【完結】艦隊これくしょん 提督を探しに来た姉の話   作:しゅーがく

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第26話  外の敵、中の敵。そして、見えない敵。

 入り口近くの物陰に姿を隠していますが、階段から音は全く聞こえてきません。

音が聞こえず、何処かから吹き込んでいるであろう風の音が、ひゅーひゅーとするだけです。

私がここに隠れ始めてから既に1時間は経っています。そして、私は一体何が起きているのか分かりません。ですので、私は恐る恐る物陰から身を出して、階段を上がります。

音を立てずにゆっくりと上がり、ロビーを階段の影から覗きました。

ロビーの階段入り口には、私の見える範囲で『番犬』が2人立っています。多分、ここの見張りなんでしょうね。

私はそんな見張りを観察しながら、ある事を頭の中で考えていました。

 私が現状をどこまで理解しているのか、ということです。

とりあえず分かっていることは少ないです。正門に不審者が現れたこと、門を突破しようしていること、有事のことを考えて『柴壁』が動いたこと。これだけしか分かりません。

第一、有事の際に『柴壁』が動くことで、何が変わるというんでしょうか。この世界に来て色々なことを聞きましたが、流石に鎮守府敷地内で発砲し、人を殺めてしまえばそれは殺人罪になってしまうのではないでしょうか。

 私はその場を動きます。ロビーで小銃を携えている『番犬』に声をかけました。

 

「どうも、お疲れ様です」

 

「あ、ましろさん。お疲れ様です。……って、どうして出てきたんですか? 武下大尉に射撃場に居るように言われていたのでは?」

 

 前々からそうですが、私以外の『柴壁』の人は皆、武下さんのことを『武下大尉』と呼んでいます。どうやら、軍籍の頃の癖が抜けないようですね。

 

「言われてはいますが、私は『血猟犬』ですよ?」

 

「そ、そうでしたね。……あの化物犬たちの。し、失礼しました! とんだご無礼をっ!」

 

「いいえ、とんでもない。確かに『血猟犬』は化物ですよね」

 

 そんな風に話をしますが、どうやらロビーに居た『番犬』は全員で3人だったようで、私と話している『番犬』以外はちゃんと警戒をしている。

 

「それで少し頼みたいことがあるんですが、聞いて頂けますか?」

 

 私はあることを頼みます。それは別に危険を犯すとかどうのってことではありません。

ただ、あるものを持ってきてもらうだけです。

 

「はい。聞ける範囲で尽力いたします」

 

「ありがとうございます」

 

 そう私はお礼を言って、頼みごとをしました。

 『番犬』は紅くんにかなり従順な姿勢だと聞いていますが、紅くんの姉である私にもこのような姿勢になってしまうのは、何だか違うような気もします。

他にも要因があるような気がしてなりませんが、ここで言及したところで仕方ありません。

 

「はい。頼まれていたものです」

 

 あるものを私に手渡してくれました。

あるものとは、短機関銃です。もっと分かりやすく言えば、サブマシンガンです。拳銃弾をマシンガンみたいに撃つ銃ですね。

訓練では鎮守府内で使われるであろう火器の使い方は一通り習ってはいますが、やはり私の身体には小銃が合いません。短機関銃が丁度良いんですよね。

短機関銃のついでに、満タンに入った弾倉を4つ受け取りました。1つは銃に装填し、残りは腰のベルトに噛ませます。

ここ以外に入れておけるところがありませんからね。

 私が何故、短機関銃を要求したのかというと、小銃では取り回し辛い上に、いざ使おうとしてもただいたずらに発砲するだけに終わりそうだからです。

なら、身体に合っているものを使った方が、自分の身をより守れると思ったからです。

 

「ありがとうございます」

 

 そう言って、私は首に縮めていたフェイスマスクをずり上げて、顔に覆わせます。本来ならば、顔全体を覆うものですが、私は髪が長いのでそこまで覆うことだ出来ないんですよね。仕方のない処置です。

 そのままヘルメットを深く被って、外に繰り出しました。後ろからは、ロビーから離れられない『番犬』の引き止める声がしますが、それに訊く耳持たずに、近くのヤブに飛び込みます。

何があるか分かりませんし、こういった警戒時にはヤブに飛び込むことを教わっていますからね。

短機関銃を握り締めて、ヤブの中をゆっくりと進みます。ヤブですので、身体に当たる枝のせいで音は出てしまいますが、盛大には出てないはずですので問題無いです。

そして、私はヤブの中を移動したり、ヤブからヤブへ移ったりを繰り返して、正門にたどり着きました。

正門に近づくに連れて、外で起きている騒ぎが一体何だったのかということが明確になっていきます。

ヤブからそれを観察していると、曲がり角から武下さんが出てきました。

丁度良いです。私は安全装置をかけてあることを確認して、武下さんの背中に銃口を押し当てました。

 

「……」

 

