【完結】艦隊これくしょん 提督を探しに来た姉の話 作:しゅーがく
刻々と進み行く時と共に、航空教導団の偵察情報が舞い込んでくる。
だいたいの内容は、『番犬艦隊』と機動部隊の戦況だった。
帰る分だけの燃料ギリギリまで飛び続け、タイミングを見計らって交代する偵察機からもたらされる情報が、今の私の目と耳になっていた。
現在、『番犬艦隊』が深海棲艦の機動部隊と接敵してから4時間が経っていた。
通常の交戦ならばあり得ない時間が掛かっている。
深海棲艦の侵攻が始まる前に横須賀鎮守府から回収した資料によると、艦娘の艦隊と深海棲艦の艦隊との艦隊戦では、決着が着くのにだいたい1時間くらいが掛かっていたのだ。
だが、今現在起きている艦隊戦はその3倍の時間が掛かっている。
経験のないビスマルクたち『番犬艦隊』とはいえ、ここまで決着が付くのに時間がかかるものなのだろうか。
それに、燃料が帰る分しか残っていなければ撤退を選ぶはずだ。
一度は撤退し、補給を行って万全な態勢に戻した後、再度攻撃を仕掛ける。こういった手を取っても良いはずなのだ。
だが、横須賀鎮守府から東京湾に出て、相模灘を通過して大島に向かうだけならば、巡航していてもそこまで燃料を消費するとは思えない。むしろ、ほとんど残っているはずなのだ。
となると、この3時間は何か別の要因が発生している状態での戦闘になっていると考えられた。
『番犬艦隊』は、この3時間で機動部隊の駆逐艦を2隻轟沈させている。そして、重巡にも痛手を負わせているのだ。戦艦はかすり傷、空母2隻もまた然り。
双方の空母は、船体に傷は負ったものの、飛行甲板は無傷だという。
その空母から繰り出される艦載機群を、グラーフ・ツェッペリンの艦載機隊が迎撃に当たっている。
Fw-190を艦載機用に改造したものを、横須賀鎮守府工廠で更に改造を施した特別機。桁外れな火力と機動性、速度性は、乗り手によっては化物になるとグラーフ・ツェッペリンは言っていた。それがだいたい20機いるかいないか。
それが100にも届く艦載機群の相手をしているというのだから、私は結果を決めつけていた。
「新瑞大将。航空教導団からの要請で、航空隊を派遣し、『番犬艦隊』の支援を……」
「ならん」
通信兵が仲介する航空教導団の申し出を、私は一蹴した。
何故なら、現在の全軍の指揮権はビスマルクに委ねられていた。私がここで航空教導団に支援命令を出せば、形式上は軍規に反する。上官の命令無視とまではいかないが、指揮官の命令無視には当てはまる可能性が十分にあったのだ。
一方で航空教導団の思いも理解していた。
短い間ではあったが、近くで横須賀鎮守府を見てきた彼らだ。もちろん、ビスマルクたちのことも知っているのだろう。情が湧いたと言えば、それはなんだか違う気がするが、助けてやりたいという気持ちが沸くのは至極当然のことだった。
そんな時、地下司令室に声が響く。
それはビスマルクの声だった。どうやら通信を入れてきたようで、それに私は呼応した。
「こちら横須賀鎮守府地下司令部、新瑞だ」
『ビスマルクよ。先ずは、偵察機からの情報提供ありがとう。どうやら、私たちが狩らねばならない敵はこいつらで間違いなかったみたいよ』
「そうか」
ビスマルクの声の向こう側では、炸裂音が断続的に鳴り響いている。大きいものや小さいものまで。数多の砲門が砲弾を吐き出していることが分かった。
『現状報告よ。私たち『番犬艦隊』は現在、大島付近で深海棲艦の機動部隊と交戦中』
それはこちらでも分かっていることだ。形式上、口に出したのだろう。
『駆逐艦2隻は轟沈。重巡は大破させたわ。……オイゲンったら、勝手に吶喊して手柄を挙げるんだもの』
となると、現在交戦しているのは戦艦と空母2隻という訳だ。
