魔法科高校の劣等生 -Masquerade Devil Hunter- 作:スダホークを崇める者
1. 嵐の前の静けさ的な入学式
日常というものが崩れるのは本当に些細なことからだ。
事故だったり、テロだったり、戦争だったり。
たった1つの要因で崩れ去るほどに脆いもの。それが日常であり平穏である。
まだ幼い頃、彼の日常もまた同じように脆く崩れ去っていった。
「こいつが例のガキか……」
荒れている部屋の中で複数の男、更に複数の異形が一人の子供を囲んでいた。
年の頃は6、7歳といったところであろうか。
しかし、何が起きているのか分かっているのか分かっていないのか……恐らく前者なのだろうが……随分と落ち着いていた。
子供ながら、もうどうにもならない状況だということが分かってしまったのだろう。
「こいつ、状況分かってるのか……?ここまで落ち着いてると不気味なんだが。」
「だからこその資質、じゃねえか? とりあえずとっとと捕縛してずらかるぞ。」
今まで無駄話をしていた男たちがついに子供を捕獲しようとしていた。
傍から見れば絶対絶命。逃げ場などあるわけがない。
……相も変わらず落ち着いている。というか諦めている子供。
そんな状況の中。
静かに、だが確かに響く……そんな声が、子供にのみ聞こえた。
『何故力を求めない』
何を言っているのか、子供にはよく分からなかった。
どう答えるべきか分からずに沈黙を貫くと、再び声が響く。
『何故お前は潔く蹂躙されることを受け入れている。 何故、現状に抗うための力を求めない。』
質問の意味は理解できた。
そして子供は淡々と答えた。
(だってこれ、どうしようもないことじゃないのか?)
彼は子供ながらに理不尽という言葉の意味をよく理解していたのだろう。
だからこそ、諦観の姿勢だったのだろう。
この返答に対してまた更に声が聞こえてくる。
『確かに、理不尽と言えばそれまでだ。そしてお前はそのことを嘆きながらただ無駄に命を落とすと? だとすれば……愚かだな。』
嘲笑と、どこか憤りが感じられる。
『お前のその主張は自分の生殺与奪を他者に委ねると言っていると同じ。 殆ど人形と変わらないということだ。 自ら生の権利を放棄しているのだぞ、お前は。 ……自分で苛立って来ないのか?』
……そう言われて、子供は思い直した。
(今自分は何をされた?)
そうだ、自分の日常を壊された。
(何をされようとしている?)
恐らく、自分を捕縛して自由を奪おうとしている。
(ああ、確かにそう言われてみれば……不愉快で苛立ってムカつく話だ。全く持ってその通りだな。)
その明確な怒りを宿した返しを呟いた後に聞こえてきた声は……先ほどの嘲りは無くなり、子供の静かな怒りに同調するものになっていた。
『ようやくらしくなってきたな。 だが、今のお前には何も出来ない。 己を守ることさえも。 ならばどうする?』
既に迷いはない。この状況に対して抗い、そして生き延びる。
たとえ悪魔に魂を売ってでも……!
「『
「今日は随分と楽で助かったぜ……何だ?」
今まさに子供を捕縛しようとした時だった。
明らかに捕縛対象の雰囲気が変わったのは。
先ほどまでの無表情から一転、子供は明確な怒気を発していた。
「ペル……」
今になってようやくヤケクソになったように見えて、面倒になるなと思ったその瞬間。
「……ソナァ!」
男たちは突然吹き飛ばされた。
あまりにも突然のことで、為すすべもなく男たちは壁に叩きつけられる。
何が起こったかと先ほど捕獲しようとしていた子供を視界に入れた時。
男たちは目を疑った。
捕縛対象の子供。 その前に、本来ならば存在しないはずのモノが存在していたから。
適性はあると聞いてはいた。だからこそ今のうちに捕縛して、本国でじっくりと研究対象として弄る。
それが……今のこの時、目の前の子供は己のとある適性を、この場で開花させてしまったのだ。
己が別の側面……仮面を操る力を。
咄嗟に控えている異形達に特攻させようとした瞬間、あちら側の異形……黒の鎧を纏った魔が口を開いた。
『我は汝、汝は我。 我は汝の心の海より出でし者。 我が剣は人と魔を分かつ。黒の魔剣士、■■■■■■■■なり。』
その声を聞いただけで、格の違いというものを理解してしまった。
控えさせていた異形達など話にもならない。何百、何千といても意味がない。 まさに象と蟻を比較するレベルの戦力差だ。
無意識の海から呼び出された別側面の己を見てもなお無表情で、子供は目の前の脅威の殲滅を命じた。
懐かしい夢を見た。
まだ幼くて無力だった頃、一度それまでの日常を失くした日。
そしてまた、内に秘めたあの力を開花させ、彼……獅燿紫輝の今の生き方の根底を決定づけた日。
不快とも言えなければ、愉快とも言えない夢である。
恐らく、これは今もあっちで暇を持て余しているアレなりの激励だろう。
以前にも似たような夢を見ていたので何となくは理解していた。
彼自身の過去の夢を見ることになったのは初めてだが。
「(マンネリ防止に変わり種を仕込んだってことか? さて、それはさておき。)」
推察を強制終了、振り返って時計を確認する。
紫輝は目覚まし時計の類を利用しなくても起床に問題は無い。
あくまで時間を確認するという用途でのみ設置されているその時計は、午前5時直前を指していた。
今日は、彼が今日から通う国立魔法大学附属第一高等学校の入学式。
普通に考えて相当な早起きになると思われるが、彼の場合はこれが妥当な起床時間だ。
元々早めに登校するということもある。
だが、それ以上の要因の割合を占めているのは彼自身が早朝に行う日課行動である。
「(さて、今日もいつも通りに……だな。)」
