【完結】艦隊これくしょん 提督を探しに来た姉の話 作:しゅーがく
トゥルーエンドとしています。ご注意ください。
第72話 帰還と記憶
『大本営を攻めてきた"犬"共のリーダーがコイツなのか?』
『にしては貧弱だな。新兵でここまで弱い奴はあまり居ないぞ』
……あぁ、私はどうしているんでしょうか。
『本当にあの"提督"の姉弟なのか? だったら傑作だな! 姉弟揃って身内に殺られるなんてな』
『そうだな。……ま、でも良いんじゃないか? どうせどっかで死んでいただろうさ。深海棲艦にミンチにされるか、兵士に撃たれて死ぬかどっちかだ』
……そうです。私は今、武下さんたちと大本営に来ていたんでした。
『ッ!! っち!! 良かった。"味方"か』
『おぉ……。お前は××か、無事だった……訳では無いみたいだな』
『当たり前だろ!! アイツら、獣か何かだぞ!! 兵士と兵士の撃ち合いをしているのとは訳が違う!!』
『そんなことは分かっている』
紅くんの、形見を……、取りに来たんでしたっけ……。
『それで、こんなところでだべってると殺されるぞ? どうして、移動しないんだ?』
『ん? それもそうだけど、これ、見てくれよ』
『えぇ? ……あぁ、コイツがあの獣たちのリーダーの女か? でも、どうしてこんなところで?』
『さっきたまたま遭遇してな、距離的に格闘しか出来なかったから、殴ったらこれだよ……。新兵でもこんな弱っちい奴は居ないって』
ここには無いですよね……。階段の踊場になんて。
『あ、動いたぞ。さっきまでは気を失っていただけなのか』
『みぞおちに入ってたからなー。アレはキツイだろう』
『そうだな……。ここら辺に来た時、あらかたの獣は殺されたみたいだし、ここらで生きてるのはこの女だけみたいだぞ』
『そうなのか。……なぁ、ちょっと良いか?』
巡田さんに連絡を取れば、もう見つけたかもしれませんね。……無線機はどこでしょうか?
『何だ?』
『俺たちはコイツらに酷い目に遭わされているだろう? ならさ、良いんじゃないのか?』
『おまッ?! 本気で言ってるのか?!』
『本気だ、本気。それにどうせ殺しちまうんだ。なら"楽しませて"貰おうぜ』
……そういえば、階段の下に転がっているのは私の無線機でしたね。壊されたんでした……。
どうやって巡田さんと連絡を取りましょうか。……目の前で立っている人は多分、私たちの仲間では無いでしょうし……。一緒に居た西川さんも1時間前くらいに撃たれて、動けなくなっていましたから……。
『い、良いのかよ……』
『気にすんなって。それに見てみろよ。動けないみたいだしな。所詮、新兵にも劣る訓練兵かそれ以下でしかないからな』
……あれ? 何だか、身体を持ち上げられたみたいですけど、拳銃とかナイフとか取られていきますね。
それがないと、身が守れないんですけど……。
そして、どうして私のベルトを外すんですか……。抵抗したくても、身体が動きません。周りに仲間も居ません。
『ほーん。着痩せするタイプなのか……』
『お、おい!!』
『良いんだって。それにお前だって、俺を無理やり止めないんだから同罪何だからな。バレても営倉には放り込まれないだろうけど』
『うぐっ……』
どうして、どうして、どうして……。
『へへっ』
『……』
嫌っ、嫌っ……。
『コイツ、泣いてらぁ!! 泣きたいのはこっちだってのにな!!』
…………。
『そこまでにしておけって』
何で、何で、何で……。
『あ? うっせぇな。俺が終わったら次、お前もやれよ?』
…………………。
ーーーーー
ーーー
ー
気付いた時、私は懐かしいところに居ました。
そこは半年くらい前、ずっと私が寝て起きてを繰り返していた場所です。服と仕事で必要な資料、勉強道具、使い古した参考書……。ふかふかのベッドに沢山の本たち。
私の寮の部屋とは正反対の、生活感のある部屋でした。鼻には私の匂い。忘れていた私の匂いがします。そして、窓からは明るい光が差し込み、見慣れたはずの景色が広がっていました。
部屋に静かに響く時計の針が進む音、そして自動車が近くを走り去る音。
