【完結】艦隊これくしょん 提督を探しに来た姉の話 作:しゅーがく
濃い霧が立ち込める第二司令部の前に、全軍が整列していた。
これから部隊は移動を開始し、横須賀鎮守府に向けて行動を開始する。
「新瑞。本当に君は……」
「指示の伝達は速い方が良いに越したことはありませんし、指揮官も現場の状況を把握できている方が良い指示が出せますから」
「だからといって……。この前も言ったが、君も赴くなど」
「大丈夫ですよ。私は大宮で指揮を取ります。艦砲射撃や航空爆撃があったとしても、横須賀に移動を始めるまでは平気ですから」
大丈夫とは言わない。
今、総督から改めて止められているのだ。私が部隊と共に前線に赴くことを。
今となっては虫の息の海軍だが、現場で判断を下せるのは私くらいだ。それに、『番犬艦隊』とのコンタクトを取れるのも私だけ。他の者が近づこうものなら、一撃で何も残らないだろう。
そういうところも考えて、私は共に行くと決めたのだ。
確かに、迷惑はかかるだろう。だが、これは国の行く末を決める戦。
必ず成功させるためには必要なことなのだ。
「とはいえ。……君の妻の方に連絡を入れるのは、私なんだぞ」
「えぇ。私の上司は総督だけですから」
「陛下が直々に連絡しようものなら、そのまま君の妻は後を追いかけかねないからな」
「えぇ」
私はそう話しつつ、隣のトラックに目を向けた。
そちらには『番犬艦隊』が乗り込んでいる。
ビスマルクは窓を開けて肘を掛けていたので、私と総督の話し声も聞こえていたことだろう。
私の方を見て、目で語ったのだ。
「……武運長久を祈る」
「こんなところでくたばったりしませんよ」
そう言って私は指示を出す。
「出せ! これより、『突風』作戦を開始する。全軍、前進!!」
応答するかのように、私の正面に並んでいた車列が一斉に動き出す。
私は横を向き、総督に敬礼をした。
挨拶だとはいえ、もしかしたらもう見ることもない顔になる可能性だってある。
そんなことを考えながら、私は敬礼をしたのだ。
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松代から軽井沢までの道のりは、少々渋滞していた。
それもそうだろう。軽井沢には軍の臨時集積場があるだけでなく、民間の食料品や日用品、家電などが運び込まれている。
どこぞの実業家の土地を利用し、そこに冷凍食品や缶詰、ティッシュやトイレットペーパー、電池、衣類、レンジやケトル、オーブン、携帯電話、PCなどがコンテナに入れられて並べられているのだ。
それを回収し、各地へ分配するトラックが行き来でこの上信越自動車道を使うのだ。
もちろん、民間だけでない。軍用トラックもここを通る。
軍の集積場から必要な各地の陣地へと運ばれていくのだ。その逆もまた然り。回収された装備も一度はここに集められる。
「渋滞に嵌りそうです」
そう言ったのは、私が乗車しているトラックの運転手だ。
この者は海軍第二憲兵師団の人間だ。
私よりも2周り程年下だが、階級は中尉。大卒で少尉任官で、これまで数年間程軍で勤務しているらしい。
「仕方ないだろうな」
「そうですね。ですが、我々の部隊が長い車列を形成している影響からか、後方の民間トラックもまた車列に……」
「どうせ行き先は同じだ。気長に行こう」
そう言うが、私は大丈夫でも他の兵は気長にいられないだろう。
作戦というのは、そのタイムスケジュール通りに動かないといけないものだ。だが、今回の作戦はそういった時間の縛りに左右されていない。
なので、各部隊に配布した作戦予定には『時間』という文字は書いていないのだ。全て、準備が整い次第出発だとか、頃合いを見てだとかしか書いてない。
時間厳守である軍ではあり得ない作戦であることは重々承知だが、時間に左右されないということは柔軟な機動性を持つことになる。
臨機応変に事態に対処できるとも言えるが、その場で判断を下す者にそれらの重責がかかる。対処方法を謝ると、全滅しかねない。代替案や保険を掛けるかはその場の判断になってしまうのだ。
「……閣下は」
「閣下は止めてくれ……それで、なんだ?」
「新瑞大将は、『番犬艦隊』のことをどうお考えなのでしょうか?」
これは普通なら答えるべきではない質問だ。
憲兵ならそれくらい分かっているようなものだが、精神状態が良くないんだろう。
