魔法科高校の劣等生 -Masquerade Devil Hunter- 作:スダホークを崇める者
執筆ペースがかなりムラが激しくて最新話はまだ8割ほどしか書けていません。
どうしてもリソースを割き切れないんですよね……いや単にやることを増やし続けた結果なんですが。
今年も多分こんな感じのペースになりますが、どうかよろしくお願いします。
FGO、今年に入って福袋含めて☆5が3体増えるというとんでも事態(三蔵ちゃん、剣式、キングハサン)
去年も11月末~12月にかけてイシュタルとケツァル・コアトルが来て一気に育成が大変に……。
九校戦は2日目に突入した。
この日は男子・女子クラウドボールの予選・本戦、そしてアイスピラーズ・ブレイクの予選が行われる。
達也はクラウド・ボールの副担当として忙しなく動いていた。
なお、最終的には真由美専属のような動きになっていたが……。
そんな達也の働きもあってか、真由美はまさに絶好調で、相手に全くポイントを与えない試合運びの連発だった。
そして、深雪たちは言うに及ばず別行動でアイスピラーズ・ブレイクの方を観戦している。
……しかし、そこには紫輝の姿は無かった。
「……よし、今日もそれなりに好調って感じだな。」
そう、紫輝は深雪たちとも別行動を取っていた。
いる場所は当然、現在練習の拠点にしているスケートリンクだ。
現在は通常営業時間になっているので、個々のエレメンツやコンパルソリーなどの基礎を反復練習している。
そんな中で行ったクアドトウループがそれなりにスムーズだったので静かに満足の意を見せていた。
他のジャンプ……トリプルアクセルやその他そこそこの繋ぎからの3回転も昇り調子。
九校戦終了後のジュニアグランプリシリーズコロラド大会へのピーキングは順調と言えるだろう。
「やれやれ、学友とは別行動で先輩の試合を見ないとは、そのマイペース振りは健在のようだね。」
一旦氷から離れて休んでいると、隣から声がかかった。
いつの間にか隣を陣取っていた人物は、スーツを身に纏った長い金髪の紳士。
見るからにこの場にそぐわない見た目であるが、周囲の人間は誰も彼のことを気にかけていない……否、存在にも気付いていないようだ。
「なーんでこんなところにいるんですか……。 何か報告不備でもありましたっけ。」
「仮にあったとしてもその程度で出向かないさ。 久々に君の顔が見たくなっただけだ。」
「気まぐれに出かけるのはいいんですが、億が一で俺こと獅燿紫輝と知らぬものはいないがその素性は誰も知らないとされるルイ・サイファーが近しい関係とかバレたらどうすんですか……。」
ルイ・サイファーと呼ばれた男は紫輝の返しに愉快そうに笑っていた。
紫輝の言葉は誇張表現でも何でもない。
このルイ・サイファーという男、世界でも有数の財閥のトップということで恐ろしいまでの著名人なのだ。
ただ、その素性こそは誰も知らない。 ……それを知る数少ない人物が、『仮面の悪魔狩り』、獅燿紫輝になるわけだが。
「人間世界を牛耳っている者が実は魔界の最上位……まさに最高のサプライズではないか。 それを知った時の君の反応はまさに愉快だったよ。」
「そりゃ、誰だってそうなりますって……。 ちょっと神話とか噛んだら知っているであろう『ルシファー』が俗世に紛れているなんて、笑うに笑えませんし。」
ルシファー……ラテン語で明けの明星という意味を持つ悪魔。
紫輝たちデビルハンターが相対する悪魔たちの根城、『魔界』の頂点クラスに位置する最上級の中でも最上級の格を持つ。
ただ、魔界のトップとは言っても彼自身は人間界の侵攻や人間の駆逐、そのようなことは考えていない。
というのも、現在の魔界……というより、上級悪魔は人間界侵攻を企てる過激派と人間との共存を考える穏健派、そしてそれとは関係なく活動する無所属の3派閥に分かれている。
穏健派のトップがルシファーであり、紫輝が現在契約している仲魔たちは元はと言えば穏健派or無所属だったりする。
「それで、1つだけこちらも報告だ。 1年前の『魔法排斥教団』の情報流出を行ったのは過激派幹部アビゲイルの部下……というか下っ端、こいつがやったようだ。」
「アビゲイル……って言ったら、過激派第3位辺りでしたっけか。 これまた面倒なのが絡んでますね……。」
「ヤツならば人間同士の争いで摩耗させるという根暗なやり方は好むだろうからね。」
まさかの大物の名前に紫輝も面倒そうな表情を見せた。
過激派の中でナンバー3付近、魔界全体でも10指に入るであろう悪魔なのだから当然の反応だ。
今の紫輝ではまずどう足掻いても勝ち目が無いであろう相手なのだから。
「まあ、そんなトップが前線に出るのはまだ先だろう。 それまでに君が本来の力を扱えるだけの力量になればいいだけだ。」
「それについては、手応えはあるんでね……そろそろアイツを試してみます。」
「死を神格化した彼か……。 ふむ、今の君なら確かに御せるように思える。 もうそれほどの時が経ったのか……早いものだ。」
「いつまでもこんな状態で甘ったれるわけには行かないんで。 ……あー、そうなると忙しくなるなあ色々と……。」
来るべき時、そしてその後のことを考えて紫輝はただただぼやいてしまう。
ただでさえ表の方も忙しいというのに、これでは達也の状況を他人事と笑えなくなる。
「表は二科とはいえ魔法科高校の生徒兼国内有数のジュニアスケーター、裏ではかのアンタッチャブルの分家でありながら世界を股にかけるデビルハンター……。 属性過多でこちらもお腹いっぱいだな。」
「その属性増やしている原因に言われたくないですってば。」
「はっはっは、それを可能にしているのは君自身のタレントだろうに。」
それから暫くは紫輝の最近について半分弄られながらも雑談に興じていた。
