シロを探す   作:「」

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冷たさに絶望する

 

 白いソレにそっと手を伸ばして触れると、ひんやりとした感触が伝わってくる。そのまま手を下に滑らせ、しゃがみこむと字が刻まれた部分へとたどり着いた。

 

 守護天使キュウ

 

 ゆっくりとその字を手でなぞり、キュウは深くため息をつくが、隣で轟音を響かせる水音にかき消された。

 彼女は、滝の側に設置されている天使像の前に一人たたずんでいた。天使界と人間界を行き来するための目印であったり、見回りに疲れたときの羽安めに用いたりとこの像は仕事になくてはならないものだった。守護天使への任命初日に、早速彼女もこの像を使った。昔から行われている儀式を行ったのだ。名乗りの儀と呼ばれる見習い天使が行う儀式は、複雑なものではない。魔力をこめた羽を一枚、その台座に置いて宣誓をすることでその名が天使像に刻まれるのだ。キュウの名前が刻まれる前は、彼女の師匠であるイザヤールの名前が刻まれ、彼が見習いであった時代もこの像を拠点にしていたのだろう。だから、この像の元にずっと居ることはできないが、キュウはできるだけこの場所立ち寄るようにしている。この像の元にいても天使界から降りてくる師匠にすぐに会える保障はない。師匠ほどの大天使なら目印なくとも人間界へ降りられるだろう。それでも、羽と光臨を失ったキュウは、天使界との繋がりを求めるようにこの場へと足を運んでいた。

 手が冷たくなってきたため、像に触れるのをやめて立ちがる。師匠は天使として位が高いからこれないのも仕方がないと納得は出来るが、他の天使がなにかしら来てもいいでじゃないか。天使界は一体どうなっているのだろうか、こうも音沙汰がないと嫌なことばかりが頭をよぎる。暗い思考にとらわれそうになり、それらを振り払うかのようにキュウは頭を振った。

 さあ、いったん戻ろうか。そう後ろを振り返ろうとしたその時、後ろから何かが近づいてくる気配を捉える。

 

「―-誰かと――!――――キュウじゃねえか!」

 

 途切れ途切れに彼女の耳に飛び込んできたのは、最近よく聞く青年の声であった。振り返ってみれば案の定、村長の息子とその友人だ。ぼうっと彼らを見ていると、淡い金髪の青年――ニードが顔をしかめながらこちらへと距離を詰めてきた。後ろの青年はやれやれっといった顔でこちらを眺めている。なんなんだろうと小首を傾げると、ニードが彼女をにらみつけつつ口を開いた。

 

「おまえ――なに――やがんだ?!」

 

 腰に手を当てこちらを威圧するように話しかけているが、いかんせん水音が大きくあまり聞こえない。もう少し声を大きくしてもらったほうがいいだろうか。しかし、勢いよくまくし立てているようで口を出すタイミングに困る。

 

「いいか。よく覚えておけ!この村で妙なマネしやがったら俺がただじゃおかねえからな」

 

 びしっと指を突きつけてなされた宣言は、すんなり聞き取ることができた。しかし、守護天使であるキュウがこの村に害することはない。いったいどんな過程でそんな結論に至ったのだろうか。困惑した表情が出ていたのかわからないが、後ろの青年が言葉を重ねた。

 

「ニードさんはな――-リッカが―――」

 

 青年の言葉をニードが後ろを振り返って否定することで、彼の視線はキュウから外れた。

 ニードとその友人のやり取りをみつつ、キュウは再びため息をつく。人間の視線にさらされる。人間に話しかけられる。地面に足がつく。羽と光の輪を失くしてから彼女の知る世界は変わってしまった。

 

「これが、悪夢ならましなのに」

 

 いまだに冷たい手を握りつつ、彼女の口からこぼれ出た願いは滝音にかき消されるのであった。


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