【完結】艦隊これくしょん 提督を探しに来た姉の話   作:しゅーがく

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第43話  提督を探しに来た姉の話

 俺は”ある事件”の処理のため、事件現場に来ていた。

俺みたいな下っ端なら到底来られないような場所が、この国始まって以来の大事件の現場になるとは、誰も思いもしなかっただろう。

 その現場はあまりに危険で、万が一にも身の危険があるかもしれないからと、上官から小銃を携帯しろと言われていたが、俺は小銃を持っていなかった。あるのは、腰にぶら下がっているナイフ1本だけ。

 命令違反ではないか、そう同期に言われた。普通ならそうかもしれないが、俺はこう上司に言われていたのだ。

 

『貴様は……そうか』

 

 とだけ言って、俺が小銃を持たないことに目を瞑ってくれたのだ。

 “洗浄”もなにも終わっていない。壁は吹き飛び、弾痕はどこを見ても付いていて、時より燻っている。

そんな建物の状況調査をすることが、俺の任務だ。

 凄惨な現場だ。

ここでおきた事件は、味方同士の銃撃戦。否。正義の鉄槌。否。裁きだった。

 

「こりゃ酷ぇ」

 

 ツーマンセルの相方が、亡骸を見て一言。

 この銃撃戦、仕掛けた側、”裁きを下した者”の男女比が五分だった。だから、仏様になった人も女性が居ないわけがない。

 

「えーっとこの人は……」

 

 現場の現状調査が主任務だが、他にもやることがある。

この銃撃戦での死傷者の数を調べることだ。

 この建物の中には、銃撃戦が始まってから俺たちが入るまでに、亡骸は1つとして運び出されていない。それには理由がある。これは上司に言われた言葉だ。

 

『あそこにある仏様は決して、外に出してはいけない。何故なら、”あちら”さんの殺り方が惨たらしいんだ』

 

 その言葉を聞いた時、ただ撃たれて死んだのだと思っていた。だが、それは違っていた。

 眼下は、本来白色だった筈の床はない。悪臭が漂い、気を抜いたら脚を滑らせてしまう。

転んでしまえば、めでたく俺も仏様と同じ状態になってしまうのだ。

 入り口付近は”裁かれた者”の屍だけがそうなっていたのだが、奥に行けば行くほどその状況は変わっていく。”裁いた者”も”裁かれた者”も同じ状態になっているのだ。

ここまで見てきた中で一番酷かったのは、ある有名な偉い人だ。

首には電源供給のための何かのケーブルが巻きつけられており、白いはずの衣服は真っ赤になっていた。そして、腹部は裂けて内蔵がぶら下がり、片足は頭部に刺さっていた。

それが天井の梁からぶら下がっていたのだ。

 ツーマンセルの相方は吐瀉し、俺も我慢することしか出来なかった。

 

「この人も女か」

 

 俺は周りを見渡す。特に何があるという訳ではない。凄惨なこの建物を、廊下を見ていただけだ。

 

「顔には当たってないみたいだな……。というか、美人だな」

 

 周りを見渡したのは、廊下を見ていただけではない。

今、死傷者の数を調べるのと同時に、”裁いた者”の身元確認もしているのだ。相方は手に持ったメモに名前を書いていく。

 

「なんだって、あっち側には美人が多いんだ?」

 

「知らねぇよ」

 

「何か知らないのか?」

 

 相方はメモを取りながら、俺にそんな風に話しかけてくる。

 

「この辺にポケットが……っと、あった。なになに……沖江、さん。『番犬』第4中隊」

 

 沖江……。聞いたことはないが、そう呼ばれていた人の顔は見たことがある。

確かに美人だった。笑った表情が眩しくて直視出来ないくらいだったのを覚えている。

あの時はただのBDUを着ている姿しか見てない。武装しているところなんて……。

 

「『番犬』ねぇ……。どういう意味か知ってるか?」

 

「知らない」

 

 嘘だ。知っている。この事件の根幹に居る人間。その人間のための、その人間が唯一帰る場所を守るための『番犬』だ。

 

「この沖江さんって人も、あの人に尻尾振ってたんだろうなぁ」

 

 あの人。こいつは分かっていて言ったんだろう。今やこの国で知らない者は居ない人物のことを指している。

俺ももちろん知っている。

 