そんな、私の部屋に座っていたんです。そして私の目の前にあって、今まで目に入らなかったノートパソコンがありました。
画面を点灯させて確認します。
艦これのプレイ画面でした。私のアカウントで、秘書艦は吹雪さん。初期艦ですけど、ずっと第一艦隊に入れていましたから、練度は艦隊の中でも一番です。
そして私は"全て"を思い出します。横須賀鎮守府での出来事、紅くん、死ぬ寸前の光景……。
全てが頭の中に流れ込み、それと共に頭痛を起こします。信じられない程の痛みに苦しみ、耐えると、ほんの30秒でその痛みは収まりました。この次に取った行動は必然だったでしょう。
「確認しなくては……」
そう。"この世界"が一体何なのか、ということを確認しなければなりません。
もしかしたら、私が元居た世界とかなり似ている世界である可能性が十分にありますからね。そう思い、立ち上がろうとしても、立ち上がることが出来ませんでした。
死ぬ間際、私が"何をされていた"のか、そのことが脳裏に一番深くに刻み込まれていました。それが私の腕と足の力を劣ろわせ、立ち上がらせまいとします。
ふらつき、私は床に転びました。身体中に残っている感触、痛みが神経を過剰に反応させ、それが背筋を駆け上がります。
怖い。動くのが怖い。そう考えてしまっていました。
その一方で、私は確認しなければなりません。
"この世界"は一体何なのか。そして、この世界が何であれ、紅くんは居るのか……。
もう一度、腕と足に精一杯の力を入れて立ち上がります。
そして少しふらつきながらも、なんとか立ち上がることが出来ました。本棚に捕まりながら部屋の中を移動し、扉に手を掛けます。そしてその扉を開きました。
その先にあったのは、見慣れた廊下だけです。ここは私の部屋で、私の家です。
そのまま私は紅くんの部屋を目指しますが、捕まるところを変えようとした時、手を空振ってしまって転倒します。
その音に反応してか、下の階が騒がしくなりました。そして廊下に出てくる音、階段を駆け上がって来る音と共に、現れたその人物に目を向けます。
「あ、貴女……ましろ、ましろッ?!」
「……お、お母さん」
お母さんだったんです。少し老けた気もしますけど、それはまごうとことなく私のお母さんでした。
温かい身体に包まれ、私の耳元でお母さんが鼻声になりつつも話しかけてきます。
「おかえり、ましろっ……。どこに行っていたのか全然分からないけど、"あの話"のことだったら異世界に行ってたんでしょ?」
「はい」
少し身体を離し、お母さんが私の目を見て話します。
「紅と同じ失踪の仕方だったから、私もお父さんも考え直したよ。ましろは紅を迎えに行ったんだって」
「その、通りです……」
「でもね、ましろ」
そんなお母さんの口から、私の全ての思考を止めさせる言葉が発せられました。
ここまでの話を聞いている限り、私は元居た世界に帰ってきていることは確定です。ですけど、その中でもお母さんが言った言葉だけは……。
「紅は、ましろが失踪してから1ヶ月後に帰ってきたんだよ。今さっきのましろみたいに、突然ね」
どういうことでしょう……。全く私の頭は働きませんでした。
お母さんが言っている言葉の意味が分からずにいる私を知ってか知らぬか、お母さんは次々と話を進めていきました。
「帰ってきたのは良いんだけどね、様子がおかしいの」
そんなことをお母さんは言い出しました。
たしかに、紅くんが何かいつもしないようなことをしていれば目立ちますからね。家ではスマホを見ているか本を読んでいるか部屋に居るくらいしかないですからね。
「何だか、魂が抜けたみたいな……。まるで"大切なモノを奪われた"みたいな様子で、ご飯とお手洗いとお風呂に入る時以外は、ずーっと部屋で外を見ているみたい」
何ですか、それ……。
状況は分かりましたし、どういう風に見えるのかも伝わりました。ですけど、その様子は流石におかしすぎます。何もしないなんてあり得ません。好きなことをして過ごすはずですし、やらなければいけないことはちゃんとこなしていく人だった筈ですのに……。
私はお母さんに支えられながら立ち上がります。
