Fate/Turn ZeroOrder   作:十三

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『彼方にこそ栄えあり(ト・フィロティモ)』―――届かぬからこそ挑むのだ! 覇道を謳い! 覇道を示す! この背中を見守る臣下のために‼

 最果てになど至りようもないと、そんな弱気に駆られたこともあった。愚かな、征服王がなんたる失態か‼

 求めた果てが今 世の行く末に屹立している‼ ならば超える‼ あの敵の上を踏み渡り、最果て(オケアノス)へと至る‼

 何を喋っている?  聞こえない。風の音も、何もかも。だが耳に響くこの音は――?

 なぜ今になるまで気付かなかったのか。この胸の高鳴りこそが最果ての海の潮騒だ‼

 夢に見た波打ち際、波飛沫の感触、そう―――夜は今海を夢見ている。

 例えこの身が砕け、どれほど血に塗れようとも‼ この瞬間‼ この時に勝る至福があろうものか‼



           by イスカンダル(『Fate/Zero』)







ACT-25 「彼方にこそ栄えあり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そう言えば、一つ訊いておかねばならない事があったのだ』

 

 

『ウェイバー・ベルベットよ。臣として余に仕える気はあるか?』

 

 

 

 ―――その声を覚えている。

 

 どれほど月日を経ようとも、己の生きた痕跡全てを忘れてしまおうとも、恐らくそれだけは忘れまい。

 よしんば死した後にも何か一つの記憶を持っていけるというのなら、その瞬間の記憶を躊躇わずに選ぶだろう。

 

 その時の自分の顔は、他者から見ればさぞや醜かったに違いない。

 込み上げてきた感情を抑え込む事はできず、顔は皺くちゃに歪み、双眸からは滂沱と涙が溢れていた。

 

 

『あなたこそ―――ボクの王だ。あなたに仕える。あなたに尽くす。どうかボクを導いて欲しい。同じ夢を見させて欲しい』

 

 

 だが、その言葉は誰にも恥じることのないそれだった。

 

 

 嘗て、最果ての海を見たいという思いだけで東征を行った大王。その無垢な想いに魅せられて共に轡を並べた兵たちも、恐らくは同じ思いを抱いていたのだろう。

 

 あの峻厳な山の向こうには何があるのか。

 あの鬱屈と茂る森を抜けた先には何があるのか。

 あの荒廃した古戦場を超えた先には何があるのか。

 あの砂塵が舞う砂漠を踏破した先には何があるのか。

 

 ―――誰もが幼き時分に抱いたであろう、そんな好奇心を思い出させる何かを、この大王は備えていた。

 たとえ人の身で抱く夢が、儚く散るものだと分かっていてもなお、この偉大なる王が率いる軍に着いていけば或いは、と。

 

 

 ウェイバー・ベルベットは、全く無能な魔術師だった。

 実力もないのに矜持(プライド)だけが空回り。自身を馬鹿にする時計塔の高慢ちきな連中を見返してやろうと参戦した聖杯戦争では、この豪放磊落で偉大なサーヴァントに振り回されてばかり。

 

 己の存在意義を疑った事もあった。もし自身がマスターでなければ、この英霊はもっと容易くこの戦争を乗り切ることができたのではないか、と。

 しかしその言葉に、王は呆れて大きな溜息を吐きながら、しかし見損なったような表情も声色もなく言い放って見せた。

 

 世界から見れば余も貴様も針の先ですらなお太い、極小の点でしかない。変わりなどあるものか、と。

 

 

 結局、自身が無能であるという事を否が応でも理解しながら、それでもウェイバー・ベルベットはライダー・イスカンダルのマスターとして戦い続けた。

 どれ程恐ろしくとも、どれ程生死の境に直面しても、ウェイバーはイスカンダルと戦場を共にし続けた。恐怖で手足が震え、精神的な圧迫感から嘔吐感や頭痛を催そうとも、召喚した当初から、それこそその最期を見届ける瞬間まで。

 

 

『生きろ、ウェイバー。全てを見届け、そして生き永らえて語るのだ。貴様の王の在り方を。このイスカンダルの疾走を‼』

 

 

 征服王イスカンダル。生前の彼の最期は、10日間高熱に魘された後の病死であったという。

 そんな彼の二度目の仮初の生の最期は、最強のサーヴァント、バビロニアの英雄王に小手先無しの正面からの突撃。その駆け抜けた先に果てたその背は、網膜に焼き付いて今でも離れそうにはない。

 

