Fate/Turn ZeroOrder   作:十三

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ACT-9 「ゴールデンタイムラバー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖杯戦争開催中の最中でも、昼間の冬木市は変わらぬ日常を描いている。

 

 郊外の山間部を降り、マシュや霊体化しているエミヤ、アルトリアらと共にバスに乗って深山町から冬木市新都に辿り着いた白夜は、駅前近くのコンビニエンスストアで地元紙の新聞をまずは購入した。

 支払いの際に1000円札を出そうとして、1994年ではまだ肖像画が野口英世ではなく夏目漱石であったことを思い出し、危うく偽札呼ばわりされそうになるなどハプニングはあったが、マシュと共に飲み物を購入してから近くの広場のベンチに座って新聞を広げる。

 

 3日前の海浜倉庫街の一件が都市ゲリラの一種としてとことんまで事実を歪曲した状態で市民に伝わっていたのは知っていた。

 そして今回、昨夜の未遠川河口付近での一件はと言えば、地下水路内にある揮発性の高い化学薬品が送電線のトラブルに抵触して大爆発を起こした、という線で対処する事となったらしい。

 

 この手際を見る限りでは、監督役の手腕は実に見事だと言わざるを得ない。戦闘が起こる度にテロ疑惑やら爆発事故やらの報道が飛び交う中では冬木市民も安心して寝られないだろうが、そこは「ご迷惑をお掛けしてすみません」と心の中で謝る他なかった。

 

 児童の連続誘拐事件も、犯人が警察が乗り込む前に自殺したという運びで事を収める事になったらしい。

 2日前の夜、白夜達が遠坂凜やその友人の女の子たちを助けた例だけが生存報告として挙がっており、他の児童たちは全て悪辣な凶行によって既に死亡していたと発表されていた。

 無論、児童の保護者らの怒りはそれで済む筈もなく、冬木市の警察署は今現在も対応に追われている最中だろう。

 まさか犯行に人外の者らが関わっていたなどという事は、保護者達どころか警察関係者もほぼ知らされていない。貧乏くじを引かされて胃の痛い思いをしている警察署の人々に向けて、白夜は心の中で合掌を捧げた。

 

 

 

 白夜達の眼前を行き交うのは、スーツに身を包んだサラリーマンたち、昼食の材料を買いに来た主婦たち、土曜日である為に午前中で授業が終わり、集団下校する子供たちなど様々だ。

 彼ら一人一人に、生活があり、命がある。もしも『この世全ての悪(アンリマユ)』とやらが聖杯から漏れ出て街を覆い尽くすような事があれば、彼らの日常も命も、塵のようにあっけなく散ってしまうだろう。

 

 自分たちの行動如何によって、その運命は分岐する。責任が双肩に圧し掛かる。

 それが重くないと言えば嘘になる。人理が焼却された中、カルデアに存在する唯一のマスターとしての責務を考えると、やはり心は晴れないものだ。

 

 

「先輩?」

 

 そんな事を考えていると、ペットボトルの炭酸飲料を飲んでいたマシュが徐に顔を覗き込んできた。

 思えば、彼女との付き合いも長い。時間に換算すれば約1年ほどに過ぎないが、それでも共に駆け抜けてきた特異点の地を思い返してみると、やはり長いと思う。

 

「いや、ね。随分マシュとの付き合いも長いなーって思って。思えば遠いところに来たなぁ」

 

「そう、ですね。最初私はただのカルデアの研究員で、先輩は一般枠のマスター候補で……それがまさかマスターとサーヴァントの関係になるなんて思いませんでした」

 

「最初はマシュだけだったのに、気付けばサーヴァントだけで80人以上の大所帯だもんなぁ。皆俺みたいなのと一緒に歩んでくれて、感謝感謝だよ」

 

「……そんな事はありませんよ、先輩」

 

 苦笑しながら自虐気味にそう言うと、マシュは少しばかり真剣に、しかし優しい笑みを浮かべてそれを否定した。

 

「先輩は、自分を卑下しすぎだと思います。私は先輩がマスターで本当に良かったと思ってますし、多分他の皆さんも同じです。

 本当に私たちの事を分かってくれていますし、分かろうと努力してくれています。どんな過去を持ってるサーヴァントでも理解しようという気持ちを絶対に忘れない……それが何より一番嬉しいんだと、そう思います」