今日が入学式とはいえ、紫輝の中に浮かれた考えなどは特にない。
いつものように起きて、いつものように日課をこなし、ただいつもより少し早く学校へと向かっていくだけのことだった。
国立魔法大学附属第一高等学校。
日本に9つある、魔法を専門分野として学ぶことが出来る学校の中の1つである。
素養がない限り扱うことが出来ない、いわば選ばれた者しか使うことが出来ない『魔法』。
以前は奇跡・神秘と称されていた存在だが、今は科学でそれらを成し遂げることが出来る、という段階にある。
しかし、そこには素質・才能と呼ばれるものが起因することには変わりがない。
そして、その素養があり、更に入学試験という競争を勝ち抜いてこの学校に入学できたものは世間一般ではエリート候補生に当たるであろう。
先ほども述べた通り今日はその候補生たちを迎える入学式。
……まだ式が始まるまで時間があるはずなのだが、何故かやや浮ついた雰囲気にそぐわない言い争いが起こっていた。
「やっぱり納得できません! どうしてお兄様達が補欠なのですか! 特にお兄様は入学試験はトップの成績のはずなのに!」
言い争っているのは1組の男女……二人称からすると兄妹であった。
否、言い争っているというより、妹の方が激昂しているだけだ。
兄の方はまたか、と言わんばかりの雰囲気である。
事実、今日に至るまでこの二人の間で何度もあったやりとりである。
「深雪。 ここは魔法科高校だ。 筆記より実技の成績を重視するのは当然のこと。 俺の実技の成績を考慮すると、恐らく補欠の中でも下から数えた方が早いだろうな。 無論、それは俺だけでなくあいつにも言えることだ。」
宥めるように、そして諭すように話している兄。
しかし、深雪と呼ばれた妹はこれくらいで矛を収めることはしなかった。
「またそのようなことを言って! 勉学でお兄様に勝てる者などいません! 体術でも同等である彼を除けば同じことです!」
徐々にヒートアップしていく深雪。
しかし、その熱はそれ以上になることはなかった。
「本当なら、魔法だって─」
「深雪っ!!」
先ほどまで受け身で宥めていた兄の方が突如強い口調で制した。
あまりに突然の変貌に野次馬達も驚いていた。
周りが静かになり、深雪も一喝により一時的に収まった。
「こればかりはどんなに言っても仕方のないことだ。 深雪だって分かっているだろう?」
「も、申し訳ございません。」
収まるどころか少し落ち込んでいる模様だ。
フォローをするつもりなのか、妹の頭を丁寧に撫で始めた
「お前はいつも俺の代わりに怒ってくれている。 その気持ちは嬉しいし、 いつも俺はそれに救われているんだ。」
「嘘です……。 お兄様は、いつも私を叱ってばかりで……。」
「嘘じゃないって。 後、いつもお前が俺のことを考えてくれているように、俺もお前を思っているんだよ。」
徐々に雰囲気が兄妹間とは思えない甘いものになっていく。
そして、先ほどまでしょんぼりとしていた深雪は、何故か頬を赤く染めていた。
「そんな、お兄様……私のことを、想っているなんて……」
更に盛大な文字変換ミスをしていた。
このニュアンスの捉え方の違いが原因で完全にトリップしてしまっている。
このままだとますます本題から遠ざかる……と思っていたところに救いの手は差し伸べられた。
「誤字変換は端末機器だけでいいから戻ってこいこのブラコン娘。」
コミカルな打撃音と共に。
音の発生源はピコハンで、それを深雪に向けて放ったのは一人の男子生徒。
叩かれた深雪は「ふきゅっ」と可愛らしい声をあげながら現実に戻っていた。
「紫輝、お前も来ていたのか。」
「先日までの達也と深雪の状況を考えてな。 余計な世話だったらすまない。」
「いや、助かった。 こういう時の深雪を止めるのはお前の方が確実だからな。」
いきなりやってきた紫輝に特に驚く素振りを見せていない達也。
ピコハンで叩かれた深雪も同様である。
「でも何でそんな玩具を使ったの……。 思わず変な声が出てしまったじゃない。」
「いつもハリセンだと芸がないからな。 別に痛くはなかっただろ? ほれ達也、続き。」
むしろ何でピコハンなんて持っているのか……そんな些細な疑問はあったが達也は流した。
今はそれどころではないからだ。
「話が逸れたが、深雪。 たとえお前が答辞を辞退したとしても、二科生の俺と紫輝が代わりに選ばれることはない。 そんなことをすればお前の評価を下げるだけだ。賢いお前なら分かるだろ?」
当然、そんなことは分かりきっている。
しかし、やはり理性で分かっても感情が認めないことは当然のようにあるのだ。
深雪としては、敬愛する兄と、表には出さないが羨望と親愛の情を抱いている紫輝が不当な評価を
受けることはやはり許しがたいことなのである。
「それにな、深雪。俺は楽しみなんだ。 可愛い妹の晴れ姿を、この駄目兄貴に見せてくれないか?」
後ろから深雪を抱きしめながらこの言い回し。
深雪が再び頬を赤く染めるのは致し方ないことである。
なお、紫輝はこの雰囲気に全く動じずむしろ暖かい視線を送っていた。
小声で『お前もやっぱ大概なシスコンだな』と貶すような褒め言葉を呟きながら。
「お、お兄様は駄目兄貴なんかじゃありません! 後、紫輝もそんなにニヤつかないで!」
「おいおい酷いな、高校に入っても変わらないように接してるだけだぞ?」
深雪の照れ隠しの反撃にも飄々とする紫輝。
だが、このやりとりもあってか深雪の表情には既に陰りはなかった。
「コホン。 お兄様、我儘を言って申し訳ありませんでした。」
「行っておいで。 答辞の打ち合わせの時間だろ?」
「はい、行って参ります! 見ていてくださいね、お兄様。 紫輝も、居眠りをしようものなら……」
