王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

98 / 108
第七話 二つの魔剣

 矢を(つが)えエランに狙いを定めるロイ・ベルン指揮長官の後方に、レント騎士隊の騎士達が戸惑いと不信感を浮かべながら、剣を手に戦闘の陣形を取る。

 後衛部隊から逸早く駆け付けたのは、エランと親しい者達ばかり。

 その姿をエランは懐かしむように眺めている、死の危険が差し迫っているのに、まるで他人事であるかのように。

 危機感に慌てているのは、僕一人に思えた。

 

「待って下さい、ベルン長官。エランは騙されているだけだ、討たないで!」

 

 僕は馬上でバランスを取りながら、必死にベルン長官に訴える。

 

「僕が必ず、エランを説得するから!」

 

 ベルン長官はエランを睨み付けながら浅く頷くが、矢はエランに向けられたままだ。

 僕は素早く馬を下り、ベルン長官の射程を阻むように、エランの前に立つ。

 

「君は〈ありえざる者〉に騙されているんだよ。そのマントを渡したのは、僕じゃない」

「……あれは確かに君だ。言ってくれたじゃないか、絶対に僕を魔界域なんかへ行かせないって」

「それは……、僕の意志じゃないんだ」

 

 〈ありえざる者〉オーリンにとっても、エランは大切な幼馴染だ、助けたいと思うのも当然だろう。

 

「じゃあ、誰の意志だよ?」

「天界人だ。信じないかもしれないけど……」

 

 エランが鼻で笑った。

 僕の中にいる〈ありえざる者〉オーリンの事を、いくら幼馴染みに説明しても解ってはもらえないだろう。

 彼には僕しか映らないのだから。

 

 オーリンはエランを、魔界域へ行かせたくないんだ。

 僕だって、そう思うよ。

 

 エランが受け継いだルディーナの魔剣は、彼を魔界域へ導く。

 魔界域に囚われている、魔王アドランの魂の一部を、消滅させるのが目的だ。

 水晶玉から僕が魔王を解放しても、魔界域に魔王の魂の一部が繋がれている限り、完全に消滅出来ないと、ルディーナは考えたのだろう。

 

 ハラルドによって屍食鬼になる呪いを掛けられたエランは、彼女にとって目的を果たす重要な存在となった。

 屍食鬼になれば魔界域へ簡単に入れる、魔王アドランの完全なる消滅を、彼女は望んでいたのだ。

 恋人を目の前で惨殺されて、復讐を遂げたいルディーナの気持ちはよく解る。

 

 僕がもう少し大人で、彼女のように強力な魔力を持っていたら、僕もそう考える、きっと……。

 

 僕はエランの腰に下がるルディーナの魔剣を見つめた。

 魔力は感じる事が出来ず、ただのモラスの騎士が持つ剣に見える。

 エランは僕の視線に気付き、溜息を吐いた。

 

「この魔剣の魔力が、君には解るのか? 僕にとってこれは、とても重いんだ。総隊長の剣だからじゃない、魔力が絡めとるみたいに僕を引き摺る。魔界域へ連れて行こうとする」

 

 エランの表情が暗く、苦痛に歪んでいる。

 

「僕を屍食鬼にして、魔界域へ行こうとするんだ!」

 

 彼が魔剣に苦しめられている事に、初めて気が付いた。

 ルディーナの魔力と意志が、エランを操ろうとして、彼はその事に必死に抵抗しているのだ。

 僕は彼にしがみ付き、苦しみに(うつむ)く顔を覗き込む。

 

「エラン、エラン! そんな物、捨ててしまえ!」

 

 エランは激しく首を横に振る。

 

「出来ないんだ! 何度捨てても、僕の前に戻ってくる。折ろうとしても折れない、火にくべても燃えないんだ。どうにもならない!」

 

 こんなに苦しんでいる幼馴染みの姿を、今まで見た事がない。

 ルディーナの魔力が、如何に強力かが窺い知れた。

 

「君なら解ってくれるだろう? 君だってその宝剣の魔力に、支配されているんだから」

「え?」

 

 「そんな事はない、宝剣の魔力は全く感じない」そう言おうとして、ある事を思い出した。

 レント領にある父の館で、魔王アドランと対峙した時、《ソムレキアの宝剣》を抜いた僕は、確かに何かの意志に支配されていた。

 自分の意志なのか分からなくなる程自然に、宝剣を抜き魔王に切り付けた。

 

 あの時、確かに誰かの意志を感じたんだ。

 オーリンなのか?

 それとも天界の誰かの意志?

