王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第二十六話 空中戦と地上戦 (新)

「竜騎士の体形でないと、高い鞍から膝下が出ない。触手の触る範囲が狭くて、竜に振り落とされる」

 

 テオフィルスの言葉に、僕の足がどの位鞍から出ているのか確認し納得する。

 触手はギリギリで僕の足を捕えていた。

 

「膝下で触手に指示を出す。竜騎士の体型に拘るのが解るだろう?」

 

 頷きながらも、(くら)を変えれば良いのではないかとも思うが、何か変えられない理由があるのだろう。

 彼は鞍と身体を結ぶ安全帯を二人の腰にある金具に取り付けながら、気掛かりな事を警告した。

 

「お前はリンクルやエーダ……、マシーナの竜の事だが、あの二頭からは好かれない。イリと同じと思って近づくなよ」

「なぜ?」

 

 微笑みながら、彼は答える。

 

「お前の母方の血が、レクーマオピオンの流れだからだ。レクーマの竜は領内の人間しか乗せない。他の領地の人間は敵だ。リンクルとエーダは、リンクルクラン領の人間以外は敵と思っている」

 

 敵という言葉が、竜の獰猛さを伺わせた。

 それ以上に、彼の言葉が引っかかる。

 オリアンナだと気付いているはずなのに、オーリンの設定で注意点を伝えてくる。

 本当は母方ではなく、父方の血がレクーマオピオンの流れなのだ。

 

 王太子としての立場を、本気で守ってくれる気なんだ。

 

 安心出来ない相手なのに、少しホッとしている自分に不安を感じる。

 気を許しちゃ駄目だ!

 

「僕が領内の血を引いてなかったら、イリに振り落とされるのか?」

「その時は、俺がイリに乗せるよう命じる。俺は〈七竜の王〉だ、全ての竜は俺に従う」

 

 無表情に僕を見下ろす彼に、どことなく孤独な陰りを感じる。

 生まれた時から、彼は〈七竜の王〉として存在していたのだ。

 その特別さから、彼に心を許せる存在はいたのだろうか。

 セルジン王とは対照的な空気を身に(まと)い、人々を遠ざけているように見えた。

 左手を持ち上げ、彼が叫ぶ。

 

[リンクル、戻れ!]

 

 巨大な竜の影は、素早く指輪に吸い込まれる。

 

「耳栓をし、これを被れ。ここから先は、会話は出来ない。鞍の前面の取手に掴まれ」

 

 僕は素早く肩甲にある簡素な耳栓を耳に嵌め、渡された軽い兜を被り、面頬を下ろした。

 面頬は半透明で、周りの景色が透けて見える。

 そして指示通り、鞍の取手を握る。

 テオフィルスが足で竜の触手を叩き、拍車をかけた。

 イリは翼を大きく広げ、空に羽ばたき地上から浮き上がる。

 

「うわっ!」 

 

 恐怖に僕は叫びを上げる。

 鞍のすぐ後ろに翼があるため、筋肉の動きが直に振動となって伝わってくる。

 土煙が巻き上がり強風が上体を浮上げるが、イリの触手と安全帯のお蔭で吹き飛ばされずに済んでいる。

 

 やっぱり、怖い!

 

 テオフィルスが包み込むように両腕を前面に伸ばし、イリの首の一番後ろにある特に長く伸びた二本の棘状鱗の先端を、まるで手綱のように掴かむ。

 恐々見下ろすとトキが馬に乗り、全員に第三城壁へ向かうよう指示しているのが見える。

 エランは高く飛び立った竜を見上げていた。

 

「エラン!」

 

 僕の視線に気付いたのか、彼は手で上げ大きく城門の方向を指し、その後すぐに馬に乗りトキの後を追った。

 エランが指した城門の方向を見て、心が凍り付く。

 第三城壁の内側に燃え上がっていた炎が、高い第二城壁の塔――騎士隊の支部の辺りに飛び火し、勢いよく燃え上がっている。

 炎は丈高く、真っ赤な魔物の舌のように暗闇を舐め照らしていた。

 その炎の光に浮かび上がる、羽の生えた魔物の影!

