覚醒したニニャが絶望から救われる……のか!?
※ただしツアレは登場しない。

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世界一の暗殺者ニニャ

「はーい、お帰りなさーい」

 

「だ、誰だ!?」

 

 玄関を開ける際、鍵は掛かっていた。そして室内の灯りは消えていた……ならば祖母は出掛けているはず。

 正面扉から突如現れた人物。肩口の上で短めに切り揃えられた金髪の彼女は、口元を狐のように吊り上げながら話しかけてきた。

 同行していた“漆黒の剣”リーダー“ペテル・モーク”が咄嗟(とっさ)に反応し、今回の依頼主であるンフィーレアを護衛すべく前に出た。

 

「もうー、何日も帰って来ないからお姉さん心配してたんだぞ」

 

 ペテルからの言葉を無視した彼女は、腰から引き抜いたスティレットを舐め回し、狐のように横目で見つめていた。

 

「あ、あの……貴女は……貴女は一体何者なんですか!?」

 

 見知らぬ彼女に対してンフィーレアは質問を投げかけた。もしかしたら祖母の知り合いかもしれない。武器を手にした彼女は百歩譲っても味方とは思えないが、少しでも心を落ち着かせようと勇気を振り絞り、再度疑問を投げ掛けた。

 

「うーん? お姉さんはねえ、君を拐いに来たんだよ」

 

「おいおい、随分と物騒な言葉じゃねえか」

 

 ルクルットが苦笑いをしつつ口にした。誘拐となると理由はンフィーレアが持つタレントだろう。全てのアイテムを装備可能にする能力は誰から見ても破格で、城塞都市エ・ランテルで住む者達で知らぬ方が少ない程の有名人でもあった。

 

 獲物を仕留める猫の様にゆっくりとした動きで近寄る彼女。ランタンが薄っすらと彼女の姿を灯し、露わになった肌を晒していた。

 胸部分と下半身の最低限しか護られていない装備。しかし身体を見渡しても傷一つ無い肉体は、その腕に覚えがあるのか腕の良い神官と知り合いなのか……この場においては前者であろう。

 彼女の装備一つ一つに見覚えがあった。いや、自分達――ひいては冒険者であるなら誰しもが身に着けている、自身の強さを証明する勲章(プレート)だ。それを大量に……いや、プレートのみで形作られた防具と言ったほうが早いのかもしれない。

 

「そ……そのプレートは……まさか貴女が!?」

 

 驚愕し、震えながら言葉を発する彼は、チームの要として後衛を任されるニニャ・ザ・マジックキャスターだ。若くして第二位階を修める天才魔法使い(マジックキャスター)として冒険者の中では有名人とされている。

 

「お姉さんはねえ人を殺すのが大好きで愛しているの! あ、拷問も好きだよ、ウェヒヒ」

 

 スティレットを持ち替えた彼女は体制を低くすると、一直線に走り出した。

 

「《流水加速》 死ねぇえ! あっはっはっはあ!」

 

 額へ向け一直線に刺さったスティレットはそのまま脳天を貫通し、何が起こったのか気づく間も無く崩れ落ちてゆく。

 

「ペテル!!」

 

 仲間の一人が、既に還らぬものと成った彼に向かって叫んだ。目的の少年を庇っていた……それだけの理由で、爽やかで、誰とでも打ち解けられ、仲間からの信頼の厚い、頼れるリーダーが殺されてしまった。

 許せない。許して良い筈がない。気がつくと殺気を顕にしていたチームの一人が飛び掛かっていた。

 

「よ……よくもベテルを! 貴様ァ! 許さないのである!!」

 

 持ち前の体格を活かし、両手でメイスを力強く翳した。恐らく彼の人生において、最も速い攻撃だっただろう。ゴブリンやオーガとの戦い以上の……全身全霊を込めた鈍器で彼女を撲殺した――つもりだった。

 

「遅せぇんだよぉ! そんなとろとろした攻撃が当たると思ってんのか!!」

 

 武技を発動させるまでもなく、ひらりと躱した彼女は片足を地面に着けると同時に折り曲げ、残りの足で力強く踏み出した。

 

「あっはははは! てめえなんてスッと避けてドスッだよ! 死ねぇええ!!」

 

 スティレットはダインの頭蓋を貫通し、己の至らなさに顔を歪めながら絶命した。

 

「ダイン!!」

 

 仰向けに倒れるダインの顔を踏み付ける少女。鼻は曲がり、数本の前歯が周囲に散らばった。

 

「ニニャ! あいつはヤバい!! 俺一人でも時間を稼いでやる!! その隙にンフィーレアを連れて逃げろ!!」

 

