王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

63 / 108
第三話 七竜の意志

「止めろ―――っ!」

 

 僕はセルジン王に抱きしめられた状態で、竜イリが殺される恐怖から悲鳴を上げていた。

 テオフィルスの命令により、イリが今にも七竜リンクルの影に殺されようとしているのだ。

 抱きしめる王の腕を逃れ、包み込むマントから僕は必死に抜け出した。

 

「止めろ、テオフィルス! イリを殺すな! なるから……、竜騎士にでも何でもなるから、イリを殺すな――!」

「オーリン!」

 

 セルジン王が抑えようとしたが、僕が王の魔力を撥ね返した。

 王は驚きに顔をしかめる。

 

「そなた……」

「陛下、お願いです。イリを殺させないで下さい!」

 

 僕は泣きながら訴え、イリの元へ走る。

 

「オーリンを、捕えよ!」

 

 王の命令に近衛騎士達が捕えようとしたが、僕の周りから渦巻く鋭い風が巻き起こり、迂闊に近づく事が出来ない。

 《メイダールの聖なる泉》の泉の精からもらい受けた〈堅固の風〉が、〈抑制の腕輪〉を上回ったのだ。

 それ程に僕のイリを失う恐怖心は強く、魔力を増長さていた。

 

「泉の精の魔力か……、厄介な」

 

 《王族》の魔力も水晶玉の魔力も、今の僕には効かない事にセルジン王は苛立ちを覚え、自ら僕の元に駆け付ける。

 僕はイリの前に立ち、魔法の炎を吹出そうとするリンクルに向かって叫ぶ。

 

「イリは責任もって、僕が管理する! だから、殺さないでくれ!」

 

 七竜リンクルは口の中を光らせながら、じっと僕を見ている。

 テオフィルスもリンクルを退かせようとはせず、ただ僕を見つめた。

 セルジン王は僕の魔力を恐れる様子もなく、腕を掴もうと手を伸ばす。

 影の王の手が、まるで風に切断されるように消えた。

 僕はハッとして、王を見る。

 

「大事ない、私は影だ。それより自分の言葉に、責任を持てるのか?」

「持ちます!」

 

 王は溜息を吐き、小声で呟いた。

 

「判った。そなたの半分は、アルマレーク人だったな」

 

 王の言葉は、僕の心を苦しめる。

 一番嫌われたくない相手に、まるで罵られているように感じ、僕は項垂れた。

 

「テオフィルス殿、この竜の処分は見合わせてもらおう。オーリン王太子が面倒を見るそうだ。だが、貴殿以外は我が国から退去してもらう」

「イリが王太子殿の言う事を聞くか、確認してからでの退去でよろしいか? そうでないと、国王軍に迷惑がかかる」

「構わぬ」

 

 テオフィルスは頷き、リンクルの影を戻すために左手を再び掲げた。

 

[リンクル、戻れ!]

 

 ところがリンクルは竜の指輪には戻らず、上空から緩やかに僕の前の地上に降り立った。

 

[リンクル! 戻るんだ!]

 

 七竜リンクルは無視し、テオフィルスは唖然とする。

 王と近衛騎士は剣を構え、竜の攻撃に備えた。

 リンクルは威丈高に、その金属的な声で叫ぶ。

 周りにいた人間は、咄嗟に耳を覆い、聞こえなくなる被害を避ける。

 その隙にリンクルは、顔を僕の側まで近づけ、耳を塞ぎ縮こまっていた僕は恐怖に後退る。

 ところが……。

 

 

 

 

 

 セルジン王はオリアンナを守り、長剣でリンクルの顔を切り付けようとした時、「声」が聞こえた。

 王にしか聞こえない「声」。

 

『水晶玉の〈管理者〉候補よ、(いにしえ)の戦いを再び地上で起こしたくなければ、七竜レクーマの指輪を見つけ出せ。それが出来なければ、全ての竜は制御を失う』

「……話せるとは、驚きだな。古の戦い? それは神代の話か? この世でそれが起こるという事か?」

『今のままでは、そうなる』

 

 王は茫然と七竜リンクルを見つめた。

 

「……水晶玉の主が現れると、竜が正気を失うという事か? (いにしえ)のエステラーン王国が、竜によって滅ぼされかけたように?」

 