 刹那、無言が2人を包み、その瞬間、武下さんは私から短機関銃を奪いました。残念ながら拳銃は持ってませんですし、ナイフもとっさに抜けません。殺されるとは思ってませんでしたが、抜くものだと思っていたので少しショックです。

 そんな私に、武下さんは短機関銃を返して口を開きました。

 

「ホールドアップした後は、すぐに拘束か無力化しないといけませんね」

 

「あはは……」

 

 武下さんは怒っている訳ではないようです。良かったです。

 

「それで、どうしてここに? 警備棟の地下射撃場に居たのでは?」

 

「はい。あまりに長かったですので、状況確認で外に出てきただけです」

 

 そう私が言うと、武下さんは何も言わずに歩き出しました。私はそれに付いていきます。顔からはフェイスマスクは取りませんし、ヘルメットもつけたままです。

このまま歩いていると、装備品があまり支給されていない兵士に士官といったところでしょうか。

 正門から聞こえてきていた騒ぎが、近づくに連れて明瞭になっていきます。

そして、何が起きているのかを理解することになります。

 

「提督はどうした!」

 

「戦争はもうやめだー!!」

 

「いつまでも女子どもを戦争に利用するなー!! 犯罪者は陛下の下、裁きの鉄槌を受けるべきだー!!」

 

 武下さんに言われる前に、何が起きているのかは分かりました。

デモです。しかも一番過激なものです。何度か『柴壁』の前身である、門兵と衝突していたはずで、色々あって収まったと聞いていたんですが、それでも実際に目の前で起きています

 デモではあることないこと叫んでいますが、主語が無くても誰に言っているのか分かります。紅くんです。

そんな中、ある声も出てきました。

 

「軍を辞めて提督に付いた犬共っ!! のたれ死にあがれっ!! ご主人様は今頃天国だ!!」

 

「提督にすぐしっぽを振るビッチ共め!! その銃は俺たちに向けるものではないぞ!!」

 

 直感で、今度は誰のことを指しているのか分かりました。

『柴壁』のことです。

 

「エリートが提督に付きあがって!! エリートから犬っころの雌犬に成り下がっていあがったな! 税金泥棒っ!!」

 

 あることないことか分からないが、とんでもないことを言います。

確かに見方によれば、『柴壁』がそう見えても仕方ないのかもしれません。ですけど、それをこんな風に侮辱して、デモ隊は何を考えているんでしょうか。

ですが、そんな状況で武下さんたちは黙って立っています。

 

「すぐに警察機動隊と憲兵が来ますから。我慢していて下さいね」

 

 そう、一言だけ言ってまた黙ってしまいました。

どうしてここまで言われても、揺れないのか不思議で堪りません。ですが、思い返せば当然なのかもしれないです。これまで、鎮守府はデモ隊に何度も活動をされていました。その時も、『柴壁』の隊員が出てきて壁を作り、侵入を防いでいたんです。暴言、誹謗中傷を浴びせられながら。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 結局、デモ隊は警察機動隊と衝突。憲兵によって鎮圧されました。

その後、警戒体勢を解いた警備棟の会議室で、武下さんにあることを聴きました。

日本皇国の体制と、過去にあったまだ話をしていないことです。

 確認ですが、日本皇国は天皇制を復活させ、自衛隊を軍に格上げした独立国家です。天皇制を再開したとはいえ、国会は健在しています。ですが、国会は天皇にとっての情報収集機関及び国民からの要望の窓口でしかありません。それでも、今生天皇はこの機能を最大限に利用して国を国民の意思を反映させながら運営しているそうです。

 過去にあったことといっても、度々起きていたデモ隊との衝突に関してだけでした。

それもやはり似たような内容です。

 これを私に話した武下さんが伝えたかったことは、デモ隊との衝突の一番大きかったもので、起きたことでした。

天皇陛下は鎮守府の運営の妨げとなるデモ行為の一切を禁止し、デモを行った際にはテロリストとして処理する詔を出していたんです。

天皇陛下の絶対命令である詔の効力は絶大でしたが、それでも押さえつけられなかったらしいです。これまでも私が来るまでには、散発的に小規模で起きていたようですが、ここまで多かったことはないそうです。武下さん曰く、今日の規模は提督が連れ去られて以来最大級だったそうです。人数規模では1000人届かないくらいだったみたいですね。

 ちなみに、デモ隊が叫んでいた言葉の中に、気になる言葉がありました。

『柴壁病』です。デモ隊曰く、精神疾患の一種で、提督に心酔している状態のことを指しているらしいです。武下さんが言うには、『艦娘にある『提督への執着』を最大限に弱めた人間版ですね』だそうです。さらっととんでもないことを言いましたが、もうこんなとんでもないことは聞き飽きていますので、私もそこまで驚くことはありませんでした。