 

「屍食鬼だ! レント領に攻め入って来た!」

 

 テオフィルスも気付き、すぐ竜への指示を変える。

 初心者と国王軍に気遣って、緩やかに竜を上昇させていたが、すぐに急上昇させる。

 慣れぬ感覚に恐怖で冷や汗が出たが、そんな事を構っている場合では無い。

 木々の枝を突き破り、マシーナの竜共々レント領の上空に躍り出る。

 

 澄み渡る月明かりの夜空に、異様な光景が目に飛び込んできた。

 王都ブライデインを中心にエステラーン上空に広がる暗黒から、細長い隊列が蛇行しながらレント領に延びている。

 暗黒の隊列は細い先端がようやくレント上空に辿り着いたばかりで、後方に行く程その尾は太さを増す。

 

 それら全て屍食鬼なのだ。

 

 あんな数の屍食鬼がレント城塞に押し寄せれば、間違いなく壊滅する。

 恐怖と憤りが同時に湧き起る。

 

「冗談じゃない!」

 

 鞍の取手から右手を離し宝剣を抜こうとした時、その手は後ろから掴まれた。

 振り返ると、テオフィルスが首を振っている。

 

「まだだ!」

 

 掴んだ右手を離し、その手で前方上空を指した。

 明るい月光を背景に、何かがこちらに向けて飛んでくる。

 屍食鬼と思い身構えた時、イリが不思議な声を上げた。

 それに答える叫び声が、その方向から届く。

 

「竜騎士だ!」

 

 援軍の到着に、嬉しくなった。

 五騎の竜騎士が、こちらに全速で駈けつけている。

 それぞれが挨拶のように、イリの横をすれすれに飛びかう。

 テオフィルスは手を上げ、全ての挨拶に答えた。

 そして前方の蛇行する屍食鬼の隊列を指差し、各竜騎士に手で各々の配列を指示し、再び屍食鬼の隊列を強く指差し、攻撃開始の合図を送る。

 イリを含め合計七騎の竜は、それぞれの方向へ飛び、勢いよく敵に炎を放つ。

 乗り手に熱を浴びせないよう、旋回する直前に横向きに炎を吐き、すぐにその場を飛び退く。

 

「凄いよ、イリ!」 

 

 よく訓練された竜イリに、僕は嬉しさを感じる。

 燃えながら墜落していく屍食鬼達。

 だが敵の数は多く、切りが無い。

 敵は一斉に反撃を開始する。

 竜はすぐに側を離れ、別の角度から炎を吐く。

 しばらくそれを繰り返していると、屍食鬼の隊列が乱れ、切れ切れに各所で固まった状態になった。

 

 それを見届けテオフィルスは、イリを屍食鬼の大群に向けて飛ばす。

 僕の右手を掴み持ち上げ、彼が宝剣を抜くように要求する。

 目の前に近づく無数の屍食鬼が、竜を覆い呑み込むように迫ってくる。

 それぞれの個体から黒い渦が噴き出し、僕は恐怖に身を縮める。

 

 怖い……。

 

 身体にぶつかってくる様子に臆した事を知り、テオフィルスはイリを反転させた。

 無理もない、あんな数の屍食鬼を目の前にすれば、大人でも恐怖に震える。

 まして、初めて竜に乗ったばかり、まともに乗れている事さえ、奇跡に近い。

 

 せっかく散った魔物の隊列が、好機を逃した事で元に戻ろうとしている。

 イリが魔物から遠ざかる。

 宝剣を抜かなかった僕が、テオフィルスの目論見を失敗させた事に気付き、顔を引き攣らせながら彼を見る。

 意外な事に、彼は笑っていた。

 風と耳栓のせいで聞こえないが、何かを言っている。

 笑うと物凄く好青年に見え、国王然とした彼より好感が持てる。

 

 ……気にするなって事かな?