 彼の王は一番新参となった臣下に最も辛い艱難の任を与え、そして満足して逝ってしまった。

 恐らくは消滅する最期の瞬間に”最果ての海(オケアノス)”の潮騒をその耳朶に聞きながら―――笑って逝ったに違いない。

 

 

 置いて行かれた、と。そう思わなかったと言えば噓になる。何故自分も連れて行ってくれなかったのだと。

 だが、連れて行ったところで何になったというのか。主君の死後に、その偉大なる足跡を覚え、そして語り継ぐ事ができるのは生き永らえた者の特権であり、義務である。

 故に、眼前に立った英雄王に何故主君の仇を討たないと問われた時、その言葉は自然に出てきた。

 

 

『それはできない。僕は「生きろ」と命じられた』

 

 

 そう、生きねばならなかった。この超常の者達が跋扈する戦場で、這いずって惨めを晒そうとも、生き永らえなくてはならなかった。

 

 その時、ウェイバー・ベルベットという人間は初めて、己が成さねばならぬことを知った。

 一月(ひとつき)にも満たない中で、自身が彼の大王から学んだ全て。それを記憶の中に刻み込み続けなくてはならない。その一欠片すらも、忘却してはならない。

 

 

 故に彼は生きた。懸命に生きた。

 ケイネスの死後零落してしまったアーチボルト家を再興し、また時計塔のロードとして「エルメロイ教室」を受け継ぎ、数多の魔術師たちを教導した。

 

 遠坂凛、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト、フラット・エスカルドス、スヴィン・グラシュエート、ヴェルナー・シザームンド、ローランド・ペルジンスキー、オルグ・ラム、ラディア・ペンテル、ナジカ・ペンテル姉妹、フェズグラム・ヴォル・センベルン、カウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニア―――。

 

 『他者の才能を見出し、それを開花させる』という才覚は時計塔でも当代一と称され、自らの才を認めることには成功した男はしかし、既に自身が「魔術師として」大成できない事に苛立ち続けながら、その双眸には常に深紅のマントが焼き付いていたままだった。

 

 

 

 ―――いつの日か、「もし」。

 

 

 ―――彼の王と共に戦う事が出来たのならば。

 

 

 ―――その時は胸を張って、今度こそ王の軍勢の一員として肩を並べられる存在になりたい。

 

 

 そんな夢想を、しかし飽きもせずに抱くことができたのはまさしく、聖杯戦争という既存の概念を悉く打ち砕くような事を経験したからに他ならない。

 

 第四次聖杯戦争―――あの地獄の中から「無傷で」生還を果たしたのは彼一人。

 そんな自覚のない強運が、彼を再び常識では推し量れない戦場へと呼び戻すに至った。

 

 

 ”人理を救う旅路(グランドオーダー)”に於いては”第二特異点”。”永続狂気帝国”という異名でも呼ばれた西暦60年のローマ帝国(セプテム)

 人理を守護する側ではなく、阻む側として中華史にその名を刻む名軍師、諸葛亮孔明の霊基をその身に宿す疑似サーヴァントとして喚ばれたその場で、彼はとあるサーヴァントに一時的に仕えていた。

 

 それは、マケドニアにて天才哲学者アリストテレスらに教育を受けていた頃の王子。

 大英雄アキレウスの活躍を綴ったホメロスの作品、『イリアス』の世界に胸を高鳴らせていた頃の王子。

 最果ての海(オケアノス)をいつか自分の目に焼き付けんと無垢な笑みを溢していた頃の王子。

 

 

 ―――有体に言えば、その時点で既に彼の願いは叶ったのだ。

 人理に仇為す側の存在であったとは言え、その戦いには一切の後悔はなかった。敗れて消えるのであれば、それでも良いと思えるほどには。

 

 しかし何の因果か、その縁はカルデアに残ったただ一人のマスター、岸波白夜と繋がった。

 

 人理の焼却。それは即ち、この世に生きた全ての存在の”生き方”そのものが全て跡形もなく失われるという事だ。

 それが何を意味するのか。聡明であるが故に理解していた彼は、マスターが差し出してきた手を取った。

 

 

 

 

 そして今、ロード・エルメロイⅡ世―――ウェイバー・ベルベットは、夢か否かと見間違える場所に立っている。

 

 

 この場所(悠久の砂漠)に来るのは”三度目”になる。

 一度目は群体アサシン―――百貌のハサンを殲滅した時。

 二度目は原初にして最強の英霊―――ギルガメッシュと相対した時。

 

