魔法科高校の劣等生 -Masquerade Devil Hunter-   作:スダホークを崇める者

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……大変申し訳ありませんでした。
チマチマと書いてはいたのですが、どうにもストックが溜まる程筆が進まずズルズルと投稿を遅らせてしまいました。
不定期更新と謳ってはいてもこれは流石にダメですね。
執筆欲が薄れているわけではありません。
純粋に筆の進みに波がありすぎるのが原因です。
展開こそ浮かんでいても文章が浮かばないのは本当につらい。

では、10か月ぶりの最新話です。



15. 事態急変、まさかの代役

新人戦4日目、遂に九校戦の2強花形競技のミラージ・バットとモノリス・コードが始まる。

新人戦と本戦が連続して行われるので、否が応にも終盤に差し掛かってきていることを思わせる。

ここまでスピード・シューティングとアイスピラーズ・ブレイク、どちらも女子の方だがワンツースリーフィニッシュの影の立役者である達也はミラージ・バットも担当している。

そんな達也は今、ミラージ・バットの控え室にて少々居心地が悪そうな表情をしていた。

(……やたらと視線を感じるな。)

害意のあるものではないのだが(あったら困る)、それでも好奇の類であるのは間違いない。

さながら動物園の一押しのような扱いを受けた気分だ。

その内心を一切表に出さない辺りは流石は達也と言ったところだろうが。

「その様子だと、自分の事については殊更鈍いってのは本当のようだね。」

全く持って視線を貰う理由が分からず、少々困惑しているところに声をかけてきたのは今回達也が担当する選手の一人、スバルだった。

その表情は面白そうなものを見つけたようなソレであった。

「鈍いと言われてもな……俺としては全く心当たりが無いとしか言いようがないのだが。」

「まあ早い話スピード・シューティングとアイスピラーズ・ブレイク……新人戦女子にてワンツースリーを独占した立役者が気になるってことさ。 同じエンジニアならアレがCADの影響も少なくないことくらいは分かるってことだろう。」

実際スバルの言うことは的を射ている。

しかし、達也としてはそれだけのことでわざわざ自分を気に掛ける理由がやはり分からない。

そこが鈍いと言われる所為なのだが。

「でも実際、このCADを使えるとなれば負ける気はしないね。 僕もこの恩恵にあやかって予選突破させてもらうとするよ。」

「強気なのはいいことだが、油断だけはするなよ。」

「分かってるさ。 どんなに性能がいいCADでも使い手次第で悪くも転がりかねないからね。 油断も慢心もしないよ。」

達也の念入りの釘差しにスバルも表情を引き締めていた。

どちらかと言えば妨害工作を気にしての言葉だったが、それで油断や慢心の類を改めて振り払えてるから尚良し。

「それに、そんな理由で予選敗退なんてしたら獅燿君に何を言われるか分かったものじゃないのもね。」

「……言いたいことは分かるが、アイツはそこまで冷徹に言い放つタイプではないぞ?」

「確かにそこはそうだけど、逆に軽い口調で毒矢を放ってくるから怖いのさ。 あ、これ本人には内緒だよ?」

まさかここでも紫輝の話題が出てくるとは思ってもみなかったが、普段の顔は影で交友関係を築くタイプなのでそこまで意外ではなかった。

そして、スバルの言ったことは実際に有り得るというより、ほぼ確実に起こり得ること。

ただそれは本人が普段から勝ち負けの厳しい世界に身を置いてるからこそであり、更にそういうことを忠言するということはそれだけ気にかけているということ。

そこを考慮すると、割かし面倒な性質とも言える。

……なお、予選の結果の方だがスバルはほのか共々何も問題なく予選を突破することが出来た。

片や光に対する感受性の強さから他選手よりワンテンポかそれ以上早く反応できるほのか。

もう片やクラウド・ボールで見せた認識阻害で思わぬところから現れて点を荒稼ぎできるスバル。

少なくとも並のレベルで止められる布陣ではないだろう。

それに加えての達也お手製のCADとなれば、月並みな表現だが鬼に金棒、向かう所敵なしだ。

達也も予選ではそう苦戦は無いと見ていたが、それはまさにその通りだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

丁度同じ時間。 終盤に差し掛かった九校戦会場の熱気が届くか届かないかと言った距離。

それも思いっきり山の中、更に言うと登山をするとは思えない格好で紫輝は歩いていた。

「(全く、仮にも霊峰富士に置くとはどんだけ罰当たりなんだか……。)」

幹比古に聞いたところ霊験あらたかと言えるその地に置く辺り相手も空気が読めないというか何というか。

まあ所詮は犯罪シンジケート、そういう空気が読めたらこんなことはしないだろう。

説明が遅れたが、紫輝が何故九校戦会場の富士演習場からわざわざ日本が誇る名山に移動しているのか。

それは早い話、今朝方に眠気覚ましとばかりにネヴァンの偵察と感覚同調を行っていたことが原因だったりする。

本当にそれとなく会場から離れて富士山の方の探索を行ったら、数日前と同じ感覚が走ったのだ。

どこかオイルというか機械というか、そういうデジタルな悪魔の臭い。

嗅覚こそ届かないが、第六感という名の鼻はここぞとばかりに利いていた。

そして達也と幹比古にだけ一言伝えておいて、今に至るというわけである。

『それにしても、何で魔法で競うのにあのようなまだるっこしいことをするのろうか、コレガワカラナイ。』

『兄者、それはまさにアレだ。 こまけえことはいいんだよ!……というものだ。』

背中の双剣が何か下らない事を言っているが、意に介さない。

反応を示したら最後、泥沼に嵌るのがオチだからだ。

(っていうかどこからそういう知識得てるんだこいつら……染まりすぎだろうが。)

というより、紫輝と契約している悪魔は1体を除き俗世に寄っている。 気がする程度ではなくこれは事実だ。

最も武闘派のベオウルフも1世紀ほど前に流行ったネタを口走るレベルなのだから、汚染度はそれなりだろう。

まともなケルベロスですら理解がある。 ネヴァンは語彙力に乏しいアグニ&ルドラに口添えしてる始末。

……これが裏で恐れられている仮面の悪魔狩りの契約悪魔たちの現状だと知ったらどのような反応がなされるのやらか。

『おい紫輝、何を溜息を吐いている? 早く紛い物共を叩きに行くぞ!!』

「お前は気楽でいいな、ベオウルフ。 ……まあいい、俺も割と溜まってたからな……ここでいっちょ発散と行こうか。」

そんな紫輝の心境を知ってか知らずか……まあ知らないだろうが、早急の掃討を進言するベオウルフ。

ただ早く暴れたいだけ魂胆は見え見えだが、紫輝も一種の欲求不満状態だったのだ。

ちなみに言うまでもないが、今回は魔具でアグニ&ルドラ、ベオウルフを連れているが憑依は一切なし。(カーネイジ&ルナティックは当然持ってきている)

