Fate/Turn ZeroOrder   作:十三

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全ての命に終わりがあるのに―――



―――どうして人は怯え、嘆くのだろう?








ACT-20 「たった一つの小さな願い」

 

 

 

 

 

 

 

 間桐桜にとって、岸波白夜という青年は不思議な存在だった。

 

 彼女は人の「悪意」に敏感だった。恐らく同年代の誰よりも。否、例え年上であったとしても、彼女以上に自然体で人の悪意を見抜く術に長けた人間は、冬木ではそうはいないだろう。

 

 ()()()()()()()というのは、時にただの殺意よりもタチが悪い。彼女はそれに晒され続けた。1年間ずっと犯され続けた。

 誰にも助けられることなく、誰にも叫びを聞いてもらうことなく、幼い心は己の意志と感情を奥底に閉じ込めながらも、自衛本能が敏感になってしまった。

 

 

 魔術師―――自分を見放した父と同じヒト。自分を酷い目に遭わせたのと同じヒト。

 間桐雁夜を助けて屋敷の前で佇んでいたその姿を見た時、桜の胸中には何の感情も湧かなかった。湧く余裕すらなかった。

 

 彼女にとって唯一の例外は、間桐の呪縛から解き放ち、もう一度「遠坂の人たち」と過ごせるようにすると約束してくれた雁夜だけ。

 幼心ながらにそれは難しいとどこかで分かっていながらも、それでも彼女はその一縷の望みに縋った。そして、それだけあればいいと思っていた。

 

 ―――あの日、街でその青年と会うまでは。

 

 

 

 変わった人だなぁと、桜は程なくしてそう思った。

 

 彼は、全く裏表がない人間だった。幼い桜にはそれを言葉として形容する程の力はなかったが、それでも「悪い人ではない」という事だけは直感的に理解できたのだ。

 

 最初は、その程度でしかなかった。だが、彼が桜を見る目、それは底抜けに優しいもので、慈愛すら感じるものだった。

 それがどこか、遠坂家に居た頃の母親の姿と被ってしまい、気付けば一緒に昼食に行ったりしていた。

 

 彼と一緒に居た人たちも、皆良い人たちばかり。

 間桐の家に来てからは既に諦めていた団欒の食事。いや、こんなにも賑やかな食事は、遠坂に居た頃でさえ経験がなかった。

 

 楽しいと、素直にそう思えたのだ。

 間桐の暗い蟲蔵の中で嬲られ続け、食事を一人でつまむだけの孤独な日々。それを辛いと、悲しいと思う心すらも感じなくなってしまった彼女でも―――そう思えるほどに白夜と、白夜の周囲は暖かかった。

 

 

『桜ちゃんは、もし何でも一つ願い事が叶うとしたら、何をお願いしたい?』

 

 

 それは、いつの日か雁夜がしてくれたのと同じ質問で、それに答えていいのかどうか、一瞬迷ったのは仕方のない事。

 この願いは軽々しく言っていいものではないと、それは桜にも分かっていた。言ったところでどうすることもできない、と。

 

 しかし、口は開いて願いが出る。―――もう一度、トオサカの人達と遊びたい、と。

 

 その願いを叶えてみせると言ってくれた人がいた。その為に戦うと言ってくれた人がいた。

 亡霊みたいな見た目に変わってしまっても、目に見えて体がボロボロであっても、それでも戦ってくれている人がいる。

 

 だが誰も、その人の事を応援してはくれない。その事に密かに心を痛めている桜の心情を読み解いたかのように、白夜はこう言った。

 

 

『雁夜さんの事は、信じてあげてね。桜ちゃんが信じてあげれば、雁夜さんも頑張れると思うから』

 

 

 誰も応援してくれないのなら、せめて自分だけはその人の事を信じてあげる。

 それは、()()()()()()()()()。間桐の子を産む事だけを望まれた彼女にとっては、例えその事実を未だ知らずとも、自分にしかできない事というものを嬉しく感じられたのだ。

 

 それと同時に、自分の為に戦ってくれている人に「信頼」を寄せる事。―――今まではどこか怪訝な感情を持っていなかったとは言えなかった桜であったが、白夜のその言葉で心が決まった。

 

 

 

 

 

 ―――変わった人、だった。

 

 

 何故かは分からないが、声を聞くだけで安心できる。その一言一言が本音で、本気で心配してくれているというのが分かる。

 

 絶望の海に溺れても縋る藁すらなかった彼女が唯一見つけた光明が雁夜だったが、彼は「桜を助ける」為に何もかもを捨てた。自分を構成する何もかもを。己の中に生き残っていた欠片ほどの矜持すらも捨てて、余命すらも燃え滓ほどにしか残っていない。

 

 桜はそれを、本能的に察していた。

 そういう意味では彼女も、優秀な魔術師の卵ではあった。―――無理な施術にも等しい魔術の仕込みが人体に多大な害を及ぼすという事を、彼女は()()()()()()()理解していた。

 

 雁夜がいなくなってしまえば、桜を本当の意味で守る者は誰もいなくなる。

 臓硯は再び桜を嬲り続け、鶴夜はそれに唯々諾々と従い、遠坂の人間は盟約を重視して手は出してこない。

 不幸な身の上が、これ以上ない程に不幸になる。女としての尊厳だけでなく、ヒトとしての尊厳も、未来永劫失う事になる。

 

