【完結】艦隊これくしょん 提督を探しに来た姉の話   作:しゅーがく

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第28話  知りすぎたこと

 夕立さんの後に続いて本部棟を目指します。ですが、普段歩くような道を歩きません。舗装されていてフラットなアスファルトのところでは無く、普段使う道の脇にある藪を超えた向こう側を歩きます。

鬱蒼と生い茂っていると思っていましたが、全くそんなことはありませんでした。ちゃんと整備されていて、全然汚くないんです。芝生のような感じもします。

 その中を夕立さんは中腰で歩きます。藪の背丈的に、かがまないと向こう側に見えてしまうんでしょうね。

 時より道を横断したりして、いつもの何倍かの時間を掛けて本部棟の脇に到着しました。到着したと言っても、まだ藪からは出ていません。どうやら、夕立さんは入り口から入るか入らないかを葛藤しているようです。

ですけど、本部棟の入り口って普段使うところ以外にあるんでしょうか。

非常口くらいならありそうですけど、そういうところは外からは入れないと思うんですけど。

 そんな風に私が考えていると、夕立さんは私に話しかけてきました。

 

「普通に入りましょう。この辺を巡回している混成警備艦隊がそろそろ通るはずですから」

 

 そう言った夕立さんは茂みから自分の姿が見えず、かつ、外の様子が見える位置を探して外を覗きます。

そんな夕立さんを私は見守ります。音を立てないように、慎重に除くこと数十秒。夕立さんが這い出て来て、私に言いました。

 

「もう少しで混成警備艦隊が通るから出ましょ。そのまま本部棟に入って、赤城さんに会うわ」

 

 そんな風に小声で言って、私の腕を掴みました。

多分、タイミングを合わせて出て行くつもりなんでしょうね。夕立さんの気の向くままに動こうと思い、腕の力を抜きます。

 小さい手が私の手首に巻き付きます。時期的には今の格好をしているだけでも暑いですが、夕立さんに掴まれている手首は特段暑いという訳ではありません。

暑いというか、温かく感じられました。何をどうしてこんな風に私に思わせているかなんて分かりませんが、温もりを感じたんです。

そんな小さな手に引かれ、私と夕立さんは道に飛び出します。夕立さんの言った通り、近くを”混成警備艦隊”が通りかかりました。

やはり、私の想像通りでした。艦娘と『柴壁』で構成された部隊だったみたいですね。

 

「夕立さんじゃありませんこと? それに……碧 葵さんだったかしら?」

 

 少し顔の知っている『柴壁』3人と、ある艦娘が居ました。艦娘は艤装を身に纏っています。

 

「はい」

 

「では、私は巡回がありますの。これにて失礼致しますわ」

 

 そう言って髪を靡かせて歩き出します。その、ある艦娘とは熊野さんです。鈴谷さんの姉妹艦ですね。

そんな熊野さんを私は引き止めませんでした。『巡回』と言ってましたからね。

 

「さて、行きましょ」

 

 熊野さんが私のことを偽名で呼んだことに、夕立さんは少し違和感を感じていたようですが、そんな素振りをすぐに収めて私の手を引きます。

 本部棟に入ると、これまでに見たことのない艦娘が何人とうろついていました。

とは言っても、何というか、全員目が死んでいるんですよね。これだけはハッキリと言えます。

 本部棟に入るのと同時に、夕立さんは私の手を離しました。もう引く必要はありませんからね。

 

「葵さん。武器は持ってるかしら?」

 

 多分、誰かが通りかかるのを考慮しても言葉でしょう。

それに何かの確認をしてきました。私に武器を持っているか、と訊いてきたんです。ですけど、それは見れば分かることですよ。

 

「ないです。侵入者に取られましたからね」

 

「そう……。拳銃も?」

 

「拳銃は携帯してません。勿論、ナイフも持っていた銃と一緒に」

 

「丸腰なのね」

 

「はい」

 