「”どっち”の意味で尻尾振ってたんだろうな?」

 

「さぁ……」

 

「っといけね、確認確認。……死因は失血死。小銃弾が両腿に5発、腹部に7発、両腕に3発。計15発。……タフだなぁ。こんなに美人なのに」

 

 どれだけの痛みに耐えたんだろうか。沖江さんは小銃を片手に壁にもたれかかるようにして亡くなっていた。足元には流れ出した血で池が出来、周辺には薬莢と空弾倉がゴロゴロと転がっている。

 きっと、ここで倒れて意識が朦朧としたまま、小銃を撃ちまくったんだろう。

沖江さんの正面には、”裁かれた者”の肉片が4つ程ある。

 

「”あの人”のことを追いかけていったってことは間違いないな。さて、次に行くか」

 

 相方はメモが終わったようで、俺もその場から移動を始める。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 事件の全容は発生前から分かっていたことだった。

 早朝。いつものテレビならニュース番組が放送されている時間帯。だが、今日は違っていた。テレビ横須賀と国営放送はニュース番組を放送しなかったのだ。

理由は簡単だ。

横須賀鎮守府からの生中継が放送されていたのだ。放送されていた内容は、この事件を示唆するものだった。俺たち、否、俺は知っていたが、日本皇国の殆どの国民が知らなかったことが放送されたのだ。あの、赤い改造袴を着た女性によって。

 日本皇国のしてきたこと。横須賀鎮守府とは一体なんだったのか。そして、あの人の話。

今日まで繰り返されていた日常を壊し、あの人の、俺が胸ぐらを掴んだあの人の話が語られたのだ。

 俺も丁度その番組を見ていた。朝食の時間だったのだ。といっても、俺は早番だったからだが。

何気なく見ていた国営放送の番組が、ある時間を境に切り替わり、生放送になったのだ。

そしてあの赤い改造袴姿の女性が淡々と話しだしたのだった。

 同じく早番だった仲間も、食事を止めてその番組を見た。最初は色々と言っていたが、次々と語られていったものに言葉を失い、頭を抱えた。

俺は知っていたから何も変わることはなかった。だが、あの人が亡くなってしまったのことに悲しみ、嘆いた。

 その生放送の最後に、ある女性が映ったのだ。それはBDUを身に纏っているが、着慣れていない雰囲気が出ている。そして、俺にとってはとても見覚えのある顔だった。

あのビルの上で、ぼーっと街を見ていたあの女性だ。

その女性の身の上は教えてもらっていた。あの人を探していた人ということだけだが。

だが、あの人が何をしているのかを知らない様子だった。それはこの国の人間として、まずないことだ。

 だったら、あの女性はなんだったのだ。どれくらい考えていたか分からないが、今日、その謎が解けたのだ。

あの女性は『天色 ましろ』。あの人の姉で、あの人を探しに来た家族。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 悪臭に慣れてきた頃、また”裁いた者”の亡骸の身元を確認していた。

もちろん、俺はメモをしない。調べるのは相方だ。俺はただ、周りを見渡すだけ。

 

「この人は、っと……マジかよ」

 

「どうした?」

 

「この人、武下っていう」

 

「あぁ」

 

 武下。武下大尉だ。俺があの時、牢に入っている時に咎めてくれた人だ。

あの時の武下大尉は怖かったが、良くよく考えてみれば、あれは優しさだったのかもしれない。そう思える。

 

「『柴壁』の最高責任者だな」

 

「そうだな。そんな人までここに来たのか」

 

 どういう仕組みになっているのか分からないが、『柴壁』という組織は謎が多い。

事件後、横須賀鎮守府旧警備棟から押収された多くの資料、解析が終わっている中で色々と分かってきていることがあるそうだ。

その中でも、『柴壁』という名前の由来は実に興味深かった。

『柴』。これは日本古来より、人間たちと生活を共にしていた『柴犬』から取っているらしい。そして『壁』。この意味は実に狂気染みていた。

1つは、横須賀鎮守府の壁となり、侵入しようと試みる者を阻む『壁』。もう1つは、この事件の中心人物であるあの人の肉『壁』となること。

この『柴壁』という言葉の意味が顕著に出ていたのは、毎日の様に行われていたデモ活動だ。彼ら『柴壁』はデモ隊に何をされようと、横須賀鎮守府にデモ隊を近づけようとはしなかったと。そして、様子を見に来たあの人の前に立ち、飛んでくるモノから守ったという。