 桜は子供だ。幼い身の上で何も頼らずに一人で生きて行けるほど頑強な子供ではない。

 だから、無意識に手を伸ばした。悪意など欠片もなく、ただただ「間桐桜」という存在を心の底から心配してくれた少年に手を伸ばした。

 

 その選択が正しいか、正しくないかなどは思慮しない。思慮できない。「この人ならば大丈夫、信じられる」という、理屈も根拠もあったものではない感情の発露。

 

 それはまるで―――恋する乙女のそれと、良く似ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 その男は居た。街に出た桜を見守る事ができ、尚且つ桜に気付かれない物陰となった場所に。

 

 桜とバッタリ出会ったすぐ後にロマンから「周囲に魔術反応がある」と通信で言われた際は僅かばかり警戒したが、探ってみれば何のことはない。姪を心配して街に出てきただけの優しい人物だった。

 

 白夜はその人物と会う為に、一人でその場から離れた。マシュやアルトリアは一人では危険と供回りを務めようとしたのだが、白夜はそれをやんわりと断った。

 

 彼は分かっていた。その人物と話す事になるであろう内容は、きっと男同士でなければ分かり合えないものだという事を。

 

 

 

「こんにちは、雁夜さん」

 

「あぁ……白夜君か」

 

 突然話しかけたのにもかかわらず余り驚いたような表情を見せていない雁夜に対して、白夜が桜をマシュとアルトリアに任せている旨を伝えると、雁夜は安堵の息を漏らした。

 

「雁夜さんは……桜ちゃんとは間桐に来る前にも面識があったんですか?」

 

「あぁ。一応紛いなりにも遠坂と間桐は御三家の家同士だったからね。……桜ちゃんと、お姉さんの凜ちゃんの事はそれこそ生まれた頃から知っているよ」

 

「……昔の桜ちゃんは―――」

 

「……引っ込み思案なところはあったけれどね。それでも凜ちゃんや葵さん―――二人の母親と一緒にいるときは良く笑う子だった。あの二人が魔術師の家なんかじゃなく、普通の家庭で生まれていればと……今でもそう思うよ」

 

 親は子を選べず、子は親を選べない。―――それは大人になれば誰だって分かる道理だ。

 この世に生を受けた時点で、その運命を呪う事はあっても、覆る事はない。ましてや「魔術師の家に生まれた次女」「格別な才を持った子」という条件が揃ってしまった以上、真っ当な魔術師の家に生まれてしまった子は家族と共にはいられない。

 

 理解しろと強制される。どうしようもないと諦めを諭される。理不尽と血統が複雑怪奇に入り混じった魔術の世界に傾倒した者ならばそれに首肯するだろうが、間桐雁夜は幸か不幸か魔術師の家に生まれながら一般人の感性を持っていた。

 

 最初は、間桐の魔術を汚らわしいと罵倒した。

 己に魔術師として格別な才があったのならばそれも違ったのだろうかと自問自答する時もあったが、それでも雁夜は―――否と応えるだろう。

 

 自分はどうあっても、間桐の魔術を毛嫌いする。そういう人間として生まれてしまったのだと。

 そしてそれは、骨の髄まで「魔術師」として生まれ、そして生きてきた遠坂時臣とは決定的に相容れない宿命を背負わされたのと同義であった。

 

 

「……俺は以前、君に問われた時に桜ちゃんを蟲蔵から救い上げる為だけに参戦した、と言ったよな?」

 

「えぇ、はい。桜ちゃんを地獄から救い出せるのなら本望だ、って」

 

「それは間違ってない。それだけは誓って言える。……でも、()()()()()というのは実は語弊がある。……いや、正直に言おうか。それだけじゃあなかったんだよ」

 

 ベンチに腰掛けた雁夜は、ふぅ、と自虐さを孕んだ息を吐いた。

 

「俺は昔っから、葵さんにずっと片想いしてた。いつかはこの女性(ひと)と一緒になりたいと、ずっと懸想していた。

 ……でも「禅城」の家の女性は、魔術師から見れば垂涎の存在だ。結局、彼女が時臣と結婚するって聞いた時、俺は劣等感から何も言えなかった」

 

 「君はそれでいいのか」という、ただその一言すら出てこなかった。家の在り方に縛られるのを良しとするのかという言葉すら。

 だが、遠坂時臣と共に居る時の葵がとても良い顔で笑うのを見た時、雁夜は大人しく手を引くことを決意した。あの笑顔は、自分と共に在ったら消え失せてしまうという、男としての格の違いを見せつけられたようで、嫁いでいく彼女の姿を、ただ複雑な感情を滲ませた笑みで見送るしかなかった。

 

「でも俺は、すっぱりと諦めた筈だったんだ。凜ちゃんと桜ちゃんが生まれて、その二人と一緒にいる葵さんを見てからは特にね。時臣ならきっと、葵さんや二人を幸せにしてくれるだろうと思ってた。―――でも」

 

「……桜ちゃんは、魔術師の家の掟に縛られて、間桐の家に養子に出された」

 

 それを、葵本人の口から聞いた時、雁夜の胸中に封印していた筈の負の感情が漏れ出て渦巻き始めた。

 結局は時臣も、自分が軽蔑していた魔術師でしかなかった。それも、御三家の同盟という掟に盲目になり、よりにもよって間桐の家に愛娘を養子に出し、悍ましい蟲に全身を嬲られるという余りにも酷い仕打ちを受けさせている。

