魔法科高校の劣等生 -Masquerade Devil Hunter- 作:スダホークを崇める者
E-1からボス前戦艦棲姫or空母棲姫とは……まぁ、連合だからまだマシなのですが。
入学式翌日の朝
昨日と同じように5時台に起床、そこから早朝の日課行動、シャワー、朝食を流れるように済ませる。
しかし、昨日と違いすぐに登校するわけではない。
昨日は司波兄妹の付き添いという役目があったから早めに学校へ向かったに過ぎない。
だからといって登校する時間まで暇を持て余すつもりも当然ないが。
その証拠に、既に制服に袖を通してある。
本日の朝の用事は、とある人物に挨拶と、昨日から気になっているとある事について尋ねること。
(まあ、こんな早い段階で何か掴んでいるかは微妙なんだが……)
少なくとも、後者は半ばついでなので空振りでも特に気にはしない。
むしろこの件は注意喚起という風に捉えた方が適切なのだろうか。
更に言えば、その人物の元には彼らも居るであろうからますます丁度いい。
そういうわけで、昨日よりも早い時間に紫輝は家を出た。
目的地へ向かう道ながらは魔法を使うことで移動時間を短縮する。
今の紫輝でも使える、彼の得意分野の1つである自己加速術式で。
現時点の彼の決定的な欠点である事象改変力の弱さ、またキャパシティの少なさを特に気にすることなく使えるので、彼はこれを多用する。
得意分野は他にもあるのだが、それらはどちらかに引っ掛かるので滅多に使わない。
たまに暇つぶしで練習を行う程度である。
すれ違う通行人の大半に驚愕を与えるスピードで走り続け、紫輝は無事に目的地の九重寺に到着した。
(無音だから……まだ来てないなあいつら……と思いきや)
先客が来ていないことはすぐに分かったので暫く待機……と思ったところで、ちょうど紫輝が来た道から音が聞こえてきた。
ローラースケートの車輪が転がる音と、自分と同じように高速移動魔法で走っている足音が。
目を向けると、予想通りこちらに向かっているのは司波兄妹だった。
深雪は紫輝と同じく制服姿、達也は如何にもこれから体を動かすための機能性重視の服装。
紫輝の起床時の予想通りである。
「お二人さん、おはよう。 特に達也は入学早々の稽古ご苦労なこった。」
「おはよう、紫輝。 制服を着ているということはお前は師匠に別用か。」
「半分は深雪と一緒、挨拶だよ。 もう半分はちょいと気になったことがあるから雑談がてら尋ねてみる。」
「おはよう、紫輝。 ……気になったことって、もしかして……?」
挨拶を交わしながらこの場所を訪れた要件の話をする。
長い付き合いだからか、気になることというだけで紫輝の懸念事項を把握する兄妹。
「まあ、あくまで俺が懸念してるだけだ。 少なくともお前らは心配しなくていいよ。」
「お前がそう言うならば俺も突っ込まないが……無理はするなよ。」
「お兄様の言う通りよ、紫輝。 貴方は昔からすぐに危ないことに突っ込みたがるから……。」
「分かった分かった、そこら辺は適度に注意するさ。」
……本当に分かっているんだろうか。 兄と妹は全く同時に内心で呟いた。
話を一旦切り上げ、石造りの階段を歩いて九重寺へ足を踏み入れる3人。
そして、そのお出迎えは多数の修行僧らしき人影により為されていた。
「深雪、紫輝。 少し待っていてくれ。」
「本日は乱取りのようだな。 まあ、適度に気張れやってことで。」
紫輝と深雪は端の方に捌けたことを確認したのか、修行僧たちは一斉に達也に挑んできた。
見たところ十数人対一と言ったところであろうか。
しかし、数の不利など気にならない動きで達也は着実に一人、また一人と捌いている。
(また腕上がってるな、流石は達也。 だからこそ俺も安心してあっち側に集中できるんだよな)
ここのところ忙しくてこの稽古を見ていなかった紫輝は、どことなく安心していた。
恐らく、同じ徒手空拳同士ならば負かされるであろう。
達也は魔法の実技評価こそ確かに二科生でも下の方だが、別の要素で他者を圧倒し得る。
紫輝も魔法の構築速度以外は現状平凡以下なので思うところは同じなのだ。
「ところで、先生。 挨拶代わりに忍ばれると俺はともかく深雪が困ると思いますよ。」
突然の紫輝の発言と共に、深雪も驚いて振り向いてしまった。
そこには、いざ深雪の頬を突こうとしていた僧侶の姿があった。
紫輝が先生と呼ぶ彼こそが、この九重寺の僧侶であり、忍の九重八雲。
「流石は紫輝君、この程度じゃあバレバレか。」
「ははは、まあ仕事上の慣れですよ。 深雪は全く気付いていなかったみたいですし。」
お遊び程度とはいえ、本職の気配遮断をあっさり見破る紫輝も紫輝である。
慣れ、というよりこれは紫輝自身のスキル、某騎士王を彷彿とさせる『直感』なのだが。
彼女の未来予知染みたそれよりは弱いが、それでも人の直感としてはかなりの域に達している。
「せ、先生! そんな普段から気配を忍んで近づく必要は……」
「いやー、それはほら、僕は忍だからね。 忍に忍ぶなと言われるとこっちも困っちゃうのさ。」
「まあ、職業病とか性ってやつさ深雪。 それをやめろって言うのは無茶だぞ? ああ、俺が深雪を弄るのも性のようなものだからやめられないし止まらないぜ?」
思わず某海老の風味がする菓子を買いたくなるフレーズで割と酷い主張をしている紫輝であった。
「そして相変わらず古い言い回しをする紫輝君。 これも一種の性だね。」
「紫輝、さりげなく私を弄るのを正当化しないで。」
「えー、だって俺が弄るの止めたら誰もお前にちょっかいかけてくれなくなるぞ? いいのかそんな寂しい人生で。」
「貴方のは度が過ぎることもあるから言っているの!」
「常々思うけど君たちは本当に仲がいいね。 傍から見たら色々と誤解されるんじゃないかい?」
同性同士ならばまだしも、異性同士でのこの距離感。
特に深雪からすれば唯一砕けた口調で話せるくらいで、達也を除く他の男性とは明らかに精神的距離は近い。
実際、このやり取りを見た者の大半は紫輝と深雪は恋仲なのではないかと勘ぐっていた。
……が、しかし当本人たちはと言えば
「誤解はされますね。 俺としてはちょっと距離が近すぎて彼女にするには違うかなと思ってますが。」
「それに関しては私も同意見です。 あくまで友人として付き合うのがちょうどいいと思っています。」
「えー、そこは親友じゃないのか。 あの頃は色々と兄妹仲を取り次いでたっていうのに……」
(まあ、確かにこの仲の良さは友人と言うよりは親友……または血の繋がってない兄と妹でも通じる気もするけど。)
男女間の友情は基本有り得ないと言う人間も居るが、この二人に関しては例外も例外だろう。
深雪が極度のブラコンであること、また紫輝がそれを許容(達也のシスコンについても同様)どころかむしろ推奨していること。
この2つの要素により発生する、この二人……否、三人くらいじゃないと発生しない関係性とも言えた。
