王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

106 / 108
こんにちは。再改稿終了後も、あちこちある矛盾点を直しつつ、なんとかようやく更新出来ました。読んでいただけると幸いです。


第十五話 人質

「エラン? 君は……、本当にエランなのか?」

「当たり前だろ、他の誰に見える?」

 

 黒い翼を背に持つ彼は、モラスの騎士の服装ではあるものの、総隊長のマントは羽織っておらず、何よりセルジン王から賜った銀の額飾りが外されている。

 僕と天界の住人になる事を希望していたエランとは、あまりにもかけ離れて見える。

 

「嘘だ! 君は、違う。何者だよ? その姿は、止めろ!」

 

 屍食鬼の暗黒の翼が、暗闇の中で羽ばたき音を立てる。

 彼は暗い微笑みを見せながら、僕を抱き寄せる。

 僕はその腕を振り払おうとしたが、がっしりと掴んだ手は吸いついたように離れず、〈祥華の炎〉はまったく役に立たない。

 

「放せ!」

 

 テオフィルスとトキが剣でエランに切りかかるが、幻を切るように何の傷も負わせる事が出来ない。

 

「何だ、手応えが無いぞ」

「魔法だ、本物じゃない!」

 

 僕を掴んだ手は力を増し、引き摺られてエランに捕らえられる。

 僕は〈祥華の炎〉を彼に放ったが、やはり何の効果も無かった。

 

 どうして?

 泉の精の魔法が、役に立たないなんて……。

 

 僕は助けを求めて、周りを見回した。

 暗闇の中に国王軍の灯す松明が、上空を埋め尽くす屍食鬼を照らし出す。

 咄嗟に僕は、炎が屍食鬼と人々の間に壁を作るのを思い描いた。

 すると炎は勢いを増し、僕の周りの人達を犠牲にする事なく壁を作る。

 屍食鬼には、泉の精の魔力は有効なようだ。

 

 上空の屍食鬼は阻めたが、地上の屍食鬼との戦いは阻めず、激しい戦闘が至る所で始まった。

 屍食鬼の鋭い爪が国王軍の兵を切り裂く。

 不思議な事に倒れた兵に向けて、屍食鬼が火矢を放ったのだ。

 身体が乾いているので燃えやすい屍食鬼は、火を恐れる、火を扱うのは異例な事だ。

 トキが激を飛ばす。

 

「火矢を放つぞ、気を付けろ! 屍食鬼を殲滅しろ! マール、殿下を守れ!」

「解っている」

 

 優しい外見のマール・サイレスは、微笑みながら僕を静観している。

 

「殿下、いったい誰と、いつまで遊んでいるのです?」

「え?」

 

 その瞬間、エランの姿がかき消えて、僕の腕に絡み付く醜い植物の(うごめ)(つる)が見えた。

 蔓には黒い渦が絡み付き、毒素を撒き散らしながら僕を引き摺る。

 その毒気に恐怖を感じるのは、気分が悪くなり身動き出来なくなるのを知っているからだ。

 泉の精の魔力のせいで、僕に人々が近付けない時に、その状況では国王軍が不利に陥る。

 

 

 ところが不思議な事に、いつもの気分に悪さが感じられず、普通に動けるのだ。

 

 

 〈抑制の腕輪〉を、外しているからなのか?

 

 蔓を持つ植物には、多くの屍食鬼の口と思しき醜い牙が、茎の中から涎を垂らしながら、僕を食い尽くそうと待ち構えていた。

 

「放せ!」

 

 右手と足に蔓が絡み付き、僕の身体が浮き上がる。

 必死で空いている左手で、右腰に下げた短剣を取り出し、腕に絡む蔓を何度も切り付けて離し、足に絡む蔓はテオフィルスが飛び上がりざま切付け、落下した僕を素早く抱き抱えて、暴れる植物から救出する。

 

「大丈夫か?」

 

 切り離された蔓が僕の手足に絡んでまだ蠢いているのを、彼が冷静に取り外して顔を覗き込む。

 心配している彼の真っ青な瞳に、僕は頷きながらも狼狽えた。

 

「だ……、大丈夫だよ」

 

 泉の精の魔力はテオフィルスを弾かず、逆に彼の周りをうっすらと水の幕が被い、〈生命の水〉が守っているように見える。

 

 どうして?

 テオフィルスは泉の精に好かれているのか?

 

 七竜の加護が無い状態でも、彼が特別な存在に思えて、僕はなんだか無性に腹が立った。

 彼から慌てて離れ、八つ当たりのように、不機嫌に文句を呟く。

 

「マールさん、判ってるんなら、もっと早く魔法を解いてくれても……」

 

 マールは微笑みながら、背から輝く翼を出現させ、次の瞬間に切り裂くような魔力を(まと)ったマルシオン王に戻った。

 

「そのくらいの単純な魔法も見抜けないで、泉の精までたどり着けるのか、ブライデン? この先は魔界域の入り口だぞ」

 

 外見も対応も鋭角的な古の王に、僕は顔をひきつらせながら疑問をぶつける。

 蔓を切られ暴れる植物が、僕を狙って突進して来るのを、国王軍が必死に戦い止めている。

 

「魔界域って、あの植物は魔界域のものなのか? でも、泉の精の魔法が通じないよ?」

 

 マルシオン王から微笑みが消えた。

 

「あれは魔界域に飲み込まれた聖なる泉の構成員だ、泉の精の魔法が通じないのは当然だ。我が妃も飲み込まれようとしている」

 

