Fate/Turn ZeroOrder   作:十三

5 / 25




Q:イベ終わったけど続けるの?
A:続けます。エタるのは性に合わない。

Q:今回あんま話進んでなくね?
A:ちょっとね。思った以上に長引いちゃった。







ACT-5 「粛正こそ魂への贖い」

 

 

 

 

 

 昼と夜では全く雰囲気が違う街―――それ自体はさして珍しいものでもない。

 とはいってもこの場合、指し示すのは商店街の繁盛の具合とか、歓楽街の賑やかさの具合とか、公園を駆けまわる子供たちの人数とか、そういった目に見えて分かるようなものではない。

 

 それは、魔性が感じられるか否かの違いだ。

 

 『逢魔時(おうまがとき)』。変じて『大禍時(おおまがとき)』などと、日本では言われている。暮れ六つ―――つまり夕方午後六時ごろに、”昼”と”夜”の境界線が引かれているのだ。

 ”昼”は人間の時間。生活を営む人々が闊歩し、本来あるべき賑やかさが世界を包む。それはまさしく、ヒトが人らしく生きていられる時間だろう。

 ”夜”は魔性の時間。人々は酒淫か淫蕩に耽溺する時間であり、そして野にはヒトならざる魔のモノが姿を現す。人間を惑わし、(かどわか)し、時に喰らう化物共の時間。

 

 故にこそ、その性質もガラリと変わる。

 特にこの冬木という地では、その変化が顕著だった。

 

 

 

 

 得体の知れないモノが蠢くような感覚。

 特異点となった冬木の地にレイシフトしてから3日も経てば、流石にその感覚も理解できる。新都を中心に渦巻くマナの濃度は既に異常だ。

 

 連続殺人犯をマスターとするキャスターの拠点は、冬木市の下水道網の最奥にある貯水槽。その情報は既に一時的な共闘関係にあるランサー陣営にも伝えられ、ここに二組の陣営は本格的にキャスター討伐へと動く事となった。

 

 つい先日、ここ最近連続で発生している児童誘拐事件の犯人がキャスターとそのマスターの仕業であると看破したらしい聖堂教会―――監督役側から、全てのマスターによるキャスター狩りの旨が通達された。

 見事討伐に成功した陣営には監督側から令呪が一画授与されるというこの成功報酬は、他のマスターが喉から手が出るほどに魅力的なものであった。それはつまり、サーヴァントを対象とした強制命令権が一回増えると共に、使うようによっては一時的に”魔法”の一歩手前とすら言える強力な魔術を使用する事が可能になるからだ。

 

 この時点で白夜は勘違いしていたのだが、そもそも既存の御三家が生み出した聖杯システムとはそもそもの根本が異なる守護英霊召喚システム『フェイト』によってマスター権を獲得した白夜の右手の甲に刻まれている令呪は、24時間経過ごとに三画を最大として一画ずつ回復するという特徴がある。もしこのシステムが冬木の聖杯戦争に導入されていれば、戦いの凄惨さは必ずや限界の枠を超えていただろう。第四次聖杯戦争が勃発するまでに冬木市という場所が残っていたかどうかも怪しい。

 

 そういった経緯で白夜にとっては然程魅力的ではない報酬であったが、ことこの聖杯戦争のマスターたちにとってはそうもいかない。

 

 恐らく監督役側は、他の陣営がキャスターを徹底的に追い回した後に、共謀関係にあるアーチャー陣営が仕留める事で大義名分の下堂々とアーチャー陣営に令呪を渡すつもりだったのだろうが、恐らくその考えは儚く散る事になるだろう。……この若干思考が荒っぽい軍師の行動によって。

 

 

「でもさ、何で監督役は遠坂と手を組むことにしたわけ? 聖堂教会と魔術協会は、お互いに犬猿の仲だったんじゃなかったっけ」

 

 キャスター陣営の拠点に向かう前、白夜はふと疑問に思った事を孔明に訊いていた。すると彼は、やや皮肉気に口をゆがめてから答えた。

 

「その理由は二つだ。そもそも遠坂家は隠れキリシタンとしての歴史を辿ってきた過去があるようでな。そういった意味でも魔術師でありながら聖堂教会とも繋がりのある変わり種だった。そんな遠坂が前回の第三次聖杯戦争に参戦した際、遠坂時臣の父と若くして監督役を務めた言峰璃正が個人的に友誼を結んだらしい。その関係が今でも続いていたのだろう。これが一つ目の理由だ。

