Q:主人公どっちだっけ?
A:ウェイ―――白夜君ですヨ?
「で?」
「うん?」
「いや、うん? じゃないだろ‼ アンタ何サーヴァント3体も引き連れてメシ食ってんだよ‼」
「そっちだってサーヴァント引き連れてメシ食いに来てるじゃん。おあいこだよ、おあいこ」
「ウチのは頼んでもいないのに実体化するバカなんだよ‼ アンタのトコはそうじゃないだろ‼」
「いいんでね? 別に。英霊だって元々は人なんだし、美味しいご飯は食べたいって思うでしょ。少なくともウチはグルメなサーヴァント多いしね」
昼時で賑わっているお好み焼き店の中でも、彼らの会話は聞こえてくる。英国生まれ英国育ちで「お好み焼き」という存在そのものを知らないウェイバーの為にヘラを駆使して器用にお好み焼きをひっくり返す白夜の隣では、4人のサーヴァントと1人の少女というアンバランスにも程があるグループがカオスな展開を繰り広げていた。
「すみません。明太子チーズと餅チーズとイカキムチと豚お好み焼き追加で。―――あ、後チヂミ下さい」
「どうだねライダー。日本の食も中々イケるものだろう?」
「うむ、こりゃあ美味い‼ ただの粉がここまで美味くなるとは思わんかったわい‼ む? このモダン焼きというのは何だ?」
「あ、桜さんイカのやつが食べたいんですか? すみませんアーチャーさん、そっちちょっと切り分けて下さい」
「(ハフハフハフ……モキュモキュ……)」
「む? デラックスお好み焼き? 何と甘美な名前でしょうか‼ すみません、これも追加で‼」
「どれ、余にもそのヘラとやらを貸せ。崩さぬように返せばいいのだろう?」
「意外と難しいぞ。……あぁ、違う‼ 縁から順に下に潜り込ませるんだ‼ そのままだと大惨事になるぞ‼」
「……からい」
「あっ、桜さんには紅生姜はまだ早かったですね。今取ってあげます」
「聖杯戦争中」という現状が根本から覆ってしまう程に和気藹々としたその空間を見て、ウェイバーは深い深い溜息を吐く。
「……悪目立ちしすぎだろ、アレ」
「元から外見的に目立つような面々しかいないんだから、今更じゃないかなぁ」
薄桃色がかった銀髪に神秘的な雰囲気を感じさせるマシュに、銀髪褐色肌で筋肉質な肉体をしているエミヤ、金髪碧眼で人並み外れた美貌を持つアルトリアに、エミヤを悠々と上回る2メートル超えの巨躯のイスカンダル。
こんな外見の面々が同じ鉄板を囲っていれば嫌でも目立つ。先程から結構店内の他の客の目を引いており、もしこれが2015年だったなら、すぐさま写真を撮られてSNS上にアップされていただろう。”携帯電話”というものがまだ市井に広まっていなかったこの時代だからこそ見られる光景だ。
「能天気すぎるんだよ、
「まぁまぁ。
「国と時代が違う王二人が対面して鉄板囲ってるってシュールとしか言いようがないな……」
幸せが逃げ出すどころか一生寄り付かなくなるレベルの溜息を再び吐いたウェイバーの前に、焼きあがったスタンダードなお好み焼きを切り分けて渡す。
ウェイバーは初めて見る食べ物に最初は警戒心を示していたようだが、口に入れて噛み、飲み込むと同時に少しばかり表情が晴れた。
「……意外と美味しいな、コレ」
「あ、口に合った? 良かった良かった。つってもまぁ―――」
「やはり海鮮物とチーズは正義ですね‼ あ、豚キムチと牛スジ追加で。後、青のりと鰹節がなくなってしまったので足してください」
「セイバー‼ 追加は良いが君も積極的に焼きたまえ‼ 無為に鉄板の面積を圧迫するな‼ ―――あぁ、また火力が足りん‼」
「むぅ、流石誉れも高き騎士の王。見事天晴な食いっぷりよ。これは余も負けてはおれんな‼」
「……マシュおねえちゃん、この、「もんじゃ」ってなに?」
「え、えぇと……私にも分かりませんすみません。とりあえず頼んでみましょうか」
「―――馴染み過ぎて既に支払合計金額がとんでもない事になってる気がするんだよなぁ……」