 そして三度目。大王イスカンダルがその軍勢で以て相対するのは生前最大にして最強の好敵手。アケメネス朝ペルシア最後の王、ダレイオス三世。

 

 イスカンダルにとってみればまさしく”決戦”とも呼ぶべき戦場に、孔明は今、大王の軍勢の一員として立っている。

 ただ大王に護られるだけの存在ではない。死して果てる事もまた覚悟しなければならない”戦士”として。

 

 開戦の口火を切ってどれだけの時間が経ったのかも、もう忘れてしまった。

 長く長く戦っていたのかもしれないし、もしかしたらまだ十数分しか経っていなかったのかもしれない。

 頬を焼くような砂漠特有の灼熱の大気、視界を遮る砂嵐。地平線の彼方まで見渡せるこの場所では、未だに軍勢の衝突が続いている。

 

 戦況は一進一退と言ったところだろう。親衛隊(ヘタイロイ)密集陣形(ファランクス)は嘗ての精強ぶりはそのままに敵を突き崩すが、ダレイオスが率いる不死隊(アタナトイ)はそれに応じるように押し返してくる。

 

 まさに激戦と言って差し支えないだろう。見渡す限り視線を遮る遮蔽物など何もない戦場で、真正面から相対して戦術も何もあったものではない。

 全軍を以ての突撃だ。死力を尽くしての蹂躙だ。その中で、英霊とは言え火力には乏しいキャスターである孔明が成せることは少ないだろう。

 

 改めて戦う者として身を置いてみれば分かる。如何に稀代の大軍師の依り代になったとは言え、身一つで為せる事というのは本当に小さいものだ。

 それらを羨望と畏敬を以て束ね、遥か万里の彼方まで往こうとしていた大王の偉大さを感じずにはいられない。

 

 

 激戦の中、視線を向けてみればそこには兵と共に最前線で戦うイスカンダルの姿がそこにはあった。

 生きた時代的に、総大将が自ら武器を携えて兵らを鼓舞しながら自らも共に戦うのはそれほど珍しい事ではない。それでもその背には、大望を宿す得も言われぬ威圧感と安心感があった。

 

 この男に着いて行けば何かを果たすことができる。この男の為に死ぬのならばそれもまた良し、本望である。と思わせるだけの絶対的なカリスマ性。

 事実、競り合いに敗れて消滅していく親衛隊(ヘタイロイ)の兵士たちは皆、今わの際には笑っていた。

 

 彼らが消滅しきる直前に心に描いた思いは何だったのだろう。

 恐らくは生前、東征の最中に戦場で果てた時と同じことを思っていたに違いない。

 

 

 そして―――イスカンダルの愛馬であるブケファラスに乗っているのは、嘗ての自分。

 実力も覚悟もないのに虚勢ばかり張って、そのままであったら結局何も成しえなかったであろう弱弱しい自分だ。

 

 最初は、その姿を見ているだけでも無条件で腹が立った。お前のような半端者が何故大王(イスカンダル)のマスターなのだと、そう声を荒げたくなってしまうほどに。

 

 醜い嫉妬だ。自分ではもう味わえない状況に身を置いているからと言って、よりにもよって自分自身に苛立つなど馬鹿馬鹿しいにも程がある。

 だがそれでも、イスカンダルの存在がそこに在るのが”当たり前”だと思っている自分、守ってもらうのが”当たり前”だと思っているのは看過できない。

 ”力を有する”というのは相応のリスクを払って初めて実現するものだ。嘗ても自分はそれを知らず、コソ泥のように掠め取った聖遺物でイスカンダルという破格の英霊を呼び出して、それで勝った気分になっていた。

 

 しかし、そうではない。聖杯戦争に於ける”マスター”と”サーヴァント”というものは、どちらか一方に依存しきるような関係では到底生き残ることはできない。ましてや”戦争”という言葉の意味を正しく理解していない者であれば猶更だ。

 だからこそ孔明は嘗ての自分に刺々しい言葉を浴びせはしたが、今はとなってはその姿を見ても小さい溜息しか出てこない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()ものだと思う。戦場に足を踏み入れる覚悟も―――まだ少しばかり躊躇いはあるだろうが、元々が世間知らずの三流魔術師である事を考えれば上出来と言える。

 

 

『あれだけ余と共に戦場に臨んでおきながら今更何を言うのだ。馬鹿者』

 

『貴様は今日まで、余と同じ敵に立ち向かって来た。ならば、朋友(とも)だ。胸を張って堂々と余に比肩せよ』

 