 

 それが許せなかった。思わず自我が崩壊しかねない程に怒り狂ったのは、あの時が人生で初めてだった。

 

 桜を助けねばならないという想い。―――それに付随するように心に張り付いたのは、遠坂時臣への憎悪と、奥底のまた底に封じ込めた筈の葵への想い。

 桜を助けるために遠坂時臣を殺して聖杯を得る。そうすればあの三人が再び笑顔でいられる。あわよくば葵への想いを本人に打ち明ける事ができる。―――そういう浅薄な下心があったのを否定はできなかった。

 

 

「時々、分からなくなるんだ」

 

 振り絞ったような声で、雁夜は言った。

 

「桜ちゃんの笑顔を取り戻すために聖杯を獲る。それは本当なのに、俺はその願いを体面上のものだけにしているんじゃないかとね」

 

 心の何処かで理解はしていたのだ。

 遠坂時臣を殺して聖杯を獲り、桜を解放する事ができたとしても―――だとしても、()()()()()()()()()()()()()

 

 葵は遠坂時臣を愛している。例え彼がどれ程心の底まで魔術師であり、非情であったとしても。

 「魔術師の家に嫁ぐのはそういう事だ」と彼女自身が覚悟を決めてしまった以上、どう足掻いても彼女の心が雁夜の方を向くことはない。―――そんな事は分かっていた筈なのに、桜への仕打ちに対しての怒りが、そんな当たり前の道理すらも霞ませて見えなくしてしまった。

 

 恐らく彼は、このまま第四次聖杯戦争を戦っていれば、誰も幸せになれない道を辿る事になっていただろう。

 だれも彼の過ちを正さず、誰も彼の望みを膝を突き付けて訊く事もなく、落伍者の彼を鼻で嗤うか、或いは落胆するしか出来ない者としか相対していなければ、彼の心は最後まで歪んだままだっただろう。

 

「前までは、そんな事にも気付けなかった。―――本当に、君に出会えてよかったと思ってるよ、白夜君」

 

「え? いや、俺は何も……」

 

「聖杯戦争に関わるような人間の中に、俺みたいな俗物的な願いと価値観を持つ奴が少ないって事くらいは分かるさ。時臣がその筆頭だしな。

 だが君は、俺とは違うが()()()()()()()()()()()()。無理矢理だろうと偶然だろうと魔術の世界に足を踏み入れ、それでも「普通」の価値観を捨てきれなかった人間だ。

 ―――だから、だろうな。こんな惨めで小っ恥ずかしい、今まで誰にも言えなかった事も普通に話せてしまっている」

 

 すまないな、と。雁夜は苦笑いをして白夜の方を見た。

 

「俺とは違ってまだ若い君にはまだ無縁の事なのに、どうにも醜い大人の姿を見せてしまった。忘れてもらっても―――」

 

「……そんな事はないと思いますよ」

 

 白夜は憐憫の感情を全く含まず、ただ自分の思うがままに、そんな答えを返した。

 

「まぁ確かに俺はまだ19歳なんで、そういうものには無縁で的確なアドバイスなんてできないんですけど……でも多分、雁夜さんのそういう「人らしいところ」に、桜ちゃんは救われたんだと思いますよ」

 

「いや、桜ちゃんはまだ―――」

 

「何も考えられない程の底の底にいたあの子に希望を約束して、誰かを信じられるようになるまで()()()()()のは間違いなく雁夜さんです。それは雁夜さんが、本当に桜ちゃんの事を案じていなければできなかった事ですよ」

 

 だから、と。白夜は続ける。

 

「それは多分、建前なんかじゃありません。雁夜さんは本当に桜ちゃんを救おうとしていたんです。―――別にいじゃないですか。煩悩上等、凡俗の価値観上等です。俺だって色々な一般人思想に塗れてますけど、それを後悔した事なんてただの一度もありませんからね‼」

 

「―――ははっ。本当に、君は面白いな」

 

「俺はもう、そこいらの事は考えない事にしました。俺は魔術を使いながら、絶対に後で後悔しない生き方をするって決めたんです。……高確率で仲間を巻き込んでるんですけどね」

 

「羨ましいな。それは、巻き込まれても着いて来てくれる仲間がいるという事だろう?」

 

 俺にはそんな仲間はいなかったからな、と泣き言を口走ろうとして、そっと口を閉じた。

 そしてそのまま、僅かに覚束ない足取りでベンチから立ち上がった。

 

 

「生き方、か。……こんな体になった以上、もう長生きは見込めないが―――そうだな。せめて桜ちゃん(あの子)に顔向けできる程度には前向きにならないとな」

 

 

 ありがとう、と。ただそれだけを言い残して、雁夜は遠くの、街の雑踏の中へと消えて行ってしまった。

 

 白夜は知っている。あれ以上の言葉を自分が掛けられるかと問われれば否である事を。

 ウェイバーにも言ったように、自分と彼では生きた道筋が違う。他者の生き方に深く入り込んで要らぬ口を挟み込めるのは、それはその人物と全く同じ人生を歩んだ者だけが持ち得る特権だ。

 

 間桐雁夜という男が嘗て抱いた劣等感と懊悩、そして今、あのような半死半生の身体に成り果ててまで抱き続ける葛藤を、白夜は窘める事などできない。

 