「……そっちのセイバー、食欲旺盛過ぎじゃないか? 魔力不足?」
「いや、魔力補給は充分な筈なんだよなぁ。でも大体一度スイッチ入るとあんな感じだよ」
「……大変なんだな、アンタも」
「サーヴァントの食費程度負担できないで何がマスターかって話なんだよ」
実際この程度の値段の飲食店ならば問題なく支払える程度の金銭的余裕はあるが、それでも少しは自重してほしいと思う事もある。特にアルトリアに対しては。
とはいえ、彼女の見事な食べっぷりを見ていると、こちらまで食欲をそそられるのもまた事実だ。実際、桜は先程からマシュが焼いてくれているお好み焼きを食べ続けている。
その微笑ましい光景が見れただけでも、高い料金を払うだけの価値はあると言ってもいい。
「……なぁ」
そんな事を考えていると、再びウェイバーの方から声を掛けて来た。
「アンタ達は、やっぱり聖杯戦争に参加してる、ってワケじゃないんだよな?」
「そうだよ。聖杯戦争には参加してない。―――目的は聖杯だけど」
夜明け頃に雁夜に言った事を再び説明した白夜だったが、ウェイバーはそんな簡潔な説明では納得しなかった。
「……聖杯が目的なら聖杯戦争の参加者だろ? 一体何を願うつもりなんだよ」
「いやいや、何も願うつもりなんてないよ。俺たちの最終目標は大聖杯の破壊だし」
「はぁ⁉」
思わず大声を挙げて立ち上がってしまったウェイバーだったが、周囲の客の奇異の視線に晒された事で、再びバツが悪そうに座り込んだ。
すると、流石に隣で鉄板を囲んでいたイスカンダルがこちらに視線を向けて来た。
「どうした坊主。素っ頓狂な声を挙げおって」
「だ、だって‼ コイツらの狙いが大聖杯の破壊だなんて言うから……」
「あぁ、一応言っておくと言い間違えでも冗談でもないよ。だから戦争なんて本当はやりたくないんだ。
「先輩、それは―――」
踏み込んだ話をしようとする白夜に対して、マシュが制止しようとするが、彼は薄く微笑んだだけで答えとした。
「……ほぅ? 他の英霊共らを倒すだけ不利になる、と。そりゃあ一体全体どういうワケだ?」
「言葉の意味そのままだよ、征服王。冬木の聖杯は、もう真っ当なモノじゃないんだ」
その時点で白夜は、最低限の聖杯戦争の真実を説明した。
冬木の聖杯は既に汚染され、『手にした者の願いを捻じ曲げた形で叶える』モノと成り下がっている事。そしてその聖杯は、サーヴァント5騎分の魂が捧げられた時点で脈動し始めるという事。
そして―――世界を破滅で染め上げないためには、何としても脱落しているサーヴァントが4騎以内の内に大聖杯を破壊しなければならないという事。
「……何だよ、それ」
「美味い話にはウラがあるっていうのは、万国どんな時代にも共通だよね。―――因みに、ウェイバー。君はどんな願いを聖杯に叶えてもらいたかったの?」
「……そんなもの、ない。僕はただ、重ねた年月が長いってだけで時計塔でチヤホヤされて、新参の魔術師を馬鹿にするような奴らに、証明してやりたかっただけだから」
ベルベット家はまだ3代しか続いていない比較的歴史の浅い魔術師の家系―――それは既に”本人”から聞き及んでいた。
ロード・エルメロイⅡ世曰く、時計塔は既に門閥と権威主義の温床と化しており、歴史の深い魔術師の子息への阿諛追従は日常茶飯事。歴史の浅い魔術師の末裔たちは、如何に鍛錬を積んで己を磨き上げるかよりも、より名門の家系への胡麻擂りに費やす始末であるという。
その事実を聞いた時に、しかし白夜の中に意外性というものは全く生まれてこなかった。
現魔術協会総本山『時計塔』の設立は、他の二角『彷徨海』『アトラス院』よりも新しく、西暦元年だという。
普通に考えれば、魔術師という権威第一主義が念頭にある者達が一堂に会する場として2000年近くも存在していれば、それは腐敗もするだろう。組織というのは、そういうものだ。
だが彼は、ウェイバー・ベルベットはそれが許せなかったらしい。
