Fate/Turn ZeroOrder   作:十三

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※前回までのあらすじ

・最後の一日が幕を開ける。
・大聖杯、フィン・マックールと浸食したバサスロットを使って間桐邸を襲撃。間桐桜を拉致する。
・間桐雁夜、桜を守るために奮戦するも斃れる。死の間際に駆け付けた白夜に、「桜を頼む」と言い残し、彼は安らかに逝った。
・さようなら雁夜。ヴァルハラで会おう。






ACT-21 「新都の反攻戦役」

 

 

 

 

 

 体の全てが作り替えられる感覚というのは、一体どういうものなのか。

 

 少なくとも一般人は、生涯の内にそれを理解することはない。魔術師の中には肉体改造を得手とする者もいるが、自身の存在そのものすら弄ろうとする奇特者は稀だ。

 

 

 深い深い、一切の光が差さない場所。

 善なるものは在らず、光も在らず。気を抜けば自分が此処に”いる”という事すら忘却してしまいそうな闇の中。

 

 そこで彼女は、純粋な悪意に浸食されていた。

 ヒトであった頃の記憶など、既にほぼ失っていた。一体何のために生まれ、何のために生き、何のために死ぬのか―――そんな生物として当たり前に考えることすらも放棄する。

 

 死期を悟る、という言い方にも語弊がある感情。

 恐れも抱かず、何も抱かず、ただ緩やかに溺れていくこの様を、果たして”死”と呼ぶのだろうか。それを、十にも満たない子供に理解しろというのがどだい無理な話である。

 

 

 体の中に、心の中にとめどなく悪意が流れ込んでくる。

 誰のものかも分からないそれ。ここまで人は醜くなれるのかという見本のようなものだった。

 

 壊れかけて、しかし組み立てられかけていた彼女の心は、その感情が頬を撫でただけで再び瓦解した。

 何も考えられなくなり、身を委ねた。”ナニカ”の形を象ったモノが何かを語りかけていたようにも思えたが、それは既に彼女の耳には届かなかった。

 

 

 不意に、自分の頬を何かが伝う。それと同時に、記憶の奥底に放り込まれたはずの思い出が微かに蘇ってきた。

 

 別れの印にと髪飾りをくれた姉の事。悪意に塗れていた時に、唯一優しく接してくれた叔父の事。そして―――一緒にいて安心することができた男の人の事。

 その全てを実感できなくなるということ。今の彼女にはそれを悲しいと思う心もなかったが、それでも目尻から落ちたそれは決して偽りではなかった。

 

 だが―――それももう()()()()()

 

 微かに残った理性も意識も吞み込まれて、彼女はただ、闇の中に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 間桐邸を包んだ炎は、あっという間に全てを灰に変えていた。屋敷を支えていた何もかも。恐らくは地下室に至るまで、間桐という魔術師の家系が存在していたという証の何もかもが燃えていた。

 

 イスカンダルが引き連れた神牛(ゴッド・ブル)、雷神ゼウスの仔らが雁夜への手向けとして放った一撃の青雷は、その結末を引き起こした。孔明が張った防炎結界と認識阻害の術式のお陰で周囲に被害は及んでおらず、白夜はその光景を見ながら短い黙祷を捧げ、そして背を向けた。

 

 間桐雁夜は死んだ。だが、無駄死になどではない。彼の生涯に意味はなかったなどとは、断じて誰にも言わせないつもりだった。

 たった一つの、守りたいものを守ろうとして死んだ男の事をどうして嗤えようか。たとえ力が足りないと分かっていながらも足掻き、立ち向かった者を蛮勇と呼ぶ冷徹さを白夜は持ち合わせていなかった。

 

 乱暴に一度だけ、目のあたりを拭う。それだけで充分だった。惨めったらしく涙を流すのは、雁夜に対する侮辱だろう。

 傍らにいたマシュが白夜の顔を覗き込んだ時、そこには決意を固めた男の表情があった。

 

