【完結】艦隊これくしょん 提督を探しに来た姉の話   作:しゅーがく

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第65話  呉司令支部編 黎明の空①

 4月2日0800。作戦開始を合図に、作戦室は慌ただしくなりました。

その中で、各地を飛んでいるドローンから送信されてくる映像を眺めるだけが、私の出来ることです。

そもそも私は軍の人間ではありませんし、ここに置いておく意味も分かりません。それは同行した西川さんも思っていることでしょう。

 私はただ棒立ちして流れ行く戦場を見ていくだけでした。

主にドローンが撮影しているのは、陸上部隊の動きでした。

 

「陸上部隊、呉司令支部から出ていきました」

 

 モニタを見れば分かるような情報も、一々口に出して報告されてくる。

そんな中、私は何時間、何日いれば良いんでしょう。

 この作戦、『黎明の空』作戦が私にとって有益であることは、十二分に理解しています。大本を辿れば、この一連の行動は全て、紅くんのための行動でした。

ですから紅くんの行方を探しにこの世界に来た私にとっては、それが第一目標であり、最優先事項でした。

 

「……ここからは静観だな」

 

「そうですね。戦場に着くまでは、緊急時以外はやることが無いでしょうね」

 

 暇そうにしているのがバレたのでしょうか。新瑞さんが話しかけてきました。

昨日今日という間柄ですが、何となく、この人のことは分かってきた気がします。

 新瑞さんは日本皇国海軍の将官です。大本営、海軍部の長官を勤めていらっしゃいます。年齢は壮年中盤に見えますが、身体は筋肉隆々でラ◯ボーみたいですね。

性格は長官を勤めているということもあり、かなり落ち着いているようにも見えます。ですが、恐らく緊急時の即応性はあまり期待できそうにありません。根拠はありませんが。

部下からの信頼も厚く、人柄も悪くは思えません。

ゲスなところを隠しているのかもしれませんが、少し優しすぎるくらいの優男に思えます。

 そんな感じの私の評価がありますが、新瑞さんも悪い人ではありません。

こうやって話しかけてきてくれているというのは、何かしら心配か何かでしょう。

普通、作戦行動中の私語は厳禁! とかいうこともあるでしょうが、そこは長官特権でしょうか。

 

「なぁ、天色くん」

 

「なんですか……というか、"天色"って3人くらい居ますよね?」

 

「あぁ、そうだな。じゃあ、君のことは"ましろ"で良いか?」

 

「はい。構いません」

 

 新瑞さんがどこからかパイプ椅子を引っ張り出してきて、私に座るように言います。

確かに作戦室で立っているのは、私と西川さんくらいですが……。

まぁ、良いです。西川さんも座ったみたいですし。

 

「ましろ……すまなかった」

 

 唐突に、そう言われたのです。どういう意図で言われたのか、どういう理由で言ったのかは大体分かります。

この世界に来てからというもの、初対面の人に謝られると、大体が紅くん関係でしたからね。

 

「もう聞き飽きましたよ。そのセリフ。……鎮守府でも散々言われましたからね」

 

「そうだったのか。でもまぁ、口に出して面と向かって言わなければならないことだ」

 

「……そうですね。私もそう思います」

 

 少し居心地の悪さを感じつつも、私は新瑞さんの言葉に耳を傾けます。

 

「鎮守府の者たちから散々聞かされていることだろうから、私は省略させてもらおう。……私は大変感謝しているんだ。君の弟に」

 

 そう切り出し、話し始めました。

 

「この絶望的な状況から、一時は戦前の状態までに国力を回復することが出来たのだからな。……見てきただろうが、今の国内は相当寂れている。国内で消費されるモノのほぼ全てを艦娘に負担してもらっているからな。食料は艦娘の技術で作られたプラントから、化石燃料や鉱物資源は海上輸送で」

 

 知ってはいます。ですけど、やはり鎮守府外の人間から訊くと、とてつもなく違和感を持ちますね。

 

「本当に情けなく思う。艦娘に代理戦争を頼み、のうのうと生きてきたことが。ぬるま湯に浸かったままだったことが」

 

 これは多分、新瑞さんの心の声でもあるのでしょう。

 