多分、重巡は虫の息。反撃出来ていたとしても、散発的な砲撃だろう。被害状況によっては、効くかも分からない機銃を撃っている可能性も考えられる。
『こちらの被害はZ1が中破、Z3は小破……』
そんな報告は初めてだ。通信妖精たちは、『番犬艦隊』の被害状況なんてものは教えてくれなかった。それに、航空教導団の偵察機もそれは教えてくれなかったのだ。
航空教導団の偵察機が報告しなかったのは、単に艦娘の船体の被害状況を伝えられるか分からなかったからとも考えられるが、とりあえず、闇雲に分かりもしない被害状況を伝えなかったと私は判断した。
『プリンツ・オイゲンは吶喊した影響で戦艦と重巡の砲撃をモロに食らって大破直前』
そうなっていてもおかしくはなかっただろう。
『グラーフ・ツェッペリンも艦載機を1/4は落とされたみたいで、航空隊は壊滅。攻撃隊は辛うじて残ってるけど、赤城航空隊みたく航空戦は出来ないから無駄に海に鉄くずを落としているだけよ。アイオワは全砲塔が破損。プリンツ・オイゲンの後発として、戦線離脱中。秋津洲は二式大艇を飛ばして周囲偵察に出ているから、戦闘には参加していないわ』
つまり、懸命に攻撃隊を出してもことごとく落とされているということだ。
愚行ではあるかもしれないが、正常な判断が出来ていない可能性がある。それはビスマルクも分かっているはずだが、それを咎めているようには思えなかった。
他の艦娘も何かしらをやって、それ相応の被害を受けているとのこと。
秋津洲が偵察に出ていることは初耳だった。
『斯く云う私も中破目前の小破。……このまま戦闘を続けていても、どうにもならない可能性があるわ』
つまり、敗色濃厚な艦隊戦を今も継続しているということらしい。
『恥を偲んで頼むわ、新瑞。……航空教導団に支援要請。対艦装備で此方に部隊を回してもらえないかしら?』
そういったのである。
顔は見えないが、その声色から察するに、下唇を噛みながら言ったに違いない。
悔しい。力及ばず、味方に支援を頼んだその自分が情けないのだろう。
「了解した。航空教導団に『番犬艦隊』の支援を要請する」
『ありがとう、新瑞。それとまだ1つ』
これで終わりかと思っていたが、まだ続きがあるようだ。
『大破したプリンツ・オイゲンがレーベとマックスを連れて離脱しているんだけど……』
私は叫びそうになった。
敗色濃厚な状況の上、手負いの艦を逃しているというのだ。だが、それを私は口には出さなかった。
『途中でプリンツ・オイゲンの偵察機が深海棲艦とは違う船を発見したのよ』
「は?」
ビスマルクの言っている意味が分からなかった。
現在、日本近海を航行する船といえば深海棲艦くらいなものだ。現在はビスマルクら艦娘が航行しているが、それ以外の船が航行することなんてあり得ない。
一体、どの船なのだろう。
『超高速で航行しているわ。艦種は不明。サイズは巡洋艦サイズ』
それを言われ、私はそれが何か分かってしまったのだ。
海軍工廠で建造しているかさばね型汎用護衛艦だ。それ以外に思いつくものといえば、商用のタンカーや輸送船。それらだったら、幾ら海にあまり出たことのないビスマルクらでも分かるはず。
わざわざ、分からないとまで言ったということは、本当に見たことのない形をしている船だということだ。
「通信兵! すぐに派遣部隊に連絡! 誰だ! 勝手に海軍の船を動かしているのは!!」
私は通信兵にそう言い、ビスマルクとの通信に戻った。
「それは、かさばね型汎用護衛艦だ。味方だ。手出し無用」
『だろうと思ったわ。……あと数時間したらオイゲンたちが戻ってくると思うから、入渠場と開けておいて』
「了解した」
『あ、あと……』
まだ何かあるらしい。私は通信を切らずに耳を傾ける。
『これより撤退を開始するわ。横須賀鎮守府の兵装の射程内に入り次第攻撃開始して』