「ところで、今更なんだけど二人が身に着けているのは第一高校の制服だね?」
「はい、ちょうど昨日が入学式でしたので。」
二人……特に深雪の制服姿を凝視している八雲を見て、紫輝は思った。
あ、これは始まるな……と。
「う~ん、いいね。 真新しい制服の初々しさ、清楚さの中にも隠し切れない色気があって……まるで咲き綻ばんとする花の蕾、萌え出ずる新緑の芽……これは萌えだ。萌えなんだよ深雪君!」
興奮気味に感想を並べていく八雲に深雪は引き気味、流石の紫輝も苦笑していた。
ますますヒートアップする気配すらあるので流石に止めようかとも思ったが、寸前で中止した。
「師匠。 深雪が怯えていますので程々にして頂けませんか?」
丁度修行僧を全員倒していた達也が止めに入っていたからだ。
背後からの手刀という、少々荒っぽい手法を取っているが。
ただ、普通なら当たってもおかしくないその一撃を八雲はいとも簡単に防いでいた。
「やるね~達也君。 僕の背後を取ると、は!」
奇襲を受けてなお涼しい顔をしている八雲の反撃。
それを達也が避けてからは一見一進一退の攻防が続いていく。
「凄い、師匠と互角か!」
「流石は達也殿だ。」
見学に入っている修行僧たちの称賛の声。
しかし、紫輝の見解は若干異なっていた。
(確かに、体術オンリーならかろうじて互角。 ……だが、総合的に見れば達也が押されてる。 先生は相変わらず底が見えないし見せるつもりもない辺り、流石だな……)
と思考に耽っている間に組手は終わったようだ。
息を荒げて倒れている達也と涼しい顔をしている八雲。
まさに対照的の状態であった。
「いやはや、組み手だけではもう敵わないかもね。」
「組み手で互角でも、ここまでの差がありますがね……。」
「そりゃあ魔法を織り交ぜて互角なんてことになったら、もう僕は師匠と呼ばれる必要がなくなっちゃうじゃないか。」
「それに単純な経験の差、というのもある。 先生が相手の場合はその要素が更に強くなるから追い越すのは大変だぜ?」
年の功、というのもあるが経験の濃さというか重みがこの坊主の場合は人並みのものではない。
それを越す、というのは一朝一夕では不可能と言える。
「ははは、君が言うと重いね紫輝君。 で、君は挨拶のためだけに僕を訪ねたってわけじゃあないだろう?」
「ええ……つい昨日気になること……具体的には臭いがしましてね。」
それは昨日、入学式が始まる前に薄らと嗅いだ臭い。
達也たちではまず分からない、紫輝のみが分かるその臭いのことを聞いて八雲も目を細めた。
「なるほど、わざわざ昨日、ということは第一高校付近でってことか……。
ただ申し訳ないね。 こちらは君みたいに専門家ではないから小火程度じゃあ認知は厳しいよ。」
「いえ、それならば軽く頭の片隅に留めておく程度で十分かと。
あくまで共有しておきたかった、というくらいなので。」
逆に八雲が認知していたら紫輝も警戒レベルを引き上げていただろう。
だが、この様子ならばその必要はなさそうである。
そのことに、紫輝は半分は安堵していた。
あくまで半分、ではあるが。
「あ、先生。 朝食を持ってきているので、よろしければ先生も。」
「お、いいね。 いただくよ。」
「あれ、深雪。 俺の分は? 仲間外れは酷いぞ?」
「あなたは朝食を取ってから家を出るじゃない、必ず。」
今回は紫輝の弄りに毅然と返す深雪。
この二人の会話を聞いて八雲は改めて思った。
やっぱり君たち、実は付き合ってるんじゃないのかな?、と。
九重寺での稽古の後はもちろん登校である。
既に準備万端の紫輝は達也と深雪の支度を待ち、それから3人揃って学校へ向かう。
3人で、というところは小学校の時から全く変わらない光景であった……昨日は紫輝が遅れていたが。
最寄りの駅まで歩いたら、そこからはキャビネットを利用する。
二人乗りと四人乗りの二種類があるが、迷わずこの3人は四人乗りの方へ並んでいった。
紫輝としては二人の邪魔をするつもりは毛頭ない。
しかし、達也と深雪が問題ないというならば特に分かれる理由もなかった。
だが、それでも最低限一人で後部座席に座る、というくらいの空気は読んでおいた。
「お兄様……昨晩、あの人たちから電話がありました。」
「あの人たち……親父たちからか?」
唐突に昨晩のことを話し出す深雪。
その表情には明らかな陰りがあり、あまりいい話ではなさそうだ。
「私への入学祝いの電話でしたが……その、お兄様には……。」
「……ああ、こっちはいつも通りだよ。」
(ですよねー……相変わらずな人たちだ。)
長い付き合いだからこの短い会話で紫輝も全てを察した。
ただ、そこで深雪にのみ祝いの連絡をするという中途半端さには苦笑してしまったが。
「いくらなんでもとは思いました……。 ですが、やはりお兄様には何の連絡も……!」
消え入りそうな深雪の呟きと共に、車内は唐突に冷気に包まれていく。
干渉力が強すぎるが故に発動する、魔法の暴走。
これもまた紫輝は慣れっこだし、普段なら止める役でもある。
しかし、今回はあえてスルースキルを発動させた。
正しくは空気を読んだ、とも言えるが
「落ち着け、深雪。」
達也が深雪の手を握りながら力強く静止させるよう言い聞かせる。
深雪もすぐに我に返り、冷気はとりあえずは収まった。
……なお、自動で動き出したヒーターはすぐには止まらないので暑がりな紫輝はやや辛そうではある。
「も、申し訳ありません……取り乱してしまって。」
「まあ、会社を手伝えという命令を無視したからな。 あっちからすれば祝う理由もないだろう。」
「普通15歳ならば進学するのが当たり前です! それなのに……!」
「まあ、それだけアテにされている、ということだろう。 ……更に言うなら、俺はこれでもマシな方だとは思っているくらいだ。」
と、ここで再び深雪の表情に曇りの色が表れる。
その視線は達也から外れ、後部座席の紫輝に向いていた。
「おいおい、俺のことは今は関係ないだろうに……。
肉親こそもういないが、それでも家族と素直に言える人は普通にいる。
お前たちがそうだし、夕歌姉さんも、他にもいるしな。」
「……それもそうだったな。 すまん、紫輝。」
「私も、ごめんなさい紫輝。」
「まあ、あの人たちに対しては俺も思うところしかないから気にすんな。
仮に完全に親子関係が断ち切られたとしても少なくとも俺は家族で居るから。少なくとも孤独にはしてやらないぜ?」
そう言って、紫輝は二人の頭を軽く叩く。
普段は達也にとってはやんちゃな弟、深雪にとってはいつもちょっかいをかけてくるもう一人の兄のような立ち位置な紫輝。
だが、こういう時はどちらにとっても支柱とも言える長兄立場にもなる。
深雪だけでなく、達也もこの時はどこか穏やかそうな表情になっていた。
そんなこんなで無事に一高へ到着した3人。
しかし、ここで深雪のみが別れることに。
