たれる。

陽光聖典―――――

入隊にするにあたり、最低でも信仰系魔法の第三位階を使えなければならないエリート集団。

予備兵を入れれば約100名にもなる、人類側の切り札とも言える巨大な戦力集団である。

 

 

《衝撃波/ショックウェーブ》

《衝撃波/ショックウェーブ》

《混乱/コンフュージョン》

《恐怖/フィアー》

《呪詛/ワード・オブ・カース》

 

 

生き残ったビーストマンへ一糸乱れず放たれた《それ》が次々と命中し、ビーストマンが堪らず後退する。その隙に子供を抱いた母親が陽光聖典の下へ逃げる事に成功した。

母親の泣きながらの感謝に、隊長と思わしき男は一つだけ頷くと、更に声を上げた。

 

 

「戦線を押し上げる。獣どもを檻に閉じ込めよ」

 

その声を聞いた隊員達が次々と両手を合せ、天使を召喚する。

 

 

《第三位階天使召喚/サモン・エンジェル・3rd》

《第三位階天使召喚/サモン・エンジェル・3rd》

《第三位階天使召喚/サモン・エンジェル・3rd》

《第三位階天使召喚/サモン・エンジェル・3rd》

《第三位階天使召喚/サモン・エンジェル・3rd》

 

 

召喚された《炎の上位天使/アークエンジェル・フレイム》が次々と周囲へ散らばり、村を襲っていたビーストマン達を中央へと追い立てはじめる。

邪悪なる存在を焼き滅ぼす、炎の剣を持った天使達の前にビーストマンは逃げる事も出来ずに次々と村の中央部へと集められた。

 

 

「―――――《監視の権天使/プリンシパリティ・オブザベイション!》」

 

 

隊長が一際大きな天使を召喚した時、周囲の天使達が淡い光に包まれ、手に持った剣が激しく燃え始める。監視の権天使は周囲の天使を強化する能力を持っており、更に隊長の所持するタレントがそれを加速させる。陽光聖典の必勝体制である。

 

二重に強化された天使の軍勢の前では凶悪なビーストマンであっても、ただの獣と化す。

次々と突撃する天使達を前にビーストマンは醜悪な叫び声を上げ、骸を晒していった。

最後の一体が力尽きたように倒れ、ようやく戦闘が終了する。

村のあちこちから黒煙の上がる様を見て、隊長が眉間に皺を寄せた。

この村は……いや、この周辺はもうダメだ、と。

人の生存圏が失われていく。砂時計から砂が落ちるようにして、残された時間もなくなっていく。

 

 

(ケダモノどもが………!)

 

 

戦いが終わった後も泣き叫ぶ声が方々から聞こえるのも同じ。

畜生以下であるビーストマンの死体から漂ってくる、鼻の曲がりそうな悪臭も同じ。

何かもかもが同じ。

今日も、明日も、明後日も、何年先も―――――何一つ変わらない!

 

こんな小さな村を救っても、誰か一人救っても、大局には何の影響もない。

それが分かりすぎる程に分かるが故に、この胸に押し寄せてくる絶望に何もかもが無駄に思えて、泣きたくなってくるのだ。自分は、この地で、何をしている?

 

ここ数年、竜王国への救援へ赴き、ビーストマンとの死闘を続けているが、戦況は一向に好転しない。むしろ、年々悪化し、激化していく一方だ。

どれだけ打撃を与えても、あのケダモノどもの繁殖力は減らした数より強く、何万、何十万とケタ違いの数で増えていく。それに比べ、こちらは……。

 

ロクに休息も取れない隊員達は疲れ果て、人員の補充など全くない……。

当たり前だ。

陽光聖典に入隊出来る程の才能の持ち主など、全人類を総ざらいしても稀なのだから。

 

もし、自分達が敗れればどうなるか……それは人類生存圏の一角が食い破られるという事。

そこから生まれる《綻び》は法国も王国も帝国も何かもを飲み込んで、生きとし生ける全ての人類に破滅を齎すであろう。

そして、復活が予言されている《破滅の竜王/カタストロフ・ドラゴンロード》の存在……。

一体で世界を滅ぼすと言われている脅威すら迫っているのだ。

 

