王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第二十四話 戦いの女神(一)

「アミール……、どうして?」

 

 セルジン王の最愛の女性が目の前に現れた事で、僕の鼓動は激しく高鳴った。

 王を奪われてしまう、そんな恐怖に怯えた。

 僕はまだどうしようもなく子供で、目の前に立つ女性はかつて王の愛を独占し、死んだ後も彼の心に長く生き続けていた存在。

 

 今も……、そうだ。

 

 王が完全に狼狽(うろた)えているのが、僕には手に取るように解る。

 震える手で、彼の手を握りしめる。

 はっとした王は僕に振り向き、顔を歪める。

 

「私が会いたかったのは女神だ。彼女じゃない……!」

 

 そう言いながらも彼の目は、アミールに捕えられ抗う事が出来ない。

 僕はただ手を強く握りしめる事しか出来ない。

 聖鳥シモルグ・アンカは死者の魂を運ぶ、セルジン王の心の奥底の願いを、叶える事も出来る。

 

『セルジン』

 

 アミールは彼に微笑みながら、優雅に手を差し伸べた。

 その手をセルジン王が取る事が、当然のように。

 王はまるで操られるように、一歩踏み出そうとする。

 僕は耐えられなくなって、王の身体に抱き付き阻んだ。

 そうして王の鼓動の激しさを知り、絶望感に打ちひしがれる。

 涙で何も見えなくなった。

 

「セルジン……」

 

 苦痛に満ちた僕の声に、王は我に返った。

 僕を抱きしめ、アミールを冷静に見つめる。

 

「君は、誰だ?」

 

 王はアミールに呼びかける時の、言葉で訊ねる。

 「そなた」ではなく、「君」という親しみを込めて。

 

『アミール・エスペンダですわ、私のセルジン』

 

 懐かしい声……、微睡(まどろ)みの中で聞いた愛しい声。

 王は優しい微笑みを返しながらも、僕を強く抱きしめた。

 

「それは、知っている。私は女神に会いに来た……、君ではなく」

『女神は、私です』

 

 王は驚きで、目を見開いた。

 

「女神……、君が? ……何の冗談だ?」

 

 アミールは面白がるように微笑む。

 

『神が人と交わる事がないとでもお思いですか? そうやってあなた達エステラーン王国の《王族》は、誕生したのではなくて?』

「……」

『人間は薄情極まりない。天空の神々の慈悲も忘れ、地上に堕ちた者達を崇める。我等を忘れるから、こんな混乱が生じるのです!』

「女神……アミール?」

 

 アミールはゆっくり首を横に振り、その身は薄ら光を帯び始める。

 

『我が名はアースティル、天界の守護者。あなた達の世では「戦いの女神」と言えば判るのかしら?』

 

 その瞬間、凄まじい光が女神を光源として放たれた。

 王は僕を庇いながら、身を屈める。

 皆が王と僕を守るため、何も見えない状況ながら必死に前に出た。

 人の盾が完了した頃、光の波は止む。

 

 巨大樹の下に光り輝く戦衣を身に纏い、長い槍を携えた戦いの女神アースティルが、神々しい姿で現れた。

 

「それが君の本来の姿か……、アミール」

 

 王は初めて彼女と出会った時の事を思い出す。

 アドランとの小競り合いで窮地に陥った時に、見知らぬ凄腕の女騎士に助けられた、それが彼女だった。

 

 あの時も、戦衣を身に付けていた。

 戦いの女神だったのか……、強い訳だ。

 

 正体も判らないまま二度目に出会った時、完全に心を奪われていた。

 

 最初から〈管理者〉にする目的で、私に近付いたのか?