 

「…………」

 

「それに、先輩は凄いじゃないですか。武人系のサーヴァントの人達も認める戦術眼と観察眼、それに洞察力があります。絶対に努力する事を忘れませんし、何より私達(サーヴァント)の事を信頼して全てを任せてくれます。それに……い、いつも優しいですし、頼りになります。そんな先輩だから私は―――」

 

「え?」

 

「っ―――‼ な、何でもありません‼ と、とにかく‼ 先輩は凄く頑張っていると思いますし、私たちに不満はありません。もし一人で何かを考え込んでいるのなら……私達にも相談してください。

 ドクターやダ・ヴィンチちゃん、他のサーヴァントの方々も、皆先輩の力になりたいと思っているんですから」

 

「そう、か。……あー、やっぱり俺ってホントに馬鹿だなぁ」

 

「えぇ⁉」

 

「カッコ付けて悪い癖が出た。色々あるとどうしても一人で悩んじゃうんだよなぁ」

 

 そこはまだ、一般人としての悪い癖が抜けていないと自分で反省する。

 自分の無力さを感じたり、世の不条理さに直面したりすると、やはりどうしても悩んでしまう。自分がもう少し頑張っていればどうにかできたのではないかと、そう思ってしまうのだ。

 

 しかしそれは、傲慢であるとも言える。元より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 それを白夜は、サーヴァント達を見て理解した。死した後に英霊の座にまで祀り上げられた彼らですら、成し遂げられなかったコトがある。強者ではあるが万能ではなく、果たせなかった事、護れなかったものが存在する。

 であれば、自分ができない事があるのは当然の事だ。大切なのは、成し遂げられなかった後に”どうするか”である。

 

 嘆く前に前を見る。救うべきものはまだまだ目の前にあり、過去に引きずられ過ぎていれば、これから救えるはずのものですら取りこぼしてしまう。叶えられるはずの夢も叶えられず、果たすべき事も果たせない。

 だからいつだったか、自分は前を見据え続けると決めた。立ち上がり、顔を上げ、前を見据えてひたすら歩く。

 だがそれは、たった一人で為すべき事ではない。横には、後ろには、共に歩んでくれる”仲間”がいる。一人で抱え込み続けるのはお門違いだ。

 

 

『悩む事そのものは悪い事じゃあない。君はまだ若く、そして生きているんだ。考え、悩む事は義務のようなものだよ、マスター』

 

『貴方の人生は、貴方だけの物語です。貴方が旅の中で一人で歩めない時が来たのなら、その時はいつでも私たちを頼ってください。その為の存在(サーヴァント)なのですから』

 

 嘗ての人生の中で悩み、後悔し、挫折し、しかしそれでも前を向いて歩き続けて果てた彼らの言葉も聞いて、白夜は良い笑顔を浮かべてからベンチを立った。

 

「―――よし、ウジウジ悩むのはとりあえず止めだ。マシュ、どこか行きたい所とかない?」

 

「えっ? わ、私ですか?」

 

「うん。久しぶりに現代に近い場所にレイシフトできたしね。いつも頑張ってくれてるお礼に」

 

 そう言って白夜が視線を向けた先にあったのは、1年前に完成したばかりの大型ショッピングモール。時代が時代な為、流行りの服などはないだろうが、それでも何かをプレゼントする事くらいはできるだろう。

 

 因みにレイシフト先で使用されている通貨は、自前のQPを元に変換している為、普通の買い物で足りなくなるという事はない。1000円札が野口英世、5000円札が樋口一葉のままなのは、恐らくロマンが素で間違えたせいである。

 

 しかしマシュの事だから遠慮などしてもう一悶着あるかと思ったが、意外にも「わ、分かりました」とあっさりプレゼント()()()()()()事を認めてくれたので、少しばかり呆気にとられたのもまた事実だった。

 

「それじゃあ先輩、私、色々と見て回りたいです」

 

「分かった。それじゃあ行こうか」

 

 心なしかワクワクしているようなマシュが先導するような形で、ショッピングモールの中に入っていく。

 本来ならば一刻の猶予もないような状況ではあるが、この束の間のひと時だけは平和であってくれと、そう白夜は思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 ウェイバー・ベルベットは、有体に言って不機嫌だった。

 

