OVER PRINCE   作:神埼 黒音

60 / 70
最終兵器彼女

パレードを兼ねた、王都への旅路。

何故か有力貴族の領地を悉く廻りながらの凱旋であった為、相当な日数を要する事となったが、無事にそれらが終わり、一行は王都で羽を伸ばしていた。

道中でのモモンガの苦労は尋常ではなく、夜には「天を探る」と重々しく告げ、森のコテージに帰っては骨休めをするという、疲弊したサラリーマンそのものといった日々であったのだ。

 

 

「おほぉぉ!良い香りがするでござるなー!」

 

「こら、ハムスケ。こういう場所では静かにってのがマナーで……」

 

 

今、モモンガとハムスケは王都にある、とあるレストランを訪れている。

裕福な商人や貴族なども愛用していると評判の店であったが、今は店内を見渡しても客は誰も居ない。ハムスケという魔獣を連れての来店であった為、貸切状態なのだ。

 

ラキュースと約束していたディナーが、ようやく果たされようとしていた。

モモンガからすれば、長く辛いパレードという旅路が終わり、ようやく訪れたご褒美である。

 

 

「お待たせしました」

 

「ぁ……い、いえ、全然待ってないので、お気になさらず……」

 

 

今日のラキュースは碧を基調としたドレスを纏っており、首元には黄金のネックレス。

耳にもエメラルドと思わしきイヤリングを付けており、大貴族のご令嬢そのものであった。

いつもは戦いやすいように纏めている長い髪も、ストレートに下ろしており、王国中の男達からその人気を集めるに相応しい装いと、女神のような美貌である。

異性関係に殆ど免疫のないモモンガの内心は、如何ばかりであったか。

 

 

「ラキュース殿!今日はどんなものが食べられるのでござるか?」

 

「ハムスケさんにも特別な物を用意したんです。楽しみにしてて下さいね」

 

 

ラキュースは非常な才女ではあるが、異性関係には全く手慣れていない。

いわば、男も女も恋愛のド初心者であり、こう言った場合の初デートなどは得てして大失敗するのがお約束ではあるのだが、ラキュースは普通の女ではない。

彼女は何よりも―――――アダマンタイト級冒険者であった。

 

 

(これは戦いであり、闘争であり、「戦争」よ……)

 

 

ディナーを、言わばデートを、闘争であると考え、行動に移した彼女を何と評すべきなのか。

不器用と言うべきか、恐ろしいと言うべきなのか、やはりアダマンタイト級にまで登り詰める面々というのは何処か常人とは違う、と評すべきなのか……。

給仕が恭しく最高級のワインを注ぎ、二人と一匹がグラスを合わせた。

 

ちなみにハムスケは手が大きい為、モモンガが事前にマジックアイテムのグラスや、フォークやナイフなどを与えている。ユグドラシルではある意味、花形とも言える「料理」というスキルやそれに関する職業があり、それらの食器類などのアイテムも多かったが、その辺りまで当たり前のように所持しているモモンガのコレクターっぷりは尋常ではない。何せ、本人は「飲食不要」だったのだから。

 

最高級の店に相応しく給仕も見事なものであり、それらに一瞥もくれない。

まるで空気のように、必要ながらも当然のように無視できる存在として振舞っている。

まさに―――この道で食っているプロであった。

 

 

「モモンガさん、まずは戦勝パレードの件ですが……お疲れ様でした」

 

「正直、疲れた面もありましたが……国の行事として必要だったと理解しています」

 

 

ワインを口に含み、グラスを掲げたモモンガの姿にラキュースが思わず赤面する。

似合う。余りにも、似合いすぎた。

心臓が凄まじい勢いで高鳴り、キュンキュンと言う音まで聞こえてきそうだ。

今日のモモンガはグレーを基調とした「スーツ」を着ており、社会人としての正装であった。ちなみに、この世界の南方には元々スーツがあった為、別段おかしな格好ではない。

 

 

「ラ、ラキュース殿……これは魚でござるか!?」

 

 

給仕が運んできた皿に、ハムスケが目を一杯に見開く。

この場を闘争である、と断じたラキュースの「賭け」であった。

森に住み、いわゆる「山の幸」というものだけを口にしてきたハムスケに対し、「海の幸」ともいうべき魚を出すという意表を突いた攻撃である。

 

 

「これは……何故か某の心を揺さぶるでござるよ」

 

 

