帝国と協商連合の武力衝突は、この時をもって時空管理局と人類の大戦に拡大した。今時大戦勃発と同時に精強たる帝国軍は各所で奮闘、人類の自由と世界の安定に大きく寄与した。
そしてライン戦線と呼称される西方の競合地帯で帝国は貴重な時間を稼ぎ、反撃の準備を整えた。技術力では大きく遅れを取る人類にとって、管理局の人的資源が限られている事だけが救いであった。
しかしながら管理局は複数の次元世界を束ねる関係上、多数の次元航行艦を保有している。この世界に侵攻して来た次元航行艦の全てを撃破しても次が来るかもしれなかった。
その為、ライン戦線の実態は積極性に欠ける守りでありながら消耗戦と成った。
──ウォルター・ハルバーム ロンディニウム大学教授
勇者は生まれながらにして勇者だ。ターニャ・デグレチャフ少佐は常に凛としており、その証明だった。
ターニャ・デグレチャフという魔導士官の年齢は、実績を重んじる帝国軍内部で重視されない。誰もが彼女を讃える。プロパガンダの虚像では無く実績だからだ。
ただ、反発する者が居るのも事実であった。
当時、参謀本部の人事局人事課長であるレルゲン中佐はその急先鋒であった。あれほど優れた人物でも色眼鏡を通して物事の判断を誤る時があった。
嫉妬か、あるいは妬みかは分からないが、レルゲン中佐はデグレチャフ少佐を指して狂ったガキと呼ばれた。
子供を持つ親の一人として言わせて貰うならば、本来、守るべき子供に頼った大人が何を言うのか。一生血塗れの罪を背負わせたのは誰だと言うのか。
任官した士官から選ばれた者が陸軍大学の課程を受けられる。一部のエリートだけだ。
エリートは軍と言う組織を構築し維持する不可欠な存在だ。参謀本部はその中でも高い視野が求められる。デグレチャフ少佐は常にやるべき事をやっていた。
国力とは国土と国民を守る政治力であり、経済力と軍事力の維持は不可欠だ。国益を損なわない事が国家の責任と言える。軍にとって士官は、誠実よりも頼りになる事が第一である。組織を守る事が国益に沿い、国家を守る事になる。軍務に忠実、帝国への忠誠心に揺らぎはない。武勲斯々たるデグレチャフ少佐は部隊を守り、軍と帝国に貢献した。
だからこそ目障りだったのかもしれない。デグレチャフ少佐のライン送りは決められた。
だが彼女は那由他の彼方に進軍しようとも変わらない。常に自分自身のルールに従っている。三千世界の鴉を殺し尽くし、戦場で最後の一人になっても士官としての責務を遂行するだろう。
そしてラインの悪魔の伝説が生まれた。
──マクシミリアン・ヨハン・フォン・ウーガ帝国軍大佐著 兵站も戦 より
あ~卵かけご飯が食べたい。生卵が食べれた前世が恋しいターニャ・デグレチャフ魔導少佐です。
戦争をしていると公式行事の予定は潰される。敵の襲撃から味方の反撃、味方の襲撃から敵の反撃までルーチンワークの繰り返しです。特にWW1の対峙する塹壕戦みたいな状況では。刺激は求めていません。平穏が欲しい。
指揮官は上部だけでも常にニコニコ笑って居なければ部下が不安に思います。役者に成りきる事が士官の務めなのです。これは中間管理職のアルコール摂取量が増えるのも分かると言う物です。
とは言っても未成年なので酒に逃避は出来ませんが。
ライン戦線に送り込まれた私と大隊は──、ああ、そうそう、小隊と言う欺瞞は解除されて晴れて大隊の仲間入りです──機動打撃の予備隊として戦場の火消しに駆り出される毎日です。
記憶にありませんが、天国に居るお父さん、お母さん。このくそったれな世界に生んでくれて有難うございます。砲弾の雨と機関銃の弾幕をくぐる日々で、その内に過労死したらそちらに行けるかもしれません。その時は良しなに。
今日も始まる敵の砲撃で目を覚まします。弾は前線の味方前哨を叩いています。まったく戦争は資源の無駄使いとは良く言ったものですね。
戦場では休める時に休む習慣が必要です。なので装具を外し、靴紐を緩めてゆっくりとした姿勢で雑毛布を被って眠ります。目覚めのモーニングコールは砲撃の地鳴り。体をほぐして手早く服装を整えます。整理整頓清潔は仕事の基本ですが、士官は更に身綺麗さを求められます。心身の乱れは軍規の乱れに繋がるからです。
とは言え、前線で水は貴重品。部下の顔は髭に覆われており、汗や垢、老廃物の臭いを漂わせております。それは私も同じでしょう。
「大隊長殿、人員、装備に異常ありません」
大隊の指揮所に入ると当直士官が報告をして来た。
電話線が幾つか切れたのか、砲撃終了後に有線構成手が埋設作業を行っています。ですが敵の狙撃兵の妨害で何人か被害を出しています。そして味方の砲兵が反撃を始める、と言う毎日の繰り返しです。
大規模な敵の襲撃でも無ければ魔導師お仕事は、魔導砲撃で支援を行うぐらいです。この扱いはちょっと勿体無いと思うのですが、予備隊が邀撃に任務を限定されている以上は、上からの命令が無ければ勝手には動けません。
最近、上から押し付けられたお仕事で新人魔導師の研修がありました。
敵の捕虜を捕まえてくると言う、小林源文の漫画や佐藤大輔の架空戦記であるあれですよ。敵の陣地に忍び込んで適当に見繕った相手を気絶させて拉致してくる。何しろ管理局はヴォルムス陸戦条約に署名をしていない。したがって、管理局に寝返った裏切りの豚に戦時国際法は適用されない。
連中の命は虫けら同然だ。引き渡される捕虜は厳しい尋問を受けるだろう。
雑魚など私一人で蹴散らすに十分だけど、経験を積ませる事が仕事だ。
実際にやらされると子守りが面倒極まりない。でも後輩が育たないと私達も楽が出来ません。頑張りましたよ。
昼は糧食から豪華な食事を受領して来ました。ベーコンやブルストでは無く、本物のステーキですよ!