 今日も今日とて、昨夜軽く死ぬ思いをして帰ってきた寄生宅のベッドで泥のように眠り、昼近くになって漸く目が覚めたかと思えば、ベッドの近くで煎餅を齧りながら『ホメロス』の頁を手繰っていたライダー・イスカンダルが、ウェイバーが起きたのを確認するなり「街に出るぞ」などと言って来たのだ。

 

 彼の手の中にあるハードカバーの分厚い『ホメロス』の詩集を図書館から強奪した時のように、彼の行動はいつだって唐突だ。

 その豪放磊落な行動を予測する事はできず、最近では予測しようとする事すら面倒になってきた。ついでに言うと、その提案を面倒くさそうに断ると途轍もない威力のデコピンが飛んでくるため、痛い思いをしたくないというのと、何より日が暮れるまで特にする事もなかったという事で、渋々ながらライダーの破天荒な行動に付き合う羽目になったのだ。

 

 とはいえ、深山町のそれほど賑わってもいない商店街を冷やかすつもりもなく、自然と足は新都の方に向いていた。

 イスカンダルは勝手に通販で購入したゲームのタイトルロゴ入りの巨大なシャツとジーンズに身を包み、人目も憚らず現界している。最近では、暗示を掛けて潜り込んだマッケンジー宅の老夫妻とも何故か一瞬で打ち解けるという離れ業も披露してみせた。

 

 

「ふむ、成程。これが当世の流行りの()()()()()()というヤツか。おい坊主、この毛皮付きの外套など中々良いとは思わんか?」

 

「おまっ、それとんでもなく高いブランドもののコートじゃないか‼ そんなん買ったら僕は財布の中が空になるどころじゃなくなるぞ‼」

 

「器が小さいのう貴様は。王の外見を飾るのは義務のようなものであろうが。せせこましい金の使い方などしておっては、民の暮らしも良くはなるまい」

 

「今被害被ってるの僕だけだろうが‼ ただでさえオマエはゲーム買ったり変な本買ったり、僕の財政事情を逼迫するような事しかしてないんだから、少しは大人しくしろぉ‼」

 

「やれやれ、つまらんのぅ」

 

 2メートルを超える筋骨隆々の大男と学生風の少年がアーケードを練り歩く姿は傍から見ても異様な風景ではあったが、その外見があからさまに外国人であったのと、捲し立てている言語が英語であった為に、彼らに話しかけようという勇者は現れなかった。

 

 そんな感じで数時間程あてもなく歩き続けていると、不意にイスカンダルが声を掛けてくる。

 

 

「ふむ、そろそろ昼時か。坊主、どこか適当な店に入るぞ」

 

「ん……ま、まぁ確かにお腹空いて来たな。これだけ大きいショッピングモールだったら、そこらの案内板見れば店なんてすぐ見つかるんじゃないのか?」

 

「おお、これか。むぅ……」

 

 そうして案内板を凝視する事数分。イスカンダルは施設図の一角を指さしてニヤリと笑った。

 

「スシにテンプラ、ソバとやらも捨てがたかったが、余はこの店が気に入ったぞ」

 

「なになに? えっと……”お好み焼き”? なんだそれ」

 

 親切にも英語表記があった案内板のお陰で言葉だけは理解できたが、それがどういった食べ物なのかは分からなかった。

 

「うむ。余も分からぬ。”スシ”やら”テンプラ”やらはこの間テレビで出ておったがな」

 

「どういう物か分からないものを敢えて食べに行くのかよ……」

 

「当然だ。異国ならではの食文化は未知であればあるほど堪能し甲斐があるというもの。というわけで坊主、早速”えすかれーたー”とやらに乗って3階に向かうぞ」

 

「もうやだこの奔放王」

 

 とはいえウェイバー自身、どういうものを食べたいかという具体的な案はなかったため、促されるままにエスカレーターに揺られる羽目になった。

 そして店の前に着くなりとりあえず品の値段を確認すると、意外とリーズナブルであった事に安堵する。しかしその時には既にイスカンダルは、巨躯を屈ませるようにして和風の入り口を潜っていた。

 

 いきなり外国人二人組が入って来た事に驚いたようなバイトらしい女性店員がしどろもどろになっていると、イスカンダルは流暢な()()()()対応していた。

 これは、聖杯によって現代に現界するにあたって不足しない知識を与えられている為であろう。因みにウェイバーは英語しか話せない。

 