ただ歴史が旧いと言うだけで新参の魔術師を侮蔑し、努力も鼻で嗤われる。聞けば、彼が4年の歳月を費やして作製したという学術論文も、一顧だにされず破り捨てられたのだという。
しかもその破り捨てた相手が、昨夜共闘関係を結んでいたケイネス・エルメロイだと聞き、白夜は思わず心の中で「あぁ」と納得してしまったほどだ。
その事情を聞いた時点でちらりとイスカンダルの方を見てみると、彼はウェイバーに同情するでもなく、呆れたような表情を浮かべていた。まさしく「器が小さい」とでも言わんばかりの顔だ。
だが、白夜個人の感情としては共感できる部分もあった。しかしそれをどう返したものかと思いながら注文したオレンジジュースを啜っていると、不意に対面から恨めし気な声が届いた。
「……なんだよ、アンタも馬鹿馬鹿しいって思うのかよ」
どうやら、黙ったまま事情を聞いていた事が、冷めていると思われたらしい。そう言われた後に白夜はグラスを置き、左手に持っていた箸も置いた。
「いや、全く。俺だってそうやって馬鹿にされたら悔しいって思うし、見返してやりたいと思うさ。時計塔の現状を「そういうもんだ」って達観してる人たちより、全然良いと思うよ」
同じ負けず嫌いとしては、ウェイバーの感情は理解できた。
『自分の価値を証明するために戦う』―――成程、確かにカルデアに控えているサーヴァントの中にもそれを「小さい」「つまらん」と一蹴する面々はいるだろう。大望というには、余りにも小さな望みだ。
だが、だとしても、それは本人にとっては重大な事だ。とてもとても―――重要な事だ。
「俺は魔術の世界に入ってまだ1年くらいだから、表立って侮蔑されたりしたことはないけどさ、それでも「才能がない」ってのは耳にタコができるくらい言われたよ。魔術も武術もからっきしだったからさ、それ自体は中々堪えたよ。
でも、才能がないからって諦めるのも癪だったから頑張った。確かに一流には手が届かないかもしれないけどさ、それでも立ち止まって三流で燻るより、歩き続けてせめて二流には届きたいって思ったんだよね」
「…………」
「個人的解釈で言わせて貰えば、多分無駄な努力なんて存在しないと思う。努力したらした分だけ、確実に一歩前へ進める。その一歩分で、掴める結果もあるかもしれない。
貧乏人っぽい考え方だけどさ、掴めるものは全部掴みたいって思うんだよ。他人がどれだけ天才だろうと、せめて”自分の物語”の中で胸張って生きていたいってのが、俺の考え方かな」
それは、紛れもない白夜の本心だった。
決して他者に興味がないという訳ではない。褒められたり認められたりすれば嬉しいし、叱責を受ければ哀しくもなる。
だが、それでも「自分自身」を決して見失ってはならない。他者からの評価で自分自身の全てを作り変えてしまったのなら―――それはもう「己」ではなくなってしまうのだから。
「何で、そこまでハッキリと言えるんだよ」
「そりゃあアレだよ。今まで何十回何百回とボロッカスに言われ続けて来たからね‼ なまじ相手が”本当の”天才たちだから甘んじて受け入れるしかなくってさぁ。
でも、俺がそれでも諦めないって知ったらちゃんと根気よく教えてくれてるからそういう意味では―――」
「それじゃあ、僕とは違うじゃないかよ」
ウェイバーは俯いたまま、絞り出したかのような声でそう言った。
その声色に滲んでいるのは悔恨と嫉妬。そして―――羨望。
「僕とは全然違うじゃないか。僕の周りには一人だって居やしなかった。努力を認めるより血統に目が眩むような奴らしかいなかった。
アンタは
少なくともウェイバーの周囲には、それ程に
どれだけ革新的な論文を
絶望した。憤慨した。
権威主義に凝り固まった教師陣に、自分を嗤い貶した学生たちに対して、今に見ていろという感情だけを募らせてこの極東の地にやって来た自分が―――目の前の少年を見ていると恥ずかしくなる。
彼は己の非才に腐る事がなかった。