理由は至って単純なこと、一科と二科では教室の場所が大きく違うからだ。
昇降階段すら違うあたり、ここでも区別は徹底していると言える。
(こりゃ、深雪の迎えに行くときとか面倒だなおい。)
どれほど離れているかは分からないが、紫輝は内心で溜息を吐く。
……とはいえ、仮に紫輝も一科だったとしてもまるで変わらないのだが。
そんな些細な憂慮も程々に、ホームルームである1年E組の教室に入る。
「あ、オハヨー二人とも。」
「おはようございます。」
既に着席している美月、そして丁度美月と話しているエリカが真っ先に挨拶をしてくる。
「おう、おはよう千葉さん、柴田さん。……ん、達也は再び柴田さんの隣か。」
「おはよう。 確かにそうだな、よろしく柴田さん。」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。」
「いいなー、あたしももっと近くが良かった……。 あれ、獅燿君も離れてるんだ。」
「の、ようだな。 ……さて、やること先にやっておきますかね。」
自席(達也と美月の後ろの列で窓際とか逆側の端の席)に着いて昨日配布されたIDカードを挿し込んで端末を起動する。
達也も全く同じように自席の端末を起動していた。
「二人とも、何をしているんですか?」
「履修科目の登録。 もう決まってるからさっさと済ませようと思ってね。」
そう言うな否や、この時代では既に珍しいキーボードオンリーの入力で作業を開始する達也。
そのキータッチのスピードは凄まじく、残像が見えているのではというくらいだ。
「え、キーボードオンリーの手入力で……このスピード!?」
「って、獅燿君も似たような手つきで素早く入力してるし!?」
達也よりは若干遅いが、それでも紫輝も素早い入力速度だ……達也の見よう見真似だから、なのだが。
余りの速さに、美月とエリカだけでなく周りの生徒まで達也、そして紫輝の指捌きに見入っていた。
「……すっげー。」
そして達也の背後から美月でもエリカでもない声が聞こえてきた。
一旦作業を止めた達也と紫輝がその方向へ顔を向けると、顔の彫りが深いワイルドなタイプの男子生徒が覗き込んでいた。
「見られて困るものではないが……そうずっと見られるのは気分がいいものではないな。」
「あ、悪りぃ。 今時キーボードオンリーなんて珍しくて……つい。」
「慣れてしまえばこっちの方が早い。」
「へえー、そんなものなのか。 おっと、自己紹介が遅れたな。 俺は西城レオンハルト。長いからレオで構わないぜ。 得意分野は収束系の硬化魔法だ。 志望は山岳警備隊とかそっちの方向だ。」
男子生徒……レオの自己紹介を聞いて紫輝は内心で納得、と同時に僅かながらに驚いていた。
(顔立ちからして欧州……それもゲルマン系ってところか。
……それにしても、まさかパッと見でこれほどとは。……もしや。)
一瞬でだがレオの出自はおぼろげに分かってしまった紫輝。
その理由は、恐らくこの場では紫輝しか見ることが出来ないとあるモノ。
……とはいえ、あくまで目測によるものなので何とも言えないからあえてそのことを口にすることはないが。
「司波達也だ。 生憎実技は苦手なんでね、魔工師志望だ。」
「へえ、確かにイメージぴったりだな。 えーっと、そっちはどうなんだ?」
「獅燿紫輝、だ。 俺は普通に魔法師方面狙い。 得意分野は……強いて言えば加速系統ってところか。 なお、この技術は達也の見よう見真似なだけで俺に工学的センスはからっきしさ。」
「いやいやいや、見よう見真似でもそんなに出来るだけ十分凄いでしょ獅燿君。」
紫輝の若干の謙遜発言に待ったをかけるエリカと同調して頷いている美月も会話に入ってきた。
するとレオは会話に割って入ってきたエリカを指さして
「達也、紫輝。 こいつ誰だ?」
「うわ、いきなりこいつ呼ばわり? モテない男の典型例ね。」
指をさされて更にこいつ呼ばわりされたので、お返しとばかりの言葉を投げ打つエリカ。
「なっ……! ちょっと顔がいいからって調子に乗ってるんじゃねえぞ!」
「あーら、もしかして図星だった?」
怒ったレオの反撃に全く動じる様子もないエリカ。
それどころか更に追撃が入ってきたので流石にまずいと判断した周りが止めに入った。
「レオ、それくらいにしておけ。」
「エリカちゃんも、ちょっと言い過ぎよ。」
「というかあんまりやってると最強アイテム降臨するけど、それでもいいかな?」
達也と美月、そして紫輝の静止が入ったら流石に口喧嘩を止めたようだ。
……ちなみに、紫輝の両手にはいつの間にか最強アイテム=ハリセンが握られていた。
笑っているような笑っていないような曖昧な笑顔もセットで。
「なあ、紫輝……いつの間に持ってたんだそんなもの。」
「気にしたら負けだぞ、レオ。 ざっくりと紫輝のツッコミスキルとでも思っておけばいい。」
と、上手く口喧嘩が沈静したところで予鈴が鳴り出した。
達也の周りにいた皆はそれぞれの席に戻り、オリエンテーションの開始を待つ。
(校舎内では臭わないってことは、学校内は白ってことでいいかね。)
紫輝は今この時も昨日の『臭い』の出所を探っていた。
少なくともこの校舎から臭わない……ということは、学校外のどこかの連中の仕業であろう。
しかし、学校の近くということが偶然か否かという点に関しては紫輝の勘は完全に否定していた。
(まあ、もしかしたらということもあるから……校内の警戒も怠らないように、ってところかな。)
現状の方針をまとめたところで、教室前方の扉が開く音が聞こえてきた。
「あれっ……?」
誰か発したかは分からないが、そんな疑問を擁した声。
それを皮切りに何名かの生徒が同じように
「どうして先生が!?」
「一科だけの特権じゃなかったっけ?」
そんな生徒たちの視線の先には、如何にも教師という服装の女性がいた。
「皆さん、入学おめでとう。 当校の総合カウンセラー、小野遥です。」
(なるほどね、カウンセラーか。……ただ、なんだろうな。 この只者ならぬ雰囲気は。)
直感とこれまでの経験から紫輝は彼女に何かある、と判断していた。
ただ、今気にしている事案と関係するとは思っていないので、あくまで僅かに警戒をするという程度だが。
優先順位をごちゃ混ぜにするとどうなるか……それもまた経験で理解はしている。
「では、これからガイダンス、その後に履修登録を行ってください。 もし履修登録が完了している人がいるなら退室しても構いません。」
紫輝は既に完了しているが、別に退室をするつもりはなかった。
さっさと退室して浮くのは別にかまわない。
むしろ懸念事項について調べるために昼までの自由時間を活用するのがいいくらいだ。
ただ、恐らく達也は目立つことは避けたいだろう。
ならば、自分がわざわざ目立つ必要もない。
そう思案してどう暇を潰すか……と思ったところで誰かが立ち上がる気配を感じた。
(あー、やっぱり目立つな……って……?)