それにはちょっとした理由があるのだが、すぐに分かることだ。

「……居たな、季節外れの燃焼系ワンコ。 飼い主も騎士様と豪華仕様か。」

気配を察知、音を可能な限り殺して見晴らしの良い木の上を陣取る。

眼下には頭から炎が見える犬のような異形と、犬の先導役としては随分と荘厳な鎧が居た。

呑気に集団で犬の散歩をしているような光景にはまず見えない。 見えたらそれこそ眼科案件である。

この2種類こそが今回の討伐対象だ。

犬の方は『バジリスク』。 カットラスやグラディウス同様に複数種類の悪魔を合成した人工悪魔。

そして鎧の方は『ビアンコアンジェロ』。 こちらは鎧に大量の悪魔から抜きだした魂をごちゃ混ぜに憑依させたタイプ。

どちらも過去に紫輝が対峙したことがある種類で、グラディウスにカットラスと続いたことでルシファーが語っていたあの教団の影についてはまんま当たった。

そんなことを考えながら、紫輝はまず挨拶代わりに丁度逆側を向いて隙を晒している1体のバジリスクにカーネイジの銃口を向け、そのまま2発ほど連射発砲する。

完全な不意打ち、更にそこまで勘がいい悪魔でもないので2発とも命中するが倒し切るには至らず。

しかし、そもそもこの奇襲で倒すことは考えていなかった紫輝は既に次の行動に移っていた。

右腕に久々に装着した汎用CADをフリーハンドの左手でノールック操作。

刹那、紫輝の姿は一瞬で木の上から地上の茂みに移動する。

銃声と茂みに隠れた際の物音、どちらもタイムラグが少ないので撃たれたバジリスクだけでなく他の悪魔も完全に困惑していた。

混乱を拡大させたら、いよいよ奇襲開始。

バジリスクは燃えている頭を弾丸のように打ち出して攻撃する、その上無駄に協調性を発揮して集団一斉に。

ビアンコアンジェロは上位個体がいないので個々の行動だが、そこそこ強靭な盾を持っている上に空中浮遊も可能。

どちらかに手を焼けば泥沼になるのは必至。

ならば、片方を全滅させるのが効率がいいだろう。

幸い、今の魔具……アグニ&ルドラとベオウルフならばどうとでもなる。

「まずはてめえらだ、ちょいとおとなしくしてろよ!」

自己加速を再度発動して茂みから抜け出し、付近にある大樹の枝へ。

この過程で更に背負っているアグニ&ルドラを投擲する。

その際にビアンコアンジェロの方が先に紫輝の移動に気付くが、その時点で既に紫輝は枝に接地している状態になっていた。

そこから更に地表に向けて自己加速。 そしてベオウルフのチャージを開始する。

ビアンコアンジェロは迎撃態勢に入る……が、即座にそれは妨げられた。

2度目の自己加速の直後に紫輝は左腕のCADのキーを走らせ、更なる魔法を発動させていた。

1体のビアンコアンジェロは頭が揺さぶられるような感覚に陥っていた。

『幻衝(ファントム・ブロウ)か。 というか、もう使ってもいい状態になっていたのだな。』

『兄者、解説してる暇があったらちゃんと足止めをしてくれ。』

紫輝が使ったのは、アグニの言った通り『幻衝』。

単純な想子の衝撃波を頭部に打ち込むことで脳震盪を起こしたと錯覚を起こす。

更に言うならば紫輝が使ったのはただの幻衝ではない。

とはいえ、想子の衝撃波に攻撃性を増幅させるよう霊子を加えただけなのだが。

早い話が彼のペルソナ、ウェルギリウスが得意とする幻影剣の簡易版となっているのだ。

この改良に思い至ったのはカーネイジ&ルナティックの基本機能、弾丸への霊子ブーストからだ。

通常の幻衝でもスケアクロウくらいならば効き目はないわけでもないが、今回は中級相当、念には念を入れた。

当然霊子を使うということは精神を摩耗させるに等しいが、些細な量なので超が付くほどの長期戦にならなければ問題は無い。

そして後2体いるビアンコアンジェロについては、投擲したアグニ&ルドラの波状攻撃でこちらへの迎撃を妨害。

この2刀、双子だからか魔具になると互いが互いを引き寄せあう某夫婦剣と同じ特性を持っている。

その特性を利用して、時には自身で動かしはたまた引き寄せられる流れそのままに移動したりで変則な軌道を描き、見事2体のビアンコアンジェロの動きを封じる。

バジリスク達については、迎撃よりも紫輝の方が明らかに先んじているのでその後はもはや決まりきっていた。

『「Go to hell!!(地獄に落ちな!!)」』

紫輝とベオウルフの双方からの絶叫、そして紫輝はチャージしていた右腕の篭手を地面に叩きつけた。

ブランシュ事件のテロ鎮圧時にも用いた範囲攻撃。 地面を派手に殴りつけた振動を大幅に強化し同時に光熱を発する『ヴォルケイノ』という技能。

しかも今回は攻撃態勢に入る際に霊子をチャージすることで威力を更に上増しさせていたのでその破壊力はかなりのもの。

周囲に群がっていたバジリスクは軒並み蒸発、更には幻衝(ファントム・ブロウ)の影響で動けずにいたビアンコアンジェロも余波で吹っ飛ばしていた。

「ありゃま、ちょいとやりすぎましたかな……っと!!」

『ならばやるべきことは一つ』

『素早く追撃あるのみだ。』

頃合いと見て戻ってきたアグニ&ルドラを両手でキャッチ。 丁度いいとばかりに吹っ飛んでいったビアンコアンジェロを追尾する。

1つの指だけでCADを強引に操作して再び自己加速。 いい加減余波の慣性から立ち直りかけていたビアンコアンジェロに肉薄し、ベオウルフの具足が装着されている右足で蹴り上げられる。