……なお、この魔界穏健派の頂点にもこのことを指摘されたわけで。
「ところで、君はいつになったら恋人を作るんだ? 君は血筋的にも独身でいることは許されないと思うがね……。」
「何で俺の周りの年上って大体がこうなんだろうか。」
真夜、夕歌、勝成……更に今回はルシファー。
いずれかは響子とかにもそれを指摘される日が来るのでは、と考えると気落ちしてしまう。
普段はやたら心配性だが恋愛事情には絶対口出しをしない司波兄妹が如何にありがたいことか……。
最悪穏健派悪魔でも許容するとかふざけたことを言い出す上司を呆れ半分で無理やり帰らせて、練習を再開する紫輝であった。
ルシファーの来訪というサプライズもあったが、集中練習そのものは終始調子を上げることが出来た。
4回転トウループ、トリプルアクセルの成功率は現状で信頼できるレベルになったので、後は微調整を繰り返して試合に備えるのみ。
満足そうな表情で、紫輝は九校戦会場へ戻ってきた。
「……のはいいんだが。 何だこの一高勢力のビミョーな空気は……。」
意気揚々と戻ってきたのはいいのだが、ちょこちょこすれ違う一高生徒の微妙な雰囲気に自身のテンションとのギャップを感じてしまう。
何事かと思いながら歩いていると、見慣れた一団……要するにいつもの集団を見かけたので足早で合流する。
「あれ、獅燿君いつの間に戻ってたの? もうちょっとかかるかと思ったんだけど。」
「一般客に紛れての練習だからな、早めに切り上げた。 っていうか一高勢の雰囲気が微妙に重いんだがなんかあったのか?」
その言葉に、このいつもの面々も重い雰囲気になってしまった。
その中で比較的ダメージが少ないであろう雫が簡潔に状況を説明する。
早い話、午後のクラウド・ボール男子にて、優勝候補に数えられていた桐原が3回戦で負けてしまったことが原因だ。
ただ、格下相手に取りこぼしたわけではなく、三高の選手とフルセットの死闘の末の惜敗だったとか。
「更にその三高選手も次でコロッと格下に負けた……と。 まあそういうこともあるだろ。 んなもんこっちの世界でも当たり前のようにあることだぜ?」
「私も同意。 いつまでも気にしてもしょうがないことだし、ノーポイントじゃないことを安堵するべきだよ。」
「紫輝が言うと確かにその通りだよな……。」
「長年シビアな世界にいると慣れちゃうものなんですね……。」
ずばりと言い切る紫輝に一同は感心して、完全に割り切ることが出来ている雫には苦笑していた。
だが、先ほどの重苦しい空気は完全に取り払われただけマシだろう。
それを確認すると、紫輝は唐突に踵を返して一同とは別方向へ歩き出した。
「え、獅燿君一体どこへ行くんですか!?」
「あー、ちょっと桐原先輩に一声かけたくなったから探すわ。 みんなは戻っててくれ。」
「待って獅燿君! もしかして傷口に塩を塗ろうと企んでません!? そんなことしたら桐原先輩が再起不能になっちゃうからダメですよ!」
「ほのか、流石の紫輝でもそんなことはしないわ……多分。」
深雪のフォローになっていないお言葉にほのかは顔を真っ青にするも時既に遅し。
紫輝は得意の気配同調と俊敏さで既に桐原を探しに行ってしまっていたのだから。
ほのかと美月は慌てて止めに行くべきかと追いかけかねない勢いだったが、それをやんわりと止める者が一人。
「紫輝なら大丈夫、普段の言動から誤解されがちだけど何だかんだで気は利くからね。 流石に桐原先輩のメンタルに止めを刺すなんてことはしないよ。」
「確かにそうなんだろうけど……ミキがそこまで断言するってのも変な話よね。」
「それなりの付き合いだからこその経験則だよ。」
幹比古自身も厳しいことを言われながらも導かれた身なので、知らず知らずに説得力というものが滲み出ている。
レオ、エリカ、雫も幹比古の言葉に同調したので、美月とほのかも何とか己を落ち着かせていた。
……その頃、紫輝は体よく帰還を果たそうとしている桐原の元にたどり着くことが出来た。
「お疲れ様です、桐原先輩。 組み合わせが悪かったみたいですね。」
「お前本当に神出鬼没な奴だな、獅燿。 確かにその通りだが、それでも勝たなきゃってもんだろ?」
「でも先輩を破った三高選手も3回戦の疲労が大きくて次の戦いで敗退したんですし、ポイント差は極端なわけではない。 トーナメント形式で有力シードが番狂わせで序盤敗退なんて当たり前のようにあることなんですから、それに比べれば全然マシですよ。」
そこまで紫輝が言い切ると、桐原が何故か静かに笑い出した。
もう少し面白いリアクションが出ると思ったが、紫輝はすぐに理由が分かった。
「ははは、お前も割とズバズバと言うんだな。 いや、お前が言うからこそ説得力があるかもしれねえな。」
「もしかして達也が俺と同じこと言ってました?」
「ああ、アイツは事実上の痛み分けって言ってくれたがな。 だから今はもう吹っ切れてるから大丈夫だ。 っていうか、お前も確か九校戦終わったら遂に国際デビューなんだから、自分のことを気にした方がいいぞ。」
「ははは、一本取られましたね。 こりゃ俺も無様な試合は出来ませんな。」
桐原に見事返された紫輝は道化のように笑う。
実際にプレッシャーがかかるような場面ではあるが、紫輝はそれすらも愉悦に感じているのだ。
そんな紫輝に、桐原はますます惜しいと思っていた。
スケートという一発勝負の競技に身を置いている上に、凡そ同年代では有り得ないレベルの量の実戦経験をこなしている紫輝が九校戦の出場者に名を連ねていないことを。
(コイツなら、魔法力のハンデも簡単に覆しかねないからな……)
特により実戦の体が強いモノリス・コードでは猛威を振るうであろう。
