Fate/Turn ZeroOrder   作:十三

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我欲がないことを仕える者たちは恐れた、父はそういう存在なのだろうと自分ですらも考えていた。

そうではなかった。ただ、父の報酬は誰にとっての報酬でもなく。皆が道端に放り捨てるような代物だっただけ。

父は輝く宝石ではなく、道端に転がるくすんだ石を慈しんだのだ。

その石に、何より大切で痛切な過去を見出した故に。


      by モードレッド(『Fate/Apocrypha』)







ACT-23 「羨望が往き着く果てに」

 

 

 

 

冬木市の市民にとって、その日は悪夢の一日だった。

 連日市民を凍えさせていた厳しい北風は不自然に鳴りを潜め、梅雨時の切れ間のような、鬱屈した高温多湿の空気が漂っていた。更に円蔵山周辺地域には地震が発生したわけでもないのに土砂災害警戒情報が流され、冬木市全土に避難勧告が発令された。円蔵山周辺に赴いた野次馬達が唐突に気絶したり体調不良を催したりするなどして救急搬送された事から、市民の大半はその方針に従った。

 

 唯一、避難場所が新都内にある施設ではなく、隣市の施設であった事について市役所に問い合わせが殺到したが、役場勤めの職員はそれについて詳しい事情を聞かされていなかった為、一時は混乱状態に陥った。

 

 だが、このところ相次いで起こった都市ゲリラや、排水施設・発電施設の異常な爆発事故。凄惨な猟奇殺人事件などは市民に間断なく恐怖感を植え付けており、連動して大災害が起こる可能性があるという知らせに、表立って反対しようとする者は現れなかった。

 一連の事件は後世に至るまで、冬木市民たちの間で都市伝説じみた曲解と捏造が加えられて語り継がれていくことだろう。来たる世紀末(2000年問題)の際の語り草になるのかもしれない。

 

 しかし、少なくとも表の世界で生きている彼らは生涯知る由もない。

 1994年の冬木では、噂でも捏造でもなく、人類の危機と呼べる現象が起こっていて、それを防ぐべく戦っていた者達がいたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 結論から言えば、『龍洞』へと続く円蔵山の山道は地獄のような有様だった。

 

 洞窟の入り口から溢れ出した漆黒のモノは、円蔵山の生態系を完全に破壊していた。

 「溶かされている」という表現が一番似つかわしいだろうか。”この世に在ってはならぬモノ”の影響で、既存の生物の生命力が凄まじい勢いで枯渇している。

 

 そう、それは―――聖杯の泥(ケイオスタイド)という存在は、あくまでも霊体存在であるサーヴァントが触れて良い代物ではない。ましてや大聖杯を通じて召喚されたサーヴァントであれば尚の事。

 その為、本来であればどのようにして『龍洞』に突入するかという、その段階から策を練らねばならなかった。幾ら百戦錬磨、一騎当千の英霊たちであっても、呑み込まれた瞬間に属性を反転させてしまう泥が相手では真正面からの突破は難しい。

 

 だがそれは、意外にもすぐに解決策が見つかった。

 否。というよりも、『龍洞』へと繋がる道は既に確保されていた。白夜達がイスカンダルの戦車で円蔵山に突入した瞬間、さながらモーセの十戒の如く泥が割れ、道を開けたのである。

 

「要するに、余達以外は通さぬという事であろうよ。フフン、大聖杯とやら、意外と物分かりが良いではないか」

 

 イスカンダルの言葉は少しばかりポジティブに過ぎるのではないかと思うところもあったが、それが罠の類であるとは思えないというのも確かだった。

 本気で籠城する腹積もりならば、泥で全てを閉じてしまえばよい。わざわざ道を作り出したという事は、つまりは肚の中に迎え入れる気があるという事。

 元より、ここでいつまでも警戒していても終焉までのカウントダウンが徒に過ぎていくだけの事。二頭の神牛(ゴッド・ブル)に引かれた『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』は凶悪な車輪を地につけ、一路爆走を敢行する。

 

「―――先輩」

 

 その道中、白夜の隣に佇んでいたマシュが思わず言葉を零した。

 

「その……アルトリアさんやディルムッドさん、それにあのアサシンさんも大丈夫でしょうか。いえ、皆さんとてもお強いので大丈夫だと思うのですが」

 