「―――先輩」

 

 いつの間にやら、白夜の傍にはマシュが立っていた。

 何を話していたのか、とは訊いてこなかった。それ程までに自分が信じられているのだと思うと、心が幾分か軽くなる。

 

「桜さんが呼んでいましたけど……その……」

 

「……そうだね」

 

 人一人を救うという行為がここまで難しいものだったのだと改めて認識させられた白夜は、苦笑いをしながら溜息を吐く事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――眼下に広がるのは、新都に灯った街灯と建物の灯りの数々。外気の寒さと鳴動するように体内から漏れ出た息は白くなり、陽が沈みかけた冬木の空へと消えていく。

 

 冬木教会があるのは冬木新都の外れにある丘の上。そこからの帰路であれば必然的に冬木新都を見下ろせる形になり、また時間柄人通りも極端に少なく、誰かとすれ違う事もなかった。

 

 新都へと続く道をひたすらに走っていた白夜が、徐に視線を上にあげる。その先にあったのはそれ程標高が高くない山々であり、その途中には、これから向かわねばならない場所がある。

 

 

 龍洞寺―――円蔵山。

 サーヴァントではない白夜がどれ程目を凝らしたところで、ここからでは暗いために山の輪郭すら朧気だが、今あの周囲は、非情に危険な区域となっている。

 

 その情報を齎したのは、第四次聖杯戦争監督役の言峰璃正であった。本来白夜達が冬木教会に向かったのは、形だけでも大聖杯に対しての干渉許可を貰う為だったが、その場で璃正は、聞き逃せない情報を口にしたのだ。

 

 

『現在、円蔵山最奥から中腹にかけて混濁した魔力が溢れ返っており、人の出入りを一切禁止している』

 

『魔力の濃度は生命体そのものにまで影響を及ぼす程のものであり、非情に危険。監督役麾下の聖堂教会のスタッフが原因究明に奔走している』

 

『また、調査に赴いた遠坂時臣、言峰綺礼の二名が現在に至るまで行方不明。こちらも聖堂教会スタッフが足取りを追っている』

 

 

 ―――それは明らかに、『龍洞』の最奥にある大聖杯が稼働を始め、現世に影響を及ぼし始めた証拠であった。

 

 状況の進行は、思ったよりも早かったと言わざるを得ない。被害を円蔵山より更に拡げない為には、今すぐ『龍洞』に赴いて大聖杯を破壊しなければならない。

 

 現在、脱落したサーヴァントは未だ二騎。だが孔明の予想に反して、既に聖杯は稼働してしまっていた。―――それも、モードレッドとダレイオス三世というサーヴァントを喚び出すだけに留まらず、”泥”による浸食すらも始めていたのであれば、もはや一刻の猶予もない。

 

 だが何が待ち構えているか分からない以上、斥候に出しているエミヤやアサシン(切嗣)を先行して向かわせるわけにもいかない。未遠川を挟んで対角上に存在する円蔵山までの距離を走破するのは中々にキツい道程になりそうではあったが、それでも走らないわけにはいかなかった。

 

 

「私が以前街の様子を見に行った際に保険として設置しておいた、龍洞寺を起点とした結界はまだ発動していない。―――ならば住宅街に被害が及ぶまでには少しばかり猶予があるだろうな」

 

「だとしても、実際に地上に影響を及ぼし始めた以上、今夜中に何とかしたい‼ マシュ、孔明、アルトリア。急ぐよ‼」

 

『『了解‼』』

 

 とはいえ、サーヴァント達のように霊体化できない身の上では時間がかかるし、何より体力の消耗は覚悟しなければならない。―――そんな事も思っていると、不意に白夜達の頭上に巨大な影が差した。

 

 

「おう、坊主にお前たち‼ こんなところに居たか‼」

 

「ライダー⁉ ウェイバー君も‼」

 

「コイツが「胸騒ぎがする」とか言ってアンタ達を探し回ってたんだよ‼」

 

 『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』に乗ったまま高度を下げ、並走を始めたイスカンダルは、問答無用で白夜と孔明の腕を掴んで御者台の中へと引きずり込む。アルトリアはその場で霊体化し、マシュは自力で御者台に乗り込んだ。

 

 再び高度を上げ、冬木市全域が見渡せる高さに至ると、再びイスカンダルが口を開いた。

 

「どうにもなぁ、余の直感が告げている。今宵は明らかに何かが起きる。()()()()()とな。―――貴様も薄々ではあるが感じ取ってはいるだろう? 異邦のマスターよ」

 

「……気付いてたんですか」

 

「応ともよ。貴様の発言は些か不自然なところもあったからな。国か、地か、その程度を隔てたくらいでは拭いきれぬ違和感だ。

 であれば時か、はたまた世界か。そうでなくては、釣り合いが取れんわ」

 

「不気味に思ったりは―――しませんよね」

 

「当然であろう。最果ての海(オケアノス)を目指してただひたすらに未開の地を東に進軍した余だ。今更未知との接触に畏怖を覚えたりはせんわい。

 元より坊主、()()()()()()()()()()()異邦も何もあるものか。

 余はな、借りは必ず返す主義だ。余のマスターを一皮剥けさせた借りは、この同盟を以て返すと決めていたのでな。貴様らの正体が何であろうと関係ないわい。―――であろう? 坊主」

 

