こぐま座のポラリス 作:そよ風
息が苦しい。
涙が零れ落ちそうなのに気づいて、慌てて上を向く。
でも、みんなの声は止まらない。「死ね、死ね、死ぬ勇気もないのか———」ずっと囃し立てる。男子が。女子も、助けてはくれない。自分がターゲットにはなりたくないから。
元は、ターゲットは私じゃなかった。浅賀瑞奈。瑞奈がターゲットだった。
けど、いじめられていた瑞奈の顔は苦しそうで———気づいたら、私はかばっていた。
その日から、ターゲットは私だった。
証拠が残る、例えば蹴ったり殴ったり、物がなくなったりというのはなかった。あるのは、とげのある言葉だけ。言葉は、証拠として残らない。心に深い傷をつけるだけ。その場に居合わせない限り絶対的証拠がつかめない、一番安全で一番効率よく人を傷つけられるものだった。勉強面ではバカだけど、男子は賢かったんだ。
世間では、ひどいいじめをするのは女子だと思われている。けど、うちの学年に限ってはそうではない。うちの学年の女子に団結力はない。男子の方が、面白いことには素直だから、こういうことには団結力がある。
おまけに、担任の木下はいじめの存在を無視するどころか、たまに加わることすらあった。
瑞奈は、その時にはすでに転校していた。この気持ちを味わっているのは、この学校では、私だけだ。
そのことが妙に悲しくて、恨めしくて、でもどうにもできなくて———いつしか私は、“助けて”という言葉が言えなくなっていた。
小学校を卒業した。中学校は、うちの小学校と、別の二つの小学校の集合体だ。いじめも、終わるはず。
いくらうちの小学校が一番生徒が多いからといっても、また新たにやり直せる。
しかも、噂によると、いじめの主要三人組は、受験に受かって私立の学校へ行くそうだ。他の、いつも私を遠巻きにしていた女子も、「今までごめんね」と言ってグループの中に迎え入れてくれた。
でも、上手くいくはずがなかった。私達子供はすっかりいじめの件を終わらせられた。けど、そう簡単には終われない人がいた。
それは、母親だった。
母親は、私がいじめを受け始めた小学六年生の始めの頃からカウンセラーに通っていた。最初は私も一緒に行ってたんだけど、私は案外メンタルが強くて、いくら精神を削られたって大丈夫だった。カウンセラーの先生もそれをわかってたみたいで、「心に傷を負ってなくてよかった」と、あとはいじめが収まるのを祈っているよと言ってくれた。
けど、母親は私みたいにメンタルが強くなかった。
私は、小学三年生の頃から母親との関係が悪くなりつつあった父親のことがあったし、多少の暴言や暴挙にもある程度平然としていられた。それに対し、子供時代は両親に可愛がられ、この上なく愛されていた母親には、この二つの事件・・に呆気なく心を壊した。
二学期からカウンセラーを断り出した私と違い、母親は今までの先生のところへ毎週のように通った。二学期半ばになると、もうすでに、それは母親のメンタルをケアするカウンセラーに変わっていた。山本先生に街中であったとき、私はこう言われた。
「君のお母さん、心が壊れてしまったみたい」と。
私はどこか納得していた。「ああ、やっぱりな」って。
母親は、二学期に入ってからおかしくなった。母親のいじめの訴えに対する、校長や副校長、木下からの電話が毎日鳴る固定電話には寄りつかなくなった。着信音が鳴るたびに頭痛や眩暈を私に訴え、私に受話器を取らせようとした。
私はついにある時、電話で校長にこう言った。「母親、ストレスでちょっとおかしくなってるんです。今はそっとしておいてください。私、大丈夫ですから」先生達はいじめ解決に乗り出すのをやめた。今思えば、私がこう言ったから木下はいじめに加わったのかもしれない。
私は、その夜、電話機を壊した。もう、先生に頼るのはやめようと思った。先生に頼っても、結局母親が壊れていくだけだ。教師は親に現状を伝え、解決を急ぐふりをするだけ。教師は頼りにはならない。
この日は、私が人間不信ならぬ大人不信になった日、そして教師を呼び捨てするようになった日だろう。