 そしてもう一つ。遠坂家は聖杯の使い道を明確に示していた。―――キリエライト、推測できるか?」

 

「え、っと……人理焼却前に存在していた魔術師の方々は”『根源』への到達”を至上の課題として子から孫へと自らの魔術研究を受け継いでいたと聞いています。遠坂家が”まっとうな”魔術師の家系であるというなら……」

 

「その通りだ。遠坂家は聖杯を使って『根源』へと至る”孔”を開けようとしていた。―――その聖杯そのものがどれだけ醜悪なものであるかなど知りもせずにな」

 

 つまるところ、”『根源』に至る”という明確な聖杯の使用方法を明示している遠坂に聖杯を託するのが最も”波が立たない”と聖堂教会側も判断したのだろう。外部のマスターがまかり間違って聖杯を取り、欲望に塗れた願望を願われるよりは、という妥協なのは目に見えるが。

 

「そんで、今俺たちはその目論見の一つをこれ見よがしにぶっ潰そうとしていると」

 

「必要な犠牲と言え。それに元より今の聖杯ではどのような使用目的であろうとロクな事にならないのは目に見えている。それを伝えたところで鼻で笑われるのがオチだろうからな」

 

 諦めずに話し合いくらいはしようよ、と当初は思ったものだが、思い返せば霊脈を保護する結界を滅茶苦茶に徹底的に破壊し尽くした後に話し合いも何もなかった事を改めて思い出し、再び深い溜息を吐かざるを得なかった。

 

 ともあれ、どの陣営が聖杯を勝ち取ったとしても結末が同じだというのなら、やはり孔明の考え通り聖杯が目覚める前に速やかに破壊するのが最善手なのだろう。

 もしそれが失敗し、『この世全ての悪(アンリ・マユ)』の中身が現世に溢れだそうものならば―――恐らくこの世界線の冬木も『特異点:F』と同じような末路を辿るのだろう。それだけは絶対に避けなければいけない。

 

 

 そうして再び気合を入れ直し、未遠川の一角にある下水道口の前で待機していると、日付が変わる頃合いになってランサー陣営が姿を現す。

 

「フン、成程。醜悪な臭いが流れてきているな。下賤な外様のマスターが拠点とするには相応しい場所だ」

 

 早々にケイネスの機嫌は最底辺に落ちていたが、そこは孔明が上手く言葉を駆使して宥めてみせる。

 昨夜と変わらず見事な手並みだと感心していると、ケイネスの後ろに控えていたディルムッドが僅かに微笑を浮かべて頷いて来た。―――どうやら共闘するという意志に変わりはないらしい。

 それが確認できただけでも現状は良しとして、白夜は霊体化して控えていたアルトリアとエミヤに対して念話を飛ばした。

 

『セイバーはこの場所に残って、アサシン、アーチャー、バーサーカーがもし来たら迎撃。その他の陣営は通して構わない。

 エミヤは霊体化したまま俺たちに着いてきて。キャスターと戦ってる時に漁夫の利を狙ってくる連中がいたら、そっちの相手を頼むよ』

 

『分かりました』

 

『了解だ』

 

 二人の了承の返事を聞いてから、白夜は再び孔明とマシュに向き直った。

 その先に臨むのは、限りなく劣悪な空気が流れ出てきている暗闇の穴。サーヴァント同士の対決というよりかは誅罰の意味合いを持つ戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ”余裕を持って優雅たれ”―――それが貴族である遠坂家の家訓であった。

 

 魔術師の家系であると同時に。古くからの名家の血筋を受け継ぐ遠坂家は、冬木という極東の僻地に在りながら極上の霊脈を持つ土地を管理するセカンドオーナーとしての役割を魔術協会から仰せつかっている。

 謂わば、形式上はいち名士であったとしても実質的に一つの街を所持しているに等しい家柄なのだ。それに相応しい振る舞いと在り方を守り続ける事。―――それが己の責務であると遠坂時臣は信じて疑っていなかったし、事実若くしてその貫録を身に着けるために必要な務めは全て果たしてきた。

 

 そしてそれは、一世一代の大勝負である聖杯戦争―――遠坂の悲願を果たす魔術師と英霊の大戦争に於いても、彼の在り方は変わらない筈だった。

 この戦いの真の目的も知らない、願望器としての性能があるという餌に釣られた外様のマスター達が互いに潰し合った末に最終的に残った御三家のマスターとサーヴァントで以て尋常に勝負を行い、勝ち抜いた一組だけが”『根源』への到達”を叶える事ができる。