「ん、大丈夫だよ」

 

 マシュの不安そうな言葉に、しかし白夜は考えることもなく即答した。

 

「確かに、相手は皆手強いだろう。苦戦は必至かもしれない。―――でも大丈夫。皆勝ってくれるって、俺は信じてるから」

 

 戦略、戦術、それらを総合的に鑑みての数字の上での勝率。それらを基に作戦を組み立てるのも確かに重要である。

 だが本来の戦場では、それらデータの可能性を飛躍して弾き出される結果というものもある。全ての事柄が思うままにいかないからこそ、「信じて待つ」という行為は、それだけで勝利の天秤を傾けさせる事ができるのだ。

 

 そしてそんな白夜を見て、エミヤと孔明は薄く笑った。

 本来は、そう在るべきなのだ。サーヴァントのマスターは、敵サーヴァントとの戦いにおける事前の作戦を共に考える事はあっても、いざ戦闘となれば全てをサーヴァントの判断に任せるのが好ましい。

 例外に当てはまるマスターもいるが、少なくとも白夜は、直接戦闘ができる類のマスターではない。それでも、極限まで研ぎ澄まされた観察眼と戦術眼から齎される指示は、幾度となく味方の窮地を救っているのだが。

 

 だが、サーヴァントの勝利を信じて待つというのも大切な事であることには変わりない。聖杯戦争に於いて最も大切なのは、マスターとサーヴァントの信頼関係であり、どれほど優秀な魔術師とサーヴァントが契約を結んでいたとしても、その点が疎かになっていれば付け入る隙というものは必ず生まれるものである。

 

 その点岸波白夜というマスターは、自分の味方をしてくれるサーヴァントの勝利を信じて疑わない。どれほど劣勢に立たされていたとしても、信じる事を諦めないのだ。

 だからこそ、エミヤや孔明のようなサーヴァント達が常に「最悪の事態」を想定して思考を巡らせ、白夜に進言する事ができる。遠慮も衒いもなく策を練り、提示する事ができるというのは、即ち上に立つ者を信じていなければできない事だ。

 

 

 そんな彼の姿を見て、ウェイバーは自虐する。

 

 元々が研究肌の彼にとって、戦争で矢面に立つというのは門外漢な事だった。それに加えて、喚び出したサーヴァントは今尚世界史にその名を刻む征服王イスカンダル。ただの使い魔とは全ての桁が違う男のマスターとして、劣等感に苛まれることは日常茶飯事だった。

 時計塔にいた頃は、ちっぽけなプライドが全てだった。年代と家歴を重ねているというだけで特別扱いされ、此方を見下す者達を見返す為だけに生きていたと言っても過言ではない。

 

 だが、冬木に来てからそんな思いは打ち砕かれた。呵々大笑しながら戦場を縦横無尽に暴れ回り、サーヴァントとして召喚されてなお世界を制する野望を失っていないこの大男に比べれば、己の矮小なプライドなど砂粒以下のものでしかない。

 だからこそ思うのだ。―――この大英雄の隣にいるのが、自分のような何のとりえもない男でいいのかと。

 

 

 そんな事を考えていると、それまで爆走していた『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』が急にそのスピードを落とし、止まる。

 目的地まではまだ距離があるというのに何故、と御者台に立つイスカンダルを問い詰めようと立ち上がり、視線を高くすると、その理由が理解できた。

 

 泥が開けた道。その一本道の上に仁王立ちする一人の巨漢。

 体躯が二メートルを超えるイスカンダルよりも更に大柄。まさに雲衝くばかりの巨人ともいうべきそれは、睨まれた者全てを憶させる程の三白眼を持ち、全身を禍々しい刺青と黄金で彩っている。

 ヒトのそれとは思えないような漆黒の体躯に、理性を失ったその風貌は、まさしくバーサーカーというクラスに貶められたサーヴァントに相応しい。

 だがそれでも、彼の存在の全てからは、隠しきれない王の威風、そして歴戦の戦士としての覇気が確かに宿っていた。

 

 真名、ダレイオス三世。

 古代ペルシア、アケメネス朝最後の王であり、紀元前四世紀の時分に東征を行ったイスカンダルと戦い、そして敗れた《暴風王》。

 祖先、ダレイオス一世のような賢王ではなく、《征服王》と比肩する戦王で在り続ける事を選んだ者。国の滅びと引き換えに、それでも尚彼の最強の”好敵手”で在り続けることを選んだ者。