「何でそこで僕に振るんだよ‼ ……でも、まぁ。アンタ達の話を聞く限りじゃあ、諸悪の根源の破壊はライダー1人じゃ難しそうだったから……それに、一度同盟を組んだんだから、放っておくのは嫌な感じがするんだよ‼」

 

 本来の性格は真逆同士であるはずなのに……否、真逆同士だからこそ、このマスターとサーヴァントの関係は良好であるのだろう。

 白夜が視線をずらすと、先程まで眉間に深い皺を刻んでいた孔明の表情が、僅かばかり和らいでいたように見えた。

 

 

「……では、このままライダーさんと円蔵山の麓までご一緒するという事で良いのでしょうか?」

 

「……そうだな。不確定要素を抱え込んだまま朝を迎えるのは危険だ。聖杯が独自召喚したサーヴァントが今何処に陣取っているかは知らんが、ここは一点突破に頼るしかないだろう」

 

 作戦方針が決まり、イスカンダルが手綱を握る手に力を込めようとした直前―――。

 

 

『マスター、聞こえるかね? マスター』

 

『エミヤ? 何かあったの?』

 

 突然飛んできた念話はエミヤからのもので、そこには普段冷静沈着な彼らしくない焦燥感のようなものが滲み出ていた。

 嫌な予感が白夜の全身を覆い尽くす中、エミヤは己の至らなさを悔やむように小さく舌打ちをしてから続けた。

 

『……どうやら、またもや聖杯に手を打たれたようだ。落ち着いて聞いてくれ』

 

 耳朶には海からの潮騒が常に聞こえていていたが、不思議と今の白夜には、エミヤの言葉以外の音は一切認識できなかった。

 一拍の間を置き、エミヤはその事実を、努めて平常道理の声色でマスターに伝えた。

 

 

 

『間桐邸が襲撃され、炎上している。聖杯のサーヴァントの仕業だろう。狙いは―――恐らく間桐桜だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人が一生の内に享受する幸福と不幸の総量は等価であるという。

 

 

 だがそれを、間桐雁夜の一生を参照して見たらどうだろうか。

 彼は余りにも不幸に塗れた生涯を送り、己の矮小さに悲嘆し、才能の無さに絶望し、そしてそれらの原因の全ては妄執と害悪の坩堝である「間桐」の家に生を受けてしまったというところまで回帰する。

 

 彼の一生の中で甘受すべき幸福があったとすれば、初恋の相手である葵と出会えた事、そして彼女の娘である凛と桜と出会えた事だ。

 

 

 彼は余りにも恵まれなさ過ぎた。ともすれば、生まれ落ちた瞬間からそうであった。

 

 彼に魔術の世界を寛容できない精神が備わっていた段階で、その世界の全てに背を向け、逃げる事しか許されていなかった。

 それを続けていれば或いは、彼は人並みの幸せを享受する事ができたかもしれない。血塗られた思想が跋扈する世界とは全く関係ない場所で、誰かを愛する事ができたかもしれない。

 

 

 ―――だが彼は、戻ってきてしまった。

 

 甘受すべき幸福を与えてくれた少女が、不幸の底に叩き落されたという現実を、彼は見捨てる事ができなかった。

 優しかったが故に。()()()()()()()()()()()()()という諦観を受け入れられなかったが故に。

 

 確かにそこには、初恋の相手に対する恩を売りたかったという思惑もあっただろう。その初恋の相手を娶った男の冷酷な判断に対する怨念もあっただろう。

 

 人の愛憎という感情は単純なものではない。聖人君子でもない限り、言動には大なり小なり付いて回る呪いのようなものだ。

 それら全てを切り離して善事を行えと言う方が、どだい無理な話。そういう意味では彼はとても人間らしく―――人間らしかったが故に、「人間らしく」一人の少女を救う為に動いた。

 

 「助けたい」という想いは本物だった。蛇蝎の如く忌み嫌っていた家の魔の手に見知った少女が囚われたとあらば、救う為に動くのが人間の―――否、男の義務だとも思って。

 

 

 しかし、そんな彼を称賛した人間は一人もいなかった。父は嘲笑し、兄は冷視し、想い人には告げる事も出来ず、彼はただ一人、孤独の中で戦う事を強いられた。

 

 そのまま誰の熱も感じられないまま戦い続けていれば、きっと彼は壊れただろう。独りよがりの、妄想じみた虚構の愛情に縋り、一切何も報われないまま生涯を閉じる事になっていただろう。

 

 

 

『―――でも多分、雁夜さんのそういう「人らしいところ」に、桜ちゃんは救われたんだと思いますよ』

 

 

 

 そう、言ってくれた人物がいた。

 

 自分よりも歳が下なのにも関わらず、やけに含蓄を含んだ言葉を持つ少年は、俗物じみた雁夜の心も、行動も、一切馬鹿にすることはなかった。

 寧ろそんなものは上等だと、常に前向きに考えていた。

 

 

 強い人間だ、と。素直にそう思う事ができた。

 彼が今までの人生で何を見、何を経験してきたのかは知らないが、恐らく、「人を助けたいと思う」心に、一切の曇りはないのだろうと、そう思えた。

 

 だからこそ、中てられたのかもしれない。

 

 決して胸を張れる人生を歩んできたわけではなかった。決して誇れる生き方をしてきたわけではなかった。

 だからこそ、最期の最後くらいは、一人の少女に見届けてもらえるような、そんな生き方をしたいと。

 

