OVER PRINCE   作:神埼 黒音

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覇者の飛翔

―――グリーンシークレットハウス

 

 

モモンガがキノコに舌鼓を打ち、ヒモ時間を満喫していた。

隣の部屋では、ハムスケがデコスケ相手に昨夜の戦いを身振り手振りを交えて熱演しているようだ。二本足で立ち、忙しく手足を動かしながら、時折台詞も交えて演じている。

 

 

「そこで殿は言ったのでござるよ!正義降臨、と!」

 

「オォォォ!」

 

「何と、デコスケ殿は自分が斬られたかったとおっしゃられるのか!?どうも殿のシモベの方々は特殊な性癖をお持ちのようでござるなー」

 

「オォォォ♪」

 

「我々の業界ではご褒美です……なるほど、忠義にも様々な形があって然るべきでござるなー」

 

 

(あいつら何て会話をしてるんだ……)

 

モモンガは焼いたキノコ(王国では中々手に入らない高級品)を食い、隣から聞こえてくる声を遮断するようにベッドへ飛び込み、布団の中で丸まった。

肉体的には別に疲れてはいないが、精神的な疲労が酷い……。

と言うか、あいつら会話出来るのか……?多分、何となくのニュアンスで話してるんだろうけど。

 

 

「しかし、デコスケ殿がこの森を押さえ、平穏を保ってくれているからこそ、拙者らも外に出て働けるのでござるよ。領地を守るという任は先陣の功にも等しいものでござるぞ」

 

「オォォォォォ!」

 

「その通りでござる!家臣たる者、槍を振るうだけでなく、家を守る事こそ第一でござるよ」

 

 

ハムスケが意外と(?)良い事を言ってるっぽいが、思考がまんま武士だな。

それも、戦国時代とかあの辺のやつだ。

ここってファンタジー世界だから違和感が凄いんだが……。

 

 

(しかし、これからどうするかな……)

 

 

ベッドの中で凝った体を伸ばす。何だか今でも信じられない気分でもあった。

あれ程の大歓声や、絶叫、熱狂……夢のようでもあるが、あれは現実だ。

一石で二鳥に当てる、と頑張ってみたが、予想以上と言うか、王都全体がコンサート会場になったかのような雰囲気だった。ロックスターじゃあるまいしなぁ……。

 

 

(ガラじゃない、なんてレベルじゃないぞ……)

 

 

これから王都へ行く時はどうしたら良いんだ、と考えていたらペイルライダーから連絡が入った。

丁度良い機会だ。

向こうからの報告も聞いて、今後の方針を決めるとするか。

 

 

「宝石にも等しき時間を割いて頂き、誠に恐縮の極みであります」

 

「い、いや……結構のんびりしてたから気にしないで」

 

「では、手短に報告をさせて頂きます」

 

 

彼の話では、八本指の首領は全てアジトへと集め、幹部連中も含めて既に拘束しているようだ。

渡した《支配/ドミネート》の効果がある鐘を使い、彼らのアジトや人員、下部組織に至るまでのルートなどを全て資料として差し出させたらしい。

 

 

「凄いじゃないか、ペイルライダー!良くやってくれたよ!」

 

「……!あ、ありがたきお言葉……勿体無く………!」

 

「いやいや!ほんと凄いって!たった一日だってのに、流石だよ!」

 

「自分よりも、むしろレイスの働きによるところです……今のお言葉を聞けば、奴も歓喜に身を震わせ、より一層に“仕事”へ励む事でしょう。ありがたき配慮に感謝致します」

 

 

いやー、流石は上位アンデッドだ。

とてもじゃないが、自分がやっていても、こうは行かなかっただろう。更に話を聞いていくと、何度か出会った街中で暴れていた八本指はその場で始末したとの事。

その中には警備部門の首領や六腕という集団も居たようだが、特に問題はなさそうだ。

 