更に言うならば、達也がエンジニアを担当すればそれこそとんでもないシナジーを生み出すだろうし、それこそ手が付けられない程になるかもしれない。
その光景を見たいような、見るのが怖いような……そんなことを思いながら桐原は紫輝と別れた。
無事に2日目のエンジニア作業を終え、達也は部屋に戻る。
その手にはフロントで受け取った荷物が握られており、これが既にこの場に届いていることに苦笑せざるを得なかった。
「流石は牛山さん、仕事が早い。 無理をさせてしまったかな……。」
頼んだのは今朝なのに今日中で仕上げてしまう辺り、流石はトーラス・シルバーの片割れだ。
恐らく達也の設計案が面白くてつい優先順位を上げてしまったのだろうが……。
とりあえずトランクを置いたタイミングで割と遠慮のないノック音が聞こえてきた。
扉の向こうにいるであろう人物はすぐに分かったので、達也はすぐに入室を促す。
「丁度良かったみたいだな。 とりあえず大人数で突撃隣のお兄様と洒落込ませてもらうぜ。」
「そういうのって飯時にやるもんじゃねえか? っていうか律儀にマイクとか持ってく辺り無駄に凝り性だよな、紫輝。」
他にも誰かいるとは思っていたが、まさかいつものメンバーが全員集合だとは思ってもみなかっただろう。
しかし、達也はそれを表には出すことはない。
全員が入室すると、早速一部の面々には机に置かれているトランクが目に入ったようだった。
「あれ、達也君これ何? もしかして武装一体型CADとか?」
「正解。 ちょっとした伝手で作ってもらったものだ。」
詳細まで聞けばまず間違いなく『ちょっとした』では済まない伝手ではあるが。
しかし、この場でそこまで突っ込むような野暮な人間はいない。
紫輝と深雪はこのトランクの中身が昨日の『オモチャ』であることは当然把握している。
更に言うなら、今この部屋の中に居る顔ぶれで動作テストにこの上なく向いている人物がいることも分かっていた。
「おーい達也、ここに気になってしょうがない実験台志望の男子が居るぜー。」
「待て、待ってくれ紫輝。 俺は別にそういうつもりで見てたってわけじゃあ……。」
「その割には結構興味深そうにトランクを見てたよね、レオ。 大丈夫、紫輝も武器には相当五月蠅いからそれに比べれば可愛いものだよ。」
エリカが武装一体型という言葉を出したその瞬間からトランクの中に興味ありありだったレオは思わず狼狽える。
別に隠すようなことでもないのだが、高校生にもなって武器と見たら眼を向けてしまうのは子供らしく思ってしまっていたのだろう。
それを察してか幹比古は上手くフォローを入れていた。
無論その後紫輝から軽い手刀を浴びせられていたが……。
「レオ、コイツを試してみる気はないか? お前にうってつけだと思うが。」
「俺にうってつけ? そういうことなら付き合うぜ。」
「良かったですね、西城君。」
直に来たテスター依頼に対して控えめに喜ぶレオ、それを温かい目と穏やかな表情で見る女性陣。
そんなこんなで達也はレオにトランクと一緒にマニュアルを渡して、一通りの使用法を予習させておく。
その間も他の面々の会話が絶えることは無い。
「レオに向いてるって、もしかしてアナログ系だったりするの?」
「いや、そういうブツじゃあねえぞ。 正直に言うともう少しまともな魔法力があれば俺もテストしてみたいような一品さ。」
「獅燿君をそこまで唸らせるなんて、流石は達也さんですね!」
「俺は設計図を引いただけなんだがな……。」
深雪の十八番をそのまま引用したほのかに達也は色々な意味で苦笑している。
当の深雪は全く気にしていない。 まあ、普段から紫輝からおちょくられているから慣れてしまっているだけだが……。
「そういえば、紫輝君も十手みたいな形のCAD持ってるけどあれも達也君設計?」
「いんや、アレは別の伝手のプロトタイプ。 初めて作った代物をそのまま俺が貰っちまったのさ。」
「……紫輝、まさかちょろまかしたとはそういうオチじゃないよね?」
紫輝が普通に譲り受けるということが想像できないからだろうが、幹比古のこの言い分は流石に酷いものだ。
だが、普段が普段だから周りの面々も強く否定が出来ずにいる。
そこにフォローを入れるのは当然身内になるわけで。
「大丈夫よ、吉田君。 流石に紫輝でもそんな大それたことはしませんから。」
「それは俺も保証する。 問題行動は多いが流石に窃盗はしていないぞ、こいつは。」
「はい、お前ら一言多い。」
全く同時に振るわれたのはお笑い専用CAD(違)ハリセン。
いつも通りの切れを発したそれは相も変わらずいい音を出していた。
「いつもながら惚れ惚れするいい音だね。 私もハリセン欲しい……。」
「し、雫?その何とも言えない表情がすっごい怖いんだけど……。 私実験台にされないよね?」
「おー、雫もツッコミ役に回ってくれるのか? それは助かる、俺一人じゃあとても手が回らないからな。」
喜々としてツッコミセット(ハリセン、扇子、ピコハン)を渡そうとするが、ほのかが必死に阻止。
曰く、雫はただでさえ口撃だけでも地味に鋭いのに小道具まで持ったら危ういことになりかねないとのこと。
親友の若干酷い言い草に、一瞬のスキをついて紫輝からハリセンを受け取って早速お見舞いすることになった。
紙で出来ているはずなのに、何故か頭部に妙な衝撃を与えてくるソレにほのかは思わず頭を抱えてうずくまってしまった。
「全く、いくら幼馴染でも言っていいことと悪いことがある。」
「ほのかも反応がオーバーだね……まあそっちの方がツッコミ甲斐があるんだろうけど。 美月も気をつけなよー? ほのか並に危ないから。」
「エリカちゃん、流石にそれは酷いよ……。」
本人はこう言っているが、そこまで間違っていないのが現実である。