「龍洞に行こう。そこで大聖杯を破壊して、決着を着ける」

 

 元より選択がそれしかないと分かっていても、改めてそう口にする。その言葉に、そこにいた全員が頷いた。

 

「そして、桜ちゃんも助ける。”助けられれば良い”んじゃない。”助ける”んだ」

 

 思えば、当初エミヤと孔明が何故間桐桜という少女の情報を聞かせることを渋っていたのか、今ならば理解できる。

 否、たとえその時に訊かなかったとしても、岸波白夜という少年は彼女を助けるために動いていただろう。たとえ自分以外の誰もが「不可能だ」と断言しても。

 結果が出る前に諦めて下を向くのは、彼の矜持に反するのだから。

 

 だからこそ、彼の双眸は何事にも揺るがない決意で塗り固められていた。

 冬木の業火を搔い潜り、オルレアンの狂気を跳ね飛ばし、セプテムの軍靴に立ち向かい、オケアノスの荒波を乗り越え、ロンドンの魔霧を振り払った。その先に今も立っている世界最後のマスターだけが纏える覚悟。

 

 その、人の可能性の最たるものを詰め込んだような決意を、この英雄が見逃すはずもなかった。

 

 

「良い面構えよな」

 

 黄金はそこに佇んでいた。殺意はなく、戦意もない。だがそこに”いる”というだけで圧倒的な存在感を与え続ける。

 思わず戦闘態勢を取ろうとしてしまったサーヴァント達を制して、白夜は歩を進める。深紅の双眸が醸し出す王気(オーラ)が怖くないと言えば噓になるが、それでも不思議と必要以上に緊張感を張り詰めることはなかった。

 

「凡骨ながら殊勝な事だ。尤も、(オレ)の宝を如何様にするというのならば、躊躇いなど一切無用。少しでも翳りあらば、貴様の頭蓋を貫いていたぞ」

 

「躊躇う理由なんかない。俺たちの目的は、最初から大聖杯の破壊だよ」

 

「その大聖杯が、貴様が追う雑種の娘子を尖兵として操っていたとしてもか?」

 

 その言葉に、白夜は思わず歯噛みする。

 それを考えていなかったということはない。大聖杯によって召喚された、或いは大聖杯によって汚染されたサーヴァント達が桜を狙い、拉致までしたということは、少なくとも桜に何かしらの利用価値があるということ。桜が攫われたと聞いた時アルトリアが、そしてそれを伝えたエミヤ本人という第五次聖杯戦争を体験した二人が苦々しい顔をしていた事からも、それは可能性として高いことは分かっていた。

 

 桜を助けるために、桜と戦う事になる可能性。そのジレンマを抱えた白夜はしかし、それでも答えに躊躇う事はなかった。

 

「迷わない。大聖杯を壊して、桜ちゃんを助ける。救う手立てが無かったのだとしても、最後の最後まで諦めない」

 

「―――何故そうまで固執する。元より貴様とは縁のない小娘であろうが」

 

「最期の最後まで彼女を救い上げようとした人に頼まれた。絶対に助けてあげてくれと。後は―――あまり威張れたことでもないけれど」

 

 古代バビロニアを統べた王を前にそのような事を言っていいものかと思ったのも確かだが、それでも白夜は言葉を紡いだ。

 

 

「泣いてた女の子を泣いたままにしておくのは、人間云々以前に、男として格好悪いから」

 

 

 衒いを入れながらも正直にありのままの言葉を聞いたギルガメッシュは、あまりにも珍しく一瞬だけ面を食らったような表情をして、その後呵々大笑した。

 

「ククク……フハハハハハハッ‼ すると貴様は何だ、権利でも義務でもなく、見返りなど全く求めずに、ただ男の尊厳(プライド)だけを依代に死に立ち向かおうと言うのか‼」

 

 その笑いには不思議と嫌悪感は感じなかった。それが嘲笑ではないと分かっていたからということもあるだろうが。

 