 

 女神と判った今、心の中のアミールが消えかけている事を、セルジン王は悲しく思う。

 

「女神アースティル……、恐ろしい存在だ」

『私をお嫌いになられました?』

「それは、これからの対応次第だな」

 

 王の腕の中で僕は、徐々に冷静さを取り戻しつつあった。

 彼が肩を軽く叩いていたからだ。

 

「オリアンナ、しっかりするのだ!」

 

 王の囁きが聞こえ、僕は顔を上げる。

 彼が僕を見ている事に気付いた。

 王から腕を放し、アースティルに振り返る。

 彼女が神々しく輝いている事から、女神だったと分かり驚く。

 

「私に近付いたのは、水晶玉の〈管理者〉にするためか?」

 

 王は不快感を滲ませながら問質した。

 

『あなたは誕生した時から私達を惹きつけたわ。だから水晶玉の〈管理者〉にする事を提案したの。我等と同じ永遠を生きるに相応しい』

「断る!」

 

 王の態度に、女神は微笑んだ。

 

『あなたに断る権限は無いの、これは決定事項よ』

「権限が無いのであれば、余計に断るな。私は貴殿達と生きる気はない!」

 

 女神は困った顔をした。

 

『お怒りですか?』

「当然だ。私の心を踏みにじった。女神といえども、許さぬ!」

 

 女神は声を上げて笑った。

 

『面白い男。私を困らせて、何を要求したいのかしら?』

 

 そう言って、王の横にいる僕を見つめた。

 あまりの威圧感に、僕は恐怖を感じる。

 

『オーリン、何時まで隠れているつもり?』

 

 その問い掛けに、僕はギョッとなった。

 いつの間にか横に〈ありえざる者〉オーリンが立っていたからだ。

 オッドアイの彼の横顔は緑の瞳の方を向けているため、まるで若いセルジン王が横にいるのかと思う程、王にそっくりだ。

 美しい翼が、今は身を隠すように、彼の身体に巻き付いている。

 

『母上はきっと、怒るから』

 

 オーリンは完全に怯えている。

 

『私が怒る? どうして?』

『父上が……、オリアンナ姫を選んだから』

『あら、そうなの?』

 

 女神は微笑みながら、王を見つめた。

 セルジン王は顔色一つ変えず、無表情に女神の視線を受け止める。

 オーリンは僕の後ろに隠れた。

 

『言ったはずよ。その娘の性別を、男に変えるように!』

『仕方がないよ、父上が邪魔したんだ。小さい頃から、シモルグを使って会いに来ていたから。僕だって、父上に会いたかったし……』

 

 突然、僕の横に光が降り、側にいた近衛騎士三人を直撃する。

 騎士達はその場に倒れ、即死した。

 あまりの突然の出来事に、皆何が起きたのか判らない。

 

「し……、死んでいる」

 

 助け起こそうとした他の騎士が叫ぶ。

 女神は何の素振りも見せず瞬時に人間を殺せる、その事に誰もが恐怖を感じた。

 オーリンはますます僕の影に隠れ、王は二人を庇いながら抗議した。

 

「我が騎士を討つとは、許さぬぞ!」

『私を敵に回したら、どうなるかお解かり?』

 

 激しい緊張が辺りを支配した。

 セルジン王に庇われながら、僕はこの窮地を切り抜ける方法を探して辺りを見回す。

 国王軍から離れた雲の道の端に、一人マルシオン王が女神を見つめて立っている。

 

 彼の妃ロレアーヌは、《聖なる泉》を構成する一員として囚われたまま。

 マルシオン王の望みは、妃を《聖なる泉》から解放する事だ。

 僕は《ソムレキアの宝剣の主》、重要な役割から、女神も手が出せないのではないかと思えた。

 だから聞いてみたのだ。

 

「あの……、女神アースティルさん」

 

 突然、拍子抜けする声が、緊張する国王軍の真ん中から発せられた。

 一同は唖然としながら、僕を見る。

 僕はセルジン王の後ろから顔を覗かせ、女神を見つめた。

 

『宝剣の主オリアンナ、命乞いなら無駄よ。エステラーン王国は滅びるのだから』

「そうじゃなくて……、マルシオン王のお妃様を《聖なる泉》から解放するには、どうしたら良いのですか? 女神様ならご存知なのでは?」

 