 

 故にイスカンダルは、その邂逅に笑みを漏らす。以前、アインツベルン城で(まみ)えた際は交わす事のできなかった闘気が、今まさに鎬を削っている。

 

 『龍洞』に続くのは一本道。迂回できるだけの幅はなく、元より突破する以外の戦法は有り得ない。

 であれば、と。イスカンダルは御者台から降り、他の全員もそれに倣う。そして彼は、腰に佩いたキュプリオトの剣を引き抜いた。

 

「―――坊主」

 

 頭上から齎される、闘気に満ちた声に、ウェイバーは身を震わせながらも顔を上げた。

 

「これは紛れもない死闘になる。余は、貴様を気に掛ける余裕すらなくなるかも知れん」

 

 いつであっても戦場を楽しむような態度を崩していなかったイスカンダルが、しかし今だけは重い声色で告げてくる。

 それは遥かな昔、誰も成し得なかった偉業を行い、遂には《征服王》と語り継がれるまでになった英雄の在り方そのものでもあった。

 

「それでも貴様は、余と共に駆けるか?」

 

 それはつい先程まで、隣に立つことすら惨めで、烏滸がましいと思っていた己に対する 責なのかと誤認する程に彼の心を打った。

 言ってしまえば彼らは、マスターとサーヴァントだ。本来であれば主従の関係である筈のその価値観を、簡単にこの英雄は打ち砕いてくる。

 

 矮小だと揶揄(からか)いはすれど、見捨てる事はなく。

 どれ程弱音を吐いても、臆病者と謗る事もなく。

 目に余るほど脆弱でも、弱者と断じる事はなかった。

 

 ―――ならば、マスターでも魔術師でもなく、一人の男として、その言葉には胸を張って応えなければならない。

 

「連れて行けっ‼ ボクを……ボクをオマエの戦場に‼」

 

「良し。良き面構えになったではないか、坊主。それこそ、このイスカンダルのマスターに相応しい‼」

 

 イスカンダルに比類することに劣等感を抱かなくなった少年が歩みだす未来。

 それを嘗て辿った男は、その少年の成長に口を挟まず、ただ踵を返して己のマスターの肩を叩いた。

 

「―――孔明?」

 

「王の宝具は近くにいると巻き込まれる。……君達も、私が指示する所まで下がり給え」

 

 そう言って距離をとる孔明に倣って、白夜達も下がる。その途中、お世辞にも吹っ切れたとは言い難い重い表情を彼が浮かべていたのを、白夜は見逃さなかった。

 

 そしてイスカンダルは、高らかに剣を掲げて魔力を励起させる。周囲を塗り潰す支配者の圧力。ユメを求めて生涯を駆けた彼が紡いだ、絆と王威の具現化たる宝具。

 

「さぁ、集え我が同朋‼ 我らが挑むは生涯の好敵手‼ 再び此処に、勇士の勲を刻む時が来た‼」

 

 戦の口火を切る鬨の声は高らかに。孔明の瞼の裏には、既に嘗ての灼熱の大地が目に焼き付いている。

 英雄王ギルガメッシュとの決戦の際、その世界は乖離剣の威光の前に泡沫の夢へと消えていった。だがそれでも、原初の王に死闘を挑んだ、その誇り高き背を忘れた事など一度もない。

 

 視界が眩む。イスカンダルの宝具の展開が始まった。

 それは、周囲を己の世界へと引きずり込む宝具。その範囲外ギリギリの所に無意識に立っていたのは、彼自身も自覚していなかった未練だったのだろう。

 

 時を経て、諸葛孔明という疑似サーヴァントとなった今であれば、あの大王と轡を並べて戦う事も叶うかもしれないという未練。

 しかし、今イスカンダルの傍らにいるのは若い自分。居るべきなのは”彼”であり、”自分”ではないのだという事実。

 それが、彼を一歩踏み込ませなかった。宝具が展開する煌々たる光の中で、彼は若い自分に皮肉じみた激励を心の中で送り、彼らを送り出そうとした。―――が。

 

 

「そんじゃ、行ってらっしゃい。孔明」

 

 

 トン、と。誰かが彼の背中を押した。

 否、誰が押したのかは分かっている。振り向かずとも、勝利を信じて疑っていないマスターの顔が、視界の中に佇んでいるようだった。

 

