王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第二十二話 レント城塞の危機 (新)

 エランの腕の中で泣き続け、不安と恐怖を心から追い出した頃、彼の背に回した手に宝剣を握りしめている事に気付く。

 運命を切り開く《ソムレキアの宝剣》は今、僕の手の中にある。

 セルジン王が描く戦略図に、ようやく参加出来るのだと感じ冷静さが戻る。

 

「エラン……、僕は陛下を助けたい」

「うん、解ってる。王配候補を決める気は無いんだろ? アレインさんから聞いたよ」

「会ったんだ」

「うん、握手した。大将だって、ちょっと怖そうな人だね」

 

 彼は、まるで気にしていないように笑った。

 

「陛下を助けたいのなら、協力するよ。先の事なんて分からないんだからさ」

「……うん、ありがとう。ごめんね、エラン」

「謝らなくていいよ。僕は成人したら、君に求婚するつもりだから」

「え?」

 

 僕は彼の腕の中から、警戒するように飛び退いた。

 彼はにやにや笑いながら、偉そうに腕組みをする。

 

「王配候補の話が無くても、元々そうするつもりだったよ。僕は君が好きなんだから」

 

 僕は呆然としながら、彼を睨み付ける。

 エランは僕の親友で、幼馴染みで、お互いの理解者だから、解っていると思っていた。

 それが、今の一言で崩れたのだ。

 

「…………僕は、陛下の婚約者だよ」

「知ってる。でも、婚約破棄された。それに陛下は影だよ、君には不釣合いだ」

 

 その言葉に、僕は腹を立てた。

 一番言われたくない言葉を、一番親しい相手に言われたのだ。

 僕の目から、涙が再び溢れ出した。

 

「だから、陛下を人に戻そうと、必死になっているんじゃないか!」

「そうだよ、だから君に協力するって言っているんだ。相手が影じゃ、僕にとっても戦いようがない。陛下には対等に、人に戻ってもらう」

「…………え?」

 

 国王陛下相手に、公明正大なあまりにもエランらしい言葉で、僕の怒りは拍子抜けしたように拭い去られた。

 彼が握手を求めて手を差し出し、毒気を抜かれた僕は涙を拭い、首を捻りながら握手した。

 エランはやはり、ちょっと変わっている。

 喧嘩を回避出来たところで、トキが割って入った。

 

「殿下、国王陛下はどちらに?」

 

 父の館にセルジン王の姿が無かったため、トキは急ぎ確認をしに来た。

 国王陛下の言葉が出た瞬間、脳裏に消えゆく王の姿がまざまざと(よみがえ)り、不安が一気に押し寄せて来る。

 

「トキさん、陛下は……、陛下は宝剣の光を浴びて、消えてしまった」

「宝剣?」

 

 彼は驚き、僕が手に持つ《ソムレキアの宝剣》を注視した。

 時期が来れば必ず出現するという王の言葉通り、魔王を打ち破る武器が出現したのだ。

 王都ブライデインへ旅立つ時が来た。

 十五年の悲願を達成する切り札が、魔王に渡ることなく持ち主の手中にある。

 トキは微笑み、満足そうに頷いた。

 

「では、陛下は数日でお戻りになる。今までも陛下の影が消えた事は何度もあったが、ドゥラス殿下が亡くなられた後は、国王軍は士気を欠いた状況で戦う事になり、我々は大変な状況に陥っていた。でも、今は殿下がいる。《王族》がいるだけで我々の士気が高まる。陛下が戻るまで、殿下が国王軍を指揮し、私達がサポートする。よろしいかな?」

 

 《王族》の存在は、エステラーンの国民にとって必要不可欠だ。

 《王族》がいるだけで、兵の士気が高まり戦いを有利に導く。

 今の状況で成人したばかりの僕が、王の代わりを務める事になる。

 

「……本当に陛下は、数日で戻ってくるの?」

「戻ってくる。今までも、陛下は必ず戻られた」

 

