魔法少女リリカルターニャ   作:キューブケーキ

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その7 ライン戦線

「煉獄とはかくのごとし、か……」

 

 我々はヒューマンだからエラーがつきものです。ですがバグは違います。

 諸君、私はホモが嫌いだ。男の娘も嫌いだ。

 管理局を倒すと言う大望を前に恋愛にうつつを抜かす余裕など無い。この身が女であろうとも男の意識がある限り同性愛など断じてあり得ん。

 その点で、ナイフの夜にレーム親父や同性愛者を抹殺したナチは正しいと信じている。

 とは言っても今更、女の子に欲情する訳でも無い。

 さて、なぜ今さらそんな事を強調してると言うとだ。防御膜の向こうから感じる視線に問題があった。

 戦う幼女に萌える男ども。それは私の精神にとって脅威だった。

 部下は私を上官として敬い、畏れを抱いてるから手を出して来る様な阿呆は居ないと確信している。

 しかし他所から見たら私は健気な幼女にしか見えない。

 肉体が性転換されていても、魂は半端な物で、男から情欲の対象にされる事には慣れないし、慣れる気もない。マジで無理です!

 

 

 

 アレーヌの敵を殲滅した大隊は休養を与えられ後方に下がった。人員の交代と新人の補充。大隊を預かる者としては有り難くないが理解は出来る。突出した精鋭部隊より何処にでも割り振れる部隊こそ求められる。各部隊の平均値を上げる為だ。

 

 私は大隊の戦闘報告と敵情分析の報告で参謀本部に召還されていた。

 一般部隊ならあり得ないが参謀本部直轄の部隊なので仕方がない。宮仕えの辛い所だ。

 

「ライン戦線ではそこかしこで戦闘を繰り返しており、決定的な打撃こそ受けておりませんが積み重なった損耗率は看過出来ません。戦線は膠着状態にあります。管理局の連中、裏切り者まで組織化しておりこれではただの消耗戦です。まったく始末の悪い敵です。──勿論、祖国を守る為にも我々は、降伏か停戦の命令が出るまで最後まで戦い続けますが」

 

 最後はもくもく葉巻や煙草をふかす上官達へのリップサービスだ。大切な人など居ない私には将来の事が大切なのだよ。

 それにしても、あれだな。会議と休憩の区別がされていないのは現代と違うからだろうか。非喫煙者である私には喫煙者の気持ちは分からない。喫煙者が自己の責任で肺癌になるのは勝手だが、受動喫煙の危険性が存在する。出来れば分煙化して欲しいものだ。

 

「デグレチャフ少佐、貴官は神が帝国に与えた魔導師の中でも飛び出た才を持つ者だ。しかし、戦争に勝ちたいのは貴官だけではない。何よりも重要なのは経済だ。国家を動かす経済が機能しなくては、いかに帝国軍が精強であろうと戦い続ける事は出来ない。各国と協調し経済活動が回るまで攻勢は不可能だ。逆に言えば敵も動けず、安定した状態に移りつつあるとも言える」

 

 参謀本部で戦務局を動かすゼートゥーア少将の発言力は大きい。一応、頷いておく。組織は筋を通す者にはそれなりの対応をしてくれる。だから上官を尊重している様に敬意だけは払っているのも処世術だ。

 

「参謀本部も攻勢は検討した。当然ながら損害を出す事が前提だ。短期決戦を行おうにも次元航行艦を前に迂回も出来ず、部隊運用も限定される。今必要なのは国力の回復だ。戦線を整理し消耗した国力を回復させる。その為にはライン戦線は動かせない」

 

 

 どう言う訳か会議に参加していた財務省の役人が頷く。

 信じられなかった。人類が手を携えて戦わねば成らないこの時に、財政の赤字を気にしている。侵略者(インベーダー)との戦いに負ければ全てを失うのにだ。

 しかし参謀本部がお膳立てをしてくれなければ自分達は動けない。何も好んで戦場に出たい訳では無い。負けない為の努力をしたいだけだ。

 

 誰もかれもが戦争の行く末に不安を抱えている。しかし立場が選択肢を奪う。

 こんなに世界は汚かった。それでも生きていくべき世界は続いている。

 

 大隊に補充された新米が使い物に成るのを待ってはいられないが、大隊の戦力化は実戦投入より前に優先すべき事項だ。

 戦争はいずれ終わるだろう。しかし今すぐにでは無い。神に祈っても無駄だと言う証明だな。

 短い休養を終えると大隊は前線に戻された。ただし首輪は付いたままだ。

 私はちょっとしたやる気を出す事にした。規則を守った上で可能な限りの行動だ。

 

