明人とセシリアの模擬戦の翌日。場所はIS学園第2アリーナ。その上空には2つの機影が。
白と黒。その対照的な色をした機体は50m程の距離を保ち対峙している。
対峙している2機の内の白い機体。滑らかな曲線とシャープなラインが特徴的な中世の騎士を思わせるようなデザインの機体『白式』を駆るのは織斑一夏。
因みにこの白式だが、既に
白式が一夏のもとへ届けられたのは昨日の明人とセシリアの試合が終った直後のことだった。
それから一夏は山田先生の指導のもと、とりあえず機体を問題なく動かせるようになるまで特訓したのだった。
そしてその白式に対するは天河明人の駆る全身に黒を纏った悪魔的なフォルムの機体『ブラックサレナ』。
先日行われた模擬戦でセシリアとその専用IS『ブルー・ティアーズ』を完膚なきまでに叩きのめしたその圧倒的な強さは記憶に新しい。
「え~、と…。お手柔らかに頼むな…明人」
「ああ」
それは今明人と対峙している一夏にも言えることで、その所為か彼の口から出てきたのはそんな弱気な言葉だった。
試合を観戦している生徒たちも心配そうな面持ちでそれを見つめている。勿論心配しているのは一夏の身の安全である。
『織斑、天河。準備はいいか?』
そこに第2アリーナに設置されているスピーカーから2人の担任である織斑千冬の声が響く。
生徒たちの心配を他所に、彼女の声によって間も無く模擬戦が開始されようとしている。
「ああ。俺は準備OKだ」
「此方も問題ない」
千冬の声に一夏は先程の弱気な発言をしたときとは打って変わり凛々しく応え、明人はいつも通り淡白に応える。
それを確認した千冬は一度頷き、軽く息を吸い。
「それでは……始め!」
鋭い声で試合の開始を告げた。
2人が動いたのは同時。
お互いが相手の気体に向かって突進する。
そのことに一夏は自分が思い描いた通りの試合展開になったと安堵する。
一夏は試合開始直後に明人が自分と距離をとり、遠距離からの射撃を中心に試合を展開させるのではないかと恐れていた。
何故彼はそのように恐れたのか。理由は到って簡単。そうされると彼は為す術がないからである。
一夏の機体『白式』の武装は近接特化ブレード『雪片弐型』のみで射撃武器は一切搭載されていなかったのである。
その事実を知ったとき、一夏は頭を抱えた。
自分の置かれた状況が余りにも絶望的であると知ったからだ。
一夏の対戦相手となる明人もセシリアもそれぞれ射撃武器を持っている。
しかし自分は持ってない。ならどうなるか…、決まっている。遠距離から一方的に撃たれて蜂の巣だ。
明人の場合は牽制程度の射撃武器のようなのでそうなるとは限らないがセシリアは確実にそうしてくるだろう。
明人の様にそれを躱すことが出来れば問題ないが、一夏は自分ににそれが出来るとは思わない。
ならどうするかと頭を悩ませたていたら、機体を慣らすための訓練に付き合っていてくれた山田先生から有難い情報を聞くことが出来た。
ISには
それを聞いた一夏は早速そこに射撃武器を取り込もうとした。
が。
なぜか白式のコアが武装を受け入れず一つも武装を取り込めないという始末。
それが分かったとき一夏は思わず「なんでやねん!!」とつっこんだとか…。
兎も角。そんな状況で彼が勝利を収めるにはどうにかして敵に近付いて斬るしかない。
彼の機体にも切り札があるにはあるのだがこれも結局近付かなければどうしようもないものなのでやはり近付く他ない。
だからこの試合で彼が思い描いた理想の展開は開始直後に明人に接敵すること。
明人の近接武器はその機体そのもの、タックルだ。ならば武器がある分リーチは一夏の方が長い。
そこに彼は勝機を見出したのだった。
一夏は迫り来る黒い機体に己の武器『雪片弐型』を振り被り突進する。
タイミングさえ誤らなければリーチがある分此方の方が先手を取れるはずだ。
そこで一夏は白式の『切り札』を切ることにした。
一夏が構える雪片弐型が光を帯び、その形を変化させる。
その刀身からはエネルギーで形成された刃が伸びる。
それが白式の
それはエネルギー性質のものであればそれが何であれ無効化・消滅させる白式最大の攻撃能力。しかしその発動には自身のシールドエネルギー、つまり自分のライフを削るという武器仕様であり、諸刃の剣でもある。
それでも相手のシールドを無効化し絶対防御を強制的に発動させてしまうその威力は正に『切り札』と言うに相応しい威力を持つ。
「ぅおおぉぉおおおぉおおっ!!」
唸り声を上げ迫るブラックサレナに向けてその手の雪片弐型を全力で振り下ろす。
が、
突如ブラックサレナはスラスターを逆噴射し、急激に機体を減速させた。
一夏はそのブラックサレナの動きに対応することが出来ず、雪片弐型を盛大に空振ってしまう。
「ぅわっ!?」
一夏は崩した体勢を慌てて立て直そうとするが
その決定的な隙を明人が見逃す筈がない。
明人は機体をその場でくるりと一回転させ、その悪魔の尻尾のようなテールバインダーを鞭のように振るう。
そのテールバインダーが捉えたのは、
「っあ!?」
雪片弐型を握る一夏の手だった。
その手に不意に衝撃を受けた一夏は握っていた雪片弐型を弾き飛ばされてしまう。
「しまっ…!」
一夏は直ぐに弾き飛ばされた雪片弐型を追おうとする、が
その目の前を圧倒的な加速力でブラックサレナが横切る。
ブラックサレナはそのまま雪片弐型を体当たりで弾き飛ばした。
