OVER PRINCE   作:神埼 黒音

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漆黒と薔薇

(はぁ……生き返るな……)

 

 

あれからコテージに戻った俺は疲れを癒すべく風呂に入っていた。

先にラキュースさんに入るように言ったのだが、彼女は自宅以外では《清潔/クリーン》の魔法を用いるのが常らしく、遠慮されてしまった。

まぁ、ロクに知らない男が居る家で風呂なんて入れないよな……。

 

まして、何度も唇に触れたり、抱き寄せたり……これ完全に犯罪一歩手前じゃないのか?

王都へ行くって、まさか裁判にかけようとしてる、とかはないよな?

無いと言って欲しい……。

 

 

(それにしても、生活魔法なんてモノもあるのか……)

 

 

ラキュースさんから聞いたものだが、名称自体はラノベでもよく聞くものだ。

正確に言えば、第0位階とも言うべき魔法。ユグドラシルには存在しなかった為、自分には使う事が出来ない魔法だ……内容は微妙なものが多いが、まさに生活に関する魔法らしい。

 

指先から小さな火を出したり、冷めた煮込み料理を温めたり、中には香辛料を生み出すモノまであるらしい。どういう原理かは分からないが、複製のようなものなのだろうか?

とは言え、流石に魔法で生み出された香辛料と本物の方では値段がガラリと変わるようだが……。

 

 

(養殖物と天然物……とでも言うのか?リアルなら合成食材と天然食材の違いか)

 

 

この世界に来て、人と出会う度に色んな事を知っていく。そして学んでいく。

まだまだ分かっていない事も多いので、未知に対する恐怖もある。

反面、知り尽くしたユグドラシルとは違い、知らない事への強烈な好奇心も。

そして、知れば知るほど感じていく……この世界への愛着。

 

 

(俺はリアルより……明らかに、この世界のほうを愛している)

 

 

今更か、とも思うし。改めて驚愕すべき事だとも思う。

ここはユグドラシルではなく、かつての仲間も居らず、ナザリックも存在しない。

ただ、一人。自分しか居ないのだ。

 

であるのに―――もう、自分は元の世界に全く戻りたいと思っていない。戻れたとしても、もうそこにはユグドラシルは存在しないのだから。

これは、ある種の決断でもあり、旅立ちでもあるようにも感じた。

 

自分しか居ないのだから、自分だけで生きて行かなきゃならない。

社会人としては当たり前の事か。

 

 

(こんな風呂に入れるのも、この世界ならでは、だしな……)

 

 

湯の中で体を伸ばし、全身の関節を伸ばす。

固まっていた血液がスムーズに流れ出し、体の隅々にまで行き渡るような感じがした。

いつも何だかんだで騒がしくなるから、風呂に居る間に色々と考えておこうか。

 

まず、所持金。

ンフィー君から貰った報酬、金貨7枚が俺の全財産だ。

ユグドラシルの通貨なら異空間とも言えるアイテムBOXの中に億か兆かと言える単位で転がっていたが、ここでは使えないだろうし、不審がられる結果しか生まないだろう。鋳潰して金塊にする事は出来るかも知れないが、本格的に出所を問われたり、調べられたりすると困る。

勿体無い事だが、これらの出番はないだろう。

 

ユグドラシルでは金貨しかなく、それが最低の単位でもあったが、この世界での通貨は黄銅板、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、と言うので形成されているらしい。

おおまかに現代の価値に換算すると……。

 

1/4銅貨である黄銅板は250円

銅貨 千円

銀貨 一万円

金貨 十万円

白金貨 百万円

 

 

ぐらいの価値であるらしい。

それを考えると、ンフィー君が渡してくれた報酬がいかに破格であるかが分かる。

まぁ、トブの大森林の奥地は超危険地帯らしいから、銃弾飛び交う戦地へ派遣されたようなものか?それに付随する危険手当(?)みたいなものも含まれているかも知れない。

ンフィー君は採った物で相当な利益を生み出せると言っていたから、彼からすれば戦地で大きなダイヤでも拾ったような感覚なのかも知れない……。

 

 

(お金を返しても、当面の生活は出来る……問題はこれからだな)

 

 

湯船から出て、頭を洗う。

八本指という組織がどういうものかはよく分からないが、ギャングや暴力団みたいなものだろう。

それの中世ファンタジー版か?