 これだけ聞いていれば、度が過ぎたボディーガードのようだ。だが違う。

彼らは、『柴壁』になるにあたって、誓約書を書いているのだ。記述の中には『我は何があろうとも、天色 紅を自らの命と引換えてでも守る』があったのだ。

どうしてそのような記述があったのかは定かではないが、”何か”があったに違いないとしている。

 

「武下大尉も……昔はとんでもない人だったのにな」

 

「あぁ……」

 

 俺の背中の向こう側の人。武下大尉は海軍憲兵として有名だった。

厳格な姿勢、上の命令には忠実で下の教育に手抜きはしない。そして、心優しい男だったのだ。逸話は色々あるが、ありすぎて困るくらい。

最も、その話をあの人は知らなかったみたいだが。

 

「死因は自決、か? 状態が分からないな。あとで入ってくる衛生部隊が詳しく調べてくれるだろう」

 

 どんな死に方をしたのだろう。

そして、武下大尉は何を思ってここに……。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 階段を登り、ある部屋に入った。そこはモノを保管するところだ。

何を保管しているのかは俺たちには知らされていないが、入ることは許されていた。何故なら、ここにも”裁いた者”の亡骸があるからだ。

 薄暗いところ部屋を進み、一番奥のところまで来ると、その屍があった。

 

「この人もあっち側か」

 

「それはここ来る前に聞いただろう?」

 

 ここで倒れている人は、事前に誰か聞いているのだ。

 

「黒いBDUにフルフェイスマスク。バリバリの特殊部隊装備じゃないか」

 

「一番手こずったって云う……」

 

「あぁ。『忠犬』な」

 

「そりゃ失礼だろう。巡田曹長だ」

 

 この保管庫で絶命しているのは、『柴壁』の中でも特殊部隊に位置する、通称『血猟犬』の実働部隊隊長。巡田曹長。

 この人は唯一、あの人に手を掛けて生き残った男だ。詳しい話は知らないが、全艦娘と当時、門兵だった武下さんらの前で土下座をしたという。

そこからの話は憶測だが、何かがあり、あの人の下に下った。そして、横須賀鎮守府の目となり、耳となり、粉骨砕身していた。それは、あの人が亡くなったあとでも続き、この事件発生直前にあった、横須賀鎮守府と第46機械化歩兵師団との戦闘で指揮系統の情報を詳細に集めたことで知られている。

 巡田曹長は、『柴壁』の中でも特に、あの人への忠誠が深かったそうだ。

実際、横須賀鎮守府を守っていたのは巡田曹長と言っても過言ではないのだ。対外的な情報収集はほとんどを巡田曹長がやっていたという。

 

「この人はこんなところで何をしていたんだ?」

 

 俺はこの人の顔を見たことがない。俺が横須賀鎮守府にいたあの時にも、見たことはなかったからだ。

 巡田曹長がここで何をしていたか、なんて分かりっこない。

ここを襲撃した理由すら、分かっていない。といっても、ここを襲撃することを示唆するようなことは言っていたが。

 

「ここの中身が分かれば、何が目的だったか分かるんじゃないか?」

 

 俺は巡田曹長が手を掛けているところを指差す。

そこは厳重にロックされた金庫。その暗証コードを入力するところだ。

 

「……そこの開閉は俺たちでも出来ないぞ」

 

「そこに書いておけばいい。確認した上官が上に報告するだろ」

 

「それもそうだな」

 

 そう言って、相方は書き込み始めた。

 

「死因は失血死。ナイフによる刺傷」

 

 この保管庫にも、”裁かれた者”が転がっている。

入り口からここまでで30人。入り口の方はショック死、銃撃による失血死、ナイフによる刺傷、痣が多いことから殴り合いの末の絞殺。

きっと、巡田曹長が殺ったのだろう。

 

「背中から一突きか」

 

「あぁ」

 

 この人の横須賀鎮守府までの経歴は凄いの一言だ。

士官学校を卒業後、戦闘力と諜報能力が認められ、今はない『海軍本部』直轄諜報系実働部隊に配属。様々な政治工作などに関与していたのだ。

 