 歩きながらそんな話をします。

 本部棟の中は思いの外静かで、外もそこまで騒がしくないです。

ですが、本来ならばこんな動きをするものなんですかね? そんな疑問が脳裏に浮かびました。ですが、それは不毛です。ここで夕立さんに訊いたとしても、何があると言うんでしょうか。返ってくる回答はきっと、私は再三聞いた話でしょうからね。

 少し考え事をしていた私に夕立さんは話し掛けます。前を向いて歩いているからか、後ろを付いて歩いている私の様子は分からないんでしょう。

 

「火器保管室の鍵がどこにあるのか分かれば良いんだけれど、執務室にはないからきっと開けたところでないわね」

 

 本部棟にある鍵に埃が堆積している部屋のことです。

私も以前、本部棟を探検している時に見かけました。

 

「そうしたらやっぱり、警備棟に行かないと携帯火器はないわね。……丸腰になっちゃうけどいいかしら?」

 

 夕立さんは前を向きながら私に尋ねます。

もしもの時のことを考えての提案なんでしょうけど、もう襲ってくることはないと思うんですよね。これは鈴谷さんも言っていたことですけどね。

 

「大丈夫です。……それよりも気になることが」

 

 歩きながら私は夕立さんに訊きます。

 

「何かしら?」

 

「侵入者が見つからなかったらどうするんですか?」

 

 そう言うと夕立さんは急に立ち止まりました。

私はすぐ後ろを歩いていたので、急に立ち止まったのでよろめきます。

 

「その時は金剛さんに頼むわ」

 

「金剛……さん? ですか?」

 

 急に出てきた名前に私は驚きます。

何故、ここで金剛さんが出てくるんでしょうか。

 

「えぇ。金剛さんは艦娘の中でも結構特殊で、紅提督に関することがらの察知能力はいつぞやのSPYレーダー並だから」

 

 そのSPYレーダーというものが何か分かりませんが、相当なものみたいですね。先ほど時雨さんが侵入者を捜しに行きましたが、彼女も『鼻が利く』と言ってました。

ですが、それ以上に金剛さんは敏感なんでしょうね。

 今思い出しましたが、SPYレーダーってイージス艦のレーダーのことですね。何でも、従来のレーダーよりも遥かに高性能で云々というやつです。詳しいことは分かりません。

 

「でも、侵入者が居るからって金剛さんが動いてくれるとは限らないわ」

 

 夕立さんは前を向いたままそんなことを言います。

 何故、金剛さんが動かないのか分かりませんが、紅くん絡みだということは確実です。

 

「あっ……葵さんって知ってたかしら?」

 

「……何をですか?」

 

 突然、そんなことを訊いてきます。

話の流れ的には、金剛さん絡みだということは分かりますが、私が知らないであろうことを夕立さんが教えてくれるということです。

 私は考えます。何を教えてくれるのか。

私が紅くんを探してここに来たことは夕立さんも知っていると思います。それ以外で来たとなると、経験則から言えば提督として呼ばれたということになりますからね。

その辺よく理解していませんが、私はどうやら提督として艦娘に”呼ばれた”訳ではないみたいですので、まずそれはあり得ません。

なら、何を夕立さんは教えてくれるんでしょうか。

 そんな考えが脳の中で渦巻いている私に、夕立さんは容赦なく話します。

 

「金剛さんが居なければ、紅提督は侵入者に撃たれる前におかしくなっていたかもしれないの」

 

 そう言われて、私はあることを思い出しました。

紅くんは『近衛艦隊』と呼ばれていた艦娘の集団に守られていた、と。

もしかすると、金剛さんは『近衛艦隊』と何か密接な関わりがあったんでしょうか。

私はそれを夕立さんに訊いてみました。

 

「それって……『近衛艦隊』とかいうやつ絡みですか?」

 

 私がそう言うと、夕立さんは足を止めます。

そして、私の方に振り返りました。

 

「それ……誰に訊いたのかしら?」

 

