王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第十六話 聖なる泉の門

《オリアンナ》

 

 マルシオン王の魔力で、〈契約者〉の魔力から解き放れたエランは、すぐに僕の姿を見つけ出した。

 優しい水色の瞳は苦悩からも解放された、いつもの幼馴染みの様相で僕に微笑みかけた。

 

 

 それなのに、エランとアレインを含む五人が、〈契約者〉によって人質として連れ去られたのだ。

 

 

 サージ城塞都市の外城壁の異様な堅牢さに阻まれ、天界と七竜の助けも届かない閉ざされた空間で、僕達は敵の後を追った。

 上空の屍食鬼たちは僕の放った〈祥華の炎〉に阻まれ、国王軍を襲撃出来ない。

 僕たちは〈祥華の炎〉の明るさで、〈契約者〉たちを見失わずに済んだ。

 

 僕を取り囲む〈祥華の炎〉と〈堅固の風〉は、《聖なる泉の精》からもらい受けた魔力だ。

 まだ、満足に扱う事は出来ないせいで、僕の護衛たちも遠巻きにしか役目を果たせないでいる。

 

 〈契約者〉たちが内城壁の一か所で消え、そこまで辿り着いて僕は愕然とした。

 

 そこには崩れかけた《聖なる泉》の門が、内城壁に組み込まれて、人が屈んでようやく通れるくらいの小ささで存在していた。

 敵はこの小さな門を、人質を抱えて通り抜けたのだろうか?

 

 レント領で僕が初めて見たこの門は、大きく高く荘厳な美しさを(たた)えていた。

 今は貧弱で崩れかけ、亀裂の入った楔石(くさびいし)は、今にも消失しそうに見える。

 

 《聖なる泉》を構成するのは、泉の精と契約を交わした者達の魂。

 トレヴダールの《聖なる泉》で、魔界域の黒い渦の流出をくい止めたのは、この門を構成するマルシオン王の妃ロレアーヌの意識だ。

 

「ロレアーヌ」

 

 マルシオン王が門の前で(ひざまず)き、花とも人とも獣とも思える楔石に触れる。

 今にも崩れそうな石は、彼が触れると弱々しい光を放ち、一瞬元に戻ろうとする。

 その様子に僕の心は救出の焦りと、マルシオン王の心情の間で揺れ動いていた。

 

 この門は長く持たない。

 

 重い武具に身を包む大勢の国王軍が通れば、すぐに崩壊してしまうように見える。

 多く見積もっても、十人ぐらいが通れるかどうかだ。

 

 敵の目的は《ソムレキアの宝剣》を奪い、僕を殺す事。

 今まで何度も襲撃され、奇跡的に魔手から逃れてきた。

 でも、今度は逃れられないかもしれない。

 最後の泉の精の導を手にする事を、魔王アドランは徹底して阻むだろう。

 

 不意に僕の脳裏に、セルジン王の横顔が思い浮かんだ。

 天界の城に入る時の彼は、危険を承知で、一人で城に入ろうとした。

 招かれているのが、自分一人と解っていたからだ。

 

 《ソムレキアの宝剣》が奪われれば、全てが終わってしまう。

 僕一人で、宝剣を守れるのか?

 

 無意識に宝剣に触れた。

 すると、まるでセルジン王に触れているような安心感が、僕の心に流れ込む。

 

 

 この宝剣に守られている。

 

 

 そう思うと、勇気が湧き起こる。

 

 僕は、普段は威圧感を怖れて近付かない、マルシオン王の横に立った。

 

「お妃様の、この門を守れますか?」

「私を誰だと思っている? 当然、守る」

 

 マルシオン王の毅然とした様子に、僕はにっこり微笑んだ。

 

「では、僕がこの門を通った後、国王軍も屍食鬼から守ってください。お願いします!」

 

 僕は門に入ろうとして、彼に腕を掴まれ止められた。

 

「待て! どういうつもりだ? 勝手な行動は、許さん!」

「でも、僕が行かないと目的は果たせないし、エランを助けられるのは僕しかいないんです。お願いです、行かせてください」

「…………本気か?」

「はい!」

 

 躊躇(ためら)いのない僕の答えに、マルシオン王は無表情に頷くと、突如翼を広げ、周りの兵達が驚くのも構わず、天界の清らかな翼を羽ばたかせた。

 

 すると十枚の光る小さな羽が、僕の目の前に降りてくる。

 

「行くのは、五人までだ。その羽を身に着ければ、魔界域の住人からは見えない。残りの五枚は、連れ去られた者達に渡せ」

 

 僕は十枚の羽を受け取り、そのうちの一枚を、竜騎士の甲冑の腰鞄に入れた。

 

「ありがとうございます、マルシオン王。でも、他に連れ去られた者達がいた時は? 十人以上だと足りなくなります」

 

 今、連れ去られた五人以外にも、行方不明になっている者達がいる。

 その者達がいた場合は、危険に晒される事になるのだ。

 

「私に出来るのは、ここまでだ。後は自力で、困難を乗り越えよ。私は国王軍と竜騎士を指揮し、この魔界域の城壁に風穴を空ける。さあ、同行する者を選べ」

 

 僕は九枚の小さな羽を見詰め、その後、周りの人々を見た。

 皆が手を上げそうに身を乗り出し、僕を見つめる中、真っ先にテオフィルスが僕に近付き、羽を四枚取り去った。

 

「お前に近付けるのは、俺だけだ。周りとの橋渡しをする役割だから、当然俺も行く。他に行くのは、誰か?」

「待て、君は残れ! ここで七竜を呼んでくれ」

 

 テオフィルスはにっこり微笑んで屈み、顔を近付け青い優しい瞳で、僕の視線を釘付けにする。

 

