王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第十五話 分裂の兆し

 僕は抵抗するのを止めた。

 トキ・メリマンに捕まったという事は、セルジン王に捕まったのと同じ事だ。

 計画は失敗に終わり、テオフィルスは殺され、アルマレーク人と手を組んだエランは、確実に罪に問われる。

 僕は彼を助ける方法を、必死になって思い巡らせていた。

 

「エラン、ここに来い!」

 

 エランは事態が飲み込めていない。

 障壁からの離脱に意識を集中していたせいで、二人のアルマレーク人達が別の場所に隠れた事にも気づかず、突然のトキの呼びかけに呆然となっている。

 

「早く来い! 見つかるぞ」

 

 エランは戸惑いながら、声のする方向へ足を運んだ。

 暗闇に目が慣れている彼は、トキの足元に竜騎士達が倒れている事に気づき、計画が頓挫(とんざ)した事に気が付いた。

 

「意識を失わせただけだ。殺してはいない」

「……」

「どういう了見だ、エラン? アルマレーク人と手を組む等」

 

 暗闇に目が慣れてきた僕は、エランの動揺を見て冷静さが戻った。

 

「僕が頼んだんだ! イリをブライデインまで連れて行く事は出来ない。だからテオフィルスが連れ帰る事を、アルマレーク人に説得してくれって頼んだ」

「……この事態が起きる前に?」

「そうだよ」

 

 トキは明らかに、僕の言葉に疑いを持っている。

 僕がセルジン王の側を離れたのは、王に言われアレイン大将と呼びに行った時と、イリの様子を見に行った時以外になく、誰かに伝言も渡してもいない。

 近衛騎士隊長はそれを知っているはずだ。

 それでも嘘を貫き通さなければ、エランは罪に問われる。

 僕は毅然と、トキを見つめた。

 

「すべては僕の責任で、行動してもらった事だ。イリを僕から引き離せば、アルマレーク人が国王軍に関わる事もなくなる」

「……」

「怪我人だけ国王軍が引き取り、動ける者達は竜と共に帰ってもらう。一番の平和的な解決だと思わないか?」

「……オーリン様、それは《王族》としての言葉か?」

「もちろんだ! 戦う相手は魔王であり、アルマレーク人じゃない!」

 

 トキは真偽を確かめるように、じっと僕を見つめ、そして頷いた。

 

「では、その言葉を、今の陛下に伝えてほしい」

 

 トキの言葉に僕は動揺した。

 セルジン王が怒っているのは、テオフィルスにオリアンナである事を悟られたと、知ってしまったからだ。

 王は彼を殺そうとするだろう、異国の婚約者など、この国にはあってはならないのだから。

 王の怒りを鎮めるには、どうしたらいいのか……、僕には想像もつかない。

 二度とテオフィルスと会わないために、彼を逃すしかない。

 七竜が与えた心の痛みを、僕は無視した。

 

「わ……、分かった。必ず、陛下を説得する」

 

 トキは再度頷き、後ろに振り返る。

 

「隠れてないで出てこい、アルマレーク人。話を聞いていただろう!」

 

 立ち枯れた木々の影から、二人のアルマレーク人が姿を現した。

 竜騎士を倒した男を警戒しながら、エランの方にさり気なく近づく。

 

「エラン、オーリン様の側へ来い。人質に取る気だ」

 

 エランは驚き、僕の横へ移動した。

 アルマレーク人二人は立ち止まり、トキに剣を向ける。

 

「止めておけ。騒ぎになれば、〈七竜の王〉の救出は出来ない」

「……それは、我々に協力するという事か?」

「違うな。私はオーリン王太子殿下の、意志に従うまで」

 

 僕とエランは、トキの言葉に驚き顔を見合わせ、手を取り合って喜んだ。

 彼が味方になってくれれば、これほど心強い事はない。

 だが反面、トキが王に逆らうという事になる。

 それが何を意味するのか、僕には嫌という程理解出来る。

 