熱い鉄板の上に置かれたそれは―――焼き魚であった。

この世界の海は「しょっぱくない」など、色んな意味で地球の海とは違うが、魚はちゃんと居るし、様々な海産物も獲れる。ただ、主食には程遠い。

食卓に並ぶのはパンや肉や野菜などがメインであり、魚などを好むのはリザードマンなどの亜人であって、海沿いの土地でもなければ、海産物の立ち位置はせいぜい珍味といったところであろう。

 

 

「これは美味でござるなー!某のソウルフードに認定するでござるよ!」

 

 

ハムスケがナイフもフォークも使わず、手掴みでペロリと焼き魚を平らげた。

武士や侍の性質を持つハムスケには、焼き魚とは魂を揺さぶるものであったのかも知れない。

すぐさま二皿目の焼き魚が出され、それを見たモモンガの喉がゴクリと動く。

モモンガからすれば、天然の魚など生まれてこの方、ロクに見た事すらない。海が汚染されきって、魚や貝などの海産物など絶えて久しい世界に住んでいたのだから。

 

一部の大富豪が養殖の魚や貝、海老やワカメなどを食卓に乗せているとは聞いているが、貧困層が口にするのは、魚とは似ても似つかない代物。

申し訳程度に香りだけ付けた、合成の魚肉もどきや低品質な魚肉ソーセージなどである。

モモンガの前にも前菜としてスープが出されたが、その目は魚の方を向いていた。

 

 

「おっと、某とした事がこいつを忘れていたでござるよ!」

 

 

ハムスケが首に付けていた袋を外し、その中から黒い液体が入った容器を取り出す。それを何の遠慮もなく、熱い鉄板に載せられた魚へとかけたのだ。

醤油が鉄板の上で焼かれ、その香りを嗅いだモモンガのこめかみに血管が浮かぶ。

日本人を前にして、その香りは凶悪すぎた。まして、焼き魚にかけられた日には……。

 

 

「焼き魚に醤油は最高でござるなー!某の毛の艶も上がりそうでござるよ!おほぉぉぉ、この溶けそうな白身と醤油のバランスが辛抱堪らんでござる!」

 

(戦争……お前、そこまで言ったら戦争だろうが……っ!)

 

「え、えと……モ、モモンガさんにもすぐに選りすぐりの品が来ますので……!」

 

 

ラキュースは何故だか恨めしそうな目をしているモモンガを見て、冷や汗を掻いていた。

彼女からすれば「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」と言わんばかりに、ハムスケへいわば変則的な奇襲攻撃を仕掛けたのだが、まさか「将」が釣られるなど予想外すぎた。

魚などという珍味にそこまで反応するなど思ってもいなかったのだ。今日のメニューは王国の伝統的な郷土料理を中心としたものであり、魚などはそこには入っていない。

 

(ど、どうするべき……メニューの変更?今からなんて無理……!)

 

ラキュースが全力で頭を働かせていると、料理長と思わしき男が恭しくモモンガの前に一つの鉄板を置く。熱く焼かれた鉄板の上には、今にも踊りだしそうな魚が二尾、ジュウジュウと音を立てて焼かれていた。

鉄板からは油の滴るような香りが漂っており、モモンガの口内に唾が溢れ出す。

 

 

「こ、こっちにもあったんですね!流石はラキュースさん!」

 

「え、えぇ……と、当然、用意していました……っ!」

 

 

ベテランの料理長がラキュースに片目を瞑り、厨房へと去っていく。

どの分野でもプロはプロである、という事らしい。

 

(料理長のおじさん、最高!周りにもこの店を推薦しとくからっ!)

 

料理長の機転にラキュースがテーブルの下でガッツポーズを作り、それらにまるで気付いていないモモンガとハムスケが賑やかな声を上げていた。

 

 

「ハムスケ、こっちにも醤油」

 

「殿ー、そっちの魚も欲しいでござるよ」

 

「ふざけんなよ!お前、それ4匹目だろうがッ!」

 

「別腹でござるよー」

 

 

騒がしいテーブルに次々と皿が並べられ、その度にハムスケが「おぉ!」とか「これは!」などと叫び声を上げ、モモンガを苦笑させていたが、メインディッシュのステーキが出された時は彼も「く、くぅぅ」と妙な呻き声を上げたりと、実に賑やかなテーブルとなった。

 