 

 柄にもなく、たった一人の為のヒーローのように、なりたいと―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛沫が上がり、高級な絨毯や壁一面に、真紅の花が咲く。

 

 痛覚らしい痛覚を感じなかったのは何故だろうかと思う余裕こそあったものの、ともあれ遂に、間桐雁夜の四肢の一つである「右腕」が欠損した。

 斬り飛ばされたそれは弧を描きながら宙を舞い、ベチャリという不愉快な音を立てて床に沈む。

 

 

「っ……お、前……何故だッ‼」

 

 それよりも雁夜の動揺を誘ったのは、今まさに自分の右腕を斬り飛ばした存在である。

 怨念の塊のような黒靄も、兜の内側から漏れ出る熾火のような眼光も、狂戦士でありながら一分の隙も無い佇まいも、その全てが召喚した当初と何も変わらないというのに。

 

「何故お前が今頃―――答えろッ‼ バーサーカー‼」

 

 バーサーカー―――ランスロット・デュ・ラックは、雁夜のその叫びにも答えず、ただその手に握った剣の柄を握り締める。

 その剣こそは、円卓最強の騎士ランスロットが本来有する宝具であり、それは聖杯戦争における他のサーヴァントを叩き斬る為のものであった筈であった。

 その最初の一撃を、マスターであった雁夜が受ける事になったというのは、もはや皮肉を通り越して悲劇であった。

 

 

 

「―――あぁ、今の彼に何を言っても無駄さ。どうやら()()を召喚した大聖杯の意志が大層気に入ってしまったらしい。君にとっては、納得できることではないだろうがね」

 

 

 透き通るような美声でそう言い放ったのは、ランスロットの後ろに佇んだ美丈夫。

 艶やかな金髪に碧眼。銀色の軽装鎧を着こなしたその長躯は、まるで高価な彫像のように凛々しく、気高い。右手に長槍を携えたその男は、あくまでも涼やかな表情と態度で雁夜に接する。

 

「私としても残念ではある。祖国の後世に生きた気高き騎士がまさか狂戦士に堕ちるとは―――いやしかし、いつの時代も美しき女性の色香に絆された男の末路とはこんなものか」

 

「お前、も……お前もサーヴァントか⁉ 何故この場所を襲撃した‼」

 

 この男が、単身間桐邸の結界が張られた玄関を破壊し、襲撃をしてきたのが数分前。

 轟音が鳴り響く中、桜を自室に待たせたまま迎撃に出た雁夜だったが、その為に呼び出したランスロットは―――雁夜の命を一切聞こうともせず、徐に雁夜の右腕を叩き斬ったのである。

 

 雁夜が男を睨み付けている最中、ランスロットは突如霊体化して雁夜の目の前から消えた。令呪という枷から放たれたバーサーカーが一体何をしでかすのか分からない以上、雁夜にはランスロットを追う義務があった。

 が、眼前の騎士然とした男の双眸は、紳士的ながらも雁夜の動きを縫い付けるような、そんな獰猛さも併せ持っていた。

 

「ふむ、私は確かにサーヴァントだ。マスターによって喚ばれた存在ではなく、大聖杯そのものから召喚されたイレギュラーではあるがね。……それと、襲撃理由か」

 

 トン、と。槍の石突を軽く絨毯の上に着け、男は僅かに眉を顰めた。

 

「まぁ実際、私も座から喚び出されたばかりで詳しい事情(わけ)は知らないが……召喚元からの命とあれば、サーヴァントの身の上では逆らう訳にもいかないのが辛くてね。

 ―――「間桐桜」なる人物を攫って来いと。私が受けた命はそれだけだ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、雁夜は目を見開いた。

 大聖杯そのものからの召喚を始めとして、理解が追い付かない事は多々あったが、唯一分かったのは、この男の狙いが桜の身柄だという事。

 何故桜を狙うのかすら分かっていないが、それでも目的がハッキリしていれば雁夜にとって後はどうでもいい事だった。

 

 同時に、先程ランスロットが徐に霊体化して離れた理由も察しがつき、踵を返そうとしたが―――。

 

 

「やめておきたまえ」

 

 突然、首元に槍の穂先が突きつけられた。

 その動きを、雁夜は目で追う事さえ許されなかった。一見してランサーのサーヴァント。武人として生きたのであろう男に、自分が勝てないというのは自明の理であった。

 

「言っただろう? 私の目的は「間桐桜の身柄」だけだ。……正直、私も晩年に色々やらかしたとは言え、一応騎士の身の上でね。それも寝起きに人攫いの命と来た。

 つまり、ささやかな反抗というものだよ。邪魔をする者がいれば容赦は要らぬと言われたが……此方としても要らぬ罪悪感に苛まれたくはないのでね」

 

 桜を攫う事を許容すれば見逃すと。そう言われている事はすぐに理解できた。

 賢い選択を強要されるのであれば、ここは黙って佇む事しかできないだろう。どうあっても勝ち目のない戦闘。抗うだけ意味のない事だ。

 

 その時、ランスロットが鎧を軋ませて戻ってきた。

 その左脇に、意識を失った桜を抱えていた姿を見た瞬間―――雁夜は直前まで欠片であろうとも抗う事を無駄だと感じた心を恥じた。

 

