闘拳伝ユウイチ   作:ブレイアッ

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異能VS武術。勝つのはどちらだ!
あ、そうそう。優一の二つ名は《問題児》です。


五話 《問題児》VS《笛吹く姫》[前]

『続いて2年、Dランク。伊藤彩音選手の入場です! 《笛吹く姫》の二つ名を持ち、その能力から七星剣舞祭代表有力候補とさえ言われています!』

 

 会場に足を踏み入れる。

 歓声とアリーナのライトが伊藤彩音を襲った。

 

(やっと10開戦……相手は《問題児》。Fランクとはいえここまで無傷で上がってきた実力は本物。油断すれば七星剣舞祭への夢は潰えてしまう)

 

 彼女が小学生の頃、台風で増水した川で溺れていたところを名前も知らない誰かに助けてもらったことがあった。

 その「誰か」は濁流の中で一歩間違えれば自身の命も失う可能性が高いにも関わらず身一つで飛び込み、助けてくれたのだと後になって知った。

 あの日の息が出来ない苦しさと、水の冷たさと、死への恐怖がすぐに思い出せる。

 しかし、それ以上に鮮明に残っている記憶があった。。濁流をものともしない「誰か」の力強い腕の感触、そしてその「誰か」の歌声だ。

 聞いたことの無いメロディだった。たぶん助けてくれた「誰か」のオリジナルなのだろう。

 彩音は恩人である「誰か」にお礼を言いたいがために、戦いの中で「誰か」のメロディを奏でる。世界の誰もが注目する七星剣舞祭の舞台なら、きっと「誰か」が聞いてくれるはずだ。

 そのためには負けるわけにはいかない。

 

(勝って、あの人にこの音を聞いてもらうんだ)

 

 それが、命の恩人への恩返しになると信じて。

 

「来て、私の心……《奏華》」

 

 彩音の魂が彼女の手の中に顕現する。

 それの形はは刀や槍のような武器とは違う。白い、篠笛だ。

 

===

 

 相手の人が霊装(デバイス)を出した。

 横笛……? そんな形の霊装が存在するのか。

 あんなの、初めて見た……!

 

 僕も霊装を出す。手甲が両手に装着された。

 

《LET's GO AHEAD!》

 

 試合開始の合図と同時に飛び出す。

 どんなことをしてくるのかはさっぱり分からない。

 でも、何かをする前に仕留める! 近づけさせすれば僕の土俵だ!

 

 

 ────♪

 

 

 笛の音が聞こえた。

 あれ、なんで走ってるんだろう? 止まらなきゃ。

 

 

 ────♪

 

 

 そうだ、膝を付かないと。

 

 

 ────♪

 

 

 両手を上げなくちゃ。

 

 

 ────♪

 

 

 降参、しないと。

 

 

「こう…………」

 

 

───「いいか、お前は俺様が引くくらい洗脳に弱い! 簡単に人を信じすぎだ!

だが人を信じるとは言わん。しかしこれだけは覚えておけ!

 お前は俺様の所有物だ! これからは俺様以外の命令には従うな(新島ブレインウォッシュEX)!」

 

 

 っ、そ……総督!

 

「…………さ……し、し~~~~んっ! ぱぁ~~~~くっ!!」

 

 立ち上がり、足を肩幅に開いて左手を後ろに、右手をぐるんと回して胸を叩き、前に手の平を突き出す!

 

「うそっ!?」

 

 あ、危なかった……! 危うく降参して敗退するところだった!

 まさか相手の能力は洗脳か、僕の天敵だ。

 それにしても総督の言葉の力は凄い! 伐刀者の能力を凌駕して洗脳を解いてくれるなんて。流石は総督だ!

 

===

 

 伊藤彩音の能力、それは『音』に関係するあらゆる事象を引き起こす自然操作系の能力だ。

 彼女はこれまでの試合で音を使うことで相手の精神に直接働きかけて操り、降伏させてきたのだ。

 

 優一は今でこそ非常識が常識な変人だが、元々の性格である素直で真面目なところは2年前とは何も変わっていない。相手を信じ、誰の言うことでもよく聞く。その性格ゆえにあっさりと洗脳されるという弱点を持っていた。

 そのせいで過去に三度も敵に洗脳されては兼一達に襲いかかり、返り討ちにあっている。その度に新島に洗脳を解いてもらっていた。

 

 一輝が気にしていたのはその点だ。そして優一は一輝の予想通り、容易く洗脳にかかった。

 

 誰もが優一の敗北を思い浮かべた瞬間。

 その洗脳は破られた。伐刀者の能力をも凌駕する新島春男という常軌を逸した存在によって!

 

(そうだ、それでこそ優一くんだ!)