むしろ、自分が八本指の人間を直に見ていたら、と考えると恐ろしくなる。

娼館に居た悲惨な女の人達や、筆舌に尽くし難いニニャさんのお姉さんの姿を思い出して、何を仕出かしたか分からない。

 

 

「しかし、解せぬのは……あのみすぼらしい城の連中ですな。あの騒ぎの中、城門を堅く守るばかりであり、只の一度も動く気配がなかったように思われます」

 

「うん……まぁ何処の世界でも、上の人っていうのはそういうものだから」

 

 

実際、リアルでも貧困層がどれだけ苦しんでいても富裕層の人間や権力者達が動く事なんてなく、ただ安全で快適な高所から見下ろしているだけだった。

それに対し、怒りや義憤に燃える程に子供ではなくなったけれど、それは大人になったというよりも、一種の諦めや諦観であったのかも知れない。

 

大きな言い方をすれば、世界そのものがブラック企業であったとも言える。

別にヘロヘロさんだけじゃなく、全ての人が黒い環境に居たのだから。物心がついた頃からずっとそんな環境に居れば、誰だって偉い人への期待なんて捨ててしまう。

 

 

「城下で何かあっても、その人らには別世界での出来事なんだろうなぁ……ははっ、本当に自分の服に火が飛んでこない限りは、全て対岸の火事なんだろうさ」

 

「ご命令下されば、5分であの掘っ立て小屋(城)を更地にして参ります」

 

「い、いや……そ、それには及ばないよ……!」

 

「ですが、何らかの監視は必要かと思われます。古より小人は、事が終わった後に何食わぬ顔をして出てきては、功ある者を断罪する事すらあると聞きます」

 

 

その言葉には妙な重みがあって、少し考え込んでしまう。

彼は死霊系のモンスターだが、何らかの理由があって死霊と化した筈だ。

いや、それを言うなら全ての死霊系モンスターがそうだとも言える。

 

 

(騎兵、騎兵……か)

 

 

それは主に、中世の時代の存在だろう。

ハムスケとはまた違った価値観の持ち主だろうし、思考や性質もまた異なるに違いない。

彼の発言は、何か中世(?)の歴史に基づいたものだったりするんだろうか……。

 

 

「そっか……なら、その人らが妙な事をやり出さないか監視しといてくれるかな?」

 

「ははっ!非才の身ではありますが、全力を尽くします―――」

 

「そ、それと……」

 

「最後に一つ御報告が。イビルアイという女性は無事であり、傷一つ負っておりません」

 

「そ、そっか……それは、よ、良かった……あはは……」

 

 

こうしてペイルライダーとの連絡を終えたモモンガは安堵したように再度、布団の中で丸くなる。隣の部屋ではハムスケとデコスケが楽しそうに会話を続けていたが、それらを子守唄にしながら心地良い眠りへと落ちていくのであった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――八本指 アジト

 

 

「喜ぶが良い、レイスよ!御方より直々に……うぬの働きをお褒め頂いたわッッ!」

 

「~~~~~~~~!」

 

 

その言葉にレイスの白い霧のような体が忙しく動き、歪み、形容しがたい形となった。

喜びの余り、形を作る事すら出来ないのであろう。

本来なら、そのような無様な姿を見ればペイルライダーは眉を顰めるであろうが、この時ばかりは深々と頷き、その目には慈愛とも言える優しさすら篭っていた。

だが、続いて出た言葉は……八本指にとって、更なる地獄の宣言である。

 

 

「御方に更なる深き喜びを!今のような責め苦では―――――手温いわッ!100倍の苦痛を与え、決して正気を失わぬよう責め上げいッッッ!」

 

 

その一喝に八本指の首領や幹部が泣き叫び、レイスは魂が削られるような絶叫を上げた。

ペイルライダーの耳には雄々しく、実に心地よい御方への忠誠を叫ぶ音響であったが、人間にとっては発狂したくなるような不快な音でしかない。

 

 