 

 ならば、そう言われた自分はそれ以上の覚悟を見せなくてはならない。

 大王イスカンダルの軍勢に加わった新参として、この戦いを勝利に導かなくてはならない。

 

 正直、気後れしていた部分がなかったと、そうハッキリとは言えなかった。

 夢にまで見たイスカンダルとの再会だったのだ。あの時の自分よりかは様々な面で強くなったと思ってはいても、その戦列に加わることが果たして許されるのか―――と。

 だが―――。

 

『そんじゃ、行ってらっしゃい。孔明』

 

 一見気安い声でそう言い、自分の背を押した岸波白夜(マスター)を、しかし責めるつもりは毛頭なく、寧ろ深々と礼をしたい気持ちに駆られている。

 彼は知っていたのだ。ロード・エルメロイ二世という人物がこの時をどれだけ待ち望んでいたのか。この戦列に加わることがどれだけ光栄なことなのかを。

 

「(ならば、それ相応の活躍はさせてもらおうか)」

 

 そう意気込み、孔明は前へと出る。乱戦極まる戦場の中にあって、ただ一箇所、空白地帯のようなものが出来上がっていた。

 

 そこにいたのは、この戦場に於いての総大将二人。互いに口角を釣り上げているその様は、戦場の狂気に不慣れな者が見れば得も言われぬ恐怖を感じる事だろう。

 だがこれは、取り立てて不自然な光景ではない。近代戦以降合理化を求める戦いへと変わっていった戦争形態とは異なり、この時代の戦争は武の栄えを以て勝敗を決着する。

 

 であれば、この対峙は両軍が激突する”戦争”の中にあっての一つの闘いなのだ。だからこそ他の兵士も、この二人の闘気のぶつけ合いに水を差そうとは思わない。

 だがそれでも、投擲された長槍や攻撃の余波などが無差別に襲うことはある。一対一の決闘ではない以上、それもまた必然だ。

 

 だからこそ孔明は、標的を定めて指を鳴らす。直後、虚空に爆炎が顕現する。そして手に持った扇を横薙ぎに一閃すると、今度は吹き荒れた豪風がイスカンダルを襲おうとしていた攻撃の余波を吹き飛ばした。

 

「―――王よ」

 

 孔明は敢えてそう言い、ブケファラスから降りていたイスカンダルに声を掛ける。

 

「貴方の障害は私が取り除こう。貴方はどうか、忌憚なき戦いを」

 

「うむ、大義だ軍師よ。無粋な露払いは貴様に任せるぞ。―――()()()()()()()()()()

 

「御意」

 

 高鳴る鼓動を何とか抑え込みながら援護に徹しようとすると、イスカンダルから「あぁ、ついでにこ奴を任せるぞ」とウェイバーを渡された。

 

「流石にここから先は、貴様を横に付けておくわけにはいかん」

 

 それは、ウェイバーに拘う余裕すらも、この先はなくなるという事。

 それは当たり前のことで、それが分かっていたからこそウェイバーはその言葉に従った。 

 

 役立たず、という事ではない。元よりサーヴァント同士の戦いにマスターが介入してどうこうできる事態というのは極めて希少なものだ。

 だからこそそれは”仕方のない事”であったのだが、ウェイバーは唇を噛みしめると、再びイスカンダルの方へと向き直ってその右手を掲げた。

 その右手の甲に刻まれているのは、ウェイバー・ベルベットがライダー・イスカンダルのマスターであるという確かな(令呪)

 

「―――ウェイバー・ベルベットが、()()()()を以て我がサーヴァントに命ずる」

 

 本来令呪というものは、サーヴァントの叛逆防止用のストッパーだ。

 三画存在する内の一画を残しておけば、例え両者が仲違いをしてサーヴァントがマスターの命を狙おうとも残りの一画で自害を命じることができる。

 

 ”根源に至る”という本来の目的のために聖杯戦争を戦っているのならば、召喚された七騎全てのサーヴァントの魂を捧げる、その仕上げに使うのが”正しい”やり方ではある。

 

「絶対に、勝て。敗北なんて許さない。ここまで来たからには、オマエにも最後まで付き合って貰うからな‼」

 

 だが、その絶対命令権をウェイバーはそんな当たり前の事を伝えるためだけに使用した。

 戦闘の補佐でもなければ、具体的な戦法を言い伝えるためでもない。真っ当な者が見れば愚策だと思うだろうが、イスカンダルはそう言い放った自身のマスターを見て心地良さそうに笑った。

