王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第十三話 〈成人の儀〉

 セルジン王の魔力に、エランは意識を失い倒れ、テオフィルスは剣を地に落とし苦しみに(ひざまず)く。

 辛うじて意識だけは保っていた。

 

「彼は私の従騎士だ。傷付ければ、唯では済まぬぞ!」

「……王は魔物を飼っておられる」

「呪いを受けているだけだ、魔物ではない! いずれ自力で呪いを解く、彼はそういう男だ」

「…………」

 

 テオフィルスは無様(ぶざま)に倒れているエランを見つめ、顔を(しか)めながら懐疑的な言葉を口にした。

 

「まだ、子供だ。自力で呪いを解くほど、意志の強い男には見えない!」

「貴殿といくらも変わらぬ、私の目から見ればな」

「……」 

 

 セルジン王の外見年齢は二十代前半だが、実際の年齢は三十代後半、レント領主ハルビィンと同じ年だ。

 水晶玉の魔力に取り込まれてから、王は年を取る事が出来なくなった。

 テオフィルスはその事を知っているのだろうか。

 

「王太子が貴殿の行軍参加を認めたようだが、私は貴殿の参加は認めぬ! 今後、無用な王太子への接触は止めてもらおう。それが約束出来るなら、貴殿を一時的な協力者として認める」 

 

 昨夜、テオフィルスが僕の部屋にあらゆる警備をすり抜けて忍び込んだ事が、王には不愉快なのだ。

 テオフィルスが不敵に口角を上げた。

 色々協力を求めておきながら、今頃条件を提示する王への皮肉なのだろう。

 彼が約束を守るとは、到底思えない。

 

「協力者として尽力を尽くす事を……、お約束致します」

 

 苦し気なテオフィルスの言葉に、王は無表情で頷く。

 お互いに相手を信用していないのは、誰が見ても明白だ。

 王が魔力による拘束を解き、テオフィルスはおもむろに立ち上がり、剣を取り上げ鞘に納めた。

 

「この辺りにいる霧魔は、リンクルが消滅させました。魔界域の者達に操れる魔物でもないし、しばらくは安全なはずです。アルマレークでは普通にいる魔物です。この国にも竜がいれば、簡単に退治出来る」

 

 そう言ってテオフィルスは左手を上げ、七竜リンクルの影を竜の指輪の中に戻した。

 

「霧魔はメイダールから先へは入れぬ。入り込めるのは山系に近い辺境だけだ、竜は必要ない」

 

 水晶玉の魔力の範囲内に、霧魔は入れない。

 霧を伝ってくる霧魔には、極稀にしか遭遇しないのだ。

 今回の発生が異常なだけで、竜を置く方が危険と王は判断したのだろう。

 

「……ではメイダールを出るまで、同行致します」

 

 王は黙って頷く。

 テオフィルスは礼を取って立ち去ろうと、(きびす)を返しこちらに来た。

 僕の緊張が伝わったのか、気配をルディーナの魔法で消されているのに、側を通り過ぎた時に、彼は挨拶でもするように僕に微笑みを見せた。

 

 気付いているのか、僕がいる事に?

 

 彼はそのまま木々を掻き分け、霧の中に消えた。

 

 

 

 メイダールの《聖なる泉》に国王軍本隊が到着したのは、昼頃だった。

 霧魔に引き摺られ傷を負ったエランは思ったより軽傷で、マールが手当をして動けるまでに快復した。

 だが、心に持った疑念は、打ち消す事は出来ない。

 僕の横を騎乗して並走する彼は、黙りこくったまま心と身体の傷に耐えている。

 

 後が大変でも、いっそ黒い渦に完全に飲み込まれていた方が、記憶を失うから良かったんじゃないのか?

 

 心配でたまらないが、セルジン王からいつも通りの対応を要求されている。

 

 《エランの事は、私に任せるのだ》 

 

 王の言葉に異議を唱える事は出来ない。

 僕は深い溜息を吐きながら、馬の歩を進めた。

 これからエランと二人で、《聖なる泉》に入る。

 僕は新たな導を泉の精から受け取るため、彼は〈成人の儀〉のためだ。

 本来この通過儀礼を終えなければ未成年者が旅に出る事は許されないが、王の特別の許可があって彼はここまで来た。

 

「エランも、いよいよ成人だね」

 

 僕が何気なく話しかけると、彼は暗い表情で、少し緊張気味に《聖なる泉》を見た。

 

「成人まで、一か月早いけどね。ここは心に邪心がある者は入れないんだろ? 大丈夫かな?」

「大丈夫だよ。僕が平気だったんだから」

「…………」

 

 笑いながらそう言ってみたものの、エランの不安はよく解る。

 

 《お前……、いつから屍食鬼擬きになったんだ?》

 

 テオフィルスのあの言葉に、憤りを覚えずにはいられなかった。

 エランを守るために必死で隠し通してきた努力を、彼は一瞬で打ち砕いたのだ。

 ハンカチを渡す妙な言動に振り回されて、彼の危険性を忘れるところだった。

 

 あんな奴、絶対に追い払ってやる!