わざわざ目立ってる生徒の顔を見ようと目を向ける。
大半の生徒が一目散に去る人物を何とも言えない視線を向けていた。
……が、紫輝はその何とも言えない表情が苦笑混じりのものに変わっていた。
当然というべきか、そこからは誰も席を立つ様子も無く各々履修登録の作業まで滞りなく進めた。
「達也と紫輝は昼までどうすんだ?」
自由時間になってすぐさまレオに行動予定を聞かれる二人。
この自由時間で資料を閲覧しててもいいし、授業の見学を行ってもいい。
「どこかかしらか見学希望だな。 場所は未定だが。」
「俺は特に決めていないから付き合うぞ?」
地理の把握が主目的ではあるが、別に授業風景が気にならないわけではない。
また、レオなら恐らく見学を予定しているのではと思ってのことでもあった。
友人付き合いは大切に。 中学時代は司波兄妹以外の交流が少なかったからこそ心掛けるべきことだ。
「お、そういうことなら工房の見学に行かないか?」
「工房? ……あー、なるほど。 得意分野のことを考えてか。」
「おうよ。 闘技場もいいけどよ、硬化魔法って武器との相性がいいからな。 武器の手入れの仕方も身につけておきたいってわけだ。」
その理由に達也も納得、その誘いに乗ることになった。
そこに美月とエリカも輪に入ってくる。
「工房見学でしたら、私もご一緒しても良いですか? 魔工師希望なので……。」
「へえ、柴田さんも魔工師希望か。 達也同様イメージピッタリだな。」
(これで仮に隠れ武闘派だったらそれはそれでギャップが凄くて面白いが……)
なかなかに失礼なことを考えている紫輝。
まあ、顔に出していないのでギリギリセーフということで。
「私も行く!」
そして最後になったエリカも同行の意を示した。
が、彼女の同行が気に入らない者が約一名いるわけなので
「オメエはどう見ても闘技場だろうが!」
先ほどのお返しか今度はレオから口撃を開始する。
「野生動物に言われたくはないわよ。」
エリカも無論反撃、そこからお互いに睨み合いを始める始末だ。
それを見て美月はオロオロとしてしまい、達也も溜息。
そして、今度こそとばかりに動くのは無論……
「Time is moneyだろ、いつまでやってるおまいら。」
「「痛っ」」
二人から同時にコミカルな打撃音が響く。
ただ、コミカルとはいえやや強めに得物……ピコハンを振るったので二人は同時に頭を抱えてしまう。
犯人は言うまでもない。 いつの間にかピコハンを両手に持っていた紫輝である。
「全く、会って初日でお熱いこっただ。 とりあえず行くぞ達也、柴田さん。」
「……そうだな。」
「え、でも……大丈夫なんですか?」
「言ったろ、時は金なりって。 それに、すぐ追いつくだろ。」
二人の心配をしている美月だが、紫輝はあくまで先に行くよう促す。
そう言われて美月も達也を追っていき、紫輝も続こうとしたところで
「って、待てっての3人共!」
「待ってよ!」
……見事に同時に反応する二人。
それもまた気に入らなかったのか、歩きながらも睨み合いを継続していた。
まあ、それも工房見学が始まったらひとまずは終わったのだが。
「あの獅燿君、何でハリセンとかピコハンなんて常備してるんですか……?」
「これがあればあいつの暴走を大体止められるからだよ。 あ、でもこれからは酷使することになるかもな?」
美月と紫輝のやり取りを聞いて、どこかバツの悪そうな顔をするレオとエリカの姿もあったとかなんとか。
工房見学の後は昼休みである。
紫輝は食堂で昼食をとっている達也たちとは別行動を取っていた。
元々は同行するつもりだったが、食堂へ向かうタイミングで端末に連絡が入ったのだ。
しかも割と急を要するであろう相手だったので友人たちに詫びを入れて通話をしていた。
『……そうか、君がそう感じたのならばこちらからはどうこう言わない。 対応はそちらに任せる。』
「分かりました。 では失礼します。」
内容自体は簡潔だったのですぐに通話は終わった。
例の件について尋ねられたが、現状は不透明であること、また人為的なものだということだけ伝えておいた。
(この程度で援軍なんて言われたら敵わねえからなあ……さて、どうしたものか。)
今更食堂へ向かっても遅いのは確か。
既に達也たちは昼食を終えている可能性すらあるので、それだったら購買で昼食を済ませる方が建設的だ。
そういうわけで、軽めに昼食を調達して、適当な場所を求めていざ……と思ったその時
ちょうど見覚えのある人影が紫輝の視界に入った。
「んー? 幹比古じゃねえか、何やってんだお前は。」
やや声を張り上げた甲斐あり、幹比古と呼ばれた男子も紫輝を認知したようだ。
どこかへ向かっていた様子だったが、踵を返してこちらの方へ走ってきた。
「紫輝……まさか、君も一高に入ってたなんてね。」
「っていうかお前と同じE組だぞ俺。 今朝の目立つ退室のお蔭で俺は認知出来たが……気づかなかったのか。」
「いや、一応認知はしてたよ? ただ、君がまさかこんなところにいるのかって思って……他人の空似かなと。」
考えてみればそんなこと滅多に有り得ないのにね、と続ける幹比古に紫輝も流石に苦笑した。
彼……吉田幹比古とは一高入学前に知り合った仲である。
現代魔法とは異なり、霊的要素が主となってくる古式魔法の名門、吉田家の次男。
『神童』と呼ばれるほどの才能を持っていたが、とある事故のせいでスランプに陥っている。
抜け出そうと何とかもがいているところに紫輝と出会い、紫輝の持ってきた厄介ごとに巻き込まれたり、互いに身の内を話したり……そんな感じで親交を深めた友人同士である。
「全く、俺がそんな一朝一夕で一科になれるほどの実力になってるわけないだろうに。」
「ごめん、そうだよね。 僕ですらまだ本来の力には程遠いのに、取り戻すというより『両立』が必要な紫輝がそんな簡単に行くわけがないか。」
『両立』という言葉が何と何のを指すかはさておき、幹比古も達也・深雪同様に紫輝の事情をある程度は知っている稀有な人物だ。
しかし、そんな状況でも腐ることなく牛歩でも一歩一歩進んでいる紫輝に感化され、今も幹比古は足掻いていた。
そのために現代魔法の知識も貪ったくらいなのだから……。
ちなみに、その甲斐あってか彼の入学試験のペーパー成績は紫輝に次ぐ僅差の4位だったりする。