 しかし、かつては志を同じくしたはずのアインツベルンとマキリは長い年月を超えた先に妄執に憑りつかれ、今や完全に初志を見失っていた。もはや、純粋たる想いで聖杯を以て『根源』を目指しているのは遠坂のみ。

 

 だからこそ、時臣はこの第四次聖杯戦争に今導入できる総力を以て当たった。

 古い縁で聖堂教会と渡りをつけて監督役を味方に引き入れ、更にその監督役の息子がマスターとしての権限を手に入れた事で諜報・工作に特化したサーヴァントであるアサシンをも自陣の戦力として数える事ができた。

 加え、彼自身が召喚したのは七騎の中でもステータス面で優秀と言われる三騎士の一角、アーチャー。遠坂家が有しているコネクションを最大限に使って手に入れた召喚用の触媒は、凡そ相手が英霊である限り確実にアドバンテージを取れるだろうと断言できるほどに強力な英霊のそれだった。

 

 傍から見れば、苦戦する要素などどこにもない。この状況だけを鑑みてそれでも尚遠坂が劣勢だと言うような輩はいないだろう。

 

 

 しかし今、現に遠坂時臣は苦渋の顔を隠そうともしていない。

 遠坂邸の一角、当主が使う事を許されている書斎にて、彼は頭を抱えながらこれでもかと思う程に狼狽していた。

 

 原因は明白。昨日の夕刻ごろから電撃的に行われた冬木の霊脈を保護する守護結界の破壊事案。それこそが現在時臣を悩ませている種だった。

 その狼藉を働いた者の正体は既に判明している。2日前に埠頭付近で派手に暴れた異常者(イレギュラー)の集団―――セイバー、アーチャー、キャスター、そして未確認のエクストラクラスのサーヴァント4騎を引き連れた者達だ。

 

 彼らは時臣が仕掛けた守護結界の場所を事もなげに探り当て、その場の守護をさせていたゴーレムの悉くを破壊した。現在、冬木市全土の霊脈は管理者の保護(プロテクト)が一切機能していない状態―――つまるところ丸裸であり、一定以上の技量を持つ魔術師であればどの場所からも介入できてしまう程に脆くなっていた。

 

 

「(馬鹿な……何が目的だ?)」

 

 その目的もさることながら、その異常なまでの手際の良さも更に時臣を悩ませていた。

 本来、彼が手ずから仕上げた結界は正攻法で攻略しようとすれば一つを解除するだけでも1年は掛かるような代物だ。歴代の遠坂が積み上げてきた技術が集約していたのだから、当然と言えば当然である。

 だが、彼らは市内に設置していた複数の結界を僅か数時間で全て解除・破壊してみせた。恐らくはキャスターのサーヴァントが関わっていたのだろうが、それを踏まえても異常なまでの速さである。

 

 ―――彼は知らない。結界の解除を執り行ったキャスターのサーヴァントが、遠坂家の術式の全てを知っており、その攻略方法に至るまでの全てを理解していた人物であったなどとは。

 

 

 当初、時臣はこの事件も公にして連続誘拐事件を発生させているキャスター諸共他のサーヴァントに討伐させようと目論んでいたのだが、それはすぐに悪手だと分かり、断念せざるを得なかった。

 

 なぜならそれは、セカンドオーナーとしての失態を公表するのと同義であったからだ。

 霊地の守護を破られ、丸裸にされたなどという情報が外部に漏れ出れば、魔術協会内での―――否、魔術師界隈での遠坂家の名声は地に落ちる。

 それだけは、何としても避けねばならない。たとえこの聖杯戦争を勝ち抜いて聖杯を手にし、『根源』に至る事ができたとしても、土台となる家が落伍者も同然の烙印を押されてしまったら元も子もない。

 

 しかし、早急に対処しなければならないのもまた事実であった。この状態が長引けば、間桐の翁やアインツベルンのマスター、そして時計塔の一級講師であるロード・エルメロイもこの事態を察するだろう。そうすれば、どのような事態になるか分かったものではない。

 だからこそ時臣は、自らのサーヴァントにこの事態を招いた者達の処理を行わせようとした。アサシンが決定打になり得ない以上、そうする以外に方法はない。

 だがそれは、生半可な事ではないという事も当然分かっていた。

 

 

「王たる(オレ)を呼び出すとは、いよいよ貴様の不敬も極まったか? 時臣」

 