この横須賀鎮守府艦隊司令部は、紅くんに心酔していますからね。

私が見てきた紅くんからは、全く想像も付かない程に人を惹きつける魅力があったということですね。

 武下さんが仰っていたことを、私は不意に客観視しました。

どんなものなのだろうか、ということです。

見てみれば最悪でした。というのも、正しい正しくない以前の問題で、そもそもこの世界の成り立ちや紅くんの存在を見ていても始まらないんです。

この世界で艦娘を苦しめるのも、人間を苦しめるのもどちらにせよ、大本営が悪い一端を握っていることは確実だったからです。

 

「ましろさんは……あれを見てどう思いましたか?」

 

 武下さんから話を聴いた後、赤城さんと話をしていました。

警備棟から出たところで、たまたま会ったんです。どうやら赤城さんは事務棟に用事があったらしく、その用事が終わったから私に声を掛けたみたいですね。

そのまま人気の全くない外を歩きながら話します。

 

「デモですか?」

 

「はい。勿論、デモのことは武下さんか誰かから聴きましたよね?」

 

「勿論です。……ですが」

 

 そう言いかけた瞬間、赤城さんに遮られます。

 

「天皇陛下の詔という大義名分があるんですが、”あえて”ああいう処理をしているんですよ」

 

「はい?」

 

 “あえて”を強調した言い方をした赤城さんに、私はそう聞き返していました。

 

「武下さんからこのことも聞いていますよね? 彼らデモ隊はテロリストとして、その場で銃殺することが許されているんですよ」

 

「そうなんですか?」

 

 平静を装いますが、全身の血の気が一気に引きました。

1000人近くを有無も言わさずに銃殺するなんて、ただの虐殺です。それを許しているということも驚きですが、詔を無視して鎮圧している横須賀鎮守府は一体何なんですか。

底知れぬ恐怖が私を襲いました。

 

「これも紅提督の”やり方”です。それに従っているだけですからね」

 

 赤城さんはそう言いながら、あるベンチに座りましょうと促して座ります。

そこは丁度、木漏れ日が心地よく、割りと涼しい場所でした。

 

「陛下はこう仰ってました。『日本皇国は自らの首を絞め、延命している状態だということをここに私が断言いたします』と」

 

「矛盾しているような……」

 

「いいえ。これが日本皇国が置かれた状況を現すのに、最適な言葉だと思いますよ。他にも、『首にナイフを当てた状態』などという表現もありましたね」

 

 赤城さんは木漏れ日に目を細めながら言います。

 

「国一つを動かすだけの力があるにも関わらず、紅提督はひたむきに深海棲艦と戦ってきました。国を制圧する訳でもなく、反乱分子を手当たり次第殺す訳もなくです」

 

「……」

 

「……ましろさんは、この世界について考えたことがありますか?」

 

 赤城さんの突然の疑問に、私は少しだけ考えます。

確かに、考えたことは何度もありますが。それは、私の身辺で起きていることだけでした。横須賀鎮守府から外れた、もっと大きい組織についてなんて、考えている余裕などありませんでした。

 

「ないです」

 

「そうですか……」

 

 当然、ないですよね。

私の回答が分かっていたかのように、赤城さんは答えます。

 

「この世界はきっと、私やましろさんが考えている程単純なものではないんですよ。ですが、紅提督だけはそれを見ていました。見えない”何か”と戦っている様で、自らに振りかかるものを分かっていたかのように『イレギュラー』という言葉で偽装して、私たちを指揮していたんです」

 

 その言葉は、私にはとても理解できないものでした。単語それぞれの意味は分かりますが、その単語で構成された文。一文一文の意味が、全く分かりません。何を考えて、何をしてきた。紅くんのやってきたことは、赤城さんや巡田さん、武下さんから聴いてはきました。

 赤城さんの言った言葉には、それぞれの紅くんの情報を収束させた”何か”になっていることは分かります。ですが、行き着いた先が見えません。

というよりも、私には到底見えないものなんでしょうね。

 

「ましろさんが知っていることの中に、『提督への執着』という言葉がありますよね?」

 

「もちろんです」

 

 どうやら、『提督への執着』が関連しているみたいですね。

 

「その『提督への執着』が出来た原因が、紅提督が探していたものなのではないんでしょうかね」

 

 そう言った赤城さんはベンチから立ち上がり、スカートを払います。

 

「その探していたものに、私は心当たりがありますよ」

 

 刹那、強い風が吹付け、赤城さんの長い黒髪がなびきます。

 

「紅提督は、『監視するために、本来はここに居るつもりだった』と仰ってました」

 

 全く意味が分かりません。私の知っている情報では全くその言葉の意味を理解することが出来ませんでした。

ですが、それが紅くんが探していたものなのではないんでしょうか。

 




 いやぁ………、読解に苦労しそうな内容になってしまいました。
まぁこれもシリアスなものですから、仕方ないといえば仕方ないんですけどね。

 何だか赤城が何でも知ってるみたいに書かれてますが、赤城からの話だけでは分からないところが多いんですよね。
それもそうでしょうね。最初に"気付いた"艦娘と、紅を異常なほど過保護にしていた艦娘との対話がほとんどないですから。
こりゃかなり時間がかかりそうですな……。そんなつもりはないんですけども……。

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