そこからも暫く雑談は続き、レオのマニュアル受講も無事に終了する。
すぐにテストということで夜間ではあるが演習場を借りて、テスターのレオと成果を見守る達也、そして興味ありありの紫輝の3人が向かう。
「にしても、本当にあんなことが出来るのか? なーんか今でもピンと来ないんだが……。」
「それを確かめるためのテストさ。 とりあえず、まずは動作確認からだ。」
話している内に演習場に到着していたので、レオは早速手にしている武装一体型CADを起動する。
剣や刀と言うには太めの刀身は、魔法の発動と同時に二つに分離される。
CADの向けている方向に離れて行った刀身は暫くして完全に静止。 完全に柄と先の刀身の相対位置は固定されたようだ。
「おおー、こうして見るとなかなか面白い光景だな。」
「マジで浮いてるな。 硬化魔法でこんなことよくも思いついたもんだぜ。」
「硬化魔法の定義はあくまで『相対位置の固定』だから接触の有無は関係ない。 このデバイスの作動形態は刀身を飛ばすというより伸ばす、と言った方が近いだろうな。」
早速紫輝はこのデバイスを戦闘で使うことをシミュレートしていた。
一見刀身を伸ばすだけなので不意打ち程度にしか使えないように思える。
実際、モノリス・コードならば刀身を伸ばした状態じゃないと攻撃に使えないので見切られてしまったら厳しくなるだろう。
だが、実戦ならば遠近問わない打撃武器としてある程度は猛威を振るえるだろう。
伸ばした状態だけでなく、通常の状態でも殴りに行けるし、相手にクロス、ミドルの両レンジを意識させることが出来るのは大きい。
更に、伸ばした状態から戻す時の動作も攻撃に組み込めないか……。
……などなど色々と考えていたが背後からの達也の声で意識を現実に引き戻される。
「紫輝、お前も相変わらずだな……。 アレをモノリス・コードで使うことは恐らく無いぞ?」
「仮に出てたら面白かったのに勿体ないよな。 ところで、あのCADのアイデアをあっちに雑談がてら話してみてえんだが……。」
「別に構わないぞ。 というより俺としてもあっちがどういう方向性で仕上げてくるのかが楽しみだからな。」
あちらのCADの仕上げ方は達也の好奇心をまさにくすぐるものだ。
その内素性をばらしつつ互いに会わせたら色々と面白そうだと、双方の世話になっている紫輝は愉快そうに口端を僅かに緩めていた。
「にしても、あの人形は一体誰の趣味なんだ? 役割に支障はねえが、随分と古風なんだな。」
「それについては俺も同感だぜ……。 こういうのって道場とかで出てくるもんじゃないか?」
「いや、それを俺に言われても困るのだが……。」
達也自身も思っていて言わなかったことを二人はあえて突っ込んだので、流石に反応に困る。
ちなみに、テストそのものは至って上々であることは残らず叩き折られている人形が転がっている光景が物語っていた。
翌日、九校戦3日目は男女アイスピラーズ・ブレイクと男女バトル・ボードの決勝が行われる。
4日目からは新人戦が始まるので、ここで一区切り……また、この日が前半の山場であるとも言える。
この日は夜にリンクを貸し切る予定だったので、紫輝は抜け出すことなく試合の見物に徹することが出来ていた。
「服部先輩不調って聞いてたが2位とかやるじゃんか。 普通に役割は果たしたな。」
「役割って……紫輝、どこかのゲームみたいな風に言い方はよくないでしょう。」
「不調でも決勝に残っているということは、やはり副会長も凄いんだね……うう、プレッシャーが……。」
いつもの面々から達也を除いた面々は男子バトル・ボードの決勝を観戦し終えたところだ。
不調ながらも何とか決勝まで残り、更に粘りを見せた服部。
惜しくも準優勝だが、紫輝達下級生にその地力を示すことは出来ていた。
なお、その光景を見て新人戦バトル・ボードに参戦するほのかは既に重圧を受けている。
「ほのかさん、新人戦のバトル・ボードはもう少し先なのに今からプレッシャーを受けるのは……。」
「いやいやしょうがねえだろ。 先輩が先陣切って好成績残したら自分も続かなきゃってなるのは当然ってもんだ。」
先輩たちが奮闘して築いた流れを自分が止めてしまったら。
各種競技の団体戦という性質も含まれるこの場では、その手の重圧というものは否応にも大きくなってしまうものだ。
基本は個人競技だが、ごく稀に団体戦が発生する競技に身を置いている紫輝は特にその重圧を理解していた。
「そこで獅燿君、重圧に震える子羊……羊でいいのかな。 とりあえず何か経験者として一言。」
親友としての思いやりなのか、はたまた同じく新人戦に出る身としてあんまり緊張されると悪影響だからなのか。
どちらとも取れるようなフリで紫輝に改めてコメントを求める雫。
ほのかが羊呼ばわりされたことに抗議を入れているが、小動物的な雰囲気な彼女のそれが聞き入れられることは無かった。
「まずは自分のあらゆる状態を受け入れることだ。 大体人間ってのはプレッシャーから逃避しようとする。 プレッシャーが無い状態がよりよいコンディションだと思ってる節もある。 でもそれは所詮はまやかしだ。 逃避すればするほど、影のようにへばりついてくる。 それもそうだ。 プレッシャーなんて作ってるのはいわば自分なんだからな。 だからこそ、まずはその圧力を生み出しているのは自分自身だと理解し、そしてそれを真摯に受け入れる。 まだ女子の結果が決まっちゃいねえが、周りの状況はまさに一高がトップという状況。 明日から始まる新人戦、出来れば差は更に広げて安全圏に逃げたい。 そのためにも自分も勝つ……この欲を受け入れればいい。 まあ、ほのかの場合は『達也の助力を絶対に無駄にしない』……っていう方がしっくり来るだろうしより根っこに近い理由づけになるんだろうが。 それでもって、後は練習通り、いつも通り。 あの達也が仕込んだんだ、そうそう負かすヤツなんて出てこないし、そうなれば勝とうとする意志なんて捨てちまった方がいいぞ。」
