馬上のエランは咄嗟に
側に来たトキが、ザーリに何かを投げつけると、一瞬で燃え上がり跡形も無く消えた。
「マールの武器は、完成したようだな。あっけなさ過ぎて、つまらん!」
まるで遊んでいるように、何かの革袋を手にしている。
エランは気分が悪くなり、顔を背けた。ザーリには嫌な思いばかりさせられてきた。
大嫌いな奴の死に同情はしたくない。
それなのに……、何だろう、この不快感。
「なぜ、切らなかった? 顔見知りでも、屍食鬼に情けは無用だ! 奴等に喰われたくなければな」
「…………」
トキは厳しい顔付きで、青ざめたエランの顔を睨みつける。
「短剣投げは得意か?」
「はい、得意です」
「では、これをやる。革袋を敵に投げて、この短剣
彼はそう言って次の標的を探しながら、第二城門に向って前進していった。
渡された革袋を手にしてエランは、ザーリの消えた跡に視線を戻し、トキの言葉を復唱した。
「屍食鬼に、情けは無用なんだ」
第二城門に近づくにつれて、半変化が数を増す。
その中にハラルドの手下が何人も含まれているのを、エランは確認した。
友人を皆、犠牲にしたのか?
そう思うと、ますます気分が悪くなる。
半変化はただ第二城門に群がり、何かを求めるように上に飛ぼうとしている。
自警団が彼等に襲いかかり、城門の兵達も上から火矢で半変化を殺す。
上空には屍食鬼が飛び交い、多くの火矢が城門塔から放たれている。
人々は矢に当たる事を恐れず、果敢に目の前の敵と戦っていた。
「火を放て! 燃やさないと、死なないぞ」
国王軍兵の叫びに従い、あちこちで火の手が上がる。
血を流し倒れる者達に足を取られながら、かつての隣人だった者が屍食鬼に変わる前に、皆が必死に半変化の
半変化は数を減らしながらも、徐々に変化が進み屍食鬼として飛ぶ者達が現れた。
長く伸びた黒い太い首、せり出した獣じみた顎に、口から出た牙は隠す事が出来ない程、凶暴で血に飢えて見える。
耳を
「国王軍に任せろ!」
屍食鬼に完全変化し飢えた獣となって襲い来る。
屍食鬼相手に戦闘の素人が敵う訳もなく、人々は逃げ惑い騎士達が対峙する。
「火矢を放て!」
一斉に火矢が放たれ、上空の屍食鬼が燃え上がる。
長く尖った爪で急所を狙ってくる屍食鬼に、一人の騎士が慣れた
緑の粘液が飛び散るが浴びても身体に害が出ないのは、セルジン王の魔力を秘めた護符のおかげだ。
腹を裂かれ動きの鈍った屍食鬼に、瞬時に火矢が襲う。
「メリマン隊長! 奴等、第二城門塔内に入り込むつもりです」
高所にある兵士用入り口に、屍食鬼が群がっている。
別の屍食鬼を殺したばかりのトキは、即座に大声で指示を出す。
王の近衛騎士は精鋭揃い、守るべき王がいない時は、戦場で屍食鬼の殲滅に従事する。
「持ち場を離れるな! レント騎士隊の戦い方がある」
第二城門からラッパが鳴らされ、城門近くにいる者達が撤退する。
城門の兵士用入り口に群がる屍食鬼は数を増やし、燃え上がる炎に照らされ、そこだけ蠢く黒い染みのように見えた。
それが突如、落下し始めたのだ。
塔の頂上に設置された板囲いから、熱せられた油の入った袋が投げられ屍食鬼を直撃。
次の瞬間、近くの矢狭間から火矢が放たれる。
屍食鬼達は爆発的に燃え上がった。
目の端でそれを捕えながら、トキはエランを呼ぶ。
「半変化を何体殺した?」
何体という死体を数えるような言葉に、元人間だと思うとエランはまた気分が悪くなる。
「三体です」
「三体か。未成年の初陣にしてはまあまあか。ここの屍食鬼も数が減ってきた。上空は、オーリン様が追い払ったんだろう」
上空に
竜の真上が光っている。
あれが《ソムレキアの宝剣》の輝きなのだろう。
「今から第三城門内へ行くが、お前は残れ。向こうは隠れる場所が無い」
「屍食鬼なら、四体
どう考えても初心者扱いに、エランはムッとしながら答えた。
トキは驚き、面白がるように彼を見る。
「合計七体か。やるじゃないか、お坊ちゃんかと思っていたのに」
「十二の時から特例で魔物狩りに出ているんです。屍食鬼は魔物に見えて、半変化より殺りやすい」
エランは不敵に笑った。
第三城壁内は赤く染まっていた。
炎の赤、血の赤、そして国王軍の長衣の赤。
城門塔から第三城門内の様子を見ていた大将アレイン・グレンフィードは、不思議な光景に出くわしていた。
戦場の真ん中に戦衣を身に着けない無防備な姿で、一人の青年がポツンと立っている。
「何だ、あの若者は?」
その青年はどう見ても、自分を睨みつけている。
断続的に鳴り響く振動は元大型草食獣だった魔物オオガが、城壁の外から亀裂を破るために体当たりしている音だ。
弩弓の矢ではまるで効かず、投石器で狙いを定めて倒すが、数が多く過ぎて間に合わない。