「世界を背負うと言い放った貴様も中々どうして愉快なものではあったが、ハッ、たかだが雑種の矮小な尊厳の為に死地に飛び込む蛮勇さも滑稽よな‼ 貴様は凡骨なれど凡愚ではないな、白夜‼」

 

 そう叫ぶとギルガメッシュは、『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』を展開して、その中から一振りの短剣を取り出し、白夜の足元に放り投げた。

 

(オレ)を楽しませた褒美だ、貴様にくれてやる。王前での舞台の終幕だ、それを使ってせいぜい華々しく勇士を演じてみせよ」

 

 それは、これ以上の干渉を期待するなという事と同義であることは否応なしに理解できた。

 黄金の威圧が去って行った後、白夜は足元に落ちたままだったその黄金の短剣を拾い上げる。刀身の中心に古代文字が彫り込まれたそれは、武器を扱うのを得手としない白夜の手にも不思議と馴染んだ。

 

「先輩‼」

 

 駆け寄ってきたマシュたちに大丈夫だと伝えると、白夜は再び龍洞の方へと視線を向ける。

 イスカンダルの()る戦車に乗せてもらえばそれほど時間もかからないだろうと思っていたのだが、その直後、カルデアから通信が入った。

 

『白夜君、緊急事態だ‼』

 

 ロマンの焦った声は、彼らの眉を顰ませるには充分だった。普段の飄々としたナリが完全に何処かへ行ってしまっている時は、必ず良くない知らせしか飛んでこない前兆である。

 

『時間はかかったけれど、こちらでも大聖杯がある龍洞を中心地として霊脈の異常やそれを介しての冬木市全域の魔術反応を探知する準備が整ったんだ。―――白夜君、冬木市にある四つの霊格地は知っているかい?』

 

 その言葉に、白夜は逡巡しながらも頷いた。

 

 ここで言うところの”霊格地”とは、即ち「聖杯戦争において小聖杯を降誕させるに相応しい霊脈の溜まり場」という事になる。

 まず第一は、200年前に御三家が大聖杯を設置した『龍洞』がある円蔵山。

 第二は現在土地管理者(セカンドオーナー)である遠坂家が所有する邸宅。

 第三は、元々は間桐家が土地を所有していたものの、霊脈の質が一族の属性に合わないという事で放棄され、後に介入してきた聖堂教会に確保されて今現在冬木教会が存在している場所。

 第四は、元来冬木市に存在していたものではなく、他三つの霊脈が魔術的な加工で調整を施されたことで変調をきたしたマナの流れが100年近くの年月を経て吹き溜まりになるようにして出現したもの。此処には現在、建設中の市民会館が存在している。

 

 本来の聖杯戦争であれば、参加者が絞り込めた段階で小聖杯の器(アイリスフィール)を使って然るべき場所に”祭壇”を設置し、聖杯を降臨させるのがゴールだ。

 だが今回は、そのような陣取り合戦はしなくても良い。本来なら白夜達は、そういったことは気に掛けなくとも良い筈なのだ。

 しかしロマンは、続けて口を開く。

 

『円蔵山から膨大な魔力反応がこちらの機器をオーバーヒートしかねない勢いで漏れ出しているのは今更言うまでもない。何せ大聖杯が安置されている場所だからね。

 だけど、ついさっきその円蔵山から、強大な魔力反応が三つ、他の霊格地に向かって飛び出して行った』

 

 強大な魔力反応。それが示すのは即ちサーヴァントだ。円蔵山から飛び出して行ったという事は、それは大聖杯が召喚した者達に他ならない。

 すると、回線に割り込んできたダ・ヴィンチが興味深いとでも言いたげに持論を展開する。

 

『大聖杯は、こちらの戦力を分散させるつもりなのかな? これらの反応を無視して龍洞に乗り込んだとしても、大聖杯の破壊時に邪魔をされては意味がない』

 