そこへ更に空中への加速で追尾して再度追いつき、両手のアグニとルドラで空中で舞うがごとく斬り付ける。

二度、三度、四度……下級悪魔ならば既に逝っているであろう猛攻。

だが、そこそこに頑丈な白銀鎧の悪魔は耐え抜いていた。

周りの同類に襲撃者に報いを与えろと目配せしようとしているが、どっこいこれで猛攻が留まるはずがない。

如何にも楽しんでいる風な、満面の笑みの様子からして一目瞭然だ。

「小奇麗過ぎるから泥でコーディングしてやるよ、感謝しな!」

アグニ&ルドラをハンマーのように用いてビアンコアンジェロを打ち落とす。

重力の影響を加味してもかなりの速度でビアンコアンジェロは墜落、地面に叩き付けられるどころか勢い余ってバウンドしていた。

『締めは3枚下ろしだ。』

『待て兄者、このまま行ったら単に3分割しただけになるのではないか?』

「っていうか人の台詞取るなっての。 後分割じゃなくて代価は腕2本、ってヤツな。」

双子のコントもそこそこに、トドメの二刀による両腕落としで締める。

一度叩き落したのは自身も落下の恩恵に与り、トドメの威力を増加させるため。

これまでの蓄積ダメージに加え両腕を落とされるという深手を負ってなお白銀の鎧が立っている道理などあるはずなかった。

(……第1段階はようやくクリアってことでいいのかね。)

ここまでの過程で一種の手応えを紫輝は感じていた。

全くいつも通り、特に何かが乱れることもなく自分らしい、いつも通りに戦えていた。

今回の狩りは、まさにそのいつも通りが何より大事なのだ。 半ばテストとも言っても過言ではない。

そんな思考から現実に立ち戻ったのは目の前に白銀の槍が2本迫っていることに感づいた時だった。

「おっと、そういうのは騎士道精神に反するんじゃねえのか?」

身も心も純粋な悪魔に対して言っても仕方ないことだが……。 不意打ち自体は咄嗟に取り出したカーネイジ&ルナティックで弾く。

怯んだ一瞬のタイムラグで更に双方より3連射するも、オートモードが如く盾でガードされる。

が、それすらも狙い通り。 盾を構えた瞬間に自己加速で背面を取り姿勢を低くして足払いを放つ。

2体同時に仕掛けたツケか、同時に絡め取られ転倒する。

中級、更に人造と言えどその行動原理はAIと言っても差し支えないので却って対策がしやすい。

「『『Ashes to Ashes, Dust to Dust!!(塵は塵に、灰は灰に!!)』』」

そして転倒という盛大な隙を晒した2体には、アグニ&ルドラの魔具形態で放たれる最強技、『ツイスター』をお見舞いしてやる。

アグニの炎熱、ルドラの旋風が混ざった竜巻で打ち上げられ、その過程で燃やされては切り裂かれて。

以前より範囲こそ小さいが、紫輝の技量が上がったのかその分威力を集中させることが出来ている。

それでも虫の息とはいえ生き延びたので、トドメは紫輝自身が移動魔法で跳躍、片方は回し蹴り、もう片方は踵落としを浴びせる。

更に無駄にタフなことに下に落下した個体はまだ生きていたので、カーネイジ&ルナティックによる銃弾の雨でトドメを刺した。

「人造なら低級がいねえから退屈にはならなくていいな。」

『その割にはまだ暴れ足りないように見えるが?』

『というかこれくらいで紫輝が満足するわけなかろうに。』

やかましい、といつものように柄同士をぶつけるが、実際まだまだ満ち足りない。

ベオウルフも黙ってこそいるが同じ状態のようで、まだまだ暴れたいと言わんばかりに籠手と具足を光らせていた。

……そんな状態の彼らの目の前に、まさに飛んで火にいる夏の虫と言わんばかりに新たな悪魔が表れたのはまさに幸運と言えた。

「ははは、いいぞいいぞ。 食べ放題ってわけだな!」

何とも物騒な食べ放題だが、本人が楽しそうなので誰も突っ込まない。

そんなこんなでこの時だけはサブ目的である九校戦の観戦を完全に忘却して嬉々と悪魔を狩っていく。

今の今まで抑圧されていた分、その暴れっぷりも一層激しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きっちりフラストレーションを発散してスッキリしたのか、帰りの足取りも軽かった。

結局追加で出てきた悪魔は山岳地帯だったからかブレイドのみ。 しかし現状で既に幻衝などの無系統魔法と組み合わせて戦えるなら問題ない相手だった。

元々無くても問題ないのに、更に手札が増えれば楽になるのは当然のことだが。

……というのも、今回の悪魔狩りには『如何に現代魔法も用いつつ魔具を影響なく使えるか』というテストも含まれていたのだ。

手札の多さを武器とする紫輝にとってはまさに死活問題だ。 別に彼は現代魔法を蔑ろにするつもりは全くない。

まだ干渉力・キャパシティの都合上使い慣れた自己加速、そして適性が高い無系統の幻衝くらいしか使っていないが思ったより行ける、という結果。

不自由な点はまだあるが、それすらもその内解き放たれる時は近いだろう。

ただ、反省点も浮かんでいる。

(どうにも得物の関係上汎用CADの操作がやりづらい。 雑魚相手、または奇襲なら問題はねえが……。)

何度も自己加速、移動魔法、幻衝でCADのキーを叩いたがタイムラグは決して小さくは無い。

使えるものは何でも使うことを信条としている紫輝からすれば使わないという選択は無いが無視できない点である。

(カーネイジ・ルナティックに他の術式を入れる余裕は皆無。 ……誰でもいいからいっそスイッチに手を触れなくても操作できるようなCAD作ってくれ、言い値で買ってやるから。)

割と無さそうでありそうなことを最後に反省タイム終了。

とはいえ、成果そのものは上々だし、この反省点も後々達也やもう一人(一人と数えていいのかは分からないが)の半専属技師に打診すればいい。

そもそも、このテストは『解除』の時を見定めるという意図が大きいのだ。

(後はアレを制御できるかどうか……と、色々上々で機嫌よく帰ってきたはいいのだが。)