「以上、獅燿紫輝の対重圧講座でした。 というか獅燿君、達也さんがいないからってぶっちゃけすぎだよ。」
雫の締めと共にメンバーからは控えめに拍手が沸いた。
その際に達也に対する献身についてツッコミを受けるが雫自身もどこか楽しげだ。
他の面々は笑っているようで笑っていない深雪の笑みを見て戦々恐々としているが……。
ある意味雫も、紫輝の影響からかより図太くなっている節が見られる。
「……あれ、でも勝ちたいって思うのを捨てるのは流石にダメなんじゃあ。」
最初は納得していた当人も、最後の方には流石に疑問符を飛ばしていた。
しかし、この疑問に対する答えは紫輝が発する前に反射的にこの人物が発していた。
「それは多分、光井さんが真面目だからじゃないかな。 真面目だからこそ、勝とうと決めるとその心に溺れてしまう。
逆に闘争心が高いタイプなら、その意思は絶対に持つべきだと思う。 紫輝なんて特にそうだからね。」
紫輝の思考回路をこの面々では2番目に理解できているであろ幹比古だ。
レオや美月、雫までもがこの横槍には若干驚きに目を見開くのは無理もないことだろう。
なお、エリカはどこか意地の悪い笑みを浮かべていた。
「……ミキがこういう精神論を言えるようになるなんてねー。 もしかして紫輝君に言われたことあったりするの?」
「それは想像に任せるよ。 ……って何するんだよエリカ!」
「いやー、何か余裕ぶったその様子がちょっと鼻についちゃった。」
ここでも八つ当たりを実行するエリカに、事情を知る深雪と間接的な原因の紫輝は苦笑いするしかなかった。
そして、このタイミングで離席していた達也が戻ってくる。
流石の達也も色々と混沌としているこの状況に流石に説明を求めざるを得なかった。
紫輝もほのかのことはこの場では言わないくらいの配慮は出来るので、適当な言い訳でその場は流した。
ちなみに、女子のレースが始まる頃にはほのかの顔色はある程度は元に戻っていたことは補足しておく。
「にしても、渡辺先輩の相手は三高と七高……三高はまだしも、七高ってこれ実質決勝だよな。」
「だな。 レースゲームで言うと平均的に速い最強クラスと一点特化スペシャリストの対決か。」
紫輝の中で、七高+バトル・ボードの組み合わせは某Qの地元だけやたらと速いアイス屋が浮かんだとか何とか。
ゲーム上ではそういうスペシャリストは大抵首位を独走するが、果たして今回はどうなのか……。
そんな周りからすると明らかにズレていることを考えていたら、レースは丁度スタートしていた。
「渡辺先輩が先頭ですね……ですが。」
「ああ、やはり七高選手はついてきている。 流石は海の七高、これはどう転ぶか分からないな。」
スタートダッシュこそ摩利が先手を取った形だが、完全に競っている状態。
もう一人の三高選手は離れてしまっているので、実質上この二人のマッチレース状態になっていた。
小刻みに右、左と滑らかに通過していき、最初の大掛かりなコーナーが近づいてくる。
ここから暫くはストレートとコーナーの割合が絶妙で、恐らく走行以外の魔法を禁じたガチンコレースの場合でも競った場合の駆け引きが繰り広げられる区間だ。
水面のみとはいえ、自身以外への魔法行使も考慮すると考えればまさに気を抜いたらそれはあっさりとロスに繋がる。
一高生徒としてはやや不謹慎かもしれないが、紫輝は摩利と七高選手の競り合いに自然と目を輝かせていた。
それ故に、その異変に気が付くのも周囲の人間に比べればワンテンポ早かった。
(……おい待て、いくら最初が大事だからと言ってアレはやばいぞ? っていうかミスにしてはおかしくねえか?)
明らかに七高選手がオーバースピードだ。
いくら先行している摩利に意識を向けているからと言って、のっけからこの大ポカはおかしい。
次元を超えて念を飛ばしたのは、もはや条件反射のレベルの行動だった。
「このままじゃフェンスに……あ、渡辺先輩が反転を!」
(なるほど、七高選手をボードから引き離し、そして受け止める緊急措置か。)
背後を走る選手の異変を察知してすぐに救助行動を取る冷静さ。
七高選手は暴走状態のボードから離され、後は慣性中和魔法を掛けて受け止めるだけ……誰もがそう思った。
その時だった。
紫輝の身に『報せ』が届き、それと同時に摩利が乗っているボードが一瞬だが不自然に沈んだのは。
一瞬の波だが、摩利の姿勢と集中を乱すには十分な強さ。
……次の瞬間には、この場に居る全員、ほぼ誰も予想できなかった最悪な状況が目に入っていた。
ボードから引き離すために使った移動魔法の慣性を中和できず、更に受け止める姿勢も取れずにそのまま二人は激突。
耳を塞ぎたくなるような音と、内にまで響く衝撃と共に摩利は七高選手共々フェンスに叩きつけられた。
一瞬の静寂の後、会場は一気に騒然となった。
レースは即時中断、すぐさま救護活動に入るスタッフたち。
達也も周囲に居る皆に現場に向かう旨を伝えて足早にその場を離れていく。
そんな悲鳴や怒号の喧騒、はたまた一部の恐れが入り混じるこの空間で、唯一紫輝だけは無表情だった。
『(……いたんだな? 人為的なヤツが)』
『(ええ。 詳細までは特定できなかったけれど、あの気配は明らかに人によるもののソレね。 不自然なオーバースピードも含めれば……もう明白ね)』
『(唐突に頼んだのはこっちだ、それだけやってくれれば御の字ってヤツさ。 緊急配置した使い魔は通常ルーティンに戻してくれ。)』
諜報担当への念話を終えると、紫輝は静かに舌打ちする。
まさかこんなに早く仕掛けてくるとは思っていなかったところでこのザマ。