「ははは、なら目を開けながら眠らないとだな。」
達也と、最後まで軽口を叩く紫輝に見送られて深雪は答辞のリハーサルへと向かっていった。
片や妹の見送り、片や兄妹の潤滑剤と言うべきかストッパーと言うべきか曖昧な役割。
それぞれを終えた紫輝と達也であったが、ここから先の予定が見事に空白になっていた。
「さて、紫輝。 お前はこれからどうするんだ? 一応言っておくが、式まで後2時間あるぞ。」
「達也は読書だろ? 俺もやることは出る前に済ませたから迷惑じゃなければ一緒にいるぞ。」
「別に構わないが……。まあ、俺がもし没頭していた時の予備のタイマー役を頼むとするか。」
「うわひでえ、人を便利道具か何かと思ってやがる。」
軽口を叩きながら中庭に設置されたベンチに座る二人。
そこからは達也がディスプレイ型端末を取り出して読書を始めたので、一時的な静寂が訪れた。
しかし、紫輝その空気を壊すような空気を読まない男では断じてない。
邪魔をすることなく、ただ何となく周囲を見回していた。
そして、それが聞こえてきたのと紫輝の目が僅かながらに細くなったのはほぼ同時だった。
「ねえ、あの子たち
ハッキリとこちらに向けた声ではないが、紫輝と達也にはしっかりと聞こえていた。
「こんなに朝早くから、随分と張り切ってるのね。」
「所詮はスペアなのに……」
どう聞いても悪質な影口である。
そして、このような影口を叩いている生徒の制服には肩と左胸に八花弁のエンブレムが刻まれている。
逆に、紫輝と達也の制服にはそれが無い。 ただの白背景である。
ほんの些細な間違い探しだが、これがこの学校の中では大きな差の1つとなっている。
入学者定員が200名の第一高校、第二高校、第三高校には在籍生徒を一科生と二科生に分ける制度がある。
入学試験の上位と下位の100名ずつに分けるという、至って単純な制度。
しかし、この100位より上か下かというだけで、扱いに大きな差が生まれる。
ちなみに、一科生を花冠(ブルーム)、そして表向き禁止とされているが二科生を雑草(ウィード)と呼ぶ。
先ほどの影口は、その扱いの差から来る優越感から生まれてきたものであろう。
ただ、これに対する達也と紫輝の反応は至って薄かった。
「(雑草、ね……そんなことは分かってる。)」
「(はいはい、選民思想乙。 自尊心を満足させるのも大変だな。)」
ただし、反応の薄さの中に紫輝の方は皮肉と嘲りが混じっていた。
別に一科生の全員がこのような選民思想を持っているとは言わないし思ってもいない。
しかし、やはりどこの世の中にもそういう人種はいる。 そのことからの嘲笑とも言えた。
自分や周囲に迷惑さえ掛けなければ極めてどうでもいいことだが。
ちなみに達也は、この学校に入った目的の1つが別に一科生であろうがそうでなかろうが関係のないことだから特に気にしていないのだ。
そこからは特に何もなく時間は過ぎていき、頃合と見た紫輝がタイマーとほぼ同時に告げた。
「達也、そろそろだぞ。」
すっかり読書に没頭していた達也だったが式開始30分前に設定したタイマー音と
紫輝の声が聞こえたので端末を仕舞おうとしたところで近づいてきた気配に気が付いた。
「二人とも新入生ですね。 そろそろ開場の時間ですよ。」
声が聞こえた方に視線を向けると、一人の女生徒の姿が確認できた。
女性にしては小柄な部類に入るであろう。 現に、達也と紫輝が20cm以上目線を下げる必要がある。
また、よく絶世の美少女と言われる深雪とはタイプは違うが他を惹きつけるだけの容姿と雰囲気を持つ女性だ。
「(もしかしなくても、かね。これは)」
しかし、紫輝、そして達也の着目点は別にあった。
それは彼女が腕に巻いているブレスレット。
「(CADを校内で装着している……。 要するに、彼女はある程度以上の地位を持っているということか。)」
CAD……遥か昔の魔術師とか魔法使いという存在からすると杖や魔導書に値するものだ。
いくら魔法科高校といえど、基本的には校内でのCADの着用は禁止されている。
装着が許されるのは、生徒会メンバーと風紀委員だけ……とも聞いている。
そして、紫輝はこの時点でこの女生徒の正体とまでは行かないが、少なくとも何者かについて当たりをつけていた。
「当校は仮想ディスプレイ型の端末の使用は認められていないのですが、 貴方はちゃんとスクリーン型の端末を使っているのですね。」
「ええ……仮想型では、読書には不向きですから。」
そういえばそういう規則もあったな、とこの二人の会話から思い出した紫輝。
まあ、紫輝も達也に習ってスクリーン型を使っているから特に問題は無かったりする。
読書をよくする幼馴染に静かに感謝していた。
「申し遅れました。 私は七草真由美。 七に草と書いて七草です。 一高の生徒会長を務めています。」
彼女の軽い自己紹介を聞いて、紫輝は内心でビンゴ、と呟いた。
(七草……一高に在校している十師族の一人か。 俺自身二科生だから接点を持つ可能性はあまり考えてなかったが……。)
まあ、冷静に考えてみれば新入生総代の深雪と親しいという時点でその可能性はあったからどちらにしろ関係はないのだが。
何はともあれ、今は最低限の礼儀を尽くすべきであろう。
「俺……いえ、自分は司波達也です。」
「自分は獅燿紫輝です。」
立ち上がって会釈をしながらの軽い、本当に軽い自己紹介。
このまま少し話した後に講堂へ……と思っていたが、真由美の予想外の反応によりその思惑は外れた。
「司波君って、もしかして……あの司波君!?」
達也はこの真由美の反応を見て内心で苦々しく思っていた。
新入生総代である妹に対して、実技がボロボロで二科生になった兄。