「分かった」
『派遣部隊にも連絡。砲撃は控えるように』
「伝えよう」
通信が切られてしまった。
それを合図に私は指示を出す。
「全館に警報! 兵装は臨戦態勢を取れ!」
けたたましいサイレンの音と共に、妖精の声で全館に異常事態を知らせる。
『深海棲艦の艦隊が接近。横須賀鎮守府は防戦体制を執る』
通信兵は慌ただしく、鎮守府内に仮設された高角砲陣地に指示を出していく。
それに追加するように私はある命令を下した。
「通信兵! 羽田に連絡! 航空教導団はスクランブル! 対空・対艦兵装だ!」
「了解ッ!!」
地下司令部のモニターに、各陣地の映像が流れ始める。
慌ただしく海兵たちが砲弾を運びながら、高角砲を操作しているのが見えていた。
「砲撃の合図は此方で出す」
そう私は言い、気を落ち着かせるのだ。
この場には天色も立っていた。
そしてこれよりも遥かに多い指示を出していたのだろう。たった2言3言で済むようなことは言っていないはずだ。
鎮守府の防空兵装の指示と出撃している複数の艦隊への指示。一時期ではあるが、航空隊も存在していたことを考えると、空へ飛び立った航空隊へも指示を出していたに違いない。
場馴れというのもあるだろうが、私たちのような人間が指揮所に入ると、だいたいの指示はオペレーターにまかせてしまう。
私のような立場の人間が下すのは、大局を成すものだけだった。
私には無理だ。そう思ってしまったのだ。
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無断出撃をしていたかさばね型汎用護衛艦と連絡が取れたのは、鎮守府が臨戦態勢を取ってから20分が経った頃だった。
「新瑞大将。海上を航行中のかさばね型汎用護衛艦からです」
私は通信兵が耳に当てていた受話器をひったくると、そのまま名乗った。
「私は海軍部の新瑞だ。海上を航行中のかさばね型汎用護衛艦のクルーで間違いないな?」
そう言うと、向こう側から返答があった。
『私は海軍予備役の二橋(ふたばし)です』
予備役。つまり、非常時に招集がかかる兵のことだ。普段は会社などで働いている人間たちがほとんど。
一応、訓練は受けているので、小銃を撃ったり船を動かすことは動作もないことだろう。
だが、何故予備役の人間が、海軍の最新鋭艦に搭乗しているのだろうか。
『憲法及び軍規に基づき、海軍予備役は2日前の未明に海軍に招集されました。その際、私らにはかさばね型汎用護衛艦による、臨時艦隊を編成。貴軍を援護せよとの勅命が下っております』
「勅命、だとっ?!」
勅命。つまり、陛下が命令なさったことなのだ。
私に話が通らなかったということは、自動的にこちらの戦力に組み込まれ、そもそもの戦闘方式が違う『番犬艦隊』との混成艦隊を出撃させることになるだろうから、という配慮なのだろう。物資と人員の無駄な損失を防ぐ手ではあったのだろうが、全く私の耳には入っていなかったことなのだ。
『はい。これより、後続に同型艦2隻が急行し、撤退する『番犬艦隊』を支援します。この際、私たちの艦隊は貴方の指揮下に置かれることになりますが、よろしいでしょうか?』
「あぁ、承ろう。貴官らの艦隊をこれより『A艦隊』と呼称する」
『了解しました』
呼称がない艦隊に指示を出すのには手間がかかる。その場の思いつきで適当に呼称を付けた。後でいくらでも変えられるから問題にもならないはずだ。
「A艦隊は後続と合流後、撤退中の『番犬艦隊』を支援せよ。ただし、兵装は誘導弾にのみ限定する」
『了解』
私は通信兵に受話器を返し、そのまま元の位置に戻った。
どうしたものかと考えていると、通信妖精がある言葉を叫んだ。
「電探に感あり! 撤退中のプリンツ・オイゲンです!」
「入渠場に入れろ!」