普段は見せない『苛立ち』を紫輝は隠そうともしなかった。
ネヴァンの使い魔による調査は即席なので、詳しいことは当然分からない。
特に、あの『不純物』が何者の手によるものなのかは憶測でしか語ることは出来ない。
しかし、この九校戦に人為的な妨害が入っていることは逸早く明らかにすることが出来た。
(随分と手の込んだ、、それでいてみみっちいことしやがって……。)
その無表情の内にある純然たる怒り。
自身の先輩に当たる摩利が巻き込まれたことに対するものが半分。
もう半分は、影からコソコソとこの人道から外れている行為をする陰険さに対するもの。
それを自身の中できっちりと抑え込み、紫輝は深雪達と共にその場で待機していた。
バトル・ボード準決勝第2試合は事故発生により中止、摩利の棄権と七高選手の棄権で3位決定戦に進めんだのは第1試合の選手のみとなった。
二人だけの3位決定戦に参加した一高のもう一人の選手、小早川景子が3位に入ったのでポイントはそれなりに稼げた。
更に、アイスピラーズ・ブレイクでは男子は克人が、女子は花音がそれぞれ優勝したので、前半戦はそこそこのスタートと言える。
ただ、最有力とされた摩利が事故により5位で終わってしまい、更にミラージ・バットも棄権を余儀なくされたのは本人もかなり堪えていた。
肋骨が折れたことにより全治一週間、更に十日は激しい運動が禁止と診断されたから無理はない。
そして、あの場にいる大半の人間に衝撃を与えた事故だが……ネヴァンによる索敵を行った紫輝以外にも人為的ではと疑う人間は当然のように存在した。
病院に搬送された摩利に付き添っていた真由美もその一人である。
あの時の摩利の足元には魔法特有の不連続性があり、更にレースをしていた3人は誰もそんな魔法は使っていない。
そうなれば、第三者による妨害があったという結論に至るのは自然の流れだろう。
それについては達也も同意見で、現在映像による水面の解析を行っている最中だ。
この妨害は、もはや一高だけの問題ではなく、九校戦……いや、魔法科高校全体に関わるほどの問題だから、その解明に全力を注いでいた。
ちなみに、逸早く故意的に発生させた事故だと察した紫輝はその先……要するに、発生原因の方を探っている。
とはいえ、少なくともどこの誰がやってくれたのかは暫定の段階までは来ていたが。
(普通に考えれば無頭竜が仕掛けたのが濃厚だろ……。 こいつらと九校戦を結ぶ線はまだねえが、犯罪シンジケートならいくらでも思いつく)
九校戦に対するテロと考えれば、すぐに思いつく理由の1つは反魔法師活動だろう。
この競技会はいわば、日本の魔法師の卵たちによる祭典。 そんな華やかな舞台を狙えばこの国の魔法師社会に対するダメージは決して少なくは無い。
ただ、無頭竜が反魔法師組織であるという情報が無いのでこの線ははっきり言うと微妙なところである。
それならば同じテロでも日本の国力を落とすことを狙っての方がまだ合理的な理由になる。
そしてもう1つ、紫輝の中ではとある仮説が浮かんでいる。
いわゆる『梃入れ妨害』というものだ。
紫輝が散々やりこんだレースゲームの中で、敵車の順位が固定化されているもので遊びがてらやるものと根は同じ行為と言える。
ただ、『お遊び』の範囲のそれとは違い、今回の妨害工作には単純だが強い理由が発生しうる。
端的に言ってしまえば、『金』である。
九校戦のような競技会で非合法に賭博を行い、少しでも不利になるようなら妨害による外部操作を行う。
特に今回の九校戦も一高は堂々の優勝候補1番手として取り上げられていた。
そうなれば、その賭けでより稼ぎを出したい者たちからすれば目の上のたん瘤でしかない。
この可能性も所詮は机上の空論に過ぎないが、それでも現実味はある。
まあ、どちらの理由にせよこの事故で終わりということはまず有り得ない。
早々に手口を見抜かなければ同じことが繰り返されてしまうだろう。
「ということは、紫輝の見立てでは妨害に用いたのは悪魔ではなく精霊だってことだね。」
「ああ。 悪魔を使ったにしてはやることがみみっちいし地味過ぎる。 姿を一時的に視認できなくなる悪魔はいるにはいるが、そいつの特徴も見られなかったからな。」
「それに、魔法による不連続性が確認されていたとのことだから悪魔の可能性はほぼゼロ……そうだね、僕も同じ見解だよ。」
競技が終わった後に紫輝と幹比古は密談まがいなことを行っていた。
達也は明日からの新人戦の準備に追われているので、事後報告を行う形で手を打ってある。
「後は不自然な七高選手の減速ミスだが……これもどう考えたって細工が行われてるだろ。 レースカーの足回りやCPUを弄るかのようにCADに細工を行うくらいじゃねえと有り得ない現象だ。」
「九校戦に出るレベルでそんなミスをするわけがない。 まあ、これは大体の人がそう思ってることだったね。」
いくら学校の覇権に関わるところがあって緊張していたとしても、そんなミスをするような不安定な人材はまず選ばれないだろう。
摩利との接戦で焦ってという線も考えられなくはないが、それならば減速のタイミングが遅くなる方が自然だろう。
あの減速と加速の勘違いから起こったミスに見えるそれは、どう考えても細工の臭いを消し切れていない。
「で、誰がいつ細工をしたのか……これはいくつか候補があるな。 一番有力なのは大会委員、CADの規定チェックとかそういうところでやってんじゃねえか?」
「達也もそう言ってたよ。 言われてみれば確かに有り得そうだけど、そうなると決定的な証拠を掴むのがかなり難しいんじゃないかな……。」
「流石にそっちに偵察飛ばすわけにも行かねえからな……。 バレないとも限らんし、そうなったら色々と本末転倒だ。」