 金色の粒子と共に時臣の眼前に現界したのは、黄金の鎧を身に着けた長躯の人物。

 尊大たる口調、全てを俯瞰するような化外の真紅の双眸。そして全身から充溢する王気(オーラ)。生まれながらの裁定者であり、生まれながらの王。嘗て都市国家ウルクを治め、この世の全ての財を手にした原初の王。

 

 英雄王ギルガメッシュ―――それが時臣が『この世で初めて脱皮した蛇の抜け殻』という聖遺物を以て召喚した英霊だった。

 

「英雄王、些事で御身のお手間を煩わせた事には深くお詫び申し上げます。……ですがどうか、お耳を拝借して下さりますよう」

 

 椅子から立ち上がった時臣が深く頭を下げると、数秒程の沈黙があった後、ギルガメッシュは双眸を伏せた。

 

「許す。だが二度はない事を忘れるなよ時臣。その時は貴様の死を以て処する事とする」

 

「はっ、畏まりました」

 

 関係上は従僕であるはずのサーヴァントに対して必要以上に(へりくだ)った態度であったが、元々貴族である時臣にとって”王”たるギルガメッシュは単なる従僕ではない。まさしく賓客としてもてなすべき相手であった。

 尤も、そうでなくては時臣の生はとうに絶たれていただろう。ギルガメッシュにとって、遠坂時臣という男は些か以上に面白みに欠ける男だった。

 しかしながら臣下としての礼を尽くし、魔力という貢物を欠かさない彼を頭ごなしに断罪するのは、それこそ王としての矜持に関わる。―――そう言った意味で、この二者の関係はお世辞にも良好とは言い難かった。

 

「近頃、宵に紛れて御身の庭を荒らす害獣が徘徊しております。誠に不躾であると理解しておりますが英雄王、御身にこの者達の誅戮をお願いしたく―――」

 

「時臣、貴様は(オレ)猟犬(イヌ)の役目を与えると言うか? せせこましい(アサシン)らではなく、(オレ)を野に駆り出すと?」

 

「ッ‼ 滅相もございません‼」

 

 目に見えて機嫌が悪くなるギルガメッシュを諫める意味合いでも、時臣は懇願するように言葉を繋ぐ。

 

「彼奴らは複数のサーヴァントを擁する異常者です‼ 並の者共では歯が立たぬでしょう。故にこそ、御身の力をお借りしたいのです‼」

 

 その真意を以てしての懇願が果たして英雄王に届いたのか、ギルガメッシュは眉間の皺を崩さぬままに再び口を開いた。

 

「ほぅ、つまり時臣、貴様は領土を闊歩する夷狄らを討つには(オレ)でなくてはならんと、そう言うのか」

 

「然様でございます。御身がおられる地を穢す逆賊どもを討てるのは、王の中の王たる貴方様しかおられませぬ」

 

「フン。―――して時臣、(オレ)の言葉を覚えているか?」

 

「は?―――」

 

 漸く話が通ったと、そう安堵したのも束の間。徐にギルガメッシュから投げかけられた言葉に、さしもの時臣も疑問符を付けて返さざるを得なかった。

 

 その直後、煌びやかな黄金に彩られた一振りの剣の切っ先が、時臣の首の皮に触れる寸前の場所に現れた。

 

「え、英雄王‼ これは―――」

 

「『二度はない』と、(オレ)はそう言ったはずだ、時臣。成程、確かにこの世の全ては(オレ)の庭だが、この地は貴様が領主として治めている。貴様(領主)が招いた不始末を(オレ)に拭わせるなど、万死に値する不敬であるぞ‼」

 

 原初の王とは絶対なる裁定者。それに異論を挟む余地などはない。

 だが、領主としての責務を果たせない無能な臣下など、彼の治める国には必要ない。加え、その不始末を王に擦り付けようなどとした場合には、尊大な彼が憤懣を爆発させるのも無理からぬことであった。

 

 知らずの内にギルガメッシュの怒りの琴線に触れた時臣は瞬時に死を幻想した。如何に腕前に覚えがある魔術師であっても、精霊の域にまで達した英霊にとっては殺すのに容易い存在である事に変わりはない。

 しかし、その一触即発の状況が僅かに続いた後、時臣の首元に突きつけられていた剣は、途端に粒子となって消滅した。

 

「……本来であれば貴様の首になど如何ほどの価値もありはしないが、ここで貴様を誅せば(オレ)の現界に支障を来たすのもまた事実。感謝するが良い時臣。貴様が貢ぐ魔力に免じて、この場は矛を収めておいてやろう」

 

「…………」

 

「だが今後(オレ)を些事で煩わせるならば、貴様の命は確かに潰えると覚悟しておけ」

 

