【完結】艦隊これくしょん 提督を探しに来た姉の話   作:しゅーがく

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第33話  『紅葉狩り』②

 

 鈴谷さんが出て行ってから数分後、こちらに歩いてくる足音が聞こえ始めます。

普段、ここに入るような艦娘や『柴壁』は居ないそうなので、こちらに来ているのは侵入者か金剛さんということになります。

どちらにせよ、”怖い”ことに変わりありません。コツコツと音を立てて近づいてくるそれは、廊下から私たちの視界に入るところに出てきました。

白くて長い袖が見えた瞬間、金剛さんだということが分かります。私たちが座っているところを見つけると、ここに向かって歩いてきました。

 地下司令部は照明があまり無く、操作している画面が照明の反射で誤操作してしまうのを防ぐために無くされているみたいです。

私たちの周辺には少しだけ照明がありますが、その白い長い袖が止まり、照明がその顔を映しました。

 

「金剛デース。鈴谷の交代で来マシタ」

 

 金剛さんはそう言います。

 金剛さんの話し方というか、声の調子がおかしいです。気の沈んだ雰囲気を感じました。何かあったんでしょうか。

 

「こちらの椅子に……」

 

 私はそう言って、椅子を指す。金剛さんはその椅子に丁寧に座り、手を膝の上に起きました。

そして口を開いたんです。

 

「葵……。イイエ、ましろ」

 

 やはり、陽動艦隊に選ばれている艦娘の全員には知らされているみたいです。確かに、昨日赤城さんの部屋を訪れた時も、加賀さんが取り乱してはいませんでしたね。きっと、聞かされてから時間が経っていたからでしょう。心の中で整理がついていたんだと重います。

そう考えると、金剛さんも加賀さんと同じタイミングで聞いている筈です。そうしたなら、きっと何か私に対してアクションがある筈です。

それが私にはとても怖いです。何を言われるのか……。

考えられるのは、紅くんを守れなかった謝罪。そして自らの死を持って、その罪を償うという言葉。それだけでした。罪を償うかは個人差はあります。

金剛さんの立ち位置を考えられるのなら、彼女の取るアクションは謝罪と贖罪。”気付いた”艦娘の一員であった金剛さんなら、それまでに例外のない行動は現状あり得ません。きっと、あの袖から何かを出す筈です。

私は注視します。金剛さんの袖、そして目を。

ならなぜ、私は金剛さんが”怖い”と感じたんでしょうか。理由は1つです。横須賀鎮守府で紅くん絡みの騒動には全て、金剛さんが中心に居たんです。そして、1番紅くんのことに”気付いていた”と。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 消灯後、小屋に集まって話した後のことです。

赤城さんと私、武下さんは皆を返した後に代表として少し話をしました。その時、小屋にまだ残っていた鈴谷さんが私に話しかけてきました。

 

「ねぇ、ましろさん」

 

「何ですか?」

 

 作戦のことでは無いことは分かっています。もし、作戦のことならさっきの時間中に発言する筈です。そうしないと、全体にその情報がリーク出来ませんからね。

 

「陽動艦隊の招集の時に、ましろさんの本名を知らない人に教えたんだけどね」

 

 そう話を切り出してきたんです。

そうでもしなければ作戦に参加するとは思えませんからね。それに私も覚悟していたことです。もし、そのことが引き金で何か起きたとしても、仕方のないことだと言い聞かせれるように。

 

「やっぱり皆、取り乱してたよ……。それもその筈だよね。”気付いていた”艦娘の一員しか集めていないし、何より一番紅提督の”あの話”との付き合いが長いからねぇ」

 

 鈴谷さんの言う”あの話”とは、紅くんがモノとして見られていたことなどの話です。

当初は責任や孤独感、夢などを失ったとかで動いていた集団です。その集団が動いていた時期、隣人が密告し合い、内偵がうろついていた時期です。全員同じ所属の艦娘であるにも関わらずそんなことをしていた時期にあり、その時期から”気付いていた”集団は紅くんのために動いていた、と聞きました。

 その”気付いていた”艦娘の一員だったその集団から、今回の陽動に動く艦娘が選ばれているんです。最も、この奪還作戦に関係のある艦娘全員がその”気付いていた”艦娘しかいないんですけどね。

 その話なら、聞かずともどういう内容かは分かります。きっと、落ち着かせるのに色々言ってしまったって言うんでしょう。私はそう決めつけていました。ですが違ったんです。

 

「だけどね、金剛さんだけ……金剛さんだけが何も口にしないどころか、心底悲しそうな顔や苦しい顔、絶望……そんな顔をしなかったんだ」

 

 鈴谷さんからは、私の想像を遥か斜め上をいく言葉が発せられた。

私は一瞬思考が奪われましたが、すぐに戻って訊きます。

 