 《王族》二人の意志が別々の方向を向けば、自然と臣下の間に争いが生まれる。

 王の冷たい瞳を思い出し、僕の心を引き裂いた。

 

 セルジンに逆らっちゃダメだ。

 今、ほんの少し別の行動を取るだけ……、すぐに仲直りするから。

 

 僕は泣きたくなる気持ちを抑えて、アルマレーク人に向き直る。

 

「テオフィルスを助ける。彼にイリを連れ帰るよう言ってくれ。そして二度と、僕と陛下の前に現れないと約束してほしい」

「それは、若君にしか決められない。……でも、分りました、王太子殿下。必ず説得します、二度とエステラーン王国には関わらない!」

 

 マシーナの真剣な言葉を聞いて、僕は頷く。

 

「エラン、テオフィルスはどこにいる?」

「陛下の天幕だよ、オーリン。結界の中で、陛下の魔力に苦しんでいる。だから君の助けがいるんだ」

 

 僕は顔を(しか)めた。

 テオフィルスの救出がどれほど困難か、嫌という程理解出来た。

 エランの言葉に、トキが驚きの声を上げる。

 

「王の天幕を覗いたのか? 〈七竜の王〉の状態は、側近以外知らないはずだ」

「モラスの騎士になってから、陛下の魔力を身近に感じるんです。なぜかは知りませんが……」

「そうか……、モラスの騎士は、陛下の直属だからな」

 

 トキは考え込むように、エランの額飾りを見ていた。

 

「でもどうやって陛下の天幕に入り込む? 僕の天幕以上に警護は万全、モラスの騎士の守りと兵達の守りをどう崩す?」

「天幕の中には、アレイン大将とその部下達もおります。私が(おとり)になりましょう」

「危険だよ、トキさんばかりに、負担がかかり過ぎる!」

「もちろん、アルマレーク人達にも手伝ってもらう」

 

 トキは恐ろしい顔でアルマレーク人を睨みつけた。

 マシーナはにっこり笑って提案する。

 

「仲間達を起こしてよろしいですか? 手伝うには人手不足ですから、皆で協力します。暴れ足りないはずですから」

 

 

 

 

 

 セルジン王の天幕を守るモラスの騎士が、近衛騎士隊長を通すために、障壁に入り口を作った。

 魔法とは無縁のトキはその障壁を(くぐ)る時、いつも少し不快を覚える。

 彼の中にほんの微かに流れる、《王族》の血が反応するのだろう。

 男爵家の遠縁の末弟が、王の近衛騎士等、本来なれるものではない。

 

 だがトキは幼少の頃から、持ち前の運動神経で頭角を現し、たまたまトルエルド公爵家次期領主だった、エランの父エラスの目に留まった。 

 

 運が良かっただけだ。

 こんな乱世でなければ、畑仕事の毎日だ。

 

 天幕の入り口の幕を、兵士が持ち上げる。

 

 いや、畑仕事か……、それも楽しいのかもしれないな。

 ミアは嫌がりそうだが。

 

 苦笑いをしながら、王の天幕に入った。

 アレイン大将の部下達が、トキの前に立ちふさがる。

 現実はいつも過酷だ、彼の強さに挑戦者は絶えない。

 

「これは近衛騎士隊長殿、王の警護は宜しいのですか?」

 

 アレイン・グレンフィードが椅子から立ち上がり、彼の元まで歩いてくる。

 その足元や円卓には宰相エネス・ライアス含む側近達、そして召使達の意識を失い倒れた姿があった。

 トキは顔を(しか)めてアレインを睨む。

 

「ご安心を。陛下の命令を遂行するまで、少し眠らせておいただけです。それで、ご用向きは? 陛下から、何かご伝言でも?」

「以前から貴殿に申し込まれていた挑戦を、今受けようと思って来た」

 

 王の近衛騎士には、高位貴族と同等の地位が与えられている。

 命がけで王を守る者のみに、与えられた特権だ。

 

