OVER PRINCE   作:神埼 黒音

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偉大なる王

(ナザリックの王………)

 

その叫びを聞いた一同の胸に、様々な想いがよぎっていた。

彼は元々「流星の王子様」と呼ばれ、広く認知されていた為、それ自体を不思議に思う者などはいない。むしろ、あの気配・所作・侵し難い気品……王族で無ければ何だと言うのか。

間違っても―――単なる冒険者などである筈がない。

故に、一同の頭に浮かぶのは全く他の事であった。

 

 

ナザリックというのが、国の名であるのか?

南方にあると噂されていた国なのか?

何故、王族が一人で動いているのか?

魔神や天帝との関係は?

今、その国はどうなっているのか?

 

 

幾つも疑問が浮かんでは消えていく。

全て、本人に聞かなければ分からない事ばかりだ。だが、本人が語るであろうか?

複雑な因縁や、恐らくは国家の機密に関わる事ばかりである。

だからこそ、全員の目がラナーへと向けられた。黄金とまで称される知恵の持ち主である事は周辺諸国にまで伝わっているし、何より“同じ王族”なのだから。

その黄金はちょこんと可愛らしい姿で座り、顔には何とも言えぬ微笑を浮かべていた。

 

 

(王……ナザリックの王……ふふ………えへへ……)

 

 

ラナーは思う

 

一歩近づいたと

 

私の想いは―――“成る”

 

 

“私の王子”はやはり王族であり、国家の頂点か、もしくは王位継承権一位の立場にあったのであろう。彼ほどの力があれば如何ようにも出来たが、やはり立場や血筋というのは大切だ。

古臭く、カビの生えた連中であっても、全てを備えた彼には何の異議も唱えないであろう。

国など最悪、木っ端微塵に破壊するつもりであったが、その必要は無くなった。

これなら、クライムも喜んで大好きな“忠義”を全う出来るというものだ。

 

 

「ラナー王女と御見受けする。私はスレイン法国のカイレと申す者……不躾ではありますが、貴方様に幾つかお聞きしたい事がありましてな」

 

「まぁ!法国の方ですか……これは遠い所からご苦労様です。喉は渇いておられませんか?」

 

 

ラナーがニコニコと笑顔を浮かべ、暢気な事を言う。

それを見て、ラキュースや戦士長が苦笑を浮かべた。彼女の頭は非常に切れるのだが、何とも暢気でのどかなのだ……あらゆる人間に慈愛の目を向け、人を疑うという事を知らない。

理想的な姫とも言うべきだが、王国の臣民としては誰かに騙されないかと心配で仕方がない。

 

……と、周囲の人間は思っているが、当然、的外れな思いであった。

彼女の中の大半は憎悪や侮蔑や怨念めいたものが占めており、それこそ死霊に近いのではあるまいか。一歩間違っていれば彼女こそが死霊や、悪魔となっていたのかも知れない。

 

 

「………ナザリックという国を、姫はご存知でありますか?」

 

「えぇ、勿論!」

 

「い、一体、その国は!」

 

「尤も……今は、その国も………」

 

 

最後までは言わず、多くを含ませた物言い。

勿論、嘘である。ラナーが何かを知っている筈もない。

完全な当てずっぽうではあったが、ラナーには自信があった。

いや、厳密に言えば国があろうが無かろうが、関係ないのだ。

 

 

国が必要なら用意する。

国が不要なら破壊する。

 

 

つまるところは。

とても簡単な事なのだから。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

向かい合う二人の、どちらが先に動いたのか―――

気付けば互いの手が届く範囲にまで接近し、激しい打ち合いが始まっていた。

瞬きする間に無数の剣閃が煌き、魔神はそれを拳で撥ね返している。

 

目で追う……?

無理だ。

 

片方は80lv近い死霊であり、片方は魔法詠唱者だが、今は《完璧なる戦士》によって変じた上、神器級装備で強化された紛れも無いカンストの戦士職である。

誰の目にもその姿を追う事は出来ず、かろうじてイビルアイの目だけに残像とも言える物が映っているが、それも酷く頼りない。少しでも気を抜くと蜃気楼のようにその姿が霞むのだ。

 

遂に魔神が巨大な槍を作り出し、軍神の神刀と激しくぶつかり合った。

舞い散る火花と高速で動く両者の動きで、一同の目には“白”と“黒”が混然として混ざり合っているような光景として映っていた。

 

 

「何なのさ、これ……」

 