「少し出る。ここのダニ共には、御方を不快にさせた罪を魂にまで刻み込んでおけ」

 

 

レイスが猛々しい音を立て、その姿が邪悪に歪む。

これから始まるのは魂への攻撃であり、精神の破壊でもある。性質の悪い事に、死霊はそれらを一瞬でリセットし、正気へと戻して延々とこれを繰り返すのだ。

逆説的ではあるが、肉体的に死ねた連中は余程の幸運であったと言って良いだろう。

彼らの同じ立場であったゼロなどは、痛みを感じる間もなく地獄へと行けたのだから。

 

首領達の恨みは、まるで見当違いのゼロへと向けられる。

何故、あいつはここに居ないのか?

どうして同じ立場であるあいつは、この苦しみを味わっていないのか、と。

そして、こいつらの存在は一体、何なのかと―――!

 

その答えは、酷く単純なものである。

この世界では、只一人―――――決して怒らせてはならない人物がいたのだ。

 

それを知らなかった事が彼らの不幸でもあり、そして、自業自得でもあった。

一方的に罪なき人々を苦しめてきた事が、いま、億倍の力を以って自分自身へと返ってきた。

ただ、それだけの話であり、それ以上でもそれ以下でもない。

彼らの言葉を借りるなら、それは“弱肉強食”であったと言えるだろう。

皮肉な話である。まさか自らが弱者になって食われる事など、想像もしていなかっただろうから。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

王城では朝から侃侃諤諤の議論が続いていた。

六大貴族と呼ばれる存在だけでなく、多くの力ある貴族が並び、昨夜起きた前代未聞の騒ぎに対し、其々が思い思いの言葉を述べている。王の横には二人の子息も並び、ラナーも静かにその隣の椅子へ腰掛けていた。

 

 

「それにしても、戦士長殿の職務放棄には驚きましたな」

 

「然り!彼の者は王城を守る立場であって、城下を守る立場ではないわ」

 

「第一、アンデッドが入り込むなど衛兵や神官は何をしておったのか!」

 

「一説では帝国のフールーダ・パラダインの姿があったとも聞くぞ」

 

「幾らなんでも与太話であろう。民衆とは何処までも愚かよの」

 

 

彼らの議論は今後の対応や対処などでなく、如何に“敵”を作るかに終始しているようだ。

貴族派の貴族連中はこの暴動を事前に知らされており、下手に詮議が深まると自分達にとって非常に都合が悪い。心に後ろめたい物がある者ほど、大声で的を叱責していた。

そんな姿を、レエブン侯と呼ばれる貴族が冷たい目で見渡している。

 

 

(事の元凶は八本指であろうに、他に敵を作る事に必死か……)

 

 

情けなくもあり、彼らの形振り構わぬ保身には感心したくもなる。

今回は蒼の薔薇や戦士長、エ・ランテルの英雄と呼ばれる存在によって辛くも暴動は抑えられたが、この暴動によって負った傷は必ず、後々に響いてくるであろう。

 

 

(王家や、貴族への決定的な不信という形で、な………)

 

 

いざと言う時に自分達を守ってくれない権力者など、一体何の役に立つと言うのか。

本来、払う税とは有事の際に民衆を守るという暗黙の了解があって成り立つものである。一方的に受け取り、搾取はするが、何も返さないなどという話に誰が納得するであろう。

今までは武力と権威で抑え込んできたから良いものの……今後もそれが通用するかどうか。

例えば、自分達よりも武力があって、権威もある存在が出てきた場合、民衆はどう動く?