どんな連中かは分からないが、自分が手に負えないような相手は居るのだろうか。

 

森で一番大きな物だとハムスケに言われた大岩があったが、自分はそれを軽々と片手で持ち上げる事が出来た。魔法で調べたら重さは2トンぐらいだったが、それを野球のボールのように剛速球で投げる事が出来たのだ。はっきり言って、異常な膂力と言って良いだろう。

 

 

(魔法詠唱者というより、ゴーレムに近いんじゃないのか………)

 

 

片手で、軽々、で2トンである。「本気」でブン殴れば、この世界の大抵のモンスターと素手でやり合えるんじゃないか?とすら思える程だ。

まして、自分はステータスを爆発的に上げる数々の魔法も習得している。

頭に浮かぶのは大昔の電子書庫で見た、顔中が疵だらけの喧嘩師や、筋肉で背中に怒りの面を作れる地上最強の生物だとか、そんなのだ。

 

 

(魔法詠唱者なのに、素手喧嘩(ステゴロ)って………)

 

 

出る作品間違えた漫画のキャラみたいになってないか、俺??

八本指というのが、どういう人らなのか知らないが……どうか大人しく捕まって欲しいと思う。

スキルの事を思うと、加減が出来るかどうかも分からない。

気が付けば上手に焼けました、と言わんばかりに相手が黒焦げになっていた……という光景すらありえるのだから。

 

 

「殿ー、某が背中を流すでござるよー」

 

「いやいや、自分で洗えるってば!」

 

 

お前、過保護か!

ハムスターに背中を洗わせるってどんなシチュエーションだよ。

風呂を出た後は堅く固辞していたラキュースさんを何とかベッドで寝かせ、俺は隣の部屋でハムスケのお腹を枕にして寝る事にした。こいつ、お腹の毛はちょっと柔らかいんだよな……。

 

 

「殿ー、そのドングリはZz……某のでござるよ……Zzz」

 

「お前、俺をどんな風に見てるんだ……」

 

 

ハムスケのふざけた寝言を聞きながら、俺も目を閉じる。

やっぱり人間、疲れてると寝るのも早いよね……。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

翌朝、身支度を整え、朝食を食べた俺達はエ・ランテルへと向かう事にした。

朝食を食べながらニニャさんの事を話し、王都へ同行する事を伝えたのだ。最初は不思議そうに聞いていたラキュースさんだったが、自分の恩人だと伝えるとすぐさま納得してくれた。

 

 

「先程、伝言を飛ばしたのでエ・ランテルの城門近くまで転移します」

 

「街の中には入らないのですか?」

 

「え、えぇ……今はちょっと、余り入りたくないと言いますか……」

 

 

この前の騒ぎを思い出す。

着てるローブを変えたりしても、ハムスケが居たら即行で自分だとバレるだろう。まして、横に居るのがこんな絢爛豪華な女の子だなんて、大騒ぎになるのが目に見えてる。

 

 

「あの街の人間はみな、殿に夢中でござったなー」

 

「な゛、なにを言うんだい……ハムスケ君。余計な事を……」

 

「夢中、ですか……その話、とても気になりますね」

 

「いえいえ!ハムスケは寝惚けているだけですよ……ほら、ドングリやるから行くぞ!」

 

 

この話が進むときっとロクな事にならないだろう。さっさと出発してしまうに限る。

大体、この顔は中途半端に自分を感じるが、美化されすぎている。

そんなので騒がれても、嬉しくも何ともない。

 

逆に、オーバーロードたるアンデッドの姿であったとして………。

その姿を見たモンスターや異形種からモテモテになったとしても、自分は嬉しくなんて思わないだろう。それも当たり前だ。

骸骨姿を美しいとか格好良いとか言われても、反応に困るしかない。

まぁ、骸骨姿を見て「至高の美」であるとか、「耽美なる白磁の~」なんて言い出すような美醜感の持ち主なんて異形種の中にも居ないだろうけど。

 

 

(片や王子面で、片やアンデッドの王たる骸骨面か………)

 

 

どちらも、自分の顔でも姿でもない。

この世界で自分がどれだけ強かろうか、人より魔法が使えようが、自分は何処まで行っても、あくまで鈴木悟でしかないのだから。

臆病で、小心で、何処にでも居る普通のサラリーマンだ。

間違っても自分を見失うような事だけは避けたい。

 

