OVER PRINCE   作:神埼 黒音

35 / 70
蒼の会議

ラキュースが見慣れた扉を開け、見慣れたテーブルへと足を進める。

周囲の目が一斉にこちらへ向けられ、ざわめきが強くなった。

いつものテーブルにはラキュースを除く、全メンバーが集まっている。道中で何度も連絡を出し、近況を伝えながら王都へ歩みを進めてきたのだ。

予想通り、真っ先に声をかけたのはティアであった。

 

 

「紹介する前に私のモモンガに会うなんて流石鬼ボス汚い。で、モモンガは何処?」

 

 

ラキュースは「私の」と言う部分に顔を顰めたが、まずは冷静に近況を伝える。個人的な感情より情報の伝達を優先する辺り、やはり彼女は天性のリーダーであろう。

 

 

「なるほどなぁ……最高級の宿屋の用意と、滞在費の全額持ち、ってか。剣以外は面白味のねぇ野郎だと思ってたが、案外ガゼフのおっさんも気が利くじゃねぇか」

 

 

豪快にジョッキを飲み干しながらガガーランが言う。

やけに肌がツヤツヤしている。鉱山の護衛仕事から帰ってくるといつもこうだ。

 

 

「この国にしたら上出来な判断。槍が降るレベル」

赤い果実の切れ端を口に放り込みながらティナが言う。

 

 

「同じ宿が良かった。ガゼフ無能。死すら生温い」

ストローから青いジュースを吸いながらティアがジト目で言う。

 

 

「フン、どうでも良い事だ。そもそも、そいつは“使える”のか?」

仮面を動かしもせずイビルアイが言う。

 

 

反応は其々だが、蒼の薔薇らしい何の遠慮もない発言であった。久しぶりに仲間の生の声を聞いて、ラキュースもつい笑顔になる。

 

 

「―――イビルアイ」

 

 

ラキュースの目配せに、「ふむ」とイビルアイが短く応え、懐に手をやり何かを呟く。

瞬時に、自分達のテーブルが透明な膜にでも包まれた感じが広がる。

認識阻害、聴覚への自然な妨害。

周囲の盗み聞き対策でもあるが、同時に酒場の雰囲気を壊さぬようにする配慮でもあった。

内密の話をする時はいつもこうだ。それらが完了した事を見て、ラキュースが口を開く。

 

 

「まず、彼を中心に据えて八本指との決着を付けるわ」

 

「おいおい、ラキュースよぉ。そりゃ、あの王子の了解は取ってるのか?」

 

「ガガーラン、思い出してみて。二人は“何処で”彼と会ったのか、を」

 

「そりゃぁ……連中の黒粉の取引現場の一つだったけどよぉ……」

 

「つまり、そういう事よ。彼は、私達と会う前から既に戦火を交えていた」

 

 

ラキュースの発言に、全員が息を飲む。

が、イビルアイだけは仮面を着けていて表情が分からない。

 

 

「それだけじゃないわ。彼は南方から大きな敵を追って、この国に来たの」

 

「敵って、何?私はそんな話知らない。鬼ボス、キリキリ吐け」

 

 

ラキュースの発言に苛立ったようにティアが言う。

ふふん、とラキュースが少々誇らしげな表情を浮かべ、ティアが露骨に舌打ちした。それを見て、ガガーランとティナが「クッソワロタ」と言わんばかりに笑う。

 

 

「世界征服を企む、巨大な敵よ―――ウルベルニョと、その配下である機関」

 

 

重々しく告げた内容に、全員が目を見開く。

ガガーランは飲んでいたエールが逆流したのか咳込み、忍者二人は果実を食べていた手を止めた。イビルアイは僅かに仮面をラキュースの方へと向け、首を傾げた。

 

 

「ラキュースよぉ。何だその、機関ってのは。俺ぁ、そんな話、」

 

「ガガーラン」

 

 

そっとラキュースがガガーランの唇に人差し指を当て、その言葉を遮る。

まるで待っていたかのような動作であり、なぜかドヤ顔であった。

 

 

「迂闊にその名を口にしないで。連中の手は長く、その耳は小さな音も拾うの」

 

「お、おぅ……」

 

 

その言葉より、自信満々で繰り出された動作の方に驚いたガガーランが口を噤む。

ラキュースは時折、妙な動作や独り言をしていたが、今日は特にそれが目立つ。と言うより、このテーブル周辺の声は外に漏れないってのに、どういう事なのかと全員の顔に困惑した色が浮かぶ。

 

 

「恐ろしい話ではあるけど、八本指も“機関”の組織の一つに過ぎないの。連中の活動が堂々と表面化し、活発化しだした事にも既に影響が出てる」

 

「確かに連中は八つの部門から成っているが……全員に《絶対的な命令権》を持つ長などは見当たらなかったな。そのウルベルニョというのが長であったという事か」

 

 

