【完結】艦隊これくしょん 提督を探しに来た姉の話   作:しゅーがく

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第45話  金剛の背後

 

『焦らされても嫌だろう。率直に言う。……天色 紅は生きているぞ』

 

 私は椅子から立ち上がりました。生きている。確かにそう聞こえたんです。

電話をしている赤城さんも少しですが、フリーズしていました。

 

「それは、本当ですか?」

 

『嘘を吐いてもどうにもならない。最悪、君たちに攻撃されるからな』

 

「……状況を、状況をお教えいただけませんか?」

 

『あぁ。今は意識も戻っている。リハビリ中だ』

 

 怪我を負っていましたが、それも完治したということです。リハビリしているということは、もうすぐ帰ってこれるということです。

 

「何時になったら……」

 

『ハッキリとはいえない。横須賀鎮守府には伝えていなかったが、現在、信用のある部隊を使って”敵性勢力”の排除を行っている。旧『海軍本部』やそれに隷下に下った組織の殲滅中だ。それが完了次第、戻すことになる。それまで待っていて貰えるか?』

 

「はい」

 

『……今まで黙っていて済まなかったと思っている。散々心労を掛けただろう』

 

「いいえ」

 

『最初の1ヶ月はとんでもないことになっていたと聴いた。本当に、本当に申し訳ない』

 

「……いいえ」

 

『こちらが不始末が引き起こしたことだ。始末が完了したら、私たちも一度出向かせて欲しい。会って貰えるか?』

 

「はい」

 

 電話はそこまででした。私は辛うじて聞こえていましたが、他の2人には聞こえていたのでしょうか。それは表情を見れば分かることですが、どうやら聞こえていなかった様子。

顔を曇らせて、不安そうにしています。

 受話器を置いた赤城さんはこちらに歩み寄り、椅子に座ると顔を向けます。真剣な表情です。そして口を重々しく開きました。

 

「今後の方針です」

 

 唾を飲み込む音がします。極度の緊張に苛まれているんでしょう。武下さんの額には大粒の汗が滲み出ていました。

今の電話でこの先が決まってしまうんです。もし駄目だったなら、”非情の手段“を取ることになります。そして最期には……。考えるのも嫌になります。その行動がこの国を揺るがすことになりますからね。

 

「……待機です。もしくは」

 

 赤城さんはスレスレの発言をします。人が悪いです。

 待機。つまり、『灰犬』に帰還命令を出さないということ。それはつまり、捜索続行ということになります。そしてそれが行き着く先は最悪の結末。私たちの誰もが望んでいないことです。

 ですが、『もしくは』と言いました。

昨日の会の時点では、そういう方針に持っていくことはなかったのです。つまり、この場で新たに今後の方針に追加出来る項目が増えたということになります。

 

「『柴壁』に非常呼集。体外的な攻勢に打って出ることです」

 

 思考が停止しました。どうやったら、さっきの話の流れでそういう方針が生まれたんでしょうか。

 この赤城さんの発言に最初に意見したのは武下さんでした。

 

「ちょっと待って下さい。それって、どういう」

 

「そのままの意味ですよ、武下さん。『柴壁』は横須賀鎮守府の警備部隊というのが表の顔ですよね?」

 

「そうですね……」

 

「裏は体外的な情報戦と工作活動。つまり、横須賀鎮守府にとって危険な存在の発見と排除。違いますか?」

 

「違いません」

 

 赤城さんは首をすくめました。

 

「『体外的な攻勢』つまり、表立った活動です。目的は”敵性勢力の排除”。愚かしくも紅提督を殺めんとする者の始末ですよ」

 

 かなり遠回しな言い方をしました。そして赤城さんがなんとなく、口が悪くなっているような気がしますが、気のせいでしょうか。

 

「……まさかっ?!」

 

「気付きました?」

 

「えぇ!」

 

 武下さんはようやく気付いたみたいです。ちなみに鈴谷さんはまだ気付いていない様子。

 

「時間が欲しいです。それに赤城さんも話を付けなければ……」

 

「はい。ですから」

 

 赤城さんは私の顔を見ました。まるで、私が電話口の声が聞こえていたことを知っていたかのように。

 

「判断を」

 

「はい」

 

 この話の流れから推察すると、赤城さんが私に求めていることは1つ。

『灰犬』の撤退です。そして『紅葉狩り』終結の宣言。

 

「『灰犬』に撤退指示を。赤城さん、交渉をお願いします。武下さんは派遣部隊の編成を」

 