「大変なのはお互い様、ってやつだろ? スランプも時には沼みたいに嵌るからな。 まあ、焦るなとは言わないさ。 別口ではあるが本来の実力が出せない歯痒さも分からないことはないからな。」
話している内にだが、幹比古の表情は最初よりは明るくなっていた。
境遇こそ違えど、魔法力が似た状況な者と話すというのはそれなりに安らぐものなのだろうか。
「ああ、後は思い切って一旦現実逃避しちまうってのも悪くないぞ? 案外戻ってきたときにヒョイッとスランプ脱出ってこともたまにあるからな。」
「いや、それは流石にどうかな……。 そんな簡単に行ったら苦労しない気がするけど。」
「そりゃそうだ、現に前も頭空っぽにして遊んでもダメだったからな。」
「っていうか、前のアレは遊びというか僕がひたすら弄られてただけだよね確か!?」
当時のことを思い出して声を大にする幹比古。
一体何をしたのかと言えば、あまりに切羽詰っている幹比古を紫輝が少し肩の力を抜けさせようとしただけだ。
問題はそのやり方である。
娯楽にどこか疎い幹比古を自宅へ連れて、某赤い帽子にヒゲがトレードマークなあのキャラのレースゲーム(2作目)をやらせるところまではまあいいだろう。
しかし、ある程度慣れたところを見計らっていきなり本気になる辺りはどうなのだろうか。
最たるものは、緑甲羅を使っての某立体交差落下攻撃であろう。
「ははは、あの時はアレを身内以外とやるのが初めてだったからつい、な。 それ言ったら幹比古だって次戦ですぐにやり返してくれたじゃないか。」
「その後に無敵状態+猛加速ですぐに追い上げられたけどね……。」
何という無駄な運なのか。
しかしまあ、慣れない娯楽で遊ばれていた感がした時間ではあったが、幹比古はあの時間を楽しんでいた。
そして、そんな荒療治の甲斐あってか幹比古の精神に多少なりとも余裕が出来たのも確かだ。
もしスランプにならずに今のままでいたらその才能故にどこかで潰れていた可能性もあったのでは……
ということまで考えるくらいだ。
ただ、二科生になったことはやはり悔しいからか今朝のような行動もあるのだが。
「うおっと、話し込んでいる内に時間がやばくなってきやがった。 幹比古はこの後も資料漁りか?」
「漁るって言い方はどうかと思うけど、まあそうだね。 紫輝は資料を見るって柄じゃないだろうから……彼らと行動するんだよね?」
幹比古の言う彼らとは達也たちのことであろう。
朝のやり取りを後ろの方で見ていたので、紫輝と達也が親しい間柄だということは分かってるらしい。
「まあ、お前の邪魔するわけにもいかないからな。 じゃあ、そろそろ行くが……ああ、そうだ。 一応伝えておくが、現状なんか臭うから気をつけろよ。」
「臭う……なるほど、分かった。 今の僕じゃあ大した力にはなれないけど、何かあったら伝えるよ。じゃあ、またいずれか。」
最後に、現在の『懸念事項』を幹比古とも共有して別れた。
現状校内での人間関係があまり出来ていない中での吉田幹比古という信頼できる協力者の存在は大きい。
しかも、紫輝が昨日から警戒しているこの事案に関してならば彼は恐らく現状最も頼りになる。
たとえそれがスランプ状態だったとしても、だ。
無事に昼休みが終わる前に達也たちと合流することが出来た紫輝。
誰からの連絡だったのかは特に聞かれなかったが、代わりに彼ら(主にエリカとレオ)の愚痴を聞いていた。
「本当に感じ悪かったんだからね? 一科と二科のケジメをつけようとかさ、意味分かんなくない?」
「何様のつもりって感じだったぜ。 何でこっちが席譲んなきゃなんねぇんだって話さ。」
「……そりゃあ確かにどんだけ、だな。 っていうか俺がいなくてよかったな。」
紫輝も二人が愚痴を零すのは当然だと判断していた。
何があったかは最初に美月から簡潔に聞いている。
達也たちが食事をしているところにようやく兄と行動を共に出来ると深雪が意気揚々と合流。(この際レオは達也と深雪が兄妹だと分からなかった。)
席は上手い具合に1つだけ空いていたので(紫輝が不在でよかった理由その1)、そこに座るように促す。
その旨を深雪はゾロゾロとついてきたクラスメイト達に伝える。
そこで引いてくれればいいものの、深雪が達也たち……要するに二科生と一緒に行動するのが気に入らないのか
「ウィードと相席なんて、やめるべきだ。」
「一科と二科のケジメはつけるべきだよ、司波さん。」
このような言葉をA組の大半(全員かは定かではない)が投げかけたらしい。(紫輝が不在でよかった理由その2)
そして、面倒なことになると踏んだ達也が食事途中にも関わらず席を立ち、一応波風立てずに済ませた……ということである。
「確かに、紫輝がいたら確実に面倒なことになっていただろうな……いや、もしかしなくてもまた面倒ごとになるかもしれないな。」
「え……もしかして放課後ですか? いくらなんでもそこまでは……。」
「……無い、とは言い切れねぇ。 一科に入ったから二科生に何をしてもいいと正当化している節が見えるからな。 まあ、今はそんなことはさておき……始まるぜ。」
紫輝がそう言うと、全員は下に見える演習室に集中する。
と、いうのも今この遠隔魔法演習室では現生徒会長、七草真由美が実習を行っている。
遠隔魔法のスペシャリストと謳われている、十年に一度の才女。
そんな彼女の実習お披露目の場は、当然大量の1年でごった返していた。
……その中で紫輝たちは最前列で見ていた。
(……正確無比、更に早い。 同レンジ対決に持ち込まれたら厄介だな。
っていうか、そもそもまだ一点特化相手は勘弁願うわ……)
周囲の感嘆の声の中、紫輝だけは実戦的思考を巡らせていた。
純粋に魔法オンリーならばまず勝てるわけないという結論に数秒で至ったが。
発動速度だけが唯一の取り柄という状況では不意打ちなしの正式な試合ではまず勝ち目がない。
「おい、押すな!……大体、何でウィードが最前で見学してるんだよ!」
暫く見学していたら、背後からこんな不平不満が聞こえてきた。
聞くからに、一科生……しかも昼休みに達也たちに絡んできた輩の可能性が高い。
(ただ単に行動の早い遅いの差、だろうに。……全く、いるであろうまともなヤツが不憫だな。 ……いつの時代も、優越感・劣等感っていうのはいいものじゃねえな。)
人の世である限り、変わらずに在り続けるモノを思い、人知れず紫輝はため息をついた。