 するとウェイバーは、店内に響き渡るジュウジュウと何かを焼く音と、香ばしい匂いに反応した。どうやら少なくとも食べれないものではないらしいことを何となく理解していると、対応してくれた女性店員によって席に案内された。

 

「あ、お客様。ただ今店内が混んでおりまして……個室にはご案内できないのですが、よろしいでしょうか?」

 

「構わん構わん。むしろ他の客と隣り合わせの方が良い」

 

 赤の他人とコミュニケーションを取る事に一切の躊躇いがないこの大王の事を僅かに羨ましいと思った矢先、一段上がった畳の上の席に案内される。

 そこには木製のテーブルと、その中心に鉄板。恐らくはここでその”お好み焼き”とやらを作るのだろう。

 さてさてどういうものなのかと思い、隣のテーブルに居る客の様子を横目で見たウェイバーは、その瞬間固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むむっ、マスター。この明太子バターも中々の絶品です‼ いやしかしこのエビとシラスのものも捨てがたい……っ‼」

 

「待ちたまえセイバー、それはまだよく焼けていない‼ お好み焼きは焼きあがる前の段階が好きだという輩もいるがな、私の目の黒いうちは断じてそんなマネはさせんぞ‼」

 

「先輩先輩‼ 次は私がひっくり返してみてもいいですか? ちょっとやってみたいです‼」

 

「あぁ、気を付けてねマシュ。それ失敗するとアーチャーがマジギレする可能性がなくもないから。慎重に……って、桜ちゃんこぼしてるこぼしてる‼ 洋服がヤバい‼」

 

「あ……」

 

 

 

 

 たまたま案内された席の隣では、そんな会話を交わしながら賑やかに昼食を取る、昨夜の一時的な同盟相手(+α)の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 遡る事約1時間前。

 白夜とマシュ(+霊体化しているエミヤとアルトリア)はショッピングモールの中を適当にぶらついた後に、書店に辿り着いた。

 深山町ではまず見られない大規模な敷地面積を誇るそこは、多種多様なジャンルの書籍を取り揃えているのみならず、海外の原書も取り扱っている。3フロアに渡って膨大な量の書籍が立ち並ぶ姿に、思わずマシュのテンションも高まっていた。

 

「これは……凄いですね、先輩」

 

「随分と大規模だなぁ。流石副都心、気合の入り方が違う」

 

 2015年にもなれば凡そ様々なジャンルの本が電子書籍で閲覧できるようにはなっているが、それでも白夜は紙媒体の本の方が好みではあった。

 特に真新しい本というのは独特のインクの匂いや頁の手触りの良さなども相俟って特別な感情を抱く。当初はマシュの付き添いだけの筈だったが、いつの間にやら棚から本を取り出してパラパラと捲るようになっていた。

 

 ジャンルは、普段から勉強として読んでいる伝記や神話もの。日本語訳されたものは勿論、時には原書の方にも手を伸ばして目を通していく。

 

 

『マスターも、随分と色々な言語に慣れてきたようだな』

 

 霊体化したまま念話を飛ばしてきたエミヤの言葉に、視線は文字列から外さないまま苦笑した。

 

 母国語の日本語は勿論、カルデアに招聘されるまでに死ぬ気で覚えた英語さえあればなんとかなるだろうと当初は腹を括っていたのだが、実際はレイシフト先で随分とエラい目に遭って来た。

 口で話し、耳で聞く言語はレイシフトの際の機能でどうにか対応できるのだが、書き連ねてある文字はそうはいかない。

 オルレアンではフランス語、セプテムではラテン語、オケアノスでは島に残された解読不可能な古代文字など、散々な目に遭ったのを皮切りに、白夜は拙いながらも現地の言葉を覚えて来た。

 

 特に呼び出した英霊たちの生前を知るために(ひもと)く文書には、多種多様な言語で書かれた原書しか遺っていないものもある。

 それらを読み解くために当初はとても苦労をし、そして今でも苦労の真っ最中である。神代の古代文字など、一生読める気がしない。

 

 ただそれでも、英語やドイツ語、フランス語など、必要最低限取得しておいた方が良い言語に関してはマシになった方だと自覚していた。

 

 