「それは……」

 

「あり得ないですね……」

 

 私は言いかけた時、赤城さんが割って入ってきました。

鈴谷さんに”気付いていた”艦娘から選ぶことも聞いていましたし、許可を出したのも赤城さんです。

 

「鈴谷さん」

 

「ん? 何?」

 

 赤城さんは突然、鈴谷さんに声を掛けます。

 

「鈴谷さんは、ましろさんの本名を聞いた時、どうしました?」

 

「えっと……『出撃許可証』と『自己解体申請書』を渡して、艤装を身に纏ったかな?」

 

「私は土下座をしましたよ。額から血が出るくらいに頭を床に打ち付けました。それに泣いちゃいましたよ……」

 

 鈴谷さんは少し驚いた様子を見せました。多分、赤城さんは普段はそういうことをしないんでしょうか。はたまた、しなくて良いように上手くこなしていたんでしょう。

 

「”あの3人”の1人の筈なのに、鈴谷はそれがおかしいと思う」

 

「確かにおかしいですね」

 

 私を挟んだ2人がそう話します。挟まれている私には何がなんだか分かりませんけどね。

そんな2人が、私にあることを教えてくれました。

 

「金剛さん。もしかしたら、私たちとは別の何かを考えているのかもしれませんね」

 

「同感。……一番考えられるのは、『ましろさんを紅提督の姉と認めていない』こと。でも、この作戦に参加した時点で、それは無いと思うんだけど……」

 

 2人はそう言いました。

『別のことを考えている』か、『私を紅くんの姉と認めていない』。後者なら分からなくない話です。私は口頭で説明しただけで、実際に証拠などを出したのは1回だけです。

時雨さんの時だけでした。外の人間なら知らないであろうこと、紅くんが艦娘に話していたのなら解ることを話したんです。賭けて出たことがいい方向に傾いた1回でした。

ですけど、あの時に時雨さんがそういう要求をしたということは、知っているということの裏付けになりますからね。

 『私を紅くんの姉と認めていない』というのなら、私は一体どういう風に認識されているんでしょうか。

話を聞く限りだと、『私を紅くんの姉と認めていない』のなら、鎮守府に入った時点で殺されていたでしょう。そうすると話が矛盾してきてしまいます。認めていないのに、認めざるをえない立ち位置の人間だと認識した、ということになります。

 

「やはり、金剛さんは分かりませんね……」

 

「そうだねぇ」

 

 2人は揃って『金剛さんのことが分からない』と言いました。

決定打です。やはり、金剛さんが紅くん絡みで行動が分からない艦娘なんでしょう。

 

「明日から作戦が始まるし、戻りましょう。ましろさんも明日は早いんですよね?」

 

「はい」

 

 赤城さんに言われて、その場で解散になりました。

2人はなんとも無かったかのように帰っていきますが、私は考えが頭の中を巡ります。

ですがこれもすぐに辞めなければなりません。作戦に集中しなければなりません。作戦には参加しているんですから、金剛さんを疑って思考を逸らしてはいけませんからね。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

「紅提督のことは、どうして教えてもらえないんデスカ?」

 

 至って普通のことを訊いてきました。少し身構えたのが無駄だったみたいです。

ですけど、気は抜けません。

 

「色々あるとは思うんですが……」

 

「政治的に利用されている……と、私は思いマース」

 

 ビクッと赤城さんが震えました。私も、教えてもらえない要因としてそれは挙げています。信憑性はどうだか分かりませんが、もし政治的に利用されているのなら、横須賀鎮守府にアクションがあると思います。それがないので、多分ないだろうとは思いますが……。

 

「抑止力として、デモ隊を沈静化させるために……」

 

 私が言いかけた時、金剛さんはそれを防ぐかのように続けたんです。

 

「抑止力という言葉を使うのはどうかと思いマスガ、似たようなものデース。紅提督の”死”を利用して、国内の動乱を抑えこんでいるんデショウ」

 

 一瞬、思考が止まりました。”死”を利用した抑止なんて聞いたことありません。

 

「日本皇国内は、私たち艦娘と紅提督が築き上げた仮初めの平和に縋り付いているだけデス。外で起きている深海棲艦との戦争も、外の世界と決め付けて自分たちとは全く関係のないものとしているのデス」

 

「国内がそういう風なのは知ってますが、それがどうして……」

 

「そうデスネー。その仮初めの平和が崩れたのは、鎮守府が空襲された時デショウ。深海棲艦との戦争を間近に感じて、それまで外の世界の出来事だった戦争が本当は近くにあったことに気付かされた訳デスカラ……自らを取り巻いていた本当の世界に気付いた国民は、それを信じまいと紅提督を攻撃していたんデス」