ビスマルクに言われていた通り、入渠場に誘導してもらう。
そしてそれに続くかのように、ビスマルクらも電探に探知されたと伝えられた。
「ビスマルクに繋げ!」
私は通信妖精にビスマルクにつなぐように言い、繋いでもらう。
『こちらビスマルク。何の用かしら?』
「陛下がかさばね型を投入された。私の本意ではないが、どうやら私の指揮下に入れられた様子。このまま、ビスマルクとその艦隊で包囲殲滅を図ろうと思うのだが、どうだろうか?」
『……』
ビスマルクは押し黙った。
数分間の沈黙の後、ビスマルクから返事が戻ってくる。
『頼むわ。今相手している艦隊を撃破すれば、少なくとも日本近海は奪回出来ると思うから』
「なに?!」
『でもね、新瑞』
今交戦中の艦隊を撃破すれば海域奪回が出来ると言われ、少し気が立った。だが、その後に続くみたいだ。
『貴方の部下を、第一に考えなさい』
「は? それはどういう……」
言葉の意味を聞こうとしたら、通信を一方的に切られてしまった。
言葉の本意。何もかもが言葉足らずだった、それにはどういう意味が込められていたのか。
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鎮守府の要塞砲射程圏内に深海棲艦の艦隊が入った。
それを皮切りに、号令が掛かる。
「要塞砲、砲撃開始ッ! 対艦誘導弾、照準次第順次発射!!」
地面、空間が揺れる。
沿岸に設置された何基もの要塞砲が稼働、半自動照準で砲撃を開始したのだ。
要塞砲は私が昔、天色の要請で運び込んだものだ。口径は410mmだったはず。長門型と同口径のはずだ。
モニターに映し出された映像からは、鎮守府の沿岸は硝煙に包まれ、断続的に閃光が走っていた。そして空に目を向けると、空には何本も線を引きながら誘導弾が飛翔していた。
「この効果は望めませんが、気を散らすのには効果があります」
妖精の1人が私にそんなことを教えてくれた。
「……弾種は?」
「零式通常弾が装填されています」
「要塞砲、弾種変更。三式弾装填。この鎮守府には砲弾は残っているのだろう?」
「全門一斉射が限界です」
「構わない」
「了解。要塞砲、深海棲艦へ再指向」
私は通信兵に確認を取らせる。
「偵察機へ。ビスマルクの予想進路を」
すぐに返答があった。どうやら、まっすぐ横須賀鎮守府に向かってきているらしい。
「ビスマルクが方位修正を行った際、一斉射。深海棲艦の目をくらませるぞ」
三式弾は砲弾内の弾子をばら撒き、それをもって航空戦力に対応する兵器だ。
史実通りの性能ならば、三式弾が炸裂した際には、通常弾よりも大きな発光があるはず。それを用い、目をくらませるのだ。
急に止んだ砲撃にビスマルクは戸惑っているかもしれない。
だが、今の作戦を伝えたところで良いように動いてくれるかなんて分からない。
伝えなければ、きっと横須賀鎮守府のすぐ近くで回頭若しくは新改正案に対してT字になるはず。それを始めた時が好機だ。
「偵察機より。ビスマルク、回頭開始。続いてグラーフ・ツェッペリンも回頭開始」
「要塞砲、全門斉射」
これまでに無い揺れを空間に起こし、要塞砲から三式弾が一斉射される。
「3、2、1、炸裂」
妖精が炸裂までの時間を測ってくれていたらしい。
それと同時に、私は各所に指示を出した。
「要塞砲は弾種切り替え。零式通常弾に戻し、装填次第攻撃開始。視界の取れている高角砲も航空機が未確認の場合、艦船へ攻撃開始」
通信兵が偵察機から入る情報を聞きながら、復唱をしている。
どうやらビスマルクはそのままT字を取り、砲戦に入ったようだ。グラーフ・ツェッペリンも備え付けの砲を用い、砲撃を開始しているのこと。
深海棲艦の空母では、艦載機の発進準備が行われている様子。
グラーフ・ツェッペリンにそれに対応するだけの艦載機は残っていない。