 

クレマンティーヌが茫然自失の表情で呟いたが、それに答える者はいない。

誰も、目の前の闘いを理解出来ないのだ。

それは人の闘いの範疇ではなく、完全に神話の世界であったから。

 

 

「すごい……」

 

 

イビルアイも全身を震わせ、子供のような感想を漏らした。

並べられる言葉は沢山ある。称賛するならば、もっと他の言葉もあっただろう。

だが、彼女は一番最初に浮かんだ言葉をそのまま口にした。それが、一番正しいように思えたのだ。記憶にある―――どんな戦士をも凌駕する斬撃。

 

 

(………がんばれ、さとる)

 

 

イビルアイが両手を組み、勝利を願う。

この魔神を止める事が出来るのは、世界中を探しても彼しか居ないだろう。

その敗北は―――――そのまま“世界の滅亡”を意味していた。

ズキリと、とうに動きを止めた筈の心臓が痛む。

 

昨夜の暴動の時から彼に助けて貰ってばかりではないか、と思ったのだ。彼が居なければ昨夜も今日も、相変わらず娼館は繁盛を極めていただろうし、八本指も当然の如く健在だ。

王国の民衆を包む嘆きは、まるで永劫の罰のように続いていただろう。

 

せめて何か手助けをしたいが、あの闘いに入り込めば、誰であろうと瞬時に物言わぬ肉塊と化すだけだ。イビルアイが自分の無力さに歯を食いしばった時、両者に動きがあった。

 

―――ゴガン、と得体の知れない音が響き、ペイルライダーが大きく吹き飛ぶ。

蒼き巨馬が嘶きを上げ、その蹄の底を削らんばかりにして土の上を滑っていく。その強烈なダメージに耐えかねたのか、巨馬は黒き霧となって消滅した。

 

 

「―――――ペイルライダー、そんな駄馬の上では俺には勝てん」

 

 

その物言いと、鋭い視線にイビルアイの体が小さく跳ねる。

昨夜から何度も見せ付けられた、あの途方もない強大な巨馬を打ち倒してしまったのだ!

 

 

(か、かかか格好良いぞ………悟っ!)

 

 

思わず、手を固く握り締める。

横を見ると、ラキュースの目がハートマークになっていた。

その後ろに並んでいるティアとティナも危険な状態だ。

 

 

「私のモモンガメーターが今、天元突破した。墓まで一緒」

 

「結婚した」

 

 

二人とも極めて不穏な事を言っている。

落ち着いたら改めて、話し合いが必要になりそうだ……そう、非常に大切な話し合いが。

ガガーランのみが純粋に戦士の目で戦いを見ており、「武技か?」とか「あの間合いから……」などと呟き、唯一アダマンタイト級冒険者として相応しい姿を見せていた。

 

 

「フン、心地よい痛みというべきか……我らはこの日を待ち続けていたのだからな」

 

 

魔神が手に持った槍を大地に突き刺し、その両手を大きく広げた。

その両手におぞましい黒き死霊が集まり、それらが歪な形をした刃となっていく。昆虫のようなものもあれば、赤子の泣き顔のようなものもあり、見ているだけで魂が削られそうであった。

 

 

「うぬとの決着の前に、そろそろ後ろの蟻どもを掃除しておくか」

 

 

その視線の先にはラナーが居た。

この場で最も地位の高い者を狙ったのであろうか?無造作に虫けらでも見るような視線を送った後、その両手が豪風と共に振るわれた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(このままだと死にますね……)

 

 

あの魔神の目が向けられた時、ごく自然に思った。

これまでどんな状況も知恵で切り抜けてきたし、必要な事も計算通りに行ってきたつもりだ。

だが、この魔神のように圧倒的な暴力を単純にぶつけて来られると、酷く自分は無力であった。

いや、自分だけではなく、あの存在の前では誰であろうと等しく“蟻”でしかない。

 

 

(ですが、私の計算では…………やっぱり!)

 

 

気付けば、目の前には様々な色の輝きを魅せるマントが翻っていた。

その力強い背中と、圧巻とも言うべき安心感。

まるで目の前に、難攻不落の要塞でも築かれたようである。たとえどんな攻撃が来ようとも、その一刀が悉く切り伏せてしまうのではないか?