 

 

(……“大”英雄か)

 

 

レエブン侯は城下に放った子飼いの連中からの報告を聞いて、薄ら寒いものを感じた。

まるで、自分達の足元が揺らぐような“地鳴り”が起きていると思ったのだ。

これまでも貴族への愚痴や、王家への軽い不信などはあった。幾らでもあった。

だが、今回の《これ》は何かが違う、と感じるのだ。何か、決定的な民衆との乖離のようなものを感じさせたし、民衆の変化を望む声が、かつてない程に強く思えたのだ。

 

 

(それに、“機関”というものが八本指を粛清したとの情報もあったが……)

 

 

これに関してはサッパリ分からない。

自然発生したアンデッドであるのか、本当に八本指の上位組織が送り込んだのか、中には伝説級のアンデッドが居ただの、それこそ帝国のフールーダ・パラダインが居ただの、情報が錯綜しすぎていて、何が何やらさっぱり分からない。

 

陛下を見ると、片手を挙げ、一同を静まらせているところだった。

その内容は陛下らしく、驚きこそないが、安心感のある内容である。

 

 

「まず一つ、戦士長の行動は余も黙認している事であり、罪はない。それに、八本指をここまでのさばらせてきたのは余の不徳でもあり、ここに居る全ての者の罪でもあろう」

 

「悪党がやらかした事を、まるで私共の罪のようにおっしゃられるのは如何なものですかな」

 

「陛下のお言葉とも思えませんな。それに、既に滅んだ愚かな集団などに時間を割くのも無駄と言うもの。ここは近衛兵を集め、我等で勝利を祝うパレードを為さられては如何でしょう?」

 

 

その言葉に多くの貴族が我が意を得たり、と言わんばかりに大きく頷く。

ここで派手なパレードをして、自分の存在をアピールしようとしているのだろう。当然、それが民衆から冷めた目で見られ、逆効果になる事など、ここに居る貴族は思いもしない。

レエブン侯は人知れず、深い溜息をついた。

 

 

「おぉ、それは良き案よな!」

 

「兵どもを華美に飾らせ、豪華なものとしようぞ!それを見て、民衆も安堵するであろう」

 

 

流石にレエブン侯が声をあげ、制止しようとした時―――不気味な声が上空から響くと同時に、天井の一部が派手な音を立てて落ちてきた。

多くの貴族が驚きの声を上げたが、その声が次第に泣き声へと変わっていく。

 

 

「やはり、愚かなる小人どもよな―――――」

 

 

瓦礫と土埃の中、気付けば地獄を思わせる騎兵……化物が立っていた。

誰かが腰を抜かしたように尻餅を搗き、悲鳴を上げる。立っていられる者がいなくなり、先程まで威勢よく声を上げていた貴族が次々と失禁した。

胸元を押さえて嘔吐する者も続出し、この国で最も静謐で豪華であるべき玉座の間は忽ち、異臭が立ち込める悲惨な空間と化した。

 

 

「我は天帝が麾下の一人、ペイルライダー。この国で王を僭称する、愚か者の名を聞こう」

 

「は……ゎ、た………」

 

 

化物は陛下を一瞥すると興味を無くしたように静かに近づき、その玉座へと手を伸ばしたかと思うと、最高級の石と金属で作られた玉座を、軽々と片手で持ち上げる。哀れにも陛下が玉座から転がり落ち、化物はまるで皿でも投げるようにして玉座を放り投げた―――!

目にも留まらぬ速度で投げられた《それ》が壁へ衝突し、鼓膜が破れるような轟音が響く。

 

 

「世に玉座へと座られる方は尊き御方のみ。うぬごときが烏滸がましいわッッッ!」

 

「「ひぃぃぃぃぃっ!」」

 

 

化物が怒号をあげた瞬間、全員が反射的に頭を地面へと擦り付け、土下座の形を作る。

当たり前だ。

誰がこの存在の怒りを前にして、頭を上げていられるだろうか。自分も、誰もが、視線を地面へと固定し、少しでも相手の視界に入らぬように命懸けとなった。

 

体中から吹き出る脂汗が止まらない。

死ぬ、死ぬ、こんな存在、絶対に無理だ。死ぬ死ぬ死ぬ嫌だ!