もう、私の頭に流れ込んできた"記憶"を気にしている場合ではありません。私はこんな様子ではありますけど、私よりも酷いだなんて思いもしませんでした。
紅くんの部屋は、私の部屋の隣です。扉をノックして返事を待ちますけど、全然返ってきません。
お母さんは『いつものこと』と言って、勝手に扉を開けて入っていきます。
「……」
そこにはいつもの片付いた部屋、綺麗に整頓された机の上、そして『この話の根幹としてある紅くんのノートパソコン』がありました。
ですけど、ノートパソコンの電源は点いておらず、それどころか、机に付いた形跡もありません。
紅くんは静かに窓の外を、ベッドに腰掛けて眺めているだけでした。
そんな紅くんにお母さんは話しかけます。
「紅、ましろが帰ってきたよ……。アンタを追うように失踪したましろが……」
そう言ったお母さんの言葉に反応した紅くんは、スッと私の方を見たかと思うと、すぐに窓の外へと視線を戻してしまいました。
これは確かに様子がおかしいとしか言えませんね。口も開かなければ、動こうとしない。これは完全に"精神的に何かが"起きているんでしょう。
どういうものかは分かりませんが、十中八九あの世界、私が言っていた世界でもあり、紅くんも居た世界のことでしょう。失踪する前はこんな風に、日々の時間を浪費するような人ではありませんでしたからね。
私は紅くんの目の前に座ります。
話をするためです。聞いてくれるかは分かりません。専門家でもありませんから、下手に何かを刺激してしまうと"壊れてしまう"可能性もありますけど、これは専門家でも専門外の事象です。少しでも事情を知っている私が、最初に触れていった方が良いでしょう。
「……」
紅くんはこちらに見向きもしませんが、私は話しかけました。
「お久しぶりです、紅くん」
「……」
「あははっ、私も異世界に行っていたんですよ? 姉弟揃って凄いですよね?」
「……」
当たり障りのない言葉から、私は紅くんに語りかけていきました。
「私、言った先で色々な経験をしてきましたよ。"普通"に生活していれば、まず経験しないことを」
「……」
「いろんな人に出会って、いろんな経験をして……。紅くんも同じなんですよね?」
「……」
そう聞きますけど、私は"知っている"から言っています。紅くんが何をしてきたのか、どんな人に出会って、何があったのかを。
そんな話はまだ持ち出しません。こうなっている原因は確実にそれですからね。
言葉を選んで話しかけていきますが、返事はおろか反応も返ってきません。ですけど、ある言葉には反応したんです。
「入れ違いだったんですよ」
それまで外を眺めているだけでしたが、急にこっちを見たんです。
私の目を捉えた紅くんの瞳は、とても霞んでいました。暗くなっていました。ですけど、そんな目でも発した言葉には力が入っていました。
「どこに……行っていたんだ?」
虚ろな目で、そう私に言いました。
「紅くんが居た世界、あの世界です」
「……そう」
「皆さん、とても落ち込んでいましたよ」
具体的なことは言いません。ですけど、紅くんが居た世界に私も居たことには変わりありません。
言葉を続けて話します。
「ですけど最後は、紅くんがどこにいるのかを探しました。いろんな方面に声を掛けて、総督や新瑞さんにも連絡を入れたんですから」
「……そう」
「でも結局見つかりませんでした」
「……そう、だな。俺は、ここに居る」
「はい」
「俺が居ない"鎮守府"は、どうなっていた……」
「活気がまるでありませんでした。……誰も外を歩いていませんでした。門兵さんも軍から抜けて、横須賀鎮守府だけのために居ました」
「バカだなぁ……」
「そして、最後は……」
言葉に詰まります。
「最期は……」
言い換えました。本当に最期だったんですから。
私がそう口を開いた時には、紅くんの目も変わっていました。
少し輝きを増した、そんな風に見えました。ですが、そんな風な目を向けられても、期待しているようなことにはならなかったんですよ。
私は真実を伝える義務があります。見てきたことを、経験してきたことを。
「みんな死にました」
「っ……」
口をぽかんと開けたかと思うと、すぐに口を閉じた紅くんは少し俯きます。