 

無数の黒き刃が、光り輝く刀によって切り払われ、次々と黒い霧となって消滅していく。

何が起きているのか、速過ぎて自分にはサッパリ分からない。

かろうじて分かるのは、「私の王子」が途方も無く強い、という子供のような感想であった。武芸など嗜んだ事の無い自分には理解不能な領域である。

 

全ての刃が斬り落とされた時、ようやく自分の額からじわりと汗が滲んでくる。

両拳も強く握られており、固まったように指が動かなかった。こんな自分であっても、人並みに恐怖を感じたのであろうか?それとも、今の暴力が圧倒的過ぎたのか。

 

吐き出した息が思ったより熱く、気持ちを落ち着けようと大きな背中を見る。

その右肩からは、赤い鮮血が流れていた。その“赤”に、酷く目が惹き付けられる。

 

 

「王子……肩から血が……っ!」

 

 

咄嗟に目に涙を浮かべ、その背に駆け寄る。

傷口にハンカチを当てると、白い布地に赤が入り込み、何とも言えぬ喜びで満たされた。

だが、足りない。

もう、ハンカチでは足りないと思った―――直接、自分の口で吸い、舐めとるべきだ。

王子の血が私の中で混じり、私の舌を通して王子の体にも自分の体液が混ざる。それはとても官能的で、とても素晴らしい事だ。

 

 

「かすり傷ですよ。無事なようで安心しました」

 

 

軽く笑いかけるような声。

トクン、と心臓が一つ鳴る。それは不快ではなく、どちらかと言えば新鮮な嬉しさがあった。

少し、顔が熱い気がする。

とっておきの言葉と顔を出そうとした瞬間、目の前から背中が離れていった。

………ガックリだ。

 

 

(むぅ、せっかく新パターンを考えたのに……)

 

 

改めて前を見ると、理解不能な速度で二人が打ち合っている。

正直、次元が違いすぎて自分の計算や思考ではどうにもならない世界であった。これ程までに無力であるのが、いっそ愉しくすらある。

世界にはまだ、自分の知らない事があり、自分でさえ分からない“未知”があったらしい。

 

自分の中で“世界”とは―――とても狭く、閉じられ、完結していたものであった。

だが、それは思い違いであったようだ。

この神話を作り出す王子と共に居れば、世界とは何処までも広がっていくものなのかも知れない。

少しだけ……いや、強い後悔がさざ波のように胸へと押し寄せてくる。

 

 

(出会うのが、遅すぎた……)

 

 

出遅れた、なんてレベルの話ではない。もはや“周回遅れ”と言って良いだろう。

両手を組み、完全に乙女モードで祈りを捧げているイビルアイを見る。仮面の下では、完全に目がハートマークになっているに違いない。

ラキュースや忍者二人もそうだ。法国の面々も非常に厄介だろう。

ガガーランのみは、純粋に戦士としてこの戦いに釘付けになっているようだ。

 

 

(“敵”しか居ない……でも、裏を返せば全てが“味方”になる)

 

 

黄金が脳漿を搾り出すように様々な策を浮かべ………。

目の前の一騎打ちも、いよいよ過熱していく―――

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(これが、前衛か……)

 

 

派手に打ち合いながらも、モモンガは不思議な興奮を感じていた。

魔法職として背後から仲間を守り、時には仲間に守られて戦ってきたが、完全に一人で、それも前衛として戦うなど初めての事である。昨夜のデス・ナイトの時とは全く違う。

厳密に言えば、この戦いにはもう―――台本などはない。

 

消滅が近い彼の想いを汲み取り、自分は彼の望む「偉大なる王」としてこの場に立っている。

英雄でもなければ、何でもない。

ここに居るのはモモンガという男であり、その中身は剥き出しの鈴木悟だ。

偉大なる王などとは、程遠い存在でしかない。

自分のような一介のサラリーマンに、彼を満足させるような何かが出来るのだろうか。

 

 

「少しだけ、懐かしくなったよ」

 

「………ほぅ」

 

 

だからこそ、思ったままの事を言った。

慣れない状況、初めての経験、そんなモノはもう、ユグドラシルでは無かった事だ。

かつての仲間にも前衛職は多かったが、皆も最初はこんな感じだったのだろうか。

 

 

「かつての仲間も………いや、全ては遠い日の事か」

 

「振り返る過去がある者は美しい。何も持たぬ者など、何も為して来なかった者なのだからな」

 

「………お前には、女々しいと笑われるかと思っていたよ」

 

「過去を切り捨てる事など簡単よ。だが、それは勇気ではなく、逃げでしかない。頂に立つ男とは、全ての過去と想いを背負い、前進し、最後には―――己にとっての勝利を掴む者だ」

