王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第十一話 かつての友

「ここは、どこだ?」 

 

 辺りを警戒しながらトキ・メリマンが、エネス・ライアスに問い掛ける。

 馬を休めるため、しばらく休憩を取った国王軍の本隊は、見知らぬ枯れ森で完全に道に迷っていた。

 荒れた道の先は、濃い霧が渦巻き、視界が利かない。

 ディスカール領主のエネスは困った顔付きで、見えない《聖なる泉》を見出そうとしていた。

 

「サージ城から続く街道が近くにあるはずだが、ここは分からない……。《聖なる泉》以外はないはずだ。街道の場合、馬で半日の距離でイルー河畔の砦があるが、まだ先のはず……」

 

 霧は今や濃霧となり、完全に行く先を閉ざしている。

 

 霧魔が出ないといいけど……。

 

 僕の不安を察したように、テオフィルスが左手を高く掲げ、声を張り上げる。

 

[リンクル、霧を吹き飛ばせ!]

 

 左手の竜の指輪から七竜リンクルの影が飛び出し、再び上空で風を起こす。

 霧は吹き飛ばされたが、現れたのはどこへ通じるとも知れぬ荒れ果てた道のみ、皆が失望の溜息を吐く。

 トキが皆の気持ちを代弁するように、ボソッと呟く。

 

「やはり〈門番〉の許可が無いと、門すら現れないという事か」

「そんな事はないよ、トレヴダールでは、許可が無くても門は現れたよ」

 

 僕の反論に、トキが指摘する。

 

「あの時はマール……、いや、マルシオン王がいたから、門が現れたのではないか?

 彼の妃が楔石として門を守っていると、殿下に聞いたが」

「それは、そうだけど……」

 

 マルシオン王に会うために門が現れたのだとしたら、彼がいない今は現れない。

 絶望的な考えが、心に浮かぶ。

 

 〈門番〉に許可を取るしかないという事か?

 どうしたら許可が取れる? 

 

 近付く事さえ叶わない〈門番〉を説得するのが不可能だと思えた時、トレヴダールで泉の精を呼び出した方法を思い出した。

 

「そうだ、水だ! 悪いけど皆、僕の周りから少し離れて!」

 

 近衛騎士達とテオフィルスが少し距離を置いたのを確認して、僕は水袋を持ち、心の中で強く願う。

 

 姿を現せ、泉の精!

 

 そうして水袋の水を、地面に垂らす。

 細く(したた)った水から霧が湧き起こり、吹き飛ばされたはずの霧も意志を持つように、僕の前に寄り集まってくる。

 近衛騎士達は警戒し、剣柄に手を置いた。

 目の前の霧は凝縮し、やがて人とも魚ともつかない姿を一瞬現す。

 それは最後に見た時より、かなり小さく苦しそうに見える泉の精。

 

『助けて……』

 

 泉の精は道の向こうを指差し、すぐに消えた。

 僕は泉の精が指し示す方向へ顔を向け、驚きの声を上げる。

 

「あれは?」

 

 道の向こうに、閉ざされた門が見える。

 それは《聖なる泉》の門ではなく、武骨な城門で、その上に聖鳥と船を重ねた紋章が刻まれている。

 

「そんなはずはない! サージ城がこんな場所に……」

 

 いつも冷静なエネスが、狼狽(うろた)えていた。

 突然現れたかつての居城が、彼にとって幸せな時間と、その幸せが残酷に奪われた記憶を思い出させた。

 

「これは明らかにアドランの罠です。入るべきではありません!」

「でも、この中に泉の精がいる。助けを求めているんだ」

 

 僕にはあの姿が本物と解る、ここ以外に《聖なる泉》へ辿り着けない事も。

 エネスは青褪めた顔付きで、城門に刻印された紋章を見つめていた。

 彼の葛藤が目に見えて分かる。

 魔王アドランへの憎悪を、一番抱えているのは彼だ。

 かつての友アドランが、彼の目の前で家族を惨殺した。

 絶対に魔王を、許しはしないだろう。

 一見冷静なエネスは、深い溜息を吐いた。

 

「では入場する前に、天界の兵士達に、危険を知らせる合図を出しましょう」

 

 トキが割って入る。

 

「それは危険だ、奴等は信用出来ない。天界の兵士の参戦は、地上が大変な事になると女神が言っていたではないか。それを承知の上で言っているのか?」

 

 セルジン王が、天界人の国王軍への加勢を条件に、女神の意志に従った。

 彼が去ってから今まで、天界への助けを求めた事はないし、僕もそれはしたくはない。

 王を連れ去った天界人を信じる気にはなれないからだ。

 エネスは厳しい顔つきで(うなづ)く。

 

「当然、承知の上だ。陛下が不在の状態で、モラスの騎士隊もいない。魔王相手に七竜一神の影の加勢だけでは、戦えない!」

 

 テオフィルスが頷いた事に、僕は驚きを覚えた。

 彼はもっと自尊心の強い人間だと思っていたので、意外に思える。

 

「……それは、そうだが、危険すぎる!」

「いや、宰相殿の言う通りだ。今の七竜は一神弱った状態で、本来の魔力(ちから)は出しきれていない。不本意だが天界の連中に、助けを借りた方がいい」

 

