「ほら、ちゃっちゃと行くわよ!次向こう!」
「はいはい、お姫様」
頭上から届く声に、俺は小さく笑って足を彼女が指差す方向へと向ける。今日は彼女とのデート……の予定だったはずなのだが、何故か俺は下僕のようにこき使われていた。
「まぁ、そろそろ慣れてきたけどなぁ……お姫様の横暴にも。……って、こらカチューシャ!頭の上で暴れるなっての!」
「誰が横暴よ!」
キーキーと甲高い叫び声をあげて暴れ始めたカチューシャを何とか肩車から落とさないように、姿勢を必死に制御する。どうやら、俺の小さな呟きを敏感に聞き取っていたらしい。どんな地獄耳だよ。
「デートって皆こんなもんなの?常に彼女を肩車しておかないと彼女って満足しないの?」
先程判明した地獄耳を警戒して声には出さず、内心だけで呟く。俺の中の常識は『そんなことはない!』と声高に宣言していたが、実際そうなっているので確証はない。むしろ今までの俺の常識が間違っているなんてことも有り得るのでは、と一人戦慄してしまった。
と言っても、そんな事を心の中で考えていたところで口には絶対に出さないが。もし出したら間違いなくカチューシャはキレる。その結果尚更酷い要求を突き付けられる。付き合って2ヶ月以上は経ってるからそれくらいは分かる。
「……って、こっちは……レストラン街か。なんだ、お腹空いてんのか?」
俺がカチューシャへと顔を向けて聞くと、その質問に答えるかのように、ほぼ同時のタイミングで彼女のお腹がくきゅる~と可愛らしく鳴った。タイミングが余りにも合いすぎて、思わず吹き出してしまう。
「……もう12時半でしょ」
カチューシャに目を向けると、彼女は照れ隠しに頬を膨らませながら、ぷいっと顔を背けた。
「カチューシャって、本当にボルシチ大好きだよな。……ほら、口の周りに付いてる」
「し、知ってるわよ!」
ナプキンを渡そうとすると、カチューシャは顔を微かに紅く染めて、俺の手元からそれを奪い取った。
彼女が美味しそうにご飯を食べる姿は、その幼い見た目も相まって、まるで子供のように可愛らしい。
はいソコ、ロリコンとか言わないの。
丁度彼女の好物であるボルシチを食べ終わったカチューシャはナプキンで口を乱雑に拭うと、小さく溜め息をついた。こちらをチラチラと上目使いに見ながら、
「やっぱり貴方が作ってくれるボルシチの方が美味しいわね」
「お、おう……ありがとな」
「別に!カチューシャは本当のことを言っているだけだし!」
「それでもありがとな。今度作ってやるよ」
「本当!?ありがとう!」
ツンツンしていたかと思うと突然、俺の言葉に表情をパアッと明るくして手を叩くカチューシャ。
……こういう所があるから、嫌いになれないし、好きになったんだよなぁ……。
「何よ、ニヤニヤして。気持ち悪いわね」
「ほっとけ」
頬を膨らませてこちらを見つめてくるカチューシャに、手をひらひらと振る。どうやら、知らない内に頬が緩んでいたようだ。いくらカチューシャが可愛いとは言え、自重しなくては。
「どうだ?今日は満足したか?実に二週間ぶりの二人きりのデートだったけど」
結局、昼食後も色々と商店街を歩き回り(ずっとカチューシャを肩車していたので実質歩いたのは俺だけ)、すっかり疲れた俺はベンチに座ってこちらを見てくるカチューシャに問い掛けた。
俺の質問に、カチューシャはふんと鼻を鳴らすと
「全然、まあまあね」
そう言って、ふいと顔を背けた。だが、すぐにチラリとこちらを振り向いて。
「……でも、まあまあ楽しかったわ」
照れからか、その言葉はとても小さかったけれど。
俺の中に暖かいものが灯り、俺は彼女を抱き締めた。