唯一の救いは、彼の周りはそのような些細なことで振り回されるような面々がいないことだった。
さて、入学2日目の日程が終わって放課後。
基本的に所用が発生しない1年は一斉に下校していく。
紫輝たちもその例に漏れずに誰一人遅れることなく教室を出ていく。
ちなみに、幹比古は紫輝に合流することなく素早くいなくなっていたが。
そして、校舎を出たところで深雪と合流……と行きたかったのだが
「ですから、あの……私はお兄様たちと一緒に帰りたいのですが……。」
……達也と紫輝の嫌な予感はバッチリ的中していた。
まるでカルガモの子が親についていくかのように、こちらに合流しようとする深雪にくっついてきたのである。
振り切るに振り切ることが出来ず、しかし達也と(一応紫輝も)帰りたい深雪は至極困っていた。
エリカ、美月、レオの3人もそんな状況の深雪に同情していた。
それと同時にそんな状況を作っている深雪のクラスメイトには盛大に呆れていた。
「でも司波さん、部活や勉強のことで色々相談したいんだ。」
「親睦を深めるためにブルームだけでどこか寄って行こうよ。」
困惑する深雪を他所に一科生たちは勝手に話を進めている。
何が何でも深雪と達也たち……要するに二科生を一緒にさせたくないのだろう。
明らかに本人の意思を無視していることに気づいていないのか、はたまた目を瞑っているのか。
どちらにしろ性質が悪い。(後者ならまだしも、前者なら最悪と言ってもいいくらいだ)
そんな状況を見かねて、達也は自分たちは先に帰ると提案……しようとしたところで紫輝が手で制した。
理由を問おうとするも、紫輝はそれより先にとある方向を見るように促した。
……そこには、意外なことに今にも感情を爆発させようとしている美月の姿が。
「お前の事なかれ主義も今回ばかりは不適切だ。 それに、流石の俺もちょーっと苛々してきた。」
そんな紫輝の小声の言葉を聞いて、達也は思った。
紫輝がこうなったらもうどうにもならない、と。
せめて余計にヒートアップしないことを祈るしかない。
「いい加減にしてください! 深雪さんはお兄さんと帰ると言っているんですよ!? 一体何の権利があって二人を引き裂こうとするんですか!」
ここで遂に美月が爆発、普段とは全く違う勢いのある口調になっていた。
おとなしい美月が最初にこうなることはエリカもレオも予測できなかったようで、思わず呆けてしまっていた。
「全くだな。 お前らみたいなのはとっとと馬にでも蹴られてご退場して頂きたいのだが。」
更に普段の軽薄な様子はどこへやら、至って真面目な表情で美月に同調して援護をする紫輝。
出た言葉は美月と似たような感じでどこか的外れなのだが……
しかし、そのどこか的外れな二人の発言を聞くや否や
「み、美月に紫輝は一体何を言ってるの!? 引き裂くとか、馬に蹴られるとか……!」
「……待て深雪。 何故お前が焦る。 そして紫輝、馬に蹴られるべき要素が一体どこにあるんだ……?」
当事者の深雪が顔を朱に染めるというなかなかの過剰反応を見せる。
達也は深雪が何故焦るのか、そして紫輝の言動の真意が理解出来ていない様子だ。
「ありまくりだろ、まさに今のお前らを見てればな。 なあ、そこで茹蛸になってる深雪ちゃん?」
「……そうなのか? 深雪。」
「えっ!? いや、その……って紫輝! 何でそこでちゃん付けなんですか!?」
達也の追及を紫輝へのツッコミで避ける深雪。
……考えてみたら今はそれどころではないので達也もそれ以上は何も聞かなかった。
ちなみに、紫輝も何も考えなしでこの場面でこのような言動は取っていない。
これは挑発だ。
「お前ら一科生と一緒にいて深雪はこんな表情するか?」ということを暗に示した、立派な挑発行為である。
そして、それを汲み取ったのか否か
「深雪はどう見たってアンタたちよりもこの二人と居た方が楽しそうだけど、そこのところどうなの?」
「ハッキリ言うと、お前らのやってることほど野暮なこともそうないと思うぜ? あんまりしつこいと見苦しいぞ。」
レオとエリカの援護射撃も加わる。
美月から始まった反論から一気に流れを持っていくが、この程度で諦めれば少なくとも苦労はなかった。
「これはブルームの中での話だ! ウィードが口出しをするな!」
「司波さんはこっちに居た方がいいに決まってる! 何誘導してるんだ、ウィードの癖に!」
怯むことなく反論してくるも、その口から出てくるのはテンプレート通りの言葉ばかり。
ちょっと口を開けばウィードだとブルームだの、入学2日目なのに既に紫輝は耳タコ状態だ。
……否、紫輝だけでなく残りの面々もそんな感じだ。
「ちょっと口を開けばウィードだのブルームって、他に何か無いわけ?」
「あー、しょうがないだろ千葉さん。 それくらいしか言うことがない程ボキャブラリーが乏しい連中なんだから。 正直、これなら小学生と話してた方がまだいいくらいだ。」
「それに、まだ入学して間もないのにどれだけ貴方たちの方が優れているというんですか!?」
完全に口で相手をするのもバカらしい様子を隠そうともしないエリカと紫輝。
しかし、未だクールダウンには程遠い状態の美月の言葉が発せられた瞬間……空気が変わった。
それを瞬時に察したのは達也。
(まずい……今の言葉は明らかに……)
そう、明らかに地雷を踏んでいた。
その証拠に、先頭に立つA組男子の気配が不穏なものに変わっていた。
「どれほど優れているだと……? いいだろう、教えてやるよ。」
呟き程度だが、確かに聞こえてきたのは好戦的な言葉だった。
全員にキッチリ聞こえてきたのか、同じく好戦的な様子を見せるのは
「おう、なら見せてもらおうじゃねぇか。」
こちら側でも恐らく最もやんちゃと言えるレオだった。
ちなみに、やんちゃ次点の紫輝は静か……悪く言えば不気味な様子だ。
むしろこの展開を待っていたかのように。
「なら見せてやる……これが……。」
A組男子が再び喋りはじめる……と、共に
「才能の差だ!」
西部劇のガンマンを思わせる動きでホルスターに収まっている拳銃型CADを取り出した。
そこからすぐに起動式を構築して、照準をレオに定めた。
ロックオンされていることにレオはすぐに気づくが、構わずそのままA組男子へ向けて一直線。
「西城君、危ない!」
「お兄様!」
(目立つ真似はしたくないが……仕方ない!)