 不安と希望が、同時に湧いてくる。

 王が戻るまで、僕が出来る限りの役目を果たせばいい。

 自然と顔が緊張に引き締まる。

 

「判った。陛下が戻られるまで、サポートを頼みます! 出来れば、すぐにでもレント領を離れたい。ここを戦場に、したくない」

「では、出来るだけ早く出立の……!」

 

 トキの返事に重なるように、北東方向から魔物の来襲を知らせる緊急ラッパが遠く聞こえた。

 国王軍から発せられたもので、城壁の外に駐留する兵が、魔物に接触した合図だ。

 次に第三城壁からもレント領のラッパが吹き鳴らされ、間を置かず城下街にある鐘楼が、緊急事態を知らせる速さで打ち鳴らされる。

 レント領民達は一瞬で事態を悟り、飛び起きる。

 

 レント城塞都市の一番外側を守る第三城壁には、長年の魔物との戦いで出来たひび割れ箇所がある。

 そこに魔物が集中して押し寄せれば、簡単に城壁は崩されレント領は窮地に追い込まれるだろう。

 それを実証するように地を揺るがす大きな振動が、城塞中に鈍く響き渡った。

 大地が揺れ、何かが崩れる轟音が、嫌な予感を連想させる。

 僕とトキは顔を見合わせた。

 

「オーリン様、私の馬へ!」

 

 敵の来襲を警戒し僕の腕を掴んで、父の館から離れた所に留めてある馬の元へトキは向かう。

 周りにいる近衛騎士達も集合し、エランも同行した。

 父の館は一度襲撃を受けている、侵入経路は空からだ。

 上空からこの場所は、入りやすいのかもしれない。

 館から大きな羽ばたき音と、人々の怒声が聞こえる。

 三人のアルマレーク人が逃れたのだ。

 テオフィルスが去った事に、僕はホッとした。

 行軍の同行なんて、冗談じゃない。  

 

「取り逃したようだな」

「奴等に父の居所を知られた。きっと王国に入り込むよ」

「奴等だけでは無理だ。王国は陛下と魔王の魔力が拮抗する形で、ブライデインを中心に水晶玉の魔力の中にある。簡単には入り込めない」

 

 予想通りの回答に、僕は少し安心出来た。

 

「だったら早く第三城壁へ、演習場近くの壁に亀裂があるんだ。そこを魔物に打ち破られたら、このレント領は終わりだ」

「亀裂に関しては、守りは固めてある。オーリン様は我らと共に城へ」

 

 僕は驚きに目を見開いた。

 

「でも、僕が国王軍の指揮をするって……」 

「《王族》は大局の指揮をし、細かい指揮は各将が出す。オーリン様は騎士見習いの身だ、城を守るのが務めだから、城へ戻る」

 

 皆が戦っている中、僕だけ安全な場所で不安を抱えて待つという事だ。

 たとえ《王族》でなくとも、騎士見習いは戦場に立つ事は出来ない。

 戦えるのはエランのような従騎士になってからだ。

 トキの言う通り、騎士見習いは城の人々を守る任務に就くべきだ。

 

 何の為の《ソムレキアの宝剣》なんだ?

 僕の修行不足のせいで、肝心な時に役に立てる事が出来ないなんて……。

 

 宝剣を握りしめ、歯噛みし(うつむ)いた。 

 

「判った、城に……!」

 

 突然、大きな羽ばたき音と共に、上から突風が吹きつけてきた。

 目を庇いながら見上げると、何かが茂みを押しのけて舞い降りようとしている。

 トキは僕を庇いながら、大声で叫ぶ。

 

「敵襲! 近衛騎士隊、守護の陣形を取り、全力でオーリン様を守れ! 射手、上空の魔物を射て!」

 