 

 僕はそう決意しながら馬を降りる。

 国王軍は二人の儀式を待つ間、ここで昼食を取る事になっていた。

 テオフィルスは後衛部隊に移動させられ、エランと会う事はない。

 後方にいた薬師マールが、慌てて僕の元に駆け付ける。

 

「オーリン様、腕輪を外された方がいいです。泉の精が嫌がると思いますから、私がお預かりします」

「あ……、はい」

 

 マールが言う通りだ。

 この腕輪をして《聖なる泉》に入るのは、泉の精に対し礼を欠く行為、せっかく与えた魔法を、抑制しているのだから。

 僕は服の中に手を入れ、腕輪を簡単に外しマールに渡した。

 

「お気をつけて、オーリン様。《聖なる泉》といっても、こんな状況です。安全等どこにも無いと思って、行動して下さい」

「その通りだな」

 

 マールの後ろからセルジン王が現れ、薬師は礼を取って後ろに下がる。

 

「何があっても冷静に行動するのだ。そなたは導を受け取るのが目的だからな」

 

 王が念を押すように言う。

 エランの状態に不安を持っているからだろう。

 僕はエランに余計な心配をさせたくないので、明るく答えた。

 

「もちろんです。しっかり受け取って来ます」

 

 王の緑の瞳が、一瞬陰りを帯びたように見えた。

 

「トキ、二人が無事〈門番〉の許可を取るまで同行せよ」

「はっ」

 

 トキは数人の部下を引き連れて、僕達を囲む。

 なぜそこまで厳重に警護しなければならないのか判ったのは、〈門番〉の姿を間近で見た時だ。

 レント領で見た〈門番〉とは、全く違っていた。

 輝く青い甲冑は、まるで闇を(まと)っているように輪郭をぼかし、ピクリとも動かない姿勢は、古びた騎士人形のように年老いて覇気が感じられない。

 僕はその〈門番〉から、不気味な気配を感じた。

 

 魔界域の影響?

 

 黒い渦のようなものが、薄らと〈門番〉から溢れ出ている。

 このまま《聖なる泉》に入って、本当に大丈夫なのか心配になった。

 いったん中に入れば、僕達を助けてくれる大人は一人もいなくなる。

 

『名を告げよ』

 

 〈門番〉が言った。

 エランが「お先にどうぞ」という素振りを見せたので、僕は先に〈門番〉の前に立つ。

 

「オリアンナ・ルーネ・ブライデイン」

 

 〈門番〉はしばらく沈黙した後、僕に《聖なる泉》への入場許可を出した。

 次はエランの番だ。彼は緊張した面持ちで、一歩前に出る。

 するとトキが、彼と同じように前へ出た。

 僕は不思議に思いながら、トキの様子を見ていた。

 〈門番〉が重々しく問質す。

 

『名を告げよ』

 

「エラン・クリスベイン」

 

 彼が名を告げたその時、〈門番〉が剣を抜き切りかかる。

 

『入場を拒否する!』

 

 〈門番〉の後ろにいた僕は、悲鳴にも似た叫び声を上げる。

 

「エラン!」

 

 〈門番〉の剣は、トキの剣で素早く受け止めた。

 その間、同行した彼の部下が、エランを引きずるように後退させる。

 〈門番〉とトキはしばらくの間剣を交えていたが、やがて〈門番〉は動かなくなった。

 エランは青ざめた顔で、茫然と〈門番〉を見つめていた。

 

 ―――心に邪心を持つ者は、《聖なる泉》へ入れない。

 彼の〈成人の儀〉は、失敗に終わったのだ。

 

 僕は彼の元へ駆け付けようとしたが、厳格なトキが(さえぎ)る。

 

「オーリン様は、《聖なる泉》へ!」

「でも……」

「ここはもうすぐ入れなくなる。〈門番〉が闇を帯び始めている、今しか受け取れなくなる。早く! エランなら、大丈夫だ!」

「………」

 

 僕はエランを見た。

 項垂れ混乱している彼を、抱きしめたいと思う。

 

「早く!」

 

 トキの言葉に僕は踵を返し、《聖なる泉》へと走った。

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