和食と違い、洋食と言えば肉。猪、鹿、鴨、鳩、雉と言った高タンパク質で底カロリーが売りのジビエ食材は日本であまり目にする事がありませんでした。此方ではどうかと言うと、戦時下で食べれる物が減っていました。
御馳走に喜ぶ部下達を傍目に、私は司令部より命令を受領しました。
アレーヌ・ロイゲン地方のアレーヌ市に管理局の魔導師が浸透した。同市は敵の制圧下にある。大隊はこれを掃討せよ。そう言う事情で昼食を取るのも慌ただしく、戦場に投入される事と成った。
「いやはや、残念な事だ」
数年前まで緑豊かな森や小川の流れる風光明媚な場所だったそこは、砲爆撃で掘り起こされた荒れ地であった。
私と私の大隊は砲撃で耕したアレーヌ市に向けて前進していた。焼け焦げた動物の死体がそこらに転がっている。戦争をやっているのだ。生態系への影響など考えはしない。
戦争は相手が居る事だし、敵も反撃をして来る。
何かが炸裂して顔に降りかかって来た。ぬめりを拭い取って顔を上げたヴォーレン・グランツ魔導少尉は、倒れて来る味方の体を受け止めた。首から上を無くしたそれはツイーテ・ナイカ・タイヤネン准尉だった物だ。グランツ少尉が被ったのは彼の脳漿だ。
叫び声をあげて昼食を吐き出すグランツ少尉の姿に私は溜め息を漏らした。
「本物のステーキ何て滅多に食えないのに、まったく勿体無いやつだな」
汚臭は遮断しているのでもらいゲロをする事は無い。それでも見ていて気分の良い物では無かったので、「慣れる事だ」と声をかけた。
新任はすぐに慣れて貰わないと、消耗の激しい戦場では人手が足りなく成るからだ。
「敵はアレーヌ市民を武装させている。民兵と言っても敵は敵だ。魔導師も加えて十分手強い組み合わせになっている。どうだ、楽しくなって来ただろう?」
「大隊長殿、投降して来た場合はどう対処致しますか」
部下から質問が出た。心配性のセレブリャコーフだ。敵は敵だと言ったばかりだが、疑問を考える頭があるだけましだ。
帝国軍は帝国を守る
「好んで敵に協力する様な連中だ。共和国の市民として取り扱う必要は無い。戦時捕虜では無く犯罪者だ。単純明快だろう? 後は分かっているだろうが油断はするな」
とは言っても既に死傷者も出ている。まったく何の為の魔導師だ。ま、戦場で死ねたんだ。少なくとも臆病者よりはましか。
死ぬような間抜けから、制圧すべきアレーヌ市に意識を戻す。市民を巻き込む悪行に手を染めた敵。火を付けたなら、鍋を沸騰させた悪評も一緒に背負って貰うとしよう。
市街地は守りの利点を強調されるが、攻める側が手心を加えないならば流血の量は守る側に負担を強いる事となる。何処でも要塞都市に化ける訳では無いのだ。
帝国の守りを磐石とする為の布石、軍人である我々は我々の仕事をする。それが熾烈な銃火の飛び交う鉄火場なら尚更だ。
大隊は砲兵の支援で三方向より前進した。友軍は包囲網を構築しており、残敵の逃走を阻止する構えだ。
私は大隊本部を構成する部下を連れて大通りを前進していた。
そう言えばガンパレだと大隊司令部、中隊司令部と表記されており考証の甘さが目立っていたな。とりとめもない事を考えていると、路地から飛び出して来た敵の一団を私は視界に捉えた。
管理局が鹵獲した物だろうか。平服の民兵か、共和国軍の小銃を装備している。
そして防御膜に8mmの弾が撃ち込まれて来たが、魔導師を殺すには火力が足りない。魔導師の敵は魔導師でしか無いと言う事実が再認識され、部下も平然としていた。
相手は老人と子供だったが、銃を向けて来た以上は排除するしかない。そうだ、この戦争に銃後は無い。使えるものなら女子供も使う。
「やれやれ、子供を戦場に出すのは帝国だけの専売特許では無いな」
学歴や知能指数がどうあれ、正直なところで、人間の価値は生産性で決まる。
ところが最低限度の他人に迷惑をかけないと言うルールを守れない奴が居る。これはゼロどころかマイナスだ。社会の害悪となる存在だ。
私は彼らの瞳を覗き込む様に視線を合わせて言葉を向けた。投降の説得では無い。決意と宣言だ。
「管理局に協力し祖国を売った売国奴と言う程、事情は簡単でもないだろう。だが諸君は人類の敵と成る事を選んだ。自己責任の意思は尊重しよう。いずれ我々も行く地獄の底で先に待っていたまえ」
私の号令で発砲音が響いた。転がる敵の死体を一瞥するとセレブリャコーフに声をかけた。
「我々が作り上げたこの光景を忘れるな。戦争の残虐さと愚かしさだ」
「はい、大隊長殿」
セレブリャコーフは神妙な顔つきで踵を打ち合わせた。
「それでは義務を果たすとしよう」
今後、