余談だが、救国の軍神が座った椅子とテーブルは後日、噂が噂を呼んで予約しても数ヶ月待ちの超プレミア席となるのだが、本人達は知る由もない。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「ラナーは……モモンガさんを王国の頂点に据えるつもりなのかも知れません」

 

「…………大胆な提案ですね」

 

 

既にテーブルの上は綺麗に片付けられ、代わりに氷が敷き詰められたワインクーラーが置かれており、その中には色取り取りのワインが並んでいる。

モモンガにそれらの銘柄や味などが分かる筈もなく、ラキュースと同じ物を飲んでいた。

ハムスケは食べるだけ食べ、大きな葉の上で仰向けになって既に惰眠を貪っている。

まさに獣であった。

 

 

「モモンガさんは、その、ラナーと」

 

「私には使命があります」

 

 

モモンガがピシャリと、シャッターでも下ろすようにして遮った。その目は何処までも遠くを見ており、いずれ向かい合う“天”を見ているようでもある。

当然、見た目の格好良さとは裏腹に、モモンガの頭は混乱と酔いが回っていた。

 

 

(頂点って………)

 

 

パレードの道中、見た事もない貴族らが多数訪れ、自分へやけに頭を下げたりアピールしてきていたが、あれらを一種の「売り込み」であると受け止めていたのだ。

営業職であった自分にも経験のある事だし、社会に出た大人としては必須であったとも言える。

 

今やプレートの色が変わり、アダマンタイトとなってしまった自分へ、いち早く動いてアピールしてくる姿勢は不快なものではなく、どちらかと言えば「機敏である」と思っていたものだ。

あれらを「営業」と捉えるなら、その行動は迅速であり、優れた嗅覚を持っていると言って良い。

自分の気持ちは別として、それらはしっかり認めなければならないところだ。

 

 

(とは言え、挨拶を引っ切り無しに受けるこっちは大変だけど……)

 

 

道中、街の人から受ける熱狂的な歓迎を思い出す。

ある意味、分かりやすい貴族と違って、彼らは俺に何を求めているのだろうか?

戦争や八本指の暗躍が続き、重い税に喘ぎながらも、その日その日を精一杯生きている、とガゼフさんは言ってたっけ。

 

あの行進を見たら、ペイルライダーは満足して笑うんだろうか。

かつての仲間が見たら、何と言うだろう。

大笑いするだろうか。

それとも、「頑張ってるじゃん」と言ってくれるだろうか。

 

 

「王位にはもう就きたくない、そうお考えですか?」

 

「………」

 

 

これだ―――王都への道中、引っ切り無しに流れていた噂。

いや、ペイルライダーとの会話がモロ聞こえだったし、変な勘違いをされたんだろうな……。

自分がナザリックという国の王族であり、魔に魅入られたウルベルニョの反逆により、臣下は呪いをかけられ怪物化し、壮絶な戦いの果てに、遂には国が滅んだ―――と。

 

道中はその噂の所為で頭を抱え、身悶えしっぱなしだったと言って良い。

だが、心に引っかかる物があった事も事実だった。

道中、時間がありすぎて何度もユグドラシルでの事を大真面目に考え込んだのだ。

今の状況を考えると、とてもじゃないが、あれはゲームだ、と一言では切り捨てられない。

 

まず、ナザリックは“国”であるのか、否か?

これは限定的ではあるが、YESと答えられる。巨大な拠点を持つギルドは、あくまで小規模ではあるが、国家であったと言えるだろう。

 

ナザリックはその規模、NPCの数、機能、どれを取っても国と呼んでも遜色ないレベルだ。

他の大きなギルドも都市や、巨大な城砦、天空塔など、様々な拠点を所持しており、その中にはナザリックを超える規模のものすら存在した。

 

大規模なギルドを国と置き換えるなら、ギルドマスターとは王以外の何物でもないだろう。

多くのシモベが自分の事を、偉大なる創造主や偉大なる王として称えるのも、その辺りからきているのかも知れない。無論、自分はそんな偉い立場ではなかった。

案が割れれば多数決で決めていた事からも、どちらかと言えば議長に近い。

 

 

(国が滅んだ………)

 

 

これに関しても、限定的ではあるがYESとしか言い様がない。

いや、自分達だけじゃなく、あの最終日にあらゆる全てが―――抹消されたのだから。

もっと深く考えるなら、自分達は既に何度か滅んでいた、とも言える。

最初の集まりも内紛の果てに、その後の争いもナザリックを初見で、一番最初に攻略する、という虹のような目標を立て、それに向かって突き進む事によって崩壊を先延ばしにした感があった。