 指示を出しました。どうやら私が予想していたもので合っていた様子。そのまま私はまだ分かっていない鈴谷さんにも指示を出しました。

 

「鈴谷さんは金剛さんを呼び戻して下さい」

 

「え? どうして?」

 

「方針転換です」

 

「……うーん。分かった。だけど、事情は後で説明してよね」

 

「分かってます」

 

 鈴谷さんは地下司令部から飛び出していきました。

ここからは態勢が整ってからが勝負です。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 皆さんがそれぞれの役目を全うするため、地下司令部を出ていった頃、赤城さんは再び一般電話回線のところに居ました。今度は私は電話をする赤城さんの真横に立っています。

 

「横須賀鎮守府の赤城です。総督をお願いします」

 

 数コールした後、電話対応の人へそう頼みます。内線に切り替わり、数秒もしないうちに総督は電話に出ました。

 

『どうした、赤城。何か訊きたいことでも?』

 

「はい」

 

 赤城さんは少し間を置き、端的に話を始めます。

 

「そちらの不始末だと先ほど仰っていたことに関してです。こちらにも非があります。軍の優秀な精兵をこちらに派遣していただいていたにも関わらず、専守的な行動しか取れていませんでした。そういう面を鑑みて、私たちは『柴壁』を派遣し、火種消しに加勢させて頂きたいのです」

 

 返事が返ってきません。きっと悩んでいるんでしょう。

 

「……事件から1年。未だに火種消しが終わっていないこともあります故」

 

『痛いところを突いてくる』

 

「えぇ。ですから……」

 

『”横須賀の私兵”を出してもらえるという話だ。我々としても願ったり叶ったり。……頼む』

 

「頼まれました」

 

『現在までにある情報をそちらに送ろう。それと”共同戦線”という解釈で間違いないか?』

 

「えぇ」

 

『追って通達する。では』

 

 総督は受話器を置いた様だ。これで交渉は終わりです。

 本格的に動くとなると、それ相応の準備が必要になります。

既に『灰犬』への撤退命令は出していますので、直に帰ってくるでしょう。それにもうすぐしたら鈴谷さんが呼びに行った金剛さんが帰ってきます。

金剛さんに現状を伝えなければなりません。

 数分もすれば鈴谷さんが帰って来ました。もちろん、金剛さんを連れています。

 

「『灰犬』への撤退命令が出ているようデスネ」

 

「えぇ。鈴谷さんから話は聞いていますか?」

 

「全く」

 

 金剛さんは平静な様子で戻ってきました。そして開いている椅子に腰を降ろします。

話をすることは分かっているみたいですね。

 

「現状を説明します。『紅葉狩り』は破棄。全体を通して、奪還作戦は中止します」

 

 金剛さんは表情を変えません。至って普通です。

こんなことを言ったなら、普通なら取り乱してもおかしくありません。ですが、金剛さんは普通に息をするようにしているんです。

 おかしい。私はそう思いました。ですが、そのおかしさは後で聞いてもいいでしょう。私は話を続けました。

 

「それと同時に新たな作戦を展開します」

 

「内容はなんデスカ?」

 

「“ここに楯突く不届き者へ神罰を下します”。これは金剛さん、貴女にとっても願ったり叶ったりではありませんか?」

 

 金剛さんは嗤いました。イメージ、一般的な評価からかけ離れたその嗤いに、私は少し言葉を詰まらせます。

 

「ふふふっ……そうデスカ。……それで?」

 

「……『柴壁』の部隊を使います」

 

 眉がピクリと跳ねました。金剛さんは腕を組みます。

 

「結局のところ、火種消しをするだけです」

 

「なるほど、なるほど。面白い話デス。……それで? 話を聞く限り、横須賀鎮守府でドンパチする訳では無いみたいデスガ?」

 

 金剛さんの背後に何かが見えた気がしましたが、直接見てはいけないものなんでしょう。私は目線を反らし、金剛さんに説明をします。

 

「大本営と共同で潰します。あちらには『柴壁』を使うと伝えましたが、金剛さん」

 

 首を傾げます。その姿、知らずに見ていれば可愛らしい仕草なんでしょう。ですが私には、私ではない誰かに銃口を向けている兵士にしか見えませんでした。

 今まで、ここまで真っ直ぐ金剛さんを見たことがありませんでした。

ネットや掲示板で言うような性格をイメージしていましたが、ここに来てそれが粉々に砕け散ります。

この人は、金剛さんはおかしい。何がおかしいなんて言い表せれません。

とにかくおかしいんです。

 