 次に彼の革靴が踏みしめたのは、硬い土の山道ではなく、熱風吹き荒れる砂漠の大地だった。

 あぁ、と。思わず言葉を漏らしてしまいそうになった。何故なら彼は、この世界の全てを覚えている。頭上に戴く燦燦と輝く陽も、乾いた空気も、益荒男たちの雄叫びも、全て。

 

 大王と共に時代を駆けた者達が、等しく双眸に焼き付けた風景。彼らはこの大地を踏破し、そして東へと進んでいった。最果ての海(オケアノス)の潮騒を、その耳朶で聞くために。

 

「おう、やはり貴様も来たか。軍師」

 

 気付けば、隣には愛馬ブケファラスに跨った若い自分と、イスカンダルの姿があった。

 大王は孔明を見、そして破顔する。まるで此処に来る運命を、最初から見抜いていたかのように。

 

「余はなぁ、何故だか知らんが坊主と貴様が共に此処にいるのが自然なモンだと思っておった。揃いも揃って我が親衛隊(ヘタイロイ)と共に、眼前の敵を蹂躙するのが当然である、とな」

 

 その視線の先に、”ソレ”はあった。

 

 鎧を纏った、骸骨の軍団。砂漠の上に悠然と佇むそれらは、一体どれ程の軍勢であるのか。

 ペルシアが誇る、死をも恐れぬ最強部隊”不死隊(アタナトイ)”。それらの躰が組み合わさって構築された”不死の戦象”の上には、ダレイオス三世が戦斧を両手に覇気を撒き散らしている。

 

 それに対抗するように、イスカンダルの背後にも兵達が集結する。

 その全てが、イスカンダルという稀代の大王のユメに魅せられ、未知の大地を踏破せんと集った歴戦の英雄たち。死してなおイスカンダルに忠義を誓い、英霊と昇華しても、その呼び声には鬨の声を以て参陣する生粋の(つわもの)

 それら全てが、無窮の蒼天の下、逆巻く旋風が作り出す陽炎の中に集う。馳せ参じる勇者たちの中に、躊躇う者は一人として存在しない。

 

 『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』―――ランクEX大軍宝具。

 心象風景の具現化という大魔術を彼が宝具とする事ができたのは、その下に集う兵たち皆が目に焼き付け、そして祈ったからに他ならない。再び大王の麾下で共に戦うという、血潮の昂ぶりを叶える為に。

 

「往くぞ勇士らよ‼ 敵は不死の軍勢なれど、我が覇軍の蹂躙に恐れるものなど何もなし‼」

 

『然り‼ 然り‼ 然り‼』

 

彼方にこそ栄えあれ(ト・フィロティモ)‼ さぁ同朋らよ、我が足跡に続くが良い‼ アケメネス朝ペルシア最後の王に今一度、我らが覇道を示そうぞ‼」

 

 軍勢の士気は最高潮。後は突撃するのみと思われたが、その前にイスカンダルは孔明に言葉を投げた。

 

「ではしかめっ面軍師、貴様が先陣を切るが良い」

 

「……はっ?」

 

「栄えある一番槍だ。貴様の持てる全ての力を、余の双眸に焼き付けてみせい」

 

 心が震えた。冷めきっていたと思っていた熱が、体の内側から溢れ出てくる。

 だがそれを、目尻から流す事だけは何とか堪えた。目睫に迫る不死の軍勢を前に、しかし孔明は怯まず臆さず、キャスター・諸葛孔明としての力を発揮する。

 

「これぞ、大軍師の究極陣地―――」

 

 虚空に孔が現れ、そこから八卦の陣柱が顕現する。

 一万にも及ぶ軍勢の進軍を迷わす、最強の陣地を作り出す事こそ、今の彼が大王に奉じられる全力であった。

 

 例えそれが、泡沫の夢であったのだとしても。

 例えそれが、偽りの主従関係であったのだとしても。

 

 この大王と肩を並べて戦えているという事実は、彼にとっては無上の喜びに他ならない。

 故にこそ彼は、あらん限りの声で以て、己の役目を全うする。

 

「『石兵八陣(かえらずのじん)』ッ‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

『私の息子である貴方には王位を継承する資格があります。今はその身分を隠し、王に仕えなさい』

 