 そうした感じで立ち読みに精を出していると、いつの間にやらマシュが隣に戻ってきていた。買いたい本はあった? とさりげなく訊いてみたが、彼女はゆっくりと首を横に振った。

 

「いえ、本は嵩張りますから。……それにしても、本当に色々な本がありますね」

 

「カルデアには基本的に研究用の資料みたいな本しかないからね。こういう大型の書店は、見回ってみるだけでも楽しかったりするものなんだよ」

 

「成程、そういう楽しみ方もあるんですね」

 

 そう小声で言葉を交わしながらうろついていると、いつの間にやら低年齢層向けの本が並ぶコーナーへとやって来ていた。

 しかし、たかが子供向けの本と侮るなかれ。見て回っていると意外と内容が凝っているものがあったりするのだ。流石に20年近く前の作品ともなればデジタルの方に凝った作品は並んでいないが、それでもあの手この手で子供たちの興味を惹こうとする工夫が見え隠れしている。

 

 するとその一角、うず高く積まれた本に隠れて体までは見えないものの、棚の高い位置にある本を取ろうとして一生懸命手を伸ばしている子供らしい手が視界に入った。

 親御さんは近くにいないのかと一瞬不思議に思ったが、限界まで目当ての本に伸ばされた小さい手がプルプルと震えているのを見て、白夜は自然に駆け寄っていた。

 

「はい、どう―――」

 

 その、小学校低学年向けの童話本をスッと手に取った白夜は、一生懸命手を伸ばしていたその子供に本を差し出して―――そこで動きと表情が固まった。

 

 色素が抜けてしまったかのような薄紫色の髪、余所行きの服と小さな肩掛けのカバンを身に着けたその少女は、しかし真正面から見てみると確かに(うろ)を覗き込んだかのような感覚に囚われた。

 

「ありがとう、ございます……」

 

 少女は、力のない手で本を受け取る。その際に白夜の顔をじっと見て、そして「あ……」と声を漏らした。

 

「朝……カリヤおじさんをたすけてくれたお兄さん?」

 

「あ、うん。まぁ一応そうなるのかな? でもなんで知ってるの?」

 

「カリヤおじさんが言ってたの。親切な人に助けられたって」

 

 含むところのない言葉でそう言われると、少しばかり胸にチクリと来る。親切心があったのは否定しないが、それだけで助けたわけでもないのもまた事実だったからだ。

 

「カリヤおじさん、ときどきすごく大変そうだから……」

 

「あぁ、うん。そうだろうね」

 

 そうして言葉を交わしていると、彼女は何も感情の全てを閉ざしているわけではないという事が分かる。

 少なくとも雁夜の事を話す彼女は彼の事を心配しているのが伝わってくるし、つまるところは彼女はまだ人を思いやる心を忘れていないという事だ。

 

「俺は岸波白夜っていうんだ。呼びにくかったらハクヤって呼んでいいよ」

 

「わたしは、さくら。……「まとう」さくら」

 

「そっか。……あれ? 桜ちゃんは一人でここに来たの?」

 

「……うん。たまにお外に出られるから。でもおじいさまはお外に出ないし、ビャクヤお父様はお酒のんでるし、カリヤおじさんはつかれて寝ちゃってるから」

 

 齢6、7歳の女の子を一人で隣町まで放り出すというのは現代の観点から照らし合わせれば余程の放任主義に見えるが、実際はそんな事はないだろう。

 白夜は桜と他愛のない会話をしながら、裏ではエミヤ、アルトリアと念話を繋いでいた。

 

『アーチャー、セイバー。近くに()()?』

 

『あぁ。一般人を装っているが、雰囲気を隠しきれていないな。そのフロアの出入り口に数名、魔術師がいる。まぁ間違いなく間桐の手の者だろう』

 

『実力としてはそれほどでもなさそうですが、戦い慣れてはいそうですね』

 

 予想通り、間桐の手の者が隠れて桜の監視をしている事は分かった。

 この段階で姿を現さないという事は、彼らもこちらを警戒しているのだろう。恐らく間桐臓碩から何らかの情報を得ているに違いない。

 

 白夜はまだしも、マシュから発せられる魔力が尋常でない事から、サーヴァントである事くらいは分かっているのだろう。

 ならばと、白夜は二人に指示を出した。

 