「心配してくれるのか?」

 

 僕の鼓動は跳ね上がり、身体が熱を帯びる。

 こんな非常時にと思うと耐えられなくなって、近付き過ぎる彼の顔を、手で押し遠ざけた。

 

「そうじゃない。他国の重要人物を、危険に巻き込む訳にはいかないだろう」

「何を今更。俺はお前に、今よりもっと、思いっきり巻き込まれたい」

 

 僕は激しく狼狽(うろた)えて、思わず大声で叫んだ。

 

「巻き込まれなくていい!」

 

 その言葉と同時に、彼に向かって〈堅固の風〉を無意識に吹き付け、マシーナ・ルーザの元まで吹き飛ばした。

 

「あ……」

 

 感情的になって魔法を使ってしまった事に、僕は呆然とし不安を感じた。

 見境なく感情のままに魔力を使うとどうなるのか、想像するだけで恐怖に身が縮む。

 

[ うわっ ]

 

 吹き飛ばされたテオフィルスは、マシーナが受け止めた。

 

[ 大丈夫ですか、若君? また殿下に無礼な事を言ったでしょう? まったく口が悪いんだから。はい、一枚もらいますよ ]

 

 マシーナはそう言って、テオフィルスの手から羽を一枚取り、腰鞄に入れた。

 テオフィルスは立ち上がり、泥汚れを払いながら不服そうに口を尖らせる。

 長年仕えてくれるマシーナに対しては、素直に心の内を明かす事が出来るようだ。

 

[ ふん、至極全うに口説いただけさ。まったく、魔法使いは厄介だな ]

[ 〈七竜の王〉が、それ言います? ]

 

 面白がってケラケラ笑うマシーナを、テオフィルスは怪訝な顔で睨みつけながら、羽を掲げた。

 

「他に行く者は?」

 

 宰相エネス・ライアスが進み出て、僕に《王族》に対する礼を取った。

 

「この先が魔界域であったとしても、サージ城塞の形を取るのであれば、此処に一番詳しいのは私しかおりません。どうぞお連れ下さい」

 

 宰相エネスは、国王軍に必要な存在なので、出来れば残ってほしいと僕は思っていた。

 でも、このサージ城塞はエネスの元居城でもある。

 中に入りたいと希望するのは、当然だろう。

 

「これは魔王の罠だよ、エネスさんへの」

「解っております」

 

 エネスの覚悟を決めた様子に、僕は困った顔で下を向いた。

 彼を守れる自信がない。

 トキ・メリマンが安心させるように、助け船を出す。

 

「私は殿下の護衛だが、魔法のせいで近寄れない。ライアス宰相を守るとしよう。宜しいかな、殿下?」

 

 冷酷な決断を下さなければならない僕に、大人達は優しい。

 僕は感情を押し殺し、顔を上げた。

 

「分かった。行くのは、この五人だ。もし、一日以上経って、誰も戻って来なかった場合は、国王軍は速やかにマルシオン王の指示に従い、ここから脱出するんだ。僕達を待つ必要はない」

 

 残る高官達が冷静に、命令に従う礼を取った。

 脱出できる保証は無い。

 行くも残るも、命がけである事に変わりはないのだ。

 トキが伝令に向け、皆に聞こえるように指示を出す。

 

「マールの指示に従い、この閉ざされた空間を必ず打ち破れ!」

 

 マールという指定に、マルシオン王は口角を上げて少し笑った。

 そして、背の翼の間に腕を挙げ、何かを取り出すように掴んだ。

 その手には、拳ほどの大きさの皮袋が握りしめられている。

 

「これをお前にやろう、トキ」

「何だ、また火炎石か?」

「違う。天界にある巨大樹の、樹液が固まった魔石だ。人には害は無いが、魔界域の住人には脅威となろう。窮地に陥った時に、紐を緩めて袋ごと敵に投げ、すぐ逃げろ」

 

 トキは顔を(しか)めながら、薄気味悪そうに袋を受け取り、ベルトに吊るした。

 巨大樹の樹液の脅威を、思い出したのだろう。

 あれに呑まれたら、人としての自我を失うように思えるのだ。

 

「…………承知した。後を頼む」

「任せろ」

 

 トキが魔石を手にした事で、僕の心の重荷が少し和らいだ。

 

「ありがとうございます、マルシオン王。では、行きます」

 

 マルシオン王が厳しい顔付きで頷く。

 僕が《聖なる泉》の門に入りかけた時、テオフィルスが阻んだ。

 

「先頭は俺、お前は真ん中だ」

「若君は私がお守りしますので、ご安心ください」

 

 マシーナの微笑みに、僕の緊張が解れる。

 一つ深呼吸をして、狭い門に、足を踏み入れた。

 

 

 

 門に入った途端、暗闇が戻ってきた。

 僕の放つ〈祥華の炎〉は、漆黒の水に押し込められたように輝きは拡散せず、前を行くはずのマシーナの後ろ姿さえ映さない。

 〈堅固の風〉も同様に押し留められて、《聖なる泉の精》の魔力はまったく役に立たない。

 

 そんな状況で、暗闇の中に大勢の呻き声が聞こえた。

 男の声、女の声、獣の声。

 苦しみと絶望、憎しみと怒り、そして狂気染みた笑い声。

 

 聞いているだけで、恐怖に身が縮み、僕の足が進まなくなる。

 後ろにいるはずの、エネスとトキは気配すらない。

 僕一人だけが、暗闇に取り残されている事に、ようやく気が付いたのだ。

 

 暗闇が心を蝕むのに、どのくらい時間が掛かるのだろう。

 次第に絶望感が増し身動きも出来ず、身体が震え、声さえ出す事が出来なくなった。

 

 

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