最後にデコスケへ細かい指令を送り、コテージを畳む。

今後もこのコテージにはお世話になるかもな。

 

 

「では、転移しますのでこちらへ」

 

 

エ・ランテルの近くを頭に浮かべながら―――杖を振った。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「モモンガさんっ!」

 

「ニニャさん、お久しぶりです。これ、借りていたお金です」

 

 

懐から金貨1枚を取り出し、ニニャさんに渡す。彼には干し肉を貰ったり、水を分けて貰ったり、入場料を払って貰ったり、保証人になって貰ったり、世話になりっ放しだったからな。

少しでも多めに返しておきたい。

 

 

「こんなに……多すぎですよ!とても受け取れません……」

 

「ダメです。これは私の気持ちでもありますので」

 

 

渋るニニャさんを粘り強く説得し、何とか受け取らせる事に成功する。

受けた恩は必ず2倍、3倍にして返さないと気が済まないのだ。勿論、お金を返してお終いにするつもりもない……彼は何か、自分に相談したい事がありそうだったしな。

 

 

「相変わらず、頑固なんですね……モモンガさんは……」

 

「そして、我儘でもありますよ」

 

 

昔、交わした会話をそのままなぞり、二人して軽く笑う。

本当に良い子だ。

会社にこんな後輩がいたら、さぞかし毎日が楽しかっただろうに……。

 

オホン、と咳が聞こえたので振り向くと、ニコニコとしたラキュースさんが居た。

凄く眩い笑顔なのに、同時に怖さも感じたのは何故なんだろうか……。

 

 

「はじめまして、私は蒼の薔薇のラキュースといいます」

 

「……漆黒の剣のニニャです。どうか宜しくお願いします」

 

 

二人が口を開いたのを見て、自分はそそくさとハムスケの横に並び、その毛を撫でる事にする。何故かは分からないが、妙な圧迫感を覚えて落ち着かなかったのだ。

 

 

 

「ニニャさん、隠さずに伝えておきたいのですが、私達は王都で八本指と交戦する可能性が非常に高いのです。王都までは貴女の身をアダマンタイト級の名に賭けて守ってみせます。ですが、王都へ着いてからはとても保障出来かねるのです……」

 

「ご心配下さり、ありがとうございます。ですが、僕も銀級冒険者のはしくれです……自分の身は自分で守りますので、どうかご心配なく」

 

「王都で用事があると伺いましたが、それらはすぐに終わるものなのでしょうか?」

 

「申し訳ありません。それはモモンガさんと後ほど相談しますので」

 

 

 

二人の背後に何か虎や竜が見えた気がして、俺はそっと目を逸らす。

 

 

 

何だろうか……凄い圧迫感を覚える。今までにない、何か熱い圧迫感を。

逆風……なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、俺の方に。

中途半端はやめよう、とにかく最後まで目を逸らそうじゃん。

回想電波シーンの中には沢山の仲間がいる。決して一人じゃない。

信じよう。そして共に逃避しよう。

氷のような視線を向けられるだろうけど、絶対に流されるなよ。

 

 

 

「「モモンガさん」」

 

「ひゃ、ひゃい!何でしょうか……!」

 

 

現実逃避していた俺に、二人から氷のような声が刺し込まれた。

熱い決意は即座に消え果て、剥き出しの鈴木悟が反応する。

 

 

「私は蒼の薔薇のリーダーとしても、そしてアダマンタイト級冒険者としても、王都へ着き次第、《用事》が終わればニニャさんを巻き込まぬよう、すぐに送り帰す事を勧めます」

 

「た、確かに……戦闘に巻き込まれては大変ですしね……」

 

 

ラキュースさんの言っている事は確かに正しい。

無関係なニニャさんが巻き込まれて怪我なんてしたら大変な事だ。

恩を返すどころか、仇で返すような事になってしまう。

俺は腕を組み、何度か頷く。

 

 

「モモンガさん、僕は以前から王都へ行って調べたい事が幾つかあったんです。何の罪もない民を虐げ、人を人とも思わぬ《貴族》について調べるのは王都が一番ですから」

 

「な、なるほど……都会の方が調べ物はしやすいのでしょうね……」

 

 

ニニャさんの言っている事は確かに正しい。

田舎の三年、京の昼寝……なんてことわざもあったしな。

草深い田舎で勉強しているよりは、都会で昼寝でもしていた方が勉強になる、だったか。

俺は腕を組み、何度か頷く。

 

 

う、うーん……困ったぞ。

と言うか、今すぐにここから逃げ出したい。何でこの二人は雰囲気が険悪なんだ?