何やら一高勢力は慌ただしかった。 完全にデジャヴだ。

しかし、今回は更に深刻な事態なようだ。 あちこちで聞こえる話でそれは察することは出来た。

紫輝はいつもの気配同調スキルでスイスイと一高の天幕に到着。

早速目に入ったのはこちらも何やら穏やかな雰囲気ではない4人であった。

「あれは明らかに故意、明確なルール違反だよ。」

「雫、まだはっきりしない内に断言しては駄目よ。」

「そうですよ、北山さん。 確かにただの事故とは言いづらいけれど、無暗に決めつけたらその憶測が一人歩きでいつの間にか事実になってしまうかもしれないのだから。」

ヒートアップしているのは雫で、それを深雪と真由美が宥めるというか諫めている。

それを聞いている達也は何か考え込んでいる様子だった。

(まあ、モノリス楽しみにしてたんだろうから憤りもより強しってところだな。)

紫輝は雫に同調ないし共感。 確かに二人の言うことも間違ってはいないがその静かな怒りは当たり前のものだ。

何があったのか。 早い話が、モノリスコード予選、しかも一高の試合で不正が発生した。

相手は四高、ステージは市街地。 スタート直後いきなりそれは発生した。

一高のスタート地点のビル廃墟に対して、破城槌という対象物の一面に対して加重を発生させる魔法が使われた。

その対象内部に人間がいる場合は殺傷性ランクはAに跳ね上がる、使い方次第で一気に危険性が増す。

当然このシチュエーションもそれに当てはまる。

結果、一高の選手3人は不意打ちで建造物の瓦礫の下敷きとなり重症。 リタイアとなってしまう。

「紫輝、お前もこの騒ぎを聞きつけて来たのか。」

「イエス。 戻っていきなり耳にすりゃあ気にもなるさ。」

「本当は紫輝君ここにいるのどうかなーって思わないでもないけど、まあ今更よね。」

全く同じことを思っていたのか、雫と深雪もしきりに首を縦に振っていた。

まあ、入学してから4ヶ月紫輝はこの気配同調スキルはそれなりに乱用しているのでいい加減周りも慣れてしまったのだろう。

それも変なことには一切使わず、せいぜい極々稀に深雪が悪戯の被害に遭うくらいだから咎める程でもないのだ。(当の被害者は流石に怒ってますよアピールはするが、結局は思う壺なのである)

そんなやり取りの後、真由美は達也だけを連れて場所を移していた。

恐らく、表沙汰にしたくない……例えば、春のテロとの関連性などについての相談だろう。

ならば、自分の役割はもう1か所の火消しだ。 その為にこちらも場所を上手く移しつつ話に入る。

「とりあえず雫、気持ちはよく分かるが一旦落ち着け。 確かに事故と扱うには苦しいにも程があるのは事実だが、冷静に考えろ。 こんな失格確定のオーバーアタックをするメリットが四高側にあるか?」

まだまだ熱が収まらない様子の雫を論理的に諭しにかかる。

部分肯定から入り、明らかに不自然な箇所の議論から始めていく。

そもそも紫輝の中で結論は出ているが、それはそれだ。

「……確かに破城鎚を使ったことは不自然。 でも、明らかにこっちの場所が分かってたかのように狙い撃ち出来たのは? フライング以外考えづらいよ。」

「確かに、普通に見ればフライングで座標を捉えなきゃ無理だろうな。 だがこれも変じゃねえか? いきなり座標が分かってるが如く立ち回ったらそれこそ不正してますよって自ら伝えてるようなもんだ。」

「そうね。 少なくとも先制攻撃を仕掛ける、なんてことは普通はしないわ。」

不正をしているのならば、少なくともそれを悟られないようにかつアドバンテージを得るように立ち回るもの。

そもそも失格が最悪の結果であることは言うに及ばない。 一高を沈める目的が仮にあったとしても自分たちも道連れではまるで意味は無いのだ。

「でも、事故でもなければ四高側の故意でもない。 じゃあ……第3者?」

「ま、そういうことだと思っておきな。 後は達也とか七草先輩がどうにかする。 それに、好奇心は猫を殺すって言うだろ?」

「それと、下手に広めては駄目よ。 さっきも言ったけれど、証拠は無いし変に懐疑心を煽ったら九高戦自体が中止になりかねないのだから。」

まあ、この状況で中止も何もないけどな……と紫輝は内心で苦笑していた。

まだ仮定の段階だが、もし賭博を巡った横槍ならば九高戦そのものの中止はあくまで最終手段だ。

そんな大それたことを狙うということは利潤を捨てることと等しいのだから。

その後については、現在やっているモノリス・コードの予選については特に興味はなかったのだが1戦だけ見物した。

たまたま三高の試合だったのだが、案の定というべきか面白味はまるで無かった。

三高の圧勝なのは結構だ。 しかし、その内容は欠伸が出るほど退屈なもの。

内心で紫輝はこう思った。 初見での見立ては全く持って間違ってはいなかったと。

ミラージ・バットの方は予選で見れなかった分見ていこうと思ったので、時間つぶしも兼ねて一旦は会場から離脱。

真昼間のリンク利用なので一般客に紛れる形だが、気分転換の意味合いが強いので問題は無い。

競技用プログラムの熟成度は紫輝基準でそれなりなので、後はピークの調整といったところか。

(……いっそのこと、達也が出ちまえばいいんだがな。 十文字会頭辺りが交渉しないもんかね。)

本人からすれば洒落にならないことを、滑りながらぼやいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新人戦ミラージ・バット決勝でもほのかとスバルは完全ツートップ無双状態であった。

ほのかだけでなく、スバルも同じく3位以下に差をつけているのは本人の能力だけが要因ではない。

ミラージ・バットという競技は基本的に空中のホログラムに向かって跳躍してステッキで打って足場に戻りの繰り返しだ。

一見華やかに見える競技だが、その実競技時間の大半で魔法を発動させるので相応のスタミナが要求されるタフな一面もある。

その際に必要になってくるのは選手自身のペース配分、そしてCADのソフト側の性能だ。

特により効率的な起動式は、想子の燃費向上と発動速度に大いに貢献するので比重が大きくなる。

達也が手掛けたCADがまさにソレで、更に念押しとばかりに理性的なペース配分を口酸っぱく伝えているので終始場を支配していた。

細かいがそれでも大きな差に、他校のエンジニアは思わずトーラス・シルバーという単語を出してしまう程だ。

……なお、その何気ない発言のせいで1名がその正体に感づいてしまうのだが、それはまた別の話。

これで達也がエンジニア担当となった競技は全て上位独占と、普通に考えれば表彰物の実績を上げることとなった。

ただ、これぞまさにアマの大会にプロが混ざるようなものと紫輝は内心でボヤいていたが。

この功績は大きく、モノリス・コードが棄権という状態にあっても新人戦において準優勝は確保できる状態だ。

……が、まだまだ状況は落ち着かないようだ。

紫輝と雑談していたところで、達也は真由美に呼び出されたのだから。

ここで既に紫輝は何が起こるのかが想像が出来た。 そして、また自分の他愛もないぼやきが当たってしまったことも。

(……紫輝は合点が行ったような顔をしていたが、一体何の呼び出しなのだろうか。)