 

 

「貴方が、機関という組織の使者でしょうか?」

 

 

誰だ、この馬鹿は!レエブン侯は声を上げた人物を張り倒したくなった。

恐る恐る視線をミリ単位で上げていくと、豪奢なドレスが視界に入る。

それは、ラナー殿下のものであった。

 

 

「ら、ラナー殿下……」

 

「ひ、姫!」

 

 

誰かが悲鳴をあげる。誰が言ったのかも分からない。

あの女が……狂ったものを目に秘めた女が、何を言うのかとレエブン侯は固唾を飲む。黄金などと称されている知恵と美貌の持ち主だが、その精神は酷く捻じ曲がっており、レエブン侯はストレートに狂人であると思っていたし、その想いは正しかったと今、証明された。

 

誰がこの化物相手に平静に声を掛けられるというのか。

精神が狂っていなければ出来ない事である。

 

 

「貴方様の組織は、我が国へ如何なる要求がおありなのでしょうか?内容によっては、我が国は交渉のテーブルに着く用意が御座います」

 

 

レエブン侯は汗を流しながらも、悪くない言だと思った。

こんな存在に武力で来られてはひとたまりもない。まずは相手の要求を聞き、それに対して交渉のテーブルに着く、というのは必要最低限伝えておくべき事柄であろう。

今の発言において重要なポイントは、決して要求に応える、とは言っていない事だ。

 

交渉時は言葉の一つ一つが非常に重いものとなる。

言葉尻を捉えて、内容を掻き回したり、有利に運ぶのは鉄則だ。この点、ラナーの言は何も約束してないし、何よりも時間を稼ぐ事が出来る。

 

 

(やはり、この女は狂っているが、その頭脳だけは本物だ……)

 

 

この死地とも、土壇場とも言える状況で良くぞそこまで頭が回ったものだと感心する。

この女が男子であったなら、王国の未来をここまで悲観する事なく、自分も領地へと戻って愛しい我が子ともっと触れ合える至福の時間を増やせたであろうに。

だが、返ってきた化物の回答は―――想像を絶するものであった。

 

 

「戯けた女よ……うぬは獅子が蟻相手に“交渉”などすると、正気で思うておるのか?」

 

 

それだけ言うと化物がラナーの首を掴み、軽々と持ち上げながらその首を締め上げる。

たちまち、その顔が赤黒く変貌し、黄金とも称された顔が歪む。

 

 

「ラナー様ッ!」

 

 

末席で身を震わせていた王女付きの兵が果敢にも立ち上がり、化物へ向かって走る。

だが、化物が騎乗している馬が軽く尻尾を振るうと、それに触れた兵が竜巻でも巻き込まれたように派手に吹き飛び、その身を壁へと衝突させた。

その衝撃で石壁へ幾つもの亀裂が走り、無残な音を立てて石壁が崩れ去る。

余りにも悲惨なその光景を見て、もう誰も動けなくなった。

 

 

「余の、私の、命で満足するなら差し出そう……どうか、この国には」

 

「うぬらの命など、天帝の前では等しく価値がない。あの方がおられれば、うぬらのような愚かな連中は、全員皮でも剥がされて見世物になっている事であろう」

 

 

―――努々、愚かな事を考えぬ事だ。

 

 

化物はそれだけ言うと、ラナーを掴んだまま高々と飛び上がり、その姿を消した。

それを追う者など誰も居らず、誰もが声を上げる事すら出来ずにいた。

残ったのは異臭漂う空間だけであり、化物が消えた途端―――糸が切れるようにして次々と失神していく貴族の姿だけであった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「お、おい……ありゃ、何だ!」

 

「ラナー様だ!」

 

 

勝利の余韻に浮かれる王都であったが、上空を我が物顔で悠々と飛翔する化物の姿を見て騒然となった。しかも、その化物が小脇に抱えているのは黄金とも称されるラナー姫である。

誰もが飲んでいた酒をこぼし、持っていた皿を落とす。

あちこちから悲鳴が響く中、地獄の騎兵が王都全域に聞こえるかのような咆哮を上げた。

 

