【完結】艦隊これくしょん 提督を探しに来た姉の話   作:しゅーがく

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第31話  『紅提督』という存在

 消灯後、私は寮から静かに出て行きました。向かうのは、門です。普段は補給部隊が出入りしているところですので、艦娘は寄り付きません。暗いですし。

 寮を出たのは午後10時過ぎです。そこから歩いて向かいます。

 消灯時間ではありますが、警戒して隠れながら歩くものだと普通は考えます。ですが、その必要はありません。横須賀鎮守府はそういった決まり事などがかなり重要視されているらしく、お手洗いなどの緊急時以外では絶対に起きないそうです。朝は結構早く起きるらしいですけどね。

ですので、私は街灯が当たる場所も普通に歩きます。何も無いですからね。

 数分歩いていると、目的の門に着きました。そこから周りを見渡して指定された小屋を捜します。

キョロキョロしていると、道の脇にそれらしいものがありましたので、近づいて扉を開けました。

 

「ましろさんですか。こんばんは」

 

 中を見ると、もう赤城さんたち艦娘がいました。あと武下さんも。

酒保の従業員がまだみたいですが、どうしたんでしょう。

 

「全員ではないようですが」

 

「えぇ。酒保の従業員たちは到着が遅れているようですね。先ほど遅れる趣旨のメールがありましたので」

 

 そう言って武下さんは、私に携帯電話の画面を見せました。

確かに、文面的には遅れることが書かれています。どうやら出てこれないみたいですね。

 

「いえ、始めましょう。彼女たちの任務は伝えてあります。実働部隊は自分の任務のみ、知っていれば問題ないですからね」

 

 私はそう言い放って、始めると周りに宣言します。

 

「私は天色 ましろです。今回の奪還作戦に於いて作戦立案及び指揮を行います。これより、紅奪還作戦『紅葉狩り』の作戦要項を伝えます」

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 集会は日を跨ぐまでには終わりました。遅れていた酒保の従業員も30分遅刻で到着しました。皆、作戦には異存は無く、再び修正する必要は無くなりました。

 街灯も消されてしまい、真っ暗な道を歩きます。月明かりが私の帰る道を少し照らしてくれます。

 暗闇の中で、私は思いを巡らせます。

この世界、紅くんが呼び出された艦これの世界は分からないことが多すぎます。人の感情なども入ってるので、正確には判断できてないこともあります。

 紅くん関連の話は、誰に訊いても情報が手に入りますが、その度に驚かされます。これだけの大所帯を運営していたことや、『柴壁』や酒保の人たちからの絶大な信頼。話を聞く限りだと、私でも足の竦むような出来事を体験し、乗り越えてきているんです。

それにとんでもない決断を迫られたともありました。

 これは定かではなく、小耳に挟んだ話で、アメリカとのコンタクトの時のことです。

最初の接触は、どうやら横須賀鎮守府じゃないところだったらしいです。そこから外交官などのやりとりをしていたそうです。これを聞くと、戦前よりももっと前の話のように感じますね。

その際、ある使節が横須賀鎮守府に訪れたそうです。前置きで、深海棲艦は世界各地に出没したらしく、現行兵器はあまり歯の立たない相手だそうで、妖精さんが製造した兵器でないと通用しないらしいです。アメリカには妖精さんがいないらしく、深海棲艦の駆逐艦を1隻鎮めるのに、現行艦10隻を失うそうです。

そんなアメリカは、日本皇国が第二次世界大戦中の軍艦を運用していることに気付き、保管されていた戦艦を使用可能状態に復活させたそうなんです。それを自慢にし横須賀に来航した時のことです。

どうやらアメリカ軍の上層部は、日本皇国の戦闘力を奪取若しくは情報の回収を目論んでいたらしく、横須賀鎮守府に特殊部隊を放ったそうです。

それに察知していた門兵は紅くんにそのことを伝え、”迎撃班”を編成。迎撃に至り、3/4を拿捕、1/4を射殺したそうです。これも紅くんが決断したことだと。

本来なら、全員拿捕の予定だったそうですが、気付かれてしまい、やむなく射殺に至ったと。射殺の際に、紅くんに交戦許可を求めて、許可が降りてから銃撃戦になった流れです。

 これだけ訊いても、”射殺”なんて決断をしなければならないなんて、私なら絶対出来ません。

 アメリカ軍特殊部隊の射殺もそうですが、なにより一番大きな謎は紅くんの扱いです。

人間として目の前に立っているにも関わらず、モノ扱いをされていたということです。初めて聞いた時は取り乱しましたが、反芻してみると謎は深まるばかりです。

艦娘の言い分は、ある程度理解出来るんです。それまでは紙という有機物で言葉を発しないモノが司令していたというのなら、その紙に書いてある司令を出している紅くんも紙と同様に見てしまう、刷り込みなどのそういった類のものだと考えれば、鳥によく見られるような卵から孵ったばかりの雛が最初に見た生物を親と認識するものと同系統のものだと判断できるんです。