ですがすぐに顔を上げて、私を手招きしたんです。
「私も……死んだんです」
そうすると、後ろで聞いていたお母さんが走り寄ってきたんです。
ずっと扉の近くにいましたから、話が聞こえているのは当然でしょう。
「……どういうこと? 軍とか死んだとか言ってたけど」
「お母さんには後で説明します。ですから少し待っていてください」
「でも……」
「待っていてください!! 私は紅くんに話さなければならないんですッ!!」
強く言って、私はお母さんに離れてもらいました。
この話は"知らない人"が詳しく聞いても仕方のないことですからね。混乱するでしょうし、きっとお母さんなら怒りもするでしょうから。
「……私はですね、兵隊になっていたんですよ。紅くんの鎮守府で」
「海軍の軍人になっていたってことか?」
「違います。その辺りの説明は省きますが、端的に表すと『傭兵』に当たります」
「……」
情報を飲みこむのが速いですね。それに少ない言葉でも、瞬時に何の話をしているのかを理解しているように見えました。
「さっきの話に戻りますが、どうしてみんな死んだのか……」
伝えなければなりません。
「全ては紅くんが撃たれたところからでした。あの時、紅くんは搬送された先で死んだんですよ」
「……そうだな」
「その真実は誰に伝わることなく、大本営がそれを隠蔽したんです。横須賀鎮守府にもです。ですが結果的にはその情報は報道機関でも報道されました」
「……」
「それが私の主観時間で1週間ほど前です。あまりにも遅すぎて笑っちゃいますよね」
くすくすと笑い、話を続けます。
「そんな発表の前に、横須賀鎮守府は陸軍からの攻撃を受けました。建前は第三方面軍 第一連隊が持ち込んだまま、私用していた装備の奪還。本音は横須賀鎮守府を叩いて火種を消すという目的」
「……」
「もう味方なんて居なかったんですよ」
「っ……」
「ですから、みんな死んだんです」
後ろで聞いているお母さんは首を傾げていますが、多分ほとんどの情報は拾えているでしょうから顛末は分かるでしょうね。
「紅くんを利用していたあの国の国防中枢を潰したんです。死を覚悟して、その言葉通り死ぬまで徹底的に。ですがそれをしたのは軍を抜けた兵たちと、酒保の人たちだけです」
「1500人……」
流石、横須賀鎮守府の長をしていただけありますね。人員の把握はしています。
「艦娘たち、赤城さんや金剛さんはどうしたのか……」
「……自己解体を、したのか?」
そこまでお見通しなのも、凄いことです。ですが、それは違います。
「違います。……全軍が中部海域へ進軍したんですよ。装備・武器・弾薬・燃料満載にして」
少し考えた紅くんはそれだけの情報で答えを出しました。
「片道……か」
「えぇ。片道です」
「そうか……」
お母さんから聞いていた様子とは違って、結構大丈夫そうではありますね。こうやって話してみて、そんな風に感じました。
受け答えも私の覚えている一番新しい紅くんと変わりません。目は死んでますけどね。
これ以上、私は話すことはありませんでした。紅くんから何かあるかと思いましたが、どうやら何もなかったみたいです
ですから私は部屋に戻ることにしたんです。
ーーーーー
ーーー
ー
お母さんに説明を要求されました。私と紅くんが行っていたところについて。そして、何を2人が経験してきたのか……。
紅くんにも声を掛けてから、お母さんは私のところに来て言ったんです。そもそも説明する必要があると思ってましたし、さっき紅くんと話していた時にも聞かれたので答える予定ではありました。
ですから、お父さんが帰ってきてから話すことを伝えました。それにはお母さんも納得してくれました。
私と紅くんとの会話を聞いていて、ある程度は理解しているでしょうけどね。
そして夜になり、お父さんが帰ってきました。
私を見るなり色々と声を掛けてくれました。『大丈夫だったか?』とかでしたけどね。そして、リビングで家族会議が始まろうとしていました。
机の上にはお茶が出されています。きっと長丁場になることは、お母さんは分かっていたんでしょうね。
「誰から話すべきですか?」