 

意見の衝突、ログイン時間の減少、長期に渡るプレイ、惰性、12年もの月日。

何処のギルドも抱えていた問題だろう。もっと言えば、あらゆるゲームの行き着く先はそれだ。

そして、全てが0となる――――最終日。

多くのゲームが、集まりが……実際は、最終日を迎える前に“終了”しているのが実態と言える。

 

 

(こんな事、少し前までは冷静に考える事すら出来なかったけれど……)

 

 

色んな人に情けない姿を晒して、弱音を吐いて、愚痴を垂れ流して……。

それでも、背中を押してくれたシモベ達が居た。

こんな自分でも、共に居ると言ってくれた人達が居た。

 

 

「申し訳ありません。折角の場で、こんな話題ばかり……」

 

「ラキュースさん、私は最後の日に思ったんですよ―――私には、みなを纏める力が無かったと」

 

「そ、そんな事はありませんっ!モモンガさんは現に、この国を救って下さいました!」

 

「嫌われる事を恐れて、多くの意見の衝突にも中立で決を採るだけ。そんな情けない男は、王でも何でもないんです。それは“飾り”と変わらない」

 

 

頭には結構な酔いが回っている。

だが、今言った言葉は嘘ではなく、本当の事だ。卑下している訳でもない。

そして、かつてのままで居て良い筈もない。多くの想いを受け止め、応えられる男にならなくては、いつまで経っても自分は変われないままだ。

 

アイテムBOXに手を突っ込み、厳重にも厳重を重ねた、最奥の要塞じみた宝箱の中に入れていた“杖”を取り出す。

見た目の威圧感とは裏腹に、手にすると何処か懐かしさと、温かさを感じた。

 

 

「大切な仲間達が全ての総力を結集して作り上げた―――私達の象徴です」

 

「こ、れは………」

 

「私は最後の日、消えていった仲間達を思い、この杖を“空っぽ”だと称しました。ですが、それは違った―――――空っぽだったのは、むしろ“私の方”だったんですよ」

 

「モモンガさん………」

 

 

あぁ、さっきからかなり恥ずかしい事を言っているな。

その自覚はある。

でも色んな事があって、長い道中で疲れて、酔って、そんな中でも、思った事は沢山あった。

 

 

「私はこの杖に賭けて、かつての仲間達に恥じぬ男になりたい。今はただ、そう思っています」

 

 

……言った。言ってしまった。

でも、これも……自分の本音でもあり、決意だ。

仲間達は、苦笑いを浮かべるかも知れないけれど。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

ほろ酔いのまま店を出て、ハムスケの背に跨る。

かなり億劫なのだが、後日、王城へと正式に招聘されるらしいのだ。

何でも、先の戦いに関する褒美が下されるらしい。何度も辞退したのだが、国としての体面を考えると、個人の思いなどで断れるような案件ではなさそうだった。

 

 

「殿~、酔って背中から落ちそうでござるな」

 

「良いじゃないか。一日くらい、こんな日があったってさ」

 

 

この世界に来てから、色んな事がありすぎたよ。

楽しい事も、悲しい事も、吹っ切れた事も。

外は既に夜の帳が下りきっており、灯された数え切れない程の街灯が何とも言えぬ雰囲気を醸し出していた。こういうのを、ロマンティックな空気と言うんだろうか。

 

 

「全く、殿には某が付いてないとダメでござるな~」

 

「何だ、その世話焼き幼馴染みたいな台詞は」

 

 

ぺし、っと照れ隠しにハムスケの頭を叩いたが、毛が固くてこっちの手の方が痛かった。

こいつの毛って一体、どういう硬度なんだろうか……。

それこそ、オリハリコンとかそういうレベルなのかも知れない。

いや、待て……何で俺はこんな空気でハムスケの毛の硬さなんて考えているんだ。

 

 

「本当に仲が宜しいんですね。何だか、見ていて嬉しくなっちゃいます」

 

 

ジャンガリアンハムスターとジャレてる大人って、ラキュースさんから見たらどう映っているんだろうな。怖くて聞けそうもないぞ。

 

 

「ラキュース殿なら特別に某の背に乗せても良いでござるよ?一飯の恩ではござらんが、デコスケ殿も一押しでござったしなー」

 

「えっ!本当に良いんですか!?」

 

 

おいおい、この固い毛の上に乗せるってのか!?