「ぐーてんもるげん、良い朝だな諸君」

 

 大隊の宿営地、整然と部隊は整列していた。

 

「休暇で鋭気は養えたか?」

 

「御命令を、大隊長殿」

 

 ヴァイスが噛みつくような声で応えた。

 

「我々、魔導師の任務は、まずもって陸軍の──近接戦闘部隊に対する密接な魔導砲撃による──支援だ。その為には自分の目で戦場を確認しておく事だ」

 

 威力偵察の名目で浸透突破を行う。目的は敵司令部の襲撃。売国奴のド・ルーゴが傀儡政権を代表している。しょせんは負け犬の烏合の衆、上手く行けば戦線を押し戻せる。

 歩兵が行う無理な突破では無い。決定的な一撃を与える。これこそ魔導師の仕事だ。

 この世界でも良い事が一つだけ存在する。

 戦争はあらゆる厄介事を解決する最終的手段と言う事だ。状況は手段を解決する。

 殺すから生きられる。切り刻んで殺してやる。裏切り者のくそったれどもも、管理局の連中も皆殺してやるぞ。

 

「大隊長殿、203航空魔導大隊は予備隊を命じられております。今回の出撃は任務の拡大解釈では無いでしょうか?」

 

「私も貴官も帝国軍魔導士官、兵卒と違い職業軍人だ。戦場では機会を逃さず戦果拡張する事が求められる。勝利だ。勝利の為に義務を果たす時だ」

 

 糞みたいな世界だが部下の忠誠と献身に疑いは無い。命令への服従は誇りだからだ。

 まさに呪縛だな。私も呪われている。孤児からほぼ選択肢無しで軍隊に入れられ、戦場を転戦した。給料分の仕事はしてきたし、考えれば帝国も私に借りがあるな。

 死んだら魂は存在Xの嫌がらせで永遠に虚空を漂うかもしれない。だが我々が守った帝国は存続する。それが人の生きた証だ。生きても死んでも地獄か。運が悪かったのかな、私達は。

 この鬱憤と憤りは戦場で発散するとしよう。エスカルゴ共め。終わらせてやる。

 

「行くぞ」

 

 為すべき事を速やかに為すべく、大隊は行動を開始した。目標はフィニステール県、ブレスト軍港。敵の司令部中枢が存在する。

 

 

 

 澄みきった青空で快晴であった。

 

『シルフ3よりフェアリー、ブレストに敵通信量多数を確認』

 

 敵前線を浸透突破した大隊に、参謀本部の作戦局戦略偵察部に所属する戦術特殊偵察小隊より報告が入って来た。西方軍司令官のモーリッツ=ポール・フォン・ハンス将軍は中央に忠実だ。こんな融通のきく人物ではない。となるとシルフ3の独断と言う事に成る。

 戦術偵察小隊は隠密行動を行い、一般部隊の危機でも監視する事を優先する。今回だけは別らしい。

 

「よし、大当たりだ。シルフ3、貴官に感謝する」

 

 通信量が多いと言う事は敵司令部か司令部付隊が展開している証拠だ。前線を離れた後方で偽電、欺瞞の可能性は低い。

 

『フェアリー、幸運を』

 

 港湾施設が見えた。対空砲火は上がっておらず、敵の不意を突く事には成功した。急襲用戦闘隊形である逆V字の(くさび)を作り上げた大隊はブレストに突入する。

 魔導師の利点は機動性と魔力による火力投射量。炸裂する魔導砲撃で敵をかき乱した。

 右往左往すり敵兵を巻き込みながら、装甲車がボール紙で作られた玩具の様に吹き飛んで海に転がり落ちて行った。

 

「私が殺られたら貴官は残りを纏めて自由に行動しろ」

 

 万が一の場合、次席のヴァイスに指揮権は速やかに移譲される。私の言葉にヴァイスは頷く。

 

「はい、大隊長殿。その時はやるべき事をやります」

 

 軍人は死ねと命じられたら死ぬまで戦う。だから直接は命じない。自発的行為こそやる気を出すからだ。

 望む答えを出してくれる部下は貴重だな。

 さて私の方だが、野外電話の電話線が接続された端子箱が外壁に幾つも並べられている倉庫に目を付けた。私は一個中隊を掌握すると制圧に向かった。

 我々は敬意を勝ち取る事で尊厳を守る。流した血の量が管理局へのメッセージだ。

 

 

 

 奇襲は成功したが敵は脱出を行おうとしていた。燃えるブレストを背景に、ドックから浮かび上がる巨大な影──次元航行艦が姿を現した。

 L級だ。新型のXV級より型落ちするとは言っても搭載する魔導砲は脅威だ。部下に散開を命じた。

 