「あ、あの……」

 

「続けないんデスカ?」

 

 背後の何かが大きくなっている気がします。

この悪寒は何でしょうか。普通に生きていたら感じないような感覚です。

 私は突然、あることを思い出しました。

いつぞや、鎮守府に侵入者が入り込んだときのことです。

夕立さんにあることをその時、聞いたんです。そう、『近衛艦隊』と金剛さんについてです。

あの時、夕立さんは私の言葉を聞いて、『それ以上、知らない方がいい』と言いました。

艦娘の中でも特殊な金剛さん。夕立さんの言い方は、金剛さんを畏怖しているようにも聞こえました。

『提督への執着』が成し得る”何か”があるんでしょうか。

私には何も分かりませんが、そのことが今、金剛さんの背後に見えているソレに関連していることだけは分かります。

 

「……紅くんは、生きています」

 

 そう私は意を決して言いました。

今の金剛さんに聞かれたらどうなるか分からないものです。もしかしたら着火剤となり、何かアクションを起こさせてしまうかもしれません。

 首がすくみ、足が震えます。

 金剛さんにそれが聞こえていなかった訳がありません。

普通なら表情を変える場面です。ですけど、金剛さんは表情を変えないんです。

さっきと同じ、嗤った顔です。

 

「そう、デスカ」

 

 そう呟き、金剛さんは組んでいた腕を解きました。

 

「……上手く行けば良いんデスケド」

 

「は?」

 

 金剛さんから、私が全く予想していなかった言葉が出てきました。

『上手く行けば良いんデスケド』と言ったんです。

何を言っているんですか、この人は。

 ただの火種消しに何をそこまで消極的になっているんでしょうか。

私には理解出来ませんでした。

 

「その表情は、理解していない顔デスネ」

 

 金剛さんは小さい溜息を吐き、説明してくれました。

至極淡々と。そして、何も飾らずに。

 

「火種消しをして、それで紅提督が帰ってくる保証なんてありマセン。私たちの目と手が届く範囲に居るのだとしたら、私もこんなことは言いマセン」

 

 金剛さんは足を組みました。空気を少し乱し、定位置であろう場所に収まった後、金剛さんは続けます。

 

「大本営と共同戦線。つまり私たちは『柴壁』から戦力を捻出し、火種消しの効率を上昇させるだけデス。違いますカ?」

 

「違い、ません」

 

「体外的な情報収集を完全に『血猟犬』に任せ、しかもそれはこちらに降りかかる火の粉の早期察知。今回の話は防戦では無く攻戦。専門外デスネ」

 

 間違いないです。

 

「そこまで手を広げた体外的な情報収集をしていたとしたら、何故、大本営が元凶の始末をしているんデスカ? 私たちは自分の身の回りにシールドを張るように、一定距離に入った敵性勢力の排除ばかりをしていたからデス。自ら攻め入ろうなんて、『柴壁』が出来る前もなかったことデスヨ」

 

「今になって攻勢を仕掛ける。しかも話を聞く限り、現場での即決。下地も地盤もない状況からのスタートデス。となると、情報源は大本営。私たちはその情報に従って、攻撃を繰り返すって事デス」

 

「頭は大本営。私たちは武器デス。やりようにもよりますが、私たちがそうやって攻撃している間に、大本営が紅提督の身柄を抑えていたらどうなりマスカ?」

 

 私は考えます。金剛さんが話した言葉全てがヒントです。

 

「……身柄をこちらに」

 

 言いかけたところ、金剛さんに防がれました。

 

「それは五分デス。残りの五分は、身柄をこちらに返すこと無く別の利用方法で使いマス」

 

 思考が停止しました。

 

「紅提督を消そうとする集団がいなくなったことで、大々的に紅提督の生存を報告シマス。それは絶対デショウ」

 

 ドクンと心臓が胸の内側を叩きます。

極度の緊張です。脈が上がり、額に脂汗が滲み出てきます。

 

「デスガその先は? 横須賀鎮守府に帰ってくる保証はありマセン」

 

 私は震えました。

金剛さんが少なすぎる一握りの情報で、ここまで頭を回していたんです。

しかも、私が考えていなかったことまで。

特殊な艦娘。その言葉、今なら私は理解出来ます。金剛さんはやはり他の艦娘とは違います。いいえ、違いすぎます。

 

 





 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
ということで、新年のあいさつをさせていただきました。
 諸事情により、本日投稿させていただきます。

 急展開ですが、皆さん、付いてきて下さいね。

 ご意見ご感想お待ちしています。

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