ですが、他の人間たちはどうでしょう。刷り込みなんてものもありませんから、そうやって”仕方のない”こととして処理も出来ません。だとしたら、紅くんを異世界人として自分たちとは違う、異邦人であると無意識に線引をしていたんでしょう。

だから、武下さんから訊いたように、役職名の”提督”と呼び、個人の”天色 紅”とは呼ばなかったのだと考えることができます。

 訊いているだけでも気分の悪くなることばかりです。

紅くんのこの世界で経験した出来事というのは、苦しいものばかりだったように、改めて思います。

 

 

 

 そんな中で紅くんを失い、約1ヶ月後に来た私には動揺したことでしょう。紅くんと同じように、異世界から来た異邦人な訳ですからね。

 改めて、私がこの世界に来た時から今までのことを振り返ると、心底、本名を名乗らなくて良かったと思います。

今でも思うんです。心を閉ざしていた艦娘たちに、”私は紅くんの姉だ”なんて言うことになりますからね。傷口に塩を塗るようなものです。『提督への執着』という紅くんに対する過剰反応の影響で心を閉ざしてしまっている艦娘にとって、私そのものの存在は塩そのものですから。

 

 

 

 この世界で一番の謎は、紅くんが言っていたという”イレギュラー”というものです。

それ自体が使われていた対象は様々あるらしいです。艦載機の実験や、滑走路の運用、新戦術、艦隊運用法、新型砲弾……。その話は必ずといっていい程に、深海棲艦に収束するんです。

そしてその”イレギュラー”に気付くのが遅いと、必ずこちらに大損害があるといいます。例として挙げるのなら、鎮守府空襲でしょう。どの”イレギュラー”か分かりませんが、時期的に考えると新戦術を使い始めた頃だと言われています。

 何が原因で”イレギュラー”になり、どのように返ってくるのかというのは分かっています。ですが、どういう原理になっているか、物事の根幹が分からないんです。ですから、全て憶測の上に成り立っていて、それが今のところ当たっているだけのようです。

本当はどうなっているのか、どういう仕組になっているのかが全く分からない状態で、紅くんも結局結論を出すことが出来なかったらしいです。そんな中で、ひとつ、分かっていることがあるらしいんです。

 

〈 この世界には何らかの”力”が働いていて、それが作用している 〉

 

 そう断言しないと、”イレギュラー”の事象は説明が付かないそうです。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 気怠げに身体を起こし、身支度を整えてから部屋を出ます。

手櫛で髪を直しながら歩いていると、沖江さんに鉢会いました。

 

「おはようございます」

 

「おはようございます、ましろさん」

 

 そう言って、沖江さんは私の横に付きます。

 

「……本当にましろさんの癖っ毛が羨ましいですよ」

 

「そうですか? パーマも掛からない、ワックスも意味のない髪ですけどね……」

 

 そう言いながら、髪が整ったのを横目に映るガラス越しの自分を見て歩きます。

 

「確かに、カール出来なかったりするのは少し残念ではありますが、ストレートですよ?」

 

「そうですねぇ……」

 

 このやりとりはどこに居てもやっています。小学生の時から就職してまでも。

ですけど、もうそれは諦めました。癖っ毛なら仕方ないですし、どうあがいても治りませんからね。

 

「それはそうと、噂になっているんですが」

 

 そう言って切り出した沖江さんの話は、私にとってとても重要なことでした。

 

「今朝、『猟犬』の小隊長に招集が掛かったみたいです。侵入者騒ぎの後だというのに、大変ですよね」

 

「そうなんですか?」

 

「そうなんですよ! しかも『猟犬』って、まだ侵入者の炙り出しで忙しいはずですし……。それに、小隊長は現場指揮をしているはずですから、不眠不休ですよ! まぁ、私のような『番犬』は無いんですけどね。嬉しいのやら悲しいのか分かりませんよ」

 

 沖江さんはそう話してくれます。なんだかんだ言って、沖江さんとは友人みたいな関係になっていますからね。適当なことを私に話してくれます。

それと同時に、沖江さんはこうやって無意識でしょうけど、私に情報をもたらしてくれます。ですが、その情報が定かなのか分からないので、逐一実証していますけどね。ですが、今回の情報は実証する必要がありません。なぜ、『猟犬』が呼ばれたかなんて分かっていますからね。当事者というか、それの核心にいるのは私ですからね。

 

「それはそうと、ましろさん」

 

「はい?」

 

「無期限有給、なんて本当によく取れましたよね。あんなサラリーマンや公務員、全国の社会人が絶対取れない有給ですよ。どんなチート使ったんですか」

 

 まぁ、私は有給使うくらいなら、小銃握りしめてここを守る方が良いんですけどね、と沖江さんはその後に続けます。

『柴壁』に所属している人間の全員が、口を揃えて同じようなことを言いますね。これも、武下さんの仰っていた『彼を絶対に殺させてはならない。この身を引き換えにしても』を同義に置き換えた、『鎮守府に侵入者を入れさせてはならない。この身に引き換えても』みたいなものでしょう。

紅くんが居たここを、紅くん至上主義な『柴壁』が余所者に汚されることを容認するとは思えませんからね。

 