「そんな中、こちらの世界で言う"戦前"から来た、未成年の青年にまで戦争をやらせることになるとは、私も思いもしなかった」

 

 そう言って、新瑞さんは口を開かなくなりました。

多分、別の話に切り替えるのでしょう。

 

「……数十年の贖罪は、日本皇国が誠心誠意尽くすべきだと私は思う」

 

「数十年……?」

 

「あぁ。深海棲艦との戦争が始まってから今日まで、数十年だ。正確な年数は分からない。艦娘に代理戦争を頼んだのも何時だったか」

 

「そんなに昔からだったんですか……」

 

「あぁ。最初の頃は海上自衛隊と米軍等などの各国海軍が戦っていたが、徐々に戦闘艦を失っていったんだ。そして最後に、日本は全ての戦闘艦を失った。日本に残っていた米軍も壊滅したんだ」

 

 知らなかったことです。

まぁ、鎮守府にはあまり関係のないことでしょうから、自分で調べないと分からないことだったんでしょう。

 

「日本が全ての戦闘艦を失った時には、国号が日本皇国に変わっていた。……戦闘艦を全て失った時。艦娘たちが現れたんだ。その後、私たちと艦娘は"協力関係"になり、一時は共闘もしていたんだが……」

 

 今の作戦でもありますように、『海軍本部』とかいう組織が何かをし始めたんでしょうね。

 

「『海軍本部』が実質、艦娘たちをコントロールし始めたんだ。……そこからは聞いているだろう?」

 

「はい」

 

「……話を戻す。最低でも私は、これまでの恩も、これからの恩も返さないつもりはない。残りの人生を賭けて返していこうと思っている」

 

 何というか、いきなり凄いことを言い出しましたね。

ですけど、新瑞さんは艦娘の皆さんと、少し似ていることを口にするんです。

艦娘の皆さんも、紅くんがどうのってよく言ってましたからね。それ関連で昔事件を起こしたりだとか……。

ともかく、紅くんがこの世界で行っていたことは、褒められることだったんでしょうね。

戦争ですけど。

 

「……何にせよ、弟が帰ってこなければ意味がありません。国力を戻すのも、戦線を押し返すのも何もかも」

 

 新瑞さんと話しているうちに、どうやら動きがあったみたいです。

連絡は入りませんが、海の方です。作戦艦隊が何かを捉えたみたいでした。

 

『赤城より司令部』

 

「……司令部。用件は」

 

 突然オペレーターがヘッドセットのマイクを指で摘んで支えながら話し始めます。

どうやら通信が入ったみたいですね。

 

『敵に不明戦力があります。念のため、航空教導団にお伝え下さい』

「司令部、了解」

 

 通信が終わったみたいです。通信は口頭のものと、艤装に居る通信妖精さんが打電をします。恐らく、作戦室全体にはその打電された情報が口頭で連絡があるはずです。

 

「作戦艦隊より入電。海上にて不明戦力を確認。航空教導団は警戒を強めよとのこと」

 

 不明戦力、とは……。この作戦での敵は『海軍本部』の部隊です。それ以外、ということ何でしょうか。

状況がまだ初期段階なんでしょうね。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 作戦開始から時間が経ちますが、未だに第三段階に留まっています。

もっと流れが速いものだと思っていましたが、そんなことはありませんでした。呉司令支部から出撃した陸上部隊の侵攻速度とも関係がありますし……。

 ともかく、現状はというと、陸上部隊よりも足の早い航空教導団が先行して上空待機をすることになっていますが、現在戦闘中です。

相手はというと……。

 

『HQ、HQ!』

 

「こちらHQ。状況は」

 

『こちらアグレッサー01!! 迎撃隊が現れた!! IFFに該当しない白いボディの所属不明機がわんさか飛んでくる!!』

 

 航空教導団の無線が、私には理解できませんでした。

IFF。敵味方識別装置に敵としても味方としても反応しない機体があるとは思ってもみませんでした。

交戦する相手である『海軍本部』は、元を辿れば軍の組織です。そんな組織が保有する航空兵器と考えると、同じくこちらが保有しているものと同じはずです。

ならばIFFには味方が表示されるか、設定を変更して敵と表示されるかのどちらかしかあり得ません。

もし所属不明機として出てくるのでしたら、どこかから軍の配備していない別の戦闘機が飛んでいるか、もしくは別の何かが飛んでいるとしか考えられないんです。

 