使い魔を用いた偵察がバレてそっちが問題になったら元も子もない。
非常に歯痒いが、こちらは後手に回らざるを得ない状況だ。
最悪ルシファーに頼んで潜入捜査用の人員をよこしてもらうことも考えたが、それもそれで気が引ける。
悪魔が絡んでいる可能性が低い事柄に彼を関わらせると後が怖い。
更に言うなら、紫輝自身が下手な関わり方をして仮面の悪魔狩りということが判明、そして下手に広まってしまったら、今度は悪魔を用いた報復を警戒する必要性に駆られるだろう。
相手が人造悪魔の技術を持っていると分かっているからこそ、より慎重に事を進めなければならない。
紫輝は確かに対悪魔においては凄まじい力を持っているが、それは決して万能ではないのだ。
潰すにしても、可能な限りリスク……その中でも身内に関するものは可能な限り取り除き、スマートに済ませる必要がある。
「さーて、俺はそろそろリンクに向かうとするかね。 きっちり形にしておかねえとスピード・シューティングの最中に雫に狙撃されかねねえからな。」
「また本人がいたら危ない発言を……。 まあいいや、いってらっしゃい。」
有り得なさそうなのだが洒落にならない発言を上手く流して見送る幹比古。
一応周囲を確認して、当の本人がいないことを確認し密かに安堵しながら部屋へ向かい踵を返した。
リンクに到着して、氷の上に立ってから最初に行うことは基本的に瞑想である。
瞑想とは言っても、別に氷の上で座禅を組むわけではない。
とあるスケーターが瞑想と例えたそれは、コンパルソリーという。
フィギュアスケート競技黎明期では得点の大半を占めていたものだ。
課題となる図形を氷上に滑走することで描き、その正確さを競う競技である。
簡単そうに聞こえるが、スケート靴のブレード1つで全体を支える都合上ほんの些細なズレで滑りは乱れてしまうものだ。
その繊細さは、1トン前後かそれ以上の車体を支えるタイヤのそれに似ている。
今ではこのコンパルソリーは競技から外れ、ショートプログラムとフリープログラムの2つの合計で競うようになったが、今もなおコンパルソリーの重要性を唱える人間は少なくない。
紫輝も、他者に押し付ける気こそさらさら無いがその口の一人であった。
ふとしたきっかけでよりスケートに力を注ぎたいと思った時、真っ先に足りなかったのがスケーティングだと思い至る。
一朝一夕で解決するものではないが、可能な限り能率よく改善したい……そう高島コーチに相談したら、すぐにこの答えに至れた。
『そろそろ基礎に立ち返るのも悪くないぞ』……と。
丁度シーズンが終わった直後(時期的には年明け直後)だったこともあり、クアドトウループの習得と並行して取り組むことは出来た。
とにかく地味で華が無い練習だが、コンパルソリーがもたらした影響というものは予想以上に大きかった。
一番大きいのはエッジに対する認識が大幅に広がったことだろう。
ジャンプ1つの離氷でも、どのエッジに乗っていれば成功するとかそういうことがある程度感覚が養われていた。
また、紫輝がやや苦手とするスピンもかなり能率の良いエッジの乗せ方が理解できたことでレベルは最低でも3で安定するくらいになったのも大きい。
その感覚を養う、という意味でコンパルソリーは『瞑想』、紫輝はそう例えているのだ。
なお、この例えが敬愛してやまないあのスケーターと同じだということを言ってかなり嬉しそうにしていたのは殆ど誰も知る由のないことである。
そんなわけで、昼間のバトル・ボードの事故で静かに憤怒の熱を発していた己を冷却させ、よりまともな熱を帯びさせるためにひたすら『瞑想』に打ち込む紫輝。
それで本来の練習時間が減ってしまっても構わない。 こんな状態ですぐに練習に入っても殆ど意味がないことは経験で理解しているから。
とはいえ、来た時には既に表向きには落ち着いてはいたので、ものの30分……大体5個の図形をキッチリ描く頃には完全に精神状態は出来上がっていた。
ついでに氷の感覚にも慣れてきたので、ここいらで単独要素の練習に入る。
フリーで1回飛ぶだけのクアドトウループはほどほど、ジャンプで最も重視するのは3度飛ぶ得点源のトリプルアクセル。
飛べるようになった時からずっと武器にしていた技なので、あらゆる妥協を調整に挟むことは無い。
他の技ももちろんそのつもりだが、トリプルアクセルは二重にも三重にも念を入れている。
一通りの単発技が納得行くくらいになったところで、そろそろ曲をかけての練習に取り掛かる。
本番では音のタイミングに合わせることも必要になるので、無音の時に出来れば必ず本番でも成功するとは限らない。
否、曲との調和がまともになってきてからが本当に仕上がってきていると言えるのだ。
クールダウンも兼ねて一旦氷から降り、荷物から音源媒体を持ち出そうと歩き出そうとした時点で、紫輝はすぐに歩みを止めた。
静寂なこの空間だからこそ、そしてピアノ線が如く張り詰めた紫輝の状態だからこそ捉えることが出来た。
「おいおい、無断見学は感心しねえぜ? そういうのはちゃんと仲介役を通してくれないとな。」
歩き出そうとしている方向に向けて語り掛ける。
一歩間違えれば危ない人に見えるし、もし誰もいなければ夢遊病認定されかねないがそうなることはまずなかった。
その証拠に、紫輝の声に反応して二つの人影が動いていたのだから。
「ごめんなさい紫輝兄さん、邪魔をしたらいけないと思ってつい……。」
「私たちが出てきたくらいで紫輝さんの集中は乱れないのだから、気にしなくていいと私は言ったのですけれど……。」
現れたのは、一見紫輝より年下に見える男子と女子。
どちらも年相応ながら可憐な容姿を持っており、男子の方は服装以外で性別を判断しきるのは難しいところだろう。
