【完結】艦隊これくしょん 提督を探しに来た姉の話 作:しゅーがく
帰ってきた紅くんは、遠い昔の記憶と同じ表情をしていました。
少し痩せたというか、顔付きが険しくなったような気もしますけどね。
帰ってきた紅くんを迎え入れ、皆さんがどんちゃん騒ぎをしている中、私はいつ話しかけようかと悩んでいます。
私の言った『おかえりなさい』だって、きっと横須賀鎮守府の人たちの声にかき消されていたに違いありませんから。
「おかえりー!! 提督ぅー!!」
「うわっ!! 抱きついてくるなって!!」
「安心したよぉおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「泣くな泣くなっ!! あぁもう!! 皆どうしたってんだ!!」
「「「「「そりゃもちろん、やっと帰ってきたから」」」」」
群衆の中心にいる紅くんは、艦娘の皆さんや『柴壁』の皆さん、酒保の皆さんに囲まれています。
その外れ、群衆の外に居るのは私だけなのかもしれません。私が近づくのはまた後でも良いでしょうからね。それにいきなり私の姿を見て、驚いてしまうかもしれませんし。
「新瑞さんと総督がいらっしゃっているから、一旦整列してくれないか?」
皆が泣き叫ぶ中、その声がした刹那、皆が元いた位置に戻ってきます。私はまた皆の中に紛れ込みました。
そして少し遅れてきた新瑞さんと総督が紅くんに近づいていきます。
多分、新瑞さんの横に居る方が総督なんでしょうね。私は見たことありませんけど、総督の方は私のことを知っているんでしょうけど。
「改めて、これからもよろしく頼む」
「えぇ。出来得る限り、力を尽くします」
「頼む」
それだけの言葉を交わした総督は、少し離れたところに行ってしまいました。
次は新瑞さんのようですね。
「こうやって直接話すのは何時振りだろうな。改めて、全快おめでとう」
「そうですね。ありがとうございます」
「逐一、部下がそちらに現状の詳細が書かれていた書類を送っていたが、日本皇国全体で起きていることは把握できているな?」
「もちろんです。つい先日、大本営主導の『海軍本部』殲滅に向けた最終作戦が成功したことも……。テレビや新聞では『クーデターを企てていた一部の軍の討伐を行った』というような言われ方をしていたみたいですけど、メディアや国民の方にも『海軍本部』の存在は知られていたんですよね?」
「あぁ。だが、今回のは被害が被害だけにそういうことにさせてもらった」
「そういうことでしたか」
事務的な会話をしているのか、はたまた専業主婦の昼間の井戸端会議とはまた違いますけど、そういうような会話にも見えます。
「先日送った報告書にもあっただろうが、最後は横須賀鎮守府の戦力も使わせてもらった」
「はい。……結構な人数を投入して、こちらだけ戦死者1名というのはなんというか……その……」
「いい。それに"彼"の働きは大きかった。日本皇国に巣食うガンの殲滅に大きく貢献してくれていたからな」
私はそんな2人の会話を遠目から眺めていました。
話している内容は、周囲が静かですので普通に聞こえてきます。
「あぁ。……済まなかったな」
「何のことだか分かりませんが、よしてください。私は何もしていません」
「……それでも、だ。私自身が君に謝りたいと思ったから、謝っただけに過ぎない」
「そうですか」
そんな会話も、すぐに切り替わります。
今までの話をしていても仕方ありませんからね。
「それで、だ。君には報告書になかったことも、報告しなければならない」
その言葉に、紅くんはあまり反応しませんでした。ですが、私は反応してしまいました。
何か報告を怠ったものでもあったんでしょうか。それとも、今まで意図的に報告していなかったのか……。
「今まで黙っていたことだ」
「そりゃそうでしょうね……」
何かあったんでしょうかね? 私は記憶にありませんので、きっと大本営と紅くんとの間でのことなんでしょうか。
「君のお姉さんがこの世界に来ている」
「はい?」
……なるほど。私のことは紅くんに知らせてなかった訳ですか。それもそうですよね。つい最近、新瑞さんは私と初めて会いましたからね。
紅くんは一瞬動きを止めたかと思いきや、すぐにあれこれと新瑞さんに訊きます。
軍病院に居た『天色』という苗字の人は、この世界の『天色 紅』の姉であることや、その名前を語っている一般人なのではないかとかそういうことを新瑞さんに訊いていました。ですけど、新瑞さんは首を縦に振ることはなかったんです。
そして、私のことを簡潔に説明を始めました。
「君のお姉さんは横須賀鎮守府艦隊司令部所属 私設軍事組織『柴壁』の構成員として、横須賀鎮守府に居る。今もどこかに居るんじゃないだろうか? この盛大な出迎えの中に紛れて」