場所は一高のミーティングルーム。 重鎮と呼べる面々が勢ぞろいしている。

が、その事実が達也を余計に困惑させていた。

そんな内心を汲んだのかは分からないが、最初に切り出したのは呼び出した張本人であった。

「お疲れ様。 現段階で新人戦の準優勝が確定したのは紛れもなく達也君、貴方のお蔭よ。」

「いえ、選手が頑張った結果です。 自分は何もしていません。」

相変わらずの謙遜振りである……と言いたいところだが、あくまで本題ではないことを理解した上だ。

このような前振りから入るとなると、考えられるのは……。

(……まさか、な。)

あの時の立ち去り際の紫輝の表情を思い出す。

あれは合点が行ったものでもあったが、どこか興味津々なものも混ざっている。

そこから推測するが、流石にそれは有り得ないだろうと内心で首を振る。

「モノリス・コードを棄権したとしても当初の目標である新人戦準優勝は達成できる。 ……けど、ここまで来たらつい欲が出てしまうの。 三高の一条君、それと吉祥寺君のことは知ってる?」

更に続く言葉に、達也は己の予感が当たったことを確信した。

ここでモノリス・コードに出場している三高の二人の名が出てくるということは、そういうことだ。

とはいえ、話の腰を折るわけにはいかないので二人のことは知っている風に答えておく。

「あの二人が居る時点で三高がモノリス・コードを取りこぼすことはほぼ有り得ないわ。 でも、新人戦優勝を狙うにはそれを阻止しないといけない。 ……だからこそお願いしたいの。 達也君、モノリス・コードに代理として出場してくれませんか?」

予想通り。 的中してもそこまで嬉しいことではないのだが。

とりあえず、達也は懸念事項と疑問をぶつけることとした。

「基本モノリス・コードは代理は認められていませんが、そこは交渉したのですか?」

「ええ、十文字君のおかげで認めて貰えたわ。 事態が事態だからってことで。」

これはまあ予想通りの回答。 そもそもルール違反(他者の介入ありだが)の被害に遭ったことが原因、かつその状況を観客含むあらゆる人間が見ていたので認めるのが妥当とも言える。

ならばとばかりに一番の疑問を発する。

「次に、何故自分が白羽の矢に立ったのでしょうか。 適任なら他にもいると思うのですが。」

「実戦ならば君は間違いなく1年でも最強だ。 これだけでも十分な理由だと思うが?」

先んじて答えたのは摩理。

4月の半蔵との模擬戦、勧誘期間に始まり、達也の実技では到底測れない実力の片鱗を見ているからこそだ。

その回答には同席している桐原、服部も頷く。

「モノリス・コードは実戦ではありません。 実技の面でディスアドバンテージがある自分にとっては荷が重いです。 それに、自分はあくまで技術スタッフで選手ではありません。 選手として選ばれた人間を差し置いて代役として選ばれるのは後々しこりを残しかねないと思いますが。」

更に加えるならば、1競技しか参加しておらず余裕のある者も残っているはず。

確かに、そんないわば控えの人間たちを差し置いて自分が参加すること、それ自体後々影響が出てくるかもしれない。

一見正論らしい正論を重ねている。 現に真由美や摩理は二の句が告げずにいるのだから。

しかし、世の中正論を振りかざしていればいいわけではない。

今の達也は、自身の現状を振りかざして逃げているとも捉えられる。

……少なくとも彼にとってはそう見えたようだ。

「甘えるな、司波。」

先ほどまで静観していた克人が達也の説得に参加する。

……否。 説得というよりは諫めているとも言えるか。

「リーダーである七草がお前ならばと判断して、俺たち幹部陣もそれに同意したのだ。 技術スタッフであろうと選手であろうと関係なく、お前は我が校の代表だ。 補欠(二科生)であることに甘えずに義務を果たせ。」

半ば逃げ腰の達也に対して真っ向からぶつかる克人。

特に最後の補欠という言葉を聞いて、半ば反射的に紫輝がよく口にする言葉が浮かんできた。

(……確かに、こんなことを言っていたらアイツにどやされるな。)

彼が嫌うものの1つ、それは弱者の立場に甘えること。

まさに今の自分がそれであることに気付き、達也もようやく覚悟が固まったようだ。

「……分かりました。 義務を果たします。 ですが、残りの二人についてはどうするんですか?」

「そのことならば、お前が決めろ。 既に命運はお前に託したのだから、残りの二人については好きに決めて構わんぞ。 責任は俺が取る。」

てっきりそこは代役を決めていたのだろうと思っていたが、それはそれで好都合だ。

達也の中ではすでに残りの二人は決まっている。

「では、選手以外の生徒の選出は構いませんか?」

「え、達也君流石にそれは……。」

「それも構わん。 今更例外の1つや2つ増えても変わらんからな。 説得ならば俺が行くから気兼ねする必要はない。」

真由美がちょっと難色を示すも、克人は特に表情を変えずに了承していた。

これには流石に真由美以外にも表情を変える人間がいるが、克人が責任を取ると言っている以上何も言えない。

……まあ、1名面白そうな表情をしている者もいるわけなのだが。

「では、1-E吉田幹比古、同じく1-E西城レオンハルトで。」

「分かった。 中条、手配は任せた。」

「は、はい!」

代役の手続きをあずさに任せ、克人はレオと幹比古の元へ説得に赴くのだろう。

まあ、説得というより通告になるのだろうが……。

他の面々はというと、意外そうな表情をする者が大半であった。

「達也君、何故その二人を選んだんだ?」

「男子の練習は見ていないし、試合も観戦出来ていない状態ですし、急ごしらえのチームを組むのは苦しいと判断したからです。 あの二人ならばクラスメイトですしある程度は特性も理解しているので、作戦もスムーズに決まると思ったからです。」