これでもう雪片弐型を一夏が取り戻すことは絶望的な状態となった。そして現在、唯一の武器である雪片弐型を失った一夏に攻撃の手段はない。
そんな一夏に対して明人は機体を停止させ彼の方へと向き直ると
「まだ続けるか、一夏?」
そう言葉を投げかけた。
その明らかな降伏勧告に一夏は
「……参りました…」
ただ応じることしか出来なかった。
試合開始から約6秒。
こうして世界で始めての男性同士でのISを用いた試合は呆気なく幕を閉じたのだった。
「では、1年1組代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」
なんてことを相変わらずのぽやぽやとした声音で言うのは教壇に立つIS学園1年1組の副担任山田真耶。
そして彼女の言葉を受けて教室内の女子たちは大いに盛り上がっている。
と、そんな中
「先生、質問です」
ピンと肘を伸ばし腕は床面と垂直に、伸ばした腕はしっかりと耳につけピシッと開かれた掌は正面に向けられている。
そんなお手本のような挙手をするのはたった今1年1組のクラス代表に任命された織斑一夏その人である。
「はい。織斑君」
そんな一夏を教壇に立つ麻耶はにっこりと笑顔を崩さずに指名する。
発言する権利を与えられた一夏は今自分が感じている疑問をぶつけることにした。
「なんで俺がクラス代表になってるんでしょうか?俺は一勝もしてないのに…」
一夏とセシリアの模擬戦は一夏と明人のそれが行われた翌日に行われた。
結果はセシリアの勝利。
一夏も善戦したのだがやはりセシリアの機体との相性と経験の差は埋められず、惜しくも敗北となったのだ。
「あぁ…それはですね―――――」
「それはわたくしが辞退したからですわ!」
と、一夏の疑問に応えようとした真耶の台詞を遮るように会話に入ってきたのはセシリア・オルコット。
がたんと椅子を鳴らし勢い良く立ち上がった彼女は最早お決まりとなった腰に手を当てるポーズをとる。
「あなたが負けたのは対戦相手がこのわたくし、セシリア・オルコットが相手だったのですから仕方の無いことですわ」
そしていきなり得意げに語りだすセシリア。
因みに先程セシリアに台詞を奪われてしまった真耶はと言うと、涙目になりいじけていた。
「それでわたくしも大人気なく怒ったことを反省しまして…。
なんて言うセシリアの口調は先日までの刺々しさは見られず穏やかな物となっている。
そしてさりげなく一夏のことを名前で呼んだりしている。
そのことにクラスメイトのたちは目敏く気が付くも呼ばれた本人は気が付いてないようであるが…。
そのセシリアの提案に盛り上がるクラスメイト達だが彼女等は1つ大事なことを忘れている。
そして、その皆が忘れていることを一夏が口にした。
「じゃあ明人はどうなるんだ?」
その瞬間。今まで騒がしかった教室がピタリと静かになった。
ある者は目を逸らし、またある者は横目でその姿を伺う。
セシリアとの一戦から明人はクラスの中で完全に浮いた存在となっていた。
イギリスの代表候補生であり専用機持ちのセシリアを圧倒的な力で容赦なく叩きのめした男。
女尊男卑が当たり前な現在。女性が強く男性は弱い。
そんな世の常識を覆した目の前の『天河明人』と言う存在にクラスの女子たちは恐怖心を抱いてしまったのだ。
明人と直接闘ったセシリアに至っては先程の勢いは何処へいったのか、顔を青くし身体は小刻みに震えている。
しんと静まり返った教室で最初に声を発したのは教室の隅で待機している千冬だった。
「お前達も見た通り天河の実力は圧倒的だ。そんな奴がクラス対抗戦に出るとなると他のクラスの士気に関わる。なるべく技量の近い者同士で切磋琢磨するのが望ましい。そういう訳で天河にはクラス代表は辞退してもらった。分かったか?」
教室内の雰囲気など気にも留めずいつもと同じ凛とした口調で話す千冬。
その声を聞き生徒たちは徐々に平静さを取り戻していった。
「わ、わかりました」
色々と言いたい事はあったがこの状況では何も言うことができずに、一夏は素直に頷くことしかできなかった。
一夏の言葉に千冬は「良し」と頷く。
「ではクラス代表は織斑一夏に決定。依存は無いな?」
その千冬の言葉に生徒たちはただこくこくと頷く。
「良し。ではこれでSHRを終了する。続いて授業に移るので準備をしておくように」
その一言で皆次の授業の準備に取り掛か駆り始める。
そんな中一夏は自分も次の授業の準備をしながら隣の席を横目で見る。
そこにはいつもと変わらない様子の明人が同じく授業の準備をしていた。
相変わらずバイザーで隠されたその顔からは表情を読み取ることは出来ない。
(うーん…あんまりいい状況じゃないよなぁ……)
あの模擬戦からクラスの女子たちが明人の事を怖がってしまっている。そんな状況を一夏は何とかしたいと考えていた。
まだ付き合いは短いが、明人はきっといいやつだ。
一夏はそう思っている。
ちょっと無表情で無口で何を考えてるか分からないが、話しかければ返事は返してくれるし、何より明人は困ったときに良く助けてくれる。
そんなこの学園で唯一の男友達がクラスメイトから怖がられているという状況は何とかしたい。
しかし、
(明人はこの調子だし、直ぐには難しいよなぁ)
この状況にも全く無関心な明人を見て一夏は頭を抱える。
(とりあえず、後で箒にも相談してみるか)
この問題に一先ずの結論を付け、一夏は授業の準備を再開した。