そのようなマイナスのイメージから来る反応であると完全に思い込んでいる。
そして、そんな達也の内心は紫輝も知るところではあるが、彼はどこか違うと判断していた。
確固たる根拠こそないが、目の前にいる生徒会長は少なくとも達也に対してそのようなイメージを持っているようには見えなかったのだ。
「筆記試験全7科目の平均点が98点で堂々のトップ、しかも魔法理論と魔法工学は合格者平均が70点以下なのに小論文も含めて満点! 前代未聞の好成績ということで先生方の話題になってたわよ。」
段々と真由美の口調が砕けているが、まあそれだけ達也の筆記の成績が凄まじいということだ。
時折深雪と共に試験勉強を見てもらっている紫輝はその凄まじさをよく知る人間の一人だ。
更に言えば、達也の裏事情についても把握しているので魔法理論と魔法工学の鬼成績については納得しすぎてしきりに頷いてしまっていた。
「あ、今しきりに頷いている獅燿君も話題に上ってたわよ。 魔法幾何学が満点で、魔法理論も司波君に次いで2位。筆記総合でみても3位。 更に実技の方では発動速度の評価が今年度総代の司波深雪さんに肉薄しての2位だったって話よ。」
しかし、まさかここで自分も話題になるとは紫輝も想定はしていなかった。
筆記は達也のお蔭で結構自信があったとはいえ、まさか司波兄妹に次いで3位とは思ってもみなかった。
ただ、この後真由美は少し残念そうな表情になり、紫輝もその後も大体どう続くのかは分かっていた。
「ただ、残りの2項目で評価が芳しくなかったから総合で102位だったって……惜しかったわね。」
「でしょうね。 速さだけが取り柄のアンバランスタイプというのは自覚していますので。」
筆記で3位、実技の評価項目の内1つで2位、残り2つが下から数えた方が早い。
これらを合わせた結果、惜しくも102位で一科入りを逃したという。
普通の人間ならばこの結果を知らされたらさぞかし凹むことであろう。
しかし、紫輝自身このアンバランスな状態をよく理解しているのでむしろよく102位という順位になれたものだと思っているくらいだ。
だからか、苦笑いよりも愛想笑いの方が表に出ていた。
対する達也は辛うじて苦笑いを浮かべている状態だった。
「自分の場合は所詮ペーパーのみの成績なので意味がありません。 その証拠がこの通りなわけで。」
エンブレムのない制服の肩部を見せながら自嘲気味に言う達也。
魔法科高校で評価として優先されるのは実技であり、筆記試験はそれほど評価に加わらない。
だからこそ達也は二科生であり、紫輝もギリギリのところで二科生なのである。
「そんなことないわよ。 私も論理分野は得意な方だと思ってるけど、同じ問題でそれだけの点数が取れるとはとても思えないもの。」
この言葉を聞いて、紫輝は心の底からこう思った。
(こういう人が一科に多ければいいんだがなあ……)
差別意識が無いし、恐らく融通も利きそうな人だ。
十師族と聞いて警戒の色もそれなりにあった紫輝だったが、彼女の人となりの一部に触れてそれは結構和らいでいた。
「すみません、そろそろ時間なので失礼します。」
しかし、達也は違ったようだ。
居心地が悪そうな顔をして、そそくさと講堂の方へと向かってしまっていた。
(まあ、達也は苦手だろうな。)
これまでがこれまでだったので受け入れがたいというか、戸惑ってしまうのだろう。
だからといって、流石にあの立ち去り方は頂けないのでここはフォローを行う。
「すみません、七草先輩。 達也はああいう風に褒められるのはどうも慣れてないんですよ。」
「あ、ううん気にしないで。 私もちょっと馴れ馴れしくしすぎちゃったかなと思ったし。」
特に気にしていない様子の真由美を見て、内心でホッと一息。
そして自分も最後に挨拶、会釈をしてから達也を追って講堂へと向かっていった。
講堂に到着した紫輝は、まず最初に達也の姿を探す。
別に人見知りというわけではないのだが、このような場なら少なくとも身内と一緒の方が安心感は強い。
ちなみに、前の席に一科生、後ろの席に二科生と明らかな区分けがされていることについては特に気にしない。
無論、空気を読まずに前の方へ座るということも考えてしまうのが紫輝の性格だ。
しかし、達也は違う。
基本的に波風を立たせずに場を収めたいタイプだ。
それくらいは長年の付き合いから理解しているので、前の席を探すという無駄なことはしない。
暫く探していると、最後方かつ端っこという好む人間はとことん好むポジションに座っている達也を発見した。
隣の見知らぬ女子二人と何か話しているところだ。
そしてちょうどいいことにその女子二人の隣……達也とは3つ左に離れた席が空いていた。
それを見た瞬間の紫輝の行動は早い。
素早く目的の席まで移動して、ちょうど話が一区切りついたところで口を開いた。
「コラ達也、人のこと放置して先に行くとか流石に酷いぞ。」
別には微塵も思っていないことだが、自然な流れに持っていくためにあえてこう言った。
いきなり話しかけたのだが、達也には特に驚きの表情などは無かった。
恐らく、紫輝が入ってくるタイミングまで分かっていたのだろう。
「……すまん。 どうしてもあの場は、な。」
「まあ、お前にとっても初めてのことだったから仕方ないとは思うが。 ……あ、ここ空いてます?」
目的の席の隣に座る女子に尋ねる紫輝。
赤に近い栗色の髪の、これまた深雪とはタイプが違う美少女。
深雪が深窓の令嬢(紫輝自身はあまり思っていないが)と称するなら、こちらは陽の美少女と言うべきか。
また、達也に近い側の席に腰かけている女子もなかなかの容姿だ。
タイプ的には美しいというより可愛らしいと言った方が自然だろうか。