「ふむ、万能の願望器なんぞと言ってもたかが(さかずき)だと侮っていたが、中々どうして戦の仕方を弁えておるではないか」

 

 生前、あらゆる戦場での大戦を経験したイスカンダルが、どこか感心すらしたような声色でそう言った。

 

「分散した兵を無視して本陣に突っ込めば、背面から奇襲を受けるのは必定だ。ましてや各々が一騎当千の益荒男共であれば益々見過ごすわけには行かん」

 

「征服王の言う通りだな。マスター、戦力の分散はこちらにとっては痛手だが、放っておけば面倒な事になる。同時進行で潰しておくのが望ましいだろう」

 

 ブレーンたる孔明の言葉に、白夜も頷いた。

 

「ドクター、その敵の情報とかは分からない?」

 

 この状況下で、複数のサーヴァントを連れ合わせて各個撃破に向かわせるわけには行かない。可能な限り詳細な情報を集めて、適切に戦力の分散を行うのが最低条件のようなものだった。

 しかしロマンは、申し訳なさそうな顔をして(かぶり)を振った。

 

『申し訳ない。流石にそこまでは分からないな』

 

 返答はある意味分かっていたものだったが、しかしそれを非難はできない。そもそも、次元が異なる場所の霊脈のマッピングを行える時点でかなりのものなのだ。これ以上を求めるのは流石に過ぎるというものだろう。

 どうしたものかと悩んでいると、ふと、あることに気づく。

 

アルトリア(セイバー)、ディルムッド。どうしたの?」

 

「あ、いえ」

 

「少しばかりの違和感を感じたのです。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ディルムッドがそう言った直後、孔明が何かを思いついたようにハッとした表情を浮かべ、遠坂邸、冬木教会、市民会館の三方向を見やった。

 

「……そうか、そういう事か」

 

「孔明?」

 

「アインツベルン城で奇襲を受けたとき、サー・モードレッドは言ったな? アルトリア・ペンドラゴンというサーヴァントを媒介にして自分は召喚された、と」

 

「つまり……アルトリア(セイバー)さんとディルムッドさんとの縁を媒介にして喚ばれたサーヴァントが、お二人を呼んでいるという事ですか?」

 

 マシュの考えに、孔明は首肯する。

 アルトリア(セイバー)が見ているのは市民会館の方向で、ディルムッドは冬木教会の方角を向いている。つまりは、彼らの戦場がそこにあるという事。

 

 アルトリア(セイバー)は、無意識に握り拳を作った。ディルムッドとは違い、彼女は戦う相手が分かっている。だからこその反応だったが、騎士甲冑の手甲の上から、アルトリアがそっと手を添えた。

 

「市民会館には私が行きましょう。……あそこには、あまり良い思い出はありませんが」

 

 嘗て彼女が参戦した第四次聖杯戦争では、心此処に在らずといった状況でバーサーカー(ランスロット)にトドメを差し、そして己の意思に反して聖杯を破壊した場所。

 だが今は違う。彼女は、嘗て自身が為してしまった大災害を食い止めるために今ここにいる。たとえそこで、再び戦う事になったとしても。

 

「しかし―――」

 

「貴女には、サー・ランスロットと決着を着ける義務があるでしょう。それに、アイリスフィールを大聖杯の下に連れて行くのなら、貴女が同行しないでどうするのです」

 

 その言葉は正しく、アルトリア(セイバー)は異論を挟む事はできなかった。それに、戦闘が終わった場合に霊体化して駆けつけられるという点でも、アルトリアが向かうほうが正しい。

 

「では、残った一つ―――遠坂邸に向かうのは誰にするか」

 

 唯一その場所に向かっている存在だけが把握できていない。つまりは、全く分からない戦場に向かうサーヴァントを誰にするか。

 

「どうするかね、マスター」

 

「……個人的に推薦したいのはエミヤなんだけどね」

 