「で、でも……」

 

 ルクルットが声を上げた。それは仲間の一人であり、自分達とは……自分とは違い明確な目的を抱えた仲間に対する想いだ。

 だからと言ってニニャも仲間を置いて逃げ出すわけにはいかない。ここで去れば確実に殺されるだろう。

 

「お姉さんを助けたいんだろ! こんな所でくたばって良いのか!!」

 

「ありがとうルクルット…………ごめん」

 

 発破を掛けるルクルットに押され、掠れた声でニニャが答えた。顔はぐしゃぐしゃになり、涙で霞む視線の中、ンフィーレアの手を引っ張り逃げ出す決意をした。

 

「うんうん、感動のお別れってやつだね。お姉さん泣けてきちゃう」

 

 白々しく目尻に指を当て、出ても居ない涙を拭う仕草をした。

 

「遊びすぎだ」

 

 逃げる筈の出口を遮るように、その扉から遭わられた男性。片手には杖を持ち、魔法使い(マジックキャスター)であると伺い知ることができる。しかし自分達を蹂躙する戦士の相方。ともすれば勝ち目が薄いことは明白であり、生き残った3人の顔には絶望が色濃く現れていた。

 

「うぅーん、でもカジっちゃん防音対策はバッチリでしょー。一人くらい遊んでも良いよねぇ」

 

「全く……英雄級の人格破綻者とは困りものだな」

 

 そう言いつつも嫌な顔をしない彼……カジっちゃんと呼ばれる男性は、彼女の性癖を知っているのか呆れながらも咎めようとはしなかった。

 

「じゃーぁあ、邪魔な彼には先に死んでもらおっか!」

 

「え――」

 

 彼女の声を理解するよりも早く、視界の先に彼女の片腕が映っていた。おちゃらけた性格ながらも、人一倍仲間のことを気遣い明るく振る舞う仲間――ペテルは息を引き取った。

 

「ペテルううううううううぅぅうぅぅぅううううう!!!」

 

 最後の……仲間を失った哀しみがここへ来て溢れ出してしまった。逃げたとしても、ペテルの死を見たわけではない。組合に知らせ、応援を呼べば助けられるかも知れない。そんな虚無にも等しい望みがニニャの逃走を手伝っていた。

 

 誰もいない。また……目の前から大切な人が消えてしまった。

 

「ニニャさん! 気を確かに!! 僕達の魔法で切り抜けるんです!! ここで死んでしまったら……命を張って助けてくれた仲間たちはどうなるんですか!!!」

 

「う……うん、そうだね。やろう! ンフィーレアさん!」

 

 堅い決意を胸に誓ったニニャは立ち上がった。自分はまだ死ぬわけには行かない。連れ去られた姉を助けるんだ。

 

「お涙頂戴ってやつだね、お姉さんまた感動しちゃったよ」

 

 白々しく口にした彼女は別のスティレットに持ち替え、ンフィーレアに向かって走り出した。

 

「ンフィーレアさん!!」

 

「分かっています!! 《魔法盾》(マジックシールド)

 

 少々距離が開いていたのと、ニニャをすり抜ける手間から不覚にも詠唱を許してしまった。だが彼女の口元は吊り上がったまま変わることはない。

 

「ご丁寧に壁なんて創っちゃって……じゃあ魔法ごと包み込むってのはどうかなぁ?」

 

 予めスティレットに《魔法蓄積》(マジックアキュムレート)を使用し待機状態にしていた《人間種魅了》(チャームパーソン)《開放》(リリース)した。

 ンフィーレアの瞳から光が失われ、溢れんばかりに放たれていた殺気は完全に消失していた。とろんとした表情でクレマンティーヌを見つめており、先程までの敵意を微塵も感じさせない。

 

「んふぅ、いい子ねえ。カジッちゃんの所で大人しくしていてくれるかな?」

 

「わかりましたごしゅじんさま」

 

 その言動に疑問を抱かぬまま、カジッちゃんと呼ばれる男性の元へと向かって行った。両手を縛られ、目隠しをされても尚、幸せに満ちた表情を浮かべている。

 

「さぁあてぇ、お姉さんと楽しいことして遊ぼうねぇえ!」

 

 ペロリとスティレットを舐めた彼女に向かって視線を……殺意に満ちた視線を送るニニャ。仲間たちには隠していたが、今と成ってはその必要が無くなってしまった。

 

「もう……もう貴様を許しません。ぼくを本気にさせたことを地獄の底で後悔させてあげますよ」

 