 

「愚かなる八本指の粛清は終わった。天帝の名を称え―――喝采せよッ!」

 

 

騎兵の手に黒き怨念の塊が集まり、槍のような形を作る。無造作に投げた《それ》が王城の一角であった無人の塔に突き刺さり、塔は衝撃に耐えかねたように悲惨な音を立てながら倒壊した。

 

 

「我らが機関に歯向かいし末路は、“これ”よ―――――」

 

 

それだけ言うと騎兵は目にも留まらぬ速さで天を翔け、一瞬でその姿が見えなくなった。

後に残ったのは大騒動である。

誰もが興奮したように立ち上がり、叫び、走り出す。

噂されていた、もう一体残っているという化物が現れたのだ―――!

 

 

「ねぇ、ママ……お姫様も、この国もどうなっちゃうの……?」

 

「大丈夫よ……大英雄様が、きっと……」

 

 

母親が子供を庇うように強く抱き締め、涙を流す。

どうか、どうか―――この国をお救い下さいと。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「ハッ……お次はお馬さんに乗ったバケモンってか?」

 

 

ガガーランが豪快に飲み干したエール瓶を地面に叩き付ける。

その姿を見て周囲の鉱夫達が焦ったように声を上げた。

 

 

「あ、姉御……幾らなんでもありゃない!ねーよ!」

 

「以前に見た仔竜より酷ぇじゃねぇか!あんなもん、どうにもなんねぇよ!」

 

 

鉱夫達の声は正しい。あの騎兵は仔竜などより遥かに強く、速く、強靭だ。

彼らは山脈で様々なモンスターと遭遇してきた為、あれがどれだけ危険か肌で分かる。

だが、彼女の態度は変わらない。

 

 

「相手が何だろうと関係ねぇよ。俺っちがやる事ぁ、こいつを振るうだけさ」

 

 

ガガーランはそう言いながら、自分の鎚を軽々と肩に担いだ。

その惚れ惚れとするような“漢立ち”に鉱夫達が興奮したように立ち上がり、一斉に声をあげる。

514人の男が叫び散らす光景は余りにも雄臭かった為、省略しよう。

一言で纏めるなら「姉御愛してる」に尽きる。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

忍者二人は上空に突如現れた化物を見て、目を尖らせていた。

彼女らはガガーランと違い、ラキュースから昨夜出遭ったという騎兵の話をしっかりと聞いていたのだ。情報収集は彼女らの職業病とも言えるものであったし、どんな状況でもそれは変わらない。

 

 

「ラナー逝った」

 

「流石に不敬。だが、それが良い」

 

 

彼女らはマイペースにトンでもない事を口走りながらも、冷静に化物の戦力を測っていた。当然、忍として考えるなら、戦うもクソもない「即座に逃走せよ」と全神経が叫んでいる。

昨夜の死を振りまく騎士が、まるで“子供”に思えるような破滅的な存在ではないか。

流石の二人も、もう笑うしかない。

 

 

「でも、私のモモンガなら何とかしてくれる。無理なら二人で愛の逃避行」

 

「逃避行は良いけど、二人はNG。これ正論」

 

 

軽口を叩きながらも、二人が感じているものは“破滅”であった。

あの存在は一国を滅ぼす、と確信した為である。

王国どころか、隣の帝国も“ついで”の感覚で滅ぼしてしまうのではないのか?

最悪の場合、仲間だけは連れて逃げなくてはならない。彼女達にとって大切なのはあくまで仲間であって、この国でも何でもないのだから。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「遂に本格的に動き出したのね……」

 

「らしいな」

 

 

合流したラキュースとイビルアイが騎兵の消えた空を見つめていた。

自分達は昨夜、あの力の一端を垣間見ている。

冷静に考え、どれだけの策を施そうとも、結論は勝てないの一言に尽きた。王都の全戦力を挙げて総攻撃を仕掛けても死人が増えるだけであろう。

 

 

「でも、モモンガさんは逃げない……なら、私も共に戦うまでよ」

 

「あぁ、せめて露払いをしなくてはな」

 

 

昨夜、おかしなタイミングで騎兵が舞い降りては何も出来なかったイビルアイは固く決意する。

どれだけの強敵が立ち塞がろうとも………

自分が、モモンガをあの騎兵にまで辿り着かせてみせると。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(我、御方の為に最高の舞台を整えん………!)