亀裂のある城壁周りの水掘りでオオガが死んだため、死体が堀を埋め水掘りは効果を失った。
「城壁を守れ!」
亀裂は広がり始めている。
破られるのは時間の問題だ。
城壁外の兵にも死者が出て、屍食鬼が屍肉に群がっている。
屍食鬼に変化しない者を、屍肉として貪り食うのだ。
兵士達は習慣のように予め遺体に油を撒き、屍食鬼が群がったところで火矢を入り、屍食鬼ごと弔いのように遺体を焼く。
戦友が喰われる事を兵達は何より嫌い、いつの間にかそれは暗黙の約束事となった。
アレインはあちこちで上がる弔いの火を冷静に見ながらも、その青年が気になって仕方が無い。
首の後ろの毛が逆立つような危機感が、魔王と対峙した時の感覚を甦らせる。
〈契約者〉か、王が不在な時に厄介だな。
今まで幾度となく、〈契約者〉に国王軍は悩まされてきた。事前にトキから王の不在と、竜を撃つなと連絡を受けている。
困難な状況でありながら、彼の顔は口角を上げ微笑む。
アレインは危機的な状況をも楽しめる、将として冷静な男だ。
「射手、あの若者を撃て」
近くにいたレント領兵士に指示を与える。
兵士は矢を番え、狙いを定めるが、戸惑い弓矢を下ろした。
「あれはハラルド様です。ご領主の子息……、撃てません」
他の兵達も、領主の息子を確認し動揺した。
アレインはその場を制するように、わざと大きな声を発する。
「なるほど、魔王が取りそうな手だ。奴が屍食鬼を操っているんだぞ、君はレント領が滅ぼされてもいいのか?」
兵士は青ざめた顔をハラルドに向けた。
「ハラルド・ボガードは、魔王と取引した〈契約者〉だ。魔力を使う強敵であり、屍食鬼を呼び寄せる厄介な存在だ。甘く見るな! レント領の兵士達、騎士達、この城塞を守る事に命を懸けろ! 城門内側射手、ハラルドに掃射!」
若き国王軍の大将の命令に、レント領の兵士達は迷いを捨て一斉に矢を放つ。
〈契約者〉ハラルドは不気味に笑う。
『レント騎士隊、僕に歯向かうな!』
矢はハラルドに刺さる直前に、弾かれ地に落ちた。
それと同時に矢を射たレント騎士隊兵士の手に、目に見える黒い渦が現れる。
「モラスの騎士、防御が甘い!」
アレインの言葉に、大将付きのモラスの騎士が剣を上げ、魔力を強化し黒い渦を消した。
モラスの騎士とは魔力に対する感に優れた騎士を選りすぐり、王が鍛え上げた対魔防の戦士達だ。
敵の魔法防御の隙を突き攻撃、また敵の魔法を事前に察知し防御する。
射手達はようやくハラルドが人間ではない事を認識する。
アレインは側近に指示を出す。
「モラスの騎士第二隊と第三隊で、あの敵の
側近は伝令に命じ、彼等は迅速に行動した。
魔王と契約者を専門に攻撃するモラス騎士隊は、城門の
「やっと来たようね、噂に聞く領主の馬鹿息子?」
「しばらく経っているから、強くなっているだろうね」
「お手並み拝見といくか」
朱色の特徴のある服を身に着け、同じ剣を持つ彼等は、国王軍の中でも特別視されていた。
エランは王の近衛騎士達と共に、第二城門塔に入ろうとしていた。
兵士用出入り口から縄梯子が下され、近衛騎士達の後に縄梯子に取り付く。
油が飛び散り火矢が飛ぶ危険な中を、数が減ったとはいえ屍食鬼を避けながら、梯子を登るのは勇気がいった。
「うわっ」
火矢を受けて墜落した屍食鬼が、彼の真下で燃え上がる。
もう少しで縄梯子の一番下に、火が燃え移りそうだ。
「大丈夫か、エラン」
「大丈夫です!」
慌てて縄梯子を上った。
高所にある兵士用出入り口は狭く、大人の男が屈んで何とか潜り込む程の幅しかない。
皆が登り終えた後、すぐに重い扉が閉められ、閂が掛けられた。
ここを突破されれば、城塞防護の要の一つを失う事から、警備は厳重だ。
戦う兵士達の間をすり抜け、階下への狭い階段を降り、城門裏側にある戸口から第三城門内へ抜けた。
この戸口も高い位置にある。
扉を細く開けた途端、屍食鬼の飛び交う姿が目に入り、皆警戒しながら地面へ飛び降りた。
トキの言った通り、第三城門内は農地で隠れる場所が少ない。
エランは飛び降りて、すぐ剣を抜いた。
第二城門内に比べて、国王軍の数が圧倒的に多い。
あちこちの板囲いから火が出て、国王軍の兵士が必死に消火している。
そして屍食鬼の数も、第三城壁内の上空を埋め尽くしているようにエランには見えた。
察したトキは笑いながら言う。
「まだ少ない方だ。空が見える」
言われてみれば屍食鬼の飛び交う間に、綺麗な星空が見えた。
月が先程より、ずいぶん西に移動していて夜明けが近い。
「エラン、ここは危険だ。絶対に、私から離れるな」
「はい!」
トキの頭上すれすれに屍食鬼が飛んで行く。
彼は手にした剣を立て、すぐに切りかかれる体勢で移動する。
エランと近衛騎士達も屍食鬼と交戦しながら、後に続いた。