 マルシオン王は呆れたように目を見開く。

 女神の罠に堕ちた者を救い出す方法を、女神に聞く僕に呆れた。

 そんな事は考えた事もないようだ。

 女神は鼻白むように、僕を見つめた。

 

『私が怖くないの?』

「怖いです。でも、それ以上に知りたい! 僕は役割を担って死ぬ身です、教えてくれたっていいでしょ?」

「オリアンナ!」

 

 セルジン王は僕の大胆さに肝を冷やしながら、なおも女神から隠そうとする。

 女神は声を上げて笑った。

 

『面白い娘。私の愛する男を奪っておきながら、私に頼る? 答えるとお思い?』

「水晶玉の〈管理者〉は、あなた方と生きる者じゃないんですか? マルシオン王は、お妃様の解放を願っておられます!」

「オリアンナ姫! 止せっ」

 

 マルシオン王は怒りを感じ、国王軍に近付く。

 

『マルシオン、本当か?』

「……あなたが答えるとは、思えない」

『見限られたものだ。簡単な事、宝剣の主がはめている〈抑制の腕輪〉を、あなたがはめて迎えに行けば良いだけよ。今は駄目でも、平和な時は泉の構成員はいくらでもいる』

 

 マルシオン王は信じられないように、女神アースティルを見つめた。

 

『ただし、解放するという事は、彼女に死を与える事。二度と会えなくなるが、それで良いのか?』

「…………」

『良く考えなさい』

 

 マルシオン王は項垂れた。

 水晶玉の〈管理者〉は永遠に時の放浪者となる。

 彼にとって妃が心の支えではないのか。

 女神の罠に堕ちたと言っていた彼に、ロレアーヌ妃は恩情として残された者ではないのか。

 僕の心に、なぜか女神アースティルに対して親しみが湧いた。

 

「陛下、戦いの女神にも、情が通じるのですね」

 

 国王セルジンは呆れて、頭を抱えた。

 

「そなたは良い意味で、まだ子供なのだな、オリアンナ」

「え?」

「あれは今、我が軍の騎士を三人も殺した、戦いの女神だぞ。気を許すな!」

「は……、はい」

 

 僕のあまりの緊張感の無さに、周りは呆れ苦笑する。

 緊張が緩んだ事から、王は女神に切り出した。

 

「この姫君は大切な《ソムレキアの宝剣の主》だ。それは貴殿も同じだろう、女神アースティル」

『あなたを水晶玉の〈管理者〉に出来る唯一の存在ですもの、当然ですわ』

「マルシオン王は水晶玉の〈管理者〉になる事と引き換えに、アルマレークの竜を大人しくさせた。私も条件を出したい」

『……その娘の延命なら、不可能よ!』

 

 気勢を殺がれた王は、呆然となる。

 

『当然でしょう? その娘は死者、オーリンの命の光が宿っているだけの死者なのです』

「……では、水晶玉の〈管理者〉にはならぬ!」

 

 女神は再び声を上げて笑った。

 

『あなたはその娘に感化されて、子供にでもおなりになったの? 無理難題を言われても、出来ない事もあるのです。それよりもっと、望む事があるのではなくて?』

 

 セルジン王は悔しさに顔を(しか)める。

 

「何か、方法はないのか……?」

「方法なら、ある!」

 

 国王軍の後方から、低い大声が響き渡る。

 テオフィルスが、女神を睨みつけながら立っていた。

 

『竜の眷属? マルシオン、どういう事です!』

「……知らぬ! セルジン王に聞け」

 

 女神がテオフィルスに向けて、槍を向けた。

 矢のような光が(ほとばし)り、彼に届こうとした瞬間に、七竜リンクルの影が現れた。

 

『我が宮殿に竜など、汚らわしい!』

 

 戦いの女神は、その本性を現した。

 竜の血を求め、残虐な殺戮を求め、その容貌は殺気が集約するように変化した。

 

 戦う為に!

 

「セルジン王、本当の望みを言ったらどうです!」

 

 テオフィルスもまた、女神と戦う意志をむき出しに叫んだ。

 

「エステラーン王国を、存続させたいんじゃないのか!」

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