「無論、紅だろう。帰ってきたかと思えば、口も開かなかったからな」
お父さんはそう言い放ちました。
それに応じ、紅くんは話し始めたのです。
「簡潔に言うし、これは客観的な状況説明をするから。……異世界へと強制的に転移させられた俺は、その先で軍を率いさせられていた」
「なんだそれ……」
「技術レベルは今と同等で、居た国は日本と酷似している『日本皇国』という別の天皇制国家。その国が何十年続けているのか分からない『深海棲艦』と呼ばれる集団・組織・国家のどれかに属する戦闘集団との戦争を肩代わりしていた」
「肩、代わり……?」
「戦場は主に海の上」
「……」
言葉を失うのも無理はありません。
まさか息子が居なくなっていた短い期間に、それだけ壮絶な経験をしていたというのなら猶更です。
「世界情勢も最悪。ドイツ以外の国との国交は完全に断絶。『世界の警察』と揶揄されるアメリカも強制的な鎖国状態。唯一その時まで深海棲艦に抗っていたのは日本皇国だけ」
「……」
「そんな日本皇国に居た。これでいい?」
「あぁ……なんともまぁ、突拍子もなければ意味の分からないことに……」
「だけど、それが俺の経験してきた事実」
そう言い切った紅くんの次に、私の番が回ってきました。
お父さんが私の方を向いたんです。
「私は紅くんの"居た"世界に居ました。ですけど状況説明は紅くんがしてくれていましたから、私は何をしていたのかだけを言います」
少し息を整えます。
「私は兵士になっていました。厳密に言えば傭兵ですけどね」
これだけです。深いところはこの後で話していくでしょうから、一気に話したって意味はありませんからね。
お父さんも一気に言われたって整理がつかないでしょうから。
お父さんは少し考えた後、私と紅くんに問いました。
「紅は異世界に強制的に連れていかれ、ましろはどういう状況で異世界に行っていたんだ?」
「……残念ながら、私にはその状況が全く分からなかったんです。紅くんは確かに強制的に連れていかれた、という状況下であったことは本人にも知らされるような状況でした。ですけど、私は全く分からなかったんです。ただ、私も同じように強制的に連れていかれたのではないか、と考えます。前例が紅くんしかありませんからね」
「ふむ……」
少しずつ、お父さんは聞いていきます。
「じゃあ、どうして帰ってこれた? 強制的に連れていかれた、というのならば外的要因でなければ移動できないと思うんだけど」
流石お父さんです。頭ごなしに常識に囚われずに、仮定しながら話を進めていきますね。
「俺は……殺された」
「っ?!」
今まで黙っていたお母さんが反応します。その辺りは、私と紅くんとの話で聞いていたところですからね。
「状況は……」
「それを話すには、そもそも俺が何を率いさせられていたか、というところから説明する必要があるんだけど?」
「……ならばそこから」
紅くんは頷いてポケットからスマホを取り出しました。そして少し動かして、私たちの机の上の中心に置いたんです。
表示されているのは艦これのプレイ動画。動画サイトから適当に再生したものでしょう。
「これ。今画面に映っているゲーム、喋ったりしている武器のようなモノを持った女の子が居るだろう? それを指揮していた」
「またこれはよく分からない方向に……」
「まぁ、そのままで考えてよ。……この女の子たちはさっき話した深海棲艦と対等に戦える唯一の存在だったんだ。だけど、俺が来る前に国内で色々あった原因で元はこの女の子たちだけが戦争をしていた。肩代わりしていた」
「そうなのか」
「それで話をすっ飛ばすんだけど、この女の子たちを道具のように兵器のように扱っていた軍の一部組織が、俺を消そうと動き出して攻撃を受けていた。最初は防いだ。だけど、2回目では防ぎきれなかった。俺は俺を消しに来た特殊部隊の兵士に銃殺された」
「どうして紅を消すような動きになったのかが分からないが、分かった。ましろは?」
私の番になりました。
ですけど、私の帰ってこれた理由は紅くんと同じでも、それまでの過程が話せません。話したくなったんです。ですから私は、話したくないところは話さずに行こうと思いました。
