魔法少女リリカルターニャ   作:キューブケーキ

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ちょっと先のお話

 北の寒さに慣れた頃、指揮官及び幕僚の課程を学ぶために陸軍大学に送り込まれた。

 前線を離れて安全な後方に戻れるわけだが、そこは軍事施設であり、高い塀に囲まれ門には警衛が配置されており、外とは隔絶された世界だった。ここに来る様な人材が今さら新兵の様に脱柵を行う事は無い。警衛も外部から反動分子によるテロ等を警戒する役割で存在する。

 軍と言う組織を動かす高級軍人を育成する場とは言え、防諜の面からも帝都のど真ん中に建設する訳もなかった。窓の外からは肥料臭い田畑の臭いが漂って来る。見渡す景色は山と田畑ばかりだが、敵の砲火を気にしなくて良いだけ十分満足な環境と言える。

 平時だったらそれこそベッドメイキングや靴の磨き方まで目を光らせねばならないが、今は戦時なので悠長に何年も教育をやっている余裕が軍には無かった。短期集中教育で礼式や体育はすっ飛ばして座学にぶちこまれた。

 野戦指揮官と参謀将校は重複する技能を持つ。だが根本的に違う事は国家戦略という大局で判断する事だ。

 

「う~、覚える事が多くて嫌になる」

 

 休日で特外の許可を貰って外泊も可能だが、実家に帰ったりする余裕は無い。そんな暇があれば少しでも頭に叩き込む事がある。年齢から言っても体力的に同期より劣るので、体育が無い分だけ助かっている。

 駐屯地の外で下宿を借りる? 官舎を借りる? 否だ。生活隊舎で十分だ。そんな金があれば少しでも投資に使うべきだ。この戦争に勝っても負けても貨幣価値は変わる。それならば株や債権等で複利をあげるべきだ。それに下宿から登庁する時間も無駄だ。時間は無限では無い。

 と言う事で図書室でうんうん唸りながら自習に励む日々。士官学校で基礎を習っていても、詰め込む事は多くてまさに地獄でした。

 これなら戦場で敵の相手をしてる方が楽だ。

 

 こんにちは、ターニャ・デグレチャフ帝国軍魔導大尉、11歳です。

 

 教育修了で部外移動の為、参謀本部にやって来ました。部内移動なら他の中隊に行くだけだから楽なのですが、駐屯地を変わる部外移動は面倒です。

 やっぱり幼女が軍服を着てうろうろしていると注目の的ですね。このロリコンどもめ。

 

 え、ちょっと違う?

 

 参謀本部の人事課に一々、出頭すると言うのは物語の中だけです。

 中隊で人事発令通知の辞令を受けて、部外移動や部内移動をします。

 そうでなければ軍に所属する将校団だけで何千人もが訪れて長蛇の列になってしまいます。

 

 かくいう私も、人事部の大佐殿にお目通りする事も無く、ごく普通に参謀本部に配属された。

 大学を出ても研修医みたいな物で、当面はゼートゥーア准将のお世話になると言う事だった。

 

「申告します。ターニャ・デグレチャフ大尉は──」

 

「ああ、挨拶は良い。楽にしろ」

 

 開口一番で着任の挨拶をぶったぎられた。幼女に優しいのか、空気が読めないのか分からない相手ですね。

 

「は、はぁ」

 

 椅子を勧められ、その後、副官さんが紅茶とお菓子を持ってきてくれました。ゼートゥーア准将は薫り立つコーヒーブラックの濃いめ。そして私は砂糖たっぷりの紅茶。

 うぉい、お茶しに来た娘ではないのですぞ!

 しかし香りは本物だ。前線の代用コーヒーや薄いお茶と大違いだ。ちょっとぐらいなら良いかな? 視線の合ったゼートゥーア准将が頷く。

 口に含むと広がる渋みと苦味の中に砂糖の甘さが広がる。思わずほっと溜め息が出た。

 

「これ美味しいですね」

 

 続けて口に頬張るのは、本物のマーガリンや林檎ジャムを使ったアップルパイだ。うん美味い。やっぱり代用品とは違って美味しい。顔の筋肉が弛緩する。

 甘味の魅力に負けてしまった……。仕方が無いよね。戦時下で本物は貴重で口にする機会も少ないし、それにまだ幼くて育ち盛りだし。帝国は牛乳の産地として有名で、牛乳だけは戦場でも配給が欠けた事は無い。とは言っても牛乳ばかりでは飽きもする。

 コーヒーも紅茶も贅沢品だ。今は堪能させて貰う。

 

「それは良かった。うちの孫娘も好物でな……と、飲みながらで良い。大尉、参謀本部は、貴様に小隊を任せるつもりだ」

 

 小隊?