どれだけ非情な現実を突きつけられようとも、歩む事をやめなかった。前を向き続け、後ずさろうとは思わなかった。
他者に対して不満を抱き、漏らすのではなく、己を磨き続ける事で”答え”としようとして来た。
誰も恨まず、誰も貶さず。
恐らくは、それも一種の「才能」だ。ウェイバーは、自身も努力に関しては一家言あると自負してきたが、この少年は自分より遥か先のレベルで邁進を続けているのだろう。
今こうして、彼を羨み、妬んでいる事そのものが自分の狭量さを表しているかのようで、ウェイバーは居た堪れなくなっていた。
「僕はアンタより強くない。アンタとは違う」
「……そりゃそうだよ。俺と君は違う。生まれや育ち、置かれている環境が違えば、ヒトの在り方が違うのは当然だ。―――俺の場合、
「……なら放っておいてくれよ。アンタに僕の気持ちは、分からない」
そう言うとウェイバーは、机の上にポケットから取り出した1万円札を叩きつけ、そのまま立ち上がると逃げるようにして店から出て行ってしまった。
その背中を見て、イスカンダルは深く溜息を吐いた。
「もっとなぁ、あの程度笑い飛ばせるほどに豪胆でなくてはつまらん」
「……申し訳ない。偉そうな事を言ったって反省してるよ」
「なに、貴様の言葉は間違っておらんわい。余としても有意義な時間が過ごせた。……名残は惜しいが、あれでも一応余のマスターなのでな。放っておくわけにはいかん」
そう言い残し、イスカンダルも席を立って店を後にした。
そんな結果が残った為、白夜は箸を器用に手の中で回しながら、内心では結構罪悪感を抱いていた。
「……どうしよう。とんでもなく場違いな事を言った気がする」
「いや、そうでもないだろう。正論と正論のぶつかり合いは得てしてこうなるものだ。あちらも、君に悪印象は抱いていないだろうよ」
「そうですね。自分の本音というものは言える時に言っておいた方が後々後悔しないものです。―――あ、マスター。追加の注文をしても?」
「そろそろ伝票を見ようか、セイバー。あとアーチャーもタオル額に巻くのやめない? 完全に屋台で焼きそば作ってるにいちゃんにしか見えない」
どれだけ良い事を言っても、言動と外見がアレでは決まるものも決まらない。後悔やら脱力やらが一度に襲ってきて思わず息を吐いてしまった白夜に対して、桜が軽く服の裾を引っ張ってきた。
「ん? どうしたの、桜ちゃん」
「……ハクヤおにいさんも、カリヤおじさんといっしょなの? みんな、痛い思いしてるの?」
その言葉に、白夜は思わず苦笑してしまった。
本来なら、君が心配する事じゃないと声を掛けてあげるべきなのだろうが、しかし彼女にしてみれば全くの蚊帳の外というワケではない。
「セイバーおねえちゃんも、アーチャーおにいさんも、みんなそうなの? そんなの、ダメ。」
「……そうだね、間違ってない。桜ちゃんの言う通り、痛い思いをするのは駄目だよね」
それはある意味世の願いだ。一部の人物を除き、誰だって痛い思いや死ぬ思いなどしたくない。幼いからこそ口に出して言う事ができるその思いに、白夜は同調していた。
気付けばマシュと自分の間にちょこんと座っていた桜の頭を優しく撫でてから、白夜はある事を訊いた。
「桜ちゃんは、もし何でも一つ願い事が叶うとしたら、何をお願いしたい?」
本当に何の気もなく、子供騙しのような質問だったのだが、桜はその問いに対して開きかけていた口を閉ざし、俯いてしまった。
しまった、また余計な事を言ったか。と焦燥感に駆られていると、桜は心の中に仕舞いこんでいたものをポロリと溢すように言った。
「……またみんなで、一緒にあそびたい。おねえちゃ―――
「……そう、か」
桜の前という手前上、白夜は張り付けた笑みを崩しはしなかったが、内心はそれ程穏やかなものではなかった。
見ると、マシュもアルトリアもエミヤも、皆真剣な顔つきになって聞き入っている。