 

 観客席で見ていた一輝が内心でガッツポーズする。

 非常識が常識。それはつまり今までの常識という固定概念にとらわれていないということだ。

 ステラは一輝の予想を越え、優一は一輝の常識を破壊する。

 優一には、いつものように自分の常識を破壊してくれなければ困る。

 

(僕の常識で測れるようじゃ面白くない! 君の力、見せてもらうよ。優一くん!)

 

 期待と尊敬と闘争心の入り交じった目で目の前の戦いに注目した。

 

===

 

 相手は隙だらけ。総督のおかげでもう洗脳は効かない! 今度こそ!

 一気に駆けて距離を詰める。

 笛の音が聞こえた瞬間に洗脳された。つまり相手の能力は『音』に関係する能力! だったら近づくのは危険。

 ならば攻撃手段はただ1つ!

 

飛び横蹴り(ティミョヨプチャギ)!」

 

 突きよりリーチが長い蹴り技!

 そして距離を詰めるスピードをそのまま活かす蹴りなら、キサラ師匠直伝のテコンドーの技が一番だ!

 

 蹴りを相手めがけて放つ!

 命中! でも直前で軸をそらされて威力が半減した。一撃で仕留められなかったか。

 でも、相手の位置は僕の左後ろ。そこは僕の距離だ。次で沈める!

 

「シッ!」

 

 左脚での後ろ回し蹴り(ティットラチャギ)

 狙いは後頭部。この一撃で意識を刈り取る!

 

「フッ!」

「なっ!」

 

 蹴りを受けられた!?

 偶然じゃない! これは……武術!

 

「すぅぅぅぅぅ……!」

 

 ~~~!!

 

「ぐっ!」

 

 強い笛の音が鳴る。

 全身を衝撃が襲う。

 一瞬で吹き飛ばされ、観客席を飛び越え、アリーナの壁に叩きつけられた。

 

===

 

『な、な、何ということでしょう! 突然強い笛の音が聞こえた瞬間、青井選手が観客席の後ろまで吹っ飛ばされました!

 10カウント以内に復帰できなければ青井選手の敗北となります!』

 

『ワン!』

 

 アナウンスがカウントを開始する。

 会場が静まり返る。

 誰もが、この状況を予想していなかった。

 伊藤彩音の能力は笛型の霊装、《奏華》を奏でる事で相手を洗脳して操るものだと、誰もが思っていた。洞察力に優れた一輝でさえもだ。

 ゆえに彼女の洗脳が破れた瞬間、優一の勝利を誰もが確信した。

 しかしこの状況はどうだ?

 圧倒的有利と思われた優一が場外にまで吹き飛ばされている。

 

「青井くん!」

「優一さん!」

「師匠……!」

 

『ツー!』

 

 武術教室の生徒達が席から立って優一を見る。

 彼らの表情を見れば優一を心配しているのが誰から見ても明らかだ。

 それは優一が勝てないと思っている証拠に他なら無かった。

 

 破竹の勢いで格上を落としてきた優一の伝説もこれで終わる。

 やはり、武術のみで伐刀者を倒すなんて無理だったのだ。

 これまで勝てたのは運が良かっただけなのだ。

 そう、誰もが思ってしまった。

 

『スリー!』

 

 カウントが進む。

 

「だから、師匠はやめてくださいって言ってるじゃないですか。いてて……」

 

 優一が立ち上がった。

 

『フォー!』

 

 武術は異能の前に無意味。それがこの世界の常識だ。たとえ優一が戻っても鍛え上げた技を使う前にさっきのように吹き飛ばされるのがオチだろう。

 無駄に体を痛めつけるだけ。下手をすれば命すら落としかねない。

 

『ファイブ!』

 

 一輝のように身体能力を底上げする力すら持たず、《陰鉄》のような武器も持たない優一は相手に近づいて殴るしか攻撃手段は無い。

 それ故に間合いの外から一方的に攻撃できる相手は天敵だ。

 そして伊藤彩音はまさしく優一の天敵と言えた。

 

『シックス!』

 

 だからどうした(・・・・・・)と駆け出す。

 彼らの心配など気にせず、客席を駆け降りる。

 

 もうやめろ。

 君はこれまで良く頑張った。

 勝てるはずがない。

 

 客席を駆けるときに口々にそんな言葉が聞こえた。

 

 勝てない?

 仕方がない?

 

 そんなの知ったことか!

 

『セブ……』

 

 セブンカウントが刻まれる前に客席から飛び降り、試合へと復帰する。

 

 常識の枠に囚われないからこその《問題児》。

 この世界の常識など、今一度壊して見せよう!

 

 

「さあ、第2ラウンドだ!」

 

 

 

 

 




 主人公最強なんて一言も言ってませんし。これくらい苦戦しないとね!

 前回チラッと出た優一の二つ名《問題児》。そしてこれまで何度も出てきた「非常識が常識」というフレーズ。この二つが意味を持つこの戦い。果たしてどちらが勝つのか! 次回、《問題児》VS《笛吹く姫》[後]に続く!

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