 中隊長をしていた私が降格ですか。それとも特殊な小隊なのか。

 帝国軍北方方面軍戦略機甲兵団特殊任務班X-1……なんちゃって。

 

「新編の魔導教導小隊になる」

 

 なるほど、教導な方か。そうですか、そうですか。前線から離れられるなら教導と言う仕事も良さそうだ。やったね、これでのんびりできるよ。

 

「大尉に小隊を預けるのは特別編成だからだ」

 

 えーっ、特別編成。略語にするとz.d.v.で、死亡フラグがビンビン立っています。後衛戦闘で消耗されそうでヤバそうなネーミングじゃないですか。

 

「48名以下であれば、好きなように編成してかまわん」

 

「48名、ですか?」

 

 何だか佐藤大輔の『皇国の守護者』っぽい会話だな、と思いながら考える。

 魔導師は4名で小隊だ。48名だと大隊より大きい。

 

「教導小隊が実際には大隊規模なのは、秘匿と欺瞞の処置だ。喜べ。参謀本部直轄部隊だぞ」

 

 何を喜ぶのかピンと来ません。アスペルガーじゃないよ。

 

「はぁ」

 

 小隊長と言いながら大隊を預けられる。うう、小隊長の安月給で大隊長をしろって事ですね。ブラック企業その物だ!

 労働者の権利を守る為にも、公証役場で労働条件の公正証書作って貰うべきでしょうか?

 

「そうそう、それと貴官に二つ名が与えられる。『白銀』だ」

 

 白銀? 二つ名?

『ゼロの使い魔』か『鋼の錬金術師』っぽい。嫌だよ、そんなこっぱずかしい感じ。どうせ責任も付随するんだ。(わざわい)を呼び込むだろう名誉か。そんな面倒な物は背負いたくなんか無い!

 

「期待しているぞ大尉」

 

 神は死んだ。私の顔は愉快な表情をしてる事だろう。

 このお爺ちゃん、幼女を容赦なくこき使う積もりで厄介な人だ。帝国軍人は勇敢さを求められ武名を尊ぶ。ここで逃げたら私の評価はがた落ちとなる。選択肢は無いのと同じだ。

 未来は若人が作ると言うが、歴史は老人達が動かし作っている。老害とは言わないが、いい迷惑だ。

 泥をかけられたまま黙ってる私ではありませんよ。

 覚えていろよ、糞ジジイ。

 

 

 

 

 

 もし戦場で起こる事が鮮明に予測出来るなら英雄に成れるであろう。英雄とは未来を予測出来る者なのだ。戦場での動きを他よりも早く、正確に決断出来れば勝利が転がり込む。敵より失敗を少なくする。それが戦場で勝利の原則である。

 現代戦で重要なのは敵が動くか動かないかではなく、数日後の全般的な戦況を見通すことにある。

 眼下に見えるのは敵陣地。天幕の並び、潤沢な馬匹、車輛の数で判断出来る。司令部、司令部付隊、それに後方支援部隊だ。我々は敵中深く浸透していた。

 対空警戒は薄い。精々が小隊規模の機関銃だけだ。

 

「ふふっ」

 

「デグレチャフ大尉?」

 

 戦場に似つかわしくない笑い声に部下が訝しげな表情で尋ねて来た。戦場を経験して少尉に昇進したセレブリャコーフだ。

 この世で命の価値は安い。幾らでも代わりは存在する。

 だが不適格、不要と思える人材すら使いこなす事が指揮官の務めだ。誰にでも向き不向きの仕事がある。要は秀でた部分を見抜く事だ。

 

「見ろ、敵は後方だと安心し切っており警戒がお留守だ。選り取りみどりだぞ、セレブリャコーフ少尉」

 

 今回の攻勢計画は、友軍が敵後方を遮断する為に行う上陸作戦を秘匿する事にある。その為、我々は派手に動けと命じられていた。

 仁川上陸作戦の再現なら良いが、ヴェーザー演習のパターンだと我が海軍は貴重な戦力を減らす事になる。上手く行ってくれるだろうか?

『デグレチャフ大尉、祖国は貴官等の献身を信じている。戦果を期待してるぞ』って言われたし、とにかくは命令通りに暴れるだけか。まったくこれも存在Xの呪いだ。

 

「傾注、これより連中に戦争の何たるかを教えて歓迎する。各員、もてなしてやれ」

 

 現状は理想的な奇襲だ。敵の後方で戦略的意義の高い目標を叩く。敵は後方の安全を信じ切っている。

 管理局の存在も連中の拠り所だろうが、管理局の人的資源が限られているからこの世界にやって来たと言う本題を忘れている。敵の兵力は限られており、全てを賄う事は出来ない。我々は逆に好きな時に好きな場所を狙える訳だ。相手の隙を狙う。まるで盗賊ではないか。

 大隊は戦闘隊形を維持して敵に向け攻撃開始した。

 魔力を充填し爆裂術式が放たれ敵陣地内に火炎の華が咲いている。コミーの連中ではないがウラー、と叫びたくなる気分だ。

 