『アーチャー、セイバー。どっちか催眠系の魔術使えない? 彼らの意識を逸らせればそれでいいから』

 

『ふむ、私は専門ではないからよした方がいいだろうな。セイバー、君はどうだ?』

 

『生前、マーリンから教わった中にそういったものがありました。セイバーのクラスで召喚されてる影響もあって過信はできませんが……まぁ、あの程度の輩であれば問題ないかと』

 

『じゃあお願い。ひとまず周囲に警戒させるために二人とも実体化してもらいたいんだけど……私服あったっけ?』

 

『あぁ、レイシフト前にドクターが用意してくれた。私とセイバーの分をな』

 

『そんじゃ、お願い』

 

 そうして念話を切ると、桜の興味はマシュの方へと向いていた。

 

 

「初めまして桜さん。私はマシュって言います」

 

「マシュ……がいこくの人なの?」

 

「はい。少し遠いところから来たんです。えっと……あ、この辺りからですね」

 

「ひこうきに乗ったの?」

 

「え、えぇ。まぁ、そんなところですね」

 

 カルデアの場所を一般人に教えていいのかどうかという疑問はあったが、孔明曰くこの世界にはそもそもカルデアという施設そのものが存在していないらしく、秘匿という面でも問題はなかった。

 児童本コーナーに張り付けてあった世界地図を前に微笑ましい会話をしている二人を見ながら、白夜は改めて間桐桜という少女について再考し始めた。

 

 

 エミヤの話を聞いた限りでは、彼女は一人で街に出てくるなどというアクティブな性格ではなくなってしまっているだろうと予測していた。

 それこそ身も蓋もない、更に言えば血も涙もない言い方をすれば、そうした欲求さえ削り取られてしまっているだろうと勝手に思い込んでいたところがなかったとは言わない。

 

 しかし、色々な偶然が重なって実際会ってみれば、覇気こそ感じられないものの、言動などは年頃の女の子とそう変わらないように見える。

 1年間で経験してきてしまった事がそうさせるのか、妙に達観したような雰囲気はあるものの、興味を示すものには示すし、ふとした時に見せる反応は異常者というには余りにも人間らしい。

 

 だが少なくとも間桐に引き取られてからの1年間、「普通の女の子」としては扱われてこなかった彼女の本心を推し量る事はできない。

 幸か不幸か彼女に魔術師としての適性があったならば、その精神すらも間桐のそれに染まりかけているかもしれないからだ。

 

 

 例えば、メディア・リリィと呼ばれる少女がいる。

 第三特異点、封鎖終局四解オケアノスの定礎復元を成し遂げた後にカルデアに召喚された彼女は、年相応の少女としての価値観を持っていながら、神代屈指の魔術師の卵としての一面も持つ。

 

 慈悲深く、思いやりがあり、教養が高い女神の恩恵を受けた少女である一方、後に”魔女”と蔑まれる一因にもなった執着心の高さも時々垣間見せる。

 どれ程幼くとも、どれ程未熟であろうとも、精神性の発露というものは止められるものではない。それはある意味、魔術師でなくとも言えるが、精神的に早熟な魔術師は特にそれが顕著だ。

 

 

 ともすれば、間桐桜。彼女の精神が本当の意味で壊れてしまうまで―――そう猶予はないのではないかと考えてしまった。

 

 

 

 

 そんな事を考えていると、白夜のすぐ近くで、くぅと小さく何かが鳴く音が微かに聞こえた。

 はて、何の音だろうかとキョロキョロと見渡すと、目の前でマシュと会話していた桜が少し経ってから自分のお腹を抑えた。

 

「……おなかすいた」

 

 小さく、呟くように口から漏れたその声を聞いて、白夜は店内に掛けられた時計を見る。

 すると時刻はいつの間にか、両の針が天辺で重なってから少しばかり時間が経っていた頃合いになっていた。

 昨日今日と色々あった影響であまり満足に食事がとれなかった白夜としても、一度時間帯を認識してしまえば空腹感を抑え込む事はできない。

 

「……どこかお店行こうか。お腹減ったし」

 

「そうですね。レイシフト先でまともな食事が食べられるのはある意味珍しいかもしれません」

 

「改めて考えると悲しいなぁ。―――あ、よかったら桜ちゃんも一緒にお昼ごはん行かないかい?」

 