この場に居るぐらいなら、その八本指とかいうのと一人で戦ってくる方が遥かに気が楽なんだが。相手が20万人居ようが、それと戦う方が楽な気がする。

 

 

「殿ー、早く王都とやらに行ってディナーを食べるでござるよ」

 

 

この耐え難い空間を切り裂いたのは、ハムスケの一言だった。

ナイスだぞ、ハムスケ!このまま二人に挟まれていたら……

俺は青のオーラと黒のオーラで窒息死していたかも知れない……。

 

 

「よ、よし!王都へ行きましょう……!皆で仲良く、ね……!」

 

 

この空気から早く逃げ出したくて、声を上げる。王都でも何でも良いから、とにかく出発だ!

危険そうな相手が居るなら、皆を逃がして自分が何とかしよう。

ユグドラシルでも殿を務め、仲間の背中を守るのは自分の仕事だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして一行は紆余曲折を経て、王都へと向かう事となった。

 

 

王都とは名ばかりの、醜い争いが吹き荒れる空虚な街。

 

 

この先で待ち受けている数々の事件と出会いが、この国に大きな混乱を齎していくのだが………

 

 

それはもう少し、後のお話―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三章 -火花- FIN

 

 

 

 

 

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状態が公開されました。

 

【新たに入手したスキル】

《銀河の鼓動Ⅴ/ギャラクシービート》

適応されている魔法やスキルの使用に対し、それに応じたポーズと台詞をランダムで発動する。

7777パターンに達するそれらは見る人を瞠目させ、時に感動さえ与えるだろう。

発動時には心臓が大きく鼓動し、溢れるようなリズムが全身を包み込む。

 

《シリウスの火花Ⅴ》

銀河の鼓動をサポートする支援スキル。

膨大な電子データ貯蔵空間から、その場に適した台詞や仕草を選び、ランダムで行う。

洗練された台詞や仕草から、もう目を離せない。

発動時には目の奥で火花が散る。

 

《童貞独身生活》

料理と呼べるものは出来ないが、

かろうじて食材を切る・焼く・煮るなどと言った簡単な事は出来る。

当然、味は保証出来ない。

 

 

 

【感情の変移】

ティア(永久不変の愛 → 会いたい → 邪魔する八本指マジ殺す → 全てが欲しい)

ガガーラン(至高の童貞 → むしろ、童貞を死守させるべきか!?)

ラキュース(英雄 → この人しか見えない)

ニニャ(愛情 → また目の前から消える? → 殺してでも奪い取る)

漆黒の剣(ニニャの知り合い → 英雄 → 尊い人)

クレマンティーヌ(友人 → モモちゃん、今頃何してるんだろ?)

ンフィーレア(英雄 → 憧れの人)

ハムスケ(侵入者 → 主君 → 優しい主)

 

 

王都でイビルアイと遭遇するのが確定となりました。

王都でティナと遭遇するのが確定となりました。

度重なる妨害活動に、八本指が本格的に争う事を決意しました。

エ・ランテルの地下で、儀式が地道に進んでいます。

 

スレイン法国が英雄誕生の情報に戸惑い、ガゼフ・ストロノーフ暗殺計画を完全に中止しました。

スレイン法国が《破滅の竜王/カタストロフ・ドラゴンロード》の動向に注意を払っています。

竜王国において、陽光聖典とビーストマンの死闘が続いています。

 

カルネ村は今日も平和です。

リザードマンの村は今日も平和です。

 

 

 

 




これにて、第三章終了です。
沢山の感想や、評価、お気に入りへの登録、サイトで紹介してくれた方、
いつも誤字脱字の修正を送って下さる方々に、改めて深い感謝を。
twitterのフォローをしてくれた方々もありがとうございます。

投稿をはじめて丁度、一ヶ月。
皆さんのお陰で、無事30話まで来る事が出来ました。




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