 

 

ペイルライダーは上空を翔けながら、これからの行動に思いを馳せていた。

自分に残された時間はそれ程に長くないであろう。

改めて、御方から齎された、様々な“福音”を振り返る。

 

 

《妙な事をしないか監視せよ》

《自分の服に火が飛んでこない限りは、対岸の火事である》

 

 

恐るべき言葉であった。

この短い言葉の中に、幾つもの意味が隠されていたのだ。今頃になって気付くとは、自分の思考の浅さに苦笑いしたくもなるが、それすらも至高の智とも言える前では不遜でしかない。

 

畏れ多くも御方に共有して頂いた際に、流れ込んできた多くの知識と記憶と物語。

煌くような幾つもの輝きの中から自分に一つ、強烈に焼き付いた“設定”とも言えるものがあったが、自分はそれに準じて行動してきたつもりだ。

だが、それらの線が今、完全に一つとなって輝く“点”へと辿り着いた。

 

 

(全ては、御方の掌の上にあったのだな……)

 

 

御方の知識では「姫」と呼ばれる存在は須らく、攫われるものであり、光り輝く主人公という存在がそれを救出し、時に英雄となり、救世主となるのがお約束であり、鉄板であるとの事だった。

自分の設定は確かに高貴な存在を力尽くで奪い去り、最後には敗れる存在である。

 

 

(何と素晴らしき設定か……ッッッ!)

 

 

この放って置いても残り僅かな時間を御方の為に捧げ、その御役に立つ事が出来ようとは……!

そして、何もかもが御方の計画通りであった事にただただ、感動する。

自分は尊き指令を元に、そこへ自分の考えや思考に従って行動していたと思っていたが、とんでもない不遜な考えであった。自分の思考や考えすらも既に最初から考えの内であられたのだ。

自分は愚かなる小人どもが妙な真似をせぬよう、人質に取ったつもりだったが、それに至る思考へ既に導かれていた。

 

 

《自分の服に火が飛んでこない限りは、対岸の火事である》

 

 

まさにあの連中は今、自分の服に火が付き、対岸ではなくなった。

そして、自らに与えられた設定との見事な合致。

御方は連中から姫と呼ばれる存在を救出し、並ぶ者がいない至高の地位へと駆け上がられるのだ!

まさか数にもならぬシモベに、これ程の大役を与えて頂けるとは………。

 

 

(全身全霊を以って、御方へ忠義を為さん―――――!)

 

 

ペイルライダーに知らず与えられた設定と、勘違いと過大評価が良い具合に超MIXしていた頃、大混乱の王城へ更に驚愕すべき情報が齎されていた。送り主はエ・ランテルの都市長。

幾つもの早馬と、伝言、伝書鳩などが知らせる内容は……

 

 

 

《共同墓地から大量のアンデッドが出現―――大至急援軍を請う!》

 

 

 

 




然るべくして起きた要素が重なり……
風雲急を告げる王国で、いよいよ魔神バトルが始まる―――――!



PS
原作で明言はされていないのですが、
創造したアンデッドの顕現時間は今作では1~3日程度と想定しています。
ここらへんは時間が明言されても、修正が大変なので変更しません。

尚、ペイルさんが本編で語っている設定とは、原作でいう“NPC設定”に当たります。
白紙の所にスキルの影響でナニカが焼き付いたので、
時に原作とは似ても似つかぬシモベが爆誕する事に……(怯え)

ではでは、長くなりましたが良い連休を!




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