「次、行くか」

 

「そうだな」

 

 俺たちは保管庫を後にした。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 分かっていた。何れ見ることになるであろう、この人を。

あの時、あの場所で見たこの人を。

 

「この人は……」

 

「天色 ましろ。あの人の姉だ」

 

「この人がっ……」

 

 今まで俺が見てきた人たちは、皆、何かしらの目的があるようなところで亡くなっていた。そうでもないのなら、何かを成そうと死ぬ直前まで何かをしていたことが現場から分かった。

なのに、この人の周りからは何も分からない。

 

「異世界人、なんだよな?」

 

「そう言ってただろう」

 

 そう。この人はあの人と同じ、異世界人。

 

「テレビで言ってた言葉、あれって本当なのか?」

 

「さぁ……」

 

 嘘だ。俺は知っている。この人が何しに来たのか、もう開かれることのない口から聞いたのだ。

 

「あの人を探しにこの世界に来て、現実を知って、『柴壁』と共に……」

 

「そうだろうな。とは言っても、この人は元々政府に認知されていたんだ」

 

「そうなのか?」

 

「あぁ。どうやら、この人が来たであろう時期に、大本営にある書類が届いていたようなんだ」

 

「書類?」

 

「滞在希望だ。軍事施設だから、そういう書類は一応、処理する必要があるようだ。最も、あの人が亡くなってからの話だが。その時、書類には『碧 葵』という名前で書類を出している」

 

「どうして偽名なんか」

 

「理由があるだろうが、分からないんだそうだ」

 

 これも嘘だ。俺は知っている。といっても、憶測の域から出かかっているくらいだが。

 艦娘たちのことを考慮している、ということだ。もし、『天色 ましろ』という名前を言っていたのなら、きっと”何か起きていた”に違いない。

それを恐れたこの人は偽名を使った。そして、書類を処理するのにも偽名を使わざるを得ない状況にあったということだ。

 

「……ん? 待てよ」

 

 相方が突然、こっちを見て話しだした。

 

「お前って確か、その書類が大本営に提出されて日付の何日か前に……」

 

 感の鋭い奴だ。

俺はあの時、あの場所でこの人に会った。その後、俺は当時、コンボイに載って近くを通ると聞いていたコイツに連絡を取り、この人を拾って貰い、そのまま横須賀鎮守府まで送ってもらったのだ。

 

「どっかで見たことのある顔だと思ったら……」

 

「あぁ。あの時の人が、天色 ましろだ。その時は俺は名前なんて知らなかったし、きっと、この人もこの世界に来たばかりだったんだろう。よくよく考えてみれば、合点が付く」

 

「そうなのか?」

 

「あぁ」

 

 俺はこれまで”裁いた者”の方へ目を向けることはほとんどなかったが、この人だけはこの目で見た。

 傷が酷い。暴行の後だってある。銃で撃たれた後もある。この人は民間人のはずだ。

なのに、”裁かれた者”はなりふり構わず攻撃したのだ。

 

「よく見たらこれまでのより酷いな」

 

「あぁ。何人にも囲まれて、無抵抗で攻撃されたんだろうな」

 

 打撲痕、叩いた痕が目立つ。それに、服がはだけていた。きっと……。

 

「一番酷いじゃないか」

 

「あぁ……」

 

 俺は今更遅いが、既に青白くなっていたそこにカーテンを破いて身体に被せてやった。

その時、あるものが目に入る。

 

「これは……」

 

 この人のずれ落ちたベルトに、白いモノがぶら下がっていたのだ。

それを手に取り、よく見ている。

 

「海軍将官の帽子、か?」

 

 俺はそれをよく見てみた。

帽子の内側は至って普通の帽子だったが、ひと目で持ち主が誰なのかが分かったのだ。

 

「日本皇国、海軍……横須賀鎮守府……天色 紅……」

 

 この帽子の持ち主はあの人だったのだ。

どうしてこの人がそんなモノを持っていたのか分からないが、そんなモノがここにあったのだ。

 

「マジかよ……」

 

「刺繍で入ってる」

 

「本物かっ……」

 

 本物だ。これはあの人のものに違いない。

 血みどろになった帽子を俺は手に持ったまま立ち上がった。

 

「あぁ……」

 

「どうした?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、終わりだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

『臨時ニュースを報道します』

 