その刹那、ある通信兵の復唱している言葉から、ある言葉を聞き取った。
「航空教導団、上空に到着。支援を開始した模様」
対艦ミサイルを撃った後、きっとそのまま対空戦闘に入ってくれるだろう。私はそう目論見、指示を出す。
「通信妖精! ここにある艦載機は飛ばないのか?!」
「機体はあっても搭乗員が居ないです。一度、フェルトさんには戻ってきて貰うしかないです」
「……現場の判断に任せるしかないか。対空射撃開始!」
今までは高角砲に張り付いているだけの海兵たちが慌ただしく動き始めた。そして次には、辺りに硝煙を撒き散らす。
空を映すモニターには対空砲弾が線を引いている映像が流れ、上空で次々と炸裂する様を映し出していた。
「A艦隊へ」
「はい!」
通信兵は私の言葉に耳を傾けた。
「支援状況はどうなっている」
「はっ! 深海棲艦の残存艦隊の後方60kmから誘導弾による長距離攻撃を敢行中。被害は0です」
「A艦隊に伝えろ。出し惜しみは無しだ!」
「補給のことをなんだか……」
「そんなものは知らない! セルが空になってもかまわないと伝えろ!!」
練度が圧倒的に足りない。だが、この状況ならばその練度をカバーできるのだ。
現在、深海棲艦の残存機動艦隊は『番犬艦隊』とA艦隊が挟撃している。
判断を誤らなければ、A艦隊に被弾することはない。だが、こちらの攻撃は当たっている。効果的な攻撃が出来ている状況なのだ。
『番犬艦隊』はというと、ほぼ接岸している状態なので、被弾して沈んだところで引き上げることは可能だ。そう私は考えている。艦娘が無事ならば、沈んだとは言わせない。そう腹に決めていたのだ。
「深海棲艦、進路変更」
そう通信妖精が言った。私はすぐに通信兵に顔を向ける。
「偵察機より状況報告。『現在、ビスマルクの要請により弾着観測射撃を敢行中』」
通信妖精はどうしてそのような状況になっているのか、その経緯を教えてくれた。
「撤退中、水上観測機が全機撃墜。フェルトさんには偵察に出せる程の余裕はありませんでした」
「そうか。……そのまま」
私はモニターを睨みつける。
慢心しては駄目だ。ここまでは順調に来ている。深海棲艦の空母もこれまでの攻撃でハッ着艦困難。艦載機も航空教導団とのドッグファイトで壊滅。あとは息の長い戦艦を落としてから、空母をゆっくり沈めればいいのだ。
その刹那、悪寒を感じた。
体調は万全のはず。ならば、何かを感じた。そうとしか思えない。
「ビスマルク……」
通信妖精がそう口を出した。それに呼応するかのように、通信兵や他の妖精たちもそちらを見た。皆、感じていたのかもしれない。
「戦艦の砲撃が直撃。大破、炎上中……」
淡々としていた通信妖精の声色が変わったのには気付いた。だが、それよりも先に私は違うことを感じていた。
幾ら岸に近いところにいるとはいえ、炎上なんてしようものなら兵装のほとんどが使えなくなってしまう。最悪、弾薬庫まで火が回ってしまったら……。
「通信兵っ! 艦載機はいないんだ! 海兵を岸に向かわせろ、消火活動だ!!」
「は、はいっ!!!」
焦燥に狩られた通信兵が通信相手が上官であることも忘れているような怒声で、持ち場を離れて消火活動に移ることを伝えている。
皆、分かっているのだろう。艦娘を失うのは痛手すぎる痛手だ。
「……っ?!」
別の通信兵が青い顔をしながら、受話器を耳に当てている。何か他に起こったことでもあるのだろうか。
轟沈したと考えると、通信妖精がそれを知らせても良いはずだ。だとすれば、別の何かが起きている。
「偵察機より現状報告。『ビスマルク。主砲を指向中。……仰角修正、砲撃』」
「目標は?!」
「深海棲艦、戦艦。全門一斉射です……」
固唾を呑んで見守る。
「……2発夾叉ッ!」