『そして―――いずれ王を倒し、その身が王になるのです』

 

 

 

 

 

 振り返ってみればその時から、彼女は『叛逆の騎士』となる汚名を背負っていたのだろう。

 否、真実を言えば、彼女は生まれ落ちたその瞬間から、父と袂を分かち、国を滅ぼす命運を背負わされていたのである。

 

 騎士王と誉れ高く、民を慈しみ、騎士を愛した王を、初めは曇りなき眼で見れていた。

 生涯この王に尽くし、ブリテンの繁栄の礎にならんと、そう思っていた心に偽りはない。畏敬し、羨望し、己もいつかはあのような騎士になりたいという野望こそあれど、反乱を以て玉座を簒奪するという思いは欠片もなかった。

 正しく、真っ直ぐに。戦場の華である立派な騎士たらんと邁進する善き者であった筈なのだ。

 

 少なくとも―――業を煮やした魔女が純真なモードレッドに悪魔の囁きを吹き込むまでは。

 

 

 自身が王の血を継ぐ者であると分かり、しかしながらまともな人間ではないという事を告げられた彼女は、ある種の負い目を抱くようになる。

 あの公明正大、偉大なアーサー王の系譜である自身が、このような造りものの命であるという劣等感。そんな自身を生み出した(モルガン)への憎悪が募ると共に、焦燥感に駆られる事になる。

 

 褒められぬ、祝福されぬ出生なれど、しかし自分はかの偉大なる騎士王の息子である事には変わりない。ならばそれを誇るべき―――と。

 

 そしてモードレッドは嬉々として王の下へ赴き、自身を後継者に据えるよう進言する。自らにその資格があるのだと絶対の自信を擁していたモードレッドは―――しかし、王から無慈悲に告げられた言葉に、己の在り方を見失う。

 どれだけ懸命に訴えても、彼女は終ぞアーサー王の後継者としては認められず、ぞれどころか嫡子であるという事すら認められなかった。

 

 虚無感に苛まれた彼女の心は、荒み、歪み、あらぬ方向へと突き進んでいく。

 王への、父への羨望と畏敬の念は、反転して愛憎となり、次第に心の中で鎌首を(もた)げてきた叛意に身を委ねるようになってしまう。

 

 どれだけの戦果を積み上げれば認めてくれるのか。どれだけ剣の腕を磨けば己自身を見てくれるのか。

 彼女はたった一人、葛藤と懊悩に苛まれながら、ただ戦火の中に飛び込み続けてきた。だが騎士として王に尽くそうという想いすら、時を経るごとに霞んで行き、そしてそれは、《湖の騎士》ランスロットと王妃ギネヴィアの不義を暴いて流布した事で決定的となってしまった。

 

 その騒動の中で、自身に唯一懇意にしてくれていた騎士ガレスも喪い、ブリテンという国そのものも円卓の分裂と共に崩壊へと向かっていった。

 嘗て同じ釜の飯を食い、同じ忠義を掲げた騎士たちが二分して殺し合う。騎士王の統治に不満を抱いていた者達がこぞってモードレッドの下に集って反旗を翻す。表面上安寧を保っていたブリテンは、僅かに叛意の駒を動かしただけで転落の道を歩んで行った。

 

 その全てを、モードレッドは眉を顰めながら眺めていた。

 動乱の引き金を引いたのは彼女で、玉座を狙おうとしているのも彼女自身だ。だがそれでも、一度でもあの騎士王に忠誠を誓った筈の者達が、恥の一つも抱かずに自身の下に集った事も、彼女にとっては憤怒の炎にくべられる薪のようなものだった。

 

 彼女にはまさしく、他者を先導する狂奔という名のカリスマ性が備わっていた。動乱の最中にあってこそ最も輝くそれであり、そんな彼女に惹かれたものがいても決しておかしくはない。―――だがそれら全て、彼女の瞳には「恩知らずの愚者共」としか映らなかった。

 感情の赴くまま、激情のままに突き進むモードレッドという騎士の在り方が、アルトリアという王を見捨てた彼らには何とも”人間らしく”見えたのは、皮肉としか言いようがない。

 

 やがて戦乱の中で太陽の騎士(ガウェイン)を斬り捨てた彼女は、カムランの丘で父と対峙する。

 変わらずの騎士装束を纏って戦場に現れた輝かしき騎士王に対して、モードレッドは力の限り、生涯の全てを訴えるような声で吐き捨てた。

 