明らかにA組男子の方が早いのは一目瞭然で、それをすぐに理解した美月は叫び
深雪は達也を呼びかけて、それに応えるようにレオの手助けをしようとする達也。
……しかし、その手助けは必要になることはなかった。
「へぇ、大したスピードだ。」
紫輝はその光景を見てポツリと賞賛の言葉を呟いた。
目の前にあったのは……A組男子の拳銃型CADが手から弾かれ、レオは特に何もなく
そして、警棒を振りかざしたエリカが乱入した……という光景だった。
「このくらいの距離なら、こっちの方が速いのよね~。」
「誰かが言ってたな。 『接近戦では銃よりナイフの方が速い』って。」
「あれ、それ聞いたことあるかも。 なんだっけ獅燿君。」
「某『なけるぜ』が口癖なエージェントより。 ちなみにサバイバルホラゲな。」
皆が唖然としている中で平然と他愛もない会話をしているエリカと紫輝。
紫輝は気配だけで察したのだ、エリカが乱入することを。
ふざけているようで周囲をよく見ている男である。
……と、次に現実に帰ったのはレオだった。
「おい、お前俺の手ごとぶっ叩くつもり満々だったろ……?」
「えー? そんなわけないじゃん。 というか、仮にそうだったとしてもアンタなら避けられそうだけどね。」
「まぁ、どちらにしろレオが当たることは無かったぞ。 今の一撃はそれくらい正確だった。」
助けてもらった身だから強気には出ていないが、それでも冷や汗を垂らしているレオ。
無理もない、と紫輝も思った。
それほどに凄まじい一発だったのだから。
自分では到底真似出来そうにもないし、そもそもそこまでの才がない。
……と、少し思考に耽っていたところに、どこかからか聞こえてきた。
「あ、またっ!!」
この声……恐らく美月のものだろうが、それだけで何が起きたのかはすぐに理解した。
明らかに別の生徒がCADを構えていて、更にその狙いが自分であることを。
見ていなくてもそのくらいは分かる。
何せ、ここまで気配がダダ漏れでは察してくれと言っているようなものなのだから。
そして、次の瞬間……もう既に終わっていた。
「……全く、トーシロに奇襲されるとは甘く見られたもんだな。」
紫輝やったことは先ほどのエリカと全く変わりはない。
自分を狙っていた男子生徒のCADを、いつの間にか手にしていた十手のようなもので弾いただけだ。
……しかし、分かる人間には分かるものだ。
「うわ、しれっと獅燿君もやるじゃん。 明らかに死角だったのに、よくあれだけ素早く反応したね。」
「まぁ、こういうのが俺の売りだからな。 その証拠に、スピード自体は千葉さんより全然遅いぞ。」
まあ、何はともあれこれで鎮静化するか……達也と深雪は二人の会話を聞いてそう考えていた。
エリカと紫輝が上手く牽制役になってくれれば相手も手出しはしない……と。
しかし、流石にそれは楽観視が過ぎていた。
「ウィードがブルームより上だなんて認めないぞ!」
「あんまり調子に乗らないでよね!」
……そう、彼らはプライドが高いのだ。
立て続けに二回もウィードがブルームを制する場面を見たら激昂するのも必然だ。
自らのプライド……ただそれだけを守るために一斉に紫輝たちに向かってくる。
「みんな、駄目っ!」
しかし、それは全員ではなかったようだ。
明らかに一科生側から聞こえた静止の声。
その場の全員が一斉に声が聞こえた方へ目を向けると……
「え、攻撃系魔法!?」
魔法の発動兆候を見せている女子が一人。
このタイミングで攻撃魔法と思われるソレを発動されたら……!
二人を除いて危険意識が働きかけたが、その危険性はすぐになくなった。
突然女子生徒の起動式が破壊されたからだ。
「止めなさい! 自衛目的以外での魔法による対人攻撃は校則違反以前に犯罪行為ですよ!」
誰が起動式を破壊したのかはすぐに分かった。
ここにいる1年たちでも知っている上級生……生徒会長、七草真由美だった。
更に、もう一人……長身で凛々しい雰囲気を纏う女子の先輩も共にいた。
「風紀委員長の渡辺摩利だ! 君たちは1-Aと1-Eの生徒だな? 事情を聞くのでついて来なさい。」
生徒会長と風紀委員長……生徒の中でも権力者の登場にその場の大半が狼狽えた。
特にA組の面々は顔面蒼白だ。
(なるほど、流石は七草先輩。 ……そして、あの人が渡辺先輩か。)
そんな雰囲気の中で二人……特に摩利の方に強い関心を向ける紫輝。
関心とは言っても恋慕とかの類ではないが。
それはさておき、この重い空気を崩す動きがあった。
「すみません、悪ふざけが過ぎました。」
1年側で最初に口を開いた達也。
全員の視線が一斉に向くが、全く動じる気配を見せない。
紫輝とは別方向で肝が据わっていた。
「悪ふざけ、だと?」
「ええ。 森崎一門の『クイックドロウ』は有名ですから。 後学のために見せてもらうだけだったんですが、あまりに速くて。 つい、手が出てしまったんです。」
その言い分を聞いて、最初に攻撃を仕掛けた男子は驚愕した。
何故、自分のことを知っているのか……と。
摩利は暫く沈黙していたが、今度はもう1つの問題について言及を始めた。
「ならば、後ろの1-Aの女子は? 明らかに攻撃性の魔法を放とうとしていたが。」
それを聞いて、当の本人はまるで小動物のように震えていた。
紫輝も流石に気の毒には思ったが、今事情説明(偽)をしているのは達也だ。
まあ、特に心配はしていないのか横槍は入れるつもりはない。
「ああ、アレはただの閃光魔法ですよ。 あくまで注意を逸らすレベルまで威力も抑えられていましたし。」
「……ほう。 君は起動式を読み取れるようだな。」
「実技は苦手ですが、分析は得意です。」
達也の発言に、摩利はまだ半信半疑……やや疑寄りの表情を見せる。
「あー、横槍になりますが構いませんか?」
その様子を見かねて、紫輝が口を開いた。
E組側の新たな証言に、その場の全員は当然耳を傾ける。
「ああ、構わないぞ。」
「ありがとうございます。 A組の彼女についてですが、魔法を放つ直前に静止の言葉を掛けていました。 少なくともこちらは全員聞こえていると思うのですが……。」
紫輝が言葉の途中で後ろにいる深雪、レオ、エリカ、美月の方に視線を向ける。
その証言には嘘はないので、全員紫輝の言葉に頷き証言の整合性を強めるように努めた。
実際は聞こえていたかは定かではないが、紫輝の周辺視野をこの面々は信用していたとも言える反応だった。