 

 最も、横須賀の住民は攻撃しませんでした、と金剛さんは続けました。

ここで口を挟んでも混乱するだけだと思い、私は口を閉じます。

 

「”日本皇国の人間”で、今戦争をしているのなんて3ケタいるんデショウカ? 私の知っている限りでは、大本営海軍部、空軍の航空教導団くらいデス。大本営海軍部は上層部ですから、直接は戦ってませんケド」

 

「カウントには横須賀鎮守府の人間はいれてマセン。彼ら、武下さんたちは、日本皇国国民であって、国民ではないデスカラ」

 

「そんな国民の何%いるかいないかという人数しか、戦争を観ていないんデス。今の外は知りませんが、紅提督のいた頃は平和デシタ。戦争なんて文字は街にありませんデシタカラ」

 

「でも、この戦争はあの青年海軍将官が勝手にやっているモノで、我々国民は何も関係のないこと。外の世界の話。だから我々を巻き込むな……というのが、反戦派過激集団の言い分デス」

 

「それを知っている政府は、今回の紅提督の暗殺(?)を利用したんデス。軍病院に運び込まれた時点で、容体は危篤。死んでしまった、と暗に伝えた訳デス」

 

 金剛さんは肩を竦めますが、すぐに続きを言いました。

 

「デスガ、今日まで続いているデモ活動は何でショウネ?」

 

 確かに、今日は朝早く起きて地下司令部に来たから知らないですが、今日も外では大なり小なりデモがあったんでしょう。先日まで行われていた、侵入者の侵入を許したデモ以外で。

 それに、今日まで続いたデモ活動は一体なんだったのか……。

考えうる説は3つ。デモ集団が、金剛さんの言うことを、政府が暗に伝えていたことを理解出来なかった。別の標的が出来た。この場合、一番考えうる標的は『柴壁』です。最後は、紅くんが死んだと分かっていても行動をしていた。

最後のは、何かしらの目的があっての行動です。艦娘なのか『柴壁』なのか。はたまた、紅くんなのか。

この中で一番考えられるのは、別の標的です。紅くんが居た時は、平和だと言ってました。つまり、国内は潤っていたということになります。資源や食料の供給が潤沢だったことを指しています。ですが現在は、私がここに来たときに見た通りです。街は荒廃し、軍人が対空陣地で嘆いていました。『提督はどうしたのか』と。多分ですが、国内が困窮しているんでしょう。資源と食料が共に。

それを踏まえて、この横須賀鎮守府は物資が最優先で運び込まれているようにも感じます。補給部隊の到着頻度は高いですし、食事も不足が無いですから。それに、艦娘と『柴壁』の維持。今回、標的とされているのはきっと『柴壁』でしょう。それは、デモ隊の叫びから分かります。

何もかもが不足している日本皇国国民は、何もかもが不足していない『柴壁』を妬んでいる、そう考えられます。

つまり、これまでとは違い、紅くんを対象としていないんです。

 

「行き着く答えは……何だと思いマスカ?」

 

 金剛さんは無表情で私に問いかけました。

その表情が怖く、何も読み取れないので、私は視線を逸らして考えます。

これまで金剛さんが言った言葉を整理して、組み立てる。回答はすぐに出ました。ですが、私はこんなことを信じたくありません。

信じてしまったら、私がここにいる理由も全て失うことになります。

 

「ましろ?」

 

 回答を否定しますが、否定を証明出来ずにいました。

どうあがいても答えは同じで、私が来た意味すらも無くなりつつあります。

 

「嫌……です」

 

「まし……ろ?」

 

「嫌っ!! こんなことっ!! 金剛さんっ!! だから、貴女だけは動揺しなかった?!」

 

 だから、金剛さんは私の本名を知っても動揺しなかったんです。

 

「憶測に過ぎないとしても、一番確率の高い答えを知っていたからっ?! だから、それを知っていたから、私がこの世界に来た時も、名前を知った時もっ!! “知っていた”からぁっ!!!」

 

 そう……。金剛さんは憶測の域は出ていない、”答え”を”知っていた”んです。

だから、何を聞いても、何をされても、どんなことが起きても、”それ以上”のことは無いから動揺しなかったんです。平静を保っていられたんです。

 私はその場で倒れてしまいました。

頭がついていけなくなったんです。信じていたことを、一瞬にして崩された訳ですからね。

 





 多分、この話を読んで察した読者の方もいると思います。ネタバレ無しですからね?(警告)
こんな話をした後ですが、最終話まではまだありますよ? 時間がかかりますからね。
 あと2回、エンディングがある訳ですが、これ、年末までに終わるんでしょうかね? 凄い不安です。

 ご意見ご感想お待ちしています。

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