 

 

ペイルライダーの言葉には、多くのものが含まれている気がした。

彼は、俺に“何か”を伝えたいのであろう。

雄々しい男であれと言いたいのか、それとも偉大なる王たれ、と言いたいのか。ただ、それは決して、共有などで見るモノではない。

これは自分で受け止め、自分で考え、自分で答えを出すべきものだ。

 

 

(もう、時間が無い………)

 

 

途端、寂しさが込み上げてくる。

思えば、彼とは言葉を交わしすぎた。色んな想いを、光景を、共有しすぎた。

“共有”など、かつての仲間ですら出来なかった事だ。

当然だろう……互いに人間なのだから、知識や想いの完全な共有など出来る筈もない。そんな便利な事が出来るなら、それこそ地球の歴史だって丸ごと変わりそうである。

 

戦争すら無くなるかも知れない。恋愛だってもっと簡単になるかも知れない。

友人との関係もスムーズになるのかも知れない。仕事だってまるで変わったものになるだろう。

 

違う。違う……。

俺が言いたいのは、そんな事じゃない。

何を、言いたいのか。

何を考えていたのか。

自分でも、もう……ぐちゃぐちゃで、分からない。

 

 

「多くの別れがありすぎたよ……手元には“遺品”が一つ一つ増えていって。俺はそんな物を受け取りたくなんてなかった。そんな別れなんて、来て欲しくなかった」

 

「…………」

 

「俺は、お前とも―――――」

 

「―――――ッ!」

 

 

瞬間、腹部に凄まじい衝撃が走り、大きく吹き飛ばされる。

見ると、ペイルライダーの持つ漆黒の槍に払われていた―――それも、本気の攻撃だ。

その形相は、憤怒や激怒といった感情を一つに固めたようなもの。

 

 

「ぐ……ぁ………」

 

 

腹の奥から込み上げてくる血を吐き出す。

痛い、痛い、痛い!

ダメージ!?

これが、ダメージ……?

 

洒落に、ならない痛さだ。

この世界にきて、いや、リアルでもこんな痛い思いなどした事がない。

思えば、自分は喧嘩などとも無縁の存在だった。

喧嘩とは、激しい感情をぶつけ合うものだろう。それは、互いの“本気”をぶつける事だ。自分はかつての仲間にも嫌われる事を恐れ、本気をぶつけるような事は最後まで出来なかった。

 

 

最終日の、あの日―――あの時―――

最後にヘロヘロさんが来てくれた時すら、自分は想いをぶつける事など出来なかった。

いつものように感情を隠し、抑え、当たり障りのない事を言うだけ。

 

それが“大人”の取るべき態度?

いや、違う。

それは、きっと、違うんだろう。

 

 

 

 

 

俺は誰かに、一度でも“本気”をぶつけた事があったのか?

 

 

そんな事すら出来なかったから……

 

 

―――――俺は誰からも、本気をぶつけられなかったんじゃないのか?

 

 

 

 

 

ペイルライダーの容貌が激しく歪んでいる。

怒り狂っているような、嘆いているような、自分にはその表情を言い表す事が出来ない……。

だから、だろうか。

彼の口から出た言葉が―――別れの挨拶なのだと、悟った。

 

 

 

「天に並ぶ星座ですら、その距離は遠く……時に星すらも消滅する」

 

 

―――――我らなど、元より共に並べる存在ではないわッッ!

 

 

 

ペイルライダーが大きく槍を引き、構えた。

本気だ。

本気で、最後の一撃を放ってくる。

もう、迷っている暇すらない。

 

いつだって、そうだ。

いつだって、そうだった。

いつも別れは唐突で、分かっていても動揺して、酷く自分を揺さぶるのだ。

 

 

(俺は、こんな世界に来ても見送る側か……)

 

 

自分が生み出した存在が、時間がきて消える。当たり前の事だ。

多くの仲間が、時間と共に社会へと溶け込み、消えていく。当たり前の事だ。

だったら、いつものように静かな笑顔を浮かべて見送れ。

見苦しくないように。

大人の、態度―――で―――――

 

 

 

 

 

「ク、クソッたれがぁぁぁぁぁぁッ!どいつもこいつも、勝手な事ばかり言いやがって!俺の、俺が、どんな気持ちで遺品を受け取ってきたか!残される者の気持ちを一度でも、たった一度でも考えた事があるのかよ!」