 

 彼の笑顔に見とれながら、臆していた自分に言い聞かせる。

 きっと「落ち着け、ヘタレ小竜!」って言われたぞ。

 しっかりするんだ。ヘタレなんて呼ばせないぐらいにしっかり。

 屍食鬼の大群に対しての、恐怖心は大きい。

 でもレント領を守りたい気持ちは、それ以上に強かった。

 宝剣の柄に手を掛け、屍食鬼の押し寄せてくる方向を見た。

 

 

 

 あの大群の遥か先の王城に、陛下がいる。

 たった一人で全てと戦いながら、僕が来るのを待っている!

 

 

 

 そう思った途端、宝剣が薄ら輝き始めた。

 テオフィルスはその動きを察知し、邪魔にならないように右手を棘状鱗から離す。

 僕は《ソムレキアの宝剣》を抜いた。

 

 

 突然現れた強烈な光に、屍食鬼は悲鳴を上げた。

 黒い渦に包まれた身体を、鋭い光の矢が射抜くように貫く!

 

 

 屍食鬼は灰塵のように、光の中で影も残らず消失する。

 イリの周りにいた屍食鬼は(ことごと)く消え去り、離れていた者は醜い悲鳴を上げながら四散した。

 

 僕はあまりの眩しさに目を開ける事が出来ず、右手で宝剣を掲げたまま何を起こしているのか判らなかった。

 瞬時に兜の面頬を遮光用の細い隙間のあるものに切り替え、テオフィルスは辛うじてイリに指示を出す事が出来た。

 イリは魔物の渦に向けて突進する。

 自分の背に強烈な光が出現しても、竜は動じる事が無い。

 後退していく魔物を追って、ブライデイン方向に突っ込んでいく。

 

 テオフィルスは感動で鼓動が高まるのを感じた。

 今まで屍食鬼と遭遇し戦い死んでいった多くの竜騎士達と、殺されたレクーマオピオンの高官達に見せてやりたいと思った。

 笑いながら、誰に聞かせるとなく呟く。

 

「最高の武器だ! まったく、お前は凄いよ、オリアンナ・ルーネ・フィンゼル」 

 

 

 

 

 レント領の城塞都市は城を中心に、背の高い城壁が三重に囲み人々を守る。

 第一城門内は領主と高官達の住む政治の中心、第二城門内は城下街、第三城門内は農耕、酪農などの生産拠点だ。

 それらを守るのは、分厚い七十基の城門塔と、鐘楼、城の尖塔含め、計九十八基の丈高い塔。

 百年前、アルマレーク共和国の竜騎士を迎え撃つための設計だが、現在それらは屍食鬼を迎え撃つため、大いに役立っている。

 

 多くの松明(たいまつ)が掲げられる第一城壁内は、避難してきた人々でごった返していた。

 それをかき分けながら、王の近衛騎士隊は馬を進める。

 第一城門を出た辺りから、エランは異様な光景を目にした。

 

 あれは、半変化? 

 

 薄明りの第二城壁内に自警団や武器を取れる者、また消防団、桶で水を運ぶ人々等が走り抜ける中、時々黒い翼を生やした者達がいるのだ。

 彼等は空を飛ばず、人々に襲いかかりもしない。

 最初は見間違いかと思ったが、トキの一言がそれを現実として認識させた。

 

半変化(はんへんげ)だ! 今のうちに、翼を切り取れ。飛んで凶悪化する前に、殲滅せよ!」

 

 やはり、そうだ。

 どれだけの人が、やられたんだ?

 

 騎乗した騎士達は一斉に剣を抜き各々が目標を定め、屍食鬼に変身する者達を切り付け始める。

 エランも剣を抜き参戦しようとした時、一人が彼に向って突進してくる。

 醜く歪んではいるが、その顔には見覚えがあった。

 

「ザーリ……?」

 

 ハラルドと一緒に悪さを繰り返していた、同じ学校で学んだ嫌いな男の一人だ。

 なぜ半変化になって目の前にいるのか、エランは混乱した。

 ザーリは憎しみをむき出しにして、彼の足に掴みかかり襲って来た。

 

「離せ!」

 

 

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