「HQよりアグレッサー01。航空戦に移行し、それらを撃破せよ」

 

『アグレッサー01了解!』

 

 戦場を飛んでいた1機のドローンが、航空戦をしている空域に入っていきます。

そして戦闘機同士の攻防戦の撮影が始まったのです。

 作戦室に送られてくる映像を見ながら、航空教導団が伝えた情報と組み合わせて正体を探り始めます。

高速で行われる航空戦ですが、遠目からみたりだとかすると、案外目が追いつくものです。徐々にその迎撃隊の機体が分かっていきました。

白いボディであること。航空教導団の機体よりも小さい機体。ジェット機では無いこと。それらを加味して下されたことはというと、迎撃隊として飛来してきたのは『所属不明の零戦ニ一型』ということでした。

流石に映像だけでは、所属は分かりません。ですけど、機体が何なのかまでは特定することが出来ます。

 

「迎撃隊を『所属不明の零戦ニ一型』と断定する。各部隊に通達」

 

「了解」

 

 新瑞さんが最終決定を下し、それが各部隊へと伝えられることになります。

陸上部隊や広島空港で待機中の航空教導団の残り、作戦艦隊に伝えられました。

 

ーーーーー

 

ーーー

 

 

 瀬戸内海も海ではありますので、沿岸部は無人です。

もちろん点在する島々の住民たちも、内陸部に退避済み。

 そんなところで動くモノと言えば動物か軍人だけです。

現在、陸上部隊が乗り物で移動中です。戦車や自走砲、トラックが列を成して倉橋島に接近しつつありました。

私としては果てしなく長い列ではありますが、その列が音戸大橋を超えた辺りで動きがあったんです。

 

『HQ! こちら第三七機械化歩兵師団! 現在、敵対勢力の襲撃に遭っているッ!!』

 

「HQより三七師団。状況を報告せよ」

 

『国道487号を南下中、側面から奇襲を受けた。敵は歩兵。対戦車兵器を装備している』

 

 

 襲撃。奇襲など、作戦では想定されていたものです。

現場では混乱が起きているのかもしれませんが、作戦室はかなり落ち着いていました。

 

『現在は全体停止、応戦中』

 

「HQより三七師団。了解」

 

 報告を受けただけだ。こちらから何かの指示を受ける訳でもないのでしょう。現場指揮で判断し、撤退などはこちらに指示を仰ぐということみたいです。

それに襲撃に関してですが、新瑞さんから事前に貰っていた作戦書には『陸上部隊は進行中にゲリラ戦術を執った『海軍本部』の歩兵部隊に攻撃を受ける』とありました。

これは想定の範囲内なんです。

 各地を偵察しているドローンの1機が、戦闘中の陸上部隊を映し始めました。

国道に展開している機械化歩兵師団の戦車や兵士が、海とは反対側の廃墟や山の方を銃撃・砲撃していました。

 『海軍本部』側の兵士がどこの部隊で、どういう経緯で居るのかは知りません。

ですが、あそこで戦っているのは、本来味方同士です。どういった心境で戦っているんでしょうね。

 乗り物や戦車を盾にしながら銃撃戦を繰り広げるそこは、度々爆炎を上げていました。『海軍本部』側が対戦車兵器を撃ちまくっているんです。

それに被弾した戦車やトラックが爆発しているんです。もう既に死人も映像で確認出来る程です。

 これが本物の戦場なんですね。

私の身体が震え始めました。恐怖や怯えを、身体が表してしまっているんです。

私が平和な国から来たとはいえ、もう"兵士"になってしまいました。武器を握ってしまっているんです。ですからそれから逃げることは出来ません。

映像には音声がありませんが、きっと現地はけたたましい音を連続的に発し、空気を揺らしているに違いありません。

 

「損害が出ています。戦車7両が大破。トラック15両が走行不能です」

 