そういった新瑞さんの言葉を聞き、紅くんはバッと振り返って並んでいる私たちの顔を順番に見ていきます。
そしてその途中で見つけた武下さんにも、私のことを訊き、探します。
……そして、その時は来ました。
紅くんが順々に見ていっていた『柴壁』の列に並ぶ私の前で止まり、顔を見ます。そして……。
「姉、貴……なのか?」
「う……ん」
「本当に?」
「うん」
じわーっと目頭が熱くなり、次第に視界がぼやけていきました。頬を伝う水滴がBDUに落ちていく感触を感じつつ、私は目尻に溜まった涙を手の甲で拭います。
私の主観時間で約2年、ずっと探してきた私の弟が目の前に居ます。
さっきは遠目でしか見えませんでしたが、今は目の前に私のことだけを見ています。
紅くんったら全然変わってないんですから。やっぱり痩せた気もしますけど、表情は相変わらず仏頂面で髪が少し長く、近くまで行ったら見上げないと顔が見えないくらいに身長が高い。
それでいて、ぶっきらぼうな喋り方の中にある癖。私や家族にしか分からない癖が見え隠れし、少し頭を掻きます。
きっと恥ずかしいかったりだとか、何か心の中で感情が渦巻いているんでしょう。
そんな紅くんに向かって私は、精一杯笑います。
「おかえりなさいっ!! 紅くん!!」
また頬を涙が伝いました。本当に逢えるまで、どれほど辛いことを乗り越えて来たかと思うと、本当に本当に……。
私はそのまま持っていた小銃を投げ出して、紅くんに抱きつきました。私は小さくて、紅くんは大きいですが、紅くんは私の大切な弟ですから。何にも代えがたい、大事な、大事な弟なんですから……。
「うん。……ただいま、姉貴っ」
私の身体を包み込んでくれる紅くんはとても温かく、とても良い匂いがしました。
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ーーー
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正門前の桜並木から解散し、グラウンドでは帰還祝賀会が行われていました。最後の『黎明の空』作戦から帰還してすぐに準備に取り掛かった、この会はとんでもない騒ぎになりました。
料理は次々に運び出されてくるわ、舞台では艦娘艦種対抗一発芸大会やら、横須賀鎮守府ベストギャップ萌え選手権だとか……。かなり真面目に会議をしていたというのに、どうしてそんなモノが執り行われているんでしょうかね。
それと、こちらがお呼びした来賓の方々もかなり賑わっていました。私はそちらを決める会議には少しだけ顔を出していましたが、結構な人が出ていましたね。毎日鎮守府に物資を運んでくれる陸軍輸送部隊の方々(約100名)や、『柴壁』や酒保のご家族等々(計測していない)、横須賀市の市議会の方々等など。グラウンドを埋め尽くす人数が入念なボディーチェックや身体検査の後に入ってきています。もちろん、メディアは誰一人として居ないらしいですけどね。
これだけのことをするのに、どうやらかなりの額が飛んでいったらしいですけど、それは今気にしても仕方ないですよね。
そしてその帰還祝賀会も夕方には終わりを迎え、来賓を鎮守府の外に見送りをした後、私は紅くんに呼ばれて執務室に来ていました。
何度か入った記憶のある執務室に、本来の主である紅くんが居ることに私は少し違和感を持ちましたが、これがこの執務室の本来の姿ですからね。
私は紅くんが座っている椅子と長机の前に立ち、話をします。
「姉貴……」
「はい」
「訊きたいことは沢山あるのはお互いだろう? まずはあっちに座らないか?」
そう言って、紅くんはソファーの方を指差しました。
私は言われた通りに、ソファーに座ります。紅くんも向かいに腰を下ろしました。
「まずは何を訊こうか……。……姉貴は何かあるか?」
訊きたいことは、今のところ考えられませんね。知りたいことは全て、艦娘や『柴壁』の皆さんから聞くことが出来ましたから……。
きっと訊きたいことがあるのは紅くんの方の筈です。
「特に無いですね。紅くんの方こそ、私に訊きたいことは山のようにあると思いますけど?」
「その通りだが、姉貴は無いんだな?」
「はい」
私は頷きます。
「……どうしてここに居る」
「え?」
紅くんが最初に言った言葉はそれでした。
様々な意味を含んでいるであろう言葉、『どうしてここに居る』というのには、私はどれから説明すれば良いのか分かりません。ですけど、ただひとつ言えることがありました。
「どうしてここに居るんだ、姉貴。この世界に"呼ばれた"のは俺だけだった筈だし、姉貴を呼べるようなところは無い筈。それに、艦これをやっていなかっただろう?」