 彼は竜イリと他の竜達を見る。

 イリは蜷局を巻いて動かないが、他の竜達はリンクルの影がいるせいか、身を低くして平伏している。

 七竜の魔力で支配されているのが見て取れた。

 

『水晶玉は竜にとっては脅威だ。その魔力の圏内に長く留まれば、竜は七竜の制御を受け付けなくなる。七竜の一体が弱った状態では、我らの魔力は不完全となる』

「どこにあるかは、私も知らぬ!」

『水晶玉を支配している貴殿が、知らぬとは思えぬ』

「私が支配しているのは、半分だけだ。或いは魔王アドランの支配圏内にあるのかもしれぬ」

『判らないのは、《聖なる泉》の支配下にあるからか?』

「……《聖なる泉》? だとしたら私に判らないのは当然ではないか。だいたい七竜が、なぜ私に話しかける?」

『貴殿が水晶玉の管理者となる事を、受け入れているからだ』

 

 王はハッとして、七竜リンクルを睨む。

 生きる事は受け入れたが、水晶玉の〈管理者〉になる事は未知数だ。

 セルジン王にとって、オリアンナの死を避けるための条件として、水晶玉の〈管理者〉がある。

 永遠に生きる……、それは死を願い長い年月を生きてきた彼にとって、対極に位置する事柄だ。

 それなのに七竜リンクルは、当然のように「受け入れている」と言う。

 

 私に、永遠を生きる覚悟があるのか?

 

 自問自答しても、今の彼に答えは出せなかった。

 そんな王の心の動き等、七竜には関心が無いように言い放つ。

 

『《聖なる泉》にエドウィンが捕えられているのなら、全ての鍵がその娘にかかってくる。おそらくは《ブライデインの聖なる泉》にいるのだろう。七竜レクーマの指輪を見つけ出さなければ、戦いは回避出来ぬ!』

 

 「その娘」と七竜が言った事に、王は(いぶか)しんだ。

 七竜リンクルはオリアンナ姫が生きている事を、テオフィルスに知らせていないという事だ。

 

 なぜだ?

 

「……判った、伝えておこう。だがアルマレークには、やれぬ!」

『いずれ、その娘が選ぶ。それが貴殿の救いとなる』

「何の事だ?」

 

 七竜リンクルの影は薄れた。

 

『もうすぐ、判る。あの女神に会えば』

「……」

 

 竜の指輪にリンクルの影が吸い込まれて行くのを、王は茫然と見つめていた。

 

 

 

 

 

 テオフィルスは無表情に、セルジン王とリンクルの会話する様子を見ていた。

 

「リンクルと……、会話した?」

「……貴殿は、出来ぬのか?」

 

 王の言葉に苛立つ彼は、顔を横に向けた。

 

「一方的に少しの声を聞くだけだ。七竜と話せる領主は……、もう何百年も現れていない」

 

 なるほど、そういう事か。

 

 七竜が彼にオリアンナ姫の所在を知らせないのは、彼自身が〈七竜の王〉として未熟だからだ。

 

「貴殿は〈七竜の王〉だ。その事を受け入れた時に、話せるようになるだろう」

「……なぜ、判る?」

 

 王は微笑んだ。

 

「ふんっ、今の貴殿には教えぬ」

 

 二人は激しく睨み合った。

 そんな二人のやり取りに気付いてない僕は、イリに向き合う。

 

「イリ。イリ! もう、大丈夫だから。怖がらなくていいから。僕の声が聞こえるか、イリ?」

 

 竜イリはゆっくり頭を動かした。

 まるで今まで眠っていたように、大きな口を開けて欠伸をする。

 緩やかな熱気がその口から溢れる。

 

「イリ!」

 

 僕の呼びかけに、イリは首を伸ばし細い瞳孔は少し丸みを帯びる。

 僕を認識し始めたのだ。

 僕は嬉しくなって、イリに触れようとした。

 

「止せ、オーリン! 素手で竜に触るな! 鱗で手を切るぞ!」

 

 僕は手を止めテオフィルスに振り返ったが、イリは止らなかった。

 

[イリ、止まれ! もう一度、リンクルを呼び出すぞ!]