「抗うな……だと? ―――ふざけるな。ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなッ‼」

 

 大量の右腕からの出血に意識を朦朧とさせながらも、雁夜は吼えた。

 

 ほぼ死滅していた筈の魔術回路が励起して鳴動し、体内の刻印虫がざわめき始める。

 全身を掻き毟られるような激痛が走ったが、今の雁夜にはそんな事はどうでも良かった。床を這いずってきた蟲らがその背を切り開き、金切りの羽音を撒き散らす翅刃虫が滞空する。

 

「奪わせてたまるか……桜ちゃんを奪わせてたまるか……もうそれ以上、その子に絶望を与えてやるものか‼」

 

 全身が軋む。残った体のパーツ全てから、生命力が消えていく感覚が感じ取れる。

 それでも、戦う事を諦めるという選択はなかった。例え明日―――今消える程度の弱弱しい命であったのだとしても。

 

「俺は、桜ちゃんを護る為に戦って来たんだ‼ ここで戦わなければ……俺は誰に対しても顔向けができない‼ 何より()()()が、それを絶対に許せない……‼」

 

「……だから戦うというのかね。己の全てを投げ捨てて」

 

「……もう既に、投げ捨ててるさ。俺の何もかも。

 だから、別にいい。ここで戦って得られるものが例え自己満足しかなかったのだとしても、俺は、桜ちゃんを救う為に戦って来たんだ。彼女が幸せな未来を謳歌できるように戦って来たんだ‼」

 

 足を、一歩前へ。

 ただそれだけでも多大な負荷がかかるというのに、雁夜はそれをやめようとはしない。

 

「今の俺がどれだけ醜かったとしても、どれだけ無様だったとしても、()()()()()()()()()()()‼ 

 せめて最後……最期くらいは……この子に、誇れる生き方で死ぬ。弱者だからと侮るなよ、サーヴァント‼」

 

 その気迫に呼応するように、翅刃虫らがギチギチと羽を鳴らして向かっていく。

 常人から見れば、それは恐怖以外の何物でもない。高速で飛来するというだけでも生理的嫌悪感を抱くというのに、それらの虫の羽は全てが刃。通過しただけでも肉体は細切れになるだろう。

 だが―――。

 

 

「……侮るものか。あぁ、そうだとも」

 

 穂先より溢れ出た水を纏った槍を振るい、瞬く間に翅刃虫らを解体していく。

 その実力に、一切の曇りはない。虫の刃翅は彼の髪の一房にも触れる事ができず、儚くその命を散らしていく。

 

「それは気高い意志だ。侮るものか、嗤うものか。あぁ全く―――晩年の私よりも余程勇敢だとも」

 

「つまらない戯言に呼ばれたものだと些か辟易していたがね。騎士の世から遠く離れた時代にも、()殿()のような男がいたのだな」

 

 槍の最後の一振りが、最後の翅刃虫を無慈悲に斬り裂く。

 抗う術を完全に潰されたというのに、雁夜の目は死んでいなかった。震えながらも両足で立ち、なけなしの魔力を振り絞ろうとしている。

 その姿を見て、男は目筋を整えた。

 

「貴殿の勇敢さに敬意を表して名乗ろう。―――我が名はフィン・マックール。エリンの守護者、栄光のフィオナ騎士団を統べる者。

 ……貴殿の名を、教えては貰えまいかな?」

 

「……間桐。間桐、雁夜だ」

 

「間桐雁夜……承知した。ならば貴殿を斃すは私の使命だ。その勇敢さを誇って、逝くといい」

 

 直後、雁夜の身体の中心に鋼の矛先が突き刺さる。

 それは、余りにも滑らかな突きだった。貫かれた雁夜が、痛覚が麻痺しているとはいえ一切痛みを感じない程に。

 口の端から血が滴り落ち、空気が吐き出される音と共に喀血する。それまで気力で保っていた生命力も、その穂先に全て吸い尽くされるように、雁夜は膝から崩れ落ちた。

 

「さ、桜……ちゃ……ご、め……」

 

 辛うじて吐き出せた言葉も、引き抜かれた槍の勢いに負けて途絶える。そのまま、血溜まりとなっていた絨毯の上にうつ伏せのままに倒れた。

 

 威勢の良い言葉を吐いてみたものの、結局は何もできなかった事に、雁夜はこれまでの人生で一番の敗北感を味わっていた。

 フィン・マックール―――アイルランドが誇る大英雄に称賛されたという事も、今の雁夜にとっては二の次でしかなかった。どれ程心を改めて、敵に立ち向かったところで……結局は結果が伴わなければ意味がない。

 

 最期まで弱く、意気地のない情けない男だったなと自虐の限りを尽くしていると、雁夜の耳朶に、微かな声が聞こえてきた。

 

 

「か……りや……おじ、さん―――」

 

 それが誰の声か。誰に向けての声なのか。

 

「あ、りが……と―――」

 

 それが認識できた時、間桐雁夜の心は、僅かばかりではあるが、救われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――りやさん‼ ―――雁夜さん‼ 雁夜さん‼」

 

 

 意識が、奇跡的に浮上する。

 

 誰かが、自分を呼んでいる声がした。

 桜が自力で逃げ出せたのかと思ったが、その声色は違った。

 

 だが、その声を不愉快だと思う事はなかった。全身に全く力が入らない今、人生最後に彼と話ができる機会が得られたのは、全く以て僥倖と言わざるを得ない。

 