正しい判断が出来ていないようだ。
だが、私は答えた。良くない方向に持っていく訳ではない。いい方向へと。
「あれは我々の、日本皇国最期の剣だ」
「確かに、私たち人間の力はあまりに弱すぎましたからね」
「……彼女たちが表れなければ、君たちは皆兵科転換させられていたんだ」
真実だ。
これはあくまで、今の方がいい方向に向かっているということを暗に伝えているだけだ。
「あれですか? 海軍工廠で建造中という新鋭艦の……」
「あぁ、乗員にな。だが良かった。私もそれは望んではいなかった」
新鋭艦の建造を命令したのは陛下だが、私や総督は意見する権限が与えられていた。
だが、私や総督は意見をしなかったのだ。
そうはいうものの、新鋭艦を何に使うのかなんてだいたいの想像は着く。
横須賀鎮守府が担っている幾分かの任務を肩代わりすることだ。
近海哨戒くらいはできるだろう、との陛下の意見に私たちは同意したのだ。
「今の情勢であれらを運用するとなると、どう考えても戦地に赴くことになることは自明だった。この作戦も筋書きや肩書は”一応”、海軍工廠の奪還が含まれているだろう?」
「そうですね。大本営を奪還した後、体勢を立て直して横須賀方面に進出するという」
「あぁ。陛下には神奈川東京埼玉、プラント、大本営、海軍工廠奪還の任務と伝わっている」
そう言うと中尉は驚いた。
「それ、仰って良かったことなんですか? 私は憲兵ではありますが、海軍です。大将の命令の下で動いているので、告発などはしませんが、陸軍の奴らに聞かれでもしたら……」
「大丈夫だ。もし告発されても私は無罪になる」
「え?」
「陛下も分かっていらっしゃるんだ。本作戦の目的を」
この作戦の表向きの目標は神奈川東京埼玉、プラント、大本営、海軍工廠の奪還ということになっている。
だが、本当の目的は別にある。
賭けだ。そもそも私たちだけで深海棲艦との戦闘は無謀だったのだ。だが、そこに『番犬艦隊』が加わったことで有利にはなる。だが、それだけなのだ。
本来の目的というのは、『横須賀鎮守府の復旧を行い、そこに若い海軍の士官を置くこと』。つまり、再び日本皇国は深海棲艦に攻勢を掛けることなのだ。
「その架け橋となるのがこの作戦なのだ」
だが問題に直面する。
『番犬艦隊』をどうするか、だ。そうは言うものの、考えはまとまっている。
横須賀鎮守府の復旧には時間がかかると予想されている。
それに、ノウハウの吸収を行い、それなりの情報をこちらが持つことが絶対条件だ。だから、鎮守府にあるありとあらゆる資料や書類、情報と呼べるものを全て回収し、整理し、纏めること。そして、それを理解することが必要なのだ。
それが出来てからは、国内の整備と海軍の再建と勢力拡大。情報統制。裏方の汚れ仕事もあるのだ。
それの約半分を『番犬艦隊』に任せ、その間は東京湾内の安全を確保してもらうため、補給の容易な東京港に拠点を置くことになる。
「そうなんですね。……『番犬艦隊』がいなければ」
「私は中尉たちに「死ね」と言っていたことになる。しかも、名誉ある戦死。何かを守り、何かを成すために死んだ訳ではない。ただの犬死だ」
そう。何の意味も成さない。ただの犬死。意味のない死。
無謀に死にに往く。無残に嬲り殺される。陰形も残らない。そんな死があるだけなのだ。
私たちの、人間の攻撃は通用しない。
「全ては陛下の、日本皇国のためだ」
嘘。日本皇国のためであるのには変わりないが、私の本心は彼女たちの願いを叶えるためだ。
横須賀鎮守府を奪還し、そして、願いを叶えるために取り戻すだけだ。
「動き出しましたね。……軽井沢まではあと少しですよ」
「そうだな」
長い車列は蛇のように曲がり、道路の出口へと向かっていく。
最初の行き先は軽井沢臨時集積場。この作戦の1つ目の中継地点だ。
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軽井沢臨時集積場には、日本皇国各地に散っている部隊が集まっていた。
とはいえ、物資を受け取るためだが。
北は青森、南は鹿児島と宮崎の県境までだ。
どうしてそんなところから、わざわざ本州の中央、しかも山の中に来るのか。
それは、現在の日本皇国内にはこの軽井沢以外に、物資を受け取れる場所がないからだ。
各地の現状までは私は知らない。だが、何となく分かっているつもりだ。