 ローブから取り出した幾本ものナイフ。お手玉のように回転させながら彼女に見せつけている。

 

「曲芸でぇ、このわたしに勝てるとでも思ってるのぉ?」

 

 余裕は崩さないつもりの様だが、その変貌に苛立ちは隠せておらず吊り上がった口は牙を剥き出しにしていた。

 

「遊んであげようと思ったけどやっぱり無し。そのまま殺してあげる」

 

 姿勢を低く構えた彼女は、何時も通り刺殺を行う準備を始めた。これまでの戦いが……自分では歯が立たない強者との経験が彼女から慢心を消し去り、真剣な顔つきでニニャを見据えた。

 

「《能力向上》 《能力超向上》」

 

 武技を発動させる彼女は、頃合いを見計らい突撃した。

 

「させません!!」

 

 すかさずニニャがナイフを手に取り、一本、また一本と彼女へ向かって投げ飛ばした。殺意を込めて、その一本で相手を仕留める決意を込めて。

 

「《不落要塞》 《流水加速》」

 

 全ては避けられないと判断した彼女は、スティレットでナイフの軌道を逸らした。どれ程の力で投げているのだろうか。掠めたナイフの衝撃がスティレットを伝わり、腕が痺れるような感覚を抱いた。

 

 全てのナイフを捌き切った彼女は内心、笑みを浮かべながらも必至に堪えていた。少しでも隙を見せれば負ける。最後まで油断を捨てる覚悟で彼女は突進した。

 

「この人外! 英雄の領域に立ったクレマンティーヌ様がぁあ! 負けるはずがねえんだよぉおおおおおおおおおおおお!!」

 

 最早、視覚に捉えることすら叶わぬ攻撃を手に彼女……クレマンティーヌはニニャへ向かって豪速の武器を繰り出そうとした。

 

 ――瞬間、クレマンティーヌの視界が暗転し、その場に崩れ落ちた。

 

「き、貴様! 一体何をした!!」

 

 カジッちゃんと呼ばれる……呼ばれていた男性は叫んだ。それもそのはず、クレマンティーヌはこの世界において文字通り最強に近い存在だ。彼女に肩を並べる者は片手で数えられるくらいだろう。

 ニニャは不敵な笑みを浮かべると、何事もなかったように答えた。

 

「手刀って……知っていますか? こう見えてぼく、ガラス瓶ですら真っ二つにしちゃうんです」

 

 恐ろしく速い手刀でクレマンティーヌの首元を攻撃し、その意識を消失させたのだ。その速度故に、彼は見逃していたのだ。

 

「ぅ……ぅううん」

 

「ンフィーレアさん!」

 

 クレマンティーヌの意識が失われたことにより、洗脳されていたンフィーレアが意思を取り戻していた。

 

「な! この……しまった!!」

 

 魔法を唱える前に力負けしてしまったカジっちゃん。視界は暗いものの、ニニャの声が聞こえる方向へ走り出した。

 

「今外しますね!」

 

 隠し持っていたナイフで手枷を切断し、視野を取り戻したンフィーレアであった。

 

「まだ……やりますか?」

 

 ナイフを片手に殺意を振りまくニニャ。クレマンティーヌが敗れたとなれば、カジっちゃんですら分が悪い。

 

「覚えてろよ!!」

 

 言葉を吐き捨て、逃げるように走り去ったカジっちゃんであった。

 

「大丈夫ですか! ンフィーレアさん!」

 

「ぼくは大丈夫です。ニニャさんこそ大丈夫ですか?」

 

 傷のことを聞いているのではない。喪ってしまった仲間たちのことを想い、心配をしているのだ。

 

「心配には及びませんよ。ぼくが正体を明かしたのですから」

 

 思いの外ケロッとした様子のニニャは軽く答えた。

 

「え?」

 

 理解に苦しむンフィーレア。彼はその数秒後に全てを知ることとなる。

 

「痛てて……」

 

「危うく死ぬかと思ったぜ……」

 

「全くである」

 

「みなさん! 生きていたんですか!?」

 

 先ほど脳天を貫かれたはずの彼らが起き上がっているではないか。よく見ると、血は垂れているものの、傷跡が塞がっていた。

 

「なんでもナーミンってね」

 

 この日一番の笑顔でニニャは口にした。

 

「大丈夫ですかみなさん!!」

 

 勢い良く扉が開かれ、大柄な全身鎧の男性と見目麗しき女性が現れた。

 

「「くすっ……あははははは!」」

 

 彼ら二人を除く人達が笑う中、漆黒の戦士は疑問に首を傾げていた。



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