高そうなドレスが破れるだろ!

だが、ラキュースさんを見ると、本人は乗る気満々のようで、最早どうこう言える雰囲気では無かった。やっぱり、(くら)とか(あぶみ)のような物を付けるべきだろうか?

 

 

「……モモンガさん、その、手を」

 

「あっ、はい!」

 

 

手を差し出すと嬉しそうにラキュースさんがピョコン、と擬音が鳴りそうな可愛いジャンプをし、自分の両手の中に収まった。

ちょ、これ……お姫様抱っこなんですけど!?

 

 

「私、こうして貰うのが夢だったんです……夢に描いた英雄に、いつかお姫様抱っこして貰いながら、この中央通りを闊歩したいって。子供っぽいですよね?」

 

「い、いえ……そんな事は……」

 

 

軽い。柔らかい。それに良い香り……。

ちょっと、待て!

何だこの子供のような感想は……ガキなのはこっちじゃないか!

 

 

「モモンガさんは……私の“夢”を幾つも叶えてくれるんですね」

 

 

耳元でうっとりとした声が響き、余計に頭が熱くなってくる。

こんなの頭がフットーするだろ!

何処の少女漫画だよ……!

 

 

「か、過大評価ですよ……私はそんな立派な人間じゃないですから」

 

「私にとって貴方は―――夢に描いた英雄すぎました」

 

 

真っ直ぐ見つめてくる視線に何も返せず、空を見上げながら中央通りを進む。

幾らなんでも、このシチュエーションは童貞には厳しすぎる。いや、たっちさんやウルベルトさんであっても、コレはキツイでしょ……!

 

 

「おい、ありゃ大英雄様じゃねぇのか!?」

 

「おぉぉ!薔薇のリーダーをお姫様抱っこしてるぞ!」

 

「マジかよ!」

 

「キャー!モモンガ様、私にもしてー!」

 

(うわぁぁぁぁぁぁ!)

 

 

ヤバイ!変に人が集まってきたじゃないか!

ラキュースさん、ちょっとこれは……って、何で首に手を回してくるんですか!?

 

 

「ハ、ハムスケ!走って!早くラキュースさんの宿に!」

 

「ん?よいではござらんか。殿の堂々たる凱旋でござるよ」

 

「いや、目立ちすぎだから!漫画でもこんなシーン、ベタすぎてないから!」

 

「何を言ってるか分からんでござるが、殿はもっと街でどっしり構えるべきでござるよー」

 

(ダメだ、こいつ……全く話が通じない!)

 

 

こうして集まってきた群衆に口笛を吹かれたり、歓声を上げられたりしながら、モモンガはラキュースの宿へと向かう羽目になったのだが、これらが即日、街中の噂になるのは当たり前の事であった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(ふぅ……何とか無事に送れたか………)

 

 

酔っていたのか、顔を真っ赤にしたラキュースさんを何とか宿に送り届け、ハムスケの背に乗って裏通りをノロノロと進む。あんな騒ぎになった中央通りを歩く勇気は流石にない。

 

 

「殿ー、森に戻るのでござるか?」

 

「あぁ、そうし……いや、ちょっと待ってくれ―――――お客さんらしい」

 

 

民家の屋根の上から、ジッとこっちを見ている影がある。

不気味な程に静かな視線。

視線の主は、屋根の淵に座って悠々と足を組んでいた。

 

 

「こんばんは、神様―――――ご機嫌そうだね?」

 

 

黒い装束に、長めの髪。

驚く事に髪は片方が白銀で、片方は漆黒の二色に分かれており、瞳もそれぞれ色が違う。

その特徴的な外見といい、十代前半のような幼い姿といい、何処かイビルアイさんを思い出すような少女だった。

 

 

「良ければ名乗って欲しいな―――――それとも、恥ずかしがり屋さんなのかな?」

 

「ゴメン、長い間篭ってたんだ。自己紹介なんて忘れるくらい……ずーっと?」

 

 

何で疑問形になるんだろうか。

この独特の格好や神様と言う単語からして、法国の人だろう。

こちらに敵意はないようだけど……今日はもう酔ってるし、そろそろ戻りたいんだが。と言うか、この人らはいつまで人の事を神様なんて呼び続けるつもりだ?

いい加減、風評被害なんてレベルの話じゃないぞ……!