「え……」

 

 何となく、深く考えもしないでそう誘ってみると、桜は僅かに揺らいだ瞳で白夜の事をじっと見つめて来た。

 よくよく考えれば、これは未成年略取の疑いを掛けられるのではないかと思い至ったのは声を掛けてからそこそこ時間が経った後だったが、桜はトコトコと白夜の下まで歩いてきて、カッターシャツのカフスの裾をくいっと軽く引っ張った。

 

「……うん」

 

 その仕草は、まさしく幼い少女のそれだった。

 魔術師の娘だとか、凄惨な思いをして来たとか、そういったフィルターを通す必要がない程に。

 

 マシュもその可愛らしい仕草にときめくものがあったのか、桜の小さい手を引いて歩き始めた。まずはお求めの本を清算してから、そこから先は彼女の希望も聞き入れてゆっくり店を探せばいい。

 

 すると、フロアの出入り口、先程まで桜を見張っていた魔術師が立っていたであろう場所には、現代風の服装に着替えたエミヤとアルトリアが佇んでいた。

 エミヤは黒のシャツにジーンズ。アルトリアは白のシャツに丈が長めのスカートというシンプルな姿ではあったが、不思議と知っている人間からすればその姿も妙な威厳を漂わせているように感じられた。

 

 

「首尾はどう? セイバー」

 

「昔取った杵柄というには少々拙かったですが、えぇ、何とかなりました。今頃彼らは見当違いの場所を見張っていますよ」

 

 薄く微笑んでそう言うアルトリアの姿はいつもと同じように頼もしく見え、するとエミヤは視線をマシュ達の方に向けて苦笑した。

 

「結局、君は見過ごせなかったんだな。マスター」

 

「うん、無理だった。ごめんねアーチャー、結局こうなって」

 

「なに、予想の範囲内だ。それに元より私は、君がここで彼女を捨て置くような人間だとも思っていなかったがね」

 

「えぇ。マスターの面倒見の良さは私たちも充分理解しているつもりです。孔明殿は少しばかり苦い顔をするかもしれませんが……それでも貴方の生き方を否定しないでしょう」

 

 白夜の、自ら面倒事に首を突っ込んでしまう程のお人好し体質は、既にカルデアの中では一般常識のようなものだ。

 彼自身は仲間も巻き添えにしてしまうその体質を苦々しく思う事もままあるのだが、それが発端でややこしい事態に巻き込まれたとしても、仲間たちは彼を疎ましく思う事はなかった。

 

 いつだって笑い飛ばし、或いは呆れ、或いは苦言を呈したりしながらも、それでも最後は彼に付き添って難事を乗り越える。

 それくらいできなければ英霊の名が廃ると豪語する者もいれば、この程度で死なれては従者(サーヴァント)になってまで召喚に応えた自分の沽券に関わると言う者もいる。

 

 しかしその全員に言える事は、皆が大なり小なり岸波白夜という少年を信頼しているという事である。

 

 

 この、自ら窮地に飛び込んでしまうような少年を放っておけば、いつか()()()()()()()()()()()()()()()()。―――そうした危機感を抱いている感情がないかと言えば嘘になるが、常に死地を潜り抜けようとするその覚悟に惹かれた者達も少なくはない。

 

 

「さて、行こうか。20年も前の外食が果たしてどれ程のものか見極めなくてはならないからな」

 

「はい。腹が減っては戦はできぬ、です。私も仕方なく同伴しましょう。―――えぇ、仕方なく、です」

 

「セイバー、涎、涎」

 

 こんな彼らと一緒ならば、必ずや今回の件も解決に導ける。

 白夜はいつもと同じように、そんな事を確信したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






Q:桜ちゃんってこんなに警戒心薄かったっけ?
A:色々な悪意に晒された分、人の悪意を見抜く術には(本能的に)長けてしまっています。白夜君に着いて行ったのは、彼が下心なんか一切考えてなかったから。あと、雁夜おじさん助けてくれたから。

Q:アルトリアが魔術を使う件について。
A:一応マーリンに魔術教わってたから基礎的な魔術は結構な練度だと思われ。staynightでランサークラスのクー・フーリンがルーン魔術使ってるし、多分行ける。

Q:ライダー陣営(笑)
A:Zero唯一の清涼剤だからね仕方ないね。


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