 

 イリには彼の言葉等、耳には入らない。

 ただ僕に触れたい、その一心だ。

 

「イリ、止まれ」

 

 僕は落ち着いた声で、目の前に近づいたイリに言う。

 イリは動きを止め、その丸くなった瞳孔でじっと僕を見つめてくる。

 テオフィルスはホッとしたように表情を和らげた。

 

「イリ、いい子だ」

 

 僕はイリを撫でたかったが、先程の警告を心に留め自制した。

 テオフィルスが僕に近づこうとしたが、近衛騎士達が阻む。

 不満の溜息を吐きながら、彼が呼びかけてくる。

 

「オーリン、竜騎士の装備は持っているか?」

 

 その問い掛けに、僕は振り返る。

 

「……置いてきたよ。エステラーン王国に、竜はいないからね」

 

 彼は馬鹿にするように鼻で笑う。

 

「マシーナ!」

 

 後ろに控えていた随行者マシーナが、近くにいた竜エーダから大きな箱を取り外し重そうに持ってくる。

 

「イリと接触したければ、これを装着しろ!」

 

 マシーナは装備の入った箱を持って僕に近付こうとした。

 ところが王の近衛騎士達が再び阻む。

 

「装着はこちらでしよう。しばらく待ってもらえるか?」

 

 王はあくまで彼等が僕に近づくのを避けた。

 テオフィルスは不承不承頷く。

 

 

 

 

 

 装備の箱は数名の兵士達によって僕の天幕に運び込まれ、王は僕を彼から隠すように天幕に誘導した。

 

「無茶をするな。悟られてしまうぞ」

「申し訳ありません。でも、イリが殺されるのは嫌です!」

 

 王は僕を射ぬくように見つめた。

 

「そなたを、あの男には渡さぬ」

 

 セルジン王の真剣な表情に、僕の鼓動は跳ね上がる。

 

「もちろんです! 陛下のお側を離れません。絶対に!」

 

 王は僕の首に巻いたストールを外した。

 

「すまなかった。痕が残ったな」

 

 僕は昨夜の事を思い出し、真っ赤になる。

 

「これからは、気をつけよう」

「セルジン……」

 

 王のくちづけに、僕は答える。

 王が僕の反抗を受け入れてくれた事を、不思議に思いながら彼に身を委ねた。

 

 

 その時、異変を知らせる兵士の声が上がった。

 

「何者だ!」

 

 兵達が運び込んだ竜騎士の装備の箱から、甲高い声が響いた。

 

[離せ! このやろぉ、俺様に触んなっ]

 

 そのアルマレーク語の声に、聞き覚えがあった。

 大柄の兵達に囲まれたその人物を見るため、僕は王の腕から離れ兵達に近づく。

 近衛騎士達が僕の進む方向を開けさせ、大柄の兵達の間から姿を見せたのは黒髪の痩せた少年だった。

 

「君は確か……、ルギー?」

 

 レント領でテオフィルスと共にいた少年だ。

 彼から竜の鎧をもらった。

 

[呼び捨てにするな! このヘタレ小竜!]

[君にまでヘタレ小竜呼ばわりされる、(いわ)れはないよ!]

 

 僕はムッとしながら、アルマレーク語で答える。

 兵達はルギーが明らかに僕に生意気な口を利いているのを察して、彼を縛り上げようとした。

 

[お前なんかに、イリは渡さない! 竜騎士じゃない、お前なんかに!]

 

 ルギーは兵達の手に噛み付き、隙を突いて素手で僕に飛掛かろうとした。

 近衛騎士達が剣を抜き、ルギーを切り付けようとする。

 

「止めろ、まだ子供だ! 殺すな!」

 

 僕は大人達を制し、首筋に掴みかかろうとするルギーの足に、蹴りを食らわせた。

 軽い彼を兵達に向け突き飛ばす。

 兵達はルギーの上に圧し掛かり、取り押さえる。

 僕は彼の前に立ち、王子然と見下ろした。

 

[ルギー、馬鹿な事をするな! それじゃあ、イリにも嫌われるぞ]

 

 彼は悔し涙を浮かべ暴れたが、兵達に引きずられ天幕の外に放り出された。

 そして怒りを溜めこんだイリが、ルギーに抗議し大声で叫んだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。