「うーん、でもそれだと紫輝君でもいいと思うけど。 彼なら達也君と付き合いが長いからよりスムーズに事を進められるはずよ?」

真由美の言葉に同じように頷くのは摩利、桐原、服部の3人。

付き合いの長さ故の合わせやすさといい、達也も認める実力。 選ばない理由は無いように見える。

……が、それは彼の一側面……否、一仮面しか知らない者の視点に過ぎない。

「確かにこれが実戦ならば間違いなく紫輝を選びます。 ただ、アイツは確かに立ち回り等のスキルにおいては凄まじいですが魔法における決め手に欠けているので負荷が案外大きいんですよ。 モノリス・コードは魔法でしか攻撃出来ませんからね。」

そう、紫輝はモノリス・コードに参戦するにおいて欠けているのはまさに決め手。

現状でまともに扱える魔法はそれこそ自己加速、そしてまだ見せていない幻衝など。

まあ幻衝や真由美も得意とする想子射出などを用いればある程度は戦えるが、それでも不利は否めない。

撹乱だけならばいくらでもできるのだが……。

……それと、無頭竜の動きを適度に警戒しつつスケートの方も並行して行っている紫輝をこれ以上疲れさせたくないという身内思いな分も大いに含まれているのだが。

何だかんだで深雪に次いで大事にしているのである。

「では、この二人ならば獅燿以上の働きを見せる……そういうことだな?」

「ええ。 何せ、紫輝が太鼓判を押していますし、俺自身も二人の選んだ最大の理由は何よりも実力ですから。」

この時の達也はそれはもう不敵な笑みを見せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、達也の部屋に幹比古とレオが集まるのは必然的流れであろう。

なお、深雪、エリカ、美月の女性陣3人。 更に紫輝も同席している。

「なあ達也、十文字先輩が言ってたことってマジなんだよな?」

「ああ。 俺が選出したという点もそうだぞ。」

まだ完全に現実を受け止め切れていないのか、克人が冗談を言うことは無いと分かっていてもなお野暮なことを聞いてしまっていた。

対照的に幹比古は落ち着きを見せている。 ……それを見て苦笑するのは紫輝。

「幹比古、お前は驚かねえんだな。」

「紫輝がぼそっと言ってたから有り得ないことではないとは思ってたけど……。 どちらかと言えば、元々選手ではない僕たちを選出して大丈夫な方が驚きだよ。」

「だな。 状況が状況だから代役は有り得そうだったし、達也にお鉢が回ってくるのは予想できたがそこまで自由にさせてもらえるのは俺も予想外だったぞ。」

そこを強行でも認めさせる克人の手腕には何とも言えない渇いた笑いを見せるしかなかったが。

「それにしても達也君、何でこの二人なわけ? どっちか紫輝君と替えた方がより楽に事が進むと思うけど。」

「どっちかと言いながら俺を見ながら言うんじゃねえよ……。」

幹比古の復調を肌で感じていること、またバランスも考えればエリカ視点ではそうなるであろう。

しかし、そこを否定するのは達也ではなく本人であった。

「おいおい俺がモノリス・コードとか絶望的に向いてねえから止めろって。 物理攻撃なしでどうやって相手仕留めるんだ? 口で撹乱ならいくらでもやってやるがそれ以上は期待するなっての。」