そんな二人の顔を久々に見て、紫輝の表情は普段よりも和やかなものになっていた。
「まあ、何にせよ久しぶりだな……文弥、亜夜子。 わざわざここに来たってことは、何か野暮用でもあんのか?」
「野暮用って言うほど軽いものじゃないですが、むしろそっちがついでです。 紫輝兄さんがここに居るって噂を聞いたので……。」
「折角ですから久しぶりにお会いしたく思い、更に公開前のプログラムを見ることが出来たら僥倖かな、と。」
「はっはっは、お前らも絶妙にはっちゃけるようになったじゃねえか。」
全く本音を隠していない二人に対し、紫輝は照れ隠しとばかりか二人の頭を軽く撫でる。
この双子……文弥と亜夜子は四葉の分家、『黒羽』の長男と長女だ。
四葉全体の中で諜報部門を担当している黒羽家なので、紫輝より1つ下にも拘わらず既に色々な任務を請け負っていた。
そんな背景を持っているので、割と幼い時からより広いステージ、更にオンリーワンな立ち位置で活動をしている紫輝のことを敬っている。
紫輝自身が二人の任務に同行してはあれこれ教え込んだりもしていたので、今では兄的立場としての尊敬という形に落ち着いているが。
ただ、亜夜子は雫や響子同様にスケート観戦を嗜んでいることもあってそういう意味での尊敬も入り混じっている。
そんな兄貴的存在として、また同じ四葉の分家として、ここはちゃんと務めを果たせと軽く叱るべきところなのだろう。
だが、紫輝はそこまで説教臭い人間では断じてないし、説教など面倒。
むしろ、自分に会いに来ることを考えられる余裕があるのは良いこととポシティブな方向に捉えていた。
「それで、このタイミングで氷から一旦離れるということは……曲掛けですよね?」
「正解だ。 まあ、ここは再会を祝してショートの方をコミュ限公開と行きますかね。」
期待を隠そうともしない亜矢子の爛々とした眼を見て、二人にはやや甘い紫輝も折れるしかなかった。
文弥はそんな姉に苦笑いを浮かべてはいたが、その仕草からは隠しきれない待望の念というものがある。
彼も姉に付き合って観戦するので、全く興味が無いというわけではない。
「それじゃあ文弥、音楽を掛けるのは任せるわ。」
「……だね。 じゃあ紫輝兄さん、音源データを。」
「わざわざ悪いな……。 じゃあ、頼んだぜ。」
承認するまでの若干の間、それは文弥なりのせめてもの抵抗の意思であった。
だが、スケート関係になった場合の亜夜子に対して口で勝てるとは到底思えない。
それで紫輝の貴重な時間を割くわけには行かないので、戦術的撤退安定だ。
紫輝から受け取った音源をセットして、可能な限り素早く元の場所に戻る文弥。
その慌てように苦笑しながら、紫輝はショートプログラムの演技を開始する。
……その詳細はここで語ることはあえてしない。 それは後ほど、コロラドにて行われる国際大会デビュー戦にて詳細に記すことにしよう。
ただ、唯一言えることは、現在まだ調整中のこの段階ですら亜夜子だけでなく、文弥の眼が輝いていた……それだけで十分であろう。
「流石は紫輝さん。 これならいきなりジュニアグランプリシリーズ・ファイナルと3連勝も夢ではないですね!」
「おいおい、流石にそれは誇張表現だっつの。 柊もいるし、コロラドから去年の世界ジュニア優勝者とぶつかるんだぞ俺。 ファイナルまで行ったらそれこそシニア行けよってレベルのヤツもいるだろうからな……。 まあ、そのつもりで行かせてもらうけどよ。」
亜夜子の賞賛の声にも増長する気配を一切見せない。
確かに技術的にはそこそこ勝負できるかもしれないが、紫輝には絶対的に国際大会の経験というものが足りない。
戦闘における経験の豊かさが如何に有利に作用するかを理解しているからこそ、紫輝の心に油断や慢心などというものは欠片もありはしなかった。
「最低でも全日本は観戦しますからね。 ふふ、今からチケット手配の手筈を整えておかないと……!」
「手筈って、一体何をする気なのさ姉さん……。」
「……夕歌姉さんとかにも言っておくがな、頼むからそういう無茶だけはしないでくれよ。」
ただでさえスケオタという人種のバーサーカーっぷりは恐ろしいのに、亜夜子や夕歌は下手に『力』があるから厄介なのだ。
しかもそれを許容しているのが紫輝も含めた全員にとってのトップの真夜なのであって……。
一人の身内スケーターの観戦の為に十師族筆頭の力を部分的にとはいえ使う……果たしてこれが四葉としていいのかどうか。
(頼むから別の意味というかスケート界のアンタッチャブルにだけはならないでくれよ……。)
普段は周りを引っ掻き回す役回りの紫輝が珍しく冷や汗を垂らしていた。
これもまた彼の仮面なのである……あんまり持ちたくない、苦労人という仮面。
だいぶ前から出ていた紫輝の上役遂にご登場。
まあ、ベタオブベタですがルシファー閣下でした。
ただ自分、実はメガテン殆ど未プレイなのでかなり違和感がある人物になってると思います。
魔界穏健派筆頭ってところからしてイメージとしてはD×Dのサーゼクスをイメージした方がしっくり来るかもしれません。
後、彼との会話の中で出てきたアビゲイルという名前、これの出展はデビルメイクライです……アニメ版ですが。
後は黒羽の双子まさかの早期登場。 まあ、夕歌姉さん既に出てるのに出さないわけには行かないでしょう。
紫輝についてどう思っているかは、文弥はほぼ達也と同じですが亜夜子は純粋に兄貴分として慕っています。 なお亜夜子も結構なスケオタ設定追加。
四葉は何でこんなにスケオタ浸食率が凄いのかって、それは……ねえ?(謎
長セリフによる紫輝の対プレッシャー自論はコラムにあった現世界記録持ちの彼の言葉を参考にしました。
プレッシャーなんて感じて当然ですし、それを否定したって何も始まりませんからね。