「はい。紅くんの記憶にある限り、私は艦これをやっていませんでしたよ。ですけどね……」
そう。どうして私がこの世界に居るのか……。
「紅くんが居なくなったあの日、紅くんの部屋のパソコンでは艦これが起動したままだったんですよ? 居なくなった原因も方法もどこに行ったのかも分からなかったあの時、私は紅くんの部屋に残されていたモノが何か理由があったんじゃないかって調べました。それで見つけたのがパソコンだったんですよ」
「パソコン……。そういえば、パソコンに……」
「はい。紅くんの性格上、パソコンを起動したまま居なくなることはあり得ませんでしたからね。ですから、何も手がかりが無い状況下で、私はパソコンの艦これがきっかけだったんじゃないか、って思ったんです」
ですから、私は艦これをプレイし始め、調査を始めたんです。
「何もかもが分からない状況で、私は艦これにすがるしかありませんでした。そして調査していくと分かったことがあったんです」
「……」
「開発資源や高速修復材、各資材の数値が勝手に上下していたんですよ。これはつまり、紅くんがこちらで行っていた艦隊運営があちらに反映されていたってことです。ですから、私は確信したんです。『紅くんは艦これの世界に行ってしまったんだ』と」
推理ではありますが、これは的の真ん中を射ているはずです。これを外していたのなら、私がここに居る理由も、紅くんが目の前に居る理由も説明がつきませんからね。
「そんなことが分かって、お父さんお母さんにそのことを言っても信じてもらえませんでした。頭がおかしくなったんじゃないかって思われたくらいです」
「……」
「そして半年前、私はこの世界に来ました。きっと状況は紅くんと同じだったはずです。ですけど、私と紅くんとでは決定的に違うものがありました。……紅くんは運営していた鎮守府サーバーに現れたんだと思います。ですけど私が現れたのは、ここから自動車で数十分のところでした」
そう。この違いが何かを表しているんです。紅くんと私とでの決定的な違いを。
「私は岩国でしたから、ここ横須賀に現れること自体変なことでした。ですけど、私はこの世界に来て、紅くんが居ることに確証を得た後、ここに来たんです」
「……そうだったのか」
「はい。……ですけど、この格好には納得していないみたいですね」
「そりゃ、な。実の姉が看護師していると思ったら、今は兵士だからな……。いいや、今は会社員か」
私は頷きます。今は私設軍事組織『柴壁』の二等兵。軍人と民間人の間の立ち位置に居ますからね。
「大体分かった。……もう起きてしまったことだし、決めてしまったことだから今からではどうしようもない。だけどな」
紅くんは凄みました。
今までに見たこともないオーラを放ち、私の顔を見たんです。その表情は怒ってるようにも見えましたが、それはまた別。本当に見るのが初めての表情でした。
「どうして兵士になったんだッ!! 姉貴ッ!!」
私の腰にぶら下がっているナイフが音を立てます。
今も私はBDUを着ており、紅くんからは『柴壁』の前身である横須賀鎮守府艦隊司令部警備部の人間にしか見えないんでしょう。
「こうするしか方法が無かったんですよ。ここに居るために、紅くんを探すためには……。ですから私は兵士になった、ならざるを得なかったんですッ!!」
私は兵士にならざるを得なかったんです。ここに居るため、横須賀鎮守府に居るために私は兵士になったんです。銃を握ってしまったんです。
「そうか。……今更何を言っても仕方がない。……所属は?」
紅くんの切り替えの速さに驚きつつも、私はそれに答えます。一応、立場的には紅くんは上官ですから、それなりの態度で言わなければなりませんね。
私は立ち上がって敬礼をし、自己紹介をします。
「日本皇国海軍横須賀鎮守府艦隊司令部所属 私設軍事組織『柴壁』 『血猟犬』諜報班 天色 ましろ二等兵です」
ポカンと口を開けて聞いていた紅くんは、すぐに戻ってきて口を開きます。
表情には一瞬、驚きがありましたが、それをすぐに隠してしまいました。
「まぁ、大学出てないから少尉任官は無理だったか……。まぁ良いや。姉貴」
「はい?」
紅くんはスッと立ち上がります。そして私に向かって答礼をしました。
「かなり心配事が増えたが、今はそれを考えている余裕は無い。今俺たちがすることを考えて実行するだけだ」
手を降ろした紅くんは、私にあるものを渡してきました。
それは辞書並みの厚さのある紙袋。渡されると、その重さに一瞬よろけました。
「それは今朝方大本営から出された命令書だ。姉貴のも入っている」
「えっと? どういうことです?」
そう言って、紅くんは私の持っている紙袋の中の一番上の書類を引き出して読み上げました。