各地に海兵を集めに行っていた人間によると、あちこちで深海棲艦の艦載機が出没。軍はこれの迎撃にかなり手こずっている様子。
陸軍は地上から対空砲火を。空軍は戦闘機を使い、航空戦をしているようだが、思ったようには行かないみたいだ。
「新瑞大将。我々が受け取るものは……」
「話は付けてある。好きなものを持っていけるそうだ」
そう。私たちは本州の沿岸部奪還の橋頭堡を築くべく、戦地へ赴くのだ。
陣地への補給というものは、戦闘を繰り返していればいるほど、欲する武器弾薬は多くなっていく。
つまり、過剰に持っていってどうせ無駄になるのだ。
「そうなんですね……。おぉ、10式戦車まであるんですね」
「部隊章を見る限りだと……撤退戦で撤退した範疇の基地所属のものか」
「そうみたいですね。状態を見る限り、肝心な時に動かなかったので放置されたかと」
「そのようだな。損傷箇所が無い」
こういったものまでここには置かれているのだ。
私は中尉と共に歩き回り、弾薬や手榴弾、対戦車誘導弾発射機と弾頭をある程度確保すると、そのまま部隊に号令を掛ける。
「ある程度休憩は出来ただろう。出発するぞ。次の目的地は陸軍大宮基地だ」
無線で一方的に、車列にある全車両に伝えると、前進の指示を送る。
そうすると、車列は動き出し、軽井沢臨時集積場を出て行った。
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見渡す限り、私たちだけしか走っていない自動車道。
私は窓から望む景色をぼーっと見ていた。
流れる風景に見覚えは無いが、道を囲む山の木々の緑はとてもいい色をしている。
そんなことを考えていても、現実は変わりはしない。
この付近。そろそろ藤岡JCTに到着するのだ。
礁氷軽井沢から上信越自動車道に合流し、そのまま藤岡まで向かっていた。
ここを通るトラックなどあまり居ない。
そう、藤岡JCTの守備を任されている部隊しか居ない。
厳密に言えば、沢山の民間のトラックや軍用の輸送隊も通る。だが、そこまで頻繁には通らないことだろう。
藤岡JCT守備隊はというと、陸軍第二方面軍から捻出された部隊で構成されている砲兵中心で構成された迎撃専門の部隊だ。
装備は基本的には自走対空砲。地対空誘導弾、対戦車誘導弾、重機関銃座等など。
市街地にある陣地を巧みに偽装している。軍の偵察機でも発見できないらしい。
「JCTを通過し、大宮へ向かいます」
「分かっている」
中尉がそう私に報告する。
形式上、必要なことだがそれは私も見れば分かる。
「……ここから先、数十km先からは撤退区域ですね」
そう中尉は呟く。
今はこの自動車道も綺麗だが、この先を行くと、道路自体が残っているかも怪しい。
深海棲艦の航空爆撃を受けていれば、穴だらけになっていることだろう。
そういう地域にこれから入っていくのだ。
ここからは深海棲艦の艦載機は確認できないが、そこまでは攻撃を受けていたので、私たちが入ってきた途端に攻撃を受ける可能性は大いにある。
「空軍より通信です」
荷台に乗っている通信兵から、受話器が差し出された。
小さい窓からだが、腕は十分に通る。そこを通して、私に受話器を差し出してきたのだ。
それを受け取り、耳に当てると返事をする。
「こちら新瑞」
『現在、大宮辺りを偵察中。緊急時に付き、通信をさせていただきました』
今、大宮を飛んでいるのは、航空教導団のF-15J改ニの2機分隊のはずだ。
威力偵察も兼ねている。
『沖合より、深海棲艦の攻撃隊が接近中。編成は不明』
「了解した。引き続き、偵察活動を頼む」
私はそう言って、荷台の通信兵に受話器を返し、指示を考える。
こうなることは想定の範囲内だ。どれほどの距離が離れているか、パイロットはその報告を省略したが、それは最もな判断だろう。
沖合から来ているということは、現在も海上を飛行中ということ。現在走行している地点がちゃんと把握出来ているので、どれほどの距離があるか等は想像出来るのだ。
「通信兵。全軍に対空戦闘用意」
「了解しました」
私の指示を聞いた通信兵は、荷台に戻って全軍に連絡を入れる。
内容は私が言った通り。その通信が終わると、視界に入るだけの部隊の装甲車などは、ハッチが開いて兵士が機関銃を構えた。そして、余裕のある車両からは、対戦車誘導弾発射機を肩に乗せた兵士が空を見上げ始めたのだ。