次撃てば当たる。だが、ビスマルクにそんな余裕があるのだろうか。
「て、撤退中のアイオワが隊列から離脱ッ! ビスマルクに向けて全速航行中ッ!!!」
「アイオワに繋げっ!!」
私は通信妖精に叫び、すぐにアイオワに繋げさせた。
「何をしているっ! 撤退中ではなかったのか?!」
『あー。何も聞こえないわ』
聞こえているに決っているだろう。
『聞こえないけど、言っておくわ。主砲に応急処置。主砲以外の損傷は軽微だから、このままビスマルクの援護に入るわ。三面包囲よ』
言い切ったアイオワは通信を一方的に切ってしまった。
私は頭を抱える。
「仕方ない。……情報を密に」
そう指示を出し、私はモニターを睨みつけた。
ーーーーー
ーーー
ー
あの後、アイオワの放った砲弾が直撃。戦艦は轟沈。空母2隻もその後すぐに轟沈された。
戦果は上々。その言葉通り、深海棲艦の艦隊を全滅させたのだ。
だが、痛手を被ってしまった。
ビスマルクから上がった火の手の消火活動が上手く行かず、着底。修理を行おうにも、入渠場にしかない大型艦の大規模修理施設は運び出すことが出来ない。
よって、そのまま放置されることになったのだ。
ビスマルクと共に岸付していたグラーフ・ツェッペリンは、航行速度が極めて遅くはなったものの、入渠場に辿り付くことが出来た。
戦闘が一通り終わった頃に、秋津洲とU-511は埠頭に接岸。
そして、向かえに行った私に一言言ったのだ。
『偵察終わったかも。……はぁ。結局、報告することは何もなかったよ』
『偵察、終わりました……』
頭を垂れてそう言ったのだった。
あの戦闘は横須賀鎮守府艦隊司令部の力を借りたが、指揮は完全にその独特な指揮系統から外れていたため、軍が『日本皇国軍初戦果』と謳った。
これには軍内部は湧き上がるが、国内はそうでもなかった。何故なら、この戦闘での被害は、艦娘がいたにも関わらず、今ひとつだったのだ。
長期の作戦期間。消費した資材の数。見返り。見劣りするほどの被害を出してしまっていたのだった。
「お父さん!」
「なんだ?」
その戦闘というのも、もう5年もの昔。
あれ以来、撤退していた沿岸部に軍が進駐。インフラ整備がある程度進んだ頃に民間人が戻ってきていた。
私はというと、4年前に軍を退役。まだ任官していられたのだが、そろそろ落ち着いても良い頃合いかと思ったのだ。
そして今、私は妻と愛娘と共に、あるところへと来ていた。
ここに来るのは5年ぶりだ。
「お父さん! このおっきなお船が海を取り返したの?」
「そうだぞー」
「でも、お父さんのお船じゃないんだよね?」
ここは日本皇国海軍横須賀鎮守府艦隊司令部。日本皇国対深海棲艦の前線基地。
だが、そんな基地とは云うものの、現在の防衛線は硫黄島の向こう側まで伸びていた。
あれ以来、総督と陛下の腹案が発動。横須賀鎮守府に”純”日本皇国民の若い海軍将兵が着任。新たな反抗を始めたのだ。
そして、その鎮守府のある岸。
ここにはあるモノが浮いていた。
「そうだな。このお船はお父さんの……そうだなぁ……」
「お友達のお船なの?」
「お友達、かぁ……違うかなぁ。……うーん、お友達かもしれないな」
そう、ここには。
「このお船はなんていうの?」
着底したまま、持ち主に頼んで記念艦にしておいてある。
「戦艦 ビスマルクだ」
戦艦 ビスマルク。あの戦闘で武を挙げた立役者。
「このお船にも艦娘がいたんでしょ?」
「いたぞー。こわーいお姉さんだ」
そう言って、娘の頭を撫でた。
あの戦闘の時、娘は小学校に上がって2年が経っていた。
まだ色々分からない年だったが、今は違う。それなりに考えることが出来るようになっている。
娘にビスマルクのことを話していると、妻が私に話しかけてきた。
「あなた。ちょっと」
「ん?」
「よく見て」