こんな状況下であっても王国は二つの派閥に分かれ、醜い保身と権力争いを繰り返し、

帝国では若い皇帝が己の独裁権を得る為に貴族の粛清を得意顔で繰り返している。

愚かだ、余りにも愚かだ。

 

人間という種の危険が迫っているというのに、王国と帝国は戦争までしている始末であった。同種族で飽きもせずに殺し合い、毎年勝った負けたと子供のように騒いでいる。

救えない。救いがない。

 

 

もはや、どの国に頼る事も、期待する事も出来ないだろう。

法国ですら“滅び”までの時間を精一杯引き延ばす事しか出来ないのだから。

 

 

(神よ……どうか、どうか、力を……《私》に力を……!)

 

 

陽光聖典の隊長、ニグン・グリッド・ルーインは慟哭したい気持ちでただ、それだけを祈った。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

某所―――――

 

 

(何で……どうしてこんな事に……!)

 

 

モモンガはあの後、逃げるように冒険者組合へ駆け込み、任務達成の事務処理を終えた後、そのままハムスケの背中に乗って街から逃げ出した。とてもじゃないが、あのまま宿屋に戻れる気がしなかったのだ。

 

 

(ンフィー君から報酬はかなり貰えたけど……)

 

 

普段は絶対に入れない奥地へと入り、薬効の高い木皮や、その効果から森の金塊とも言われる植物の蔓などを大量に確保出来た為、薬草集めの報酬としてはありえない金貨7枚という報酬を渡されたのだ。本来の報酬以外の、別途ボーナスともいえるものらしい。

 

 

(お金が入ったら、アレを食べよう、アレを飲もうとか考えてたのに……!)

 

 

何かの肉を焼いた串揚げや、揚げ物、貴重な野菜や新鮮な果物、飲んだ事のない色取り取りの酒……全てがリアルでは口に出来なかったものばかりだ。

それらの誘惑から必死に耐えていたというのに………!

 

 

「殿、これから何処に行くのでござるか?」

 

「も、森に……森に戻ろう」

 

「何と?!今、その森から出てきたばかりではござらんか」

 

「いやいや、とにかく戻ろう!な!」

 

 

背中からハムスケの硬い毛を引っ張り、猛スピードで都市から離れていく。

とにかく、今は一人になりたい……。

 

 

「それにしても、凄い歓声でござったなー。某も鼻が高かったでござるよ」

 

「お前の姿は……余程立派に見えるらしい、な………」

 

「某の事よりも、殿の事でござるよ!某が忠義を尽くす主君があれ程の歓声で迎えられるというのは嬉しいものでござるなー。人間達も捨てたものではないでござるよ」

 

「ただの最下級冒険者、なんだけどな………はぁ………」

 

 

数日前まで仕事もなく、金もなく、街をほっつき歩いてた身だったというのに……。

戻ってみればいきなり大騒ぎだ。今時、ロックスターでもあそこまで歓迎されないだろう。

一体、どうすれば良いんだ……まさか、このまま森で暮らすってオチか??

大昔に見た、森で二匹の狼と暮らす少女の物語を思い出す。

 

 

(冗談じゃないぞ……またモモンガ姫とかって回想で笑われるじゃないか……)

 

 

今後の事はさておき、まずは森に戻って予定通りにアンデッド創造を試してみよう……。

こういう行き詰った時は、立てた予定を消化するしかない。

そこから先の事は、あぁぁぁ……もう考えたくない。考えたくないぞ!

 

 

 

夕暮れに近づいてきた草原を大魔獣が走る。

その背中に乗った男は、この先に運命の出会いがある事を未だ知らない―――――

 

 

 

 




キャー!ニグンさーん!!
竜王国への救援に行き過ぎて原作より悲壮感マシマシになっているニグンさんと、
騒動後の一幕でした。


クレなんとかさん
「なんかあいつさー、裏切んじゃね?(笑)」

法国
「「お前が言うなっ!」」




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