それがもし、親同士の事情で離婚して姉妹が離れ離れになってしまったという理由であれば、それほど深刻に考える事もなかったかもしれない。親同士は良い顔をしないかもしれないが、それでも会おうと思えば会えるのだから。
だが、魔術師の家系に引き取られればそうはいかない。伝授した術の秘匿という意味合いでも、元の鞘に戻る事など許されないのだろう。例えそれが、幼い子供同士のものだったとしても。
こんな幼い子供が、心の中から絞り出したような願いさえ、叶う事が許されない。
それが理解できてしまうと、当事者たちではないというのに、忸怩たる思いがふつふつと湧き上がってくるのを感じてしまう。
「……カリヤおじさんも約束してくれたの。ぜったい会わせてくれるって。約束するって」
「―――うん、そうだね。いつかまた、お姉ちゃんと遊べるといいね」
しかし、今の白夜にはそう言うしかできなかった。
真実を告げるには彼女は脆すぎて、しかしあからさまな嘘を吐くわけにはいかない。曖昧な言葉は褒められたものではないが、少なくとも今はそれが最善手だと思えてしまった。
「ねぇ、桜ちゃん」
「?」
「雁夜さんの事は、信じてあげてね。桜ちゃんが信じてあげれば、雁夜さんも頑張れると思うから」
「……うん。わかった。カリヤおじさんを信じる」
相も変わらず表情に変わりはない。―――が、その最後の言葉を言い終わった瞬間、彼女が一瞬だけ笑ったような気がしたのだ。
無論、錯覚だったのかもしれない。否、その可能性の方が高いだろう。
ならばせめてこの瞬間くらいは年頃の女の子らしく過ごさせてあげたい。白夜のその思いが伝わったのか、三人も再び明るい雰囲気を作り始めた。
―――*―――*―――
後悔と羞恥心はすぐに襲ってきた。
図星を突かれて癇癪を起こし、まともに言葉を返そうともせず八つ当たり気味にその場を去るなど、幼児のそれと比較したところでどう変わるというものでもない。
とはいえ、踵を返して引き返し、謝罪を述べるというのも柄ではない。つまるところウェイバーは、絶賛自己嫌悪の真っ最中であった。
「(何やってるんだ僕は。言ってる事は全部正しいって、分かってるはずなのに)」
あの、岸波白夜と名乗った少年。自分とそれ程歳は違わない筈なのに、その言動はどこか達観しているようで、しかし隠しきれない”熱”があった。
自分の生き方に誇りを持っている。例え五里霧中の中で手探りで生き方を探している最中であったとしても、彼の精神は揺らぎはしないだろう。
彼は決して、ウェイバーの行動を非難するような言葉は投げて来なかった。どこか見透かしたような部分はあったが、自然とそれも不快には感じられなかった。あれが審美眼―――洞察力とでも言うのだろうか。
それでもウェイバーが耐えられなかったのは、自分がひどくちっぽけな存在に見えてしまったからだ。
自分の努力が認められず、目の敵にしている教師の聖遺物を奪ってまで参戦した聖杯戦争では、結局サーヴァントの背中に隠れているばかり。昨夜とて、黄金のサーヴァント―――英雄王ギルガメッシュと、漆黒の騎士―――ランスロットとの激戦を、ただ震えながら見ている事しかできなかった。
だが対照的に彼は、白夜は己の身が危険に晒されるという事を理解した上で矢面に立って、自らのサーヴァント達に指示を飛ばしていた。
命が惜しくない、という事ではないだろう。ただ彼は自分のサーヴァント達を信頼しているからこそ、あのような事ができたのだ。その行動力に、ウェイバーは嫉妬していたのだ。
「ふむ、惜しいことをしたのぅ。あ奴ら、
「……お前はいっつもそればっかだな」
「無論。何も力で制すばかりが戦ではないわ。酒を酌み交わし、語らい合い、その先に友誼を結ぶ事ができれば、それもまた良し。同朋が増えるというのは、いつになっても心躍るものよ」
「お前の脳に自虐心って言葉はないのかよ、全く」
思わず吐き捨てるように言ったその言葉に、イスカンダルは目聡く反応した。
「何だぁ、坊主。貴様まだあの坊主に言われた事を気にしとるんか」