それまで冷静に話を聞いていたイビルアイも、呟くように言う。

八本指と言っても、一枚岩な組織ではない。むしろ時には敵対し、殺し合い、互いに妨害する、組織として考えると纏まりなど何もない、滅茶苦茶な暴力集団なのである。

だが、表面上の“利”ではぶつかり合っても、根本的な所では巧く手打ちし、何度もあった瓦解の危機をいつも乗り越えてきたのが不思議ではあったのだ。

イビルアイの頭に、ウルベルニョという存在がくっきりと刻み込まれた瞬間である。

 

 

「最近じゃ、帝国も定期的に戦争を仕掛けてくるしよぉ。国力もガタ落ちだわな」

 

「国王派と貴族派の争いも。国が滅ぶまで止めそうもない」

 

「王子二人の後継者争いもある。馬鹿ばっか」

 

 

ガガーランと忍者二人も続けて口を開いたが、内容は悲惨なものばかりだ。

何もかもが、悪い方向に行っている。それが偽らざる現状であった。

楽観できる要素が何一つない―――これが王国なのである。

まるで絵本に出てくるような、滅ぶべくして滅ぶ、愚かな国。

ここに居る全員が何とか崩壊を食い止めようと懸命に命を賭けて戦ってきたが、環境は何一つ改善されず、むしろ悪化の一途を辿ってきたのだ。

 

 

国王派と貴族派の、国を真っ二つに割った内乱状態。

加えて王子二人の後継者争い。

表に裏に、八本指という暴力集団の跋扈。

作物の収穫期を狙い、帝国という外敵が仕掛けてくる定期的な戦争。

疲弊していく民草。

 

 

この()()()()()()()()「裏で手を引いている」存在が居たと考えると、奇妙な程に合致してしまうのだ。いや、誰も居ないと考える方が無防備すぎるだろう。

彼女らはあらゆる可能性を考え、それに対処する最高峰のアダマンタイト級冒険者なのである。

 

 

「「「「ウルベルニョと、機関」」」」

 

 

蒼の薔薇の全員に、敵の姿がくっきりと浮かび上がる。

そして、それは《歓迎》すべき事でもあった。

これまで、誰を相手に戦えば良いのか?誰を倒せば改善されるのか?何をすればこの国を救えるのか?何の答えもないままに泥沼のような戦いを続けていたのだ。

元凶とも言える敵が居るのであれば、それは非常に分かりやすく、シンプルな答えが出る。

 

 

()る。私のモモンガの為にも。好感度の爆上げを狙う」

とティア。

 

 

「八本指は手強い。でも、元凶が居るなら話は変わる」

とティナ。

 

 

「巨大な敵、か………俺ぁ一向に構わんッッッ!」

とガガーラン。

 

 

「………“見える敵”が居るなら話は早い。ケリをつけてやる」

とイビルアイ。

 

 

「皆、ありがとう。彼は言ったわ―――この国を救う舞台へ上がろう、と」

気を引き締めた、リーダーとしての顔でラキュースが言う。

 

 

―――――この国を救う舞台。

 

 

何という煌びやかな言葉であろうか。

ロクに敵の姿さえ見えず、体に纏わりつく重い空気の中を懸命に泳いでいた5人にとっては、目の前に光が差すような言葉である。

 

 

「モモンガに会いに行く。抱き付いて匂いを嗅ぐ」

 

「私も会ってみたい。その王子さんに」

 

「待て待て、おめぇらが宿屋に押しかけたらせっかくの童貞が消えちまうだろうが」

 

「残念、私はモモンガさんとディナーの約束をしてるの」

 

 

全員が思い思いの事を口にする中、イビルアイが切り捨てるように言葉を吐く。

二の句を継げさせない内容であった。

 

 

「色気づくのは終わった後にしろ。私がそいつと会って今後の打ち合わせをしてくる」

 

「流石イビルアイ汚い。美味しい所を総取りか」

 

「忍者も真っ青な偸盗術」

 

「ま、今回はイビルアイが妥当だわな」

 

「うぅ……確かにディナーは完璧に準備を整えたいし……もう少し時間が欲しいわね……」

 

 

二の句を継げる者も居たが、八本指との戦闘という命懸けの内容であった為、流石に折れて結局はイビルアイが代表として赴く事となった。

仮面を着け、赤いローブを全身に纏った少女が席を立つ。

 

 

(どんな男かは知らんが……ウルベルニョという奴の情報を聞き出さんとな)

 

 

250年という、悠久の刻を生きる吸血姫との出会いがすぐそこに迫っていた。

そして―――この夜から王国の行く末が激変する事となる。

 

 

 

 




遂に35話にして、イビルアイさんが本格登場。
人気はあるのに中々メインヒロインになれない彼女……。
ヒロインに据えるとエタるとまで言われる曰くつきの存在だが……今作ではシュガれるのか!?




▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告