そう言って言われた先を見ると、そこには見覚えのある格好をした金髪碧眼の少女が立っていた。
「……久しぶりね、新瑞」
「あぁ、久しぶり」
ビスマルクが居たのだ。記念艦の甲板上に。
私を見つけて、甲板から降りてきたのだ。
「さっきまで聞こえていた言葉、聞かなかったことにしてあげる」
「あぁ、すまない」
「いいわ」
そう言ってビスマルクは空を扇いだ。
「新瑞がここに来たということは……」
「そうだ」
「私もお役御免、ってことかしら?」
「あぁ」
ビスマルクの甲板から、久しい顔がいくつも出てくる。
プリンツ・オイゲン、グラーフ・ツェッペリン、Z1、Z3、U-511、秋津洲、アイオワが甲板から降りてくる。
これまで彼女たちは横須賀鎮守府の教導艦として任を負っていた。
艤装を失ったビスマルクは着任した提督の教育係をしていた。
もうそれを始めて5年は経っている。教導することもなくなり、後発がその任を引き継いでいた。そして、教育係も必要なくなっていたのだ。
「私は……私たちは”最期の剣”として、それを振るえたかしら?」
「あぁ」
「私たちは良い手土産を、ちゃんと用意出来たのかしら?」
「あぁ」
「”彼”は……きっと、微笑んでくれるわよね?」
「あぁ」
そう言ったビスマルクは、自分が被っていた帽子を娘に被せて頭を撫でた。
何も言わずに。
「じゃあ、また」
「あぁ、また」
言葉足らず。何もかもが足らなかった会話。私とビスマルク、『番犬艦隊』にしか何の話をしていたかなんて分からない。
もちろん、娘や妻は分かってない。
私が俯き、再び顔を上げたそこには、ビスマルクたちの姿はなかった。
人通りのないこの場所、たった数秒だけ目を離していたとしても、どこかに行ったのなら行方は分かる。
だが、私は探さなかった。探す必要はなかったからだ。
『ビスマルク、ただいま戻ったわ』
『お疲れ様、ビスマルク。皆も』
誰も居なくなったそこに、そよ風にかき消される程度の声が微かに聞こえてくる。
『ビスマルクさん』
『あ、赤城。今しがた戻ったわ』
『そうみたいね。お疲れ様』
『いいわ』
見えるはずのない煌めきが、波のように揺られ。
『ほら、ツェッペリン!』
『あ、よせ!』
その場所を陽かい日が照らす。
『ツェッペリン。しかめっ面してても、駄目デース』
『金剛までっ……ううぅ』
集まるのは、見えない触れられない。
『あっ』
『なんだ? アイオワ』
『そういえば、アドミラールの部屋のドア。ベッコベコにしちゃったの、今思い出したわ! ゴメンなさいね』
『気にするな』
この世をさまよっている訳ではない。
『紅提督ー! お菓子食べるかも?』
『食べる食べる。今すぐ食べる』
ふと香るのは、甘い焼き菓子の匂い。
『紅提督ー! 早く行くっぽーい!』
『鈴谷がおっさきぃ~!』
駆け抜ける風。
『また、お茶会しましょうね』
『そうですね、姉様』
微笑みながら流れる撫で風。
『紅提督。そろそろ行かないと不味いぞ』
『確かにそうですね』
包み込むような大きな温もりを浮かせた風は。
『じゃあ、行こうか』
海の方へと流れた風は、いつしか止んでしまっていた。
エンディング、アフターストーリーのお付き合いいただきありがとうございます。
これにて、バッドエンドのアフターストーリーを終了します。
最後のところですが、解釈はそれぞれでお願いしますね。誰が喋っているのか、誰がいるのか。どういう状況なのか。
それを考えて頂きたいと思っております。
これを終わり、次のエンディングに行くと思いました?
まだ行きませんからね? まだアナザーストーリーが残っているんですから。
それは未だ製作中です。ですが、次のエンディングと同時進行で進みます。
次のエンディングの滑り出しは順調になるかと思われます。
ご意見ご感想お待ちしています。