「バッ、そ、そんな事あるもんか‼ 大体あんなの―――」
「そうさなぁ。言っちゃあなんだが、あの場は貴様の完敗だった。あの状態でどっしりと腰を据える程度の器でなければ、まだまだ余のマスターとしては修行不足だぞ?」
「……分かってるさ。あぁ、分かってるんだよ‼」
その、値踏みをするかのような言葉にまた憤慨してしまい、ウェイバーは声を荒げた。
どうしようもなく悔しかった。よりにもよって、それが自分のサーヴァントに言われたという事実が、更にそれに拍車をかける。
「僕がどうしようもない未熟者だって事くらい分かってるんだよ‼ 本来ならオマエを従える器じゃないって事も‼ 昨夜もビビって足が震えて、オマエにマトモな指示も出せなくて……情けないと思ってんなら笑えよ‼ その方がいっそ清々しい‼」
どれだけ虚勢を張っていても、結局のところウェイバーは己の矮小さを理解していた。
アレキサンダー大王という強力なサーヴァントを、さも独力で召喚したかのように偉ぶってみせても、所詮は虎の威を借りた狐に過ぎない。マスターとしての未熟さは、昨夜の時点で痛感していた。
だから、諭すような言い方をされるよりは、いっそ呆れてくれた方がありがたかった。その方が自分の器を再認識できる―――虚栄を張らずに済むと、そう思ったから。
しかしイスカンダルは、それでもなお態度を崩そうとはしなかった。
「あのなぁ坊主。貴様が他のマスターとくらべて勝ってるとか劣っているとか、そんな事は余にとってはどうでもいい事だ。貴様は何だかんだ言いながら、余と共に戦車に乗り、余と共に初陣に参じた。その気概を買ったのだ。
戦の作法にしたところで、ンなモン始めっから完璧にできる奴なんざ居やせんだろう。余とてカイロネイアでの初陣では父の武威に隠れているようなモンだったわい」
だからなぁ、と。イスカンダルはその大きな掌で、ウェイバーの頭を鷲掴むように覆った。
「貴様は己の矮小さを理解した上で、それでなお至らなさを嘆いた。それこそが覇道の第一歩よ。ここで貴様が涼しい顔して何の後悔もないような素振りをしていたら、余がブン殴ってやっていたわい」
「お、オマエなぁ‼ 怖い事言うなよ‼」
「それくらいの気概がなくてはならん、という事だ。あの坊主―――ハクヤにしたところで、始めからあぁ覚悟を決めていたワケでもなかろうよ。アレは死線を幾度も掻い潜って来た者特有の眼だ。
どういった道を歩いて来たのかは知らんが、それこそ言葉の通りだろうよ。貴様とあ奴では、辿ってきた道が違う。であれば、「強さ」なんぞ始めから較べられるワケがなかろう」
己と他者を照らし合わせるという行為は、己を見つめ直すという意味がある場合は極めて有効な手段の一つにはなるだろう。
しかし、その結果敗北感に染まり、劣等のレッテルを自ら張り付けるようになっては本末転倒だ。己は己、他者は他者。たとえ共通するものがあったのだとしても、その概念は決して変わる事はない。
「いいんだよ、それで。貴様は貴様の道を進め。器とは即ち、「己の魂」の姿に他ならん。奴には奴の、貴様には貴様の「器」がある。矮小さを嘆くならば、未熟さを顧みるならば幾らでもするが良い。
だが今は戦の最中だ。悠長な事を言っていると、影から飛び出た刃に喉を貫かれて死ぬかもしれん。そうなってからでは遅い」
「…………」
「『努力したらした分だけ、確実に一歩前へ進める。その一歩分で、掴める結果もある』か。成程、言い得て妙だわい。おい坊主、やはり貴様は運が良い。戦場で「本当の意味」での好敵手に出会えるというのは、広大な砂漠の中で一粒の真珠を見つけ出すようなモノよ。
惨めだと思うならば学べ。敗けたくなくば進め。貴様はもしかしたら、此度の戦で途轍もない経験を積む事ができるやも知れんぞ」
「……なんだよそれ。オマエが勝手に決めんなよな」
とはいえ、ウェイバーの声色は先程までの自虐的な色は少なくなっていた。