 エミヤであれば、どのような状況であれ堅実な戦いができる。近距離・中距離・遠距離戦の全てを器用にこなすことができ、戦術眼にも優れているため、地力がどうしようもなく隔たっていない限りはまず負けることはない。そういう意味でも、戦力としては申し分なかった。

 

「……いや、僕が行こう」

 

 しかしそこで名乗り出たのは、あろうことか切嗣(アサシン)だった。驚く面々を前に、しかし彼はもう一歩前へ出る。

 

「大聖杯に向かうメンバーから主力を欠けさせれば、それだけ任務の遂行は難しくなる。こちらは極論、君達が大聖杯を破壊するまで”時間稼ぎ”が出来れば良いわけだ」

 

「それは……まぁ」

 

「奇襲と遅延戦闘は十八番だ。せいぜい凌いでみせるとしよう」

 

「待って」

 

 そう言って外套を翻す切嗣(アサシン)を、白夜は呼び止めた。

 

「必ず、後で合流すると約束してくれ」

 

「……君が僕にそんな事を言う義理はない筈だ。僕はただの抑止の守護者。世界を救うために最善の選択をしているに過ぎない」

 

 その言葉には、幾許かの矛盾があった。彼が真に、ただの抑止の守護者(カウンター・ガーディアン)として、世界という機構を回すための一部品としてしか振る舞っていなかったら、ここに至るまでに小聖杯の器(アイリスフィール)を殺していただろうから。

 ならば今、大聖杯の攻略の中心を白夜達に任せたのは、「信頼されている」事と同義だった。

 

「仲間として―――いや、”仲間”と呼ばれるのが嫌なら、一緒の戦場で戦う人間という解釈でもいい。その無事を祈らないわけないじゃないか。

 それに、貴方は事の顛末を見届けるために俺たちと来てくれてるんだろう? だったら、最後の瞬間は一緒にいて貰わないと困る」

 

「……物好きだな、君は。あぁ、確かに大聖杯の破壊を見届けるのが今の僕の使命だ。そうさせてもらうとしよう」

 

 そう言い残して、切嗣(アサシン)は闇の中へと消えていく。それに続くように、アルトリアとディルムッドも白夜の横に立った。

 

「白夜殿、ご武運を。私もランサーのサーヴァントとして恥じぬ戦いをして参ります」

 

「そっちも。サポートはできないけれど、存分に、悔いのない戦いを」

 

(かたじけな)い」

 

 二本の魔槍を携えて霊体化するディルムッドを見送ってから、アルトリアの方に向き直る。

 その表情に、硬さはなかった。強者の余裕すら感じさせるそれに釣られて、白夜の表情も柔らかくなった。

 

「頑張って」

 

「えぇ。無様な姿は見せられません。……あちらの私の事も、どうか宜しくお願いします」

 

 交わす言葉は、それだけで充分だった。ただそれだけを聞いてアルトリアは戦場へと赴き、ただそれだけを言って白夜は戦場へと送り出す。

 三人を送り出した後、白夜は再び円蔵山の方を見やった。立ち向かってくれた彼らの為にも、必ずや作戦を成功させなければいけない。

 

 その決意を胸に、一同はイスカンダルの戦車の中に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 冬木市新都の中心部より僅かばかり離れた一角に、建造途中の市民会館はある。

 建造途中とはいえ、既に内装工事は滞りなく完了しており、配線工事の類も終了している。後は細かな塗装や点検作業を終わらせれば目前に(こけら)落しが迫っているその場所に、霊体化を解いたアルトリアは正面玄関から堂々と入っていく。

 

 自身が参戦した第四次聖杯戦争の時は、切嗣が霊体化できない彼女用に用意したバイク、YAMAHA・VMAXに搭乗していたため、来場者用の誘導路に沿ってそのまま地下駐車場へと乗り込んだが、今は違う。巨大なガラスから差し込む月明りを浴びながら、アルトリアは甲冑を鳴らしてただ前へと進んでいた。

 