「うん、大丈夫だよー。 ……あれ、もしかして知り合い同士?」
了承を得たので席に腰かけると、達也と紫輝を交互に見ながら尋ねられた。
これもまたシミュレーション通り。 この後も自然に会話は続く。
「獅燿紫輝だ。そこの司波達也君とは俗に言う幼馴染ってところかな。」
「千葉エリカでーす。 獅燿って結構珍しい名字だね。 どうやって書くの?」
「獅子の獅の字に曜日の曜を火辺に変えた字さ。 なんちゅう漢字組み合わせてるんだって思うよ。 ちなみに名前の方も紫に輝くだから画数がとんでもないことに……」
読みが『しよう』というだけでも十分珍しいが、漢字も漢字である。
もし文字を書くという時代だったら確実に名前を書くのが面倒である。
『しき』の字も紫に輝だからなおさら画数が多い。 というか多すぎる。
漢字を浮かべて、エリカも画数の多さに少々変な声を上げていたくらいだ。
「でも、それだけ珍しい苗字ですとそうそう忘れられないですよね。 あ、私は柴田美月です。」
「千葉さんに柴田さんね。 達也共々どうぞよろしく。」
「待て、この流れだとまるでお前が俺の保護者みたいに聞こえるぞ。」
達也の発言で残り3人……特にエリカと紫輝から笑いが起こった。
まあ、達也の発言はあながち間違っていないが、時には達也が紫輝の保護者みたいに見えることもある。
要するにどっちもどっちということだ。
そして、紫輝はここでとあることに関心を向けていた。
(まさか、千葉ってあの千葉かねえ……。 そうなると既に数字持ちと2人会ったってことになるのか。)
『ちば』と聞いて即座に浮かんだのは当然千葉の字だ。
そこから連想されるのは、数字持ちの家系の1つで剣術の名家のあの千葉家。
達也も丁度そのことで思考を張り巡らせているが、まさか本人に尋ねるわけにもいかない。
まあ、別に今分からなくてもどうということはないので、ここは保留ということに……というところで、右側から視線を感じた。
「どうしたの柴田さん。 俺の顔に何かついてる?」
視線の主は美月だった。
尋ねると、あたふたしながら美月は答える。
「あ、いえ! ちょっと獅燿君のことをどこかで見たような、って思ってただけで……。」
聞いているだけだと別の意図を感じられるが、美月の表情から本当に既視感があるのかもしれない。
無論、紫輝は美月とは当然初対面だ。
しかし、彼女の方から自分を見たことがあると言われても心当たりが無いとは思わなかった。
長い付き合いの達也も紫輝と同じような心当たりがあるのだが、口に出すほどではないので黙っていた。
「あれ、まさか美月から言い寄っちゃう展開!? 意外と大胆ね~。」
「ち、違うよエリカちゃん!? 本当に見たことがあるような気がしただけだから!」
とはいえ、端から見ると架空の世界での異性に対する言い寄り方に似ているのでエリカのような反応になるのは至って普通である。
達也と紫輝が美月を宥めつつエリカを止めて、ちょうど入学式が始まる知らせが入った。
基本的に紫輝はこのような式の時は退屈が勝ってしまう人間だ。
ただでさえ起床時間が早いこともあって、こうもダラダラと話が続くと眠気が襲ってくる。
が、下手に寝て答辞の時までそのままだと深雪に何をされるか分かったものではないので何とか奮い立たせる。
「続いて、新入生答辞。 新入生代表、司波深雪。」
と、ここで紫輝にとって唯一眠気を感じないで済む時間がやってくる。
無論、それは寝てたら何をされるか分からない恐怖から来るものではない。
単純に深雪がどんなことを言ってくれるのかが楽しみなのである。
端から見れば大和撫子とか深窓の令嬢とか言われる深雪だが、意外と口は鋭い。
無論紫輝はブラコンも含むこの深雪のギャップはとても好ましく思っている。
だからこそ、それがこの公の場でもさりげなく披露してくれないかと期待していたのだ。
ただでさえ紫輝、そして達也を除く大半の生徒が深雪が壇上に上がった時にその容姿に見惚れているからなおさらである。
壇上に立って一拍置いてから、凛とした表情で深雪は答辞を始める。
「この晴れの日に歓迎のお言葉をいただきまして感謝致します。
私は新入生を代表し、第一高校の一員としての誇りを持ち、みな等しく勉学に励み、
魔法以外でも共に学び、この学び舎で成長することを誓います。」
この答辞を聞いた瞬間の反応は主に3通りだった。
まずは、深雪の容姿に見惚れていているまま。 内容など頭に入っていない。
これは言うまでもなくほぼ大半を占めている。
次に、深雪の答辞は頭に入っているのだが肝を冷やしている反応。 これは達也のみだ。
「みな等しく」、「魔法以外でも」と際どい言葉を含んでいて、一科生に反感を買わないか心配している。
まあ、その一科生たちはそんな細かいことなど聞いてないので杞憂に終わるわけだが。
最後は内容は分かっているが肝を冷やすどころか思わず笑みを零す者。 これは紫輝、そして裏で聞いている真由美だ。
特に紫輝はもしここが公の場でなかったら確実に痛快そうな笑い声をあげていただろう。
言外で差別思考を否定しているさりげなさは紫輝的には更に加点要素である。
と、ここで深雪が達也を見つけたのを確認。
そして、隣には紫輝ではなく見知らぬ女子・・・美月とエリカが座っていることに、少しばかり顔が引きつっている様子だった。
微妙な表情の変化故に、気づいたのは注視していた紫輝だけなのが救いだ。
その後に紫輝のことも見つけたのか、何とも言えない類の視線を向けてきた。
正確に意味を捉えて、視線を合わせながらやれやれと言わんばかりの軽いジェスチャーで意思疎通を図る。
そして通じたかどうか定かでないまま、深雪は壇から降りて行った。