「それに、獅燿君は疲労も溜まってるから無理はさせられないよ、エリカちゃん。」

それに、紫輝自身モノリス・コードにはこれっぽっちも興味は無いのでモチベーション面の問題もある。

普段から悪魔とのせめぎ合いを楽しんでいるほどの戦闘狂が物理攻撃ご法度の実戦形式でしかない競技にやる気を示すわけがない。

達也はそこも当然考慮している。 流石に心技体の心と体に懸念がある者を起用は出来ない。

逆に実戦から程遠くスポーツ性が強いバトル・ボードやクラウド・ボールなら嬉々として代役を務めたのだろうが。

美月の指摘もあり、エリカも納得の表情を浮かべていた。

「だがよ達也、俺は遠距離魔法はかなり不得手だぞ? 直接攻撃禁止のモノリス・コードだと結構痛手じゃねえのか?」

「それについては、これを使えば解決だ。」

取り出したのは、つい先日レオがテストしたCAD『小通連』。

まさかの秘密道具的な登場に、レオだけでなくほぼ全員が固まっていた。

「実際偶然とはいえ『実はもしかしたらを見越していた』なんて言われても疑いの余地ねえぞこれは。」

「……そうだな、返す言葉が見つからない。」

唯一紫輝だけは偶然悪知恵を働かせるような結果になった幼馴染に面白そうな顔をしていた。

要領が分からないレオにモノリス・コードのルールを見せながら達也はとにかく苦笑い。

作った後にモノリス・コードで使ったら面白そうだと言っていてそれが現実になる辺り、紫輝の予言めいた呟きが移っている気がしないでもない。

「……なるほどな。 これはモノを飛ばして攻撃、いわば直接殴るわけじゃねえからセーフってわけか。 何ていうか見事にルールの穴突いてるな。」

「まあ、新人戦ではルールの穴をかなり突いて達也は担当選手を勝利に導いてるから今回もそれに当たるわけだね。」

「これがあるからと言って勝利が近づくわけではないがな。 あくまでレオの決め手がないという懸念事項を排除出来ただけだ。」

とはいえ、これでレオが得意とする硬化魔法を用いた攻撃手段を得た。

ならば、次の懸念事項。 それに当たる幹比古は一呼吸置いてから口を開く。

「達也、九校戦が始まる前に言ってたよね。 僕が魔法を上手く使えない理由は僕自身ではなく術式に問題があるって。」

「ああ。 その様子だと納得してくれたようだな。」

あの時に比べるとよりニュートラルな表情だったことから、達也はそう確信した。

実際幹比古には心当たりが浮かんでいたのだ。 自分が扱う術式の決定的な無駄が。

「達也が言っていたのは吉田家がアレンジした部分。 詠唱妨害を考慮した部分のことだよね?」

「その通りだ。 今はCADで高速処理が普通の時代だからどうしても時代錯誤の無駄な部分になってしまう。」

魔法発動まで時間がかかった時代ならば、詠唱妨害の余地もあったからそのアレンジも無駄ではない。

しかし、高速化した今の状況では妨害の余地は殆どない。 キャスト・ジャミングは例外だが後は先にこちらの魔法を発動させる、または的確に領域干渉等で防ぐかだ。

そう考えれば確かにその部分は起動式を膨大化させるだけで意味を為さなくなり、文字通り無駄と化す。

「なるほど、だから威力は勝るけど使い勝手は現代魔法に劣る評価になるわけか。 ……でもそれを押して僕を選んだということは。」

「ああ、古式魔法は隠れた場所からの攻撃の隠密性については現代魔法を大きく上回る。 今回のモノリス・コードではこの隠密性は有効だと見てお前を選出させてもらった。」

「紫輝も言ってたよ、同じことを。 要は使い方ってことだね。」

まさにトリックスター九藤烈が言っていたことである。

これでレオと幹比古、二人が起用された動機などはこの部屋の面々は理解した。

「ただ吉田君、紫輝の場合は使い方というより悪用の仕方の方向になりかねないからあまり鵜呑みにするのは良くないですよ?」

「……まあ、実際そんなところもありましたけどね。 ただ、本人がいる場で言うのは流石に。」

「その通りだぞみーゆーきー? そんなにハリセン食らいたいのか? もう癖になっちゃったのか?ん?」

幹比古の忠告を遮るが如く黒い笑みでハリセンを構えている紫輝。

もはやいつものやり取りだが、普段完璧淑女に見える深雪のその姿はいつ見ても面白いのか、周囲は誰も止めることはなかった。

そんなこんなで達也、幹比古、レオ……そしてアドバイザーとして紫輝が加わって作戦会議を行う。

とはいえ、主に行ったのは役割分担、それに伴い幹比古の使える魔法の確認。

その際に魔法の秘匿についての懸念を美月が口にしていたが、幹比古は状況が状況だからと許諾していた。

そこからは達也はレオ、幹比古、そして自身のCADの調整。

その合間に紫輝はフィールドごとの大まかな方針を煮詰めていく。

疲労を押しているのは否定しないが、身内の勝利の為ならばこの程度は朝飯前だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。 達也達3人は特に何事も無く代理出場という形となった。

ちなみに、本来のスケジュールは昨日で予選は全て終わっているのだが、そこも克人は取り計らってくれたようだ。

午前に予選2試合、残ることが出来れば午後に決勝トーナメントとかなり厳しいスケジュールだが、代理として復帰参戦出来るのだから文句は言えない。

なお、見るからに物理攻撃をする用途でしか使えるように見えない小通連はかなり好奇の目で見られていたとか何とか。

記念すべき初戦は森林フィールドで対八高。

八高は野外演習に重きを置く校風のようで、まさにホームと言っていいステージ。

そう考えるとやや不利か……天幕で見ていた真由美はそう予想していた。

しかし、3人の適性を外野で最も熟知している紫輝の予想は真逆。

(達也は八雲先生仕込みがあるからむしろ得意。 レオはあくまで俺の見立ても込みだが山岳部所属を加味して得意。 幹比古はもはや庭。 ……競馬なら余裕でオッズ2倍切りだな。)

実際試合は一高が常時ペースを握っていた。

達也は八雲仕込みの移動法で迅速に相手のモノリス付近にたどり着く。

その速さに驚きながらも八高の遊撃担当らしき一人(位置関係上では達也が早すぎて今はディフェンス寄りだが)が行く手を阻むが単一の加重系統魔法で一人を怯ませる。

が、威力が足らずに相手は即座に復帰。背後から反撃を貰いそうになる。

だがそこは達也。 背後を見ないでもう1つの特化型CADを構え相手が放とうとする術式そのものを粉砕した。

使用したのは術式解体(グラム・デモリッション)。 高密度の想子弾で術式そのものを吹き飛ばす対抗魔法だ。

射程の短さを除けば有用性が高い魔法とも言えるが、高密度の想子弾という点で使用するには前提条件が厳しい代物である。

早い話が莫大の想子保有量が無いと話にならない。 昔ならまだしも、今は想子保有量は全く重視されていないのもこの魔法がマイナーとされる原因だ。

話を戻す。 その後達也はモノリスを割る術式を入力だけして即座に離脱。

八高のディフェンス、そしてそれをすぐに打ち倒す術は達也には無いのでこれは正解だろう。

時を同じくして八高のオフェンスが一高側のモノリスに到着。

……が、立ち塞がるレオの握る小通連を見て何をする気かと困惑して一瞬だが立ち尽くしてしまう。

それを見逃すレオではない。 仰々しく小通連を振るうが相手はこのCADの用途が分からないのでまだ動かない。

その時点でレオの一撃が外すことは有り得なかった。 まさに初見殺しの一撃。

事前に刀身部分は茂みに隠しておいたので相手の困惑を誘った見事な奇襲であった。

そこから追い打ちとばかりに頭上から一撃をお見舞いして八高のオフェンスはノックダウン。

(ここまで見事に決まっちまうと、逆に怖ええな……。 達也もそうだが、紫輝も悪知恵がすげえ。)

この使用法を考えたのは紫輝。 初見殺し+奇襲は彼の相当得意とする分野なのだ。

曰く、『この武器は小回りが利く代物ではないから当てるだけの要因が必要。 森林ならやりたい放題だ。』とのこと。

自分では握ってもいないのに弱点とそれをリスクを減らしてカバーする策を即座に思いつく辺りは流石なのだが……。

(あいつが味方で本当良かったぜ……。)

つくづくそれを実感しつつ、レオは再度ディフェンスに戻った。

時を同じくして、達也に一蹴された八高遊撃要員はまたまた苦しめられていた。

耳鳴りは発生するし、コンパスで方角を確認した上で進んでいるのに目的地に近づく気配がない。

……それもそのはず。 既に彼の罠に嵌っているのだから。

犯人は一高万能遊撃要員(命名紫輝)幹比古、使用魔法は『木霊迷路』。

精霊を介して超高周波数と超低周波数を交互に浴びせて三半規管を狂わせる。

三半規管が正常に働かないということは、イコール方向感覚がおかしくなること。

まさに似たような景色が続く森林は絶好の使用場所であった。

これは幹比古が自身で取捨選択した魔法だ。

というより、紫輝が助言を送ったのは主にレオで、幹比古には全く何も言っていない。

付き合いもそこそこでかつ巻き込んだ形とはいえ経験も積んでいるのでもはや言うことは殆どない。

そして最後に達也が奇襲で『共鳴』を放ち追っ手を撒き、コードを入力して一高の勝利となった。

ほぼ落ち度もない完勝だが、紫輝は少々懸念事項があった。

(三高がこれでどう出るか。 聞いた話だと達也を意識している風があるらしいが果たして。)