「おいおい、マジか」

 

 ざわめく部下の声も当然だ。情報では、住民の反発や蜂起を警戒して武威を見せつけるべく共和国の旧首都に駐留してるはずだった。

 だが敵には敵の都合があり、此方の都合に合わせてくれるとは限らない。

 ガムを髪に付けるように意地悪をしてくれる。闘争とはそう言う物だ。

 

「デカいのが出てきた。賑やかになって来たぞ」

 

 潰せれば良いが敵の弾幕は激しい。術式を展開する時間を稼がねば成らない。

 

 ケースバイケースだが、原則的に戦争は素晴らしい。人々に幸せとは何であるか教えてくれるからだ。

 晴れ時々、砲弾日和。取り戻そう。僕達、私達の平和な世界、ってな感じで大切な物に気付かせてくれる。

 管理局も組織だ。組織の維持はコストがかかる。多数の次元世界に介入し、人的資源も問題の一つだ。敵を破産させてやれば良い。この世界が投資に見合わないと思い知らせてやる。

 始めるにしても、終わらせるにしても『力』は偉大だ。『力』こそ正義の証。

 1個軍団の作戦を覆し壊滅させる事が魔導師の1個大隊には出来る。魔導師を揃えた時点で勝っている。

 そして何よりも大切な事は、どんな状況でも楽しみを見つける事だ。ストレス発散でスッキリ出来る。

 

「大隊長殿!」

 

 セレブリャコーフが怯えた様な声をあげている。大抵の攻撃なら防殻で耐えれると言うのに、まったく、落ち着きの無い奴だ。

 

「次元航行艦か。地獄の宴に相応しいご馳走じゃないか。たんと戦場を楽しみたまえ」

 

 私の冗談にセレブリャコーフはくすりとも笑わなかった。ううむ、外したか?

 咳払いをして空気を入れ替えると指示を出した。

 

「砲兵に火力支援を」

 

 さすがに次元航行艦を独力で撃破するには力不足だ。目的の完遂には味方の協力に期待するしか無かった。

 とは言え、前線から離れた敵後方、10榴や15榴程度では射程が届かない。しかし帝国には鉄道網と言うライフラインが整備されており、巨砲を備えた列車砲が用意されていた。グルップル社が張り切って80センチ砲何て化け物まで開発したらしい。あれなら次元航行艦もぶち抜けるだろう。

 ──が、帰って来た返答はむなしい物だった。

 

「電波妨害です。無線が通じません」

 

 帝国御自慢の列車砲を使わなくていつ使うんだ。ふざけるな、と思ったが使えない物は仕方が無い。

 我々がブレストに突入した事は既に西方軍司令部の知る所だろう。ならば不安は無い。

 お偉方もぼんくらでは無いから、戦果拡張の好機に気付くはずだ。好機の到来を素直に喜ぶ事は出来なくても、圧倒的優位を獲得出来ると言う事実が転がっている。

 戦争は一人でも出来るが、終わらせたいならそこは動く時だろう。

 

 人の世は(えにし)と言うが、余所の世界がどうあろうと知った事か。管理局の要求に応え人的資源を供給したとして、次は何を求められるか分からない。武力を背景に恫喝して来る相手の要求が最後になるなんて事は無い。

 だから我々は戦う。

 我々は既に一線を越えている。

 戦場でおてては真っ白とはいかない。もしウラニュームか、あるいはプルトニウムをもちいた爆弾が手元にあったなら汚染など気にせずあるだけぶちこんでやれたのに、残念だ。

 

「術式展開。目標、次元航行艦!」

 

「糞、ざけんな!」

 

 次元航行艦の放つ火網は濃厚だ。術式を妨害されてグランツが罵り声をあげた。

 

「ママゴト遊びはそこまでだ。無理に術式を展開するより、手早く魔導刃による近接攻撃を推奨するぞ」

 

 距離が取れないなら距離を詰めて攻撃する。マルチでお馴染みのパラダイムの転換だ。

 ああ、フランクリン・コビーの手帳は高かったな。

 

 確かに次元航行艦の火網に好んで近寄りたくないが、ケジメしっかりつけないとな。

 後は私が命じるだけだ。

 

「帝国軍を舐めんなよタコ」

 

 今回は次元航行艦と言う大きな獲物が出てきた。これを沈めればけりがつく。

 やる事は決まっている。来世では存在Xに逢わない事を願いながら、ただ真っ直ぐ進んで敵を殺すだけだ。


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