 誰に聞かれた訳でもなく、オペレーターがそんなことを言いました。

戦車は対戦車兵器に吹き飛ばされてしまい、搭乗員は誰も出てくることはありませんでした。それにトラックも、運転していた兵が降りたりもしていましたが、戦闘開始直後に走行不能になった車両は、運転手や中に乗り込んでいた兵が降りてこなかったりもしたんです。

 

『第三七機械化歩兵師団よりHQ。敵の撤退を確認。前進を再開する』

 

「HQ、了解」

 

 淡白なやり取りでした。

燃え上がる戦車やトラック。道端で倒れて動かなくなった兵を、丁寧に何処かに固めておく訳でもなければ、布をかぶせる訳でもない。

そのままにして、負傷した兵と少数の部隊を置いて、陸上部隊は前進を再開したんです。

 ゾッとしました。

戦死者の遺体を回収し、丁寧に死体袋かなにかに入れる訳でもないんです。

死んだのなら、部隊の侵攻の邪魔になる者の亡骸だけを端に寄せるだけだったんです。負傷兵はその場に残った部隊と共に置き去り。

 どうして後送しないんでしょうか。どうして手厚く介抱することが出来ないんでしょうか。

私は疑問に思いました。

そんな私に気付いてか、隣に座っていた西川さんが話しかけてきました。

 

「前線の兵は皆、ああいう風なんです。作戦が最優先で、倒れた兵の回収や負傷兵の介抱はああやって行われます。本来ならば後送するものですが、生憎……」

 

 出来ないということなんでしょう。

 

「機械化歩兵のトラックを使えば……」

 

「駄目です。破壊されたトラックもそうですけど、全ては使うからああやってある訳です。負傷兵や戦死者の後送のために使うことは出来ません」

 

 最悪です。酷すぎます。

負傷兵が前進の足手まといになるからと言って、残されるのは理解できます。ですけど、戦死者の回収が後回しだなんて考えられません。

 

「なら、近隣の部隊を……ッ!!」

 

「この作戦に参加している部隊は、その言葉通りの意味で参加しているんです。参加しなかった部隊に、こちらから動くような命令を下すようなことは、陸上部隊が全滅して呉司令支部が脅かされた時くらいですよ」

 

「何処かにヘリ部隊とかは」

 

 全て言い切る前に、西川さんに遮られます。

 

「さっきと同じで無理です。民間なんて以ての外ですよ。……それに」

 

 西川さんがそう言いかけた時、今度は新瑞さんが話に入ってきました。

 

「回収できるだけ、恵まれているんだ」

 

「……は?」

 

 思わず出た声がそれでした。

この人は何を言っているんでしょうか。『回収できるだけ、恵まれている』って……。

 

「戦場で回収できる兵士の亡骸なんて極少数だ。今回の戦闘は国内で起きたものだから、回収は容易」

 

「……いくらなんでもそれは」

 

「これが普通なんだ。……ましろ。君が来た世界のことは知っているが、ここは別だ。戦争をしている世界で、戦闘が今も行われている。甘っちょろい考え方をするのは止めろ」

 

 その言葉を発した時の新瑞さんの目や声色は、何というかとても怖かったです。

殺気とは別の何かを感じましたが、それが何なのかは分かりませんでした。

 

「あ、甘っちょろいって……」

 

「戦争をしているんだ。分かっているだろう? 君が何を言おうと、何を訴えようと、それは覆ることのない事実。私の言ったことも、君以外は不本意ながらではあるだろうが肯定するはずだ」

 

 私は言葉に詰まりました。もう何と言えば良いのやら、私には全くわからなかったのです。

この世界に転移して、生きてきました。ですが、今日までこのようなことを目前にしたことがなかったのです。

 私は理解していなかったんです。

肌に感じたこともなければ、真剣に考えてこなかったことを。

 

 




 本日より呉司令支部編は5日連続投稿となります。

 それよりも最近、後書きに書く内容に困っています。メタいことを言っても良いんですけど、それはそれで嫌なので言いたくないんですよね。
 取り敢えず、1つは話しておきます。
新年度に入ったということで、3月半ばから新規連載が増えたように思います。
自分も気になる小説を読んでます。これらがエタらないことを願っています。

 ご意見ご感想お待ちしています。

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