自分には自分の人生の歩み方がある。魔術師としての成長の仕方がある。それは立ち止まって俯いていては決して見えてこない「道」であり、それを見つけ出すためには、たとえ遅くとも一歩ずつ歩んで行かなくてはならない。
この豪放磊落なサーヴァントを従えてこの戦争を勝ち抜くためには、いじけている時間など欠片もない。ウェイバーはここに来て漸く、その事実に行きついたのだ。
そんな彼の成長こそが後に大きな機転を見出す事に繋がるとは、この時は誰も思っていなかった。
―――*―――*―――
気付けば、周囲の空は黄昏色に染まっていた。
季節の関係もあるのだろうが、陽が落ちるのが早い。吹き抜ける風も徐々に肌寒くなってきたころ、白夜とマシュはショッピングモール近くの市民公園にやって来ていた。
アルトリアとエミヤは、再び霊体化をして周囲に警戒を張り巡らせている。キャスターが消滅した影響で禍々しい魔力は完全に霧散していたが、それでも風によって流れてくる魔力の波動は、素人に毛が生えた程度の白夜にもひしひしと感じられていた。
桜はと言えば、昼食を思ったよりも楽しく過ごせたのか、今はベンチに座っているマシュの膝を枕にするような形ですぅすぅと寝息を立てている。
警戒心を抱かれなくなったのは良い事なのだろうが、これで増々引き返せなくなった。―――少なくとも白夜本人は、そう思っていた。
「―――桜ちゃん?」
そんな事を考えていると、待っていた人物が噴水の向こう側からやって来た。
最初に出会った時と同じく、左半身を僅かに引きずるようにして歩いてくるが、その顔色は今朝方程悪いようには見受けられない。その様子を見て、白夜はホッとした。
「どうも、雁夜さん。今朝ぶりです」
「あ、あぁ。しかし、何で君たちが桜ちゃんと?」
「モールで時間を潰してた時に、書店で会ったんです。その後成り行きでお昼ごはんとか一緒に食べちゃったんですけど……マズかったですか?」
「いや、大丈夫だよ。一人で外出させるよりは、誰かと一緒に居た方が安全だ。……個人的に、君たちなら信頼できると思うしね」
「買い被りすぎですよ。俺たちだって聖人なんかじゃないですからね」
「分かってるさ。でも―――桜ちゃんがそうして安心して眠ってるんだ。君たちの事を信頼している証さ」
「なら、いいんですけどね」
雁夜を呼んだのは白夜だった。霊体化したエミヤにお願いして、秘密裏に迎えをしてくれるように頼んだのである。
桜を前にした時の雁夜は、これ以上なく安堵したような表情を見せていた。それだけでも、彼が桜を家族として愛してくれているという事が伝わってくる。
しかしながら白夜は、どうしても雁夜に訊いておきたい事があった。
「雁夜さん、一つ訊いても良いですか?」
「何だい?」
「雁夜さんが聖杯戦争に参戦したのは―――桜ちゃんの為ですか?」
それは、訊かなくても分かっていた事ではあった。
間桐の家を出奔し、魔道とは縁を絶ったはずの彼が、何故自らの命を犠牲に捧げてまで聖杯戦争に参戦したのか。その理由を白夜は、桜に会うまでは理解できなかった。
だが、お好み焼き屋で桜の願いを聞いた瞬間、バラバラになっていた動機のピースがカチリと填まる音がしたのだ。
「―――あぁ、そうだ。俺は、桜ちゃんをあの蟲蔵から救い出すために参戦した。臓碩のクソ爺は、俺が聖杯を獲ってくれば桜ちゃんの修業を1年限りで切り上げると言ったからな」
間桐とて、最終目的が聖杯なのには変わりない。
それに少しでも近づくために、桜という才能豊かな魔術師を母体にする事で、弱体の一途を辿っていた間桐の家系に再び隆盛を取り戻そうとしていたのだろう。―――ならば、聖杯さえ獲ってしまえば、桜そのものに用はない。
彼はそれに賭けた。魔術師として特筆すべき才覚があったわけではない彼は、『狂化』のステータスを付与する事でパラメーターそのものを底上げできるバーサーカーを召喚して戦いに臨んだのだ。
「譲れないって顔をしてますね。背水の陣って感じがしますよ」