 そう言い残し、ギルガメッシュは再び霊体化して書斎から去って行った。残された時臣は、濃密な殺意から解放されると同時に、床のカーペットの上に膝をつく。

 

 

「何故……何故このような事になった……ッ」

 

 準備には幾年もの時間を費やし、少なくない量の資金も惜しげもなく投入した。結果として絶対最強とも言えるサーヴァントを呼び出す事に成功したというのに、御するどころかまともに動いてさえくれない。

 彼の描いていた戦局とは余りにも乖離しすぎていたその現実を改めて突き付けられ、時臣は更に頭を抱える事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒトの死は決して高尚なものではない―――それが理解できたのは果たしていつの時だったか。

 

 オルレアンか、或いはセプテムか。いずれにせよこれまで訪れて来た特異点の地に於いて、”ヒトの死”というものは否応なしに見て来た。

 戦場で死ぬ兵士、骸骨兵に惨殺される兵士、ゴーレムに押し潰される兵士、キメラに、ワイバーンに喰い殺される市民もいた。それが望んだ死であったか、或いは望まぬ死であったかなど大して問題ではない。

 

 だが、どれほど誇り高くあろうとも、どれだけ無念であろうとも、死というものは等しく、そして無惨に訪れる。

 だからこそ、高尚なものではない。少なくとも、戦士ではない自分は、死が尊いものだとは思えない。―――それが岸波白夜が悟った答えの一つだった。

 

 

「……酷い」

 

 そんな解答を得た彼であったとしても、その光景はそう称するしかなかった。

 

 下水道網の最奥にある貯水槽。歩いた際にピチャピチャと靴底が音を立てる程度にしか水が入っていないそこには、濃密な血の臭いが充満していた。

 そこにあったのは、得体のしれないモノの数々。恐らくは元が”ヒト”と呼ばれていたものであろうそれが、そこかしこにまるで雑貨屋のように並べられていた。

 生首を頭頂部に括りつけ、人骨で骨組みを作った傘のようなものがある。引きずり出された腸に符丁が書き加えられ、音楽器のように仕立て上げられたものがある。いずれもが、悪趣味と誹るのも忘れて呆けてしまうような慰み物の数々だった。

 

 湧き上がって来たのはどうしようもない不快感と、胃の奥からせりあがってくる嘔吐感。それを呑み込む事ができたのは、偏に様々な修羅場を潜り抜けて来た賜物と言って差し支えがなかったが、この時ばかりは全てを吐き出してしまいたかった。

 ヒトの感覚、趣味嗜好は人それぞれだ。時代や世界観が変われば、それだけで”普通”の在り方は変わってくる。

 それを白夜は否定する気はない。自分の感覚こそが絶対的な価値観だと思う頭の固い考え方では、到底英霊たちとは分かり合えない。だからこそ彼は、より多様な価値観を引き入れ、それを理解する術に長けていた。

 

 しかしだからと言って、このような所業を”善”と言い切る価値観に迎合する気は全くなかった。ヒトの死は高尚ではないかもしれないが、ヒトの生き方は高尚であって欲しいと思っている。

 間違っても、このように道具もかくやの扱いをされて終わって良いものだとは思えない。

 

「マスター、キャスターの正体はまだ言っていなかったな。……尤も、君ならばこの惨状を見れば自ずと分かってしまいそうだが」

 

 さりげなく声を掛けてくる孔明の声に、機械的に頷いてしまう。

 改めて、連れて来たアーチャーがエミヤで良かったと思う。彼もこの惨状を見て憤懣やるかたない感情を抱いているだろうが、恐らく制御は効いているだろう。まかり間違ってアタランテなどを連れてこようものならば、彼女は見境もなく激情を撒き散らしていたに違いない。

 

 

「なんと惨い……死体をこのような慰み物にするとは。しかも、まだ幼子ではないか」

 

「フン、道理も弁えぬ下種めが。このような人間が聖杯に選ばれたなどと、程度が知れるというものだ」

 

 ランサー陣営もこの惨状に各々思うところはあるらしかったが、しかし今はこの状況について論議している暇などなかった。

 崩れかかった調子を引き戻し、貯水槽の奥へと目を向ける。そこからは、一人のサーヴァントが這い出るようにして現れた。

 

 

「おのれ……我らが美の探求を阻む蒙昧共めがぁ‼ さては貴様らも、我が聖処女の覚醒を阻むつもりかァ⁉」

 