 

『どうだ‼ どうだアーサー王よ‼ 貴方の国はこれで終わりだ‼ 終わってしまったぞ‼』

 

『私が勝とうと貴方が勝とうと―――最早、何もかも滅び去った‼』

 

『こうなる事は分かっていたはずだ‼ こうなる事を知っていたはずだ‼ ―――私に王位を譲りさえすれば、こうならなかった事くらい……‼』

 

『憎いか⁉ そんなに私が憎いのか⁉ モルガンの子であるオレが憎かったのか⁉』

 

『答えろ……答えろ、アーサーッ‼』

 

 

 ―――それでも。

 

 それでも、魂の全てを吐き出したかのような言葉をぶつけられても、騎士王の言葉は、表情は冷ややかなままだった。

 静謐に彩られた中で、かの騎士王は無機質に。

 

『私は貴公を憎んだことなど一度もない。貴公に王位を譲らなかったのは―――』

 

 ただ、淡々と。

 

『貴公には、王としての器がないからだ』

 

 モードレッドという騎士には、器が足りなかったのだと、ただそれだけを伝えたのだ。

 

 二人は互いに、互いが抱えていた苦悩も葛藤も知る由もなく、知ろうと努力することもせず。

 ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という願いだけを抱き続けていた騎士は―――直後、聖槍に胸を貫かれて絶命した。

 

 父王の築いた平和、騎士の絆の、その一切合切を壊し尽くしてしまえばよい。そうすれば―――そうすれば()()()()()()()()()()

 それはまるで、無垢な子供の癇癪のようなものだった。しかしその結果として夥しい量の血が流れ、幾多の屍が晒される事となった。

 

 誰に諭されることもなく、誰の言葉にも耳を傾けずにただ叛逆者という形で駆け抜けた彼女は、意識を閉じるその直前に悟った。

 

 騎士王の双眸には、()()()()()()()()()()()()()()()()。それならば、あぁ、最初からそんなものは叶わぬ望みだったのだ。

 もしも二度目の生があるのだとすれば、それは―――。

 その時に、望むのは―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガッ……‼」

 

 鬩ぎ合いに負け、床を転がるモードレッド。

 先程から幾度も交わされている拮抗だが、その全てに彼女は押し負けていた。

 

 視線の先には、王がいる。嘗て憧れ、そして憎悪した彼の王が。再び見えるような事があれば、今度こそは必ず自分が殺すと誓ったその人物が。

 

 だが、王は変わっていた。

 幾星霜の年月がそうさせたのか、或いは此処ではない何処かでの出来事がそうさせたのか、アルトリア・ペンドラゴンという王は、キャメロットに居た頃とは比べ物にならない程―――()()()()()なっていた。

 

 ”馬鹿息子”と、そう自分を呼んだ。騎士同士の殺し合いではなく、互いに非を露にした上での”親子喧嘩”として存分に果たし合うとしようと言った。

 その言葉が偽りではないというのは直ぐに理解できた。自分の殺意を抑えるために口から出任せた虚言の類ではないのだと。

 

 あれからどれだけ剣を交えたのかも覚えていない。

 だが、何度も押し負けているモードレッド同様、アルトリアにもまた、隠し切れぬ傷が刻み込まれていた。

 烈火の如き剣戟に対して、アルトリアは真っ向から立ち向かってきた。叛逆の騎士という汚名を被ったとは言え、それでも彼女は一流の騎士だ。一度でも剣を交えた者の心が真か虚であるかを看破する程度の技量はある。

 

 騎士王は、真実本気で挑んでいた。あのカムランでの最期の戦いとは何もかも違う。虚構しか見据えていなかったその翡翠色の双眸は今、赤雷の騎士を真正面から見据えている。

 

 早く立て、こんなものではないだろうと。そう叱咤するかのような真っ直ぐな視線を受け、モードレッドは口角を吊り上げた。

 

「―――ハッ、変わったな父上」

 

 以前の貴方は、そんな感情を誰か一人に向ける事など無かった筈だと言い放つと、アルトリアは僅か、ほんの僅かではあるが吊り上がった目尻を降ろした。

 