 やがて、その姿が見えてくる。

 

 自身のそれとは違う、銀と紅で彩られた騎士鎧。所有者の気質を現しているかのように荒々しく、しかしどこかそこに美しさを感じさせる作り。

 己の素性を隠すかのように常に被っていた兜は脱ぎ捨てられ、その容貌が露になっていた。

 

 己の顔をまじまじと鏡で見たことは少ないが、改めて対面していると似ているものだと思ってしまう。月明りの下で輝く金色の髪、それを補うような翡翠色の双眸。

 だがそれでも、違うと断言できる。恐らくはそれも存じた上での悪辣な魔女の計略だったのだろうと考えると、思わず眉を顰めずにはいられない。

 

 

「待ってたぜ、父上。―――あれ? どっちの父上だ?」

 

「些細な事です。どちらも正しくアルトリア(私自身)。貴方を相手にする権利を携えた者ですから」

 

 市民会館1階の中央ホール。円形状にくり貫かれて一段下がったその場所は、最上階まで吹き抜けになっており、照明の類がなくとも互いの姿がはっきり認識できていた。

 

「ま、偽物じゃねぇならどっちでもいいか。やっとこうして、もう一度父上と剣を交えることができるんだからな‼」

 

 それは、カムランの丘で殺し合った両者とは思えない言葉の交わし合いだった。

 一見無邪気なように見えるが、そこにはやはり”騎士王アルトリア・ペンドラゴン”に対する憎悪がある。終ぞ自分を王と認めてくれなかったことへの憎悪―――そして、騎士として王に捧げる、歪んだ羨望の果ての姿。

 

 少なくとも、今眼前に立っているモードレッドという騎士は、あのカムランでの最期の後、()()()()()()()()()()()彼女なのだろう。何の影響も受けておらず、ただの騎士として今度こそアルトリア・ペンドラゴンという王を超えてみせるという殺意を纏った弑逆の騎士。

 

 ここに来てアルトリアは、しかし心の中で安堵した。

 

 あぁ、本当に―――()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

 

「そうですね。ではお望み通り剣を交えるとしましょう。―――尤も、貴方の期待には沿えないでしょうが」

 

「あン?」

 

「互いに騎士同士、正々堂々清く剣を交えるには些か以上に私情が多すぎるという事です」

 

 片や目の眩むような黄金。片や如何なるものより目映いと称えられた(しろがね)

 互いに剣を携えながらも、その心情には隔たりがあった。だからこそアルトリアは、戦いの口火を切る前にそれだけは口にすると、そう決めていた。

 

「さぁ―――」

 

 何故ならば―――

 

()()()()と行きましょうか。()鹿()()()

 

 今の自分ならばそれができるという確信が、確かにあるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ほど訪れたばかりであるというのに、冬木教会は異様な静けさに包まれていた。

 

 人の気配は全くない。聖堂教会のエージェントとやらも、監督役の神父の影もない。もしや遅かったかと頭を過る悪い予感を、ディルムッドは(かぶり)を振って否定した。

 戦争においては、人はどこまでも醜くなれるという事を、当然彼は知っている。生きるか死ぬかの瀬戸際に立たれた時、人は他者が思うよりも遥かに簡単に、禁忌を犯せるのだ。

 

 だがそれは違う。少なくとも、轡を並べ、同じ釜の飯を食ったフィオナ騎士団の騎士であれば、無意味な死を齎すようなことはしない。

 

 そして、門から入って教会へと続く道の上に、そのサーヴァントはいた。

 

 彼は、月を見上げていた。そこが戦場になるという事は当然理解しているであろう上で、それでも静謐に身を委ねていた。

 随分と若い。それがディルムッドが抱いた印象だ。生前ディルムッドが出会った頃の彼は壮年期に差し掛かっていたのが違和感の正体だろう。

 だがそれでも、その相手を見間違えるなどという事はありえない。

 

(あるじ)……」

 