 唾を吐き散らし、憤死もかくやという表情で捲し立てるのは、ローブを身に纏い、奇怪な首飾りを纏った巨躯のサーヴァント。

 見覚えがある、などという話ではない。一度はかのオルレアンの地で戦ったこの人物こそは、晩年に黒魔術に傾倒し、己の領地の幼子たちを8年に渡って虐殺し続けた”聖なる怪物(モンストル・サクレ)”。

 

「ジル・ド・レェ元帥……やっぱり貴方か」

 

 白夜の呟きに似た声は、無論のことジル・ド・レェの耳には入らない。しかし、ケイネスが己のサーヴァントの特徴を以て策を練るには、それは充分な情報だった。

 

「”青髭(ブルー・ビアド)”―――成程、ならば生粋の魔術師の英霊ではあるまい。まぁ、それ程度はこの工房の杜撰さを見れば自ずと知れるがな」

 

 本来、キャスターというクラスのサーヴァントはクラススキルである『陣地作成』と『道具作成』を用いて”工房”または”神殿”を作り上げるのが常だ。

 こうして作り上げられた拠点はまさしく鉄壁の様相を呈しており、スキルランクの度合いにもよるが、対魔力の低いサーヴァントでは決して突破できないような造りとなっている。偏に防御に徹すれば7騎の中でも最強と呼ばれる所以だ。

 

 だが、ジル・ド・レェは生粋の魔術師ではない。晩年になって黒魔術に傾倒したものの、それすらも本来の魔術とは言い難いものだった。

 彼が元帥時代のセイバーだけではなくキャスタークラスの適性も持っている理由は、彼の盟友であるフランソワ・プレラーディから譲られた魔導書―――つまり宝具の力によって適性を手にしたタイプのサーヴァントであった。

 

「ケイネス卿、ヤツの宝具は無制限に海魔どもを召喚します。長引かせるのは得策ではないかと」

 

「分かっている。醜悪な魔物を召喚する魔導書など視界にすら入れておく価値はない。ランサー‼」

 

「はっ‼」

 

 

 『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』フランソワ・プレラーディがイタリア語に訳したかの有名なルルイエ異本こそが、彼の宝具である。

 それ自体が魔力炉を内蔵した魔導書であり、所有者の技量に関係なく魔導書そのものが大魔術・儀礼呪法を代行し、深海系の海魔の召喚が可能という強力な宝具である。

 ランクにしてA+の大軍宝具。呼び出す海魔の一体一体の強さはサーヴァントとは比べるべくもないが、それが数体、数十体と同時に襲い掛かってくれば厄介な事この上ない。

 

「マシュ、ランサーの援護を‼ 道を切り開いてくれ‼」

 

「了解です、先輩‼」

 

「おのれおのれおのれェ‼ やはり邪魔立てするかこの匹夫共めがァ‼」

 

 絶叫と共に召喚されたのは十数体の大型の海魔。

 悍ましい形の触手を伸ばして攻撃してくるそれを、しかしマシュとディルムッドは戦意を失わずに迎え撃った。

 大盾を横に薙いだ一撃が、迫りくる触手を潰し斬る。ディルムッドが振るう赤槍と黄槍の穂先が海魔の中心を抉り撃つ。標的への到達は、もはや時間の問題かと思われた。

 

「潰せええェェェっ‼ 我が僕らよ、その悪逆らを捻り潰せええぇぇッ‼」

 

 しかし、この宝具の真価はまさしく厄介なところにあった。

 オルレアンで対峙した時もそうだったが、この宝具によって召喚された海魔は僅かなインターバルで再召喚が可能なのだ。屍になった海魔の肉を贄にする形で。

 彼の地ではその様子が不快でたまらなかったらしい清姫が宝具を使って玉座の間諸共灰燼に帰してしまったのだが、生憎今、こちらには大軍宝具持ちのサーヴァントはいない。

 更に言えばここは、水深こそ極端に浅いが”水辺”である。水の属性を持つ海魔の再召喚までの早さも以前より早かった。

 

「(これは……このままじゃマズいかな)」

 

 現状ではまだマシュもディルムッドも疲労の色を見せていないが、このままでは埒が明かない消耗戦に陥る可能性が大である。

 そうなってからでは遅い。どさくさに紛れてキャスターに逃走を許してしまう可能性もある。

 

『アーチャー、ごめん。作戦を一部変更する』

 

 その為白夜は、迷うことなくエミヤと念話を繋いだ。念話を繋がれた当人も、然程驚いていないというような雰囲気で耳を傾ける。

 