 マルシオン王の周りから冷たい怒りの炎が溢れ出て、僕が恐怖に逃げ出したくなった時、テオフィルスが緊迫した様子で割り込んだ。

 

「マルシオン王、この屍食鬼達も幻なのか? 何かがおかしい、味方が圧されているぞ! なんとか出来ないのか」

「ふふん、竜がいなくても、貴殿の目は節穴ではないようだ。その通り、上空の屍食鬼は本物だが、地上の者は偽者。こんな術は簡単に破れる」

 

 彼はそう言って片手を上げ、皮肉な笑いを浮かべながら指を鳴らした。

 古の王の周りから、辺り一面に何かが拡がっていく。

 激しい戦闘を繰り広げていた国王軍の兵達は、一瞬で屍食鬼を見失い、目の前に現れた前衛部隊に度肝を抜く。

 

 屍食鬼との戦いと双方とも思い込まされ、味方同士で殺し合っていたのだ。

 地に倒れ屍食鬼のように扱われた遺体は、誰であるか見分けもつかない。

 皆がその残酷さに、茫然と立ち尽くす。

 

 笑い声が聞こえた。

 

 前衛部隊の中心部、アレイン・グレンフィードの上空、そして中心を取り巻く数人のモラスの騎士の上空、それから部隊の前面に立つ総隊長の朱色のマントを纏ったエラン・クリスベインの上空。

 

 〈祥華の炎〉を突き抜けて降りてくる、黒い翼を生やした五人の〈契約者〉達。

 エランの上空にいるのはハラルド・ボガード。彼は卑下した笑いを浮かべながら、僕達を指差し命じた。

 

「目の前の屍食鬼を、全滅させろ!」

 

 するとエランが操り人形のように、同じ言葉と動作を繰り返す。

 中央にいるアレインも同じ指示を出した。

 彼等には僕達が、まだ屍食鬼に見えている。

 マルシオン王の魔法が効いていないのだ。

 前衛部隊から火矢が飛び、エランとモラスの騎士達が魔法防御の壁を作り、触れた者を弾き飛ばす。

 味方の攻撃を防ぎながら、本隊の兵達はじりじりと後退する。

 

「エラン、正気に戻れ! 僕達が解らないのか!」

 

 僕は無駄と解っていても、彼に呼び掛けずにはいられなかった。

 エランの元に走ろうとして、テオフィルスに止められる。

 彼は冷静に(いにしえ)の王に問い質す。

 

「マルシオン王、彼等を助けられないのか?」

「ふん、小賢しい。私を誰だと思っている?」

 

 マルシオン王は輝く翼を大きく広げ、〈祥華の炎〉を気にもせず上空に舞い上がる。

 

『汚らわしき〈契約者〉よ、水晶玉の〈管理者〉を侮るな! お前達の魔法は無効だ』

 

 マルシオン王の身体から、強烈な光が放たれ辺りを満たした。

 上空の屍食鬼達が恐れをなして逃げ惑う。

 〈契約者達〉が身を縮めて前衛部隊の中に墜落する。

 

 エランもアレインも、目が覚めたように辺りを見回し、魔法防御の壁は消滅した。

 僕はテオフィルスの手を振り払い、エランの元に駆け出しながら叫ぶ。

 

「エラン、気を付けろ! 〈契約者〉が側にいるぞ!」

「オリアンナ」

 

 僕の移動に、本隊が前衛部隊に迫り、落ちた〈契約者〉を捜そうとする。

 エランは人波にもまれながら、モラスの騎士に指示を出そうと赤い魔剣を掲げた瞬間、動きを止めた。

 

「お前は、僕の下僕だ」

 

 姿の見えないハラルドの声だけが、彼に絡み付く闇黒の呪縛のように思考を奪い、動きを止めてゆく。

 エランの首を被うように、長い鍵爪が現れた。

 側面が鋭い刃物のようにエランの皮膚を薄く裂く。

 短い傷口から赤い糸のような血が流れ、朱色のマントに吸い込まれてゆく。

 

「エラン!」

 

 彼に絡み付く爪から先の醜い手が、腕が、身体と頭が、いやらしい程彼を抱え込む醜い形をした翼が姿を現し、〈契約者〉ハラルドが、どれだけエランに執着しているかを如実に見せ付けた。

 

「誰も動くな。僕の命令に従わなければ、こいつを八つ裂きにしてやる」

 

 動けないエランは成す術もなく、ハラルドの人質に取られる。

 他の四人の〈契約者〉も、アレインと周りの騎士達を捕らえた。

 僕は助けを求めマルシオン王に視線を送るが、彼は呆れたように首を傾げる。

 

「あれに魔力が使われていると思うのか? 奴等を動けなくしたとしても、あの爪から助け出すのは無理だ。私の魔力で奴等を消し去る事は、この界域では出来ない」

 

 捕らわれた者達は全員、〈契約者〉の爪に今にも切り裂かれそうに見えた。

 彼等の身体がふわりと浮き上がる。

 その動作だけで、エランの首の傷が広がり、血が朱色のマントに、赤さを増して広がり始める。

 

「エラン!」

 

 ハラルドの笑い声が響き渡る。

 

「ついて来い、魔界域へ」

 

 五人の〈契約者〉は人質と共に国王軍の頭上を飛び、サージ城塞の奥、暗闇が支配する魔界域の入り口へと飲み込まれて行った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。