「俺には起動式は読み取れません。 ですが状況で考えるとそんな場面で攻撃性がある魔法を使う、というのはちょっと考えづらいです。」
紫輝のフォローを聞いて、摩利は少し考える素振りを見せる。
ただ、これはあくまで状況証拠、達也の主張をフォローするのがせいぜいだ。
一応次の言い分も考えてないわけではない紫輝だが、その必要は無かった。
「もういいじゃない、摩利。」
「おい、真由美!?」
静観していた真由美が割って入ってきたからだ。
この介入を見て、紫輝は内心で安堵のため息を吐いた。
「達也くん、紫輝くん。 本当にただの見学だったのよね?」
「え、ええ……。」
「間違いないですよ、七草先輩。」
苦手意識を薄らと見せる達也と、何てことないように答える紫輝。
身内以外の異性に名前呼びをされたことがあるかないかの差、もあるのだが。
「会長がそう言うなら、今回はお咎めなしとしよう。 以後は気を付けるように。 ……それと、君の名前は?」
真由美の意向を汲んで、摩利もこれ以上追及をすることはなかった。
入学早々処分が下されることがなくなって安心するのはA組の面々(深雪を除く)
そして達也は何故自分が名前を聞かれるのかを疑問に思いながらも、淡々と名乗った。
「1-Eの司波達也です。」
「そうか……覚えておくよ。」
それだけ言い残して、摩利は真由美と共にその場を去って行った。
その場に漂っていた緊迫感がなくなり、ただただ暫くは沈黙が流れていた。
(達也は一目置かれたかな。 まあ、不本意だろうがしゃあないよなこの流れは)
あの場で事を収めるには達也のあの証言は必須だった。
しかし、それで彼の異常性の一部分が割れてしまうことになってしまった。
……まあ、紫輝にとっては別に些細なことなのだが。
「……借りだなんて思わないからな。」
「思ってないから安心しろよ。」
唐突に話しかける、苗字が森崎と思われるA組男子。
色の無い言葉を返す達也だが、構わず続けていた。
「僕は森崎駿。 お前が見抜いた通り森崎家に連なる者だ。 司波達也、僕はお前を認めない。 司波さんはブルーム、雑草の中ではいずれ枯れてしまう。 彼女は僕たちと一緒にいるべきなんだ。」
名乗りながら達也に対する認めない宣言を突きつける森崎。
……しかし、その捨て台詞とも取れる言葉に返しを入れたのは
「深雪が花なのは言うに及ばずだが、早速問題行動を起こしてあまつさえ止めようとした善良な同僚をも巻き込むような奴が花、ねぇ? 良くて造花だろ? 蜂も寄って来やしねえな。」
言うまでもないことであるが、紫輝である。
しかも先ほどの失態という傷に塩……いや、唐辛子を塗るようなノリで。
横から来た見事なまでの皮肉に対する森崎の反応は
「なんだとっ!? 司波達也の腰巾着程度の分際で……!」
「お、何だまたやるのか? 数分前のやり取りも忘れたか……。 造花じゃなくてただの阿呆か? その頭に入ってるのは自尊心だけか?ん? 」
当然のように激昂して再度CADを取り出そうとするが、そこに嫌なタイミングで紫輝がそれはもう嫌な笑みでこう返した。
その言葉に、不意打ちであったにも関わらず、CADを弾き返されていた光景。
そして、今度やらかしたら厳重注意で済まない……ということが逡巡され。
森崎はCADをすぐに仕舞った。
「ちっ……! 行くぞ、みんな!」
忌々しく紫輝を睨み、取り巻きと共にすぐに踵を返して行った。
対照的に紫輝は言いたいことをあらかた言ったからか、どこかスッキリした表情をしていた。
しかし、周りはそうでもないわけで
「紫輝……流石に煽り過ぎだぞ。 どうにかならないのかその口の悪さは……」
「お兄様の言う通りよ、紫輝。 あんまり口が過ぎるとこちらだってハラハラするから……。」
「無理だな。 ああいう手合いは叩き潰したくなる性なもんで。」
「えー、私はかなりスッキリしたんだけどなー。 別に言ってることに間違いはないじゃん。」
「……っていうか、腰巾着って言われてからの紫輝が少し怖かったくらいだぜ、俺は。」
「それに、いつかしっぺ返しを受けないか心配です。」
完全同調しているのはエリカのみで、残りは窘めていたり心配していたりと。
諍いの中でのやり取りといい、紫輝とエリカは見るからに相性が良さそうだ……同族的な意味で。
さて、ようやく帰宅の路へ……というところで、先ほど危うく厳重注意を受けそうになったA組女子とその友人であろう女子の2人が6人……というか、先頭の達也の前に向かいあって割り込んできた。
まさか先ほどの続きをするつもりなのかとエリカやレオは警戒したが、紫輝がハンドアクションで止めた。
「あの、光井ほのかです! 先ほどはありがとうございました!」
口から出てきたのは先ほどの礼、という好意的なものだったので一部は肩透かしとなった。
そして、お礼を言われた当本人の達也は少し戸惑っている様子だった。
「私からも、ありがとうございました。 お兄さん達のおかげでほのかが処分を受けることなく済みました。」
「待ってくれ、流石に同学年だからお兄さんはちょっと……。 名字だと深雪と被るし、達也でいいから。」
「はい、分かりました達也さん!」
「あ、ちなみに私は北山雫です。 よろしく、達也さん。」
早速名前呼びをするほのか、雫の2人を見て、紫輝はホッとしていた。
1年の一科生でようやくまともなのと会えたという意味で。
この二人がいるならば、深雪が変に居心地悪い思いをすることは無い。
……と、一人感傷に耽っていると、雫が今度は紫輝の方を向いていた。
「それで……貴方は獅燿紫輝さん、でいいんですよね?」
何故か紫輝の名前を、それもフルネームで知っていた。
一応名字も名前も先ほどのやり取りで端的に出てきてはいたが、それが理由ではない。
恐らく、フルネームだけなら……否、顔も知っていた。 紫輝の勘がそう告げていた。
「ああ、名乗った覚えは無いが俺が獅燿紫輝だ。」
目の前でこちらを凝視する雫だが、無論紫輝は彼女とは初対面のはずだ。
一体どこで……と思っていたが、雫が取り出したものですぐに疑問は氷解した。
「まさかこんなところで会えるとは思ってなかった…… というわけで、サイン下さい。」
次の瞬間、色々な人間の驚愕の叫びが聞こえてきたのは言うまでもないことだった。
何でまた雫は紫輝のサインを欲しがったんでしょうねー(棒)
この作品の雫は九校戦マニア以外にもう1つとあるスポーツにかなり詳しい設定が加わります。