『今朝、横須賀鎮守府艦隊司令部所属の戦闘員計1500名が突如、大本営と松代の支部を攻撃。激しい戦闘を繰り広げました』

 

『横須賀鎮守府艦隊司令部所属の戦闘員、『闘犬』らは小火器や装甲車にて侵攻』

 

『目的は不明ですが、大本営と松代が再起不能になるまでに攻撃を加えました』

 

『どうして、こんな状況になってしまったかは、今朝、あるテレビ局の生放送で語られていました』

 

『航空母艦 赤城の語りから始まった生放送。その最後に現れた女性』

 

『語りの内容の大部分が、先日亡くなられたと報道された天色 紅中将のことでした』

 

『私たちの知ることのないことが事細かに語られ、更に、日本皇国の実態までもが語られました』

 

『彼の思い、願い。本人の口からは語られなかった言葉を、航空母艦 赤城が代弁していたのです』

 

『そして、最後に現れた天色 ましろという女性。彼女がこの世界で見たものはなんだったんでしょうか』

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 あの事件の次の日の朝の報道番組の内容は凄まじいものだった。

 大本営と松代の軍第二司令部を襲撃した横須賀鎮守府艦隊司令部 『闘犬』は、誰一人として残すこと無く全滅。

この襲撃はその日、日が落ちるまでに終わり、内部状況を確認した部隊の報告による情報で襲撃が終わったことが告げられた。

 死者大本営と松代合わせて約20000名。内『闘犬』は約1500名。日本皇国軍側の被害は約18500名。大本営と松代に常駐していた部隊及び、近隣の増援部隊が全滅。

日本皇国、否、日本国で最大級の死者数を叩き出した事件となった。

 首謀者である天色 ましろは死亡。『闘犬』指揮官の武下も同じく死亡。それ以下、『闘犬』所属の全員の死亡が確認された。

 あの事件の生還者たちは、報告書にこんなことを書いていた。

『あれは『闘犬』ではない。血に飢えた肉食獣か何かだ』

そう書いていた。それもその筈だ。彼らは主人を殺した者たちを攻撃しに来たのだからだ。

 彼らは狼犬。犬ではない。己の心から殺意が溢れた”犬”たちだったのだ。

私の仕事上、どうしてもメディアよりも話は舞い込んでくる。

私は彼らを狼犬だと比喩したが、現場から生還した者は違っていた。血に飢えた狼。そう比喩したのだ。

 我々は何を間違えたのだろう。ふと、これを書きながら私は思う。

あの場所に居た者たち、全てがこの世から消えてしまった。

艦娘たちも姿を消してしまった。だが、行き先は分かっている。

 中部海域だ。

目的は不明だが、今朝方横須賀鎮守府に入った私の部下の話によると、本部棟の執務室の机の上に置かれていたのだという。赤茶色の字で書かれた出撃表が。

横須賀鎮守府に所属する全艦娘の名前が書かれていたのだ。

きっと、彼に逢いに行ったのだろう。

大本営海軍部長官 新瑞の手記より

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 燃え上がる海上。どこを見ても燃え上がっていて、私の立っているここも燃えています。

ずっと足元で報告が流れ続けているが、私はそれに耳を傾けません。

 あぁ。これでやっと逢いに行ける。そう思ったのです。

身体が焼けるような思いをしているはずなのに、血を流して傷口が痛むはずなのに、仲間が次々と倒れて胸が張り裂けそうなのに……。

 

『あ……ぎっ…!』

 

 途切れ途切れに脳内に響く声。その持ち主は、”彼”を思い続けた人。

 

『先に……いってる……ネ』

 

「こん、ごう……さん」

 

 辛うじて動く口を動かし、相手に私の声を届けます。

 

『”家”を出た……あの時は……ゲホ……』

 

 ビチャリと何かが出た音が1つ。

 

『海を、埋めっ……ゲホゲホ……』

 

『埋め尽くして、いたっ……私、たち……ゲホゲホッ!』

 

『っも、もう……4人しかっ……』

 

 片耳から声が飛び込みます。

機関停止。弾薬庫炎上。燃料槽破損。電気室浸水。

 

『あか、ぎ……の、突撃っ……ゲホゲホッ……陣形、役に立った……デース』

 

「金剛さん……」

 