 

 そう思うと急に、《ソムレキアの宝剣》が重く感じる。

 僕は怖い物でも見るように、ゆっくり自分の腰に下がる剣を見る。

 魔王アドランが以前所有者だった宝剣。

 宝剣の主だけが、水晶玉に囚われた《王族》を解放出来る。

 宝剣の主は、宝剣が選ぶ。

 

 まるで宝剣に、意志があるみたいだ。

 

 今までなぜ疑問に思わなかったのだろう。

 セルジン王に心を奪われて、宝剣を魔王から守る事ばかり考えていた。

 

 これだって天界の魔道具に違いはないんだ、僕の腕にはまる〈抑制の腕輪〉みたいに……。

 

 そう思うと女神に支配されているようで、拒否感が心に沸き起こる。

 エランはこれより、もっと強烈に支配されそうになっているのだ。

 

「その宝剣、凄い魔力を発しているよ。君、よく平気でいられるね」

 

 僕には見えない魔力を、エランは見ている。

 

 見えなくて、良かった。

 

 見えていたらエランのように苦しむ事になる。

 彼の苦しみは、僕の想像を上回る。

 それでも、僕は天界の意志に従う事は出来ない。

 

「…………エラン、僕はこの王国を滅ぼしたいとは思わない。たとえ僕が《ソムレキアの宝剣》に……、天界の意志に支配されていたとしても、それだけは絶対に思わない!」

「オリアンナ?」

 

 僕はエランにしがみ付いたまま、彼の心を突き放す。

 

「《王族》と王族の血を引く者だけが、天界人として迎え入れられる? それがどういう事か分かっているのか? 僕がそんな事を、天界人に願い出ると思っているのか?」

「…………」

「僕が陛下を解放した段階でエステラーン王国は滅ぼされる。おそらく二つの水晶玉の魔力の範囲内が消滅するんだ。その中にいる人間は国王軍だけだ。共に戦い守り抜いてきた人達を、君は見捨てるのか?」

 

 僕は怒りを込めて、エランを睨み付ける。

 エランは無表情に僕を見つめている、まるで心を閉ざしているように。

 周りの兵、特に王族の血とは無縁の前衛部隊の兵達に、僕の言葉は動揺を与えた。

 指揮官の命令に従い行動はしていても、反乱する意志のない者達は、この争いの本当の意味を理解出来ずにいる。

 

「国王軍は魔王アドランを倒し、国を取り戻すために存在する。王国を滅ぼそうとする天界の意志は、国王軍にとって敵に等しい! 僕はそんな意志に、従う事は出来ない!」

 

 エランが顔をしかめる、周りの兵達の動揺が、手に取るように分るからだ。

 僕は優しく彼に問い掛ける。

 

「《王族》とその血を引く者達以外は、どうなっても良いのか? そんなの、君らしくないよね。いくら魔剣から逃れたいからって、まるで誰かに操られているみたいだ!」

 

 言葉と同時に、僕は彼のモラスの騎士総隊長のマントを剥ぎ取った。

 その時、僕達の上空に何かが舞い降りる羽ばたきの音、そして誰かが僕達の真横に降り立つ。

 

「いいタイミングで魔法を解いてくれた。たまにはやるじゃないか、ヘタレ小竜」

 

 テオフィルスが僕をエランから引き剥がし、間に割り込む。

 先程マシーナにした名前で呼ぶ約束は、彼がいない時は有効ではないようだ。

 僕が手にした総隊長のマントは、突然テオフィルスが現れた事で、僕の手を離れた。

 エランが剥がされたマントを手に取ろうとするが、テオフィルスがそれを踏み付け阻止する。

 

「お前、天界人に(もてあそ)ばれている暇があるのか? それを羽織れば、呪いを解く機会が遠のくぜ」

「君に何が分かる!」

 

 エランが怒りを滲ませながら、彼に飛び掛かろうとする。

 テオフィルスは僕を後ろに庇いながら、それを避ける。

 彼なりに、エランを説得しようとしているのがよく解る。

 

「ああ、お前の事情は知らん。でも、お前との勝負は、まだ決着が付いていないんだ。早く呪いを解いて戻って来い! いつまでも待てないぜ。俺がこいつを奪い取る前に、早く戻れ! 遊んでいる暇はないぜ!」

 

 僕はエランのマントを取ろうと、テオフィルスに腕を掴まれながらも必死に手を伸ばす。

 だが、エランの方が早かった。

 テオフィルスに飛び掛かった直後に、エランは素早くマントを手にする。

 

「エラン、それは天界人の罠だ、羽織らないで!」

「……これを身に着けている時だけ、僕は魔剣の影響を受けずにいられる」

 

 マントを脇に抱えながら、彼はテオフィルスごと僕を捉えようと、魔法で出来た網を繰り出す。

 テオフィルスは僕を抱えて、その網から逃れた。

 次の瞬間、左手をエラン含む前衛部隊に向けて突き出し、七竜リンクルを呼び出す。

 

[リンクル、出でよ!]

 

 圧倒的な破壊力を持つ竜の影の出現に、前衛部隊もモラスの騎士も成す術もなく後退する。

 

「退け! 《聖なる泉》まで、退却!」

 

 アレインの呼びかけにエランも従い、マントを羽織りながら踵を返す。

 僕はテオフィルスに腕を掴まれながら、必死にエランの元へ行こうとした。

 

「元の君に戻れ、エラン! 君の苦しみを、僕は受け止めるから。お願いだから、戻ってくれ。エラン、エラン――――!」

 

 エランは後ろを振り返る事なく、朱色のマントを翻しながら僕の前から去ってゆく。

 僕の声は、もう彼には届かない。

 

 テオフィルスは無情にも僕とエランを引き離し、本隊と後衛部隊が僕達を守り、エランとの間に壁を作る。

 僕は幼馴染みを失った悲しみに打ちのめされ、しばらく声を出す事も出来なかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。