「そうでしょうね。貴方を討ち果たした私のままであったならば、こうして貴方と言葉を交わす事もなかったかもしれません」

 

 ですが、と。彼女は続ける。

 

「不可思議な縁に引き寄せられて、私は何度も喚ばれて来ました。決して良い思い出ばかりではないのも確かでしたが、それでも―――私はそこで、自分が何者でもなく、ただ一人の人間である事に気付かされたのです」

 

 だからこそ彼女は、後ろを振り向く事ができた。

 

 ブリテンの滅びの運命を変えるという願いを持った事もあった。選定の儀式をやり直すという願いを持った事もあった。自分のような者が王になってはならなかったのだと、慟哭した事もあった。

 ただそれでも、自分を”一人の少女”として見る事を諦めなかった少年がいた。サーヴァントという駒ではなく、他と同じ人間として。

 

 そして人理救済という果てしなく長く、辛い戦いに喚ばれた時も、マスターである少年は彼女を殊更に特別扱いする事はなかった。

 そんな日々の中で、アルトリアという”少女”の心が絆されていったのは、至極当然の事であった。

 

 国を治めるという使命もない。”こう在るべき”という強迫観念に突き動かされるわけでもない。

 どう考え、どう思い、どう動こうが”自由”だった。長い宿命から解放され、漸く彼女は、過去の己の言動を顧みる事ができたのである。

 

 

「……それでもオレは―――」

 

 もはや彼女の内に渦巻く感情は、言葉を交わすだけでは収まらない。

 思い返されるのは、王としての器がないと言い放たれた事。そして、息子などではないと突き放された事。

 もはやモードレッドという己を、胸を張って誇れるようになるには、それだけでは到底足りないのだ。

 

「オレは、父上―――貴方を超えなければならないんだッ‼」

 

 それは、呪われた矜持だった。

 彼女にとっては、その在り方が存在意義だった時期こそが全て。そしてその為に、敬愛していた父王が築いた何もかもを破滅にまで追いやったのだ。

 なればこそ、その在り方を捻じ曲げるわけにはいかない。ここで膝を折るわけにはいかない。

 

 そんなモードレッドの想いに呼応して、王剣(クラレント)から稲妻が迸る。

 倒せ、斃せ。それが叶ったその瞬間、自身は選定の剣に挑む資格が与えられるのだと信じて。

 

「これこそは、我が父を滅ぼし邪剣‼」

 

 騎士王への憎悪。その激情が魔力となり、増幅されたそれは嘗ては聖剣であったそれを禍々しい赤黒色に染め上げる。

 爆発的な魔力が籠った災厄の魔剣はその形を変え、刀身全体に拡がったそれは今、眼前の敵の一切を討ち滅ぼさんと血閃の如き冒涜的な輝きを放つ。

 叛逆の騎士―――決して拭えぬ大罪を犯した己のみが、偉大なる騎士王を斃せる唯一の存在だと信じて。

 

「『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』―――ッ‼」

 

 暴虐の一閃は、赤雷の奔流となって騎士王の全てを蹂躙せんと殺到する。

 金と蒼の残照。それが垣間見えたのは一瞬で、直後に爆発的な死の波に吞み込まれた。

 

 己の憎悪の全てが、輝かしき騎士王を跡形もなく呑み込んだ。

 それは、彼女が望んだ結末の筈だった。カムランの丘で果たせなかった決着を、遂に悠久の彼方で着ける事ができたという事実。

 しかし、その胸中を過ったのは甘美でも喜色でもなく、逃れえぬ寂寥感と喪失感。それは気のせいだと振るい落としてみても、心の片隅にこびり付いた感情。

 

「……終わりだ。父上(アーサー王)

 

 それを認めたくなくて口から出た言葉は、意外なほど自然に轟音の中に消えていった。

 誰に言ったわけでもない。誰に聞かれるわけでもない。だからこそその程度の物悲しさがあって当然なのだと言い聞かせた。―――だが。

 

 

「―――()()()()()()()

 

 憎悪の轟音が響く中、澄んだ凛とした声が響き渡り。

 

「終わりです、モードレッド。……我が息子よ」

 

 直後、モードレッドの左胸を、黄金に輝く聖剣が貫いていた。

 赤雷の波濤を割り裂いて、彼女はその剣鋩を届かせた。その躰に無数の斬痕が刻まれ、真紅にその身が染まっても、それでもアルトリアはそれを届かせた。

 