 

 

「名乗る程の名なんて無いけど―――“絶死絶命”なんて呼ばれてる。変でしょ?」

 

「確かに、呼び難い名前ですね……今だと舌を噛んでしまいそうだ。法国の人には変なあだ名で呼ばれっぱなしだし、今度はこっちがあだ名を付けても?」

 

「神様が……私のあだ名、を??」

 

「神様じゃなくてモモンガです。こう見えて、ネーミングセンスはちょっとしたものでして」

 

 

彼女が考え込む風情となり、やがて興味深そうにこちらに視線を向けてくる。

と言うかこの子……そんな所に座ってて怖くないのか。

 

 

「是非聞いてみたい……どんな名だろ??」

 

「ふむ、ぜっし……ぜつ……決めた―――――“ゼットン”でどうかな?」

 

「ゼッ……ブプッ!何それ?トンって、何処から?何??」

 

「お気に召したようで何より。じゃ、帰るぞハムスケ」

 

 

上から「ハム……っ!」と咳き込んだ声が聞こえたが、自分のネーミングセンスの閃きに感嘆しているのだろう。何やら、迷える少女の魂でも救った気分だ。

やはり、この世界でも自分のセンスが分かる人には分かるのだろう。

 

 

「ちょっと待って、モモ様」

 

「……何かな、その呼び名は」

 

「神様とモモンガの合体……?悪くない?よね?」

 

「悪いですよ。良いですか……ネーミングというのは」

 

 

モモンガ・ザ・ダークウォーリアーなど、これまで考えた様々なネーミングの一端を披露したが、彼女は次第に腹を抱え、屋根の上で転がるように笑い出した。

遂には屋根の上から転がり落ち、ハムスケが慌てて頭でキャッチする。

 

 

「ダーク……ヤバい……っ」

 

 

何か変だ……俺の思っていた反応とは違うんだが。

と言うか屋根から落ちた挙句、ハムスケの頭の上で痙攣してるぞ……大丈夫なのか。

まぁ、箸が転がっても笑う年頃、というやつだろう。

 

 

「はぁ……可笑しい……こんなに笑ったの何十年ぶりだろ?」

 

「何十年って、子供なのに何を言って……」

 

 

あれ、そういえばこの子……俺の顔を見ても何の反応もしてないな。

もしかして、人間じゃないんだろうか。

どっちにしても、俺からすれば子供にしか見えないけど。

 

 

「だって、時間とか止まってるようなもんだし?」

 

「あぁ、はいはい。永遠の12歳パート2ですか……で、家は何処?親は近くに?」

 

「私を迷子扱い……?やっぱり神様って凄い」

 

 

そう言いながらゼットンがハムスケの背をゴロゴロと転がり、自分の足に転がり込んでくる。

………何でこの子は俺の膝の上に座ってるんでしょうか。

さっきはお姫様抱っこで、今度はこれとか……しかも両方、ハムスターの上でだぞ?こんなの世界初、ギネスに乗るんじゃないのか。

 

 

「ねぇ、神様―――――私とデートしない?」

 

「子供が何をませた事を……」

 

「とても楽しい大人のデートになるよ―――――“竜”王国で遊ぶの」

 

「“竜”……………」

 

 

その単語に、ピクリと反応してしまう。

もしかして、破滅の竜王に何らかの関係があるんだろうか。そもそも、その単語も法国の人から聞いたものだったしな……調べてみる価値はある、か?

 

 

「じゃあ、決まり。神様、一緒に行こう?」

 

「モモンガですよ。それと、そろそろ膝から降りてくれませんか」

 

「人を子供扱いしたんだから、子供のように甘やかすべき。言葉には、責任を持ちましょう?」

 

「口の減らない子供だなぁ……」

 

 

 

そうは言いながらも、何だかんだで子供(?)に甘いモモンガは彼女を膝に乗せたまま、裏通りを進んでいく。二人が目指す先は―――竜王国。

陽光聖典が死力を尽くし、人類生存圏の防波堤となっている決戦地である。

 

 

 

 




平和なディナーも終わり、60話はラキュースの大勝利……
と思いきや、もう一人のオーバーロードからお誘いが。
ビーストマン……お前ら大丈夫か!?



ビーストマン
「こっち来んなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!(悲鳴)」

ゼットン
「お前らがルビクキューになるんだよ?(その目は優しかった)」




▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告