「まぁ、その通りだよ。俺は負けるわけにはいかない。
……この身体はもう長い事はないだろうが、それでも桜ちゃんをこの地獄から救い出せるのなら本望だ。俺は本気で、そう思ってる」
「……そうですか」
白夜はそれだけを言い、未だに寝息を立てている桜を抱え上げると、そのまま雁夜に引き渡した。
「俺はこの子とは今日出会ったばかりですけど、それでも何となく分かりました。―――この子は、救われなくちゃならない。このまま、牢獄に囚われたまま人生を終えるなんて、そんなものは哀しすぎる」
「……あぁ。その通りだ。この子には、帰るべき場所がある。俺は何としてでも、彼女をあの陽だまりの中に返さなくちゃいけないんだ」
溝がある、というのは理解していた。
白夜自身が思う「救い」と、雁夜が思い描く「救い」は、同じなようで、実は違う。白夜はそれを、本能じみたもので察してはいた。
しかし、それを言及できる程雁夜の心情を理解していなかったし、彼が一人で抱き続けていたそれに他者である自分が横槍を入れるというのも無粋だと思っていた。
それが正しかったのか否かというのは、雁夜が桜を連れて公園を去った後も分からなかった。
「ねぇ、マシュ」
「はい」
「分かってきたつもりだったけどさ。やっぱり人間関係って難しいよねぇ」
一口に特異点といっても、そこには生きている人間が存在して、その一人一人に彼らだけの繋がりが存在する。
人理修復の旅というのは、決して無機物の故障を修理するような無味乾燥なものではない。その時代に生きていた人々の生き方が正しく遺されるようにと願わなくてはならない。
特異点に生きる彼らにとっては、まさに白夜達の方が”異物”である。本来積極的に人間関係に抵触するべきではないという前提そのものは理解しているつもりだった。
だがそれでも、見過ごせないのが岸波白夜という少年の在り方だった。
お人好し、節介焼き―――どう言われようとも、彼は根本から生き方を変える事はできないし、変えようとはしなかった。
しかしだからこそ今まで救済の旅を続けて来れたのだと、そうマシュは思っていた。
「そうですね。人の思いは複雑怪奇。私も今までの旅でそれを痛感してきました。―――ですが、先輩は先輩らしく歩んでいくのが一番良いと思います。
安心して下さい。未熟者ではありますけれど、これでもカルデアに来てからの先輩をずっと見て来たんです。先輩の考えている事なんてお見通しです」
「そういうものなの?」
「そういうものですよ」
「そっか」
後ろや横で支えてくれている人たちがいるならば、自分は自分らしく、胸を張って歩いて行かなければならない。
まだまだ戦役の夜は続く。食い止める事のできない犠牲も生まれるだろうし、救えなかった事への罪悪感も募る事だろう。
ならばせめて、後悔のない道を歩みたい。その轍を振り返った後に、ふと笑みが漏れ出るような、そんな生き方でありたいと思う。
それが今まで、四つのグランドオーダーを制してきた岸波白夜の意志だった。
どうも。イベントのアップデートするってんで札を全力で集めてたらアレ不思議、全部紙屑に錬金された十三です。許すまじ。
と思ったけど、婦長と槍トリアの礼装絵が良かったからまぁ良いかなぁと思っていたりもします。特攻鯖が事前告知なしでそう入れ替えされたのは……まぁ、うん。
Q:令呪を以て命ずる。自重せよ、セイバー。
A:元祖腹ペコ王だからね、しょうがないね。
Q:桜ちゃん(熟睡中)を連れて帰る雁夜おじさんってもしかしなくても不審者……
A:おっと、それ以上はいけないな。
Q:ライダー陣営と共闘フラグ立ったかな?
A:元より共闘させるつもりでした。ゲームだと結局対決してたけど、やっぱりそれどころじゃないなぁ、って。
Q:というか今何日目なの?
A:白夜達がレイシフトしてきてから4日目です。次の話では昼ドラランサー―――失敬、ディルムッドさんが中心になるかなぁ。