 口端から垂れる血の味を噛み締めながら、モードレッドは何故父を仕留められなかったのかと逡巡する。

 ……否、理由など、考えなくとも分かっていた。

 

 息子と呼ばれ、互いに言葉も力も出し尽くして、そうした果てに彼女は―――既にアルトリア()を憎む事ができなくなっていた。

 王剣(クラレント)が吐き出す雷がモードレッドの感情、即ちアルトリアに対する憎悪を糧にしている以上、その根底の感情が限りなく希薄になっている状態で宝具を解放したところで、結局のところ、ただ突貫してきた人間の一人も殺す事ができなかったのだ。

 

「あぁ―――」

 

 大きく息を吐き、手の力が緩むと、王剣(クラレント)は床に落ちて重々しい音を鳴り散らした。

 どれだけの言葉を交わしても、どれだけの武を交えても、決してこの胸の内に宿る憎悪は消えないものだと思っていたというのに―――しかし結局、何故だか”救われた”ような気持ちになっている以上、己の心を偽ることは不可能だ。

 

 全身の力が抜け、霊核に聖剣が突き刺さったまま前のめりに倒れようとしたところ、その身体を身に纏っていた鎧を解いていたアルトリアが支えた。

 その肌の柔らかさと温かさを、モードレッドは初めて実感する。このように優しく抱きすくめてくれることなど、生前は終ぞ一度も体験できなかったのだから。

 

「父上……」

 

 言葉から、棘が削ぎ落されていく。

 既に身体が粒子となって消えて行っている事実を感じながら、モードレッドは何に遮られることもなく、その言葉を紡いだ。

 

「今度こそ……今度こそオレは……貴方の息子として、胸を張って死ねるのかなぁ……」

 

 今にも消え行ってしまいそうな言葉に、アルトリアは穏やかな笑みを浮かべたまま、モードレッドの頭を撫でた。

 

「えぇ。見事な剣でしたよ、モードレッド。……この先どのような試練が貴方を待っていようとも、これだけは覚えておきなさい。貴方を息子として愛そうとした(アルトリア)が、間違いなく居たという事を」

 

「あ、はは……忘れねぇよ。絶対、何があっても……忘れて、やるもんか……」

 

 そう言い遺したモードレッドを、アルトリアは彼女の身体が消え去るその最後まで抱きしめていた。

 後に残ったのは、激戦の名残だけ。巨大な穴が開いた天井から降り注ぐ月光を浴びながら、アルトリアは半ばからへし折れた柱の一つに寄り掛かった。

 

「少し……疲れましたね」

 

 サーヴァントに肉体的な疲労はない。だが今の彼女は、全身を疲労感に苛まれていた。

 少しずつ身体から力が抜けていき、柱に寄り掛かったまま、冷たい床に腰を下ろす。そして最後にモードレッドが立っていた場所を見ながら、彼女は再び微笑んだ。

 

「必ず駆けつけます。……ですが少しだけ、少しだけ休ませてください。マスター」

 

 そう呟いた彼女の顔は、誰が見ても美しいと言えるほどの充溢感に彩られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 これ書いてる最中に80万ダレイオス思い出しちゃってイライラが止まんなくなった十三です。孔明先生、敵はあそこですお願いします。

 私が知ってる限り、型月が好きな人でモーさんが好きな人は多いように思えます。友人なんかサモさんのマイルーム性能の高さに悶え死ぬかと思ったとか言ってましたし。でもまぁ、モーさんの原点は一応『Fate/Apocrypha』という事で。
 どうでしょうかね。私なりに解釈してこのような話を書いたのですが、引っかかる方もいらっしゃるかもしれません。そうなったらごめんなさいです。

 ペルシアの『不死隊』と聞いて真っ先に思い浮かんだのはクセルクセス王の時代のそれです。レオニダスさんのスパルタにボッコボコにされたの。あれはスパルタがチート過ぎただけなんだよなぁ。

 残るはケルト組とイスカンダル&ダレイオスとケリィ&愉悦(仮)と……ヤベ、今の今までバサスロットの存在忘れてた。それを思い出すと龍洞で初手宝具打ってきた怒りも込み上げてくる。

 それでは皆様、また次回お会いいたしましょう。


PS:おきた出なかった(泣)
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