「大宮基地までは30分といったところか?」
「そうですね。ですが、悪路を走ることになりますので、その2倍はかかることが予想されます」
1時間、大宮基地まで走ったままなのだ。
ということは、停車するまでに深海棲艦の艦載機隊と接敵することになる。
私は決断を下す。
「通信兵。『番犬艦隊』へ」
「はい!」
荷台の窓から呼び出し、指示を伝えた。
「Z1とプリンツ・オイゲンへ。現時刻より30分後に降車し、艤装を展開。対空戦闘を行うよう」
「了解しました」
そう言って私は姿勢を戻す。
これから、作戦が始まるのだ。
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各部隊はそれぞれの集団で、車列から散開。深海棲艦の艦載機による航空爆撃や機銃掃射から逃れるべく、下道の悪路を走っていた。
私の乗っていたトラックもまた、陸軍の第一五連隊の通信部隊とZ1とプリンツ・オイゲンを降ろした『番犬艦隊』の艦娘を移送しているトラック数台が共に逃げていた。
「戦闘機に狙われています!」
「それは分かっている!」
現状、猫に追い回されるネズミのようだ。
振り切れずに、小道をくねくねと逃げ回っていた。
「通信部隊は無線機や機器を積んでいるために、対戦車誘導弾発射機すら持ってませんよ!」
「分隊支援兵が軽機関銃で応戦すればいい! 頭を狙い、機関銃の射線からトラックが外れさせるんだ!」
そう指示を出すと、一斉にトラックから分隊支援兵が機関銃を撃ち出した。
空気を劈くような音を一定間隔で鳴らし、薬莢が甲高い音を立てながら落ちていく音が小さく聞こえてくる。
それに伴い、地面に跳弾する深海棲艦の戦闘機から発射される機関銃は遠ざかっていく。
射線を逸らすことが出来たみたいだ。
長いこと撃ち続けたら、弾薬も底を付き、撤退していくだろう。そういう目論見も視野に入れた指示だったのだ。
「コントロールを失った深海棲艦の戦闘機が墜落します!」
私はその声を聞き、すぐに窓から顔を出してその戦闘機を探した。
空に黒い線を引きながら降下する戦闘機を視認し、状況を確かめる。
どうやら、軽機関銃の弾丸がエンジンルームに直撃。燃料に引火したみたいだ。
だが、人間の手しか触れていない弾薬なのに、効果があったのは変だとは思ったものの、妖精が手を触れていなくとも、攻撃としては多少なりとも通用することは分かっていた。
今回は運が良かったのだろう。
「体勢の立て直しをしないところを見ると、どうやら操作系をやられたみたいだな」
そうつぶやき、私は手頃な紙を手に取り、メモを取る。
私たちが、深海棲艦の艦載機を撃墜したことは何回もある。だが、今回はその中でも初の陸上での撃墜なのだ。
機体を回収し、調査を行う。そのために、後に回収するため、落下地点付近のメモを取ったのだ。
メモを取り終え、すぐに空を飛んでいる残りの戦闘機の数を数えた。
全部で2機。1機は補給のために撤退したみたいだった。
それに、残っている2機もずっと機関銃を撃っている。そろそろ弾薬が無くなるか、給弾不良を起こすころだろう。
「2機が撤退していきます!」
荷台から報告が入る。どうやら、弾薬がなくなったかジャムを起こしたみたいだ。
私はすぐに指示を出した。
「早急に部隊と合流。大宮基地に向かう!」
そう言って私は現在地を確かめるべく、地図を開いた。
現在地はここ、北本だ。どうやら、逃げながら遠ざかってしまったみたいだった。
私は近くの電柱や信号の標識を見て、現在地を特定する。
そして、大宮基地までのルートを選定した。
「被害状況を確認。同時に方向転換し、大宮基地に向かう」
運転をしている中尉と後ろの通信兵への指示だ。
一応、深海棲艦の攻撃は退けることに成功したが、他の散り散りになった部隊の安否が気になるところだ。
もうあと数話で終わります。多分……。
ということなんで、もうしばらくお付き合い下さい。
このアフターストーリーは重要なんですから。
作業環境が着々と整いつつあります。
これまでは、自宅でしか執筆作業が出来ませんでしたが、外出先でも作業できるように色々買っております。あと、周辺機器を1つ買うだけです。
財布が薄くなりますが、気にしない気にしない。
ご意見ご感想お待ちしています。