 その夕立さんの酷く冷たい声を聞いた途端、身体が硬直します。

そして、私は地雷を踏み抜いてしまったのではないか、と感じました。

そうでなければ、あからさまにこんな反応をする訳がありません。明らかに、今までの夕立さんとは雰囲気が違います。

 

「えっ?」

 

「それ、誰から聞いたのかしら?」

 

 私の目を捉えてそう言う夕立さんに、私は言葉を発することが出来ませんでした。

 夕立さんは豹変してしまったと言ってもいいくらいです。表情は無表情になり、赤い瞳からは”温かみ”が消え失せ、冷たいものに変わっていたんです。そして、声の調子も幾分か低くなったんです。

 

「『近衛艦隊』なんて単語、普通に調べていたら分からない筈よ。それを何故、葵さんは知っているのかしら」

 

 武下さんから聞いた話ですが、何か不味かったんでしょうか。

私は武下さんがこの単語を発した時に話していた内容を思い出します。そうするとあることが浮かび上がってきたんです。

『ここには提督非公認の艦娘振り分け指標みたいなものがあったんです。艦娘たちは一方を『近衛艦隊』、他を『親衛艦隊』と呼んでいました。『近衛艦隊』は艦娘の中でも少数派で、提督を含めて恐れていたというか、警戒していたんです』

この言葉の意味は、その時の私は正常な思考を手放していましたので、その時は違和感を感じていなかったんでしょう。ですが、改めて考えてみるとそれはものすごいことでした。

鎮守府内は当時、隣人が隣人を警戒しあう状態だったということ。つまり、ナチ政権下のドイツのような状態だったということです。『近衛艦隊』と『親衛艦隊』という勢力に分断されていた横須賀鎮守府では、互いの情報を流し流され、牽制しあっていたということです。これには紅くんも関与していたんでしょうか。ですが、対称が対称だけに関与していない訳がありません。

 

「その単語は忘れた方がいいわ。絶対後悔するもの。いい?」

 

「……」

 

 夕立さんは息が当たる距離まで顔を寄せて、私にそう言い聞かせるように言いました。

 これは本当に知ってよかったことなのか、と不安になります。単語を口に出しただけでこの変わり様ですから、きっととんでもないことがその当時は起きていたんでしょうね。

それに、武下さんから聞いた時にあることも言っていたんです。

『今では『近衛艦隊』『親衛艦隊』なんて単語は死語になりましたが、私はましろさんがこの世界に来てしまったことによって、それが再発するのではないかと考えています』

これが本当に起きているのではないか、そう私は考えました。

あの時、武下さんは『紅提督が生きている、取り戻そうとましろさんから話を聴いた私たちと、紅提督が死んでしまったと思い込み、感情を押さえつけた結果、表情を失い、傷口に塩を塗られまいと動く艦娘たち』と言っていました。

つまり、赤城さんたちや『柴壁』の私の本名を知っている集団と、まだ知らない大半の艦娘たちがその状態に陥っているのでしょう。

実際問題、今回の侵入者騒ぎで混成警備艦隊として出ている艦娘は総員の半分です。半分の艦娘は、紅くんが撃たれた当時からこの状態だと言います。

つまり、何も行動を起こしていなくても自然とその状態が成立しているんです。

『近衛艦隊』と『親衛艦隊』。この双方は、既に出来上がっているんですよ。

 

「……わ、分かりました」

 

 そんな私は、夕立さんに分かったかのように返事をします。

ここで無理に何か聞き出そうとしたり、行動をすれば何をされるか分かりません。ここでの私のアドバンテージが生きないかもしれないんです。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 夕立さん先導でたどり付いたのは執務室でした。

やはりここにたどり着くんだと内心思いつつ、私はソファーに腰掛けます。

夕立さんはソファーにもたれかかりました。艤装なんて身に纏っていたら、ソファーに座れなかいなんて当たり前のことですからね。

 

「……護衛の任は、赤城さんの独断で解かれるって鈴谷さんから聞いたかしら?」

 