具体的には、深雪のアイスピラーズ・ブレイクに帯同中に話しかけられたそうだ。

まあ、担当した競技全てで最高成績を収めたエンジニアだから意識しないわけがないのだが……。

恐らくはその達也が選手として出たことで二人は達也を特に意識して試合を見るはず。

よって、今回で高威力の魔法が使えないという情報を与えることとなってしまう。

(まあ、予選では当たる心配は無いみたいだからまだ考えるには早いな。)

周りが喜んでいる中、ただ一人参謀として警戒を緩めない紫輝。

勝負事となったら決して手は緩めない、仮面の悪魔狩りというよりはアスリートとしての仮面を被った彼がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少しの合間を挟んで2戦目(予選はこれが最終試合)、相手は二高で市街地ステージだ。

先日の事故があったにも拘わらず市街地ステージが選ばれている点は少々どうかと思うが……。

さて、市街地フィールドはモノリスの場所が敵陣ビルのどこかという点は固定になっている。

必然的に相手のビル内に入らなければならないのだが、その探索範囲は縦に長い。

ただ、その探索範囲の広さをカバーするためにオフェンスを増やせばリスクが大きい。

この匙加減が難しい場所とも言えるが……今回の一高チームはその問題点を簡単にクリアできる。

「幹比古、こっちは今敵陣に入った。 始めるぞ。」

「了解、いつでもいいよ。」

短い通信の後に、達也は汎用型CADで魔法を発動させる。

自身に貼りつけ、ここまで運搬した精霊を活性化させる喚起魔法を。

本来古式魔法を扱わない達也だが、 とある方法で発動させた。 公には出来ない手法だが……。

今回の作戦は、視覚同調を行った精霊がモノリス探索を担当。

要するに幹比古が自陣にいながらもオフェンスの一部を担うオンリーワンの作戦とも言える。

達也が行うのは精霊のお膳立て作業である。

ただその間、少々厄介なことが発生してしまう。

レオの元に二人のオフェンスがたどり着いてしまったのだ。

逆を言えばディフェンスは1人しかいないのだが、先に見つけられてしまった以上そのディスアドバンテージは薄まってしまう。

片方は小通連で素早く仕留めるが、その間にもう一人が移動魔法で吹っ飛ばそうと目論む。

しかし己に降りかかる事態を速攻で認知出来るのが彼の独特の嗅覚だった。

即座に基準点を指定して身体の相対座標を固定、移動魔法を完全に相殺する。

何とか凌げているが、小通連の種が割れていること、遭遇戦になると難しい狭い空間であることも手伝って捌くのも一苦労だ。

そんなレオの状況を理解した上で探索のペースを上げる幹比古だが、壁に床にとすり抜けてようやく相手のモノリスを見つけることが出来た。

即座に達也に報告と共に座標を送り、次の作業を任せる。

(まずはこのディフェンダーだが、少々おとなしくしててもらうぞ)

無線の声を察知したのか丁度下にいる二高のディフェンダーが達也の姿を探している。

モノリス開錠の妨害をされたらたまったものではないので紫輝も使う幻衝を不意打ちでヒットさせ隙を作る。

本家幻衝なので脳震盪の錯覚を起こすだけなので時間稼ぎにしかならない。

それでも最短時間でモノリス開錠を行う分には十分であった。

モノリスの場所は3階で、達也のいる階より低いが撃ち込むのは魔法なので物理的障害は関係ない。

座標さえ分かっていれば、床を隔てた階上からでも魔法は当てられる。

開錠魔法の射程も最大10メートル、達也とモノリスの直線距離は7メートル程なのでそこもクリアだ。

後はモノリス付近に待機している精霊を介して幹比古が相手に一切悟られずにコードを入力して、試合終了。

試合を見ている者の大半は本来モノリスを攻略する役に見える達也はディフェンダーと相手をしているにも関わらずコードが入力されている事態に混乱しきっていた。

「何だ、ミキったらもう昔と変わらないじゃない。」

今回のMVPとも言える活躍を見せた幹比古の奮闘っぷりにエリカは、その昔吉田家の神童と呼ばれるほどの頃と重ねていた。

……否、下手をすればそれ以上かもしれない。

達也の技術によって感じていた己の魔法へのジレンマの解消もそうだが、それ以上に違うのが心構えだ。

一体何をどうやってここまで変えたのか……その要因であろう人物に目を向ける。

その当本人……言うまでもなく紫輝は、満足そうにただただ頷いているだけだった。

(この分なら、荒療治はいらねえな。)

……言うまでもないが、

また、この試合は独立魔装大隊の中で響子と山中の二人も観戦していた。

「……流石に手抜きが過ぎないか? ここまで使用したのは術式解体、共鳴、幻衝、加重系統だけとは……。」

「それは仕方ないですよ山中先生。 分解もそうですが、それ以上に注目されかねないのは精霊の眼(エレメンタル・サイト)の方です。」

精霊の眼(エレメンタル・サイト)……情報体次元(イデア)にアクセスして更に存在を認知する能力。

本来魔法師には情報次元体にアクセスする能力は備わっているのだが、これはその拡張版だ。

情報次元体越しということは、要するに物理的障害を無視して実体を認知できる、まさに異能である。

「まあ、あの戦い方を見る限り紫輝も絡んでいる可能性が高いからまだどうにかなるか……。 あいつがいれば達也の技術秘匿もそこまで心配はいらん。」

「それでも、ここから先はプリンスを相手取ることを考えるとこれまでの戦い方では少し厳しいでしょうね……。 カーディナルは残り二人でも何とかなる可能性も十分だと思いますけど。」

ただ今響子が言ってるのは達也と将輝の一騎打ちが少し達也不利と見ているだけで一高対三高の戦い自体はそう不利とは見ていない。

チームの総合力で考えれば、達也の能力制限が現在のままでようやく互角。

紫輝に巻き込まれた経験が生きている幹比古、そして元のポテンシャルは紫輝をもって初見で大したものと言われるレオはそれだけ優秀なチームメイトだということだ。

だからこそ、リーダー対決がまさにカギとも言える。

まあこの二人、ひいては独立魔装大隊にとっては達也の秘匿すべきものが公にさえならなければそれでいいので勝ち負けにそこまで関心は無い。

ちなみに、各校全4戦の予選が終わった結果、1位は全勝の三高、2位は棄権を除いて全勝の一高。

残る決勝行きの2枠は八高と九高となった。

急造1-Eチーム、そこそこに順風満帆と言ったところだろうか。

 




すっごい変なところで切ってますが、字数の関係です。
後紫輝のバトルシーンは半ば無理やりなのは自覚してますが、全く不要な場所ではないので……。




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