「それは嬉しい限りですが、今はお互い任務遂行中ではありませんか? 私の挑戦試合は、お暇な時で良いのですよ」

「私は今、暇でね。火消しは消火隊と陛下にしか出来ない。私の出番はない」

 

 アレインは鼻で笑った。

 

「私は、任務中です」

「まあ、いいではないか。竜騎士を追い出すまで、まだ時間がある。天幕の警備なら、部下にやらせておけばいい。こんな機会もあるまい?」

「……怪しいですね、何をお考えですか?」

 

 そう言いながら彼は、嬉しそうに腰ベルトから吊るした剣に触れた。

 自分より十歳程年上の剣豪に、アレインは以前から親しみを持ち、何度も挑戦話を持ちかけていた。

 トキの言うとおり、王も側近達もいない、今が好機ではある。

 

「では、少しの間、お手合わせ願います」

 

 

 

 

 

 僕とエランは王の天幕に一番近い茂みの影に隠れ、トキと竜騎士達の動きを見ていた。

 トキは先程、颯爽と王の天幕に入り込んだ。

 王の近衛騎士隊長だから、当然警戒される事はない。

 

 そして僕達とは反対の方向に竜騎士四人と、少し離れた風上方向二箇所に、各々三人の竜騎士が待機していた。

 王の天幕の周りには、分厚い障壁が存在している。

 《王族》の僕にはモラスの騎士達が発する分厚い魔法の壁が、目に見えて分かる。

 

「エラン……、ごめん」

「え、何が?」

「君はモラスの騎士を裏切っているだろ、こんな事態を招いたのは僕の責任だ」

 

 エランは天幕の外の様子を窺いながらも、小声で憮然と呟いた。

 

「君……、あいつが好きなの?」

 

 僕は呆然とエランを見つめた。

 

「どうして?」

「まるで恋人同士みたいだった。あいつに抱きしめられていた時、抵抗してなかっただろ」

「それは……」

 

 説明しても、きっと理解するのは難しい。

 竜に意識を飲み込まれていた、それをどう伝えればいいのか解らない。

 エランが見たという事は、セルジン王も見ているはずだ。

 僕は青ざめた。

 

「あれは、僕じゃない。竜の意識だ」

「竜? ……あいつの竜?」

「違うよ、僕が……、僕が受け継ぐ竜レクーマだ」

「君が?」

 

 エランは、僕が涙を流している事に驚いた。

 

「僕は意識の半分を奪われた……。あの時、七竜レクーマが僕の中に宿ったんだ。今も僕の中にいる」

「……大丈夫? 君、泣いている」

 

 そう言われて僕は、慌てて涙を拭った。

 なぜ泣くのか、自分でも解らない。

 

「君は、どうしたい? エステラーンとアルマレークの、どちらを選ぶ?」

「もちろんエステラーンだ! アルマレークへは、行かない」

「……だったら、泣くな! いつものように、陛下の側にいるんだ」

 

 僕は頷きながらも、それが不可能な事を感じていた。

 七竜レクーマを求める気持ちは、徐々に強くなる。

 それをどう制御していいのか、方法が解らない。

 

 彼は……、テオフィルスは知っているのかな?

 この感覚を拭い去る方法を。

 

 会わなければならない、どうあってもテオフィルスに。

 涙を振り払うために、激しく首を横に振った。

 

 そうしている内にトキとアレインが天幕から出て来て、剣を構えお互いに戦いの距離を詰め始めた。

 やがて激しく、その剣はぶつかり合う。

 国王軍同士が戦い合っている、響き渡る剣技の音。

 僕は耳を塞ぎたい衝動に駆られた。

 それが国王軍の分裂の、始まりの音に聞こえたからだ。 

 

「始まったな……。僕達は陛下を裏切るんだ。今だけ、国王軍を裏切る」

 

 僕達は頷き合い、お互いの手を取りながら、ゆっくりと移動を始めた。

 この事態を、終結させるために……。

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