「いいえ」

 

「そう。混成警備艦隊の指揮をしているのは赤城さんなの。だから、赤城さんの指示で全体の行動が決まるわ。ましろさんの護衛もね」

 

「そうなんですか」

 

 多分ですが、場つなぎでそんなことを話し始めます。

 

「この様子だと、出てこれる空母の全艦載機が発艦して、混成警備艦隊が屋内に入り次第かしらね?」

 

 そんなことをいいながら夕立さんは外を眺めます。

確かに、本部棟に入るまでにも艦載機が飛んでいましたが、結構な数が飛んでいたと思います。あれ以上に増えるということでしょうから、空の目で外は十分ということでしょう。

だから、混成警備艦隊が屋内の巡回に絞るんでしょう。

 

「見る限りだと……赤城航空隊と加賀航空隊。飛龍航空隊。隼鷹、飛鷹航空隊。祥鳳航空隊かしら。赤城さんなら全空母航空隊を出したいところでしょうけど、出てこない艦娘もいるから仕方ないのかしら」

 

 私は夕立さんに釣られて外に目を向けます。

 外には空の色が変わる程の艦載機が飛び回っており、エンジン音が鳴りっぱなしです。

 

「ふーん。艦載機も爆撃機と攻撃機は無しで、偵察機と戦闘機だけ……。外に居た場合は射殺するのかしら?」

 

「そうなんですか?」

 

「あの様子なら。だけど、それも否応無しにではなくて、最終手段だと思うわ」

 

 夕立さんはあれこれと指を指して話をします。

夕立さん曰く、翼が大きくて胴体が細くて長いのが彩雲という偵察機。少し太いのが零戦。零戦より太くて少し短いのが雷電と言っていました。

艦載機のことを言われても、私にはちんぷんかんぷんですし、よく分かりません。精々、偵察機と戦闘機の違いでしょうか。機体の性能云々に関しては、何一つ分かりませんからね。ただ、零戦がペラペラの鉄板で出来ていて、機動性がいいということくらいでしょうか。

 

「そういえば、ましろさんは兵器のことは……」

 

「あまり分からないです」

 

 ボケーと聞いていたことに気付いた夕立さんは、そんなことを私に訊いてきました。

確かに、この人生で戦闘機やら兵器に興味を持ったことはありませんでしたね。世の中には、そういうものを魅力的に感じる女性もいるようですが、興味を持たない方が普通です。

私もその普通に分類されますね。

 

「……じゃあ、さっきの説明はあまり必要なかったかしら?」

 

「いいえ。どれが偵察機で戦闘機くらい見分けが付いた方がいいですからね。ありがとうございます」

 

「そう。それなら良かったわ」

 

 そういって、夕立さんは外を眺め続けました。

私もそれに釣られて外を眺め続けます。

 結局、護衛が外れて警戒態勢が解かれたのは、私たちが執務室に入って3時間くらい経った後でした。

警戒態勢が解かれたと言っても、屋外には艦載機は飛び続けてますし、混成警備艦隊の巡回は止まりません。

ということは、侵入者は捕まってなければ射殺もされていないということになりますね。

 

 




 
 結構おまたせしてしまいましたね。
内容を考えるのに、時間をかけすぎてしまい、6日間掛けて書き上げました。内容は少し過去に振り返る必要があると思いますので、前作や前話に飛ぶ回数が増えたと思います。
申し訳ありません。

 水面下で特別編が進行しております。と言っても、結構時間が掛かっているのと、試験期間に入ってしまっているので、そこまで時間を割けないんですよね(汗)
仕方ないと言ってしまえば、仕方ないですけども……。
 
 なんだか事ある毎に艦載機の話が上がっていますが、まぁ……、仕方のないことです。艦娘たちにとって、紅提督と楽しく話すためには艦載機のネタを持っていくことは一番でしたからね。それの裏付けは、前作の第百七十ニ話を参照して下さい。

 ご意見ご感想お待ちしています。

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