「紅くん絡みで少し……」

 

「成る程……。流石、紅提督のお姉様」

 

 笑って沖江さんはそう言いますが、多分内心はとても苦しんでいると思います。

これまでに、私の本名を明かした人や艦娘は皆、腹を切って死ぬと言って聞きませんでしたからね。

きっと沖江さんは、仇が目の前にいるのに我慢をしているのではないか、と私が考えているのではないかと考えていると思います。

普通に考えたらそうですよね。暗殺された紅くんを探しに来た私は、暗殺されたと聞いてもここに居ますから。

 

「ですけど、『柴壁』に籍を置いている以上、横須賀鎮守府に奉仕しなくてはいけませんよ?」

 

 その言葉に私は何も答えられませんでした。

理由なんてありません。何に奉仕するのか、何のために奉仕するのか……私は理解しているつもりです。

 

「そうそう。この前、デモ隊を抑えていた『番犬』に聞いたんですけどね」

 

 少し暗い雰囲気になったからでしょう。沖江さんは話を逸しました。

 

「どうやって知ったんでしょうね。私たちがどう分けられているか、とか。誹謗中傷に『雌犬』とか『ビッチ』とかあったらしいですよ。笑っちゃいますよね。私ら女ならともかく、あのバリケードは全員男でしたから」

 

 抑えめに笑う沖江さんは、楽しそうに話します。

私もその場に居たので知ってますが、確かにそれは思いました。ですが、散々笑った沖江さんはあることを教えてくれました。

 

「あはは……はぁ……。ごめんなさいね。思い出したら笑っちゃって……」

 

「いいえ」

 

「ふふっ……でも、まぁ……。的を得ているんですよ。”私たち『柴壁』は紅提督のために尽くす。紅提督のためなら、自分の命も厭わない”ですからね。こんなの聞いたら、外の人たち(鎮守府の外の人たち)は多分、”飼いならされた犬だな”って思うでしょうね。私たちが犬で、ご主人様は紅提督です」

 

 沖江さんは笑いながらそう言います。

確かに、考えようによってはそう考えてしまうのも普通ですね。それに、この世界に来てからというもの、この鎮守府の艦娘と人間、双方が紅くんに”懐きすぎ”な気もしなくもないです。そりゃもう、”犬”と”ご主人様”という関係に見えてもおかしくないくらいです。

 

「ねぇ、ましろさん」

 

「何ですか?」

 

「紅提督のこと、”ご主人様”って呼んでもいいですか?確か、艦娘の漣さんも紅提督のことを”ご主人様”って呼んでましたよね?」

 

「私に訊かないでくださいよ……」

 

 そんな風に話しながら歩きます。

 沖江さんは知らないんです。私が、私たちがやろうとしていることを。もしかしたら、紅くんが生きているかもしれないことを。

 

「今度、犬耳としっぽとチョーカー買ってきましょうかねー」

 

「それ、犬のコスプレですよ。BDU着た軍人がそれしてたら、痛いのなんのですよ?」

 

「そうですかね? まぁ、男性陣にやらせたら痛いのを通り越しますよね」

 

 気付けば食堂に着いていて、私と沖江さんは食券を取って朝食を食べ始めます。

食べ始めてからも、談笑は続きます。周りに座って食べる人は皆知っている人で、もっと言えばこの場にいるであろう人たちは全員に面識があります。皆、私と沖江さんの話を聞いて笑ったりだとか、変な野次を飛ばしたりする人もいるくらいには仲良くなったつもりです。

 きっと私が紅くんの姉だから仲良くなっておいて損はないだろうとか、そんなことを考えているのかもしれません。ですが、そんな下心は隠しているのか、はたまたそれはないのか分かりません。ギスギスしている職場よりも何億倍もいいですからね。

 そんな裏腹に、私は罪悪感に囚われていました。

もしかしたら、私の立案した奪還作戦で、『猟犬』の中で死傷者が出るかもしれないと思うと。作戦の中での最終段階。軍病院に乗り込み、紅くんを連れ出す最中、軍病院なので軍がいるに違いありません。止めるために銃撃されることだって想定内です。その最中、撃たれて死ぬかもしれないんです。

私の座っている机の左斜め前に座っている人は『猟犬』所属です。選抜された『猟犬』の小隊にいるのかもしれないんです。

そんなことを考えていると、心が蝕まれるような気持ちになります。ですが、私はそれを表に出さないよう、周りに察知されないように振る舞います。

 




 今回はいつもと違い、『柴壁』サイドの話で固めました。まぁ、これも重要な布石というか……。まぁ、必要なんですよね。
ましろがどれだけ理解したかとか、『柴壁』や他の組織の意識の確認も併せています。
 さて……。この話以降が〈 重要 〉なわけですが、この物語を左右します。
詳しくは、作者の最新の活動報告をご覧ください。というか、読んだ方々にお願いします。
絶対に作者の最新の活動報告を読んで下さい。アンケートなんです。
これがないと先に進めない、続きが投稿されないと思って下さいね。

 ご意見ご感想お待ちしています。

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