「私は紅くんが指揮していた女の子たちが集められた基地に居たんです。そして紅くんがどこにいるのか、ここで起きていることを聞き、もしかしたら紅くんは生きているのではないかと考えたんです。その時、紅くんは死んでいるのかいないのか分からなかったですからね」
「……」
お父さんは黙っています。
「ですから行動を始めました。まずそこに居るためには兵士になる必要がありました。ですけどその時には、その基地は軍の指揮からも外れていました。多分紅くんが色々してきたから、特権とかあったんでしょうね。ですから普通ならばやらなければならないことは沢山ありましたが、私は最低限の教育を受けて兵士になりました」
「……」
「そして行動を起こしていくうちに、真相が見えて行ったんです。軍上層部は紅くんの死亡を隠蔽し、一部の関わった人たちに箝口令が敷かれていたことと、それと同時に紅くんが死んでいたことが情報開示されたんです」
ここからは少し脚色します。
私しか知らないことですからね。
「その基地には一般の兵士も常駐していました。私と紅くんの指揮していた女の子たちは『
「……」
「有り体に言えばクーデターです。1500名の兵士で軍の司令部を攻撃。言葉通り、身体が動かなくなるまで攻撃しました。そこに私も居たんです」
「……」
「司令部ですから、そこには現場から登ってきた将官とキャリアの将官、警備の兵も居ました。その全員を私たちは殺し、殺し、殺し、最期は私自身も殺されました」
言い切る頃には、お母さんは泣いていました。
私と紅くんの経験を聞いたからでしょうか、私にはよく分かりません。ですけどお父さんは表情を変えません。難しい表情をしたまま、少し間を置いたんです。
「……分かった。分かったから、ましろ」
そう言ってお父さんはティッシュを私に渡してきました。
「その涙を拭け。……ましろはそれが正しいことだと思ってやったんだろう? 紅を道具のように扱って捨てたその『日本皇国』という国が悪いんだ」
「はいっ……」
微笑んだお父さんはお母さんに何かを言うと、今日はこれで終わりになりました。
時間はそこまで経っていませんでしたが、私と紅くんの精神衛生を鑑みて切り上げたみたいですね。特に、私の状態は悪かったみたいですし……。
ーーーーー
ーーー
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次の日の午後。私は紅くんと共にお母さんに連れられて、あるところに来ていました。精神内科です。
どうしてここに来たのか説明してくれませんでしたが、道中にお母さんの運転する自動車で紅くんはあることを言ったんです。
『きっと俺と姉貴の精神状態が正常でないと思ったんだろうな。だから専門医に診てもらえってことだろう。親父はきっと母さんに頼んでいたんだ』
と言っていました。確かに、昨日今日の出来事を考えればそうなりますよね。
精神内科に付き、私と紅くんは問診など色々と受けました。
そして結果を最後に伝えられました。私も紅くんも子どもではありませんから、私たちの目の前で言い渡されます。
「まず紅さんの方ですが、特に問題はありません。ですけど、この歳では考えられないくらいに冷静な判断をしますね。その一点が異常であると判断し、経過観察をしていただきたいです」
そう言い渡されました。
確かに、昔の紅くんよりも大人びた話し方をしますからね。それにその内容もどこか先を行ってますし、何より冷静であると思います。
次は私の番ですね。
ですが、私は何となく何を言われるのかは分かっていました。
「ましろさんの方ですが、こちらはかなり……」
「と、言うと?」
「PTSD 心的外傷後ストレス障害ですね。それも日本国内では見ない重度の……」
やはりありましたか。確かに昨日から音に敏感ですし、手とか細いものが怖くて仕方ないですからね。
「あと……ましろさん」
「はい」
「貴女、"暴行"を受けてましたね?」
お医者さんは言葉を濁しましたが、私にはその意図が伝わりました。
「はい」
「私と話している間も、それによる反応がありました」