 テオフィルスの言葉に、トキが皮肉な笑いを浮かべながら挑発する。

 

「ふん、弱腰だな。それを分かっていながら、陛下から殿下を引き受けたのか? 王国が欲しかったから?」

「止めろ、仲違いしている場合か! 彼にどれだけ助けられているか、トキさんだってわかっているだろう?」

 

 僕が止めた事で、トキは顔を顰め視線を逸らす。

 彼の苛立ちも理解出来る。

 魔王は武力だけで勝てる相手ではなく、実際に今、僕を守っているのはテオフィルスと七竜リンクルなのだ。

 近衛騎士隊長として、面白い訳がない。

 

「レクーマの竜の指輪と、次期領主さえ戻れば七竜の魔力は元に戻る。それに今の状態でも、王太子は守れる。ただ、国王軍全体を守るのは不可能だ。……お前はどうしたい、エアリス姫?」

 

 テオフィルスが僕に、偽名で呼びかける。

 国王軍の一員として、冷静な判断を要求する時は、その名を呼ぶ。

 僕の心に、訳の解らない不満が湧き起こる。

 

 僕は、エアリスじゃない……。

 

 僕は俯いて、彼の顔を見ないようにした。

 天界に助けを求めるべきだと理性では解るが、セルジン王を連れ去る時の女神アースティルの笑い声が、僕を苦しめて判断を鈍らせる。

 

 僕は、天界人を信用出来ない!

 

 

 

 強くそう思った時、腰に下げている《ソムレキアの宝剣》が不意に光を放った。

 その光は紫水晶の宝剣の形のままに、宝剣を離れ僕の目の前に浮かび上がる。

 

 

 

 テオフィルスが宝剣の光から、僕を守るように前に立つ。

 

「宝剣に何を願った? 言え!」

「別に……、何も願ってないよ。ただ、天界人は信用出来ないって……」

「それだけか?」

 

 僕は頷く。

 宝剣の光は今や枯れ森の上空高く上がり、やがて強い光を放って消えた。

 

「何の合図だろう?」

 

 僕は不安から、無意識にテオフィルスの腕を掴む。

 《ソムレキアの宝剣》が勝手に動くのは、初めての事だ。

 緊張に皆が警戒し、トキの指示で弓兵が上空に向け矢を(つが)える。

 

 やがて上空から、大きな翼の羽ばたく音が聞こえた。

 近衛騎士達が剣を抜き、僕とテオフィルスを守り囲む。

 羽ばたきは大きくなり、枯れ木を吹き飛ばしながら、()は地上に舞い降りた。

 大きな美しい翼は、地に足を着けた段階で彼の背から消え、いつもの冷たい威圧的な金色の瞳が僕を睨み付ける。

 

「呼んだか?」

 

 マルシオン・ティエム・ベイデル。

 エステラーン王国で過去に葬られたベイデル王家の、最後の王が現れたのだ。

 

「ぼ……、僕は呼んでない!」

「そなたに言ったのではない、ブライデインの《王族》。《ソムレキアの宝剣》に、言ったのだ」

 

 《ソムレキアの宝剣》が答えるように、薄っすらと光を放つ。

 マルシオン王は黙り込んで、僕の聞き取れない何かを、聞いているように見えた。

 そして威圧的な金色の瞳で、僕を睨み付ける。

 

「そなた達はここまで追い込まれて、なぜ天界に助けを求めない? 前衛部隊と後衛部隊が、窮地に陥っているぞ」

「え?」

 

 僕の鳩尾(みぞおち)が、緊張でキリキリと痛む。

 最後に見たレント領主とエランの姿が、血に塗れている姿を想像して、泣き叫びそうになるのを必死に(こら)えた。

 横にいるテオフィルスが、僕をマルシオンから隠すように肩を抱きしめる。

 

「セルジン王の出した条件を、活用も出来ない愚か者め。そなたはそれで、国王軍を仕切っているつもりか、ブライデイン! 七竜の眷属に頼るなど、言語道断! そなたが宝剣の主でなければ、その首を()ねているところだ」

「無礼者! いくら(いにしえ)の王といえ、殿下に対する侮辱は、俺が許さんぞ!」

 

 かつての友に怒りを露わにしたトキが、剣を構えてマルシオンに近付こうとしたのを、僕は必死に止めた。

 

「いいんだ、トキさん。マルシオン王の言う通りだよ。僕は私怨で動いて、国王軍を窮地に落としている。女神の仲間を、どうしても信用出来ないから……」

「あの女神は、信用しなくて良いですよ」

 

 突然、マルシオンの声と口調が変わった。

 振り向いた僕の目に、優しい外見のマール・サイレスが映る。

 マルシオン王が変身した姿は、彼に対する恐怖を打ち消している。

 

「外見など当てにならないですが、私が国王軍に参戦するには、この姿の方が良いでしょう?」

 

 微笑むマールに、僕は顔を引き攣らせて頷く。

 未知の魔力(ちから)を有する者に近付く恐怖は、暗闇に一歩踏み込む恐怖と似ている。

 これも天界の罠かもしれない。

 それでもセルジン王が、身を(てい)して国王軍に残していった援軍なのだ。

 

「受け入れるよ、天界の加勢を」

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