『一撃。キッツイのを撃ち込んで。キャスター本人には当てなくていいから、宝具に繋がるルートを、一直線に』

 

 そのお膳立てさえすれば、後は気付いてくれる―――そんな言外の言葉が聞こえたような気がして、エミヤは霊体化をしたままに思わず苦笑した。

 

『了解した。マスター』

 

 そしてエミヤは、ケイネスとランサーの二者の視線が死角になる場所に実体化し、黒弓を取り出した。

 精製するのは剣先が捩れ狂った奇妙な形状の剣だった。引き伸ばされ、”矢”としての形状を獲得した後であればそれは決して奇怪なモノではないが、それは間違いなく、この世に実在した剣の複製物である。

 アルスター伝説に名を馳せる剛力無双の英雄、フェルグス・マック・ロイが携えていた螺旋剣。そのひと振りは丘を三つ切り裂いたとも謳われるそれこそは、地形破壊をも可能とする虹霓(こうげい)の剣。

 

I am the bone of my sword(我が骨子は捩れ狂う)

 

 引き絞られたそれは、ギチギチと魔力の渦を集約する。そして―――

 

”偽・螺旋剣”(ガラドボルグ)

 

 放たれた瞬間、それは一直線に空気を裂いた。

 贋作とはいえ、その貫通力は伝承のそれに僅かしか劣らない。無論、宝具の力で生み出されたとはいえ、ただの海魔如きが阻めるようなモノではなかった。

 肉壁のように折り重なった海魔の体を文字通り抉り飛ばして、そこに一筋の道ができた。

 

「ッ⁉」

 

 ケイネスは、その状況を目の当たりにして一瞬ではあるが動きを止めた。

 しかし、すぐに”危機はない”と判断し、ランサーに突撃の指示を送る。もし今の一撃が自分らを仕留めるためのものであったならばキャスターを相手にしている場合ですらなかったが、生憎と”それ”が狙ったのはキャスター本人の場所までを繋ぐ一本道。それさえ分かれば、少なくともこの場では気に掛ける事ではない。

 逆に、この機を逃す事の方が愚鈍である。ランサーに命じたのは、キャスターの宝具『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』の破壊だった。

 

 家柄のみならず、魔術師としても一流の腕前を持つケイネスは、この海魔召喚のカラクリを立ちどころに理解した。折りしも彼は”風”、そして”水”の二重属性を扱う魔術師である。降霊科(ユリフィス)に在籍していた経歴もある以上、使い魔の使役にも一家言がある人物だ。

 そんな彼から見れば、宝具そのものが魔力炉として機能し、それ自体が海魔の召喚を行っているという事は目にした瞬間に理解していた。後は、それそのものを破壊してしまえば召喚術式は成り立たなくなり、使い魔も全て消滅するだろう。

 

 幸運にもランサー、ディルムッド・オディナの宝具の一つである赤槍『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』は、その槍の穂先に触れた対象の魔術的防御を無効化するという能力を持っていた。魔力の塊である彼の宝具を破壊するのに、これ程相応しいモノはないだろう。

 

「穿て‼ 『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』‼」

 

「ヒ―――イッ‼」

 

 ディルムッドの敏捷値はA+。それを活かして行われた攻撃を、キャスターであるジル・ド・レェが躱せるわけもない。紅の槍の穂先は魔導書を穿ち、直後海魔の群れは水の中の放り込まれた泥の如く形を保てなくなり消えて行った。

 しかし、それで終わりではない。次いで左手に携えられていた黄槍の穂先が、今度はキャスターの心臓を深々と抉った。

 

「カ――――はっ―――」

 

 キャスターの口から、息と共に鮮血が吐き出される。もし彼に治癒魔術の心得があったのだとしても、それは既に時遅し。この黄槍に穿たれた時点で、その傷はもう治癒を受け付けないのだから。

 それこそがディルムッドの第二の宝具。『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』の能力である。この槍の穂先で付けられた傷は、槍そのものが破壊されるか、ディルムッドが消滅するまで決して癒される事はない。

 

 いずれにせよ、先の一撃で心臓―――霊核を貫かれたキャスターは、消滅の憂き目を免れる事はできなかった。

 

「お、のれぇ……神はまた、私を玩弄するというのか……我が麗しの、聖処女よ……申しわけ、ありま……」

 

 言葉を言い切る事もなく、キャスターのサーヴァント、ジル・ド・レェはこの世から消滅した。

 