(ここから徐々にストレス溜まるだろうな……)
紫輝は誰にも気づかれないようにため息を吐いた。
恐らく、この後は一科生たちが深雪に詰め寄ってくることだろう。
ただでさえ達也と離れているにも関わらず、更に知らない生徒たちに囲まれる。
紫輝ならまだしも、深雪にそれはなかなか酷なことだろう。
だが、二科の自分たちにはどうにも出来ないことだ。
そうこう考えている内に入学式は終わっていた。
入学式が終わった新入生たちは次にIDカードの作成を行う。
ここでも一科生が並ぶ窓口と二科生が並ぶ窓口が見事に分かれていて、ここまで来ると紫輝も流石に苦笑してしまう。
だが、達也、エリカ、美月も自然な流れで二科生の列に並んでいたので、紫輝もそれに従った。
さて、ここで入学してからの最初のイベント……と言えるかは分からないが、クラス分け発表の時間である。
4人全員がIDカード発行が終わったので、まずは自分のクラスを確認してから紫輝は達也に尋ねた。
「達也、俺はE組だったがそっちはどうだ?」
「同じく、E組だ。 今回は一緒になったな。」
前回……中学3年の時は紫輝は達也と違うクラスだった。
だから別にどうしたというわけではないが、今回ももしクラスが違っていたら少々凹んでいたかもしれない。
そして達也と紫輝の会話が聞こえていたエリカと美月は喜色の反応を示した。
「お、私もE組! 二人と一緒だ!」
「私もE組です。 もし私だけ別のクラスだったりしたらと思って不安でしたが、安心しました……。」
やや大げさなくらいのアクションに紫輝もやや表情を緩めた。
やはり、先ほど知り合ったばかりとはいえ知っている顔が同じクラスだと安心するものだ。
「あ、じゃあこれからホームルーム見に行かない?」
ここでエリカからE組の教室を見に行くという誘い。
しかし、紫輝はともかく達也はこの誘いは残念ながら乗ることは出来ない。
その理由は言うまでもなく
「悪い、妹と待ち合わせているんだ。」
こういうことであった。
もちろんその待ち合わせは紫輝も含まれているが、この場では特に話されることはなかった。
なお、断られたエリカは気分を悪くすることもなく、むしろ興味深げな表情をしていた。
「え、妹? 司波君って妹いたんだ。」
「もしかして……その妹さんって、新入生総代の司波深雪さんですか?」
更に、美月は達也と深雪が兄妹ではないかと既に見抜きかけていた。
これには流石の紫輝もよく見抜けたな、と驚いていた。
というのも、達也と深雪はそこまで顔が似ているというわけではなく、苗字を聞くまではまず兄妹だと言われることが無いのだ。
「そうなの!? ……ってことは、もしかして双子?」
「よく聞かれるが違うよ。 俺が4月生まれで妹が3月生まれ。 ギリギリ同学年なんだ。」
もし学年が違ってたら……と考えようとしたが紫輝はやめた。
意味のないifだし、想像するのも怖くなったというかバカらしくなったというか。
「それにしても、よく分かったな柴田さん。 俺でも初見は見抜けなかったのに。」
「いえ、二人の……えっと、何というか、オーラがよく似ていたので。」
紫輝はこの答えで納得が行った。
(あれか、霊子放射光過敏症。 考えてみれば眼鏡を着けないとってレベルだからそれくらい分かるか)
魔法などの超心理現象で観測される霊子。
霊子は活動した時に魔法師にしか見えない光を発するのだが、美月はそれに対する高すぎる視認能力を持っているのだ。
「本当に、目が良いんだね。」
思わず達也の声色にも力が入ってしまう。
彼からすれば、美月のこの目は都合が悪い可能性もあるから、まあ仕方ないと言えるが……
「え? 美月眼鏡かけてるよ?」
「ああ、彼女の視力の問題じゃない。 その眼鏡に度は入ってない……よな、柴田さん。」
「は、はい……。」
エリカの疑問に答える紫輝、そして紫輝の確認に怯えながらも答える美月。
そんな3人を尻目に達也は内心で危機感を募らせていた。
(下手をすると、俺の秘密も視られる可能性も……)
「はいはいお前もあんま怖い顔するな。」
本日2回目のコミカル音。
よろしくない空気を変えるために紫輝はピコハンで達也に軽くアタック。
思考の海に落ちているところの不意打ちに抗議をしようとしたこのタイミングで
「お兄様ー、紫輝ー!」
背後から二人を呼ぶ声が聞こえてきた。
誰なのかは言わずもがなであった。
「おう深雪、答辞お疲れさん。」
「お疲れさん、じゃないでしょう紫輝! 何でお兄様をその玩具で叩いたの!」
そして合流して早々紫輝の行動を咎め始める深雪。
しかし、この男がこれくらいの剣幕で怯むはずもなく
「だってしょうがねえだろ、唐突に怖い顔してだんまりだったし。 ピコハンが悪いなら某大乱闘で鬼畜アイテムともいわれるアレにするぞ?」
「なんで素直にハリセンと言わないんだお前は……。」
すっかり毒気が抜けた達也は溜息混じりで紫輝にツッコミを入れた。
ただ、達也は静かに感謝していた。
自身が原因でおかしい空気になりかけたところに軌道修正を行ってくれた紫輝に対して。
「まあ紫輝はさておき……お兄様。 そちらの方たちは……?」
この手の話題で紫輝と言い合っても徒労に終わることはよくわかっている。
だから、入学式の時から気になっていたことを達也に振った。
「ああ、同じクラスになった柴田美月さんと千葉エリカさんだ。」
「そうですか……。」
ここで紫輝……否、それ以外の人間も唐突に寒気に襲われる。
多数の人間は気のせいかと思い気にしないでいるが、紫輝と達也は原因が分かっていた。
そもそもこの状況を考えたら、元凶は一人。
「早速、クラスメイトとデートですか、お・に・い・さ・ま?」