 

「無論だ。元より余はそのつもりでおったが―――貴様(マスター)の命とあらば是非もなし。勝利の号はいの一番に貴様に聞かせてやろうではないか」

 

 そう言うと、イスカンダルはブケファラスから宝具の一つである戦車に乗り換えて決戦へと赴く。

 その背をやるせない表情で見送るウェイバー()を見て、孔明は短く声を掛ける。

 

「あの背を忘れるな。―――あれが征服王イスカンダル、貴様が命の全てを託した男の背だ」

 

「―――分かってる」

 

 その返事はただの一言ではあったが、孔明の言葉を全て呑み込んだ上での返しだった。

 孔明自身も突撃する大王の背を目に焼き付けながら、しかし自身は程なくして背を向けた。

 

 背は預けたと、そう命じられたのだ。

 ならば全力で以て応じるのが、忠臣たる者の務めであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 ダレイオス三世。

 

 彼の地、ペルシアで強壮な軍隊を抱え、大国を治めた偉大なる王も、バーサーカーというクラスで召喚されてしまえばその行動に理性を期待する方が間違いである。

 

 

 本来であれば、彼は狂戦士などというクラスに堕ちる適性などなかった。

 寡黙なれど名君、暴君でも暗君でもなく、ただ正しく国を治めていた彼は、戦士としての強さは他者を凌駕していたが、それでも狂ってなどいなかった。

 

 ただ一つ―――西方より訪れた、征服王との邂逅さえ存在しなければ。

 

 

 

 ―――たった一人の男との決着を着けるために、彼は名君であることを捨てた。

 

 ―――たった一人の男との決着を着けるために、彼は国の繁栄を捨てた。

 

 ―――たった一人の男との決着を着けるために、彼は賢王である事を捨てた。

 

 

 その戦意は暴風となり、溢れ出て止まらなくなった闘気はその巨躯すらも変貌させ、幾度目かの追撃戦を行っていた際にはもはやどこか理性すらも曖昧になっていた衒いすらあった。

 

 狂戦士―――その時の彼を称するのであればまさにそうなのだろう。だが、そんな有様になってまで祖国を守る防人らは、王の為にと戦い続けた。

 そうでなければ征服王イスカンダルに率いられた精強な軍隊が阻まれるはずもなし。しかしそんな激戦も、終わりを告げることとなる。

 

 

 ガウガメラの戦いでの敗北を皮切りに、バビロンやスーサーなどの主要都市の陥落。

 それでもダレイオスはイスカンダルと戦い続けた。もはや敗戦であることは疑いのない事実。賢明な王のままであったのならば、その時点で抵抗を終えていたのかもしれなかった。

 

 だが、《暴風王》は止まらなかった。ただひたすらに、その命が尽きるまで戦う事をやめなかった。

 しかし、民の嘆きも臣の忠言も聞き入れなくなった王の最期などどこの国、いつの時代も同じようなもの。その最期は側近であったベッソスによる暗殺という、あっけないもので幕を閉じる。

 

 

 激戦の中で互いに多くの兵を失ったとはいえ、二人の在り方は疑いようもなく好敵手であった。

 だからこそ、ダレイオスは狂戦士というクラスに堕ちたままであっても、残った理性の中で自らの宿願を願い、叫んだ。

 

 生前は果たしうる事ができなかった、征服王イスカンダルとの戦場での決着。

 どちらかが斃れるまで、後顧の憂いも何もなくただひたすらに戦い合いたい。互いに再び軍勢を率いて、心行くまで戦闘に興じたい。

 

 

 そしてその願いは叶った。己が率いる不死の軍勢と、イスカンダルが率いる精強なマケドニア軍が広大な砂漠で鎬を削り合う中、二人の王は互いに命を懸けて戦っていた。

 

 一体どれほど長く戦っていただろうか。双戦斧と剣が甲高い音を鳴らして火花を散らす光景も、怪物と化した戦象と神牛に率いられた戦車が真正面からぶつかり合う光景も、既に何度も脳に刻み込んだ。

 単独でのサーヴァントとしての単純な能力ならば、”狂化”のスキルの恩恵を受けているダレイオスに分がある。だが、イスカンダルはそんな事は知らぬとばかりに攻勢を仕掛けてきた。

 

 どちらかの巨躯の肌を、刃が突き刺した感触があった。どちらかの隆起した鋼のような筋肉に拳打が炸裂した感触があった。

 そんな激戦の中にあって、ふと、ダレイオスの思考の中に異物が過った。

 