 その”聖処女”が何を意味するか―――それが分からない白夜ではない。ともすれば話し合う機会がゼロだったとは限らないが、それでも彼の悪辣な趣向を止められたとは断じて思わない。

 ランクにして最高位のAランクの『精神汚染』スキル。それが付加されているだけでも絶望的であった上に、彼はこの冬木で無辜の命を弄び過ぎた。彼は生前の晩年期に行った虐殺の嵐を、あろうことか再現してしまったのだ。

 ジャンヌ・ダルク―――彼女が”魔女”として処刑されたという史実が、これ程までに彼を狂わせた。オルレアンで相対した時もそうだったが、彼はただひたすらに、輝かしい彼女を愛していただけなのだ。

 

 だが、どれだけ言い繕おうとも、この惨劇を贖う理由にはなりはしない。

 この少年少女たちは、何の罪もありはしなかった。この場所に連れて来られさえしなければ、今夜も家族と一緒の家のベッドで安眠していたのだと思うと、更にやるせなくなる。

 

 

「―――さて、これで脅威は退けたわけだ。これで令呪を得る権利は得たわけだろう?」

 

「……確かに。ケイネス卿には早速冬木教会へ赴き、追加令呪の要求をしていただくのが得策かと。我々は事後処理に当たらせていただきます」

 

「ふむ、そうだな。共闘に免じて”伏兵”を忍ばせていた事については不問としよう。では、また後ほど」

 

 そうしてやり取りを交わし、ケイネスはその場を去って行った。ディルムッドは僅かに顔を伏せて複雑な表情を浮かべていた白夜を気遣うような視線を送っていたが、マシュが一礼をすると、そのまま主に着き従うようにして貯水槽を去っていく。

 

 それを見届けてから、マシュは視線を下に落としたままの白夜の傍に駆け寄った。

 

「先輩。どうか、気を落とさないでください。私たちだけでは、どうにもならなかったんです」

 

 それは諦めたような口調ではあったが、声色には悔しさが滲み出ていた。

 この感覚を、決して忘れてはいけない。慣れてはいけない。人が死ぬという光景を”当たり前”だと思ってしまった瞬間に、自分が自分でなくなってしまう。―――そう白夜は自分で言い聞かせ、それを詭弁と嘲る事は一度もなかった。

 ふとしゃがみこみ、足元に流れて来たそれを拾い上げる。それは、恐らく犠牲になった子供の誰かが持ち込んでしまったのであろう、ぬいぐるみだった。

 

「……立ち止まれない。俺たちは、立ち止まるわけにはいかない」

 

 そして白夜は、孔明にこの場所を丸ごと焼却できないかと申し出た。

 皮肉ではあるが、燃やすための”燃料”は()()()()()()()()()()。水場であるという事が多少の弊害ではあったが、孔明はそれを聞いた直後、懐からとある魔道具を取り出した。

 

「魔術師が研究成果の隠蔽に使う魔道具だ。原理は軍隊が使う焼却材と同じだが、魔力を帯びている分、水辺でも使用可能だ」

 

 憑依召喚で英霊になったとはいえ、孔明の『道具作成』スキルはBランク。この程度の魔道具の作成など朝飯前であった。

 孔明はそれを、そこいらに転がっていた”ヒトであったモノ”に振りかけた。直後、青い炎が煌々と燃え上がり、水分の存在などお構いなしに燃え移っていく。

 彼は淡々と、それこそ作業のようにそれをこなしたように見えたが、横顔を除き見ると眉間に刻まれた皺はいつも以上に深かった。

 

 白夜は、燃え広がるその炎の中にボロボロになっていたそのぬいぐるみを投げ入れた。鎮魂の灯明になどなりはしないが、この自己満足の行いが、少しでも彼らの魂を安らかにできればと、そう思わずにはいられない。

 

「―――行こう」

 

 白夜はそう言って、貯水槽に背を向けた。

 その瞳には、後悔の念など僅かも残されてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Q:時臣ィ……
A:別にトッキーに個人的に恨みがあったわけじゃないっすよ? ただこの状況でギルさん動かそうとしたらこうなるだろうなって思って。

Q:け、ケイネス先生が有能だと⁉
A:いや、この人普通に有能だと思いますよ。ただちょっと自尊心が高すぎて慢心したり調子乗ったりするだけで、自分のペースでいて冷静なうちは有能だと思います。

Q:ジャンヌ・オルタ連れて来たらどうなっただろうか。
A:まぁどうなっても最終的に火刑は免れない。

Q:征服王出ないのかよ。
A:次回まで待って‼
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。