 協商連合との戦いで、世界の目が北欧に注がれている間に管理局はエスカルゴ共もとい、共和国に電撃的攻撃を仕掛けた。皮肉な事に帝国との国境で展開していた共和国軍33個師団は奇襲を免れ、貴重な戦力を温存出来たと言える。

 かくして管理局の傀儡国家、フランソワ共和国が建国された。幸いな事に連合王国や合州国が敵に着いていない事だ。これが帝国相手の戦争だったら違っただろう。

 そんな情勢で我が軍は一息つけた。33個師団も味方戦力が現れたのだ。他人の不幸が此方の好機に繋がる。好機は逃さず活かしてこそ意味がある。

 そう言う大人の事情で、先に北を片付けろ、とのお達しが出て我が実質的大隊は北に送られる事となったのである。

 最善の策は常に正しい。後方でのんびり出来なかったのは残念ではあるが、今回は兵力的余裕で行われる攻勢だ。崩壊した戦線を立て直す火消し役では無い。

 敵にとっては苦しい戦いに成るだろうが、我々にとっては楽勝で楽しい楽しい戦場だ。

 人命には貴賤がある。優先されるのは味方で、それが敵であるなら黒焦げの死体ですら見るのが楽しみだ。死ねば遺族補償があると言っても、国家にとっては安い支出で消費できる兵器だ。帝国も永遠では無いし、戦後を考えるならば敗戦も考えて精々、死なない様に頑張ろう。

 

 

 焦げた匂いが鼻孔をくすぐる。これは格別な香りだ。陳腐な言い方だが勝利の臭いだ。

 襲撃は成功、焼け跡を私は視察した。

 敵陣地の構築状況等、情報は幾らでも転がっている。爆裂術式による効果は大きい。さすがは魔法、何でもありで火制範囲は10榴を軽く凌ぐ。

 

「正しく神の鉄槌ですね」

 

 副官に任命したセレブリャコーフは勝利に笑顔を浮かべていた。

 足元もおぼつかなかった彼女も死線をくぐり抜けた事で成長したと喜ぶべきだろうが、セレブリャコーフの言葉に私は異を挟む。

 

「神など居ない。これは諸君の献身的勇気による成果だ。誇りたまえ」

 

 居るのは神では無く、存在Xの様な人をもてあそぶ悪魔だ。信仰で心の平穏を得ても平和は手に入れられない。世界を動かすのは神では無くその他大勢だ。

 そしてこの戦果は私の指揮と部隊の成し遂げた物だ。

 新編部隊の初仕事としては上々の戦果、打ち込める仕事がある事は良い事だ。

 軍人の職責は欠陥品や観賞用の物ですら兵器として活用する事にある。個人の弱味は美徳ではない。克服できる。

 陣地前に捕虜が並べられていた。管理局に投降し寝返った人類の敵だ。

 

「デグレチャフ大尉。捕虜を連行いたしました」

 

 ヴァイス中尉が報告をする。彼には目的を告げていた。

 

「宜しい、仕事をすませるとしよう」

 

 部隊の編成は充足率を満たす為に最低基準ギリギリの者も採用している。私は新城直衛ではないから人を選ぶ贅沢など許されていない。

 しかし送られて来た補充兵は呪いがかけられている。戦場で人殺しを経験していない新兵と言う弱味だ。

 神の教え、隣人を愛せ何て戦場には必要無い。愛を信じるには殺伐とした世界だ。

 隣人愛を持つ甘い連中に隣を任せられない。信じるのは己の手を汚した者のみ。

 

「射撃用意」

 

 私の号令に反応が無い。溜息が出そうになる。

 

「何をしてる。銃を構えろ。射撃用意だ」

 

「しかしデグレチャフ大尉、相手は捕虜ですよ」

 

 武器を持つ者はその痛みを知る必要は無い。武器は道具で、道具を使うのは自分達だ。

 

「ぐだぐだ考える位ならその手で敵を倒せ。射つか射たないかを決めるのは指揮官である私の責任だ。諸官の実力をもってして、自らの価値を祖国に証明せよ」

 

 戦争は敵の意思を屈服させ、殺しの経験は万の言葉を語るより人を動かす力がある。私は部下に演算宝珠の出し得る力を求めた。世界を作れと言う難題を与えている訳ではない。祖国の為に軽く引金を引き敵を間引けば良いだけ。豚を解体するヴルスト作りより簡単だ。

 責任者は、責任を取るために存在する。上官の命令、この場合は私の指示が彼らの免罪符だ。

 

 異なった世界から異なったルールで攻めて来た敵が相手だ。我らが滅ぶか、奴らが滅ぶか。優先すべきは生存と保身。存在Xの糞ったれに作られた世界でも限定的な自由はある。上手く立ち回り豚の餌を回避するだけだ。


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