 否、それはある意味では”異物”でもなんでもなく、正常なものであったに違いない。

 狂化されて理性を失ったバーサーカーに理性が立ち戻るという事は即ち、常軌を逸した状況が精神を引き戻したという事に他ならない。

 

 

「―――あぁ」

 

 まともな言語を話せたのはいつぶりだろうかと、状況に似合わない言葉が漏れる。

 

「済まなかったな、我が民、我が兵らよ」

 

 死してなお、不死の具現化という形で従える形になってしまった兵らに一言だけ贖罪し。

 

「だが、まだだ。余に付き従う者らよ、最期の刻を稼げ」

 

 しかし、”王”としての最後の言葉を以て、目の前の好敵手との決着を着けるまでの奮戦を命じる。

 その様子に、イスカンダルも口角を吊り上げた。互いに真正面からの突撃を繰り返したが故に限界も近いというのに―――()()()()()()()()()()()()()と、まるでそう言うかのように。

 

 そして――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――征服王イスカンダル。我が生涯の宿敵よ」

 

「…………」

 

「愉しかったぞ」

 

 

 ただそう一言。それだけを言い残して巨躯の狂戦士は消滅した。一貫して憤怒の表情を浮かべていたその顔に、微かではあるが満足げなそれを残して。

 

 

「やれやれ、そいつは余の言葉だぞ、暴風王よ」

 

 であるならば、この大王が違う感情を抱いているわけもなし。

 

「やはりこの聖杯戦争とやらに応じて正解だったわい。最果ての海(オケアノス)を拝めなかったのは、まぁ残念ではあったが―――血沸き肉躍る、良き戦場であった」

 

 戦闘が終わったことにより、固有結界が解れて現実世界に場が戻る。

 幕切れは唐突ではあったものの、それでも虚無感に苛まれるなどという事はなかった。寧ろ昂ったまま抑えの利かない余韻を噛み締めるかのように、イスカンダルは再び戦車の手綱を強く握った。

 

「行くぞ、坊主、それに軍師よ。事ここに至って休息は無用。一気に敵本陣を叩くとしようではないか」

 

「わ、分かってるよ‼」

 

 その圧倒的なまでの戦況に呆けていたウェイバーは自らを鼓舞する意味でもそう応じて―――しかし孔明の方はと言うと、抑えた声色のままイスカンダルに声をかける。

 

 

「王よ」

 

「うん?」

 

「貴方は、行かれるつもりか。本当に、()()()()()

 

 全てを察しているかのようなその声に、イスカンダルは一瞬だけ黙り込んだが、すぐに頷いた。

 

「応とも。ダレイオスもこれ以上ないほどに強敵であったが、戦場はまだ残っておる。余は征服王であるからして、これを見逃すわけにはいかんだろう?」

 

 その返しに、孔明は思わず溜息が出そうになってしまうのを何とか堪えた。

 

 そうだ。こんな男であったからこそ、誰もが畏敬し、羨望の眼差しを向けたのだ。こんな男であったからこそ、果てしない旅路に伴しようとする男達がいたのだ。

 であるならば、その末席である自分自身が伴しないわけにはいかない。

 

 

 それが、その背に魅せられた人間の義務というものに他ならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 いやー、辛いっす(仕事が)。どうも、十三です。

 いやね、仕事から帰ってくると執筆する力なんて残ってなくて……そんで休日にチマチマと書いていたらこんなに遅くなってしまいました。申し訳ありません。

 言うて遅くなった理由はあと二つほどありまして。

 一つは、今回書いたのがウェイバーとイスカンダル絡みであったこと。第四次聖杯戦争を語るにあたってはこの陣営の関係は最重要事項ですので、下手に半端なものは書けないと思ってたらこんなになってしまいました。

 もう一つは初任給でPS4と『NieR:Automata』買ってプレイしてたら止まんなくなっちゃいました。知ってはいたけれど滅茶苦茶グラフィック凄いですねコレ。




 さて、それでは皆様。あとがきも以上といたします。

 次回からは多分長らく話が進んでいなかった『英雄伝説 天の軌跡』の本編を書くと思います。……仕事の都合で遅くなるやもしれませんが。



PS:
 閃Ⅲに出演決定したティータとティオが可愛すぎて鼻血出る。
 これでフィーも出ればアルティナと合わせてロリ比率がやばいじゃないですかやだー(歓喜)



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