それはもう極寒の微笑みを浮かべている深雪である。
紫輝の危惧した通り、ストレスが溜まっていることもあってかその威力はなかなか
周りも深雪の発する静かな怒気に圧されていた。無論、達也も例外ではない。
……が、それはすぐに終わった。
「はーい、気持ちは分かるがクーラーにはまだまだ時期が早いからなー。後流石に達也はそこまで手は早くないぞ。」
今度はやや高い……具体的にはピシャッという音が鳴った。
今回の深雪は「うきゃっ!?」と益々淑女らしくない声をあげて、同時に寒気も収まった。
ちなみに、今回使用したのはピコハンではなく安物の扇子。
一体どこにそんなものを隠し持っているのか、それは聞いてはいけない。
「何か引っかかるが、紫輝の言うとおりだぞ深雪。 それに、そういう言い方は二人に失礼だろう?」
紫輝のツッコミで落ち着いたところに、つかさず達也も深雪の言動を窘める。
「あ……申し訳ありません、柴田さん、千葉さん。 司波深雪です。 お兄様と紫輝同様よろしくお願いします。」
元の状態に戻った深雪は自分の非礼を謝る深雪。
しかし、エリカと美月は特に気にしている様子はなかった。
急に寒くなったり、紫輝がツッコミを入れたら急に元に戻ったりとコロコロ展開が変わるので気にすることも出来なかったとも言うべきか。
そこからは女子同士だからか、あるいは深雪の性格なのか……あっさりと二人と打ち解けることが出来た。
エリカと美月も深雪の意外に気さくな部分を見て好感を持って接している。
その様子を見て、達也はとりあえず安堵の溜息を上げる。
そして、紫輝は自身と同じくこの光景を微笑ましそうに見ていた人物に声を掛けていた。
「そういえば、深雪に何か用があるんじゃないんですか? 七草先輩。」
そこにいたのは真由美と、もう一人……恐らく同じく生徒会のメンバーであろう男子生徒。
ちなみに、男子生徒についてスルーした理由は至って単純。
紫輝たちに対して厳しい視線を向けていたからだ。
この時点で紫輝は察したのである。
また、周囲の一科生の大半も同じような視線を向けている。
早い話が、一科生より二科生の方に仲良くしている深雪の姿を見て悔しいのだろう。
無論、紫輝はそんな視線を受けてもなお平然と……というか内心では鼻で笑っている。
紫輝の声は深雪にも聞こえたのか、いつの間にかこちらを向いていた。
「大丈夫ですよ、特に急ぐような用事でもありませんから。」
「なっ、会長!? それでは予定が……!」
真由美は深雪のプライベートを優先させる意向のようだ。
ただ、男子生徒の方は予定が狂ってしまうと反論するが
「事前に約束をしていた、というわけではないですしここは彼女の都合を優先させるべきです。」
ぐうの音も出ない正論。 男子生徒も真由美の言っていることが正しいことは理性では理解している。
しかし、生徒会の用事よりも二科生を優先するということがやはり気に入らない様子だ。
「では司波さん、また後日に改めて。 司波君と獅燿君も、またいずれか。」
そう言って紫輝たちとは逆方向へと歩き出す真由美。
その際に、生徒会所属の男子生徒がこちらを……具体的には達也と紫輝を睨んでから真由美を追っていった。
睨まれた当本人たちの反応はといえば
(また厄介ごとになりそうだな……)
(あれは七草先輩苦労してそうだな……ああいう手合いは、一回完全にへし折ってやるのが一番薬になるんだが。)
殆ど同じものだが、紫輝の方が些か好戦的というか物騒な物言いだった。
だが、紫輝自身がお灸を据える、なんてことは全く考えていない。
基本、自分とその周りに害が及ばなければそれでいいのだ。
多少睨まれるくらいなら別に害の範疇に到底及ばない。
しかし、深雪は違った。
「申し訳ありません……お兄様と紫輝の心証を悪くしてしまって……」
自分の我が儘が原因だと思っているのか、表情が暗くなっていた。
紫輝としてはこんなことで沈んだ表情をされるのが癪だったので、扇子で深雪の額を軽く小突く。
「気にすんな気にすんな、あっちが勝手に悔しがってるだけだ。 七草先輩の言った通り、さっきのはお前の我が儘を通しても問題ないシチュエーションだ。 それに、俺は面白かったがな。 自分たちはお前に碌に話しかけられない、または一方的に話しかけている状態で、どこぞの馬の骨な俺がお前と仲良さげにしてるところを目の当たりにしたつまらない嫉妬心を見てるってのもな。」
「……そうね、紫輝はそうでした。 全く、こういう時でも面白がるんだから……。」
呆れている口調だが、先ほどより持ち直した。
同じく紫輝の性格の悪さに呆れながら、達也も加勢する。
「そうだ深雪、お前は何も気にする必要なんてない。 ……後、言い忘れていたが答辞お疲れ様。 とてもいい答辞だったぞ。」
「お、お兄様……。」
否、加わるどころか紫輝よりも更に効果のある行動に出た。
頭を撫でながら、先ほどの答辞を褒める。
たったそれだけのことだが、達也の声色といい、顔を赤らめる深雪といい、その光景はとても兄妹には見えないものだった。
紫輝としてはこの兄妹はこのままにしても良かったのだが、今は置いてけぼりになっている者が2名ほどいることを忘れてはいない。
「あ、あのー……。」
「お二人さーん?」
「とりあえず、あんまり長くやるのは俺以外が近くに居る時はダメだぞー?」
明らかに慣れている紫輝はともかく、この二人だけの世界というものが初見の二人には色々とつらい。
最悪野暮だがピコハンか扇子の準備をしていたが、兄妹はちゃんと周りも見えていたのかすぐに戻った。
「ああ、すまん二人とも。……じゃあ、とりあえず帰るか。」
「あ、帰るの? それだったらケーキでも食べていかない?