お母さんや紅くんは分かっていないようでしたが、後で話しましょう。
それにもう1つ、私は自覚していることがありました。
「……先生」
「はい。なんですか?」
「診察の時には言いませんでしたが、まだあります」
そう言って私は、あるものを取り出します。
それを机の上に置きました。
「……こ、これは?」
「これを持っていないと不安なんです」
私が取り出したのはモデルガンとナイフでした。
昨日から近くにないと不安で仕方なかったんです。ですから朝、紅くんに付いてきてもらって買いに行ったんです。
「……何をされたらこんなことに」
お医者さんは考え込んでしまいました。そりゃそうですよね。診察した女性をPTSDと判断したら、どうしてかモデルガンとナイフを持っていないと不安で仕方ないなんて。
私は何を経験してきたかは話しませんでした。ですけど、私の症状が全てを物語っていたんじゃないでしょうか。お医者さんは深く聞き出すことはせず、そのまま私たちの診察を終わらせたんですから。
薬を処方してもらい、次何かあった時に来るようにと言われました。
紅くんは少ししてから、また診察に来るみたいですけどね。あと、念のためと言われ、私には女性の精神内科医への紹介状を書いてもらいました。
もし何かあった時は、そっちに行くようにと。カルテの備考にも、書けないことを書いておくと言っていました。
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お母さんは私にモデルガンとナイフのことは言及しませんでした。
そして、私と紅くんは"変わってしまった"んだと、改めて思ったと言われました。
私は男性に対してかなり怯えること(※ただし紅とお父さんは大丈夫)、モデルガンとナイフがないと落ち着かないこと。紅くんは主観で話さなくなった、と言っていました。全くその通りです。
そして月日は流れていき、私も紅くんも外に出るようになりました。紅くんは大学入学のために、勉強を始めました。そして私はというと、お父さんが色々と交渉してくれていたみたいで、勤めていた病院には在籍していることになっていました。ですから、長い間出勤していなかったことと、何があったのかを上司に説明しました。そして、職場復帰したんです。
「何をしているんですかっ!! キビキビ働きなさい!! 男ならば力仕事を率先してやるのは当然です!!」
「「はいっ!!」」
そしてここでも、私が"変わってしまった"ところが顕著に出ていました。指揮を執り、それぞれに見合ったポストに人員配置を的確にするところを評価されていますが、男性をないがしろにしすぎである、というところです。それに職場にはナイフだけは持ってきています。隠してはいますけどね。
人が変わった、と言われました。
当然ですよ。あのようなことを体験してしまえば、誰だってこうなります。ですが"変わってしまった"のではなく、私は"壊れてしまった"んです。もう、戻れないですからね……。
「まるで軍隊だ……」
「口を開く余裕があるのでしたら、休憩はなしですよ」
「ひぃー!!」
「一度死ねば、その鈍い動きも少しは良くなるでしょう」
私の脳裏にあの光景が焼き付いて、もう一生それは消えることのないでしょう。あの血と硝煙の臭い。そして人としての尊厳までも奪うような殺し方をした死体。紅くんが居た証、私が居た証。この手に残っている感触。身体に刻み込まれた"感触"。
今でも気を抜けば見えてくるんです。"あの光景が"、"あの場所が"、そして……散って行った仲間たちや、出撃していった皆さんの姿が……。
これにて、トゥルーエンドは終了です。
今回の話によるトゥルーであったところについてですが、見方は色々あると思います。その中で作者が推奨する見方もありますので、この物語にある真実を見つけ出してください。
ということなので、これで本当に『艦隊これくしょん 提督探しに来た姉の話』は完結です。
今日まで自分の趣味垂れ流し小説を読んでいただき、ありがとうございました。なんだかハッピーエンドの時にも言ったような気がしますけど……。まぁ良いか……。