 近衛騎士達は皆に伝わるように命令を叫びながら剣を抜き、弓兵は上空の魔物に向け矢を放つ。

 月の薄明かりの中、木々をなぎ倒し、魔物がその黒い姿を現し舞い降りる。

 大きな翼を広げ、人々を威嚇する。

 硬い鱗は矢を跳ね返し、凶暴な口は唸り声を発して人々に牙を剥きながら熱風を吹き付ける。

 口の奥には炎を(たた)え、赤暗く揺らめく。

 暗い分恐怖感がいや増す、七竜リンクルの姿だ。

 

「あれはアルマレークの竜だ、火を吹くぞ!」

「攻撃止め、全員撤退!」

 

 下手に攻撃すれば、こんな至近距離では全員が焼け死ぬ。

 火を避けられる遮蔽物から攻撃する方が得策だ。

 トキが走り出し後を必死に付いて行きながら、恐怖心から竜を振り返らずにはいられなかった。

 なぜ、戻ってきた?

 追い払われた腹いせに、攻撃するつもりか?

 テオフィルスは竜から飛び降り、松明の灯りの元に姿を現し、低い大声で呼びかけた。

 

「待て! 聞け、王太子。屍食鬼の大群が、レント領上空に近付いている!」

 

 いち早く反応したのはトキだ。

 立ち止り僕を後ろに庇いながら、彼に向って叫ぶ。

 

「屍食鬼が上空に? 我が国の王太子を誘拐した罪人のいう事を、信用出来ると思うのか」

 

 テオフィルスはその言葉を無視して、僕を説得するために見つめる。

 

「屍食鬼を追い払う有効な手を思いついた。オーリン、お前が竜に乗ってその剣を輝かせれば、屍食鬼がレント領に到達する前に追い払える!」

「何を言っているのか、解らんぞ! 殿下を(さら)う口実だ!」

「地上の犠牲者を減らせるんだ。そう思わないか?」

 

 竜に乗る?

 馬にも乗れない僕が? 

 

「その竜は影じゃないか! 宝剣の光を浴びたら陛下のように消えてしまう」

「相手にするな。竜に乗る等、論外だ! アルマレークへ連れ去られる」

 

 トキは顔をしかめ、小声で止めた。

 

「領主とその後継者がなぜ竜の指輪を持ち歩くか知っているか? 七竜と竜を呼び寄せ、指揮するためだ」

「……」

 

 恐怖を感じながら、彼の提案に心が動く。

 八年前、屍食鬼が殺戮を繰り広げた《王族狩り》の恐怖を、また繰り返す事は絶対にしたくない。

 幼い僕が屍食鬼に喰われなかったのは、この宝剣の守りとセルジン王が寸前で追い払ったからだ。

 《ソムレキアの宝剣》――――その魔力で魔王アドランとセルジン国王は、影も出せないほど魔力が弱まった。

 魔王がレント領を襲撃するために、弱まった魔力でも屍食鬼を呼び寄せた可能性は大きい。

 

 竜に乗るのか?

 

 テオフィルスの言う通り、竜に乗って宝剣の魔力を使えば被害は最小限で済むかもしれない。

 でも、その後無理な要求をしてくるかもしれないのだ。

 僕は彼を睨み、真意を確かめる。

 

「君を、信用できない!」

「信用していい! 俺達は共通の敵と戦っているんだ。アルマレークもエステラーンも、魔王のせいで窮地に陥っている」

「信用できない!」

「お前が魔王を打ち破る唯一の手段だというのなら、俺は命を懸けてお前を守る! 俺を信じろ!」

 

 心に冷たいものが広がる。

 彼は自国のためなら、どんな事でもする人間だ。

 旅の同行は僕を守るより、父を探し出す目的が垣間見える。

 察したトキが、割って入る。

 

「どんな綺麗事を並べても、罪人である事に変わりはない! 本当に殿下を守りたいのなら、その竜の指輪を外して、我等と同じ魔力を持たない者になってはどうだ? それなら、王に取り成すぞ」

「…………」

 

 トキは冷たく微笑んだ。

 テオフィルスは迷いながら指輪を触る、すると七竜リンクルが姿を消した。

 

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