「Ⅲ 魔竜シューティングスター」の読み忘れに注意。
――魔竜シューティングスターはついに倒れた。魔竜の身体は灰となり、砂絵のように空気に溶けて無くなっていく。
その姿を確認して、アインズ達はその場に座り込んだ。
「――それで、お前達。ワールドエネミーと戦った気分はどうだったか?」
誰もが、満身創痍であった。無傷な者は一人として存在しない。幾らガルガンチュアを盾にしていようと、狙撃型の魔法攻撃ならばアインズやマーレにも届くのだ。無傷な者など、どこにもいない。
鎧を最後の一枚になるまで砕かれて、座り込んでいたアルベドはアインズの傍に近寄ると、囁いた。
「私共の不肖を恥じ入るばかりでございます。アインズ様が考えてくださった作戦が無ければ、更なる苦戦を強いられたかと思われます」
(更なる苦戦っていうか、絶対負けただろうけどなー)
地上で戦う、という事はシューティングスターに上空から一方的に魔法攻撃やブレス攻撃を叩き込まれるという事だ。アインズはそのブレス攻撃一発で死亡するし、前衛も魔法攻撃ばかり受けるとヘロヘロのようにやはり死ぬだろう。
しかし、兜の隙間から見えるアルベドの瞳が、セバス達の瞳が彼らの気持ちをアインズに伝えていた。
――やはり、ナザリックこそが至高。アインズ・ウール・ゴウンこそが最強である、と。
「…………」
アインズはそんなアルベド達に溜息をつく。まさかシューティングスターと戦っても自分達が最強無敵である、という認識を改めないとは思わなかった。
(意識改革、やっぱりいるよなー)
おそらく、勝ったからよくなかったのだろう。シューティングスターの糞にでもなって復活させたら、考えを改めたかもしれない――とアインズは思ったが、さすがに可愛い子供達をシューティングスターの糞にはしたくなかった。
(まあ、それは追々考えていくとして――)
アインズはアイテムボックスからアイテムを出し、ナザリックを視界に入れると残った魔力で〈
「さて、帰る前に――記念の“支配の王錫”でもいただいていくとするか」
アインズはそう言うと、立ち上がろうとして――自分達の上、天井を何かが過ぎっていくのを見た。
「――――」
それは、緑色の影であった。先程まで一緒にいた、道案内を任せていた者だった。
「お前! 何のつもり!」
アルベドが慌てて声をかける。しかしパッチはフラフラのアルベドなど気にせずに天井を翼を拡げて飛びながら、先へ進んでいた。
「――まさか」
アインズは思いつく。アレはある意味で、典型的な
つまり――――
「シューティングスターを我々に始末させて、秘宝を盗み出すつもりか……!」
パッチはよほど宝物に目が無いのだろう。洞窟の天井スレスレをパッチは飛び、秘宝を目指す。
「おのれ……! させるものですか……!」
「まったく……! 身の程を知るべきです!」
アルベド、セバスが立ち上がり、ふらつきながらもパッチを追いかける。パンドラズ・アクターやマーレはアインズの護衛に残った。
「アインズ様、我々も――」
「ああ、行くぞ」
三人で、パッチ達の後を追う。ほどなくして、全員はパッチに追いついた。
しかし、パッチは既に口にそれを咥え込んでいる。
巨大な水晶を掲げた、美しい短杖。パッチはそれを咥え込み、火口へと向かって突き進む。火口の火を避けながら、そこから空へ出るつもりなのだろう。今のアインズ達では、パッチを捕まえる事は出来ない。シューティングスターが先程までいたため、ナザリックはこの現状を知らない。
パッチの企みは成功するかのように見えた。
「――――え?」
しかし、パッチは急にバランスを崩す。パッチ自身、酷く驚いた顔をしていた。何故自分がバランスを崩したのか分からない表情だった。
空中で体勢を整えようと旋回する。出来ない。何故か分からないが、パッチは体勢を整えようとする度にバランスを崩し、火口へと落ちていく。それがアインズ達には分かった。
意味が分からない。意味が分からない。意味が分からない。
パッチは最後まで、自分が火口へ落ちていく理由にさっぱり気がつかないまま、アインズ達から見ればまるで自分からわざと落ちていっているのかと思われるほどに、不可解な状態で“支配の王錫”と共に火口へと落ちていった。
「――あれは、一体なんだったのでしょうか?」
あまりに不可解な死に様に、アルベドが首を傾げてアインズを見る。セバスも、パンドラズ・アクターも、マーレもアインズを見た。
そんな事、アインズが訊きたい。どうしてパッチは火口へと転落していったのか。その理由は――
「――――あ」
そこで、アインズには閃く事があった。『ロードス島戦記』における、“支配の王錫”の末路だ。
……“支配の王錫”は最後、火口へと落ちて姿を消したという。最後まで、その秘めたる能力を見せる事なく。
だとすれば、これは――
「ク……ククク……」
「アインズ様?」
「フハハハハハ――」
アインズは思わず笑う。すぐに鎮静化されたが、それでも大笑いしたくなったのだ。
ずっと気になっていた。ユグドラシル時代、最後までシューティングスターを倒せなかったアインズ・ウール・ゴウン。そしてイベント終了最後まで、決して誰も名乗り出なかったイベントクリアプレイヤー達。
今まで、ずっとイベントをクリアしたプレイヤーはいないのだと思っていたが――
「フ、フフ……あの糞運営。最後まで人を腹立たせおって……」
アインズは笑う。笑うしかない。
――最後まで、誰も名乗り出ないのは当然だろう。こんな目に遭うんだったら、絶対誰にも教えずに同じ目に遭わせてやりたくなる。
つまり――“支配の王錫”は所有したら火口へと身を躍らせてしまうように出来ているのだ。それが、あの
「帰るぞ、お前達」
アインズは踵を返す。火口に背を向け、ナザリックへと帰還する。
「あ、はい!」
アルベド達はアインズの後を追い、共にナザリックへ帰還した。
アインズは、最後に振り返る。
「さらばだ、シューティングスター。我がアインズ・ウール・ゴウンの思い出よ」
大空の風を翼一杯に受けながら、彼は白い草原の上を滑るように飛んでいく。
気分がいい。とても気分がいい。大空をこのように自由気ままに飛ぶ事が、こんなに気持ちのいい事だったなんて、彼はしばらく思い出せなかった。
――オレは自由だ!
彼はそう、嬉しそうに叫びながら大空を舞う。血の様に真っ赤な空。逢魔が時。果ての無い黄昏の空を。
――オレは、自由だ!
彼は飛ぶ。どこまでも。流星のように。彼は気ままに飛んでいく。
地表では白い骸が折り重なって、まるで草原のようであった。
――オレは、自由なんだ!
赤い流れ星はどこまでも飛んでいく。白い骸で出来た草原の上を。血のように真っ赤な、果ての無い空を。
どこまでも。どこまでも――――。
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