『きっと……”提督”はっ』

 

 向こう側で吐出した音が聞こえました。

 

『紅、提督はっ……よくやったって……』

 

「金剛さんだってっ! きっと、褒めて貰えるに決まってますっ!」

 

『アハハッ……楽しみ、デース』

 

『あか、ぎ。……貴女も、もう駄目なんじゃ……ゲホゲホッ……ないん、デスカ?』

 

『報告が、聞こえて、き、マース』

 

 船体の傾斜が増幅。もう、壁に手を付いてないと立ってられないくらいです。

 

『私は、まだ、戦えマー、ス』

 

 私は付いた手の痛みに耐えながら、指示を出します。

 

「残っている艦載機は?!」

 

「2機っ! 先ほど飛び立った震電改だけです!」

 

 その震電改は爆装をしています。500kgだったはず。無理矢理積ませたものです。

 

『全艦、残っている砲門は……』

 

『そう……。なら、目標っ! ゲホゲホッ! 前方の深海棲艦群! 撃てば当たりマースッ!』

 

 震電改に戻ってくるように伝えました。

 私の、私たちの眼下に広がるのは、真っ赤な海と真っ黒な水平線。

この海は炎と深海棲艦に埋め尽くされています。

 

『てぇー!!!』

 

 刹那、近くで轟音が轟き、光の玉が飛んでいきます。

それと同時に、爆発音。

 

『もう……駄目みたい、デース。今度、こそっ……』

 

 連続して爆発音。1つ。2つ。3つ。

 私の居るところにも色々な”モノ”が飛んできます。

 

『あぁ……紅、提督ぅ……』

 

『今、そっちに行く……ネ』

 

 私の左目に、赤い光が飛び込みました。

 私の身体ももう限界です。傾斜は戻らない。あちこちで爆発を起こし、余計に傾いていました。

 それと、残っていた他の艦も、炎上したまま黒い水平線に消えていったのです。何も言わずに。

 

「戻って、きましたか?」

 

 私は訊きます。

返答がありました。もう着いた、と。

 

「皆さん……」

 

「長い間、お疲れ様でした」

 

 大きな爆発。衝撃でよろめき、頭を打ちます。

鈍い音が骨から直接響き、それと同時に痛みが消えました。痛いはずなのに、血を大量に流しているはずなのに。

 

「私も、すぐに行きます……”処理”をお願いしますね」

 

 赤と黒しかなかった視界が突然、移り変わります。そしてそこには……。

 

『赤城』

 

「てい……とく?」

 

 紅提督が居ました。執務室で、いつもの机に向かっています。

 

『ほら、さっさと執務やるぞ』

 

「紅、提督?」

 

 ぶっきらぼうですが、いつものように。

 

『赤城もさっさと片付けて建造行って来い』

 

「紅提督……」

 

 私を、報告を忘れてしまう私を咎めてくれる。

 

『また報告忘れてたらどうしてやろうか』

 

「紅提督っ!」

 

 そんな紅提督が、目の前に……。

 

『……まぁ、何もしないけどな』

 

 すぐ手の届くところに。

 

『ん? どうした、赤城?』

 

 もう少しで届くそこに。

 

「紅提督ッ!!!」

 

 居ませんでした。

 赤と黒の世界。私の視界には、真っ赤になった両手。

その手が地面に落ちます。その手に握られていたのは、いつの日かに紅提督から頂いた、小さい懐中時計。

 

「あぁ……」

 

 爆発音が鳴り響く中、発動機の音が聞こえてきました。

 

「今すぐ」

 

 風の斬る音が近づき。

 

「そちらに、逝きますね……」

 

 閃光。

 




 これにて、『艦隊これくしょん 提督を探しに来た姉の話』のマルチエンディングその1。バッドエンドを終わります。
今回も後日談は要望があれば書きます。
 今回は全43話で纏めてしまいましたが、これくらいがちょうどいいのかな? と思います。
それと、マルチエンディングですので、また活動報告にて投票を行おうと思います。
活動報告は予約投稿出来ませんので、今話の予約投稿が終了した時から書き始めてから投稿します。

 ご意見ご感想お待ちしています。ちなみに、今回まで苦情は一切受け付けません。そして、作品に関する否定的な言動は全て無視します。今まではそれにも返答はしていましたがねw

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