 

 

 

 

 

思いとは裏腹に、口から出たのはまるで違う言葉。

それも、ペイルライダーに叫ぶには余りにも見当違いの言葉だった。かつての仲間への想いを、彼に叫んで一体、どうしようと言うのか。

第一、彼からすれば―――彼を勝手に生み出したのは俺だ。

 

 

 

「ようやく、仮面を剥ぎ取ってくれましたな」

 

「えっ……」

 

 

 

―――――なればこそ、貴方にお伝えしたい。

 

 

「見送られる側も、残して逝く者も、貴方と同じように“痛み”を感じてきたのだと。貴方は一方的な被害者でも無ければ、何でもない。痛みとは分かち合い、互いに抱えていくものなのですから」

 

「ぁ………」

 

 

そんな、子供でも分かるような事を。

噛んで含めるようにして言われ、ようやく気付く。

俺は心の何処かで、仲間を恨んだ事は無かっただろうか。被害者めいた感情を抱えていたんじゃないのか。何故、ナザリックを捨てたのか、何故、自分を置いていくのか、と。

そこには自分の気持ちしかなく、相手側に立った視点も気持ちも、何もない。

 

 

「そうか……そう、だよな。仲間だからこそ、喜びも、痛みも、分かち合うんだよな……」

 

 

誰も、捨ててなど居ない。

あの最終日、捨て鉢になっていた俺はあの杖を「空っぽ」だと称したが……

あれを作るのに、皆がどれだけの時間を費やしてくれただろう。

 

仲間の誰もが幾つもの理由を抱え。

止むを得ない事情が押し寄せ。

いつしか社会へと適応し、仕事に追われる日々となった。

中には夢を叶えた人だって居る。

去っていった仲間の側にも“痛み”があると、何故、俺は考える事が出来なかったのか―――

 

 

「……貴方様は、より大きな王となられる。“天”をも薙ぎ倒す、偉大なる王に」

 

 

ペイルライダーの体から黒い霧が漏れ出し、その姿が浄化されるように死霊ではなく、まるで人間のような姿形となっていく。それを見て、後ろから大きなどよめきが起こる。

 

それらを無視し、刀を強く握った。

かつての仲間達……多くの前衛の姿を思い出す。

世界最強の聖騎士も居た、強靭な侍も居た、全ての力を攻撃に全振りした忍者も。

その全てが、今もこの目に焼き付いている。

 

 

「お前のお陰で、大切な事に気付いたよ。ナザリックは―――消えてなどいないッ!俺の中に、今でも、その全てが引き継がれているッ!」

 

 

その言葉に、ペイルライダーが不敵な笑みを浮かべた。

その、口元が動き―――最後の時が訪れる。

 

 

 

………“神”に感謝せねばなるまい。

 

 

「―――――我が前に、これだけの男を送り出してくれた事をッッ!」

 

 

 

互いが全速力で走り、全速力で交差する。

ありったけの、全力で刀を振るった。

重い手応えがあり、自分の右肩にも強烈な痛みが走り、信じられない量の鮮血が迸った。強烈な痛みに膝をついた瞬間、重い音が響く。

震える首を動かし、振り返るとペイルライダーの肩から腰にかけて大きな亀裂が走っていた。

 

 

「………見事だ、怨敵よ」

 

「ペイル、ライダー………」

 

 

《御方の行く道に、幸あれ―――――御方の人生に、実りあれ》

 

 

その言葉に絶句する。

自分は、彼にそんな事を言われるような良い主人ではなかった筈だ。偉大なる王などと呼ばれるには、余りにもかけ離れた存在だった……。

ペイルライダーの全身から黒い霧が噴き出し、その姿が薄れていく。

遂に、彼の消滅する時間が来たのだ。

 

 

 

「偉大なる王、モモンガ様……万歳………ナザリックに永久の栄光あれ―――」

 

 

 

最後にその姿が完全に人間のものとなり、黒い霧と共に、その姿が消えた。

消滅というより、それはこの世界における浄化のようなものであったのか……。

俺は暫く、その場から動く事が出来ずにいた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

どれだけの時間、そうしていたのか―――

マントがちょんちょんと引っ張られ、下を見るとイビルアイさんがこちらを見ていた。

やがてその仮面が外され、心配そうにこちらを覗きこむ赤い眼と目が合う。

 

 

「お前には、私が居る……だ、だだだから、その、そう落ち込むな……私はほにゃ!」

 

 

その言葉の途中で、左右から現れた青と赤の忍者にその頬が引っ張られる。

凄い伸び具合だ……いや、それだけ強い力だという事か?