「幾星霜の時を超え、見上げる場所が異なっても、やはり月は美しいものだな。女神(アリアンロッド)の加護は、未だ我らを祝福しているらしい」

 

 互いに槍を携えて、嘗ての主従は相対する。

 森の妖精に祝福された者同士。並び立つ美貌はどちらが劣っているでもない。だがディルムッドは、自身が首筋に一筋の汗をかいていることを理解した。

 

 彼の姿は間違いなく、フィン・マックールという大英雄の最盛期の姿。怪物アレーンを始め、二頭の猟犬を共にあらゆる魔を打ち倒した益荒男。伝説のその姿が、今ディルムッドの眼前で佇んでいるのである。

 

「久しいな、ディルムッド。このような場でもなければ、宵月を肴に一献酌み交わし合うのも一興だが、残念ながらそれは叶いそうにない」

 

「主よ、この教会に居た者達は如何されたのですか?」

 

「神父殿にはご退席願った。他の者らも同様。……勇士を刺し貫いたこの槍の穂先を、あのような者たちの血で穢したくはなかったのでね」

 

 その言葉が何を意味しているのか、ディルムッドは察する事はできなかったが、そんな事はどうでも良いと言わんばかりに、フィンは苦笑した。

 

「しかし運命の巡り合わせとは不憫なものだ。我らにまた対立せよと申し付けてくる」

 

「っ……」

 

「迷いを見せるなよ、ディルムッド・オディナ。我が騎士団の一番槍よ。今宵の死闘は決して、互いを憎むためにあるのではない」

 

 回された槍が、空気を裁断する音が鳴る。静寂に包まれていた空気に、目に見えて闘気が充溢していく。

 これは、騎士同士の果し合いだ。ここで槍の穂先を向けることを躊躇すれば、ディルムッド・オディナは本当に騎士として死する事になるだろう。

 

 それだけは認められなかった。今世に於いて従属を誓った主の為にも、主に代わって死闘に身を置き、騎士としての在り方を改めて指し示してくれた若きマスターの為にも。

 そして何より、騎士として生き、騎士として死んだ己の矜持の為にも。

 

「畏まりました、我が主よ」

 

 故にこそ彼は、二槍を構える。当代最高の騎士と謳われ、己が忠を尽くした主に―――勝つ為に。

 

「フィオナ騎士団が一番槍、ディルムッド・オディナ―――推して参る‼」

 

「意気や良し。フィオナ騎士団首領、コーマックの守護者フィン・マックールがお相手しよう。―――存分に武を奮うが良い」

 

 

 

 

 

 

 

 







 気づいたらこっちの更新を二ヶ月くらい放っておいてて申し訳なさが凄い。色々と忘れている方が多いかもしれませんが、決戦が近いです。……これ書き終わる前にZeroイベリメイクとか来ないかなぁ……来ねぇよなぁ。

 あ、後、以前も書いたのですが、本作に於いてはアルトリアが二人いてドッペルゲンガー状態になっているため、地の文では表記を変えています。具体的には
・アルトリア→カルデア印のSN周回組アルトリア
・アルトリア(セイバー)→第四次聖杯戦争時のメンタル発泡スチロールのアルトリア
 となっています。

 
 気付けばもう3月。私は4月から社会人ですが、皆様は如何でしょう。私は今から不安がヤバいです。それでも絶対ゲームとアニメと漫画はやめませんが。多分一生抜け出せないんじゃないかな。
 先日BOOK OFFで『神獄塔メアリスケルター』というVitaソフトを買いましたが、可愛いキャラ達に反して難易度高い。理不尽な仕掛けや難易度で評価は高くないようですが、こちとら『ととモノ』ガチ勢です。そこいらの理不尽に屈服するほど柔じゃねぇですよ。

 さて、今回はここまでと致します。切嗣(アサシン)が向かった遠坂邸で待ち構えていたのは? ……察した方も多分いらっしゃると思いますが内緒で。
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