「『本日0600を以て、日本皇国海軍横須賀鎮守府艦隊司令部所属 私設軍事組織『柴壁』 『血猟犬』所属 天色 ましろ二等兵は、日本皇国海軍に編入し、これと同時に事務官扱いの特務大尉の階級を授ける』。一気に何階級特進したんだ?」
「へ? 特務大尉ですか?」
「あぁ。そう書いてあるぞ、この辞令には」
そう言って、紅くんは私にその書類を渡してきました。
確かに、辞令にはそう書かれています。ですけど、この書き方だと私は最初から軍に籍を置いていたことになっていますね。私は軍に志願した覚えは無いんですけど……。
そのことに関して、紅くんから私が言い出す前に説明がありました。
「姉貴がこの世界に来て、横須賀鎮守府に入れるようにした時点で、既に軍籍になっていたみたいだぞ。そう新瑞さんも言っていたし」
「そうなんですか……。知らなかったです……」
私はその説明を聞き、納得しました。確かに横須賀鎮守府は軍事施設ですからね。ここに滞在するとなると、軍人以外は特例以外はあり得ません。私はその時点では特例扱いされていませんでしたから、自動的に軍人になっていたんでしょうね。
私はその書類を机の上に置き、紅くんの顔を見ます。
紅くんは私の顔を見ていました。正確に言えば、目ですけど。その目は、私の記憶にある中では、いつもの紅くんの目でした。ぶっきらぼうで無口な紅くんです。
「何にせよ姉貴」
「はい」
表情は変えませんでしたが、口調や声色から真面目な話をすることは伝わってきました。
「ここに居たのなら色々と知っているだろうが、安全面を考えるとここに居た方が良い。だけど、俺は姉貴の意思を尊重する。どうする?」
「私はここに居ますよ。ずっと横須賀鎮守府に居ますからね。出ていくつもりはありません」
「そうか……。ま、転属なんて受け取って貰えないだろうけどな」
聞いただけだ、と言わんばかりの表情で紅くんは笑いました。
私と紅くん以外は誰もない執務室で、誰にも邪魔されずに姉弟水入らずの会話は弾みました。
紅くんのことは、艦娘の皆さんや『柴壁』の人たちからかなり聞くことが出来ますが、やはり本人から話してもらうのが一番です。それに聞けなかったような内容も聞けたんです。楽しいこと、嬉しいこと、辛かったこと……。全てが紅くん自身が体験したことですから、他人の見たものとは全然違っていたことが分かったんです。
そして、私が横須賀鎮守府に来て体験したことを話します。それは紅くんも興味があったみたいですね。自分以外の視点から、自分が居なかった時期の横須賀鎮守府の状況が知れる訳ですから。
私はこの世界に来てからあったことを話します。横須賀鎮守府の様子や『柴壁』の人たちのことだけですけどね。
そして時は過ぎ去って行きます。
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ーーー
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約2年ぶりの再会を果たしたというのに、私と紅くんとの間にこれ以上の会話はありませんでした。
ただ、執務室に流れる空気を感じ、静かに座っています。お互いに話し尽くしたというのもあり、話す内容もないという状況にあったのかもしれません。
そんな時、紅くんの方から話を切り出してきました。
「俺も色々な経験をしたし、立場というモノも持ってしまった。……それでも俺は姉貴の弟だ。この先、俺が何か間違えようとしていたら正して欲しい」
そう言って、紅くんは頭を下げました。
私の中に強く在る『紅くん』という存在が、絶対に言わなかったような言葉を言いました。それに驚きつつ、複雑な気持ちで答えます。
「分かりました。私は紅くんの部下という立場になりましたけど、姉として弟の征く道が逸れたのなら正します」
「頼む……」
紅くんは静かに頭を下げました。それは何か特別な考えが篭っているようにも見え、また、これからいつまで続くか分からないこの関係のことを頼んでいるのか……、私には全く分かりません。
ですけど、それに私は必ず答えなければなりません。それが天色 ましろ、紅くんの姉としての仕事なんですから。
エンディングを迎えてから5日程経ってからの、アフターストーリーを投稿しました。
今回は前回のアフターストーリーみたく、短編小説並の長さはなく、この投稿限りとなります。
再会してからの、姉弟での会話になります。本編エンディングでは話していませんでしたから、このシーンをアフターストーリーとして採用しました。
お互いのこれまでの思い出を語り、お互いに約束を交わしていること……。ここが重要ですので……。
ご意見ご感想お待ちしています。