近くに美味しい店あるんだ。」
帰路に着こうとしたところでエリカから提案が入った。
「ケーキですか……いいですね。」
「お兄様と紫輝はどうなさいますか?」
この提案に食いついたのは美月と深雪。
まあ年頃の女子だからこの反応は普通であろう。
「俺は問題ないぞ、そのまま素で帰るには早すぎるくらいだし。」
「そうだな、俺も同席させてもらおう。」
達也の場合は深雪に同行する、と言った方が正しいだろうが。
更に言えば、紫輝も来るならば男女比率が2:3になるので問題なくなる、という理由もあった。
紫輝の方は、実は全く用事が無いわけではない。
ただ、今回は高校生活を共にするであろう最初の友人たちとの交流を優先すべきと判断した。
紫輝が自宅へ帰還したのは午後5時を回る頃だった。
学校から出た後はまっすぐエリカの言う店へと向かい、そこで寛いでいた。
女子3人が話に華を咲かせ、紫輝も適度に混ざっていく形を取った。
達也は紫輝ほど混ざることが出来ないので、端末で再度読書をしつつ、時折話を振られれば答えるという程度だった。
だが、一歩引いた位置で4人……特に深雪の様子を見て一安心したようだ。
更に言えば、一科生でこのように仲良くやれる友人がいれば深雪の苦労も減るのだが……とも考えていた。
暫くの間色々と話したら各々解散となった。
支払は男子二人が共同で受け持つことになった。(これには流石にエリカ・美月も遠慮したが、深雪が押し切る形で納得させた。)
(まあ、まさか102位とギリギリの順位になるとは思わなかったが一応予定通りの二科生、か。)
制服を仕舞う際に改めてエンブレムの無いそれを見て紫輝は今日のことを振り返る。
今の紫輝の魔法力を考慮すれば、一科生になることはまず有り得ない。
現状では速さのみ深雪とタメを張る、ただそれだけのこと。
そして、ふとどうでもいいことを考えてしまう。
(もし成績上で俺が98位とかになって一科の誰かが101位以下に落ちた場合、制服ってどうなるんだ?)
本当にどうでもいいことであった。
そんなことを考える余裕があったらさっさと家事の1つでも済ませるべきである。
このご時世、家事はHAR任せにするのが基本である。
しかし、紫輝は料理だけは出来る時は自分でやるようにしている。
こうなったのは色々な人の影響があったからなのだが……
(……さて、そろそろやろうかね。)
今日はそこまで手のかからないものをやろうか……と思っていたところで、電話が鳴り始めた。
現状一人暮らしの身だが、それなりに心当たりが多いので連絡が来る相手はイマイチ絞り切れない。
何はともあれ、いつまでも相手を待たせるわけにはいかないのでさっさと電話に出ることにした。
「あ、もしもし? 久しぶりね紫輝君。」
聞こえてきたのは、紫輝からしたらとても聞きなじみのある女性の声だった。
「あれ、夕歌姉さん。 かなりご無沙汰だけど……何かあった?」
「何かって、紫輝君は今日から晴れて一高生でしょ? 早い話、入学祝のご連絡です。」
「それはご丁寧にどうもありがとう。 まあ、二科生だからそこまでのことでもないんだがね……。」
紫輝が姉さんと呼んで慕っている電話相手の女性……津久葉夕歌とは達也・深雪に次ぐ長い親交がある。
約10年前、両親を失った幼き紫輝の後見人として立候補したのが夕歌の母親であった。
曰く、紫輝の母親とは学生時代の先輩後輩の関係で親交もそこそこ深かったとか。
紫輝のこともよく可愛がっていたらしい。
まあ、とある事情により引き取るという話にまでは至らなかったのだが。
それでも少なくはない頻度で生活を共にしていたので、自然と紫輝は彼女を姉と呼んで慕っていた。
「それは仕方ないでしょうね、今の紫輝君の魔法力だと実技評価はどうにもアンバランスになっちゃうし。 というか貴方の場合一科でも二科でもそこまで差はないじゃない。」
「まあ、その通り。 俺の主目的はあくまで達也と深雪の傍にいることだから。 ……それがあの人との約束でもある。」
それは、今の紫輝を形成する一つの約束。
生き延びることは出来たが、それだけの空っぽだった紫輝に生きる意味を与える切っ掛けになった誓い。
だが、別にこの約束があるからという義務感だけであの兄妹と一緒にいるわけではない。
あの二人と一緒に居た方が退屈しないで済みそう……そんな期待も含まれていた。
本人たちが聞いたら呆れられるだろうが。
「そこは変わってないわね、良かった良かった。 ……ただ、そろそろあの兄妹以外にもそういう人は居た方がいいし、貴方も歳頃なんだからそろそろ恋人でも作ったら?」
「おいおい、いきなり難易度上げてくれるなアンタ……。」
獅燿紫輝15歳、年齢=恋人いない歴である。
とはいえ、今までが今までで割と忙しかったから考える余裕すらなかったというのが正しい。
「紫輝君ならそれほどの難易度でも無いような気もするけど……。 あ、もしかしてもう既にお目当てが居たりとか?」
「それこそまさか。 俺はそこまで惚れっぽくないよ?」
「まあ、達也君同様そこは逆よね……。 とりあえず、恋人云々はともかく紫輝君はちゃんと学校生活を満喫すること。 ただでさえ普段は忙しかったり物騒だったりなんだから、せめて学校だけでもね。 ……とは言っても、そうはいかないかもしれないけれど。」
「ははは、ならそうはいかないところも含めて楽しませてもらうまでさ。」
そこからは他愛のない話が少し続き、いずれかは顔を合わせて話そうということで通話は終了した。
夕歌も東京に居るので会おうと思えばすぐに会いには行けるが、彼女も現在魔法大学の3年生。
何かと忙しいことが多いので日程を合わせるのは難しい。
(……夕歌姉さん、満喫するとは言っても早速そうは行かなさそうなんだよな……悲しいことに。)
今朝、一高にて紫輝の嗅覚は感じ取った……感じ取ってしまった。
『あちら側』の臭い、更に言うなら『あいつら』の臭いを。
もしかしたら既に一高内部に侵入しているのかもしれない。
ただ、強いて幸運と言えるのは臭いの元がどこか人工的なことか。
自然発生ではどうしようもないが、人工発生ならば元を叩けばいい。
出来れば達也と深雪が気づく前に脅威は排除したいので、暫くは校内の警戒を静かに密にするべきだろう。
……そうやって思考を張り巡らせていた紫輝の顔は、それはもう面倒くさそうだがどこか楽しそうであった。
夕歌さんが早々に登場したことによって紫輝の素性がすっごく分かりやすいという……。