 生まれてこの方、神を信じた事などただの一度もなかった雁夜だったが、今回ばかりはその奇跡に感謝を覚えずにはいられなかった。

 

 

「あ……あぁ……白夜くん、か……」

 

「雁夜さん⁉ しっかりして下さい‼ 今助けますから―――」

 

「いや……いい。もう、いいん、だ。もう、俺は死ぬ。……それくらいは、分かって……いるさ」

 

 寧ろ、ここまで生き永らえた時点で大健闘だ。

 彼の周りには、いつものように沢山のサーヴァントや同盟相手のマスター達がいた。

 

 雁夜は知らない面子が多かったが、間桐邸には白夜達の他、合流したアインツベルンのメンバーもいた。

 その中で、雁夜の事を敗北者だと嘲笑うものは誰一人としていなかった。彼らは既に屋敷内に桜がいない事を確認しており、状況は概ね把握していた。

 そして、雁夜が最後の最後まで抵抗したことも、また。

 

「……畜生……あぁ、結局……最後は、君に頼るしか、できなく……なってしまった、な」

 

「雁夜さん、貴方は―――」

 

「間桐に、生まれた時から……諦めかけて……ロクでもなく、逃げ回ってた……人生だったけれど…………あぁ、最後は、最期くらいは……俺は―――」

 

「…………」

 

「桜ちゃんに……誇れるような……大人、だったかなぁ……」

 

 それが、それだけが満たされたのならば、間桐雁夜という男が生きていた意味はあった。

 

 

 どれ程みっともなく足掻いた末路だったとしても、例えどれ程醜い死に様だったとしても、それでも生きて、戦って、義務を果たした甲斐はあった。

 だが、桜が連れ去られてしまったという時点で、戦い自体は敗北だ。結局は最後まで、負け続ける人生だったことには変わりはない。

 

「ち、く……しょう……ちくしょう……畜生、畜生畜生畜生……ッ‼」

 

 喉の奥から血が溢れ出す。機能が停止しかかった心臓が、最後の抵抗をしている感覚が感じられる。

 悔しい気持ちが抑えきれないのはやまやまだったが、それでも―――最後の言葉は。

 

「白夜……くん」

 

「……はい」

 

「桜ちゃんを……頼む。彼女を……彼女を助けてあげて、くれ。あの子に……もう一度、生きる……意味を……」

 

 それから、と。雁夜は最後の気力を振り絞って口元を緩めた。

 

 

「俺を……認めてくれて……あり、が……とう……」

 

 

 瞳が、閉じられる。

 脈は止まり、心臓の鼓動も聞こえなくなった。

 生涯、ただの数度しか救われなかった男は―――最後に微笑んだまま、逝った。

 

「っ―――」

 

 白夜は、涙をこらえる。

 ここで涙を流すのは、雁夜に対する侮辱だ。最期に笑って逝った、彼に対する侮辱だ。

 

 視線を移すと、そこには斬り飛ばされたと見える雁夜の右腕。手の甲に宿った令呪は、雁夜の死と共に消えた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()―――つまり、バーサーカー、ランスロットは雁夜から離れた状態で今も現界している可能性が高いという事。

 

「……アルトリア、それにアルトリア(セイバー)

 

「「……」」

 

「やっぱり、敵は増えてしまった。セイバー・モードレッドと、バーサーカー・ランスロット。……任せてもいいかな?」

 

「無論です、マスター」

 

「……はい」

 

 戦いは、本格的に最終決戦へともつれ込んだ。

 夜は、まだ始まったばかり。街の静けさも始まったばかり。

 

 だが彼らにとっては、乾坤一擲の決戦の時が近づこうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 






 どうも、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしますという事で十三です。
 詳しい挨拶は活動報告の方に書きましたので、そちらをご覧いただければと思います。




 間桐雁夜―――この作品で、彼は救われましたかね?

 いや、正直自分も良く分からんのですよ。何とかして彼に救いの手を差し伸べようとして、結果的にこういう形になりました。

 彼を生かすというのも選択肢にはありました。それこそ強引な手法に頼れば『限定召喚(インクルード)』でメディアリリィ呼んで『修補すべき全ての疵(ペインブレイカー)』撃って貰えば何とかできそうな気はしますしね。

 でもそれは何か違うなと。彼は死ぬつもりで桜を護ろうとして、そのつもりで生きてきたので、彼は役目を全うして逝くのが一番幸せな生き方なのではないかと解釈しました。

 これで、岸波白夜は完全に後に退けなくなりました(そもそも後に退こうとなんて最初からしていませんが)。


 それでは、最終決戦、幕開けであります。






PS:
 FGO年忘れアニメ……ロマン出てきた瞬間に涙腺に来たのは私だけではないはず。
 あとキャス兄貴カッコ良すぎ。これはレベルマフォウマ聖杯レベル100ですわ。

 ……というか、第一部終わってから『色彩』の曲聴くと、無条件で涙出そうになってくる。色々と反則だよ、あの曲。

PS:
 武蔵? あぁハイ、勿論出ませんでしたけど何か?
 正月ガチャはアーチャーガチャ引いて、オリオン。その後の30連でアルジュナ君が来てくれました。

 ……その後金セイバーが来て気分が高揚したらジークフリートだった。死にたい。







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