 

 

「赤の他人とは何だったのか。小一時間問い詰めたい」

 

「信じて送り出した吸血鬼が完堕ちデレ状態になって帰ってくるなんて」

 

「だ、誰が完堕ちだッ!ふざけた事を言うなっ!私はだな!」

 

 

三人が何やら大騒ぎしてる姿を見て、自分も少し笑う。

落ち込んだままでいたら、それこそ……“彼”にまた怒られてしまうだろう。こんな自分が、彼の想うような大きな男になれるのかどうかは分からない。

でも、それを信じて……一歩ずつでも、前を向いて歩いていかなくては。

そんな事を考えていたら、肩を力強く叩かれ、振り返るとポーション瓶が突き出されていた。

 

 

「俺っちには何があったのか、小難しい国の事情とかは分からねぇけどよ。まずは飲みな」

 

「あ、ありがとうございます……ガガーランさん」

 

 

この人、見た目はいかついけど、何だか気の利く人だよな……。

かつての仲間にも豪快な人は多かったけど、こう言った女傑タイプって居なかった気がする。

ポーション瓶を傾けると、口と喉に何だか燃えるような熱さが広がった。

これが、この世界のポーションの味……?いや、これはどう考えても……

 

 

「ぶはーーーーー!ちょ、これ酒じゃないですかッ!」

 

「ぁ、悪ぃ。祝杯用に一本だけ中身を変えてたわ……まぁ、小せぇ事は気にすんな!」

 

「気にしますよ!というか、これ度数が……」

 

 

昨夜から殆ど寝てないわ、疲れてるわで、アルコールが体に染み込んでいくようだ。

何だか頭までクラクラしてきた……ヤバイ……。

フラつく体を、後ろからピンク色のドレスに受け止められる。細い両腕がお腹へと回され、何だかロックされたというか、捕獲されたような姿となった。

 

 

「まぁ!これはいけません!私が“付きっ切り”で介抱しませんと」

 

「ラナー、貴女は早く王城へ帰って……攫われてきた事を忘れないで。ね?」

 

 

ラキュースさんとお姫様の視線が絡み合い、その間に挟まれている事に震えが走る。

これは、良くない。

このまま居たら、また自分は魔剣やら水晶の短剣に追われる事になるのではないのか。強い感情に支配された《それ》は、いつか自分のスキルすら突破してきそうな気がするのだ。

 

 

(帰ろう……森に……)

 

 

まるで、その思考を読まれたかのように。

ラキュースさんが耳元に口を寄せ、小さく呟く。

 

 

「モモンガさん、転移はしないで下さいね?―――森まで探しに行っちゃいますから。い、いえ、むしろあそこは私達二人だけの聖地とするべきですよね……!」

 

「え”っ」

 

 

そうだった……ラキュースさんは森にコテージを置いてる事を知ってるじゃないか!

ヤバイ、俺の最後の安住の地が……!

 

 

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

 

モモンガが、どっかの誰かさんのとそっくりな叫び声を上げ―――――

それと同時に、エ・ランテルのあちこちから勝利を祝う喝采の声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、王子の退路が絶たれつつ、動乱は遂に終息した。

 

 

後に魔神戦争とも、英雄戦争とも呼ばれるこの戦いは、後世に様々な形で記される事となる。

 

 

だが、特筆すべきは―――――

 

 

どの書物においても、魔神は悪しき存在としては描かれず、かつては偉大なる王に仕えし、忠義心厚き武人であったと描かれている事である。

 

 

破滅の竜王により、呪いをかけられた悲劇的な武人として描かれる事が多いが、後世において、時にその人気は王を超える程のものがあり、歴史に大きな爪痕を残す事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第四章 -国堕とし- FIN

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長きに渡った動乱編、第四章が終わりました。
改めて、いつも誤字修正を送って下さる方々に深い感謝を。
お気に入り登録して下さった方、評価をくれた方、感想をくれた方、フォローしてくれた方……
大勢の方に、この場を借りて感謝を捧げます。

大袈裟でも何でもなく、皆さんのお陰でモチベーションを切らす事無く、
今作はここまで辿り着く事が出来ました。
こんな作品ですが、愛してくれてありがとう。

OVER PRINCEは―――次章から最終章に入ります。



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